2015年03月08日

アメリカンスナイパー

アメリカン・スナイパー

画像は書籍ですが、見てきたのは映画版。

イラク戦争で英雄と呼ばれた男の、戦場での活躍と、戦場から帰ってくる度に心が壊れていき、最終的に人生も破綻する様子を淡々と描いた実話ベースの映画。

アメリカではこれが戦争賛美だとか、イラクで160人も殺したクリス・カイルを英雄扱いするなんて何事だ!?みたいな感じのディスで盛り上がっているそうだ。
さすがだぜ。アメリカ。クレイジーだぜ。

まあ、普通に考えたら、この映画がクリス・カイルを称えている映画ではないし、ましてイラク戦争を肯定している映画なわけはない。
なにせ、主人公の心の壊れっぷりの異様さがハンパない。
例えば、犬がうるさく吠えていたら、その犬を素手で殺そうとするし、車で走っていても絶えずいつも誰かに付けられているんじゃないかと後ろを気にする。
病院で自分の娘が泣いていたら、なぜじぶんの娘をケアしないんだと大声をあげる。
PTSDを描いた映画はこれまでもわりとあったのだ。
でも、これまでの映画はわりとそうなってしまう兵士を特別な存在として描いていた。
「あんな悲惨な戦争を体験したら、誰だって心は壊れるよなぁ」と。
で、これまでの描き方って、ある意味で突き放した見方でもあったとは思うのだ。
つまり、心が壊れていく人をはたから観察する感じ。

ところが本作がえげつないのは、心が壊れていくクリス・カイルに感情移入させられてしまうところで。
そのせいで、人間が壊れていく過程を体験できてしまう感じがある。
大げさに言えば、見ている間に自分の心が壊れてしまうような、そんな感覚。
で、何がそうさせているのか、ということなんだけども。

語弊があるといやなんだけども、クリントイーストウッドは戦場を一種、魅力的に描いている。
もちろん、そこで起こる悲惨で陰惨な死とか。
あるいは、子どもを撃たなければならなかったりする、非人間的な葛藤とか。
あるいはあるいは、それによって破壊される人体だとか。
そういった、戦争のえぐさもちゃんと描いてはいる。

でも、それ以上に、そこで殺し合いをする兵士たちが、その命のやりとりをする世界に陶酔していく感じを、エンタメ的に盛り上げて描きだす。

例えば、敵側の凄腕スナイパーをライバルとして設定し、この人物との戦いをまるでマンガのように盛り上げて描いたり。
例えば、「おれ、次にもどったら彼女にプロポーズするんだ」・・・みたいな、いまどきもはやギャグになっている死亡フラグを立たせて、当然やられちゃうその友人のために男たちが一丸となって敵に立ち向かったり。
例えば例えば、乗り込んだ家で、こちらをだまそうとしてくる敵側との心理戦を異様な緊張感とともに描いたり。
確かに、そういうところだけを切り取れば、戦争を魅力的に描いているとは言える。

あるいは、銃弾飛び交う戦地の描き方も、最新の音響技術を駆使した、どこかゲーム的な描き方を徹底しており、見ている間、ハラハラドキドキを『楽しめる』

それこそがクリントイーストウッドの仕掛けた本作の最大のわなだろう。
映画としては、『平和』な家族との日々よりも、戦地でのヒリヒリした緊張感のほうが『おもしろい』。
あるいは、『平和』なアメリカでの生活の場面でこそ、主人公の狂気が垣間見えて、つらいのだが、戦地では、みんなが狂っているので、主人公の異常さがまぎれて、気にならなくなる。
そして、戦地で軽口を叩き合う兵士達の姿に、ヒロイックな何かを感じてしまう。
つまり、戦地をエンタメ的に盛り上げれば盛り上げるほど、日常生活が霞んで見えてしまう。

でも、そう感じる心って、すでにどこか壊れている。

傷痍軍人達が、あれだけひどい目にあっているのに、それでも射撃訓練を楽しんでいるシーンの、異様さは、そのまま、あれだけひどいシーンを見たのに、まだ戦争シーンでのハラハラドキドキを楽しんでいる観客の鏡だ。

だからこそ、あのラストで、奈落の底に落ちるような衝撃を受ける。
映画的には全くおもしろくない、味も素っ気もないシンプルな演出の、あの最後の一行に愕然とする。
それは、地獄はどう描いてもやっぱり地獄だということを理解させられるからだし。
じゃあ、どうすればその地獄を根本的に解決できるのか、ということがわからないからだ。
そうなると、その後に続く、実際に撮影された映像に焼き付いたアメリカという国の狂気は、もはや他人事として見られなくなる。

戦争に賛成している人なんかいない。(と信じたい)
でも、現実には今も戦争は続いている。
そして、もはや誰にもその現実を変える方法がわからなくなっている。
でもそういうことを語る時、僕らはいつもどこか客観的な視点で理想論なり、空論なりを語る。
あるいは、見たくない現実は、見ないふりをする。
そうやって、自分とは関係のないことと切り離す。
切り離さないと、今だに人と人とが殺し合いをし続けているっていう現実に絶望するしかないもんなぁ。

でもこの映画はそうやって普段は見ていない現実を、主観的なショットで直視させ、疑似体験させてくる。
それこそがこの映画の怖さだと感じた。



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