グレンデール市の慰安婦像裁判は、なぜ原告のボロ負けに終わったのか





















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米国カリフォルニア州グレンデール市が市立図書館横の公園に設置した日本軍「慰安婦」被害者の像が、州憲法や州法に違反するとして在米日本人数名とその団体(GAHT)が訴えていた裁判で、ロスアンゼルス先週一審判決が下された。結果は、昨年一審判決があった連邦裁判所における訴訟と同じく、原告の訴えを棄却する内容。

 

昨年11月末にはじまった裁判がこれほど早く決着したのは、被告グレンデール市の請求にこたえ、裁判所が今回の訴訟をSLAPP(strategic lawsuit against public participation 直訳すると「市民参加を妨害するための戦略的訴訟」)と認定したからだ。

 

一般にSLAPPとは、政府や大企業など権力や資金力のあるものが、自分たちに批判的なジャーナリストや一般市民など比較的力を持たない者による批判的な言論をやめさせようとして起こす訴訟であり、恫喝的訴訟とも呼ばれている。ある訴訟がSLAPPと認定されると、即座に棄却が決定するだけでなく、被告は弁護費用を原告に求めることができるようになる。

 

しかし今回は、日本の人々から多額の寄付金を集めているとはいえ、あくまで一般市民である原告が、地方自治体であるグレンデール市を被告として訴えた裁判であり、SLAPPが認定されるのは異例だといっていい。

 

原告や被告がどういう立場であるかということより、「豊富な資金にあかせて恫喝的な裁判を起こし、言論の自由を妨害あるいは萎縮させようとしている」という本質的な構図を認めたかたちだ。

 

 

なぜSLAPPと認定されたのか

 

カリフォルニア州の反SLAPP法が適用されるには、二つの段階がある。まず第一に、SLAPP認定を求める被告の側が、「公の問題について政治参加や言論の自由を行使した結果」訴えられたのだ、と証明する必要がある。

 

それが証明された場合、第二段階として、原告の側に訴えが正当である証拠を提示する義務が課せられる。典型的に、SLAPPは相手やその他の人々を恫喝し、批判的言論を萎縮させることを目的としたもので、勝訴するだけの根拠に乏しいことが多いので、そうした証拠を提示することはできない。その場合、訴訟はSLAPPとして認定され、棄却される。

 

実際の裁判において、「この問題について政治参加や言論の自由を行使した結果」訴えられたと証明するには、訴えの対象となった行為――この場合はグレンデール市による「慰安婦」像の設置――が次の四つの要素の最低一つに当てはまることを示す必要がある。

 

1)立法・行政・司法もしくはその他の法に基づく公式な会合における、口頭もしくは文書による意見表明。

2)立法・行政・司法もしくはその他の法に基づく公式な会合で議論されている件についての、口頭もしくは文書による意見表明。

3)公共の問題について、公共の空間で行われた、口頭もしくは文書による意見表明。

4)その他、公共の問題について政治参加もしくは言論の自由の権利の基づいて行った行動。

 

被告グレンデール市は、像の設置は議会の内外で議論され、市議会という公式な立法の場で議決されたことであるから1から3の要件を満たし、また、像の設置そのものは口頭や文書ではないものの市による言論の自由に基づく行為であるから4の要件にも該当する、と主張した。

 

それに対し原告GAHTは、自分たちは市議会の議決や言論の内容を否定しているのではなく、「慰安婦」像の設置が連邦政府の外交権限を侵害していたり、像に併置されたプレートの文面が議会の審議を経ていないことが違法だと訴えているのだから、言論の封殺であるというのは筋違いだと反論した。

 

これは例えるなら、デモ隊がある家の庭の花壇を踏み荒らしたと訴えられたとして、訴えた側は花壇を踏み荒らされたことに怒っているのであって、デモ隊の言論の自由を封殺しようとしているわけではない、みたいな理屈だ。

 

しかし裁判所は、たしかに原告は「連邦権限の侵害」や「議事ルールの違反」を名目に裁判を起こしているもの、それらの「違法行為」とされるものは被告の言論行為と密接に結びついている、として、原告の主張を退けた。

 

また原告は、像やプレートは言論とはみなされるべきではない、とも主張したが、言論の自由が文章や口頭での発言だけでなく像やプレートにも適用されることは当たり前の話であり、適用されるべきでないとする主張の根拠も示されていない。結局、訴えの対象となった被告の行為(像とプレートの設置)は1〜4すべての要素において反SLAPP法が保護の対象とする言論である、と裁判所は結論した。

 

 

なぜ適用を免れることはできなかったのか

 

続いて、裁判所は原告GAHTの訴えに正当性があるかどうか判断した。反SLAPP法の適用を免れるには、原告は自分たちの主張が全て正しいと証明する必要はない。必要なのは、訴因のうちどれか一つでも、もし原告が訴える事実関係や法的正当性が証明されれば、勝つ可能性がある、と認めさせることだけだ。

 

実際に証明する必要も、被告側の根拠を反証する必要もない。それだけ反SLAPP法の適用はハードルが高いのだが、ここでも原告の主張は全面的に退けられる。

 

原告の主張は4つに分かれる。第一に、「慰安婦」像の設置は連邦政府の外交権限を侵害しており、連邦憲法に違反している、というもの。第二に、プレートの文面を市議会で審議しなかったことが、議事ルールに違反している、というもの。第三と第四は、それぞれ州法と州憲法の違反を訴えるもので、像の設置によって日本人や日系人の平等権が侵害されたというものだ。

 

この時点では原告はこれらの主張を証明する必要はなく、ただそれらの主張に、原告の証拠が全面的に採用された場合、原告が勝訴する可能性がある、と判断されればそれでいい。

 

第一の論点。これは昨年判決が出た連邦裁判でも退けられた主張だが、州裁判所も連邦裁判所の意見に同調した。連邦憲法によって、外交権限は一元的に連邦政府のみに属することが規定されているが、自治体が国際的な問題について意見表明をすることは禁じられておらず、それどころか各地の自治体で意見を表明する決議――たとえば反戦だったり、テロや戦争犯罪の加害者を非難し犠牲者を追悼する決議など――が毎年たくさん生まれている。議会がそれらの決議を可決することと、像を設置することに法律上の違いはない。

 

また、原告は「慰安婦」像の設置が連邦政府の外交政策と齟齬を生んでいる、と主張するが、そのような齟齬があるようには見えない、と裁判所は結論した。プレートには「このような人権侵害が今後起こらないよう願う」と書かれており、またその他の文面も米国連邦下院における「慰安婦」決議を元としているが、それがどのように連邦政府の外交政策と衝突しているのか、原告はきちんと示していない。

 

もし原告の訴えが認められれば、各地の自治体によるさまざまな決議が違憲となるばかりか、ホロコースト記念碑などほかの歴史的悲劇に関連した施設も違法となりかねず、それは「連邦政府と民主主義と根本的な原理に反するものだ」と裁判所は断じた。

 


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