どういう意味?お父さんも知らない話。
生字幕放送でお伝えしますおはようございます。
イノッチ⇒2月27日金曜日の「あさイチ」です。
有働⇒お父様を早く亡くされたから大切な人はということかと思ったら違うんですね。
事情があったんですね。
だからそういうことを言っていたんですね。
きょう時間がないから。
国会中継のため8時55分までです。
ゲストは指揮者の小澤征爾さんです。
拍手
やっと来てくださいましたね。
小澤さん毎回思うんですけれども世界の小澤なのに本当にラフな服装でいらっしゃいますね、いつも。
でも赤がお似合いです。
やっぱりレッドソックスです。
靴下もレッドですね。
そうなんです。
毎日靴下は赤。
そして。
花もそれに合わせて赤なんじゃないですか。
早速、視聴者の方からの質問です。
答えられない質問には答えません。
30代の方です。
指揮中にオナラをしたくなったことありませんか?朝から申し訳ございません。
それはねえなこの番組中にしたくなったことありますか。
そのときはしているんじゃないですか?そう。
していたの!?フリーダムですね。
僕もしていたかもしれない。
気付いていないということですね。
こちらは集中しています。
髪形へのこだわりはあるんですか。
え?先ほど、ブラシを持参されていましたね。
持ってこいと言われたから言われたとおりやっています。
こだわりじゃないんですね。
とにかくいろいろな質問をいただいています。
最近の音楽へどういう情熱を傾けているのかなどお伺いします。
まずは若き日の小澤さんからです。
独創的なスタイルでクラシック界に新風をもたらした小澤さん。
♪〜クラシックの本場ヨーロッパではタクトを持った魔術師と呼ばれ若き小澤さんに世界が注目。
作曲家の魂が乗り移ったような指揮のスタイルは今も変わりません。
そんな迫力満点の小澤さんに恐る恐る聞きました。
さらに、指揮者にとって大切な指揮棒についてとんでもない告白。
僕の棒っていうのはね…フィラデルフィアのオーマンディさんが使っているやつを…うそ〜!今は指揮棒を使わず手で指揮をする小澤さん。
これには深い訳があるんだとか。
そんな小澤さんは24歳で単身フランスへ。
次々とコンクールで優勝。
巨匠・カラヤンやバーンスタインの弟子を務めます。
そして、世界最高峰といわれるウィーン国立歌劇場などで音楽監督を歴任。
東洋人初の偉業を次々と成し遂げます。
そんな小澤さんの大好物はおそば。
日本に帰国したらおそば屋さんにまっしぐら。
毎日食べても飽きません。
ことし80歳を迎える小澤征爾さん。
きょうは、その素顔と音楽人生に迫ります。
改めてよろしくお願いします。
指揮棒盗んじゃだめですよね?何で盗んじゃったんですか?フィラデルフィアのオーマンディさんという大先生がいてゲストコマンダーをやっていて指揮者の部屋があるんですけれども征爾、俺の部屋を使えと言われて怖いおばさんセクレタリーがいるんです。
そして居心地が悪いから先生のデスクを開けたりしていたの指揮棒が、たくさん入っていたの。
6本入っていてすごく、使いやすそうだった。
使ってみたらすばらしいの何かというと長い釣りざおがあるの釣りざおの最後のところ切ってそこにコルクを挟んでワインのコルクみたいなものをそうすると持ちやすいし、借りてもいいし。
お手製だったんですか。
フィラデルフィアの先生が特別な人に、作ってもらっていたの。
それを僕はあとから見つけて、盗んだのは1本だったけど。
そのあとはそのセクレタリーに頼んで。
棒を使うのをやめちゃったの忘れちゃったの盗んで、忘れるのは。
本番に忘れたんですか。
自分のアパートに忘れてきて近いんだけど7、8、分ぐらいかかるんです。
間に合わない。
気が付いたときはそれで楽屋の楽譜係の人がマエストロこれがあるよと5、6本持ってきてくれたのは長かったり短かったり重かったりでしっくりくるものがない。
「春の祭典」という大変な曲だった。
だから困ったなと思ったんだけど指揮棒なしでやった。
そしたらオーケストラの人がひと言も。
それを言わないコメントを。
いいとも悪いとも。
ということはみんな見ていないんだなと思って。
見ていますよ。
それでね。
それ以来持ってないの。
指揮棒、運ぶのが案外大変なのよ。
折れないようにケースを作ってもらったりして。
面倒くさいから。
だから20年ぐらい前かな。
ないほうが楽だったりしますか。
そりゃ楽ですよ。
持つだけで…そこの鉛筆で。
あなた持ってごらん?力がいるでしょう?持たないとほら。
落としてはいけないとかいろいろ考えなきゃいけない。
持っていると落としちゃいけないとか飛んでいったら大変だとか。
小澤さんの手を見せていただきたいんですけど手でオーケストラをまとめていらっしゃるんですね。
そんなことないよ。
ちょっと節くれだって。
これはね。
いいんですか、この話をして。
これね指揮をしていてねばかなと言っちゃ悪いけど僕の横にいる歌っている有名な人だけど楽譜を見て歌っていたの。
ボストンで。
楽譜台があったの。
危ないなと思ったの、だけど始まっちゃったの。
「大地の歌」と言うんですけどそしたらね始まったら何小節かのうちに手を上げたらそれに引っ掛かっちゃったの。
めっちゃ痛くて、30分ぐらいその曲が終わるの。
終わったらすごく腫れていてそういうことがあって譜面台が置いてあるところも出っ張っているでしょうそのころパリのオペラ座の譜面台がランプをつけるの。
そのランプが危ないから鉄でできていたの。
火災防止のために法律で木が使えない。
危ないなと思っていて、打ってしまうんです。
このごろはねなんかいいものができてやわらかいものになっているんです。
小澤征爾さん用にそうなったんじゃないですか。
きっとそういう人がいたんだよ。
骨が折れても続けられるんですか。
こんな話をしていていいんですか。
指揮者のイメージが変わったかもしれませんが、指揮者は何をするのかということでどうオーケストラをまとめていかれるのか曲は皆さんご存じのベートーベンの「運命」です。
♪〜そんな長くしませんから。
ここの速さです、どん!エエエエーン、エエエエーン!ですから僕が切るときにはすぐ戻れるようにしてください。
もう1回いきます。
どん!エエエエーン、エエエエーン!2回目のほうが強いほうがうれしいんですけど。
タタタターン、タタタターン!こういう…、もう1回!エエエエーン、エエエエーン!♪〜マイクが付いているんだね。
だから僕の声が入っちゃった。
♪〜テヌート!あんな声を出していたんだね。
リハーサル、ハードですね。
あんな声を出して指揮をしているのかなぎゃーぎゃーと胸元にマイクが付いているんだね。
危ないね。
上着を脱いでもいい?暑くて。
赤がお似合いだったんですけどね。
暑い暑い。
ダウンですからそりゃ暑いですよ。
考えなかったんですか、それは。
でも薄手ですね。
袖に赤が入っていますね。
指揮者ということなんですけれども僕の勝手なイメージですが映画でいったら、監督さんがいるじゃないですか役者さんがいる。
曲が脚本だとしたら監督が変わると映画もまた変わってくるそういうイメージでとらえていました。
あのね、きのうね練習が始まったオペラのラヴェルの「子どもと魔法」きのうよ、始まったの。
ずっと休みだったんだけどきのう行ったわけつくづく思ったけどね音楽はやっぱり作曲家が第一なんですよ。
作曲家が紙に書くでしょ、何も音にならないわけよね。
これを音にするのが演奏家、その役目でそれを演奏家がいっぱいいるじゃない、歌い手とか楽器の人とか。
それをこえて僕たちは指揮者はどうやってお客さんの耳に届けるか。
書いてあるものというのは楽譜は紙の上に書いてあるから作曲家はそれを書いたときの気持ちとかあるわけねそれを実際の音にするという作業がわれわれの読むこと、映画の監督とはだいぶ違うと思う。
かっちりと作曲家は書いているわけですから何を書いているか。
それを読まなければいけない。
それから音楽はちょっと先に出てもだめ。
ちょっとあとに出てもだめ高くても低くてもだめ。
あなたも歌い手だから、ちょっと音程が高いとだめとかいい悪いがはっきりしている。
ちょっと先に出てもだめ後に出てもだめ。
それにのっとってやっていらっしゃる。
作曲家はそれをあてにしています。
演奏家がそれをやってくれると。
作曲家はそれを何のために書いているかということを読んで実際の音にしてもらうのが僕の役目かなと思うんだけどね。
実はきょう、楽譜を指揮者の楽譜ということで。
きのう練習が始まった「子どもと魔法」。
しかもこんなにしっかりしているんですね。
付箋たくさんはってありますね。
最初に指揮したのは1979年のパリ。
あなたが生まれる前だろう?有働⇒そうでしょう、産まれる前です26年前くらいに産まれました。
俺も産まれていますけれども。
指揮者の楽譜ってすいません付箋の話でしたね。
これはね僕のメモできっとそのときに何年か前に何回もやっているんです。
79年から使っている。
それで例えばサンフランシスコでやったときはねディズニーの映画漫画を描く人がこれと一緒にやりたいと言って紙芝居みたいなものを大きなものをやってぱんと音楽が変わるわけ。
オペラじゃなくて紙芝居。
それをお客さんが見る。
それもやったしそのメモがどこかにあるだろうし手で書いていらっしゃるんですね。
そうですね。
全部の楽器が書いてありますね。
オーケストラの人がこれだけ見たり。
クラリネットの人はそれだけ見たりとか。
それを読んで実際の音にしてそれがちゃんとバランスよく出ているかどうかを作曲家がどう思ったかこのページをどう思ったかということです。
ドはドレはレどうやったらベートーベンがどう思ったのか、バッハがどう思ったのか、どう読むんですか。
そんなこと聞かれたことないな。
今、考えてください。
あのね西洋音楽というんでしょう。
クラシック音楽というのか。
音が全部書いてあるでしょう。
これはねすごい歴史の中で出来上がったやつで、揺るぎがないんです。
疑いがないわけ。
この音はこの音しかないわけ長さもこの長さしかないわけ。
それが書いてあるから、インフォメーションは全部ここにある。
それが実際の音になったときに人がいっぱいいるから誰かが強すぎたり誰かが弱すぎたりということも聞かなきゃいけない。
そういうことをやるのが僕の仕事。
速さなんかも書いてある。
アンダンテ4分音符が66。
66というものはもちろん機械でメトロノームを使う66に合わせて。
われわれは66は大体そうだと思ったらそれになるわけ。
68になってるときもあるし60のときもあるかもしれない。
それはしょうがないですね。
確かめるわけにはいかないから。
そういうのがだからそうですね。
これを家で例えばきょう本番やりますというときは準備されるわけじゃないですか。
本番までの間ずっと長い間準備されるんですか?僕の場合は練習に行く前にやるんですよ。
朝起きてから練習に行くまでの間にずっと何をされるんですか。
読むわけ。
読み込む。
そうそう。
指揮者の準備はただただ読むんですか?本を読むのと同じ本を読んで例えばせりふを覚えるのと同じで理解して頭の中、体の中に入れる。
小澤さん、暗譜ですから全部頭の中に入れて楽譜は本番のときに持っていかないという、見ないという感じですか。
そのほうが楽は楽なんです。
ですけどそこに行くまですごく時間がかかるんですね。
けさ、きょう早起きしたじゃない。
思い出したんだけどさ僕は病気をする前は5年前まで毎朝ね、この時間に勉強していたんですよ。
4時とか5時とか9時ぐらいまで毎朝勉強していた。
本番前じゃなくて練習前に?練習というか、先の練習のためにその日はまた違う曲をやったりしているから先の勉強をしていたわけ。
皆さんそうなわけじゃないんじゃないですか?そうですね。
そうだと思う。
みんながそうだったら譜面台が。
譜面台がいらなくなるわけですね。
今まさにこれがもうまもなく演奏される「子どもと魔法」きのう始まったんだけど、これすばらしい。
どういったところがすばらしいですか。
あのね、もうね普通のオペラと違って子どものためのオペラと思うでしょ?題名から言って。
だけど、実際はもちろん子どもが主役なんだけど大人が自分が子どもだったときに子どものことを、ノスタルジアみたいな気持ちもあるし本当にそこに、本当に子どもがいるような場面もあるしいちばん最後に子どもがめっちゃ悪いことするわけ。
あの、ほら何かを壊したり、いすを壊したりコップを壊したり、おかあちゃんに怒られる。
そうするとね、傷をつけられた家具が脅かしにきたり、子どもをね最後にねけがをした人をその子どもが助けた。
そのとき、みんながこの子はいい子だ、優しいいい子だと本当に戻るのよ。
そうすると本当にそういう気持ちがするのね。
最後の最後に主役の子どもがひと言、ママというの。
それでね、はあ、とみんな思うわけね。
お客さんがね。
そのときは子どものオペラじゃなくて、こういう大人の子どもをイメージしたあるいは自分が子どもだったときあるいは、というような感じ。
いろいろ想像していくわけですね。
オペラはすごく高くて、何万円も払ってちゃんとイタリア語などが分かっていないと見てもつまらないじゃないかというなんだろう、垣根が高い感じがあります。
小澤さんはこういうものをいろいろなところに持っていってやってらっしゃいますね。
僕ね、こんなことを言ってどうか知らないけど30年ほど前に子どもがうちの子が小学校のときに小学校のところに行って音楽をやろうと、小学校が。
山之内に奥志賀高原という夏の学校に行くと音楽に行こうと言って僕の仲間に頼んで来てもらって音楽をやろうとその小学校が3つぐらいあるんだけど外でやろうと盛り上がって奥志賀高原は山の中だから外でやろうと思って男の、俺の仲間の人がね、ステージを作ってくれた。
練習もした。
子どもたちのお客さんが来たらバスでやろうと思ったら雨が降ってきた。
食堂に持っていってやった音楽会、第1回よずっと続いて下の中学校の講堂じゃないな体育館でやり始めてそれがことしで、30年目ずっとやっているの。
すごいでしょう、30年。
僕にとってなんか1つの喜びなのよ。
こんなところで言っていいか分からないけど例えば僕は地下鉄小田急に乗って地下鉄に乗るでしょ。
そうするとね小澤先生ですか?と大きなひげが生えたひげをそっていない大きな男がね声をかけてくるの。
それがね、小澤先生ですかとそうよと言ったら何でこんなところに山のうち、学校で先生に教えてもらって歌いましたということで、俺のために。
30年前はね聞いていると男の子が、いやいやな顔して歌うのよ。
歌わされているところが2、3年たったらあっという間にね、喜んでやる。
この25年はね。
どうして子どもは変わるんですか。
音楽の力だと思う。
はまるんですね。
4月から練習して、われわれのために、そして7月の終わりに。
いくでしょ僕たち指揮が終わるとお礼の音楽をやってくれるの、歌を。
そうすると男がね3部に分かれたり2部に分かれて最初は男だけ3声だったのがそして女子も入って複雑になってやってくれるその流れがひげのおじさんっていったらいけないけど、男が。
うれしいですね。
それでねこんなところで言ったら本当はいけないのかもしれないけど俺にとっては人生だね。
そのね要するに音楽というのはこんなものかとロストロポーヴィチというチェリストがいたんです。
僕の兄貴分、ロシア人すばらしいんだけど僕にキャラバンに行こうとうーん、いやだといったらそしたらシベリアに行こうといったら嫌だと言ってアコーディオンの、伴奏で行ったそしたら日本へ行こうということでやらないわけにいかないから仲間を集めてやったの、そうしたらすばらしいの。
トラックで回ってあの写真。
急に行くんですよね。
演奏家の方とバスに乗って。
突然来たらびっくりするんじゃないですか、皆さん。
急に世界の小澤が指揮をしてみんなびっくりしちゃって小澤さんじゃない?って。
そして聞くと。
あの顔を見てごらん子どもの顔いい顔している。
これが音楽なんですよ。
全部で4回か5回ぐらいやっているんです。
最後は2005年。
そしてロストロポーヴィチが亡くなっちゃったの。
初めてクラシック音楽を聴くという方もたくさんいらっしゃるんでしょうね。
ここはお客さんがいっぱいいていいんだけれどひどいときはね小さい20人ぐらいのオーケストラよりも少ないときがある。
自分たちのほうが多いと。
宣伝をしないから、山の中に行ったりするとね。
はじめ岐阜の白川というところに行ったらお客さんもいなかった。
それでもやる小澤さんのよさというのは音楽の力を感じたと言いましたけれどそれをことばにすると何ですか?世界中の一流の方と指揮をする音楽もあれば子どもたちと、いやいや歌っている男の子に指揮をして音楽を伝えるということもあるし。
僕が指揮をしたんじゃないよ、彼が歌ったときは彼らが指揮をした。
でも女の子が真剣に聞き入ってる顔もありますよね。
おばさんのような人がね。
お客は全然なくってお客のほうが少ないぞと。
おばあさんとおばさんの間ぐらいの人がね。
写真がどこかにあるんですよすごいの。
本当にね真剣に聴いてくれているの。
これがなるほど、音楽だなって。
ことばはいらないの。
ああそうか。
日本人じゃなくても外国の子どもでも外国のおばさんでも同じ感じですか。
それは、どこでも同じですよ。
ただね日本はすばらしいですよ。
全国津々浦々の小学校に僕なんかが産まれる前に、オルガン隊というのがあったの文部省がやって。
そんな国ないですよ。
全国津々浦々に、音楽があったの。
オルガンだけはあったの。
音楽の先生もできる人が来ていてオルガンぐらい弾ける先生がいた。
生の音が近くで聴けるんですね。
そこまで考えたことなかったですね。
日本はそういう意味ではすごくいいですよ。
こういうものも用意しました。
小澤さんが大好物なのがおそばで。
プライベートなお話もしたいですね。
われわれもこっそり伺ったんですが、このおそばの写真、見覚えありますね。
本当だ。
分かります。
30年以上通い詰めていらっしゃるところのおそば屋さんの召し上がるのがざるそばと鴨南ばんそば。
そうそう、それがうまい!ざるそばが、うまいですね。
30年以上通い詰めているお店。
写真で見るときれいですけれどね、こんなにきれいじゃない。
あんまり言わないほうがいい。
好きで通ってるんですね。
だけどそば屋は格好じゃないです。
ここのおやじとお姉さんがすばらしいんです。
味に徹しているんです。
この写真のお姉さん。
下村加代子さん、加代ちゃんと呼んでいます。
いつも同じお席に座られるということですね。
週に3回から4回おそばを食べにいらっしゃると。
どれだけ好きなんだということなんですけど。
海外に行ったときはどうするんですか。
だめでしたね。
食べたくなっちゃって?そうそう。
それでいちばん苦労してるんだけど、そんな話、もういいですよ。
僕ね本当に外国が長いでしょことばが下手だったから大変だったの、今でも大変だけど手紙を書くんだって僕のセクレタリーに書いてもらって。
そんなときおそばを食べたくなりますよね。
じゃあ日本に帰ってきたらすぐこちらの店に行くんですね。
そうですね。
でその加代ちゃんからメッセージをいただいています。
「病気されたときは食が細くなられてて本当に心配しました。
今は以前のようにぺろりとそばを食べてくれるので安心しています。
町の人みんなで小澤さんを応援しています。
小澤さんが、いつまでも元気に活躍してくれることが私と町の人の願いです」。
町の人たちから、みんなに応援されているんですね。
地域密着型ですね。
笑い声
小澤さん、目が真っ赤っかになっちゃっている。
うれしいですか?うれしいですよね。
町の人たちがすごくこのカレンダーに勇気づけられているという話もあるんですよ。
そうそう。
下村さんが年末早めにカレンダーを届けて年明けの開店のときに小澤さんが持ってきてくださるということで毎年されているということで。
ことしは僕がいちばん下手くそで娘の征良と息子の征悦がうまいことを書いているんです。
小澤さんそばを喰って幸せだと書いているんですね。
きょうもと書いているんです。
そして作家の小澤征良さんは、うメェと羊にかけている。
俳優の小澤征悦さんはやっぱり羊にかけていますね。
小澤征爾さんに戻るとかなりストレートですね。
そのお姉さんに言われちゃったよ。
先生がいちばん下手ねって。
これが1年間あそこにぶら下がっているから。
町の人というか、お客さんたちもこれを毎年楽しみにされているそうです。
そうか、それは分からないな。
毎年続けてください。
皆さんからたくさん質問がきています。
いいですか?はい。
小澤征爾さん、すごくすてきです。
格調高いマエストロというよりも音楽を作る職人という印象を受けました。
バイオリニストには音痴が多いと聞いたことがあります。
指揮者の方にも音痴はいますか。
小澤さんは歌は上手なんでしょうか。
俺は歌は下手だと思うな。
だけどね子どものときからうち男4人兄弟なんです。
死んじゃった兄貴その次の兄貴は元気僕と弟、どういうわけか死んじゃったいちばん上の兄貴がいちばん高い声でその次が2番目で僕が3番目に高い声でだから4重奏ができるの。
ハモれるんですか。
ずっと歌っていた。
4人でゴールデンゲートカルテットという楽譜を仕入れて。
子どものころから音楽に?うんと子どものころは賛美歌。
おふくろがキリスト教だったからおやじが仏教で。
おふくろの影響があるじゃないですか。
歌がいつもあったんですね。
おふくろが音痴のようで始まった音よりも終わったときのほうの音が高かったからみんなそれにつられちゃっておふくろがいないと4人で安定して終わりまでいく。
兄貴が音楽をやっていて僕はそれでやったんだけど。
何をやっていたんですか?兄貴は作曲。
もちろんピアノも弾いていたけどそのあと兄貴は美術学校に入り直して彫刻家になった。
そして結婚して子ども3人がいるんだけどね京都で。
ざっくりと経歴をまとめてみました。
ピアニストになろうかというほどの才能を認められたんですけれどラグビーで指を骨折してピアニストは無理だということで指揮者を目指す。
恩師に出会い単独でパリへ行って数々の国際コンクールで優勝されてカラヤンやバーンスタインから認められました。
パリに行ってから初めて日本に帰ってきたニューヨーク・フィルの凱旋帰国の映像がNHKにありました。
小澤さんが海に渡って2年2か月後、1961年ニューヨーク・フィル初来日の映像です。
このときはどうでしたか?覚えている覚えている。
25歳のときですって先頭を歩いてきましたよね。
どういう気持ちでしたか。
先生に恵まれたんですよ。
最初は兄貴でしょうそのあと、豊橋のぼるというピアニストに会ってでも指を折っちゃったからピアニストになれない。
そしたらね。
僕の先生がね指揮という方法もある。
うちに帰っておふくろに言ったらね。
うちの親類に齋藤先生という指揮の先生がいるよと紹介してもらったんです。
それで弟子入りして山本直純さんについてそれから僕はカラヤン先生やバーンスタインのアシスタントになった。
先生には本当についているんです。
その齋藤秀雄先生を記念されたフェスティバルが松本でずっと続いていますよね。
ことしは。
そうなんだ名前が変わってね。
僕が死んじゃうとまたどうか分からないけれど。
そんなふうに思っていませんよ。
セイジ・オザワ・松本フェスティバルと、ことしから名前が変わったんでよ。
それでオペラをやったりそれでね「から騒ぎ」というねばかばかしいコメディーがあるのそれをフランス語に直して作曲したというオペラを僕が指揮するんですよ。
あちこちではやらない、パリでもウィーンでもやらない。
松本でやるの。
ボストンではやったことあるのね。
これもずっと続けて、ですか。
そうですね。
日本の地方都市で世界的な音楽祭ってすごいですね。
齋藤先生の昔の弟子が戻ってきてやっていたのがウイーンフィルとかボストンとかベルリンとかパリとかの演奏家が来るから、僕の仲間が。
すごいよ。
すばらしい。
豪華ですね。
棒振りとしては本当にこれ以上言うことはない。
食道がんをされて、復活をされてことしからはそういうことですけれどこれから小澤さんはどういうふうになっていきたいですか、指揮者として音楽家として。
水戸で5月にやったり指揮もやってるんですよ「子どもと魔法」やるでしょう。
それからあとはねあれを教えているんですよ、教えるほうが大好きなの。
奥志賀とスイスで弦楽4重奏を教えているの、仲間と一緒に。
それはとてもいいのよ。
ちゃんと指揮をしたりしてね。
教えるのは大変ですか?のめり込んじゃうね。
そういうものみたいね。
始め、教えるのが嫌だったんだけど齋藤先生に言われてやり始めたらやめられないね。
楽しいんですか?うん。
今はスイスや奥志賀でやってるでしょ。
すばらしいと俺は思う。
病気をされて復帰をされてから気持ちは変わりましたか音楽に対する気持ちは。
そうね。
どのように変わりましたか?音楽はすばらしいということが分かったね。
今までもそう思っていらっしゃったんじゃないですか。
そうなんだけれどあんまり忙しすぎてそんなことを考える暇がなかった。
改めて音楽はすばらしいと。
きのうの練習の話に戻るんだけど日本語でオペラをやる戻るの。
子どもに聴かせたいから京都でみやこメッセというところで日本語で歌ってもらってそのために日本人の方に来てもらって歌ってもらうの。
松本でもそれをやりたいなと。
要するに字幕を読まなくても済むからね子どもたちが。
子どもたちがいっぱいいているわけですね。
皆さんからの質問がたくさん来ています。
有働⇒ここでお知らせです。
今週火曜日に放送した「スゴ技Q」冬の快眠術の中であさイチサポーターの方が使っている羊毛の敷布についてこのムートンは汗を吸いにくいとの発言がありましたがムートンは基本的には吸湿性がある素材です。
誤解を招く表現でした。
失礼しました。
質問です。
指揮者のカリスマ性を持ち続けるために必要なことはありますか。
くう〜そんなことないと思うよ。
カリスマ性なんて俺はないと思うよ。
あると思います。
感じている方がほとんどですよ。
意識されていないということですか。
分かんない。
若いころから長い間、日本を離れていてふと口ずさんだりする音楽は何ですか。
そうね。
そんなこと言うと笑われるけど賛美歌かもね。
好きなんだよね。
今でもやっているよ。
賛美歌グループをね。
2015/02/27(金) 08:15〜08:55
NHK総合1・神戸
あさイチ「プレミアムトーク 小澤征爾」[字]
プレミアムトーク 小澤征爾 【キャスター】井ノ原快彦、有働由美子
詳細情報
出演者
【ゲスト】小澤征爾,【キャスター】井ノ原快彦,有働由美子
ジャンル :
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – 健康・医療
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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