ハートネットTV 介護百人一首2015「公開収録 その二」 2015.02.26


(拍手)介護は明るく楽しくかっこよく。
全国の介護家族の皆さんご機嫌いかがですか?ハートネットTV「介護百人一首」。
昨日に引き続きここNHKふれあいホールから入選された皆様と共にお送りしてまいります。
選者のお二人を紹介します。
作家で作詞家の阿木燿子さんです。
よろしくお願いします。
(拍手)介護ってもう…ひと事じゃないと言うのも変ですけどいつ自分がする方になるかされる方になるか本当に分かりませんよね。
だからもうちょっと勉強していろんな事を考えながらまたご一緒にちょっとこの時間過ごさせて頂きたいなと思ってます。
(拍手)そして「介護百人一首」生みの親で選者代表です。
歌人で同志社女子大学名誉教授の安森敏隆さんです。
昨日はいい歌が出ましたね。
また今日もまた新しい歌が出てくると思います。
楽しみにしてます。
よろしく。
ではよろしくお願い致します。
(拍手)ではどうぞ。
(阿木)はい。
では早速「介護百人一首2015」入選した短歌を紹介してまいりましょう。
最初の短歌はこちらです。
千葉県の72歳伊藤志津子さんの作品です。
「妻や子孫の名前を全部忘れてしまいました。
私の事を何者と思っているのやら。
世話をしてくれる優しい女の人ぐらいに思っているのかも…」とご主人の事を詠んだ伊藤志津子さんですね。
伊藤志津子さん会場にお見えになっています。
お着物だ。
ああ〜すばらしい。
おめでとうございます。
ミス千葉県みたいな。
夫の憲冶さんと一緒に撮られた写真がありますのでご覧頂きましょうか。
あら〜ちょっとすてきな。
(阿木)ねえ。
ねえ。
これはすてきっていうかこれはちゃんと写真館で。
そうでしょ?そうです。
何かの記念ですか?おととし金婚式を迎えました。
あらおめでとう。
それで私も主人も石川県出身なんですけれども船橋から石川県まで帰ってすぐその足で写真館に行って写して頂きました。
そういう思い出の…。
そうですか。
これ随分元手がかかってるいい写真じゃないですか。
志津子さんって…。
志津子と呼んでほしいご主人憲冶さんは今どういうご様子なんでしょうか?去年の夏から大たい骨骨折腰痛圧迫骨折で入退院を繰り返しているうちにだんだん歩けなくなりましてそして認知症の方も進んできましてもう1月の中頃から老人ホームに預かってもらってます。
もう私連れて歩けなくなりましたのでね。
じゃあだけどこのテレビは本番の時見て頂ければね。
それがね一番喜んでもらいたい主人に「こういうの入選したんですよ」と言って見せたんですけど何の事やら分かんなくて「ふ〜ん」なんて。
ただニコニコしてましたね。
それで今日は着物着ておしゃれしてこれを見せようと思ってスタジオに来て頂いたんだ。
どうもありがとう。
洋服がいいのなかったもんですから。
(笑い)しかし口の達者なおかあさんだね。
いやいつごろから志津子って言わなくなっちゃったの?そうですねこの短歌書いた時は去年の6月ごろでしたけれども試しに「私の名前分かる?」って言ったら「う〜ん忘れた」って言いました。
もうがく然としました。
いやでもねあれよ。
考えようによってはね違う女の名前呼ばれるよりいいよ。
(笑い)阿木さんいかがでしょうか?何かやっぱりそういう呼びかけてくれる言葉が年々失われるというのは本当におつらい事だと思うんですけど志津子さんの思う「一度でいい」っていうここがすごく何か胸にしみました。
もう一回もう一回でいいから呼んでって…。
でもきっとずっと呼んでらっしゃって寝てらっしゃる時も起きてらっしゃる時ももう後を追いかけて目で後を追いかけて呼んでらっしゃると私は信じています。
はいありがとうございます。
ねえ志津子さん。
あの…おとうさんこのテレビ見てもらうよね。
ね?憲冶さんに。
いや見ても分かんないですよ。
いや〜駄目駄目。
そう思わないで「私志津子よ」ってカメラに向かって言ってあげてよ。
ありがとうございます。
はいどうぞ。
志津子よ。
おとうさん忘れないでね。
あ〜分かった分かった。
(拍手)きれい。
きれいだよ!ねえ。
伊藤志津子さんお隣のお嬢さんもどうもありがとうございました。
親孝行した。
できたできた。
(拍手)それでは次の作品を紹介します。
こちらです。
か〜!風邪はうつっちゃうんじゃないの。
栃木県永野桂子さん76歳の作品です。
「元気な夫が突然倒れ脳梗塞で半身まひ。
私は自分で見る事にしました。
オムツを替えている時の事です。
笑ってしまいました間接キスです。
寡黙なじいさんが…。
出会った若い頃を思い出してくれたのでしょうか」。
永野桂子さん。
はい。
ああいらっしゃいましたね。
よくいらっしゃいました。
これ映画のワンシーンみたい。
昔こういう映画があったんですよ。
ガラス越しにね。
名画が日本映画でね。
(笑い)いやあれは久我美子さんでしたよね。
そうそう!よく…。
おお〜。
「またう日まで」っていう名画ですよね。
その指をそういうふうに実際にそういうふうにおやりになった訳ですか?はい。
どんなふうに思いました?その瞬間は。
いや〜。
(笑い)言えません。
アハッ。
言えません。
今お二人のすてきな写真が出てますけども。
(永野)これはまひしちゃってから撮った写真なんですね。
それで孫が「じいちゃん笑って」と言ったんですけど片方まひしてるから口がこんな曲がって…。
こんなの出したらきっと怒ってると思います。
お隣にお嬢さんもいらっしゃっていますけれどもこのアツアツのご両親どんなふうですか?お嬢さんから見て。
最初病院に入っていたんですけどどうしても家で見たいと母が連れてきちゃった時にはどうなる事かと思ったんですけど「家族の見てないとこでこんな事やってたんかい!」って。
(笑い)こっちが赤面してしまう思いでした。
それはお元気な頃から仲良しのお二人でした?え〜っと…若い頃はよく投げチュウをしてるのは見たんですけど。
え〜投げキッス!私が本当に幼い頃は。
安森先生いかがでしょう?「私の口に」っていう口が1回出てね最後に「口に移せり」とこう言います。
口が2つ出ますね。
そのほかにもう一つ軽快にさせるのは指ですよね。
「指を触れその指自分の」って言うんだから短歌っていうのは語句31音だからリズムなんですよね。
リズムをとらせるのに口口と指指とこれがうまく出たから非常に介護短歌にしたら珍しく軽快な…。
内容も軽快だけど。
非常に軽快ないい歌が出来ましたね。
ありがとうございます。
阿木さんいかがですか?先ほど映画の話なさってらっしゃいましたけど私このお歌を読みながら歌謡曲で黛ジュンさんだと思うんですけど「天使の誘惑」って。
・「私の唇に人さし指で」という。
あれがあるんですけどそれを思い出しました。
恋のときめきみたいなのの歌なんですけどときめいてますよね。
この歌。
すてきです。
恥ずかしいです。
(笑い)介護の中にもときめきを…ね?すてきな歌を永野桂子さんありがとうございました。
ありがとう。
(拍手)続いての短歌を紹介します。
こちらです。
沖縄県からお越しの盛岡悦美さん60歳の作品です。
はいいらっしゃい。
(拍手)「父が病気で入院し気丈な母も介護疲れで精神的に落ち込みました。
私も心ふさぐ日々でした。
そんな時『介護百人一首』の歌に随分助けられました」という盛岡悦美さん沖縄からようこそ。
おめでとうございます。
(拍手)「介護百人一首」の作品集をいつも読んで下さってるんですか?折に触れて読んでます。
ああ〜。
その時々の自分と重なる歌がいろいろある訳ですか?あの…日々心持ちが違ったりしてそういう時に必ずこの「百人一首」を開くとその自分が共感するような歌とかがあるんですよね。
それがすごく助けになったっていう事で。
介護の様子はお母さん大変だったんですか?お父さんを介護すると。
(盛岡)そうですね。
結構完璧にやらないと気が済まない人で人に頼るのも嫌いで…。
全部自分でしょい込んでたみたいなところがあったんですね。
お父さんはどういう様子で?ご病気で?
(盛岡)父はパーキンソン病で。
結構体がちょっとずつ不自由になってあと転んだりとかして…頭をぶつけて血腫が出来てちょっと入院して手術をしたりとか。
そういう事を繰り返していたんですよね。
あなたが入選したのは初めて?
(盛岡)初めてです。
初めてなの?今度はあなたの歌が人のために役に立つ事があるんだからいい事をしたじゃないですか。
ありがとうございます。
ねえ?はいはい。
盛岡悦美さんどうもありがとうございました。
(拍手)次の短歌を紹介します。
大阪府の58歳埜秀行さんの作品です。
「父の介護でほぼ毎日私の妻が介護に通っていました。
最初は回数券だったのが症状が進むにつれ通勤定期券を購入するようになりました」。
埜さんようこそ。
おめでとうございます。
(拍手)この短歌どういう思いで?実は父が昨年7月16日に亡くなったんですけれども2か月ぐらいしてから女房が「定期券どうしようかな…」とポロッと言ったか何かそんな感じで。
それまで私女房が定期券で通ってくれていた知らなかったんで見せてもらったら6か月の最長の期間買ってくれたんですよね。
その時に初めて女房の覚悟っていうんですか…ちょっと大げさに言うとそうなんですけど。
それを実感してですね…。
6か月の定期券を。
(弘江)定期持ってきました。
ちょっと皆さんに見せて。
お宅とお父さんの場所と。
はい。
はあ〜。
いやだけどもしくはよ…例えばお父さんが3日とか1週間で亡くなったりなんかした場合には定期券6か月買っちゃったら無駄になっちゃう訳じゃない?それを6か月買ったっていう事は非常に勇気がいる事だし「お父さん6か月買ったから私毎日来るわね」ってそういう思いで買ったんですか?奥さん。
そうですねそれもありますね。
あまり短く買うとね何となくこう気持ち的に…。
やっぱり長〜くいててくれた方が。
本当に楽しくていいお父さんだったのでいつもこう…何て言うんですかね。
褒めてくれるんですよ。
私の事をねこんな。
いつもいい言葉を言ってくれるいいお父さんだったのでもう長くいてくれたらなと思いましたけど。
これ困って介護定期っていうのがあって割り引きしてくれたらいいなと思ったの?そこはちょっと頭にも回らなかったんですけれどはい。
あればいいですね。
本当にね。
いいと思うよ。
この歌の特徴は普通では考えられないね。
定期券でも介護定期券っていう非常に今までも出た事がないようなものね。
だけどこれは現実から出てきた言葉である事が今ず〜っと聞きながら。
そういうところから出てきて本当は非常に堅い歌になるんだけどならなかったのは4個目の「有りそで無いのが」って言うんだ。
本当は僕はすぐ「ありそでなさそでウフン」というの思い出した。
(笑い)
(安森)それを多分ご主人知ってんじゃないかな。
「黄色いさくらんぼ」のね。
あれをうまくここん所で入れ込んでんだ。
「有りそで無いのが」とおっしゃったところが特徴なんだけどもそれをうまく介護の一番苦しい一番大変なところへ向けてこのフレーズを入れ込んだのがこの歌の特徴でいい歌を形成されましたね。
これは。
これで明るくなって救われますよね。
明るくなった。
埜秀行さん弘江さんもありがとうございました。
(拍手)それでは引き続き短歌を紹介します。
三重県からお越しの71歳三井日那子さんの作品です。
「だんだん少なくなっていく母の記憶。
その中に私とふるさとの家があります。
うれしいような悲しいような…。
複雑な心境です」という三井日那子さん。
ああはいはいはい。
よくいらっしゃいました。
(拍手)お母さんの様子をお詠みになった訳ですね。
今の状態はどうなの?そうですね。
もうちょっと私たち忘れられかけてます。
でもどこか知ってる人やなとかそういう感じはあるのか行きますとホームにいるんですけども。
「よう来てくれたな」って言います。
阿木さんいかがでしょうか?このお歌はご自分がお母さんから名前を忘れられて寂しいっていうふうには見えなくてお母さん側に随分立たれてる気がするんですね。
…で「こぼれゆく」って。
もし私が認知になった時にどれほど不安だろうかとか指の間からこぼれていくようにもう漏れていく記憶に対する焦燥感とか不安感。
お母さんの気持ちに添いながら光の当たらない世界にだんだん自分が落ちていく心細さを感じているんだろうって。
日那子さんのお母さんに対する優しい思いやりが自然に言葉の中に入っていたように思います。
お母さんねえ今は施設にいらっしゃるという事ですけどもね。
是非くにさんによろしくお伝え下さい。
ありがとうございます。
三井日那子さんどうもありがとうございました。
(拍手)愛知県からおいで頂いています。
89歳黒太まつゑさんの作品です。
「寝たきりの夫の世話をする私もリューマチ性筋痛で全身が痛く思うように介護ができません。
痛みをこらえている私に『痛いか?大丈夫か?』と気遣って声をかけてくれました」という。
黒太まつゑさんようこそ。
おめでとうございます。
はいはい入選。
(拍手)ご主人が「痛むか?」って気遣って下さったんですか?あの…私はリューマチ性筋痛症っていうので全身の筋肉がとても痛む病気だって。
その時に主人が大たい骨骨折で休んでおりまして介護する私の方がやっぱり思うように看病できませんので顔をしかめてたかもしれませんけど「痛むのか?大丈夫か?ゆっくりやれよ」っていちいち声をかけてくれたのが。
いや両方とも痛いんだもんなこれね。
リューマチ今はどうなの?痛い?リューマチの方はよくなりましたけど変形性膝関節症っていうので右脚の方が大変動きが鈍くて痛みますので装具をつけてますのでこうやって車椅子でお世話になっております。
今日も車椅子でね。
ああ車椅子で。
室内や近い所ぐらいへは杖をついて自分で歩けますけど。
お隣には娘さんがいらっしゃってるんですね。
いたわり合うご両親どんなふうにご覧になってます?両方とも病気をもってたんですけれどもやっぱり母が一番の父にとっては最上の薬だったんですね。
父は骨折で寝たきりになるんじゃないかなって皆で心配したんですけれどもやっぱり母がいるからもうリハビリもどんどん頑張って歩けるようになって最後は階段まで上がれるように回復したんです。
母の顔を見るだけでもう父の顔が変わるんですね。
だからそれ見て本当に自慢の父と母だと思いました。
いや〜。
(拍手)ねえ先生…「同病相憐れむ」っていうじゃないですか。
まさにこれはそのとおり。
そういう事ですね。
それがこの「病病介護」という言葉になりこの歌になった。
まあ病気はしない方がいいに決まってんだけれどもしたから余計に…。
してるから痛みが余計に分かるという。
いや歌としてもすばらしい。
ねえ。
母が一番の薬。
黒太まつゑさんどうもありがとうございました。
(拍手)では引き続き次の短歌紹介してまいります。
東京都からお越しの72歳岩節子さんの作品です。
「夫は自分の事より私の事をあれこれと心配していました。
最期まで介護した私に感謝しつつその10日後に永眠。
優しい夫の心を忘れまいと短歌にしました」。
岩節子さんどうもありがとうございます。
実際に聞かれたんですか?痛みを。
はい。
我慢強い人であんまり苦しいとか痛いとか言わないんですよ。
だけどこう様子を見てますと顔がやっぱり痛そうな顔してたもんですから「痛む?」って聞いたら「体より心の方が痛いよ」って言ったんですね。
何日か前に「お前はおっちょこちょいだから心配だ」って…言ったんですね。
これから独りで暮らしていくのに何かと心配だなっていう事があったと思うんですね。
ご主人との一緒の写真が出てますよ。
かっこいいご主人だこれ。
(岩)ありがとうございます。
いや〜フランス映画に出てくるジャン・ギャバンじゃないけども。
(岩)もう本当に痩せちゃってね。
食事もほとんど固形のものがだんだん食べられなくなって流動食みたいになってましたけどね。
それでも最期まで弱音吐かなかったです。
もう何回も手術してるんですよ。
自分でももうそんなに長くは生きられないって事は覚悟してたようです。
もう今のままでいいと自然に任せると。
それで先生には「延命治療はしないでくれ」ってそう言いました。
だから延命治療なしで本当に痛み止めだけ。
それ潔いとしか言いようがない。
75?はい。
若いよ。
まだもうちょっと生きてほしくてちょうどその4か月後に金婚式だったんですよ私たち。
それで「あと4か月頑張ってよ」って言ったんですけど「いや〜そんなに生きられないな」と言いましてね。
「ここまで頑張れたのはお前がいたからだ。
まあいろいろあったけど楽しかったよ。
ありがとう」って言いました。
そうですか。
しかしまあドラマというか。
阿木さんいかがでしょうか?抗がん剤も延命も拒否なさったって事。
もう本当に死を受け入れられて覚悟をなさったんだと思うんですね。
自分は肉体が消えるけど残された奥様の事を多分本当に心配してらっしゃったんだろうなって。
すごくこの言葉の行間というか一つ一つから浮かんでまいります。
絶対に見守ってて下さると思います。
本当に肉体は無くても共に一緒にいて下さると思います。
岩節子さん天国のご主人にも是非報告して下さい。
いい歌をありがとうございました。
(拍手)それでは最後の短歌となりました。
紹介致します。
千葉県からお越しの77歳若菜敏子さんの作品です。
「ふと目を覚ますと夫の姿はなく玄関は開いたまま。
懐中電灯とはんてんを抱え飛び出すも外は雪景色でした。
4時間も捜して凍りついた主人を抱き締めました」。
若菜敏子さんどうも歌をありがとうございます。
ありがとうございます。
どういう?こういう状況だったんですか?ええもう…。
ふっと目を覚ましたらねもう主人の姿が見えなくて玄関に飛び出したんです。
そしたら久しぶりの雪でもう本当びっくりして凍りつくような気持ちで本当にもう…。
今でも本当に心痛みますね。
4時間以上捜して見つけて抱き締めて…。
そうです。
もう凍りついて電信柱にしがみついてたんです。
それでもう動けなくて…。
見つけた時にそしたらもう「おお迎えに来てくれたか」っておお〜って涙がボロボロ出て。
それで足が凍りついて地面から離れないんです。
ご主人まだね去年お亡くなりになったばかりという。
(若菜)そうなんです。
今日でちょうど4か月なんです亡くなって。
そうですか。
お隣にいらっしゃるのはお嬢さんですか?はいそうです。
娘さんはどんなふうにお父さんお母さんご覧になってました?お母さんの介護。
そうですねえ〜っと…。
うちの父はとてもお酒が好きな父でとてもこう…酒癖があまりよくない方だったんですね。
なんですが父が痴ほうになってからは本当にもうどこに行くにも一緒に連れていって娘からしても本当にすごいなって思わせてくれる母でした。
いや4時間半ね捜すんだって。
4時間半ね普通に歩くんだって大変ですよ。
だけどその冷たい旦那を抱き締めたんでしょ?それは今でも思い出すでしょ?ええもう。
忘れようったって忘れられませんもん本当に。
アッハハ。
いや〜よかった。
いや〜すごい歌が最後に出たね。
それもリアルなんだよね。
歌い方がね。
「降りしきる雪の足跡追いかけて」ってそのまま追って追い込んでるんだけどね。
その現実をそのまま詠んでおいてこれはどこで盛り上がったかというと最後が「午前二時半」。
時々やるんだけども短歌でも名詞止めっていうのやる。
「どうである」とかこんな事言わないんだ。
「午前二時半」で切っちゃうんだ。
切るとその時の不安感とか安ど感とか危機感とかねいろんなもんがその中に集計して出るんだ。
だから見つけきった。
4時間かかって見つけた。
見つけた時のまあ安ど感があるだろうね。
本当は安心感がね。
だけど不安感っていうのはすごいよね午前2時半だからね。
そういうものを全部そこに入れ込んで歌っておられまして一首として見てもすごいいい歌が出来…。
いい歌と言ったら大変だけども歌としてはすごいまとまり方をしましたね。
いやだけど本当に死に物狂いの介護で徘徊で苦労なさったというのは今日でもここでしゃべって少しは楽になりましたか?もう本当に今日はものすごく楽しみにして一緒に来て背中に背負ってるような気ですごくうれしいです。
いやいや背中にいるよ。
(拍手)若菜敏子さんどうもありがとうございました。
はい。
もうあっという間に過ぎた30分でしたがそろそろお時間となってしまいました。
番組からのお知らせがございます。
「介護百人一首」今年もこのように作品集が出来上がりました。
ご自分の住所お名前を明記の上180円分の切手を同封してお申し込み下さい。
お一人一冊とさせて頂きます。
昨日今日の2日間にわたって「介護百人一首」お送りしてまいりましたが今年これからはこの100首全てを紹介してまいります。
次回は春の放送となります。
安森先生そして阿木燿子さん会場の皆さんもありがとうございました。
また春にお会いしましょう。
(拍手)2015/02/26(木) 13:05〜13:35
NHKEテレ1大阪
ハートネットTV 介護百人一首2015「公開収録 その二」[字][再]

介護にまつわる思いを短歌に詠んだ介護百人一首。2015年の百首が決まりました。NHKふれあいホールの公開収録でお披露目した短歌を作者のお話も交えてご紹介します。

詳細情報
番組内容
介護する人、される人。介護に関わる方々から広く短歌を募集し、その中から百首を選ぶ「NHK介護百人一首」、今年も一万首を超える応募がありました。それぞれの短歌には介護の日々の出来事や心情、喜びや人生の軌跡、生きることのかけがえなさが詠み込まれています。今年も10回にわたって「ハートネットTV」の中で百首全部をご紹介します。今回は公開収録で披露した16首を二回に分けて、作者のお話も交えてご紹介します。
出演者
【出演】毒蝮三太夫,小谷あゆみ,作詞家…阿木燿子,同志社女子大学教授・歌人…安森敏隆

ジャンル :
福祉 – その他
福祉 – 高齢者
福祉 – 障害者

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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