(cache) 中国が日本の閣僚の靖国神社参拝を批判し出したのは昭和57年から

2015-03-05

■[デマ][歴史]中国が日本の閣僚の靖国神社参拝を批判し出したのは昭和57年から

百田尚樹氏はこういうtweetもしている。

何度も書きます。戦後、日本の首相は昭和60年まで靖國神社を58回参拝していましたが、中国は一度も抗議しませんでした。A級戦犯合祀した後もです。昭和60年に朝日新聞が「靖國神社参拝はおかしい」と書き、中国政府に注進しました。中国の抗議はそこから始まりました。なぜか韓国も始めました。
— 百田尚樹 (@hyakutanaoki) 2015, 2月 27

これは、インターネット上でよく見られる定番のデマ。
まず、中国が日本の閣僚の靖国神社参拝に苦言を呈し出したのは過去の新聞報道で確認する限りでは昭和57年(1982年)のこと。ちょうどこの年は第一次教科書問題が持ち上がった時期で、教科書問題と一緒に靖国神社への首相以下閣僚の参拝は批判されている。新聞記事を二つ紹介する。

靖国参拝は危険な動向　人民日報８・15で社説
朝日新聞 1982年８月15日　東京朝刊　３面

【北京十四日＝共同】十四日夜の新華社電によると中国共産党機関紙『人民日報』は、抗日戦争勝利三十七周年にあたる十五日付紙面に「前の事を忘れず、後の教訓とする」と題した長文の社説を掲載、文部省の歴史教科書検定問題のほか、靖国神社公式参拝、憲法改正の動き、台湾との関係などを「中日友好関係を害する非常に危険な動向」として厳しく批判した。(中略)
　このうち特に鈴木首相以下ほとんどの閣僚が十五日に予定している靖国神社参拝を人民日報がわざわざ取り上げたことは、日本の軍国主義復活に関し、中国が日本政府への不信を表明したものとして注目される。

軍国主義、中国なお強く警戒
　鄧・胡氏、鈴木首相に強調
　「少数の短見」指摘
　教科書、靖国を念頭に
　読売新聞 1982年9月29日朝刊１面

【北京二十八日＝橋本特派員】
　鈴木首相は二十八日午前、人民大会堂で鄧小平中央顧問委主任と、正午すぎには胡耀邦総書記と、それぞれ会見した。鄧・胡両氏とも、この会談で「日本軍国主義復活の恐れ」に言及、「日本が軍国主義的傾向に走らないよう注意を払ってほしい」と強く求めた。両氏とも、日本国内の「ごく少数の(軍国主義的)短見」を指摘する形を取っているが、中国の最高指導者がそろって日本の「軍国主義的傾向」に厳しく警告したことは、中国側の対日警戒感の強さを浮き彫りにした。鄧氏はまた「中ソ関係に劇的変化はない」と言明した。胡氏は、鈴木首相の訪日要請を原則的に受諾した。鈴木首相は、これで中国首脳との一連の会談を終え、訪中結果について内外記者会見した。
(中略)
こうした鄧、胡両氏の発言は、日本の軍国主義的傾向が「ごく少数の短見」であるとしても、日本政府がこれらの短見に「左右」される恐れがあるとの警戒心を表明したものと受とられる。中国は、教科書問題に関連して閣僚の靖国神社参拝の動きを厳しく批判しており、鄧、胡両氏の発言は、こうした日本側の潮流を念頭に置いたものとみられる。
(後略)

　このように、中国が日本の首相を含む閣僚の靖国神社参拝を批判しだしたのは昭和57年からであり、当時の鈴木善幸首相は会見で直接に警告されている。

　その後の国内の経過は次の通り。昭和57年の鈴木内閣における参拝では鈴木首相は「公人か私人か」の区別に答えなかった。その後、第一次中曽根内閣が昭和57年11月27日に発足し、58年４月に中曽根が「内閣総理大臣たる中曽根康弘」として靖国神社に参拝して公私の別があいまいになり、同年７月に昭和55年に出された「公式参拝は違憲の疑いを否定できない」とする政府見解の見直しを表明。59年４月に「公式参拝合憲」を閣議決定。同年８月に官房長官の私的諮問機関として「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」が発足。60年8月に同懇談会が「憲法の政教分離の原則に抵触しない形での公式参拝の方法を検討すべきだ」との報告書を提出。そして、同年８月15日に中曽根内閣において公式参拝が実行された。
　昭和60年８月15日の中曽根首相の靖国神社参拝が注目されたのは、これまで公私の別をあいまいにすることで違憲の疑いがあるとする批判をかわしていた参拝を「公式参拝」として実行したからだ。そして、当時の朝日新聞の報道は基本的に閣僚の靖国神社公式参拝は合憲か違憲かという点について後者の立場から報道していた。この件については、朝日新聞が２００９年３月30日～２０１０年３月26日の平日夕刊に連載した「検証・昭和報道」他の記事をまとめて収録した『新聞と「昭和」』(下) (朝日文庫)に言及があり、当時の朝日はこの件を国内問題としてしか認識しておらず、海外の反応をあまり重視していなかったという。
　また、ネット右翼と思しき人々は中国への「注進」の証拠として朝日新聞　昭和60年８月７日東京朝刊４面に掲載された「靖国問題　アジア諸国の目」を引っ張ってくるケースが多い。しかしこの記事は「アジア諸国の目」という表題でも明らかだが中国、インドネシア、韓国、シンガポール、フィリピンの諸国民が靖国問題をどう捉えているかを国内の読者に報じた記事であり「注進」の向きが逆の記事である。これは記事コピーの画像を貼っておこう。

　さらに、中曽根自身はこの公式参拝に中国をはじめとする各国から批判が起きることを事前に予測しており、外務省を通じて各国の日本大使館に相手国政府へ説明をするように８月14日に指示を出している。

政府の考え方各国に説明へ
朝日新聞 1985年８月15日東京朝刊３面

外務省は十四日午後、アジア、太平洋地域などにある日本大使館に対し、靖国神社公式参拝についての藤波官房長官談話の内容を送り、必要に応じて相手国政府に日本政府の考え方を説明するよう指令を出した。
(後略)

以上のように、はじめに取り上げた百田氏のtweetに見られる「中国は昭和６０年に急に靖国神社参拝を批判し出した」というのは事実誤認だ。ここでは取り上げなかったが、昭和57年から昭和60年の間、日本での扱いは小さいものの中国メディアでは毎年８月に靖国神社参拝に批判的な報道をしている。したがって、昭和60年に朝日の報道によって中国で急に批判が始まったなどということはありえない。
　そもそも、日本の読者向けに記事を書いている朝日新聞の記事を中国(政府)への「注進」と解釈することも理解できない。中国政府だってさまざまなチャネルを駆使して諜報活動をしていただろうし、とすると朝日の報道が批判のトリガーになるなんていう考えはいくらなんでも中国を舐め過ぎではないだろうか。それに、国内のメディアが政府の行動に批判的な報道もするのは民主主義社会では当たり前のことであり、そこで報じられた内容が仮に隣国に利用されるとしてもそれは当たり前のことである。中曽根だってそのようなことは織り込んで行動していただろうと思う。

とにかくだ、百田氏にはいい加減なデマを垂れ流して人びとを惑わすのは本当にやめて欲しい。仮にも作家ならば公けに発言する際は、事実に基づいて発言してほしいと切に願う。