〔イラク・シリア現地報告〕写真特集(5) 集団拉致され奴隷にされるヤズディ教徒女性たち

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8月、イラク北部のシンジャル一帯を制圧したイスラム国。町や村に入ってきた戦闘員は、逃げることができず降伏したヤズディ教徒(ヤジディ教徒)住民の一部を処刑したうえで、イスラム教への改宗を迫った。女性たちは少女を含めて集団でバスに乗せられ、連行されていった。拉致された人数は1000人を超える。

女性拉致については、「改宗させられ奴隷として売られている」という情報は早い段階から伝わっていたものの、これを報じるにあたっては慎重を期した。米軍がアフガニスタン攻撃の際、アメリカの主要メディアがタリバンに抑圧される女性の姿を繰り報じ、空爆が正当化される世論が作り出された例があるからだ。だが、実際にイラク現地で、イスラム国から脱出してきた複数の女性たちの証言を直接聞くなかで、大規模な拉致の実態が明らかとなった。

女性たちは学校校舎などの施設に詰め込まれ、戦闘員に「戦利品」として分配され、性行為や強制結婚を強いられた。さらに別の地域の戦闘員やイスラム国協力者のあいだで奴隷として売買の対象とされた。イスラム国は、町や村を攻略した当日に複数のバスを手配して数百人単位でシリアやイラクに分散して移送し、既婚・未婚を選別して収容している。集団拉致が戦闘時の混乱のなか起きたものではなく、町を攻撃する段階で周到な計画のもとに行なわれたこともわかった。

奴隷として残りの人生をあきらめることを強いられるヤズディ女性たち。監禁先で自ら命を絶つ者もあいついでいる。被害は計り知れないほど深刻だ。 (取材:玉本英子)

(メディアでは「ヤジディ」と表記されていますが、本稿では本来の発音に近いヤズディとします)

第5回 ◆女性の被害深刻、奴隷として売られ、自殺もあいつぐ

イスラム国が町を攻撃し、主婦アムシャさん(19)は夫と生後8か月の乳児とともに逃げたが、隣町で住民たちと一緒に捕まってしまう。夫を含む男性50人ほどが路上に並ばされ、その場で銃殺された。モスルに移送されたアムシャさんは、結婚式場として使われていたような大きなホールに詰め込まれた。そこにはすでにたくさんの女性が収容されていて、戦闘員らしき男たちがやってきて、携帯電話で顔写真を撮り、「笑え」と強要され、殴りつけられた。監禁部屋にいた同郷の女性2人は自ら命を絶った。一人は首を吊り、一人は手首を切ったという。アムシャさんは子どもの命を考え、50代の男性との強制結婚を受け入れる。連れて行かれた家には戦闘員らしき男たちもいた。2週間後、子どもを抱えて勝手口から脱出。夜道を数時間さまようなか、地元住民と出会い、匿ってもらう。同情した住民は知人のクルド人を手配し、他人の身分証を使ってイスラム国の検問を抜け、安全なクルディスタン地域に逃れることができた。しかし、17歳の義理の妹はイスラム国に拉致されたまま、居場所もわかっていない。(イラク北部・シャリヤで9月玉本英子撮影)
シンジャル近郊の村からイスラム国に拉致されたヤズディ女性。ブシュラさん(24・右)は、子どもとともにシリアに連行後、再びイラクに移送され、空爆の混乱の中、脱出した。学校の校舎に収容され、戦闘員との性行為を強要される。拒否すると1歳半の息子をとりあげられ、衰弱死させられた。戦闘員の要求に従わない女性は電気ケーブルで何度も殴りつけられる暴行を受けている。殺すと脅され、性行為の強要を受け入れざるをえなかった者もいる。若い未婚女性や少女がまず連れだされ、多くが戻ってくることはなかった。未婚かどうかは、医師が処女検査を行なって判別された。戦闘員は10人前後の小隊単位で行動し、毎日、異なった小隊が隊長に率いられて校舎にやってきては性行為を強要していたという。ブシュラさんは、戦闘員どうしが電話でやりとりするのを聞いて、女性たちが奴隷として各地の戦闘員に分配されていることを知った。 前出記事>>> (イラク北部・ザホーで9月・玉本英子撮影・写真の一部をぼかしています)
ブシュラさんの姉のマハヤさん(30)が拉致されたのは臨月を迎えていたときだった。連行されたシリアで女児を出産、その後、イラク・モスル近郊の村に移送される。そこで空爆が始まり、戦闘員がいなくなった隙を見て脱出、クルディスタン地域に逃げのびた。だが、夫は行方不明のままだ。ともに連行された14歳の娘と、二十歳前の親戚女性6人は今もどこにいるかわからない。マハヤさん、ブシュラさん姉妹は避難民の親戚のもとに身を寄せるが、町なかの建設途中の建物で雨露をしのぐ程度の場所で、支援もほとんど及んでいなかった。(イラク北部・ザホーで9月・玉本英子撮影・写真の一部をぼかしています)
15歳と17歳の姉妹は、イスラム国が町を襲撃した際、家族とともに車でシンジャル山へ逃げ、拉致されることなく助かった。彼女たちが脱出路を通過した直後、イスラム国が周辺道路を封鎖。あとにいた住民たちは逃れることが出来なくなった。同じ学校の女子生徒の多くが拉致され、いまも行方不明のままという。「友人たちを帰してほしい」と涙をにじませた。(イラク北部・ザホーで9月・玉本英子撮影)
8月、シンジャルがイスラム国に襲撃された際、イラク国民議会の議員でヤズディ教徒のヴィアン・ダヒル議員は殺戮と拉致にさらされる住民の救出を議場で訴えた。「ヤズディ同胞がいま虐殺されています。多数の女性が奴隷として拉致され、山で孤立した住民は餓死しています。どうか救ってください」と声を振り絞って嘆願し、その場に泣き崩れた。議員はのちにイラク軍ヘリコプターで、シンジャル山の住民救出に同行したが、住民を載せたヘリが山上で墜落、議員は重傷を負った。パイロットは殉職している。(イラクTV映像より)
イスラム国が公開した英語機関紙「ダビーク」では、1章を割いてシンジャルでのヤズディ教徒の処遇について詳細に記述。キリスト教徒やユダヤ教徒のような税金を課する対象ではなく、「ヤズディ教徒は罪深い悪魔崇拝者の邪教集団」と規定している。その上で、「我々が遂行したシンジャル制圧作戦で獲得した女性を改宗させ、奴隷として扱うことはイスラム法に適う」などと独自の解釈を下し、奴隷とすることを正当化した。そこから明らかになるのは、イスラム国がヤズディ教徒を同じ人間とは見ていないということである。一方で、イスラム国支配下の町で売られるヤズディ女性の過酷な境遇に心を痛め、危険を冒しながらも彼女たちの脱出を手助けしているイスラム教徒の一般市民も多数いる。
シンジャル制圧後、イスラム国は「改宗を受け入れるヤズディ教徒」とする映像をネットで公開。イスラム国の旗の前に座らせ、「信仰を悔い改めたヤズディ教徒の姿」を宣伝映像として使った。住民の消息情報から、戦闘員に連行され、「私はこれまで誤っていました。イスラムに改宗してよかった」と証言させられる住民は、シンジャル南にあるテルブナット村の男性130人であることがわかった。映像のなかで、指揮官と思われるイスラム国戦闘員は「山に逃げ込んだ住民については、我々の知ったことではない。改宗した住民は手厚く迎え入れている。欧米十字軍諸国どものデマを信じてはならない」と話しているが、脱出住民の証言などからも、家族、親戚が処刑されるなかで改宗が強いられたのは明らかと言える。また、住民の命を守るために一部の部族では改宗を受け入れた例もある。これまでヤズディ教徒にとって信仰とコミュニティーは一体のものであり、改宗とは一族からの隔絶さえも意味してきた。しかし、ヤズディ教の指導者たちは、今回の事態はヤズディ教徒全体を襲った悲劇とし、強要された改宗や、拉致女性がイスラム国戦闘員と関係を強いられたことについては信仰上の罪にならい、と声明を出し、被害者には配慮をもって接するようコミュニティーに促した。(写真はイスラム国公開映像から)
イスラム国の戦闘員がヤズディ女性を買う話を仲間内でしている映像。「今日は奴隷市場のある日だ。15歳の青い目のヤズディ少女を買えるなら、300ドルでも500ドルでも払うぜ」などと談笑する戦闘員たち。イスラム国が正式に公開した映像ではなく、戦闘員が携帯電話で撮影したものと思われる。この映像がネットで出回った際、その真偽が不明確だったためアラブ紙記者に確認したところ、少なくとも彼らのアラビア語方言からイラク、シリア、サウジ出身者がいるのは間違いなく、特有の話しぶりからも実際の戦闘員どうしの会話の映像と判断される、ということだった。拉致女性が奴隷として売買の対象とされ、とくに少女に高額な値段がつけられているのがわかる。彼らが話す奴隷とは、強制結婚のほかに、「その日だけの性の相手としての妻」という意味も含まれている。一方で戦闘員のなかには、自分はヤズディ奴隷を買うつもりはない、と断る者がいることも映像から見てとれる。
オバマ大統領は、8月7日、「イスラム国によるヤズディ教徒虐殺行為と、クルディスタン地域に迫った攻勢を阻止するため」として、米軍がイラク領内のイスラム国拠点に限定空爆を加えることを承認。これをうけて、米軍がイラクでの空爆作戦を開始した。だが、「空爆はイスラム国に一時的なダメージを与えることはできても、壊滅させることはできない」と地元住民たちは話す。拉致されたヤズディ女性が収容施設や移送中に空爆に巻き込まれて命を落としている可能性さえある。「大量破壊兵器がある」などの理由で、イラクの宗派・民族バランスを無視して戦争を開始したのはアメリカであり、イラク国民が今日のような状況に直面することになった原因をつくりだした責任の一端を担っているといえる。そしてこの戦争を日本が支持したことも忘れてはならない。いま、イスラム国という過激な武装集団の台頭を前に、アメリカや国際社会は根本的な解決策を見出せていない。今後予想される米軍の地上部隊派兵がさらなる混乱につながることも懸念される。米軍の空爆はのちにシリアへも拡大している。写真は、イラク空爆承認についての声明を述べるオバマ大統領。(ホワイトハウス公表映像から)
ヤズディ教徒が最も多いのがイラク北部のニナワ県とその近郊地域。このほか小さなヤズディの村も点在する。シリアやトルコ、アルメニアなどにもまたがって暮らし、全体で60万人前後といわれ、イラクだけで数十万がいるとされる。難民としてヨーロッパに逃れたヤズディ教徒も多い。とりわけドイツには数万人が暮らす。イラクの2大コミュニティーはシンジャルと、聖地ラリシュのあるシェハンだ。シンジャルは土漠地帯に広がる岩山を取り囲むようにヤズディの町や村があったが、今年8月、「イスラム国」によって制圧されたことで消滅する危機にさらされている。モスル東にあるバシカは、ヤズディ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が混住する町だが、一部にイスラム国が侵攻し、クルディスタン地域に避難する住民があいついでいる。

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<玉本英子のイラク報告>

    
    

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執筆者
【玉本英子】 (たまもとえいこ)

東京都出身。アジアプレス 大阪オフィス所属。
デザイン事務所を退職後、ビデオ取材を始める。クルディスタン、コソボ紛争、アフガニスタンの女性たちなど、ビデオを中心に取材、発表。
「明日起こる危機~コソボ」(テレビ東京)、「伝統音楽に生きる~トルコ」(NHK福岡)、 「イスラムに生きる~公開処刑されたアフガニスタン女性」(NHK総合)、 「Lifting The Veil」(イギリス・Channel4ドキュメンタリー Dispatches-アフガニスタン取材)など。
イラク武装勢力「アンサール・スンナ軍」「イラクの聖戦アルカイダ機構」インタビュー(2005)、イラク軍従軍取材など、テレビ中継を含めた現地リポート(日本テレビ、フジテレビ)など。
共著に『アジアのビデオジャーナリストたち』(はる書房)がある。

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