おはようございます。
週刊ニュース深読みです。
いつも、私の隣にいる小野さんですが、きょうは宮城県気仙沼市に行っています。
呼んでみましょう。
小野さん。
はーい、サンマ漁船などがずらりと並ぶ宮城県気仙沼の魚市場は、けさも海の幸と、そしてイケメンの漁師さんたちで、大漁です。
大漁だ!
大漁だー、えーと。
お2人、見てください、これ、メカジキです。
大漁じゃないですか。
そうなんですよ、お2人のためにお刺身をご用意くださいましたので、まずは一口どうぞ。
いただきます。
メカジキの中落ちです。
うわー、おいしそう。
これはなかなか希少な部位なんじゃないですか?
地元の漁師さんたちが、お酒の当てにとっても楽しみに召し上がっているものです。
一緒に、日本酒欲しいですね、大丈夫ですかね。
実は、宮城県出身の大友さんには、お酒がいるんじゃないか、お酒がいるんじゃないかって、市場の人たち、とても心配してらっしゃいました。
やっぱり欲しいですか?
そうですね。
地元の地酒かなんかで。
純米吟醸かなんか欲しい。
私、熱かん派です。
でもこんなおいしいお魚なんですが、こちらご覧いただきますと、震災前の売り上げに戻った企業というのが、こうして見てみると、水産・食品加工業、ずいぶん立ち遅れているそうなんです。
これ、東北全体で見ると、19%ということで、こんな魚おいしいのにもったいないですよね。
もったいないです。
そうなんですよ。
小野さん、小野さん、皆さん、皆さん、当然ですがね、気仙沼の皆さん、手をこまねいているわけでは決してありません。
港の横のお土産品屋さんなんですがね、例えば、オイスターソース、例えば、こういうカツオのジャーキーなど、これらは、震災のあとに開発された商品です。
こうしたものが今、続々と商品、並んでいるんです。
きょうはですね、日本全国の皆さんに参考になる、もうかるこつをこの模型を使って、分かりやすく、とことん深読みしますよ。
どうぞ、高井さん。
ではまずはこちら。
群馬大学医学部附属病院で、40代の男性医師による腹くう鏡を使った肝臓手術を受けた患者8人が、手術後に相次いで死亡していた問題です。
病院側は、8人全員の診療に過失があったとする、最終報告書を公表しました。
どうも申し訳ございませんでした。
火曜日、病院側は40代の男性医師による、服くう鏡を使った肝臓手術についての調査結果を公表。
腹くう鏡の手術は、患者の腹部から腹くう鏡とメスを入れ、モニター画面を見ながら行われます。
開腹手術と比べ、負担が少ないとされていますが、肝臓は血管が非常に細かく入り組んでいるため、血管を傷つけるおそれがあり、高度な技術が必要とされています。
報告書では、代わりの治療の選択肢などを患者などに示した記録がなく、事前の説明が不十分だったとしているほか、どの程度、肝臓を切除すればいいか、事前の評価が不十分なまま、手術を行った可能性があるなどとしています。
病院に通う患者からは。
通常、手術の前に医師は患者に、インフォームドコンセントと呼ばれる説明を行います。
手術のメリットやデメリット、ほかにどのような治療の選択肢があるかなどを説明します。
しかし今回は、インフォームドコンセントで、合併症や死亡率の具体的なデータや、ほかの治療法が示された記録はなく、説明が不十分だったとしています。
これについて、肝臓の手術に詳しい専門家は。
さらに、手術については通常、診療科の医師が集まるカンファレンスなどの場で議論が行われ、問題があった場合には対応が取られます。
しかし、調査報告書では、カンファレンスなどによる診療の振り返りがじゅうぶんにおこなわれておらず、手術成績がよくないことに対する診療科としての対応が不十分だったとしています。
遺族の弁護団はきのう記者会見を開き、男性医師が行った実際の手術の映像を分析した専門医の意見を明らかにしました。
弁護団は、病院の調査結果の最終報告は、患者が相次いで死亡しているにもかかわらず、なぜ手術を続けたのか検証が不十分だとして、調査の継続を求めました。
患者側が手術を受ける前に確認できることはないのか。
改めて専門家に聞きました。
群馬大学医学部附属病院では、同じ男性医師が執刀した開腹手術でも10人が死亡していて、病院の調査委員会が、手術の妥当性や死亡した原因について、検証を進めています。
続いてはこちら、旧日本海軍の戦艦武蔵です。
太平洋戦争末期に撃沈され、その行方は分かっていませんでしたが。
フィリピンのレイテ島近くのシブヤン海で発見されたとして、船体の一部を撮影した動画が今週、公開されました。
ポール・アレン所有のオクトパス号が、シブヤン海底に武蔵を発見しました。
これはROBが撮影した最初の映像です。
こちらは機関部周辺からと思われるバルブハンドルで、日本語の表記が見られます。
武蔵には15トンのいかりが2基あり、こちらは右舷に残るいかりです。
アメリカのIT企業、マイクロソフトの共同創業者で、資産家のポール・アレン氏が公開した武蔵とされる動画。
NHKの高井と申します。
どうもよろしく。
よろしくお願いします。
戦後70年の節目の年に見つかったのは本当に武蔵なのか。
旧日本海軍の歴史を研究している専門家に分析してもらいました。
戸高さんが武蔵だとする一番の根拠は、へさきの映像にありました。
船の設計が、武蔵とほぼ同じだという、戦艦大和の模型と比べてみると。
菊の紋章が取れた跡だというのが、よく分かります。
さらに。
ここの下に穴があるでしょ。
ここにも穴ありますね。
ブイとかに係留するときにそこから鎖を出したりするための穴で、大和型の特徴をきれいに表している。
さらに、ぼんやり映っている穴のへりのようなもの。
これも武蔵である有力な証拠だといいます。
砲塔が設置されている穴。
戦艦大和の工事中の写真を見ても、その巨大な様子が分かります。
砲塔が外れるように固定されていないのも、大和型の特徴だといいます。
昭和17年に竣工した戦艦武蔵。
全長が263メートルと、同型艦の大和とともに、当時としては世界最大級の戦艦でした。
今回、実際に武蔵に乗っていた人に話を聞くことができました。
大塚健次さん91歳です。
敵の飛行機などの情報を伝令する役割だった大塚さん。
初めて乗船したときのことを、今でもはっきりと覚えています。
その巨大さに驚かされたと、別の元乗員も話してくれました。
16歳で初めて乗船した塚田義明さんです。
世界最大の46センチ砲を搭載した武蔵は、沈まない船、浮沈艦と呼ばれていました。
大塚さんと塚田さんは、その船に乗ることに、誇りのような感覚を抱いたといいます。
しかし、不沈艦と呼ばれた武蔵に、最期の時が訪れます。
昭和19年10月のことでした。
武蔵は、フィリピンのレイテ島に上陸を始めたアメリカ軍に反撃するため、連合艦隊の主力として、レイテ湾に向かいました。
伝令役を務めた大塚さんは、10月24日の朝から、長時間にわたって、繰り返し激しい攻撃を受けたことを記憶しています。
塚田さんは、爆撃によってけがを負ったといいます。
攻撃を受け、沈みつつある武蔵を捉えた写真です。
船の前の部分が、海面近くまで沈んでいます。
沈没の直前、船から離れるよう命令が出され、乗員たちは海に飛び込みました。
この戦闘で、およそ2400人の乗員のうち、1000人余りが命を落としました。
それから70年余りたって伝えられた今回のニュース。
2人はこう受け止めていました。
英霊も入っていたと思うんですが、本当に、祈るような気持ちです。
旧日本海軍の歴史を研究している戸高さんは、今回の発見の意義について。
取材に応じていただいた皆さんは、70年以上前の体験を、きのうのことのように強く記憶していました。
その体験がいかに強烈なものだったか、肌で感じる取材となりました。
今回、映像を公開したポール・アレン氏と調査チームでは、武蔵の船体が戦没者の慰霊の場として適切に扱われるべきだと認識しており、日本の伝統に従って敬意を持って対応するべく、日本政府と協力していくとしています。
続いてはこちらです。
中学1年生の上村遼太さんが殺害され、少年3人が逮捕された事件。
きのう、リーダー格の18歳の少年を立ち会わせて、検証が行われました。
少年はこれまでの調べに対し、17歳の1人が持っていたカッターナイフをもらい、切りつけたなどと供述。
17歳の2人のうち1人は、18歳の少年に指示され、自分も切ったと答え、もう1人も関与をほのめかしているということです。
殺害された上村さんの母親は月曜日、弁護士を通じてコメントを出しました。
遼太が学校に行くよりも前に私が出勤しなければならず、また遅い時間に帰宅するので、遼太が日中、何をしているのか、十分に把握することができていませんでした。
家の中では至って元気であったため、私も学校に行かない理由を、十分な時間を取って話し合うことができませんでした。
今思えば、遼太は私や家族に、心配や迷惑をかけまいと、必死に平静を装っていたのだと思います。
小さな遼太に、このようなむごく、残忍なことを行える人間が存在することが信じられません。
続いて深読みのコーナーです。
まもなく震災から4年。
今、復興の課題になっているのは。
宮城県気仙沼市から中継でお伝えします。
ご覧いただいているのは、気仙沼漁港の様子です。
日本有数の港町で、高級食材、フカヒレの産地としても知られています。
その気仙沼市の港のすぐ裏に、観光施設があるんですが、そこに私たち、お邪魔してます。
さあ、皆様、きょうもメール、ツイートでのご参加、お待ちしております。
山田さん、大友さん、さっきもお伝えしましたが、改めましてこちら、被災地の産業が今どうなっているのか。
震災前の売り上げに戻った企業というのは、建設業72%、運送業48%、製造業40%、そして水産・食品加工業は19%。
沿岸部の産業の柱が、復興が大きく立ち遅れているんです。
そこできょうは、一体それはなぜなのか。
どうすればいいのか、深読みしていきます。
まずは現状から。
中山アナウンサーです。
おはようございます。
その現状という点で被災地のインフラって、今、どうなっているのかからいきますね。
道路。
実は大きな道路はほぼ開通しております。
で、建設業がずいぶん盛んになっていて、住宅のメドも立ってきました。
漁港を見れば、だいぶ直ったんですね。
漁港が直ったということで、船も入ってくるようになりました。
東北の太平洋沿岸といいますと、豊かな漁場なんですね。
日本有数の漁場ということで、たくさんの魚がね、もう取れる、取れる。
一緒に魚がたくさん水揚げされるようになってきた。
この魚がどこに行くかといえば、この沿岸の地域の基幹産業、水産加工の工場に行くわけなんです。
この水産加工場って、どんな所なのかって、なかなかね、見ることできないんですけども、先日、お邪魔させていただきましたので、ご覧ください。
あっ、出ないかな、出た。
これ、市場からちょっと行きますけれどもね。
うわっ、すごい。
並んでますね。
たくさん水揚げされておりましたね。
このたくさんの魚を、加工業者が買っていくんです。
これ、すぐに市場近くにある水産加工場に運んでいきます。
解体するんですね。
150キロも重さとしてはある、このメカジキ。
1人でさばいていきます。
1人で?
はい。
さばくのはこの道15年のベテランスタッフ。
熟練の技術、必要なんです。
これがメカジキの三枚おろしです。
本当にそうなんですよね。
大きいんですけれども、これ、大きさ、形ってそれぞれのメカジキ違うんですが、ほぼ均一の5キロの塊にしていっちゃうんです。
あっという間でしたね。
1体処理するのに、かかる時間僅か5分。
スーパーや市場に並ぶ前の最初の加工を、行っているところなんです。
形を整えて、箱詰めをしていく。
多いときには100匹のメカジキを処理していくと、作業している場所になっているんですね。
こうした実は、水産加工の現場が、なかなか売り上げ、戻っていない。
私、前、岩手に震災のときに住んでいまして、勤務してたんですけど、今回、岩手の方々や宮城の方々、水産加工業者の方に取材をしてみると、本当に厳しいと、売れないと。
売れないと。
あんなにおいしかったのに。
おいしかったですよ。
もったいないですね。
と思いますよね。
ではなんで売れないのかというのを見ていきますよ。
そもそもです、沿岸地域の水産加工って、どんな仕組みで…、今見ていただいたような旬のメカジキとか、ほかにも、サケとか、サンマとか、サバとかを切り身にしたりすり身にしたり、また調理っていう形でサバのみそ煮を作ったり、イカの塩辛を作ったりっていう形で、加工をしていったんです。
この加工されたものがどこに行くのかは、トラックで主にこうして、ここです。
市場?
市場などを含めての大消費地。
卸売り市場からその先のレストランですとか、そういった所でメニューに変わりますよね。
そのほか、総菜ですとか、練り物ですとか、そうしたものを作る食品メーカーに送られて、メニューとか商品になる。
つまり、水産加工の品が、原料となって、ここに届いていると。
こちらとしては、こんなふうに思っている。
均一な品質で、安くて大量に安定供給してほしい、加工品を。
だから、この沿岸からすれば、あの要望に応えていったんですよ。
それでこの三陸ってね、もう水産加工場がいっぱい、周辺、この三陸周辺にはいっぱいあります。
こうして発展してきていたわけなんです。
ですが、震災が起こりました。
工場がストップしました。
出すこともできなくなった。
消費地としては、その加工品が届かなくなってしまったので、どうしよう、困った。
加工品ないと。
加工品ないか、探した。
そう、海外や国内にもあったんですね。
カマボコとか、そう、いろいろな練り物とかって、ほかの県でもありましたし、イカの塩辛だったら北海道。
フライ用のイカなんかは中国から輸入も可能。
サケって今、チリで養殖が非常に盛んになっているんです。
そうした中でも、被災地はなんとか復興ということで、建物を建てていった。
そして、魚が水揚げされるようになった。
で、いよいよ魚を加工し、出荷しようとなったら、売り先は、羽を付けて。
あれー。
飛んでいっちゃう。
びっくりした。
大友さんが驚いてくれてますね。
ありがとうございますね。
まさにこういう状況になってしまったんですよ。
ですから、この条件をずっと求めて、水産加工の現場って、発展してきたわけなんですけれども、あれを求めれば求めるほど、なかなか代わりの利くものになってしまっていたというふうにもいえます。
結果、売り先が離れて、生産額、見ていただきましょう。
こちら。
例えば、ここ、来ている気仙沼は、震災前よりも半分ほど。
大きな漁港のある石巻も、半分ぐらいになってしまっていたというわけなんですね。
これもう、いろんな地域で同じようなことになってしまっているのが現状なんです。
きょうは、実は気仙沼で、実際、水産加工などの仕事に携わっていらっしゃる方に、来ていただいているんですが、事態は深刻ですか?
そうですね、私も津波で工場の大半を失ってしまったんですけども、1か月半ほどで残った工場の1つのラインだけは動かせるようになったんですね。
でも、商品を作って、さて、売ろうとしたときには、もう、売り先がやっぱりなかったと。
作ってた同じものが、やはりそのほかのメーカーのものに差し替えられてしまって、それで、なかなか、やっぱりもとに戻すということができなくて、戻そうとすると、例えば、値引きをして販売しなければならないとか、本当に被災地も人がいなくて、コストが非常にかかるようになってしまったので、安売り競争みたいな中で、非常に今苦労しているという現状があります。
斉藤さんも実感してらっしゃる?
もともとの問題ということと、それから震災があって問題になったことと、本当は分けて考えなくちゃならないなと思ってるんですけど、もともと、私たちは自分たちが持っている魚のよさを伝えて、一般の消費者の方に伝えてこなかったんじゃないかなというふうな、大きな反省があります。
震災のあとに、たくさんの、震災があったがゆえに、全国からたくさんの方が三陸に来てくださったんですね。
それは支援であったりということで、おいでいただいたんですけど、そのときになって初めて、こんなに魚、おいしいんだっていうふうに、その方々が、皆さんがおっしゃるのを、もう何百回と聞いたんですよ。
それはでも、私たちからすると、当たり前の魚で。
そうなんですよ、全国的に見たらおいしくて新鮮なんです。
そうなんですよ。
そのことを普通に思っちゃったから、そんなに宣伝しなくても、気仙沼だから大丈夫だみたいところがあったと思うんですよね。
ねえ、それが私たちは、ありがたいなと思うし、うれしいのも反面、これほど言ってこなかったかというふうなことを。
おいしいよと言ってこなかった自分たちを。
しかも、これを気仙沼のものだよとか、三陸のものだよ、東北のものだよっていうことを、どれほど言わないできたのかと。
それをすごく、身にしみたというか、震災後って、例えばカツオだって日本一、さっきのメカジキだって日本一なのに、今でもいうと、みんなが、みんなびっくりするの。
みんなフカヒレしか知らないんですよ。
でも地元の人はカツオがあったり、メカジキ、たぶん日本一、新鮮でおいしいわけじゃないですか。
それをたぶん、あんまりこう、言ってこなかったんですよね。
それが商品にくっついていって、お客さんが見える形にしてこなかったんだなと。
どれほど私たちは、それが足りてなかったのかということを。
若干ちょっと安心してたんですね。
身にしみましたね。
お話伺ってますとね、やっぱり日本がこれから迎える問題、それから今まであったこと、それを、時間の早回しのように思えてきた。
そうです。
そういう感じしますよね。
20年前に阪神・淡路大震災で地震があったときに、長田の靴産業が、当時、8割ぐらいが、火事で焼けて、家も全壊したんですね。
そのあと何が起きたかというと、問屋さんたちは、みんな中国のほうに仕事を買いつけに行ったわけですよ。
やっぱりそれと似たようなことが今、起きていて、これから迎える高齢化社会を考えると、同じようなことがやっぱりほかの地域でも、ほかの産業でも起きてくる。
そういう感じがやっぱりしますよね。
ただちょっと、ここで熊本県50代の男性から、こんな声が届いているので、ご紹介します。
つまり、売れる量が減ったならば、働く人も減って、生産量も減らして、それなりにやっていくということを考えたらいいんじゃないかというお声だと思うんですが。
そこでちょっとこちらもまた見ていただきたいところがあるんですけれども、そういうわけにも言ってられない事情があるんです。
水産加工場ってもう基幹産業になっているわけなんですよね。
でも、現状はこんな問題もある。
人々、先ほど阿部さん、おっしゃってました。
今いる人でできる規模にしてはどうかという、こういう声が来てるんだと思うんですが。
いる人でっていう話ありますけど、人の数、震災前、ここ、気仙沼で見ると、4000人加工場にいたのが、1500人に減ったと、ここの数字があると。
4割以下になってしまった。
人が少なくなったらですよ、すると。
少ないなりにやってはいると思いきや。
やってはいるがと、思いきや、この先です。
工場がね、まず人が少ないと動かせない所も、どんどん出てきてしまうわけです。
そうですね。
動かせないと、この先まだあるんですよ。
動かせない所がちょいちょい出てくると、さらにこうなっちゃう。
いろんな関連する企業があるわけなんですけれども、冷凍する所とか、加工品、加工場で使う氷とか、こん包資材とか、箱ですね、あとそこに印刷するラベルとか、運ぶ会社で働いてる皆さんも、職がなくなっていくわけですよ。
規模がどんどん縮小していってしまう。
水産加工業は加工場だけじゃないんですね。
さらにですよ、こっちにも目を向けていただくと、小さくなってしまった加工場だったら、そこ、その港やめよう、使うの。
あんまり魚売れないわ、ここじゃあと。
ということで。
人が来なくなっちゃうかもしれない。
で、建物がたっても、だから、ここに仕事が戻らないと、町全体が衰退してしまうことになっていくかもしれないという。
でも建設業で食べていけてるんだったら、生活は成り立つんじゃ。
今はねっていう話ですよね。
今はね?
建設業ってね、今、地元の方は感じてらっしゃるんですよね、そのあたり。
その点についてはですね、その点については、建設業で働く人の賃金と、あと水産加工場で働く人の賃金が、違うんですね。
建設業のほうが高いんです。
そのために。
だからそっちに流れていって。
そろそろ戻ってきてよっていっても、戻って、ちょっとやっぱりってなってしまって、あともう勤めてるんでね、なかなか辞められないんだっていう形で、行ったきりになってしまってるんですね。
そこが一つ問題。
でも建設業でその人たち、食べていけているのであれば、それはそれで幸せなことなんじゃないんですか?
今ですね、東北各県、それが課題になってまして、販路の確保、これだけ営業の課題、経営の課題があります。
人材の確保もこれだけの課題があるんですけども。
こっちは取り引き先が、先ほど説明してくださったように、戻らない。
もう一つ、この人材の確保。
働く人が減ってしまうというのは、建設業に流れてしまっている。
ほかはですね、例えば高台の仮設住宅に移り住んだ人たちが、今までは近くの加工場に働きに来ていたけれども、もう遠くて通えないというような人もいるし、他県、もしくはほかの市町村に引っ越してしまって確保できないと。
人材がほとんど今、いなくなっているという課題が出てきています。
でも建設業は、いずれ工事が終わったら、戻ってきてくれるかもしれませんよね。
それまでに水産加工っていうのが衰退、どんどんして、先にしていってしまう。
港に漁船が入ってこなくなってしまう課題があります。
なるほど。
そういう状況がある。
さあ、どうしようということで。
一刻も早くちょっと現状打破しないといけないわけですよね。
でも、私たち、わざわざ、この気仙沼までやって来たのは、絶対なんかここに、そのヒントがあるからなんですよね。
はいはいはいはい。
そうでございます。
さあ、中継でございます。
わざとらしい流れで申し訳ございません。
その現状を打破しようという取り組みが、気仙沼でどんどん始まっております。
気仙沼のよさをアピールしようという取り組みです。
例えばこの商品なんですが、和風のイメージが強いですね、サンマとかブリを、あえて洋風にアレンジして、パッケージもおしゃれにして、売ってみようという一アイデアでございますね。
おしゃれ。
それからですね、こっちです。
よく、農産物ではありますが、ただワカメを売るのではなくて、生産者の方のお名前とかストーリー、写真をつけて売ってみようという取り組みも進んでいる。
1つアイデアを加えて、付加価値をつけていこうっていう取り組みが進んでいるんですね。
まだまだあります。
それはですね、皆さんのテーブルに行って説明したいんで、行きますんで、ちょっとだけお待ちください。
行きます。
はい、お待ちくださいって、もう食べ始めておられます。
もう食べ始めておられますよ、2人。
なんだか分からずに。
移動中に、大友さんと山田さんの所に料理が行くと思うんですが。
もう来ています。
しかももうお2人、なんの説明もないまま、食べていらっしゃいます。
召し上がっていただいてます?もう来ちゃいました、すみません。
お疲れさまです。
なんですかという質問もせずに、よく。
頂いておりまして。
何を召し上がってるんですか?
まあ、お魚系ですよね。
お魚系?
だんごの中身をご紹介します。
気仙沼ですから、これでした。
じゃん!
えっ?サメ?
サメを使ったアイデア商品が続々と登場しています。
そのアイデアをご紹介してまいります。
気仙沼といったらフカヒレですよね。
そうなんですよ。
えっ、これ、どんな味なんですか?
いや、味は。
普通、なんかあの、つみれっていうんですかね。
つみれ的な。
考えたのは、実は地元の高校生たちなんですね。
地元の気仙沼の方って、鮮度が命のサメなので、少し時間がたつとあっという間に独特の臭いが出てしまうので、これ、加工するのはって、ためらう人もいたんですが、高校生たちはいやいやいや、頭、柔軟にしましょうよと、お酢を使えば全く気にならないですよと、やってみたところ、地元のコンテストで優勝してしまいまして、あっという間に、実は東京の高級ホテルのランチビュッフェに毎日出てるんです、こうやって。
証拠に私、取材と称して食べてまいりました。
大変おいしかった。
シェフの方に伺いますと、いや、全く気になりません。
食べやすいですね。
子どもから大人まで気にならず食べることができます。
大変好評だということです。
お酢っぽい匂いはあるんですか?
全然ないですよ。
お酢のつんとした香りとか全くないんですよ。
もちろんあとで味付けします。
さあ、もう一つ、ご紹介します。
さあ、出てまいりました。
きょうはフルコースではありませんが。
ありがとうございます。
今、大友さんがおっしゃいましたけど、サメといえば、スープですよね。
フカヒレですか?
フカヒレ?うれしい。
きょうはゆっくり時間もありますんで、召し上がっていただきたいと思いますが。
おいしい。
これね、フカヒレスープ、ただのフカヒレスープではありません。
特徴があります。
お値段、見てもらってもいいでしょうか。
1食、これでございます。
うわ!
1500円。
高級。
わざとこうしてあります。
実はですね、水産加工業者の皆さんが一緒になってやっていますが、その代表的なお一人が、きょうお越しの斉藤さんなんです。
全国のデパートのうまいもの市というのがありますね。
そこを巡って、どんどんこの、見てください、ぐいぐい売ってらっしゃいます。
大人気です。
実は、この高級、今までは安いものを売ることが多かったのですが、あえて高級な加工品を作ろうとした。
その背景にはこんなエピソードがあります。
4年前のあの日なんです。
温かいものがなかなか来なかった。
久しぶりに食べたスープの味が本当に忘れられない。
いいものなら、安くなくてもみんな手に取ってくれるんじゃないか。
始めたところ、デパートに通うような層の皆さんが、大変好評で、実は関西地区で、大変人気に、今、なっているんだそうでございます。
だって、結構、ごろごろ入ってて、普通ちょっと、これ、春雨じゃないの?みたいな感じのね。
これ、塊で入ってるんですよ。
すごい、1500円の価値がありますね。
すごい単純な質問なんですけども、東日本では、サメって言いますよね。
関西のほうはフカっていうじゃないですか。
でも、まあ、あえてフカっていうことばを使って、僕なんかはサメっていうのが、一般的な呼び方で、フカっていうのは割と関西方面の呼び方って聞いたことがあるんですけど。
阿部さんはその売りに回られるときには、なんて言っておられるんですか?
フカヒレ。
フカヒレって言いますね。
やっぱり全国の。
フカヒレって、もう一つの商品というか。
やっぱり私たちが、常に使ってるこのことばはよしとしても、やはりその商品の価値を伝えるときは、どちらかというとマーケットの人が分かりやすいような伝え方をするっていうことが、大事だと思うので。
普通その中華料理店に行っても、フカヒレスープっていったら高級品ですよね。
逆にそれが1500円って、もしかしたらいろんな人の考え方ありますけれども、お手頃かもしれないですね。
すみませんちょっと、待ってください。
気仙沼では、じゃあ、フカヒレスープのことはなんて呼んでいるんですか?サメヒレ?
いや、フカヒレです。
それはフカヒレです。
でも、今、私、小野さんに言われて思ったけど、市場ではサメヒレって言いますね。
そうなんですか?
確かに。
サメヒレ?
突っ込むのは深読みですね。
じゃあね、もう1個ご紹介していいですか。
マーケットの方ですらびっくりする大胆な発想の転換があります。
もう1個ご紹介します。
小野さんにこれは試してもらいたい。
手を出してください。
じゃんじゃじゃん。
何?それ。
はい、伸ばしてください。
これ、化粧品か何かですね。
つけるものですね。
そのとおりでございます。
なんかジェルみたいな。
どんどん肌がすべすべになってきますね。
実は、化粧品なんですね。
これを考えたエピソードをご紹介いたします。
サメって、コラーゲンが豊富ですから、水産加工会社の方、大体一回は話したことあるんですって。
これで、化粧品作ったら、大人気じゃない?そんなのお金かかってできるわけないでしょって、普通はやらなかった。
それをやってみた。
実は震災のあと、市が新しい商品、作りませんか、補助しますよっていうんで、やってみた。
この人たち、素人ですから、化粧品については。
研究機関ですとか、化粧品会社のOBの方に教えてもらって、努力を重ねて、おととい、実は東京駅前の大きなビルで、1日売ってみた。
そうしたら大変好評だった。
これから常設できるように、デパートのお客さんに売り込んでいこうという取り組みが進んでいるということなんです。
まさにちょっと出ましたが、フカだけに、みんな付加価値と。
あー。
いやいやいや。
さあ、これが始まったばかりなんで、どこまでこれが発展していくかに注目ということです。
すごいですね。
でも消費者としては、こういった形で、すばらしい商品があれば、ぜひとも購入して、支援につながるということが一番いいので、もうこれだけなんかおもしろい商品があるんだっていうこと、きょう知れただけでも、すごくうれしいです。
でも、やっぱり、みんな被災地を支援したいっていう気持ちはありますけど、いざ化粧品がずらっと並んで、さあ、どれにしようっていうときは、競争じゃありませんか、何かに付加価値をつける新商品って世の中にいっぱいありますよね。
ライバルもいっぱいいるようなとこだと思うんですけど、ご苦労は?
全国の方が、一生懸命頑張ってらっしゃるんですね。
なので、私たちは、そこで自分たちが被災地だから、このくらいのものしかできないというようなことでは、絶対に許されないというふうに思うんです。
そんなことを思い始めたら、もう自分たちの10年後、50年後はないというふうに思うので、やはり全国区の土俵に上げてやるような商品を、私たちはもっともっと勉強して、作り出して、それから作るということもそうですけど、売るということですね、販売をするということも、消費地の視点に立って、もうどっぷり消費地の視点に立って考えるぐらいのことを、どんどん学んでいかないと、やっぱり、衰退していくもとになるんじゃないかなというふうに思います。
なんかすごいかっこいい。
かっこいいです。
すみません。
ありがとうございます。
これ確かにそうでして、復興っていうと、もとに戻すっていうふうに皆さん、お思いかもしれないですけど、もとに戻すだけだと、この三陸、東北というのは、高齢化ですとか過疎ですとか、先ほどのように、特徴のない産物、アピール力が足りないっていわれていたもとに戻ってしまう。
その先に行かないといけない。
ここにはこれと、今までと違ったものがあるっていう、新しさも打ち出していかなきゃいけないっていうのが、今回、この復興の先をまた進んでいかなきゃいけないってことだと思います。
ここは、素材はたくさんいいものがあるんですよね。
それをその素材のまま売るんではあまり利益がやっぱりない仕事になってしまうんで、やはりいかに価値を高めて、その価値を認めてもらうお客さんにやっぱり買ってもらうっていう。
やはり新しい流通というものを考えながら、従来だと、価格主導権がないんで、それもまた。
価格主導権がないというと、原産地はやっぱり弱いんですか?いくらで買ってくれるっていう人たちに対して立場が弱いって?
そうですね。
水産の場合は、流通がやっぱり複雑で、われわれの顔も見えないし、お客さんも逆に見えてないんですね。
その中間の取り引き業者に委託するような形で販売をしてましたから。
もしかして、こういうことですか?これ、一生懸命、均一な品質や安くて大量という、お客さんの注文に応えようとしてきたじゃないですか。
それは外食チェーンは一皿一皿に、一切れの切り身の大きさが違ったら大変だし、安くて大量や均一というのを求めるのは当然ですよね。
だけど、これに応えようとしてきたあまり、なんか取って代わられちゃった、よそに、簡単にっていうところの反省があるんですね。
なんとなく、合ってます?今の解釈で。
合ってます。
そこでですね、この付加価値の付け方ってことなんですが、皆さんよく知っている、コンビニのお握りありますよね。
あれ、大体、おコメのときは44から47グラムぐらいで、原価は15円くらいなんです。
ところが、コンビニに、お握りにするとこれが100円とか120円ぐらいで売れてくれるわけですね。
だからそういったやり方をやっていくと、例えばこのおコメのなんていうのかな、機能をうまく抽出すると、化粧品とか、サプリメントとか、いろんなものに展開していけるわけですよ。
そうするともう、値段が全然変わっていくわけですね。
つまり、付加価値をつけるっていうのは、そういう手をこう入れていって、そしてより機能の高いものにしていく。
そういうことなんです。
そして工場が、例えばこういった所で、東京、あるいは大阪に工場を建てるんではなくて、むしろ地元に工場を作っていけば、それだけ利益が地元に落ちていくってことなんですね。
こういう仕組みをやっぱり今後、考えていく必要があるのかなというふうに思っています。
結局、素材自体は超一流なわけじゃないですか。
そうなんです。
ですから、アレンジだ、アピールとか、というところですよね。
だから安く売る必要はないんですよね。
ちゃんと正しい正価で売っていって、正しい利益を取る、そういうことがやっぱり大事だと。
ましてや震災でいろいろ設備失って、新たに設備投資するわけですから、普通に設備がある所と、価格で競争してもだめですよね。
売れば売るほど赤字が膨らんでいく。
そういうことですね。
ツイッターで、ツイートで、被災地の復興に一番必要な力とはなんだろう、今さら考えてしまいますという声が届いていますが。
この19%の割合をもっともっと増やしていかないといけないと思うんですけど、実際にそうするためには、何が鍵を握ってて、どんな壁があって、どうやって乗り越えていったらいいというふうにお考えになってますか?
私は、全国に今、行商って、自分では行商って言ってるんですけど、作ったものを、自分たち、それぞれ自分たちが担いで歩いて、全国で販売するっていうことをしてるんですけれども、やはり同じ地方であっても、別な産物であっても、一生懸命やっぱり、ずっと長い間、そうやって全国に売り出してきてた人たちがいっぱいいらっしゃるので、そういう方たちのよその産地、それからよそのご商売に、私たちはもっともっと学ぶことがいっぱいあると思うんですね。
例えばどういう?
例えば、広島のカキの会社さんがあるんですけど、私はそこの会社のおかみさんを先生だと思っていて、本当にたくさん、やっぱり被災したということもありますけど、一生懸命教えてくださるんですよね。
それで私たちは、本当にことばが2つも3つも足りないというか、もっと前へ行けと。
なんでこれを言わないんだと。
奥さん、きれいですねみたいなこと?
自分たちの持ってるものは、こんなにすばらしいものなんだから、だったら自信のまま言えと。
それを、なんでそんなに3歩も4歩も下がるんだと。
私たちは東北人は謙虚だとか、そういう謙遜だとかっていうようなことが、よいというふうにもいわれてきましたけれども、それはそれとして、よさは残しつつも、やっぱりもっと前に出て。
競争だったら負けますよね。
そうなんですよ。
言いたいことが4つも5つもあるんだけれども、1つしか言ってないんじゃ。
そう、だから、何をしてるんじゃとか、やっぱり、もっと前に立ってとおっしゃっていただいて。
どんどん方言でしゃべっちゃう。
そうすると、知らない人が、今、もう1回言ってくれません?どういう意味ですか?っていうことになるから、逆にそれも力になってくるんじゃないかなと。
そうですね。
例えば生そばでもね、ビニール袋に、例えば入れて売ると、200円とか300円なんですが、これをきちっとパッケージデザインをしてですね、売ると、これは500円、600円、売れるんですよ。
デザイナーの方にも入ってもらう、ことば以外にも、やっぱり売り方をもっともっと勉強して、工夫していくということも大事かもしれませんね。
あとですね、やはり水産っていうのは、やっぱり漁業があって、水産加工があって、流通があるというところで、それが全部で水産だと思うんですけど、そのお互い、役割があるんですけども、それがうまく信頼関係が築けてなかったりというところで、安く売られるから安く買ってやろうというような、そういう意識が働いてきちゃうんですね。
だからやっぱり、魚取る人とも近くなる。
買ってくれるお客さんとも近くなるというところを川上、川下をもっと近づける取り組みが必要なんだと。
今、阿部さんおっしゃってるお話の中で、とても実は参考になりそうな事例がほかの県で、われわれ、ちょっと、見つけてまいりまして、まさに売り上げをですね、上げてる企業が、福島、岩手にそれぞれあったんです。
きょうですね、その企業を経営されてる方、来ていただきましたんで、ご紹介いたします。
まず岩手県の宮古市から来ていただきました、イカの加工業を営んでいらっしゃる鈴木良太さん。
そして福島県で主に自動車のリサイクル業を営んでいらっしゃいます、池本篤さんです。
池本さんはリサイクル業?水産、食品加工の話じゃないんですか?きょうは。
自動車のね、非常に参考になりそうな。
そしたら、池本さんの取り組みからいきましょうかね。
福島県のリサイクル業をされてるという池本さんなんですが、車のリサイクルなんですけれども、こういったことをキャッチコピーに、いろいろと。
どんな思いが?
弊社の社員がちょっと原子力の避難の地区になりましたんで、8割ぐらい、ちょっといなくなったときに、そのときに新しい社員たちとですね、本当に骨のある人間になろうと、あと、リサイクル、自動車のリサイクルなんで、リサイクルをぽんこつというふうに、昔はそういう表現をしてたので、それに引っかけて、骨のある人間になろうということと、ぽんこつを愛せるような会社になろうという、その思いを込めて、ポンコツラブとつけました。
これはその業種のキャッチコピー?
今、お話ありました、福島県の沿岸部の実は浪江町という所で、リサイクル業をされていたんですが、原発などの関係もあって、伊達市に行かざるをえなくなった。
販路を失ったんですが、売り上げをアップした。
どうやったのか、見ていただきますよ。
こちら。
自動車のリサイクル業というのは、こういった仕組みなんですね。
個人の方などが、ディーラーなどの販売店に車を出したものを仕入れる。
乗らなくなった車を仕入れる。
それを分解して、部品に変えて、必要なところ、整備工場などに分解したものの部品を売ってゆく。
これ、実は水産加工の工場に実は似ているんです。
水産加工場と思ってちょっとご説明しますよ、こちら側。
自動車なども大量にありますね。
大量に水揚げされた魚が、加工上が仕入れて、解体して、さっき見ていただきましたVTRの、5キロごとの塊のようなものにしていく。
つまりは、これ、個性がないものを売っているという仕組みになるわけなんですね。
となると、販売店が売るときに、売る所も、ここから買いたいっていう人も、均一で、そういった、買ってくれて、とにかく買ってくれて、均一な品質で安くて大量に。
つまりこの、これですね。
それ。
均一な品質、安くて大量、安定供給を求められて、応えてきたせいで。
そうしたらですよ、伊達市に、このあといくわけなんですけれども、すでに伊達市の中では、もう販売網、ルートがあった。
もともといる企業があって、そこにもう販売ルートがあると。
でも、そこに入っていかないといけない。
新参者。
だからマイナスからのスタートになってしまった池本さんなわけなんです。
なるほど。
でもどうしていったのかっていうあたりですよ。
品質が均一だと、やっぱりどうしても、そこは地元のネットワークがものを言うということになってしまう。
そこに新規参入。
従業員の数も8人になっちゃった。
40人から。
どうしようって、残された従業員に、池本さん、声をかけたんです。
アンケートを取った。
何か自分たち、とにかくまずは見つめ直してみようとよ。
何かあるだろうと。
そしたらですね、従業員の方々と話し合ったら、いろいろ出てきたんです。
自分たちの強みって、こんなのあるかも。
会社の強みに、在庫いっぱいあるし、珍しい部品だってあると、24時間俺ら対応するぞ。
修理や車検の値段も実は安い。
品質保証だってついているじゃないかって。
こうやって挙げてみると、実は、強みがいくつか、いくつもあることが見つかったんです。
これ、数としたら100ほどあったということなんですね。
だったら、こんなに強みあるんだったら、まずアピールしてみようよと。
知ってもらおうよ、俺らたちのこと。
アピールすることにした。
とにかくアピールをしたんです。
インターネットでこういったことを書いたりとか、こんなものを作ったんですね。
強みをまとめたDVDとか冊子とか、毎月発行する新聞ですとか、先ほどのこの思いが込められたキャッチフレーズのもと、こういったカタログ、社員の方々、1人ずつが載ってて。
商品の代わりに、社員のカタログになってる。
まさに強みを紹介する。
さらにはご自身も。
驚いた。
社長、これね、お会いしたときに、あれ、見せてもらっていいですかね。
まずごあいさつさせていただいたときに、僕、驚いたんですけど。
私は、名刺がですね、中がこういうふうに漫画になっています。
覚えていただいて、印象につくためということと、あと、これが社員たち一人一人、名刺が全く違うんですよ。
社員の個性に合わせたり、また先ほど言ったように、新しい新入社員たちばっかりの会社だったので、彼らが戦力になるためには、その名刺を使って、強みをお客さんにすぐアピールすれば、新入社員でも仕事がもらえるとか、例えば、その人となりを理解してもらうとか、そういったところで、ツールとして、利用しようってことで、名刺が、いろんな人のタイプによって作ってあります。
そうしたら、結果ですよ、この強みをもとに、まずもう取れたと、この整備工場もそんなに安くて、サービスしてくれるんだったらいいねと。
こういう人、働いてるのね、ああいいねと、販売店も契約してくれるようになっていったんですね。
強みを理解してくれて、魅力的な会社じゃないかと。
そこだったらぜひっていって、こちらの方。
個人も。
あんまりリサイクル業って、個人の方が来るってことは少なかったそうなんですけど、来てくれて、で、個々の皆さんに修理してもらいたいんです、一回修理してもらったら、ここで車検をします。
廃車もここでしますよってことで、どんどんと売り上げが伸びていったそうなんです。
つまりはこうです。
強さをアピールして、売り上げを戻してきたと。
この強さをアピールしてたら、こんないいこともあったんです。
働きたい、働きたいっていう人が増えてきて、従業員、8人だったのが、今、50人になったんですね。
すごい。
いやあ。
これはすごいですね。
どうしてできたんですか?
やはり先ほどみたいに、会社の強みとかですね、あと会社のそのイメージを変えることで、今、人材不足っていう問題もあるんですけれども、若い人たちが結構入社したり、離職率が減ったりとか、そういった部分で、非常に影響があったんじゃないのかなと思いますね。
ただやっぱり、お車自体が、すごい好きなんだなっていうのがあって。
そうです。
だから好きだっていうことの原動力が一番強い。
そうですね、そのとおりです。
あと、見つめ直すって、発想の転換っていうものにつながったっていうことがすばらしいですね。
そうですね。
われわれも値段競争で、どんどん値段を高くして買い取るっていう仕事なので、高くなって、また安くパーツを売らなくちゃいけないということもあるんですけど、自分たちの会社のファンになってくれたお客さんは、値段とか、そういうことであまり言わないんですね。
やっぱり本当に、人間力がある会社に、やはり注文したりとか、出してくれるっていうところがあるので、弊社はかなりそういうところに力を入れてます。
先ほどの水産加工と同じで、今まで均一で出すということが東北の産業、多かったんですけれども、今のように、無個性につながってしまう可能性がある。
それで減ってきてしまって、この震災のあと、減ってきてしまっているんですけど、実はもともと強い、いいものを持っている。
それを顔を見せてアピールをする。
先ほどのパンフレットとか名刺のようにですね、顔でアピールしていくっていうのは、今、ほかの県でも野菜ですとか、米とかですね。
あー、書いてありますね。
何々さんが作った野菜とか、何々町で作ったお米っていうのをもっとアピールしていくっていうのが東北、もっともっと被災地必要なんじゃないですかね。
もっと早くやればよかったと思いますか?
本当、そのとおりです。
自分たちが、そういう強みを理解していなかったので、やっぱりアピールする力が全然弱かったんだなと。
やはり震災で、今回、リセットされて、それで本当に1年、2年で同じ売り上げをできたというのは、やはりそこが強くあったんではないかと思いますね。
売り上げアップという点で、まだね、まだ聞いていただきたい。
全国の皆さんにも参考になりますよ。
こちらの方、岩手から。
イカ王子。
イカ王子?
イカ王子って名付けられたのも、震災がきっかけだったっていう。
そうですね。
水産という窓口をもっと広げたいなと思って、どうしても水産というと、魚屋っていう狭い部分で勝負しているところあるので、それが一般の消費者にも伝わるように、自分でイカ王子って名乗って、ブログなどで配信してます。
みずから名乗ってる?
はい。
やっぱりそうやってね、きっかけは震災で、大きく被災されているんですね。
工場の一部、関連の一部流されてしまって、3分の1ぐらい、売り上げ減ってしまった。
そこから立ち直った、その仕組み、こうです。
宮古市、宮古市って、いろんな魚の加工業を営んでる方、いるんですね。
やっぱり震災で売り先を失ってしまっていた方が多かった。
イカ王子こと、鈴木さんは、取り引き先が若干残ってたんです。
ちょっと残ってたという。
でも、その取り引き先がいっぱい注文してくれる中で、人手が足りなくなっていたんですね。
従業員の人が戻ってこなかったりして。
そうですね、はい。
そこでどうしようかって、これをしたんです。
4つの加工業。
一緒になってやってこようよ。
チーム漁火という名前を付けたんですよ。
よその会社ですよね?
よその会社です。
よその会社とチームを作った?
よその会社にですよ、これをまず頼みました。
イカ、お前の所いかが?と。
イカ。
イカやってみようよと。
イカやってみようよと。
苦笑でしたけど、頼んでみたんですよ。
できるんですか?
これやっぱり、要は水産、ざっくり大きく簡単に言ってしまえば、包丁を使って作業するという点でも一緒になっていくわけですよね。
下処理などの簡単なものだったら、ほかのところでもやってもらえたと。
すると、これ、会社でしょ、ほかの企業からすれば働いてる人からすれば、売れる所が出来たから、おっ、いいね、いいねって。
でも、これね。
でももともと、うちはタラの会社だよ。
それがね、逆に強みになっていく。
この曲、聞いてください。
これ、岩手です。
あまちゃん?
ウニ、ウニがはやった時期があった。
そしたら、今、タラでしょう。
ウニだ、ウニいこうよと、みんなでウニだ。
岩手のウニだ、みんなに売り込んでしまうという。
で、大量発注来てますから。
なるほど。
それに応えようと。
みんなで応えたらできたんですよ。
で、ウニの時期、あまちゃんのブームも去ったあきになればサケ、冬になればまたイカをやるという形でおっ、ここはいいね、いろんな要望に応えてくれる所だねって。
取り引き先増えていった。
震災前、一社一社だったら合計で60だったのが、今や、120社と取り引き先。
すごーい。
倍増したっていう。
で、まだ効果があったんです。
これ、ウニとイカ。
イカ等に、ウニとイカということで。
あっ!
ウニイカ。
新商品。
新商品も開発できちゃった。
これをネットで販売したら、もう個人客がもう大きく、食べたい食べたいって要望が来て、さらに海外からも注文も受けるようになったと。
つまり、こういうことだったんです。
地元の水産チームを組むことによって、売り上げ大幅にアップしたという取り組みなんです。
これは試食ないんですか?
瓶があそこに見えますけど。
でも、これは想像できるような気が。
おいしいことが、もうなんか浮かんできますもんね。
そうですね。
味が想像して。
共同すると、設備とか、人手をお互い融通できるんで、地域にとっては、コストを下げるっていう効果があるんですね。
どうしても魚っていうのは、時期、時期で取れるものが違うので、必ずしも通年を通してその仕事をしてるわけではないんです。
強みがある分、弱みもあって、ただその、震災を機に、この強みを4社で生かそうよってやった取り組みで、販売先も伸びてますね。
これどうしてできたんですか?
これはですね、基本的には30代、40代前半の若手の経営者で集まっているんですけど、やっぱり震災前よりももっと発展させるためにはって、腹を割った取り組みで、ノウハウの共有とか、あとは価格の設定とかもオープンで取り組んでいます。
その結果ですね。
だけど、よその会社と、自分の所が利益がどれぐらいとか、いくらでものを売って原価はいくらとかって、全部、言ったら、丸裸になるわけですよね。
そうですよね。
抵抗感はなかったんですか?
それは初めはやっぱりあったんですけれども、徐々に、みんな、引きだしていって、やっぱり、数字につながってくると、どんどんどんどん、それが大きくなってきて、今はもう、本当にオープン化されて仕事できてます。
いっそ一つの会社になろうかという話は?
夢はありますけれども、まだまだやっぱり各社各社のブランドも大事にやっている状態です。
なるほど。
いや、このやっぱり19%をもっともっと増やすにはだと思うんですけど、どういうお考えになりますか?鈴木さんと池本さんは。
そうですね。
やっぱりどうしても中小企業というのは、1社単位だと、なかなか攻めづらいんですが、ただ、大手と違って、非常に身動きが取りやすいので、そういったところの地元の連携化というのは、必要かなとは思います。
ごめんなさい、19%をもっと増やすって、ずっと言ってますけど、ツイートではですね、全国的に参考にできるよねとか、全国にいる控えめな人も参考にするといいですねと来ています。
それからこれは地元の東北の方ですね。
売れない理由を聞いて気付いた。
日本全体で頑張ろうということばが薄っぺらいこと、結局は地元でなんとかしろって言われてる気がした。
これ、たぶん、お客さんの注文に一生懸命応えようとしてきたのに、それが実は裏目に出たっていうことへのがっかりな感じなんでしょうね。
やっぱり地方の活性化っていうのは、やっぱり日本全体の課題だと思うんですよね。
なんかこう、景気がいいんだ、景気がいいんだっていわれてるけども、普通の人に聞くと、そうかなというのが、実際のところじゃないですか。
だから、先ほどのお2人のアイデアっていうのは、日本全国どこでも通用することなんだろうし、高齢化社会、それから地方の活性化って、これからどんどんどんどん、日本が突きつけられる課題だと思うんですよね。
そこにきっと糸口がね。
そうですね。
なんか価格がね、今もう、なんか妙に怪しいぐらい安いというものが多い中で、本当にいいものがこんなに、気仙沼とか、地元にたくさんある中で、皆さんが今回、キーワードとして見直すっておっしゃってことが、ものすごくなんか、響いたんですよね。
だから、やっぱりこれ、きょう深読みをご覧になってくださった方たちも、こんなにいいものには、それだけ付加価値がついて当たり前だって、そこにはお金を、もう手間隙かかってる皆さんに惜しみなく払いたいなっていうふうに、やっぱりつながってるといいなっていうふうに今、思ったんですよね。
今、やっぱり形を変えていく場面だと思うんですね。
みんなで、今、一生懸命、こいで、形を変えていく場面だと思うんですけど、そこで若い人が、すごく今、まさに今、こういう場面で、地元の役に立ちたいっていうふうに、思ってる若い人たちがすごく増えてきたっていうことは、これは希望だと思うんですね。
今、私たち、地元の高校と、ずっと震災の前から、うちの工場に来て見ていただいたりとかしてたんですけど、明らかに震災を機に、震災を超えて、若い人たちは全く志望してくる、会社に志望してくる意思を持って会社に入ってきてるので、この子たちをなんとかしてやっぱり伸ばしてあげたいというか、この人たちが伸びることによって、きっといろんな世界が広がってくるに違いないというふうに思うんです。
1年目の子、2年目の子、本当に全然違うんです。
伸び具合が。
だから、この子たちが全国とつながってるよ、世界とつながってるよっていうふうなことを見せてやりながら、期待に応えるような会社になりたいなというふうに思います。
全国の方々、自分所の町や村の課題を抱えてる人からすると、ことば、選んでいられないので、はっきり聞いてしまいますが、震災があったから、できたっていうこともあるわけですか?
ありますよね。
ありますよね。
一度、リセットボタンが押せたというふうに。
がらっと。
でもそうすると。
経営スタイルを切り替えることもできたっていうのも、やはり震災でリセットできたので、自分のことを否定することもできたのかなと思いますね。
変わらざるをえない。
もう変わらないとどうしようもないっていう立場に立たせられたがゆえに、変わろうとしているということは間違いなくあると思うので。
何か、なかなかその変わる機会がなくて、変わるきっかけがなくて、ずっとあっ、どんどん今、お風呂のお湯が冷めていくから、早く出なきゃって思っているのに、なかなか出られないでいるみたいな状況の全国たくさんの方々があるんじゃないかと思うんですけど、なんか、言ってあげられることってありますか?
そうですね。
やはり一度、本当に自分の会社がもうそういう状態で、数か月、運営ができなくなったときに、もう終わったと思ったんです。
やっぱり終わったと思ったら、次、新しいことって、すごいこう、やるときのそういう原動力っていいますか、覚悟が決まるんですね。
覚悟を決めたときに、やっぱり自分のそのいろんなやり方とかも見直して、そして、またゼロからですね、やり直すこともできるし、いろんな新しい考え、先ほど鈴木さん言われたように、競争から協調へいくっていうこととか、今までは競争社会でしたけど、仲間と手を取り合ってやるという、そういうところもですね、だいぶ考え方、私も変わりました。
今、お話出てるように、この復興に何が必要かっていうところでいいますと、地域の産業がしっかりしないと、若い人たちの仕事、職場がない。
もしくは後継者が作れないっていう問題が出てきて、そうして仕事がないと、自力再建、家を建てるとか、家を借りるみたいなことができなくなって、にぎわいが戻らないってことになりますんで、やっぱりこのサイクルをしっかりするっていうことが、暮らしの復興というものにつながっていくっていうことで、今、被災地、復興に向けて、皆さんのように、元気でやる気のある方はいいんですけれども、全員がこういったサイクルに乗れるように、リーダーシップを取っていってほしいなと思います。
その姿を、ほかの地域の人からも参考になるぞっていうことですね。
それと、地域の中でつながっていっても、やはり外にうまく発信できなければ商売になっていかないわけですよね。
やっぱりそういう意味でも、外の力も使っていく。
そういうことがやっぱり、大事になってきているのかなと思いますよね。
そのとき、大事なのは、使われるのではなくて、対等に自分たちの価値をきちっと伝えていく。
それが大事なことです。
そう思いますね。
産業が潤うっていうことは、やっぱり働く所が増えたりだったりとか、…だったりとか、地元の人たちも希望が持てるわけですもんね。
魅力のある地元の再建というか、構築というか、そういうことですよね。
そうですよね。
でもその高校生の子たちがね、地元の食産物を使ってなんか、いろんなものを開発して、グランプリとるとか、すっごく記憶に残ると思うんですよね。
そうですよね。
以前は、しかたなく、地元に残るというようなことが多かったですし、それと、もっと言うと、地元の進学校の子どもたちは、全員が東京とか首都圏に出てって、二度と帰らないというようなことが、震災前から長い間、続いていたんですね。
それで、全員帰ってこなくてももちろんいいんですけど、やはり3分の1とかが、地元に帰ってきて、地元の産業を照らすというようなことにならないと、地元はだんだん疲弊していく。
表を見てから、もう一回、ふるさとを再確認できるっていうことなので、一回表に出てみて、また地元の見生字幕放送でお伝えします2015/03/07(土) 08:15〜09:30
NHK総合1・神戸
週刊 ニュース深読み「震災から4年 どうする?産業の復興」[字]
震災から4年。被災地では、販路の喪失や人手不足などにより水産業などの地場産業の復興が遅れている。どう産業を再生していくのか、深読みする。(被災地から中継)
詳細情報
番組内容
震災から4年。復興の課題となっているのが地域の雇用を支える産業の再生。取引先が減り、働き手も確保できず売上げ回復が遅れている。そんな中、水産業や製造業の現場では、新商品の開発や新たな市場を開拓しようという取り組みが始まっている。市場の先細りや働き盛りの人材不足など被災地の課題は、日本各地がこれから直面する課題でもある。被災地の「稼ぐ力」を取り戻す動きから、地方が元気になるヒントを深読みする。
出演者
【ゲスト】大友康平,山田まりや,【解説】東北学院大学教授…柳井雅也,食品加工会社専務…斉藤和枝,気仙沼商工会議所水産流通部会副部会長…阿部泰浩,水産加工会社専務…鈴木良太ほか
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スポーツ – スポーツニュース
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