団塊スタイル「ストレス社会と向き合う〜心療内科医 海原純子〜」 2015.02.27


ストレスの状態を調べ心の健康を保つ「ストレス健診」。
その第一線で活躍しています。
働く女性が増え始めた時代。
海原さんは31歳という若さで当時まだ珍しい女性専用のクリニックを開きます。
30年以上心の健康を追求し続けている海原さん。
著書はおよそ80冊。
幸せのあり方や人生を充実させる生き方などを執筆。
新聞でも心や体を元気にするヒントや人生の悩みに答える記事を連載しています。
悩みを持つ人たちを救う海原さんも心と体がむしばまれた時期がありました。
40代の時過労やストレスなどによって起こる帯状疱疹を発症。
その後体の異常に苦しみます。
違うとこ噛んじゃったり…心の問題を見つけて回復のヒントを探り…。
…を見つめ直した海原さん。
60代になった今医療とは全く異なる分野でも活動しながら自分らしく生きる事を大切にしています。
輝いて生きる人の魅力に迫る「D’sスタイル」。
ストレスを抱える人たちを救う海原純子さんの生き方に迫ります。
司会の風吹ジュンです。
国井雅比古です。
ええもうすっかりおなじみになりました「D’sスタイル」。
人物の魅力に迫って参ります。
今日はですね心療内科医の海原純子さんです。
はいVTRにありましたけど国井さんはストレスはどうですか?ほとんどストレス感じた事無いんですがあれ分からないですからね。
風吹さんは?私はそうストレス感じた時は何か生理的に出てきますね。
こうためないで…。
何か言っちゃう。
ではご紹介します。
海原純子さんです。
どうもよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今ストレスの話をしてましたがストレス社会とかストレス発散とかよく使いますでしょ?はい。
でもよく分からないんですよね。
どういう…。
そうなんですよね。
皆さんね「ストレス」って言葉は使うんだけど実態をよく分かってらっしゃらない方がほとんどです。
もともと物理の言葉なの。
うわ〜っと…。
物理学?そう。
ボールこうドンとぶつけるじゃないですか。
壁にぶつけて丈夫な壁だと全然何ともないですね。
ところが古い壁なんかにボンとぶつけると壁が崩れたりとかへこんだりしますね。
そういう現象…衝撃を受けてへこんじゃうとかゆがんじゃうっていう現象をそっくり体に置き替えるんです。
大変な事がいろいろあるからストレスでゆがんじゃうねっていう…。
それは意識できるもんなんですか?う〜ん…。
例えばいろんな症状で出てくるからイライラするとかちょっと頭痛いとか肩凝るとかねそういう体で出てくるサインがいっぱいありますのでそれをキャッチすれば大丈夫。
なるほど。
詳しくは後ほど伺って参りましょう。
で今回こうしたストレスを抱える人と向き合う海原純子さんの生き方に迫りたいと思います。
まずは今の活動からご覧下さい。
海原さんが勤めている大学です。
週に1回一般の人たちに向けてストレス健診を行っています。
ストレス健診とは自分のストレスに気づき対処する能力があるのかを知るいわば心の人間ドック。
どうぞ。
終わりました。
どうぞ〜。
この日60代の女性が健診に訪れていました。
まず受診者が心理テストや問診票に答えます。
それを基に分析しストレスに対する気づきや対処方法などを解説します。
この前からこの…これがちょっと低いのが…。
それ何でしたっけ?これほら…対処できない?ああなるほど…。
心理テストなどから行動パターンや性格を読み解き問題になる部分を指摘する海原さん。
ストレスの予防につながる対処方法などをアドバイスします。
全国から海原さんに講演の依頼があります。
あっどうもこんにちは。
こんにちは。
この日訪れたのは群馬県前橋市。
(拍手)月におよそ2回主に心の健康をテーマに各地を回っています。
努力して自分だけの世界を持つ生き方の大切さを訴えます。
大学での勤務や講演だけでなく自宅では新聞や雑誌に掲載する記事を執筆しています。
新聞のコラム欄ではいわゆる人生相談を行っています。
切れのいい海原さんの回答に世代を問わずいろいろな声が寄せられています。
新聞や雑誌で多いのは人間関係の悩みだと言います。
う〜んストレスって本当に難しいですよね。
個人個人によって違うでしょうし何がストレスになるのかっていうのは人それぞれ…。
それぞれでしょうしね。
だからいろんな方にいろんな形で答えていかなきゃいけないっていうか…。
難しそうですよね。
うんそうですよね。
海原さんそもそも心療内科医っていうのはどういう事をするんですか?例えば体に症状が出る。
お腹痛いっていう時に…。
例えば変な物を食べてお腹が痛くなる時もあるしそうじゃなくて何か心の問題があって「嫌だな」とか「この人会いたくないな」という事で痛くなる事もありますよね。
ですから体の症状が出ても体自体だけ治療するのでは駄目な…治らない病気っていろいろあるんですがそれをまあ心身症って言うんですけれどもね。
そういう場合に心の問題に照らし合わせながらその方の背景を見ていって治療していくのが心療内科なんです。
どんな方が訪れるんですか?例えば男性の方ですといろんな大変な事があって家族を次々に亡くしてしまってちょっと心配だから自分の今の状況を知ってどうやるとストレスにならないで済むかっていうのを学びたいみたいな方もいらっしゃいます。
先ほどVTRにありましたけど心理テストと問診ですか?なさいますね。
こういうテストというものは最近行われ始めたものですか?ずいぶん前からあるものですか?心理テストはいろいろ個別に心理学の分野で使われるんですね。
例えば学校の中で人とのコミュニケーションをうまくするためにこういう心理テストを使いましょうとか職業の適性はこういうのを使いましょうとかいろいろあるんですけれどもそれを総合的に組み合わせてどれとどれを使ってストレスの予防の検診として立ち上げたというのは初めてなんです。
ですから人間ドック心の人間ドックだというふうに思って下さればいいと思います。
なるほど。
でもストレスって分かりにくいですよね。
心の問題で。
気づかない事ご本人は自覚ないっていうか気づかない事が多いんじゃないでしょうか?でもねそうでもないです。
すごく簡単なんです。
心と体ってつながっているんですね。
例えばね目閉じてレモンって思い浮かべて頂けます?レモンでナイフ取り出してレモンを2つにキュッっと絞ると唾出ますよね?梅干っていうと出ますよね?条件反射で…。
要するに無いんだけど思うとありません?ですから体と心ってつながっているから体の症状っていうのはすごく心のサインなんです。
ええではこれからは海原さんのこれまでの歩みを見ていきたいと思います。
1952年。
横浜の町医者の家に一人娘として生まれた海原さん。
飲食店が軒を連ねる商店街の近くに住んでいました。
長屋のような作りの家で近所の子供たちと元気に遊び育ちました。
割にやんちゃで女大統領とか言われたりして結構ガキ大将でした。
ところが小学校5年の時母親の希望で私立の女子校に転校します。
これまでとは違う品行方正な雰囲気に戸惑い自分が異質な存在と感じるようになります。
更に突然転校してきた海原さんを周りは受け入れてくれなかったと言います。
私はクラスの中で一番小っちゃいくらいで…。
親しい友人もいなく本が一番の友達だったという海原さん。
次第に学問にのめり込んでいきます。
医者を志した海原さんは19歳の時…卒業後は内科の助手として大学病院に勤めその後病気になった原因を解き明かす病理学で研究に励みます。
私生活では25歳の時にマスコミ関係の仕事に携わっていた雄二さんと結婚。
着実な人生を歩み始めました。
働く女性が増える中海原さんは心や体に悩みを持つ女性と接する機会も増えていきました。
そして女性が気軽に行ける病院がない事に疑問を感じ始めます。
1984年海原さん31歳の時大学病院に勤めるかたわら女性のための健康管理クリニックを開設します。
新しい試みとして注目されました。
これは当時の様子です。
はい時にはあります。
場所は多くの女性が働く南青山。
体調を崩した女性たちが駆けつけ体だけでなくストレスなどの心の悩みを打ち明けました。
女性の社会進出が始まった時代。
海原さんは時代の一歩先を進む存在でした。
何かこう先駆けですよね女性のお医者様のね。
しかも今まで存在しなかった医療ですよね。
女性のためのね。
女性専門のって事ですよね。
お医者を志された時のいろんな複雑な思いもいろいろ…見てるとあったようですけど…。
そうなんです。
父が広島でボランティア活動みたいなものしてて被爆したんです。
二次被爆してたんで体が弱かったのでとにかくもう小さい頃から「親はいつまで生きてるか分からないから自分で食べていける仕事をしてくれ」って言われてて。
それから男女差がないでしょう。
あの…医師とか教師は給料とか。
でまあそれだったらそういう仕事をしようと思って医者になりました。
横浜でお医者さんのお嬢さんというとええとこのお嬢さんで苦労もしてないんじゃないかって…。
そうなの。
私いつでもね周りから「本当にいい育ちでねお嬢様育ちなんでしょ?」って言われるからいや〜すごいそういうふうに見えるのかしらと思っていつもあららって思ってますけど。
あららですか?じゃ違うんだ。
そして勤務しながら31歳の時に…。
う〜んきれい。
女性のためのクリニックを開業されたんですね。
カッコイイですね。
最初開業っていう時はどういう反応だったんでしょう?世の中の反応とかお客様ってすぐ…。
全然反応なしです。
患者さんって…。
あの科別診療をなくしていたものですから女性のためのクリニックっていうふうにしたので「それ内科なんですか?婦人科なんですか?何ですか?何だかよく分かんないですね」って…。
最初何かほんとに月に1人とか2人とか患者さん受診…。
本当に暇でこのままいくと潰れるなってあと何か月持つだろうって…。
看護師さんが1人その時はいたんですけど看護師さんの給料を出すのに私当直にバイトに行ってそのお金を看護師さんに…。
え〜。
クリニックを運営するためにアルバイトに行って?そうです。
もうとにかくお金もないですから借金もそんなにできないし何も無いですから本当にマンションのワンルームでスタートしたんです。
そこにあるのはどういう思いだったんですか?私はあの…。
基本的にそこまでやるのは。
そのころは大学病院で救急車で運ばれてきた40代の女性がいたんですけど。
その方はもう歩けないフラフラでいらしたんです。
重症の貧血なんです。
その方は一人で文房具屋さんを経営してるんですけどもお子さんが1人いらしてご主人は亡くなったんです。
そうすると仕事の時間が大体9時から6時ぐらいまではいて検診を受ける時間は無いし受診もなかなかできない。
その方は子宮筋腫があって不正出血が多かったんです。
夫がいなくて婦人科に行くなんてちょっと恥ずかしいし周りの目があると…。
…という事はやっぱり女性で大企業に勤めてる方は検診とか受けられるけどそうじゃない人は受けられないって思ったのとそれから女性の悩みっていうのは科別でやっているとなかなかその…。
じゃあ内科…貧血は内科。
で子宮筋腫は婦人科って言ってるとやっぱりそこから漏れちゃう人たちっていっぱいいるなって両方お話聞かないと駄目だなってすごく気がついたんです。
じゃあ何かそういう人のために何かできないかしらっていうふうに思っててそれはやっぱり科別では駄目だからどんな悩みでも一応ちょっと最初相談してっていう意味でそういうクリニックにしたんです。
私海原さんと同じ年なんですよ。
同じ時代を多分生きてるんですけどちょうど31歳というと私はマタニティースイミングとかそんな女性のための施設もあって女性にとってもいい時代だなって…。
そのマタニティーの考え方にしてもいい時代だなっていうふうには私は受け取ってはいたんですけども…。
そういう診療がある事は知りませんでしたね。
そうですか。
当時は本当に女性の社会進出その中で女性がいろんな形で健康を害したり精神的ストレスがたまったりっていうようなそういう端境期っていうか…。
時期なんでしょうね。
本当にね。
すごい大変な時代でした。
今では女性が働くなんて当たり前なんだけど。
その当時は女性は25になったら結婚するみたいな時代ですから仕事をしていて家庭を持つとね仕事も家庭も両方完璧にやんなきゃって言うんでスーパーウーマン症候群なんて言われて体調崩す方も多くなったし。
結構いろんな点で一人で背負いこんでて無理はしてました。
大変だと思いますうん。
さてクリニックを開業した海原さんですけれどもその後ご自身に思いもよらない出来事が起こります。
開業後しばらくして変化が訪れました。
評判が広がり診察を希望する女性が増えたのです。
海原さんは施設をより充実したものにしながらスタッフを増員するなど患者の治療だけでなくマネージメントも手がけていました。
昼間は大学病院。
夕方からはクリニック。
そして主婦もこなすという生活。
そんな海原さんも……と呼ばれた一人でした。
いい医者である一方家庭で志したのが家事も完璧にこなすいい妻。
ところが次第に体調を崩していきます。
40代の時過労やストレスが引き金で起こると言われる帯状疱疹を発症します。
更に阪神・淡路大震災で夫雄二さんの実家が被災。
実家を支援するためにクリニックを一時休止する事になります。
その途端気づいたのが体の異常でした。
口が開けられず食事ができない状態が何日も続きました。
それまで心の中にため込んでいたものが一気に噴出。
体が悲鳴をあげたのです。
大変でしたね。
うんそうですね本当に…。
2年半ぐらい本当に大変でした。
体に異常が起きたっていうのは具体的にどんな形で出るの?最終的に分かったのは右の顔面神経まひが起きてたんですよ。
軽い顔面神経まひが起きた時にたまたま歯のね奥歯の所ってよく欠けたりするでしょ?それの治療に行ったんです。
で通常はそこを削って型を取ってそれで一週間ぐらいたってはいできましたって入れると合う訳ですよね?それがね一週間たって入れたら合わないんですよ。
で入れ替えてまた駄目なんですよ。
噛もうと思うと舌噛んじゃったりとかこっち方の頬を噛んじゃったりとかっていうのを繰り返して頬からこう血が出てきたりするんですけど…。
あの…ストレスと緊張のためにそういう顔面神経まひが起こったためだという事が判明したんですけど…。
ふ〜んきついですね。
ねえ。
一番ご自身が分かっていなきゃいけないはずの…。
それはでも対処大変でしたね。
そうですね。
いろんな症状が出たから分かんなかったんです。
あの…それまで割に痩せていたんですけど治ってくる過程で急激に10キロぐらい太ったりとか顔がアトピーみたいな形になって顔の皮が本当に全部むけるんです。
でびっくりして何にも付けられないんです。
本当にびっくりこんな事ってあるんでしょうかっていう形ででも西洋医学的にはそんな症状の病気って無いですから顔の皮だけむけたりとかそんな急激に10キロぐらい本当1か月ぐらいで10キロぐらい太るとかね。
もう何でしょうって言う形で…。
でもストレスが出す心のサインっていうのを…。
結局何かそこから回復してこようという体の症状でね分かってくれみたいなものが出てたんだと思いますね。
それはつらいですね。
とにかく押さえ込んでいつも症状を薬で押さえ込んでずっと駆け続けてた仕事し続けたこれが1つと。
それからやっぱりものを言わないで頑張って表現しなかった。
つらくてもつらいとか悲しくても悲しい…。
と言えなかった?言わない言わない。
私言うのは何か愚痴を言うのは嫌いなたちですから…。
愚痴は絶対言わないぞと思って大丈夫ですってやってきたので。
ま30代の頃っていうのはみんながおしゃれしてね楽しくランチしていると何かそういうのもしたいなって思うけど私は10年間ぐらいお昼をちゃんと食べた事がなかったです。
忙しくて…。
そうなんだ。
それから夜何かゆっくり寝たいなと思っても夜はやっぱりいろんな集計を…患者さんの検査結果の集計をしなきゃいけないから夜もちゃんと眠れないとかねあるし。
それから自分自身も例えば妊娠してる方の相談とかサポートしてるのに自分自身は3回ほど流産してあきらめるとかね。
そういう事があったから何かこう周りの期待に応えようとして何か自分の人生っていうのがどっか一部おろそかになっていた部分というのがあると思って。
そのご自身の…その状況から抜け出すためのどういう事をされたんでしょう?それはですね。
もう本当に体の事に焦点を当てました。
あのこう体を伸ばしてストレッチして緩めるっていう事に主眼を置いて。
ですから本当にストレッチと整体とそういう事で。
それはすぐに効くといいますかどうだったんですか始めた頃は。
それはまあ体を緩めると心も緩むのでそういう時点で自分の事をこう振り返ってみてねずいぶん自分で抑え込んじゃってたなとかやっぱり気持ちを表現したりする事って大事だなって思って。
自分の気持ちを表現する場所っていうのを少しずつ持っていかないと良くならないなと思いつつつらい時はつらいって助けてって言いたい時は少し言うようにしようとかって思いつつ2年間ほど過ごしたのと…。
それから今までやっぱり自分が頑張れちゃうとね患者さんに対してももうちょっと頑張ればいいじゃないとかってどっかにあるんですね。
だけど体がそうなっちゃうと本当に何もできないしやる気も起きないしそれから外見がひどい状態になっちゃうと本当に落ち込んじゃったりするんだけれどもでもやっぱり生きている訳ですよ。
そうするとああもう頑張ろうと思っても頑張れない時ってあるよねっていうスタンスっていうのが本当によく分かった。
だからそれまではいい医者であるべきだしいい妻であるべきだしいい経営者であるべきだしいろんな「べき」がたくさんあってそれを完璧にやろうとしていた訳ですよね?じゃあそうじゃなくてもいいと?そう。
だから完璧主義が別に悪い訳じゃなくて完璧を目指すのはいいと。
だけど結果として完璧にできないですからそういう時は手助け頼んだりSOSのサイン出すっていうのが大事だなっていうのがすごくよく分かりました。
ご自身のつらい経験が続いたあと自分の仕事の方へ今度は向きあい方ですね。
ストレスに対する…変わりましたか?そうですねあのまあいろいろやっていたんですけれども私はストレスって結構予防できるなって事にその頃気がついて何かそうやりたいんだけども1対1の相談ではなかなか限りがあってそれから予防できるとかいろいろ言ってもあまり信用してもらえないし…。
そういうもののエビデンスを出すために論文を書いたりとかねそういう事をしないと駄目だなんて思い出して少し研究をしつつですね…。
大きな何て言いますか今までは一人一人と対面的に心の問題をきっちりやってたものがそういうストレスを持たないための知識の普及って全然違う方向っていうかこういう世界からこういう世界になった感じがしますね。
そうですね。
海原さんにとっても…。
ですからストレスって皆さん知ってるんだけど予防とかってまだ全然気がついてらっしゃらない方が多いから。
今一見元気そうなんだけどとっても疲れてる方が心が疲れてる方がとっても多いです。
ですからいろんなものの見方を変えていく事でね。
相当違うんじゃないかなと思います。
都内にあるジャズクラブ。
海原さんには意外な一面がありました。
ドレスを身にまといステージに立っているのは海原純子さん。
年に4回定期的にジャズのライブを行っています。
ジャズとの出会いは学生時代。
生活費を稼ぐために新宿のジャズクラブのオーディションを受けたのがきっかけでした。
昼間は勉強し夜はジャズを歌う日々。
異なる世界を持つ事が活力になっていました。
そして自分自身を見つめ直すゆとりができた50歳を前に再開しました。
…なんてったら怒られちゃうけどね。
海原さんが他にも大切にしているのがストレッチです。
体の健康と心の健康はつながっていると実践しています。
上半身を伸ばし肩凝りを和らげるストレッチ。
ストレスからの回復力を高め予防にもなると言います。
ですから自分でもあえて必ずストレッチします。
1回およそ20分。
かつて持つ事のなかった自分の時間を大切にしています。
そして10年間きちんと昼食を食べた事のなかった海原さんが…お弁当を広げたのは大学の教授室。
昼間部屋を開放して誰もが自由に来る事ができるようにしています。
では。
頂きま〜す。
はい頂きます。
この日訪れたのは違う部署の人たち。
今では昼食の時間を大切にしてできるだけ大勢の人と食べるように心がけています。
ここでジャズを歌う事になった海原さん。
音楽での交流が広がっています。
招いたのは吉本信行さん。
ラジオに流れた海原さんの歌を聴き以来熱烈なファンになりました。
吉本です。
初対面なんですよね。
初対面なんです。
実は吉本さん数年前両耳の聴力を失いました。
海原さんはフェイスブックを通じて励ましていました。
初めて買った先生のCDの歌が全部頭の中に残っています。
私は今日は正直音楽を聴く能力はないんですね。
全く音楽を聴く能力はないけれどでも現実にこうして先生が目の前で歌って頂ける事だけですごく幸せです。
今日初めて出会った2人。
吉本さんの元気な姿に喜びもひとしおです。
吉本さんは会場の片隅で海原さんの歌を心の中で聴いていました。
ライブのあとジャズバーで交流会が開かれました。
長年聴いていない海原さんの曲を記憶だけを頼りに演奏する吉本さん。
・「生きていく」
(拍手)音楽を楽しみ喜びいっぱいの吉本さんを見て海原さんは新たな力がわいてくるのを感じました。
あの…私が何か……という気がします。
勇気を頂いたって。
ねえ。
盛り上がってましたね。
いい感じでした。
うれしいっていう感じが伝わってきますね。
伝わってきましたねほんとに。
みんないろんな事されてる事が全てとっても豊かに…。
こう豊かにされている感じが伝わってきました。
そうですね。
医療だけだとね…医療ってだんだんやってくと偉くなっちゃうじゃないですか。
うん。
だけどジャズってほんとに自分はそんなにしょっちゅう歌える訳じゃないんで…。
ほんとに初心者なんですね。
そうするとまた違う立場で人と関われるし。
そういう広がりがあってなかなかいいですよね。
山口の吉本さんですか?音の記憶だけでそうやってまたコミュニケーションが…。
そうですね。
あの方はご自分もベーシストなんです。
それでご自分でジャズクラブやってらっしゃる方だから。
その人が音が全く無いっていうのはこれはもう人生の全てを失う感じなんですけど…。
でも何とかその今人工内耳の手術をしてですねでリズムだけは聴こえるんでまたこう…。
へえ〜。
へえ〜っていう方でね。
ちょっと感動ですね。
ほんとにね前向きにやってらっしゃるから…。
私はその姿を見ているだけで本当に私の方も元気になるんです。
あずいぶん頑張ってるなって形で…。
それからあのずいぶん体柔らかいですね。
(2人)ストレッチ!ストレッチいいですよ。
やっぱりね体緩めると緊張できないです。
うんうん。
そういう事ですよね。
これはもうあの震災のあとに福島の原発事故で二葉町の皆さんが埼玉アリーナに避難してらして。
私その時行って埼玉アリーナの近くの会館で…借りてですねストレッチスペースを作ったんです。
でトレーナーの方たちと一緒に…。
そこにちょうど皆さんお風呂に入りに来るので…。
皆さんすっごく我慢強いんです。
「大丈夫です私は大丈夫です」っておっしゃるんで「まあストレッチしようよ」って…。
ストレッチして体を伸ばした瞬間にポロポロって涙が出たり。
う〜ん…。
笑いが出たり…。
ですから体を緩めると自然に心が緩む。
だから何にもふだん人に言いにくくってつらいって言えない方はですね体をまずストレッチして伸ばして頂くとずいぶん違います。
伸ばしてみて初めてあっここがきつかったんだとかここが緊張してたんだと気づく事ありますよね。
そうですよね。
だんだん肩も凝ってくると全然感じなくなってきちゃいますよね。
それが怖いんです。
はあ〜。
あのこれから今62ですか?これからの人生はどのように生きていきたいって考えてる…?まあ年齢って事じゃなくていつも考えているのは私料理好きなんですけど。
人生は料理だと思ってるんです。
例えばね一番嫌なのはね風吹さんなんかも冷蔵庫に何か買ってきといて大根とか買ってきてね忘れちゃって隅になって使い切れてなくて捨てちゃう時は…。
捨てなきゃいけない時は嫌ですね。
嫌ですよね心が痛む…。
自分自身をそういうふうにしたくはないからやっぱり自分という素材があったら自分の持ってる可能性は全部使い切りたいなと…。
だから冷蔵庫にいっぱいいい材料があったら材料だけ出せばいいんだけど冷蔵庫にちょっとしか材料がなくてもそれをこう組み合わせたり上手に使う事によっておいしい料理ができるとやったって思いますよね。
だから私なんかはすごい何かできた訳じゃないんだけど自分が持ってるものは全部使いたいなっていつもそれを思いながらいたので今後もそういうつもりでやっていきたいと思ってます。
使い切る。
使い切る。
ああなるほどな。
今日は海原さんです。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ええ今日のお茶は何でしょうか。
はい蜜香紅茶。
何か色が濃いですね。
はい。
ウーロン茶の茶葉を用いて台湾で近年作られている紅茶。
蜜の香りで蜜香なんですね。
そうなんですね。
どうぞ。
楽しみ反応が。
頂きます。
あら結構香りが強いですね。
いい香りですねよ甘い。
甘いや甘い。
砂糖入ってないのに甘いですね本当に。
そうですねえ〜。
渋みが全くなくて飲みやすいですよね。
温まりますねちょっとこう。
蜜香という名前もいいですけどほんとそのとおりの味ですね。
それでは皆さんから頂いている「私の団塊スタイル」をご紹介します。
今日は三重県いなべ市にお住いの舘たみ子さん68歳の方から頂きました。
あお元気そうな。
ええ。
「子供が社会人となった頃家事と子育てだけの人生を振り返り若い頃に憧れていたバイクツーリングを始めたいと思いました」。
おおカッコいい。
あらカッコいいですね。
結構大きいな…。
そうですよね。
バイクですよ。
「56歳の時普通自動二輪免許を取得し10年後夢を持ち続けていた北海道の旅に出かけました。
大地と大空の中を行き当たりばったりの一人旅で感動し体が震え涙が出そうでした」。
あ〜。
「おととしは東北を旅しました。
被災した人たちとも話をして復興にはまだまだ時間がかかりそうでしたが震災を忘れない事が大切だと感じました」。
北海道東北へ。
すごいですね。
バイクで行動範囲が…。
三重からですからね。
広がってますね。
すばらしい。
え〜この「私の団塊スタイル」のコーナーで皆さんからお便りそして写真を募集しています。
仕事でも趣味でも皆さんの輝いている姿をぜひお寄せ下さい。
皆さまからのご投稿お待ちしています。
今日は海原純子さんの「D’sスタイル」でした。
ストレスこれからどうします?ストレスはもう…。
でもストレッチが一番手っ取り早い気がしましたね。
確かに。
もう何もなくてもその場でできるので体を動かすというのは伸ばすというのはとてもいいなって思いました。
私はストレスを恐れずストレスを手なずけながら何か新しい一歩を踏み出せるかなと。
ストレスにこう対抗してく感じが…。
手なずけるぐらい…。
そうですか?まだたまるでしょうしね。
それを恐れなくてもいいという感じを今日話を伺ってね。
上手にこうかわしてね。
かわしながら…。
2015/02/27(金) 11:00〜11:45
NHKEテレ1大阪
団塊スタイル「ストレス社会と向き合う〜心療内科医 海原純子〜」[解][字][再]

輝く人の魅力に迫るD’sスタイル。今回は、ストレスに悩む人と向き合う、心療内科医の海原純子さん。ストレス健診の活動や自らのストレス体験を伝えながら、人生に迫る。

詳細情報
番組内容
輝く人の魅力に迫るD’sスタイル。今回は、ストレスに悩む人と向き合う、心療内科医の海原純子さん。女性が多く働き始めた80年代に、女性専用の健康診断クリニックを開業して注目を集めた。ところが、40代に過労に加え、「いい医者やいい妻であり続ける」ことが要因で、ストレスに陥った。その後、自らのストレス改善に取り組み克服。その姿やストレスとどのように向き合えばよいか伺いながら、海原さんの人生に迫る。
出演者
【ゲスト】心療内科医・日本医科大学特任教授…海原純子,【司会】風吹ジュン,国井雅比古,【語り】秀島史香

ジャンル :
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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