ゆうどき▽東京大空襲を語り継ぐ思いとは。海老名香葉子さん生出演。 2015.02.25


生字幕放送でお伝えします山本⇒こんばんは。
「ゆうどき」です。
いきなりですが、皆さん節約していますか?きょうのニャンカメです。
合原⇒東京・有明からです渡辺さん!渡辺⇒くるくる回っているアルミ製のもの、これ25kgあります。
この器具が回ることで電気を作り出すことができます。
風力発電です。
25kgの羽根を動かすのは左下の扇風機です。
これはディスプレイ用なので今は扇風機を使っていますが実際、僅かな風で回る効率的な風力発電機機です。
私たちの生活には欠かせないエネルギーこれだけ便利な生活ができるのもエネルギーのおかげです。
ただ原発事故以降電力不足も続いて、いかにエコな生活を送ることができるか少ないエネルギーで生活できるかということに注目が集まっています。
こうした風力発電の機器以外にも蓄電池の家庭用のものも置かれています。
すみません、失礼します。
家庭用の蓄電池ですがフルに充電すると10時間使えるそうです。
家の中でドライヤーを使ってテレビを見て暖房機器を使ってということも10時間ぐらいできるそうです。
ですから災害のときは非常に役立ちます。
こうした最先端の機器を集めた展示会ですがきょうから始まりまして東京のビッグサイトで3日間行われます。
昨年は6万7000人ほどの方が来場したということです。
ことしは8万人を見込んでいるということでした。
世界各国から1580社の業者の皆さんが参加してその場で商談なども行われていて今、少し人は減ったんですが先ほどは肩がぶつかるぐらい会場に皆さん足を運んでいました。
突然ですが、スタジオのお二人災害が起こったときに困ったこと、ありませんでした?山本⇒あなたは?合原⇒トイレ、困りました。
トイレ、困りませんでした?やはり災害現場ですと電気も通らなくなったり水も少なくなってトイレ、困りますよね。
こちらのメーカーでは少ない水でトイレができるようにしているんです。
本来ですとこうしたトイレ水洗トイレは2リットルから3リットルほどの水が必要です。
ただこのメーカーではコップ1杯分の水でトイレをすることができます。
排せつをしてこの200ミリリットルほどの水を流してバキュ−ムですっと引き寄せるわけです。
この中にたまって肥料になります。
環境にもやさしくて電気が少なくても限られた中でも使える次世代の技術が環境にもやさしい私たちの生活をさらにさらにリードしていきます。
中継でした。
山本⇒いろいろありましたね。
合原⇒こうした技術の開発非常時にも役立ちますしどんどん進んでいったらいいなと純粋に思いました。
山本⇒東日本大震災が1つのきっかけになって、契機になってこういうものがまた注目されるということは大切なことです。
災害は起こってほしくないですけどねいろいろ知恵を知って地球の資源を大切に使うということになればいいんじゃないかと思います。
これから、またことし、ほかにもいろいろあるらしいので合原⇒8万人を見込んでいるということでした。
きょうの「ゆうどき」です。
「人生ドラマチック」ゲストはエッセイストの海老名香葉子さん。
落語の林家一門のおかみさんとしてまた戦争体験の語り部としても活動する海老名さんの人生に迫ります。
「行ってみたい!」は木彫りの里として知られる富山県南砺市井波。
木彫り職人たちが挑むチェーンソーを使った氷の彫刻。
冷たい氷にかける熱い思いに出会います。
5時になりました。
ニュースをお伝えします。
参議院の選挙制度改革を話し合う、与野党の検討会が開かれ、山崎参議院議長は各会派の代表者に対し、今の国会で、1票の格差是正に必要な法改正を行うため、改革案の取りまとめを急ぐよう求めました。
各会派は、最高裁判所が5年前の選挙、おととしの選挙ともに1票の格差を違憲状態としたのを受けて議論を続けていて、きょう、検討会をおよそ4か月ぶりに開きました。
この中で山崎議長は、来年の参議院選挙に間に合うよう、各会派で調整に努めてほしいと述べ、今の国会で、1票の格差是正に必要な法改正を行うため、改革案の取りまとめを急ぐよう求めました。
これに対し、各会派の代表者からは、意見がまとまらなければ、最終的に多数決で決めることも必要ではないか。
期限を区切って結論を出さなければ国民の理解を得られないなどといった意見が出され、精力的に協議することを確認しました。
ただ、参議院の選挙制度改革を巡っては、自民党側が2つの都道府県を一つにする、合区を若干数行うなどとした案を軸に意見をまとめたいとしているのに対し、ほかの党は、より抜本的な改革が必要だとして、折り合っておらず、来年の参議院選挙に間に合うよう改革が実現できるか、危ぶむ声も出始めています。
今週のレギュラーガソリンの平均小売価格は、アメリカで原油の生産が抑制され、国際的な原油価格が上昇するとの見方から、およそ7か月ぶりに上昇に転じた先週に続いて、2週連続で値上がりしました。
資源エネルギー庁から調査を委託されている石油情報センターによりますと、おととい時点のレギュラーガソリン1リットル当たりの小売価格は、全国平均で137.9円と、先週に比べて2.5円値上がりしました。
ガソリン価格は、およそ7か月ぶりに上昇に転じた先週に続いて、2週連続の値上がりとなりました。
これはアメリカで原油の生産が抑制され、国際的な原油価格が上昇するとの見方から石油元売り各社が、ガソリンの卸売価格を一斉に引き上げたためです。
また、灯油の全国平均の店頭価格も、18リットルで22円値上がりして、1499円となり、2週連続の値上がりとなりました。
アメリカ政府は、インターネットバンキングの不正送金に使われた、コンピューターウイルスの開発などに関わった疑いがあるロシア人の男について、逮捕につながる情報にサイバー犯罪としてはこれまでで最も高額となる、最高およそ3億6000万円の懸賞金を出すと発表しました。
アメリカのFBI・連邦捜査局は、インターネットバンキングの不正送金に使われた、コンピューターウイルスの開発などに関わったとして、サイバー犯罪グループのリーダーとされるロシア人、エブゲニー・ボガチョフ容疑者を指名手配しています。
これについて、FBIと国務省などは24日、ボガチョフ容疑者はロシアに逃亡中だと見られるとしたうえで、逮捕につながる情報に、最高で日本円でおよそ3億6000万円の懸賞金を出すと発表しました。
アメリカのメディアによりますと、この懸賞金はサイバー犯罪としては過去最高の金額だということです。
ボガチョフ容疑者が開発などに関わったウイルスは、ゲームオーバーゼウスと呼ばれ、アメリカ司法省は、全世界で最大100万台のパソコンが感染し、アメリカだけでも、日本円で120億円以上の被害が出たとしています。
アメリカで退役軍人を担当する閣僚が、かつて軍の特殊部隊に所属していたと公の場で事実と異なる発言したことを認め、謝罪しました。
議員の一部からは、批判の声も上がっています。
アメリカのマクドナルド退役軍人長官は24日、以前、ロサンゼルスで路上生活者、いわゆるホームレスになった元兵士の男性に、自分はかつて特殊部隊に所属していたと述べたことについて、誤りだったことを認め、謝罪しました。
マクドナルド長官は、長官就任後、退役軍人に自分の携帯電話の番号を伝え、毎日のように相談を受け、信頼構築に努めてきたと強調しました。
マクドナルド長官は、前の長官が去年、退役軍人の病院で、患者が長期間診療を待たされて死亡した問題の責任を取って辞任したことを受けて、就任しました。
ホワイトハウスの報道官は、長官の発言について責任を問う必要はないという立場を示していますが、議員の一部からは、退役軍人省を巡る相次ぐ問題に、信頼を損ねるものだとして、批判の声も上がっています。
来月から最高速度が今より15キロ速い、時速285キロに引き上げられることになった東海道新幹線の体験試乗会が開かれました。
東京駅に入ってきた新幹線。
時速285キロを一足早く体験できる列車です。
半世紀前に開業した東海道新幹線は、急なカーブが多いため、最高速度はこれまで270キロでした。
しかし、新型車両の導入で、スピードを落とさず、カーブを走行できるようになりました。
最高速度を引き上げた列車は、日中は1時間に上下1本ずつの運行で、東京・新大阪の間は、最大3分短縮されます。
気象庁の長期予報によりますと、ことしの夏の気温は、全国的に平年並みか、平年より高くなり、暑い夏になると予想されています。
6月から8月にかけては近年、気温が高い傾向が続いていることから、東日本は平年並みか高く、北日本と西日本、それに沖縄・奄美はほぼ平年並みと予想されています。
梅雨の時期の雨の量は、全国的にほぼ平年並みの予想となっています。
気象庁は、ことしも平年どおり暑い夏になる見込みで、降水量は多くなる可能性がある。
梅雨の時期などは、最新の情報に注意するようにしてほしいと話しています。
続いて気象情報、あすの天気です。
低気圧と前線の影響で広い範囲で雨が降り、西日本から東日本の太平洋側では、雷を伴い、激しく降る所があるでしょう。
北海道では夜になると、雪が降りだしそうです。
山本⇒「ゆうどき」ニャンカメが出ています。
合原⇒きょうは節約です。
東京・有明から渡辺さん。
渡辺⇒いかにエコな生活を送ることができるかそれを実現するために最先端の技術を集めた展示会がきょうから始まりました。
東京ビッグサイトで行われています。
3日間行われます。
昨年は6万7000人の皆さんが来場したということでことしは8万人の人出を見込んでいるということです。
いかにエコな生活を送ることができるか。
私たちふだんの生活の中で水を汚してしまっています。
しかたないなと思ってしまうところもあるんですがどうしたらその改善策があるか洗浄機メーカーの皆さんの発明からヒントを得ました。
この中にはお風呂のお湯を張ってあります。
白く濁っているんですが決して入浴剤を入れているわけではありません。
空気の泡で白くなっています。
ものすごく小さな泡空気を圧縮することで水の中に放出します。
そうすると毛穴よりも小さい泡ができるんです。
その泡で汚れを取っていくということです。
少しずつ下から透明になっていくのが分かりますか。
上のほうに白い塊があって泡が少しずつ消えていく。
これだけ小さな泡で体をきれいにしているということなんです。
こうすることで洗浄機メーカーが持つ技術をお風呂の技術にも使っている。
これでエコの生活が送れるということです。
まさに日本のものづくりの技術が世界のエコ生活をリードしていきます。
中継でした。
山本⇒せっけんを使わなくていいんですかね。
合原⇒洗い流さなくてもいいし一石二鳥。
山本⇒もっと派手に泡が出るのはよく見るんですがゴルフ場とかにありますね。
ああいう細かい泡で疲れだけではなくて汚れも取ってくれる。
合原⇒続いてはこちらです。
落語家、初代・林家三平さんの妻でありエッセイストとして活躍している海老名香葉子さん。
結婚以来名門、林家一門をおかみさんとして支えてきました。
そんな香葉子さんは70年前の3月10日東京大空襲で1人の兄を残し家族全員を失いました。
すべてを失った香葉子さんが厳しい戦後を生き抜くことができたのはさお作りの職人だった父が残してくれた縁でした。
香葉子さんが中心となり建立した東京大空襲の慰霊碑です。
多くの命を奪った空襲の悲劇を若い人たちに伝えたい。
戦争体験が深く刻み込まれた海老名香葉子さんの人生に迫ります。
山本⇒きょうのお客様海老名香葉子さんです。
海老名⇒よろしくお願いします。
なんだか以前からずっとお顔だけ拝見しているのでなんだか時間を忘れそう、時の隔たりを忘れそうです。
お変わりありませんか?ええ、年を取りました。
合原⇒年を重ねられた海老名さんプロフィールをご紹介していきましょう。
現在81歳です。
1945年3月10日の東京大空襲で1人の兄以外の家族全員と死別。
香葉子さんが静岡へ疎開しているときのことでした。
18歳のとき後の昭和の爆笑王林家三平さんと結婚しかし1980年に三平さんが急死されます。
その後は林家一門を支えながら2005年に上野に東京大空襲の慰霊碑を建立するなど現在も戦争体験を伝える活動を精力的に行っています。
山本⇒また近づきましたね3月10日が。
合原⇒どんなことがあっても家族やお弟子さんたちを守り続けた香葉子さん。
そこには戦争が引き離した家族への強い思いがありました。
香葉子さんが生まれたのは隅田川を挟んで浅草の対岸東京都墨田区です。
生家は江戸時代から続く釣りざお屋。
父はその3代目でした。
香葉子さんが暮らす家には父の釣りざおを求めてやってくる客が絶えなかったと言います。
そんな一家を悲劇が襲います。
1945年3月10日。
10万人以上の命を奪った東京大空襲です。
家族は、香葉子さんとすぐ上の兄・喜三郎さんを除いて全員死亡。
父が丹精して作ったさおもすべて灰になりました。
残された2人の子どもには苦しい日々が待っていました。
香葉子さんは親戚や知人の家を転々とする生活を続けます。
そんな兄と香葉子さんに救いの手を差し伸べたのは父と親しかった落語家3代目・三遊亭金馬さん。
仲のよかった釣りざお屋の娘が困っていることを知り引き取って育てることにしたのです。
焼けてなくなったはずの父の釣りざおに香葉子さんたちは再会することもできました。
父の釣りざおを愛用していた金馬さんが仲間に呼びかけて、集め手渡してくれたのです。
父の釣りざおが結んだ縁でようやく新しい人生を歩み始めた兄と妹。
父の仕事を受け継ぐことができた兄の喜三郎さんです。
親代わりの金馬さんの下で成長した香葉子さん。
修行に来ていた三平さんと出会いそして2人は結婚。
大勢の家族や弟子たちに囲まれた幸せな日々がやってきました。
しかし香葉子さんを再び悲劇が襲います。
夫の三平さんが54歳という若さで急死したのです。
大黒柱を失って、林家一門はばらばらになる危機を迎えました。
だからその思いでしょうね。
師匠・三平の死後去っていく弟子は1人もいませんでした。
林家一門という大家族は香葉子さんを要に強い絆で結ばれたのです。
山本⇒ご家族が亡くなられたというのはどういう形でお知りになったんですか?空襲のあと。
海老名⇒沼津に縁故疎開していました。
そこに3月10日それから5日ぐらいたって焼けただれてぼろぼろになって口も何もなくて、傷でね兄もぼーっと立っていましたよ。
呼ばれて行きましたらみんな死んじゃったんだ。
ごめんね、ごめんねと泣いて私に伝えました。
でも信じませんでした。
どこかで生きていてくれると思い込んでいました。
それはずっとそう思っていたんですか。
そうですね。
そのあと兄はすぐにここではあまり世話になれないということで東京に戻って昔の友達と何かやっていて私は心配で心配ででも再疎開で能登半島の石川県に行ってとてもいいところで優しくしてくれました。
いっときは幸せだなこの土地から離れない田んぼや畑をやってそこで過ごさせてもらいたいと思ったんですけれども敗戦を迎えて土地の処分などいろいろあるから東京に行ってちょうだいって。
お父さん、お母さんと思ってという父と母の手紙があるんですけれどもね、そのおばさんに行ってくださいと言われて東京に帰ってきてから転々としました。
その中で金馬師匠。
金馬師匠に拾われました。
本当に縁というかつながりというか金馬さんの存在は大きいですよね。
でも運命のような気がします。
それはどうしてですか?いろいろな方が焼け跡で立て札を立てたりしてくださいましたけれども私たち兄弟とかうちの中の金庫を詮索しようとかみんなしないでただ生きるだけが精いっぱいだったんです。
きょう生きるところ寝るところそれから食べるもの雑草を食べていましたのはこべとかアカザという。
焼け跡お店はチョロチョロと出ていました。
いちばん安い麦の皮のところを買ってきました。
赤茶色のざらざらしたもので水筒に、その中に水を入れてそういうの食べていました。
子どもは強いんですよ。
母が香葉子は強い子だから大丈夫よねって手紙でもありますけれどもいつも笑顔でいてくださいねと言われました。
笑顔でいれば友達もいっぱいできる。
だから笑顔よ、と言われましたから私は元気にしていました。
笑顔というのは今につながっていますか、ずっと。
いやいや笑顔ばかりじゃないですよ。
合原⇒笑顔の印象が強いです。
子どもを持ってからは、叱るときは叱ります。
体罰賛成ですから。
だって悪いことした子とかうそをついたりさそれもいけない、だめよというね。
そういうことをしたら、がーっと体罰もね。
今の時代、いろんな考えがあるから何とも言えないですね。
学校は大変だと思います。
先生は大変だと思います。
でも殴った子どものほうがいうことを聞いて。
山本⇒今、放送していますから。
何でという思いも、いろいろあるかもしれませんけれどもね。
でもあとから大事なの。
今VTRに出たお弟子の子、もっと上の人もいますけれどもねいろいろ悩みがあるんですよ。
おかみさんと来るでしょうそうすると聞いて抱いてあげるんです。
大丈夫よ、大丈夫よ、とやるとそうすると違います。
殴っただけではだめなんですよ。
山本⇒誤解のないように。
合原⇒旦那さん、三平さんと出会って幸せに生活をされていたということですけれども三平さんが亡くなったあとにお弟子さんのコメントででんと構えてらっしゃったというのがありました。
どういうようなお気持ちででんと構えていらっしゃったんですか?それは困ったなと思ったこともたくさんあります。
どうしようかと思ったこともありました。
だけど私がついているんだよってそう言ってみんなを励ましました。
山本⇒三平師匠が亡くなって一門がこれからどうしようというときに私がまとめなくちゃと思ったのは前々からこういうことがあったらまとめなきゃなと思っていたのかそれとも瞬時にそう思われたのかどちらですか?そのときになってこんな大変なことがあるんだと思いました。
必死でした。
迷いもなく?もう本当にみんなお弟子たち大の男の子たちが泣いているんです。
だから泣いていちゃだめじゃないのと。
早くにお兄さんと2人だけの家族になって家族というものに対する思いというのは一門に対する思いと重なるところは、相当ありますか?あります。
私も金馬師匠に拾われましたしうちの門のところに立っている子どもいつまでも立っていると入りなさいごはんも食べてないでしょ食べていきなさいとその当時言いました。
今から50年ぐらい前ですよ。
こん平が来たあたりからどんどん人が来始めてそのころの子どもは暴走族の親分だったり、シンナー中毒だったりなんかいろいろありました。
問題児ばかり。
それを受け入れられたのはどういうことですか?自然です。
私も自然に身元の分からない私を師匠が釣りざおの家の娘が生きていてよかったということで引き取ってくれたんです。
なんかつながっているんじゃないかなと自分でそう思います。
しょうがない一緒に寝ようというような感じでみんなでねそれがこんなに大きくなりました。
まだこの写真は半分ぐらいですよ。
合原⇒初代の三平さんが亡くなったあと、経済的にも一門を支えるためにテレビ出演、執筆業、本当にお忙しくされている香葉子さんですがそんな中である思いが芽生え始めます。
香葉子さんにはこれが家族の遺骨だと思って大切にしているものがあります。
疎開先へ毎日のように送られてきた両親からの手紙です。
遺骨すら見つからなかった家族への思い。
林家一門を守り盛り立てていく忙しい毎日の中大空襲のつらい体験を多くの人に伝えたいという気持ちが膨らんでいきました。
三平さんの死から3年。
大好きなわらべうたをタイトルにした「ことしの牡丹
(ぼたん)はよい牡丹」。
亡くした家族への思いを初めてつづったものです。
香葉子さんの体験をもっと知りたい。
そんな要望に応えて本を書き続けます。
さらに講演にも力を入れ若い世代に語りかけました。
香葉子さんが家族と毎年のように訪れる場所があります。
両親や兄弟が亡くなったのではないかと言われている場所です。
この校舎と塀の間のところで火の中でみんな死んじゃったの。
苦しい苦しいって死んじゃったの。
香葉子さんの長年の夢が戦後60年の年に実現しました。
上野の山に慰霊碑が完成したのです。
東京大空襲のあと身元の分からないたくさんの遺体がこの近くに埋められたのです。
この3月、東京大空襲から70年の節目を迎えます。
しかし、両親や兄弟そして多くの人たちを失ったつらく悔しい思いは消えません。
山本⇒見ていて驚いたんですけど八十数年前になるお母さんからのお手紙今も読み返されることはあるんですか。
はい。
今出ていますけど親ってありがたいなと思いますね。
私は昨年10周年を迎えました慰霊碑を建てましてそれから平和の母子像同時に2ついっぺんに建てましたの。
ちょっと働きすぎましてね体が痛くて朝起きられなかったんです。
起きようと思っても起きられないの。
どうしようと思って体じゅうが痛いんですよ。
そうしたら突然本当に夢かうつつか分からないんですけどね香葉子ちゃん香葉子ちゃんって母なんですよそれで母が私に手を差し伸べてくれたんです。
それで私がかあちゃんと言ってよっこいしょと起こしてもらってベッドのところの横に腰掛けてふっと気が付いたらもう夢だったんですよね。
でも不思議なことに手に感触が残っていたんです。
母の手はザラザラの手家事を一切やっていてそれから父の世話もしていましたからその感触がちゃんと残っているの。
私は80過ぎているんです。
母は37歳で亡くなりました。
37の母の手の感触。
私、泣けましたうれしくて親ってありがたいなと思ってこんなにいつまでも子どものことを思ってくれるのかなって。
そして下へおりていってみんなにそれをお話しました。
そうしたら娘が本当に親ってありがたいのねってそれで歌を作ってくれました。
「さくらあおし」という。
そんなことってあるんですかね。
本当にあるんですね。
もう本当にザラザラの母の手でしたからしばらくありました母の感触は。
合原⇒それでまた力が湧いてきたというか。
もっともっとね戦争の悲しさやそういうのを若い人に伝えていこうと思いました。
山本⇒実は私たちも戦争はいけないというのは、よく分かっているんですけど戦争を体験していない戦争を体験していない人に戦争を体験した人が伝えるという中でいろんなことを伝えようとされていると思うんですが、何かこだわってらっしゃることというか、なかなか難しいと思うんですよね。
やっぱりね、つらいんです。
話すってつらいです、自分の体験でもつらいだけではだめだなって。
教えておかなくちゃ。
学校やなんか頼まれて行くときがあります。
でも無学学校を出ていません義務教育を受けていませんからですから精いっぱいなんですけど生徒さんの前で今、私はこれから精いっぱいの自分の体験を話しますから聞いてくださいねって。
居眠りしたり、笑ったりしないで聞いてくださいねってちゃんと最初から頼んでおくの。
そうするとみんな一生懸命聞いてくれます。
泣いてくれる。
だから話せば分かってくれます。
毎年、先ほど出てきた写真映像がありましたけど孫を連れて歩いています。
そのときも3才だった孫がばぁばは、かわいそうだったのねと言いました。
分かるんです。
だから自分の体験も語っていかなくちゃいけないなって。
子どもたちもそうですけど戦争を体験していない大人に言いたいことはありませんか?大人が今の子どもたちを育てちゃったんですね。
戦争戦後、大変な時代がありました。
無我夢中で子どものことも何もない人情も何もなくなっちゃった時代ただ働くという時代がありました。
そのときの育てた子どもたちが今の子どもお母さんがそうですよね育てられたお母さんですよね。
だからそのお母さんたちも分からないから若いお母さんたちに知ってもらいたいと思います。
合原⇒ことしで戦後70年という節目を迎えるわけですけど式典やそういったもので考えていらっしゃることはありますか?計画されていることは。
これからも娘に歌を歌わせましてね私、全国を回ろうと思っています。
山本⇒泰葉さんですね。
泰葉が歌をどんどん作りなさいと言って作っていい歌、作りますの。
私が聞いていて。
ご自慢されていていいと思いますよ。
親ばかですけど。
皆さんに聴いていただいてそれで二度と苦しみがないようにそれから世界中の人がみんな手をつないでいけるように命あるかぎりそれは続けていきたいと思っています。
あと家業のほうも大切。
落語のほうですね。
まさに香葉子さんの本当に私は子どものときから見ていたんですが、えくぼがたまらないんですね。
しわです。
この、えくぼがまたいろんなところに幸せを運ぶように頑張ってくださいね。
いつまでも変わりませんよ、お顔が。
そんなことないです。
ありがとうございました。
「人生ドラマチック」ゲストは海老名香葉子さんでした。
木彫りの里として知られる富山県南砺市井波。
古くからの彫刻の技が今も受け継がれます。
エンジンの音が聞こえてきます。
2月、彫刻師たちがのみをチェーンソーに持ち替え挑むのは氷の彫刻。
「行ってみたい!」木彫りの里の熱い冬を旅してきました。
山本⇒彫刻です。
合原⇒リポーターは富山出身ながら、ことしスノーボードを始めたという富山放送局の青木栄美子さんです。
山本⇒遅いんじゃない。
青木⇒そうですね。
富山県の西部南砺市井波は彫刻の街なんです。
哲也さんまずはこちらを見てください。
さっきから気になっていました。
皆さん、これは何に見えますか?これも井波彫刻のギターなんです。
その名も龍剣。
天から舞い降りた龍が剣にからみついている様をダイナミックに表現しました。
合原⇒激しめのアップテンポの曲にぴったりですね。
井波彫刻の歴史は230年以上。
街を歩くと至る所に工房があって木のいい香りがしてくるんですよね。
その井波で毎年2月に行われる地元のイベントの日、街はいつもとひと味違った彫刻に彩られます。
富山県の西部、南砺市井波。
室町時代に開かれた瑞泉寺の門前町として栄えてきました。
古くから寺院の装飾や欄間などの彫刻が盛んに行われています。
井波彫刻は緻密で立体的な造形が特徴。
国の伝統的工芸品に指定されています。
わあ、すごい。
電話ボックスも木の彫刻。
さらに町なかのバス停にも龍の彫刻が。
まさに井波は木彫りの里なんです。
現在、井波には200人ほどの木彫りの彫刻師が暮らしています。
こんにちは。
こんにちは。
藤崎秀胤さん。
井波彫刻を守り伝える伝統工芸士の1人です。
彫刻師の家に生まれ自然と彫刻の道を選びました。
こちらは藤崎さんの作った仏像。
40年近い経験から培った立体感覚で躍動的な造形美を作り出しています。
大切なのが丸太から形を切り出す荒彫りという最初の工程。
熟練した彫刻師には木を彫る前から丸太の中に美しい仏が見えるといいます。
森田彩乃さん。
4年前藤崎さんの仏像の表情に憧れて静岡から弟子入りしてきました。
まだ荒彫りは任せてもらえません。
今は、師匠の作品の仕上げを手伝いながら修業をしています。
この日森田さんが作っていたのは粘土の鶴。
実は3日後地元のイベントで作るある特別な彫刻の構想を練っていたのです。
それは、氷の彫刻。
参加するのは今回が2回目。
師匠と同じ土俵に立てる年に一度の機会に力が入ります。
イベント当日。
エンジンの音が聞こえてきます。
地元の彫刻師8人がのみをチェーンソーに持ち替えて50cm四方の氷の柱に挑みます。
師匠の藤崎さん。
いきなり豪快にチェーンソーで切り込みます。
実はこのイベント5年前、藤崎さんが提案したもの。
彫刻師たちが立体感覚を磨く訓練の場になると考えました。
こちらは弟子の森田さん。
粘土で作った鶴と見比べながら氷に下描きをしていました。
スタートから1時間足らず藤崎さんの氷から羊が姿を現します。
ほかの先輩彫刻師たちも次々と作品を完成。
藤崎さんは、さらに2体目に取りかかっていました。
ミロのビーナスです。
研ぎ澄まされた立体感覚がダイナミックで繊細な氷の彫刻を作り出すのです。
スタートから3時間。
森田さん、昼食もとらずに彫刻を続けていました。
午後1時、気温は8度近くに上昇。
氷がとけ出し細かいひびも入ってきました。
ここでトラブル発生!くちばしが取れてしまいました。
森田さん観客に励まされて作業を続行。
これ以上折れないようにくちばしが取れた部分をそのまま生かすことにしました。
結局、3時間をかけてちょっぴり首の短い鶴を完成させました。
森田さんのさらなる成長を願って藤崎さんの指導は続きます。
この時期だけの特別なレッスン。
彫刻にかける熱い思いに触れた旅でした。
山本⇒森田さん頑張ってほしいですね。
合原⇒一生懸命やっていましたしね。
青木⇒木の彫刻は完成までに、何か月、何年という期間がかかりますが氷の彫刻は完成までに熟練の技を見ることができる1時間足らずということなんです。
1時間の中に木彫り職人の技のみではなくてチェーンソーですけれども技が凝縮されているわけですね。
氷は透明だけれども中のものが見えるんですね。
そして森田さん井波には5年間、お弟子さんを受け入れて弟子として育てる街の制度があります。
森田さんも含めて今9人が修業しています。
そのうち7人は県外から井波に来られた方だそうです。
しかし厳しい職人の世界になじめなかったり親方に見込みがないと言われてしまったら街を去るしかないというすごく厳しい世界です。
山本⇒まさに職人の世界ですね。
こういうことをやるから代々続いていくんでしょうね。
合原⇒春には北陸新幹線も開業しますね。
山本⇒3月14日ですね。
合原⇒富山も行きやすくなりますからね。
ぜひ遊びに来てください。
そういう気持ち、富山の人、強いと思います。
合原⇒「行ってみたい!」でした。
山本⇒「毎日食べた〜い絶品!まかない飯」合原⇒きょうはとっても素朴でシンプルなまかないです。
まかない飯。
それは料理人が自分たちのために作る一皿。
そこには家庭でもすぐに使えるプロの技が詰まっています。
東京・目黒区。
春には、花見名所として知られる目黒川。
ここに面した人気のイタリアンレストランを訪ねました。
いらっしゃいませ。
迎えてくれたのは岡野健介さん、33歳。
新進気鋭の注目シェフです。
本場イタリアで4年半修業を積み2年前、料理長に就任しました。
そんな岡野シェフ自慢の看板メニューは豚スネ肉の煮込み。
皮はパリパリ、中はジューシーなスネ肉は6時間煮込んだ逸品です。
岡野さんきょうのまかないは何ですか?きょうのまかないは僕がイタリア修業時代によく作った究極のシンプル料理ピエモンテポテトライスです。
ピエモンテとはイタリアの北部にある乳製品やワインで有名な土地です。
材料は、とってもシンプル。
米は粘りけの少ないイタリア米を使いますが国産米でも大丈夫です。
まずは、メインのじゃがいも。
ほくほく感を生かすため皮付きのまま使うのがポイントです。
たっぷりの水を加え塩を適量振って、火にかけます。
沸騰したら弱火で1時間ゆでます。
ここで初めてじゃがいもの皮をむきます。
網を使い、へらで押しつぶしながら裏ごしします。
これが、ほくほくにゆで上がった理想のポテトです。
じゃがいもをゆでている間にお米を調理。
300gの米に対し4リットルの水を用意します。
こちらも沸騰したら弱火で20分間ゆでます。
ゆで上がったらざるでお湯を切ります。
あとは盛りつけるだけ。
ゆでたごはんをお皿に載せて上からポテトを載せます。
味付けは、塩をふたつまみ。
オリーブ油を適量たらし仕上げにパルミジャーノチーズをたっぷりかけます。
ピエモンテポテトライス完成です。
ほっこりゆでたじゃがいもに濃厚なチーズがよくマッチ。
シンプルながらも飽きのこない料理です。
いただきます。
お味はどうですか?思わず幸せになっちゃいますね。
岡野シェフにとってのまかないとは?それは、鏡です。
自分を映し出す鏡。
あと、店を映し出す鏡。
そういう意味での鏡です。
山本⇒これまで「ゆうどき」でまかない飯をご紹介してきました。
100食ありますが、その中でシンプルはこれがナンバーワンかもしれません。
だけど厚みがありそうじゃないですか。
合原⇒作って食べてみたいです。
ポイントはお米を炊くのではなくゆでることだそうです。
粘りけの少ないイタリア米を使うのがベストですが国産米を使う場合は、ゆですぎずかために仕上げるのがおいしく作るコツだそうです。
材料は4人分です。
詳しい作り方は番組のホームページをご覧ください。
合原⇒きょうはゲストに海老名香葉子さんをお迎えしてお話を聞いてきました。
海老名⇒ありがとうございました。
お便りを紹介します。
海老名さんのお話、優しく包まれます。
私は泰葉さんの歌が大好きです。
香葉子さんの生きざまが明るくすばらしい生き方を見せてくれることがお子さまに伝わるんですかね。
うれしいです。
続いて66歳の方からです。
戦争を知らない私ですが、海老名香葉子さんが語るそのお顔に刻まれた体験談に知らない私たちこそが、語りを引き継ぐ使命の重さを感じております。
二度と戦争を起こさないことを願って。
海老名さんのお顔からも感じられるということです。
そして香葉子さんのお話を伺うことは今が平和である歴史を知ることです。
今があるのは多くの方々のおかげですよね。
感謝の気持ちで力が湧いてきました、ありがとうございますどうぞお元気でと届いています。
山本⇒合原がどうしても1つ聞きたいことがあるそうです。
合原⇒私、結婚したばかりなんですが海老名さんはとても笑顔がすてきで…。
山本⇒早く聞きなさい。
合原⇒よい妻になるには、どういうことを大切にしたらいいですか?海老名⇒毎日、一生懸命家事をやることです。
簡単ですよ。
そうですか。
一生懸命家族のために。
やっていればいいと。
尽くしていれば尽くされます。
そうじゃないでしょうか。
山本⇒合原さんがどのように受け止めるか。
でも本当に確かにそうですね。
そのことばを大切に、私もしたいと思います。
とんでもない。
合原⇒きゅんと胸にきました、心がけようと思います。
ありがとうございます。
あすの内容です。
北陸新幹線開業目前の金沢で「新タウンナビ」田丸麻紀さんと私、合原が旬の味覚やすてきな小物に出会いました。
魅力いっぱい!金沢の旅です。
ドレスアップして撮影に臨むのは東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市の女性たち。
つらい体験を一瞬でも忘れ笑顔になってほしい。
撮影会に密着しました。
2015/02/25(水) 16:55〜18:00
NHK総合1・神戸
ゆうどき▽東京大空襲を語り継ぐ思いとは。海老名香葉子さん生出演。[字]

人生ドラマチックは、海老名香葉子さんが生出演。東京大空襲で家族を失い、生き抜いた過酷な運命。そして、今、戦争体験を語り継ぐ胸中に迫る。▽氷の彫刻に挑む

詳細情報
番組内容
【キャスター】山本哲也,合原明子 <中断>5:00−5:10 [字]ニュース
出演者
【キャスター】山本哲也,合原明子

ジャンル :
ニュース/報道 – 定時・総合
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – グルメ・料理

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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