門倉紫麻 漫画家になるための戦略教室

熱意はある。努力もしている。「才能あるよ」とも言われた。
でも、なぜか漫画家になれない——。
そんな漫画家志望者のあなた。
熱意はあって当たり前。努力も言わずもがな。
才能は、確かにあったほうがいい。
でも、漫画家になるためには、それでは足りない
「戦略」が、必要なのです!
漫画ライター・門倉紫麻が、作家陣へのインタビュー、モーニング編集部への
潜入取材を敢行して探った、その戦略とは!?
どこよりも実践的な漫画教室、開校!!

【1限目】 『東村アキコのクロッキー教室』密着レポート [前編](2015/02/05)

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かつて自身の故郷・宮崎の絵画教室で、美大受験生たちに絵の指導を行った経験を持つ、東村アキコさん。 そんな東村さんが講師となり、モーニングの新人漫画家たちに「クロッキー」を直接指導するという、夢のような教室が開催されているという。

「クロッキー」とは、モデルなどを素早く描写する「速写」のこと。「スケッチ(写生)」とは異なり、10分程度の短時間で描く。人物の全体像を瞬時に正確に捉え、1本の線で一気に描き上げるための訓練ともいえる。

2014年10月某日、都内にて8時間以上に及び行われた、そのクロッキー教室へ潜入!  そこには漫画の「線」を描くための、実践的戦略があふれていた……!!

あなたの線はもっとうまく、もっと早く、そしてもっとかっこよくなる!!!!


『東村アキコのクロッキー教室』予定表

  • 09:30 受講者集合
  • 10:00 東村アキコさんより挨拶
  • 10:15~12:30 クロッキー教室〈午前の部〉(モデルあり/男女2名)
  • 12:30~13:15 昼食
  • 13:30~16:30 クロッキー教室〈午後の部〉(モデルあり/男女2名)
  • 16:30~16:45 クロッキー教室〈中間報告会〉
  • 16:45~19:30 クロッキー教室〈夜の部〉(モデルあり/男女2名)
  • 19:30~20:30 夕食
  • 20:30~ クロッキー教室〈報告会〉(終了次第、懇親会)




9:30 受講者集合

都内にある研修施設に、クロッキー教室の受講者たちが集まった。生徒はモーニングの新人賞を受賞した新人漫画家を中心に、男性12名、女性9名の全21名。

会話を交わす人たちもいて、室内はまだリラックスムード。



10:00 東村アキコさんより挨拶

本日の講師・東村アキコさん登場。さっとコートを脱ぐと、その下は、おなじみのジャージ姿!

キャップをかぶり、なぜか造花を片手に、受講者の前に立つ(この造花は後に、指示棒や小道具として使われた)。


東村アキコ(以下、東村) おはようございます! 今日はよろしくお願いします。

クロッキーの絵は、漫画の下絵(※1)とは全く別のものです。

みんな、漫画の下絵を描く時は、アタリを取る(※2)ために、まず頭と胴体と足と……と木のデッサン人形みたいに丸を描くでしょう?

顔には正中線(※3)も入れて、シャカシャカと何本も線を引いて下絵を描く。例えばこういうものです(と、ここで「スケッチ画」のような、下描き風の絵を出す)。

これは、クロッキーの絵ではありません。


  • ※1 下絵……ペン入れする前の下描き
  • ※2 アタリを取る……絵を描く際に行う大まかな位置決めの作業
  • ※3 正中線……目鼻などの位置を決めるための十字の線


クロッキー未経験の筆者には、「これじゃダメなんだ!」といきなり衝撃が走る。受講者の間でも、一瞬ざわめきが。


東村 クロッキーの目的は、短い時間で人間を描けるようになることです。

全体を「かたまり」としてつかんで、一発で決めるつもりで、1本の線で素早く人物を描く。今日はそういう訓練をします。

シャカシャカ描かないとうまい絵にならない、という呪いから、自分を解き放つ作業になると思います。


そして、東村さんが挙げた注意点が、以下の3つ。

  1. 時間内に必ず全体像を描き終える
  2. 間違えても消しゴムを使わない
  3. 間違えても紙を替えない


東村 こういう線で描いてほしいという、お手本のクロッキーを持ってきました。クリムト(※4)、長沢節(※5)……あと、エゴン・シーレ(※6)。レオナルド・ダ・ヴィンチだと、すごい域までいってしまう。


  • ※4 クリムト……グスタフ・クリムト。オーストリアの画家。代表作に『接吻』など
  • ※5 長沢節……「セツ・モードセミナー」創設者。日本のファッション・イラストレーターの草分け的存在
  • ※6 エゴン・シーレ……オーストリアの画家。代表作に『死と乙女』など


エゴン・シーレの作品。目指すのは、この線!
提供:Bridgeman Images/アフロ


みんな線に迷いがない。描きながらわからなくなってきたら、これを見て、どういうものを目指して描いているのか、思い出してください。

今日の目標は、細い額に入れて部屋にぽんと飾りたくなるような、作品として完成したものを、1枚でもいいので描くことです!


1本の線で、一発で描く。これができれば、漫画の絵のクオリティが上がるだけでなく、下描きにかかる時間をぐっと短縮することも可能になるはず……。

筆者もまったくの初心者ながら、参加してみることにした。



10:15~ クロッキー教室〈午前の部〉スタート!


東村 クロッキーの基本のやり方は、1枚目は20分くらいの長い時間から始めて、15分、10分、5分、1分……なんなら30秒まで、描く時間を縮めていきます。で、最後の1枚でまた、20分くらいの長い時間に戻す。

今日も、最初は20分からいきます。


ここで、プロの男性モデルが登場。教室に一気に緊張が走る。

「よろしくお願いします。しばらく着衣で、受講者が慣れてきたら脱いでいただければと思います。まずは床に座っていただいて……」とモデルに丁寧に指示を出す東村さん。

そして、「はい、20分、スタート!」の声で、全員がクロッキー帳に向かう。
ストップウォッチで時間を計りながら、受講者を見て回る東村さん。



東村 お尻と足が、同じ高さのところで床に接地しているよね。接地しているところを意識的に決めて描かないと、浮いたような感じになっちゃうので、注意して。

膝と肘がくっついて、膝に両肘の重みがのっていることにも気をつけてね。


真っ白な紙を前に、どうしていいかわからない筆者。

うろうろと鉛筆を迷わせている……と、「最初、どこから描いていいか、わかんないよね」と東村さんが、ほかの受講者に声をかけている。

周囲を見回してみると、丁寧に丁寧に描いている人もいれば、最初から一発で線が描けている人もいる。なかには泣きそうな顔に見える人も。

「あと10分」「あと5分」の声で、焦りはピークに。「あと1分」「はい、終了です」。
さとう柏花さんの作品。



さとう柏花(さとう・かしはな)
大阪府在住、28歳。2014年前期・第36回MANGA OPENで『ししまい番長』にて奨励賞受賞。「週刊Dモーニング」増刊【新人増刊号2014冬】に『総天然色 ししまいガール』(画像)が掲載。同作連載化を目指し、現在奮闘中。
河部真道さんの作品。



河部真道(かわべ・まさみち)
愛媛県出身、東京都在住。23歳。2012年前期・第32回MANGA OPENで森高夕次賞受賞。受賞作『ライズ』は「モーニング」2012年46号に掲載。2013年前期・第34回MANGA OPENでは『悪春記(わるはるき)』で奨励賞受賞。現在、「モーニング」での連載を鋭意準備中。画像は「モーニング」に短期集中連載予定の新作下描きより。



休む間もなく、「では女性のモデルさん、お願いします」とボブヘアの女性モデルが登場。次は15分で描く。


東村 のびやかな線は、のびやかに描いてね。脚なんて「しゅんっ」と伸びているでしょう。それなのにガシャガシャした線、モサモサした線で描いては意味がない。
なきぼくろさんの作品。



なきぼくろ
大阪府出身、東京都在住。29歳。2013年前期・第34回MANGA OPENで奨励賞&eBookJapan賞受賞。受賞作『どるらんせ』は「モーニング」2013年46号に掲載。「週刊Dモーニング」増刊【新人増刊号2014夏】および、「モーニング」2014年41号掲載の読み切り『バトル・スタディーズ』が好評を博し、「モーニング」2015年6号より初連載『バトルスタディーズ』(画像)を開始。



東村 一発で描くために、線の最後が紙のどのあたりの位置にくるかを決めてから、線を引いてみてください。

紙に収めることも意識して。ただ普通に描いていたら、収まらない。紙からはみ出して「元気があっていい」とほめられるのは、小学生まで。四角の枠の中に収めるのは、クロッキーも漫画も一緒だからね。


クロッキーは、漫画の構図の訓練にもなるのか!


東村 顔も描いてください。ただし、いつもの手癖に逃げないこと。漫画の顔にならないように、スタイリッシュにね。

モデルさんの履いているハイヒールも描いて。ふだん描く機会、あまりないでしょう。


ここで、受講者たちの絵を見ていた東村さんが、「うーん、チャコペンにしよう!」と筆記用具の変更を提案。

「チャコペン」とは「チャコールペンシル」の俗称。太くて濃い、木炭のような線が引ける鉛筆のこと。

責任の重みが違う、って感じがするでしょう」。確かに、チャコペンに替えた瞬間、鉛筆に比べごまかしの利かない太い線に、緊張がより高まる。

再び男性モデルが登場。椅子に腰かけてもらう。

左に重心をかけるよう、東村さんが座り方を指示して15分。


東村 ポイントは、左に体重がのっているから、それがわかるように描くこと。体が椅子のクッションに沈んでいる感じ、椅子に重みがのっているようにね。浮かないように。

指がポケットにひっかかっている感じもね。体全体のうねりとねじれを感じて描いて。


東村さんは、「浮かないように」「重心」という言葉を、何度も繰り返す。

この後、男女二人が背中合わせで座っている姿を15分で。一気に構図が難しくなった。
青野寧々さんの作品。



青野寧々(あおの・ねね)
2012年前期・第61回ちばてつや賞で『猫神』にて入選。2012年前期・第32回MANGA OPENにて『猫神』が奨励賞受賞。2013年前期・第63回ちばてつや賞では『ダチョウの王国』(画像)にて奨励賞受賞。現在、新作を準備中。
谷口千昂さんの作品。



谷口千昂(たにぐち・かずたか)
岡山県在住。25歳。2013年前期・第34回MANGA OPENにて『火と水の虚構神話(なんちゃら)』で奨励賞受賞、同年後期・第35回MANGA OPENでも『サンタが父で何が悪い』で同賞受賞。「週刊Dモーニング」増刊【新人増刊号2014春】に『ばいばいばくくん』が掲載。最新作『リビング! ブロック! ギャラクシー‼』を2014年後期・第37回MANGA OPENに投稿、現在選考中(画像)。



ここで10分間のトイレ休憩。

その合間、受講者に話を聞いてみると、「いい絵を描くのって難しい」「モデルさんを見ている間に終わってしまう……」「緊張して胃が痛い」と一様に張り詰めている様子だ。

休憩後は、男性モデルのヌードからスタート。10分で描く。見て、描くことで、人間の体とはこんなふうになっているのか、と改めて思う。


東村 裸は難しいけど、がんばって。特に立ち姿は、ごまかしがきかないので難しいと思う。


女性モデルのヌードも10分で。「女性の体はきれいだな」と思っていると、 「きれいだな、と思ったところに意識を集中して。やわらかな曲線を意識して、一発で決めるつもりでね」と東村さん。

東村さんは、受講者が「こういう時に何を考えるか」を常に把握していて、この後もずっと、受講者が「今、聞きたかったこと」を、絶妙なタイミングでさらりとアドバイスし続けていた。

男性モデルにチェンジ。10分、ジーンズだけを穿いた状態で。


東村 ふだん漫画を描いている時とは違うところに関節があって、びっくりするよね。


このあたりにきて、なんとなく教室全体の空気が変わってくる。


東村 そろそろ楽しいゾーンに入ってきたでしょう。このへんから緊張がとけて、夕方からハイになってくるんだよ。


モデルを指して、


東村 隙間から攻めるのもいい。どこに隙間ができるかをよく見て、隙間から描いてみる

それと、体って、べったり床についているところには影ができないんだよね。でも小さな隙間があるところには影ができる。それを描くとリアリティが出ていい。漫画の絵にも通じるよ。


言われた通り、床に接地した脇のくぼみ、腰のくぼみに黒く影を入れてみると、一気に床に体の重みがのっているように見える!
途中から自分でもクロッキーを始めた、東村さんの作品。
床と接地した部分の影のでき方に注目!



東村 髪の毛は、1本ずつ描くんじゃなくて、かたまりで捉えて。

シャーって影を描きたくなるよね。いかに今まで自分が線ではなくて影に頼って、絵をごまかしてきたかわかるでしょう。

よそゆきの線をカッコつけつつ描く! クロッキーの線には、色気がほしい


午前中のラスト、横たわる女性モデルを10分で。

「みんな、一番いいと思う構図で描けそうな場所に、移動していいんだよ」の一声で、教室内に動きが出る。
河部真道さんの作品。
青野寧々さんの作品。



このポーズは後の〈中間報告会〉でも、一番気に入っている絵として挙げた人が多かった。

集中しっぱなしで、まだ頭がぼうっとしたまま昼食へ。



12:45~13:15 昼食

なごやかではあるが、わきあいあい、という余裕もなく、受講者の顔には緊張が張りついたまま。

時間が少し押しているので、急いでハンバーグとご飯、味噌汁を胃に詰め込み、すぐに教室へと戻る。午後は、長丁場だ……。


……[後編]に続く





【番外編】 モーニングのあの人気連載作家も受講していた!!



クロッキー教室には、「モーニング」で『ギャングース』を連載中の肥谷圭介さんの姿も。肥谷さんは、今回で2度目の参加だという。

前回の教室は、3時間という短い時間で行われたが、参加後は原稿の作画日数が、5日から3日半に激減!


肥谷圭介 下描きの時の線数が少なくなりました。最近また作画日数が4日くらいに増えてしまったのですが、今日来たことで、また3日半に復活できそうです。

筋肉質な大きい体の男の人って、自分の漫画によく出てくるので、描いていて楽しかったです!
肥谷圭介さんの作品。



東村 なんかこう、大胆だけど緻密、みたいな絵ですよね。全部ばっちり構図が決まっている。

ほしいって思う絵が、何枚もありました。
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プロフィール

門倉紫麻(かどくらしま)
漫画ライター。
1970年、神奈川県に生まれる。慶應義塾大学卒業。Amazon.co.jpエディターを経て、フリーライターに。「FRaU」「ダ・ヴィンチ」「モーニング」「北海道新聞」などで、主に漫画に関する記事の企画・執筆を行う。