いくさは、恐ろしい。
どれほどの手練であろうと、戦闘に臨んでの恐怖心を消し去ることはできない。城兵はだれもが、重くのしかかってくる不安を堪えていた。
仁九郎は、その緊張から、ひととき解放されるきっかけを作ったことになる。が、それは極限までたわめられたバネの留め金をはずしたのと同じことで、思いのほか強烈な反動がきた。
しまいには、全員が仁九郎をかこみ、
「そいや、そいや」
と声をあわせながら、手足をばたつかせて跳ね、吼える、火をつけた仁九郎ですら手にあまるほどの、ばか騒ぎになった。
伊来栖の軍使は、あまりの騒々しさに目をむき、足を止めた。仁九郎の思う壺であった。
「おう、おう、おう」
仁九郎は、いよいよ声をはりあげた。たくみに一同を誘導していき、軍使一行を輪の中にとりこんでしまった。軍使はたちまち、狂乱した男たちに、もみくちゃにされた。
「こりゃ、鎮まれ、鎮まれ」
金切り声をあげるが、だれも耳を貸さない。男たちを押しのけ、かきわけしながら、ようやくのことで脱け出たときには、衣服は乱れに乱れ、髷が傾いだ無惨な姿になっていた。
その目の前に、仁九郎がいた。軍使に背をむけ、尻をつきだすような姿勢でいる。
「いよおっ」
と、ひときわ大きな気合を発する。
そして、屁を放った。
――ぶおおおおう
法螺貝を吹き鳴らしたかのような、ながい余韻が残った。
「無礼な」
軍使は、抗議の声をあげた瞬間に息を吸いこんでしまった。
「うっ」
と、うめいて袂で鼻をおおう。目にしみるほど強烈に、におう。
「いや、これは」
仁九郎は、たった今、軍使に気づいたという態で、しおらしくうろたえてみせた。
「ご無礼つかまつった」
「……」
軍使は答えない。仁九郎をにらみつける目が怒りでぎらついている。
「はからずも、屁でのご会釈とあいなりました。ご無礼の段、平にご容赦くだされい。いくさ始まれば、あらためて我が矢を馳走いたします。存分に召しあがられよ」
ニ九郎は晴れ晴れとした笑顔で言った。さすがに、軍使も、なぶられていることに気づいた。奮然として足早に去ってゆく。周りから拍手喝采がわきおこった。
それから時をおかず開始された攻撃は、まさか、屁を嗅がされた腹いせというわけでもあるまいが、
「ちと、やりすぎたかな」
と、仁九郎がぼやいたほどに烈しかった。
伊来栖勢は、仁九郎が防御をまかされた二の曲輪へ強襲をしかけてきた。撃ちこまれる矢が、豪雨のような密度で降りそそいでくる。矢にあたり負傷する兵が、あちこちで出た。
坂合城は本丸、二の曲輪、三の曲輪で構成される。梯郭式に分類される縄張りで、城の形を□とした場合、凹形に曲輪が配されている。凹のへこんだ部分に本丸があり、曲輪が本丸を包んで守っていると想像すればよい。
二の曲輪は大手門を守る曲輪で、坂合城の正面口にあたる。厚い防御が施されているが、ここを失えば城の防御力はおおきく損なわれてしまう。城の死命を制する場所である。
攻める伊来栖勢は千二百。守る雲須隊は二百とすこし。兵力差にものをいわせて、一息の蹂躙をもくろんだのであろう。
やがて、弓矢の援護の下を、足軽が吶喊をあげて攻め寄せてきた。空堀をわたり、木柵に鍵縄をかけて引き倒そうとする者、城壁にはしごをかけて駆け上ろうとする者、遮二無二の突撃がはじまった。
ニ九郎は櫓上にいる。伊来栖兵を弓で狙撃してゆく。
ニ九郎が用いる弓は四人張りという、弓の弦を張るのに四人がかりの力が必要な強弓である。特別あつらえの重い鏃をつけた矢は、はなたれると不気味な唸りをあげて飛び、一矢で二人の身体を胴丸ごと貫きとおして伊来栖兵をふるえあがらせた。
寄せ手の兵気が衰えたとみるや、仁九郎は櫓から降りた。ニ十人ばかりの槍上手を集め、自身も槍を掻いこむと、門をひらいて打って出た。門の周りの伊来栖兵をさんざん突き崩したのち、深追いすることなく城内に引き揚げた。
この突出では、味方に、ひとりの死者も出ていない。
この一部始終を、本陣から遠望していた伊来栖高景は、仁九郎の戦いぶりに舌を巻いた。
「あの武者は、なにものぞ」
感嘆の声をあげ、左右に訊ねたが、仁九郎の名を知る者がいない。この時まで仁九郎には、さほどの武功がなく、無名の武者のひとりにすぎなかった。
「きっと、かの者を討ち取れ」
と、高景が命じたこの時が、仁九郎の存在が他家に知られた瞬間である。
仁九郎は、雲須垂左衛門の組ではたらき、その指揮を受けてはいるが、垂左衛門の家来ではなく、身分は直家に属している。このように、主君の家来のまま、重臣の指揮を受けるような関係を寄親・寄騎(寄子)と呼ぶ。
仁九郎は、直家に疎まれている。
直家は、何事にも主役でいなければ気がすまない性格でありながら、自ら動くことをしない。つねに、誰かがお膳立てを整えてくれるのを待っている。
仁九郎のように生来闊達で、ごく自然に周囲に人の輪をつくる人物の前では、不活発で陰性な直家の存在は、おのずと霞んでしまう。
直家は、屈辱にふるえた。
直家の思考からすれば、自分に集まるべき注目を仁九郎がさらってゆくために、脇役におしやられている形に理解される。とうてい容認しがたい、分際をわきまえない振る舞いであった。
なんら悪気のない仁九郎だったが、直家からの報復をうけることになった。
直家は、いくさに仁九郎を帯同させず、武功を立てる機会を与えなかった。それでいて「いつまでも働きのない男」と、仁九郎を謗った。やがて、垂左衛門の組下に人が足りないという理由で、仁九郎は寄騎に出されてしまう。体のいい厄介払いであろう。
しかし、直家の下で飼い殺し同様だった仁九郎の処遇は、垂左衛門に寄騎して一変した。
垂左衛門は、仁九郎のように朗らかな人物をこのむ。仁九郎の偉丈夫ぶりに接して、たちまち惚れこんでしまった。いきなり藤所砦の守将に抜擢するなど、熱の上げようは過剰といえるほどだった。垂左衛門の家来のうちには妬む声も聞かれたが、仁九郎の温かな人となりに馴れ親しむうちに、そのような怨嗟は消えた。
今では、仁九郎は、垂左衛門の組に欠くことのできない人物になっている。
初日の伊来栖勢の強襲は、仁九郎の活躍で跳ねかえすことができた。
しかし、伊来栖勢は、翌日からも攻撃の手をゆるめなかった。城兵は、そのつど手痛い打撃をあたえて撃退したものの、六倍の敵に相対する劣勢はおおうべくもない。城兵の体力は日に日に削られていった。
垂左衛門は、
「かならず後詰は来る」
と鼓舞し、城兵はそれに応えて果敢な防戦をつづけたが、いよいよ限界がみえたことは、すでに書いたとおりである。
そして、九月十一日を迎える。垂左衛門が「もう一日だけ救援を待つ」と、仁九郎らに伝えた、その日の朝がきた。
仁九郎たちは、朝餉に大鍋で粥を煮ていた。米をたっぷりと使った重い粥で、刻んだ青菜や大根を入れ、味噌で味をつけた。
「こりゃあ豪勢じゃ」
兵たちは、この大盤振る舞いに喜んだ。椀になみなみと熱い味噌粥をそそいですすり、うまいうまいと口々に騒ぐ。これまでは、備蓄の兵糧を食いのばすために薄い粥で、食いたりぬ思いを我慢してきたのである。
「存分に食えよ」
ニ九郎も、声をかけながら箸を動かした。
城将雲須垂左衛門は、夜半にも坂合城を脱出して、増野城に合流する決意を固めている。たっぷり飯を食って力をつけておく必要があった。
粥を食いおえた仁九郎は、櫓にのぼった。伊来栖勢の陣をうかがう。普段であれば、攻撃の準備を整える動きが見えるはずだが、今朝はどこか様子が違う。
兵気が城を向いていない。
「あっ」
傍らの兵が喜色をおびた声をあげた。指さす先を見ると、四、五町(一町は約百九メートル)むこうに半町四方ほどの小さな芒の原がある。その真ん中に十人ほどの人数がいて、旗を立てていた。
距離が遠く、誰の手勢か判別できないが、伊来栖の兵でないことは、伊来栖勢の陣にみなぎる警戒の気配と動きを見れば、あきらかである。
この土壇場になって、ようやく後詰があらわれた。仁九郎の身体にも安堵の熱い感覚がわき出てきたが、喜びにひたりきることができなかった。
(おかしい)
妙であった。
どれほど目を凝らしても、彼らのほかに軍勢が見えない。まるで、彼らだけが戦場をさまよったあげく、うっかり伊来栖勢の前に出てしまった、といわんばかりの姿だった。
なにか策があるとしか思えない無防備な布陣だが、伊来栖勢を釣りだす囮にしては小勢にすぎる。あの人数では釣るどころか、瞬時に殲滅されてしまう。まわりに兵を伏せておける地勢でもなかった。
まったく意図が読めない。その不気味さに、伊来栖勢も、うかつに手を出しかねているのであろう。
にらみあいが、つづいた。