▼その起源は古代ギリシャ
「ブー」という言葉を初めて耳にしたのは、いつだったのだろうか。
正直まったく思い出せないが、何となく違和感があったことは覚えている。僕だけかもしれないが、そもそも「ブー」が不賛意を表すことさえ、いまいちピンと来ず、なんで動物の鳴き声みたいなものを真似するのだろうと、不思議に思ったほど、ピンと来ていなかった。
しかし、こうやってスタジアムを訪れることが日常化すると、なかなかブーイングというのも便利なものだと感心するに至った。
日本にも野次という文化はあるが、数百人程度のハコならともかく、数万人単位のスタジアムという場所で、各人が単発の言葉で叫んでも、なかなか意志が届きづらい。
そこで「拍手」と「ブー」というシンプルな意思表示を用いることで、ボリュームを重ね合わせ、「Yes」「No」だけはハッキリと伝える。Noを不快に感じる人もいるかもしれないが、コインを投げ付けたり、生卵をぶつけるなど、暴力的な手段に出るよりは遥かにいい。なかなかよくできた、意思表示のツールだ。
ブーイングの歴史は古く、紀元前の古代ギリシャで行われたものが、もっとも古い記録のようだ。劇作家が競い合い、誰がもっとも優れているのか、投票の意味合いで始まった。その後は政治の場面で用いられたり、スポーツで用いられたり、あるいはこの欧米文化が日本にもやって来て浸透しつつあるのだから、やはり根本的に、便利なツールなのだろう。
そんなわけで、「ブーイングがありかなしか」というのは、議論するまでもない。非暴力的な手段で意思表示をすることが、認められないわけがない。
しかし今回、ACL第2節の浦和レッズ対ブリスベン・ロアーで行われたブーイングで、焦点となるのは「試合中」「対味方」の2点だった。
結論から言えば、このブーイングがブリスベン戦において勝ち点3を得る可能性を下げたことは間違いない。それは選手の試合後コメントからもうかがえる。
もともと日本人は批判を受けると、自分の何もかもを全否定されたように狼狽する傾向がある。Noと言えない日本人は、同時に、Noを言われたら弱い日本人でもある。
ただ、これは慣れの問題もあるだろう。「試合中」「対味方」のキーワードが重なったブーイング自体が、浦和レッズでさえも非常に珍しい出来事であり、少なからず選手たちは驚き、戸惑った。それはアウェイのスタジアムへ行き、普段とは違うものに対して驚いたり、戸惑ったりするのと同じことで、そういう意味では、ブリスベン戦の埼玉スタジアムは、浦和の"アウェイゲーム"だった。
▼何へのブーイングだったのか
これが常態化すれば、選手たちも慣れる。あまりやり過ぎるとサポーターと選手の間に溝が深まるかもしれないが、しかし、そうした刺激に慣れれば、アウェイに強い選手、アウェイに強いチームにはなるかもしれない。
世界で活躍できる浦和レッズになるため、「厳父として超日本人を生み出すのだ!」と考えるなら、それもありだし、「いや、これは合わない!サポートにならない!」とやめるのもあり。正解のない議論に決断を下さなければならない場面は、人生のなかにいくつもあるが、これもその一つのシーンではないか。
ただし、良い悪いはともかく、試合中の"どのタイミングで"ブーイングが出ているのか。それは浦和の選手や監督も理解するべきだ。もっと言えば、クラブが理解するべきだ。
サポーターは何でもかんでも、試合中にブーイングを飛ばしたわけではない。積極的なプレーには拍手もたくさん送っているし、後半に那須大亮はレッドカードを受けて退場したが、そこにもブーイングはなく、むしろちらほらと拍手すら聞こえた。ボールを生かそうとするチャレンジは、結果として大失敗になったが、しかし、試合中も試合後も、彼を責める声はほとんど聞こえてこない。
では、どこにブーイングがあったのかといえば、"バックパス"である。
それも、攻め込んでおきながら、また後ろに返す、いわゆる「Uの字回し」と表現されるパス回しで、誰もリスクを背負おうとしない状態に陥ったとき。単なるミスではなく、姿勢に問題があると判断されたとき、もっともサポーターは敏感に反応している。このような試合中のブーイングは、プレミアリーグやブンデスリーガでも非常に多く見かけるシーンだ。それが浦和にも起きた。
数年前には、プレミアリーグの観客は試合を見ながら良いプレーに拍手を送ってくれる、という称賛をあちこちで見かけた。が、それは見栄えの良い表面を取り上げただけで、実際は拍手だけでなく、かなりブーイングもしている。だからこそ、良い姿勢を見せたときには、拍手がひときわ大きくなるのであって、そこに目をつぶりながら、「欧州はうらやましい」はナシだろう。
▼ボタンの掛け違いではないか
そして、もっとも興味深いのは、そのときピッチサイドのペトロビッチ監督も、同じリアクションを取っていることなのだ。せっかく攻め込んでおきながら、選手たちが最終ラインまでボールを返すと、両腕を広げて不満を示したり、頭を抱えたりする。
なんだ、別にバラバラでも何でもないじゃないか。意志は同じところを目指しているし、そこにスムーズに到達できない苦境で、お互いにもどかしさが暴れ出し、行き場を失っている。この一件について、一般的には「サポーターとチームの仲違い」と捉えられているが、しかし、ボタンを掛け違えた面があるような気もしている。
質の高いブーイング、というものがあるのかどうかわからないが、これだけサポーターが試合の内容を見ながら、それに応じた拍手とブーイングを飛ばしてくれることを、幸せに思うことも可能ではないだろうか。どんな世界でも結果というのは、いつも無情だ。思いやりのかけらもない。しかし、そんな中でも、自分たちの歩む過程や、姿勢を見てくれる存在がいるのは、むしろ救いになる。
選手たちは試合中にブーイングを受け、日本人らしく"全否定"された気になり、「悲しい」とコメントしたかもしれないが、決してそんなことはない。むしろ、めちゃくちゃしっかりと試合を見た上での反応であることを、知ってほしい。
方向性の是非はともかく、浦和サポーターは非常に質の高いリアクションを取っていると、僕個人的には感心させられた、ACLの埼玉スタジアムだった。
清水 英斗(しみず・ひでと)
1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。著書に『日本代表をディープに観戦する25のキーワード』『DF&GK練習メニュー100』(共に池田書店)、『あなたのサッカー観戦力がグンと高まる本』(東邦出版)など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。