今年1月下旬、日本人の人質殺害予告ビデオが公開されて以降、日本中が「イスラム国」(ISIL)の恐怖に戦(おのの)いた。残虐さばかりが際立ち、その実態は謎のままの「組織」を前に、日本政府やメディアはいまだ戸惑いを隠せないでいる。
 
 しかし、彼らは突如として出現したわけではない。シリア内戦下、数ある武装集団の一つに過ぎなかった彼らが2014年6月に国家を名乗る以前、2013年9月と2014年3月の二度にわたり現地取材を敢行した報道カメラマンの横田徹氏は、テロ“国家”胎動の声を確かに聞いていた──。

 以下、横田氏による当時の様子の報告だ。横田氏は2013年9月、アルカイダと自由シリア軍の間で発砲事件が起き、危険だという理由から、取材先のシリアからトルコへ戻るよう指示されていた。そんな矢先に何が起こったのか──。

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 ISILとの接触は、その数日後、思いがけない形でもたらされた。トルコに戻った私はシリア人ガイド・ムスタファの手引きでシリアに再入国し、トルコ国境に近いアトメで取材を続けていた。その折、事もあろうにISILとの面会取材に臨むことになったのだ。その時の恐怖はいまでもありありと甦ってくる。
 
 ISILアジトで面会したのはAK47アサルトライフルを手にした名前も国籍も不明の男。手にサソリの刺青をしており、目出し帽から覗く目はいかにも凶暴そうだ。見つめられると、恐怖で睾丸が縮み体にめり込むのを感じた。

 そんな相手に何を尋ねればいいのか。頭を過ぎる質問がないわけではない。捕えた敵の首を刎ねる理由は? どうして外国人を誘拐するのか? しかし、そんな質問は彼らの機嫌を損ねるだけだ。いくつかのやり取りを経た後、こう尋ねた。
 
──あなたたち組織の最終的な目標とはなんですか?

「我々は民主主義を否定する。エジプトの現状をみるがいい。どんな結果をもたらした? ここシリアにイスラム国家を樹立させ、ここを拠点にイスラムの兄弟を助ける為にアメリカをはじめ欧米諸国に対して聖戦を行なう。もし我々の目的に反対するならば日本も敵と見なす!」

 アメリカに対する憎悪が吐き出され、「日本」という言葉に背筋が凍り付いた。インタビュー後、すぐにシリアを出国するよう命じられ、とても逆らうことはできなかった。私は、やむなくトルコに戻ったのだった。
 
 そして日本に帰国後──ムスタファから驚くべき事実を聞いた。我々が面会したISILの司令官は、ムスタファに「日本人を2000ドルで売らないか?」と商談を持ちかけていたというのだ。ムスタファは「私の友人を売るわけにはいかない」と断ったという。

 客人を大切にするイスラム教徒の鑑のようなムスタファの男気に、私は感激した。ISILとしても武器の密輸や外国人兵士の国境越えをムスタファに頼っている為に彼の機嫌を損ねるのは損だと考えたのだろう。とにかく私は助かったのだ。

※SAPIO2015年4月号