NHK高校講座 地理「ここに注目!ラテンアメリカ」(2) 2015.02.27


1991年に廃止。
こんにちは中田敦彦です。
田中日奈子です。
今回はラテンアメリカの2回目です。
歴史や文化について見ていきたいと思います。
まずはおさらいですね。
はい。
熱帯や乾燥帯氷河がある寒帯までいろんな気候があるんでしたよね。
そうなんですよ。
地理的な条件が違うと暮らし方や文化もさまざまだという事が分かると思います。
…というのがね非常にラテンアメリカを知る手がかりになりそうですね。
そうですね。
まずはですねこの地域がどのようにできてきたのか人の流れから成り立ちを見てみましょう。
さまざまな自然環境があるラテンアメリカ。
そこには古くから気候や風土に合わせて暮らしてきた人々がいます。
それぞれ独自の文化を持つ彼らは先住民と呼ばれています。
およそ3,000年前から16世紀にかけて栄えたアンデス文明も先住民が築きました。
最後の繁栄を誇ったインカ帝国の姿を今に伝えるのが空中都市マチュピチュです。
ここには人々が高度な科学技術を持っていた事を示す建物が残されています。
人々は太陽の動きを見て種まきや収穫の時期を知る暦を作っていたのです。
インカの人々にとって太陽は神でした。
インカ帝国の都が置かれたクスコでは南半球の冬に当たる6月太陽をあがめる儀式が今に伝えられています。
太陽に一年の収穫を感謝し翌年の豊作を祈るのです。
中央アメリカの熱帯林でも古代文明が栄えていました。
マヤ文明の天文台遺跡です。
今から1,000年前既に太陽や星の動きから一年がほぼ365日という正確な暦を作っていたといわれています。
これほどまでに高度な文明がなぜ滅びてしまったのでしょうか。
1492年コロンブスがラテンアメリカの一部西インド諸島に到達しました。
これをきっかけにスペインやポルトガルといったヨーロッパの国々が競ってラテンアメリカにやって来ました。
目当ては香辛料。
そして金や銀でした。
スペインとポルトガルはお互いの権益を守るために1494年東西の境界線を決めその西側をスペイン領東側をポルトガル領とするトルデシリャス条約を結びます。
これを契機にスペインとポルトガルはそれぞれ積極的に植民地支配を進め先住民の財産を奪い文明を滅ぼしました。
クスコには今も街のあちこちにインカ帝国の石垣が残ります。
高い技術で積み上げられた石垣の上に建つのはスペインの館。
土台にされた石垣がかつて支配されたインカ帝国の歴史を語っています。
一方ブラジルや西インド諸島ではヨーロッパ人がもたらしたサトウキビのプランテーションが各地に作られました。
そして労働力としてアフリカ各地から黒人が奴隷として強制的に連れてこられたのです。
その数はおよそ1,000万人に上るといわれています。
こうしてラテンアメリカ全域はおよそ3世紀にわたってヨーロッパ諸国の植民地支配を受ける事になったのです。
ところでなぜこの地域がラテンアメリカと呼ばれるようになったのでしょうか。
ラテン系民族であるスペイン人やポルトガル人にこの地域のほとんどが支配されその文化的影響を強く受けた事からラテンアメリカと呼ばれるようになったのです。
19世紀以降次々とラテンアメリカの国々が独立。
奴隷制度が廃止されていくと奴隷に代わる労働力として今度はイタリアドイツなどヨーロッパから人々が移民としてやって来ました。
こうしてラテンアメリカは古代文明を築いた先住民植民地や新天地を求めてやって来たヨーロッパの人々奴隷として移住させられたアフリカの人々と長い歴史の中でさまざまな人種や民族が集まる事になったのです。
ラテン系ってラテンアメリカにいる人の事だと思ってたんですけどヨーロッパの人の事なんですね。
そうですよね。
ラテンのノリっていうとラテンアメリカのノリみたいによく言う…。
でも違うんですね。
ラテン民族が来たアメリカだからラテンアメリカ。
ここでもヨーロッパ中心の呼び方なんだね。
そうでしたね。
そして植民地になっていろんな人がやって来て現在のラテンアメリカができてるという事が分かりましたが先生にもっと詳しく聞いてみましょう。
前回に引き続き丸山浩明先生です。
(丸山)よろしくお願いします。
お願いします。
もともとここに住んでいた先住民の社会に大体500年ほど前から外から人が入ってきた訳ですが…。
まずはラテンアメリカのどこにどのような人たちがたくさん住んでいるのかこの地図で見てみましょう。
特徴は大きく6つに分けられます。
水色は先住民が多い国。
かつてアンデス文明が栄えていた地域です。
緑色はアフリカ系が多い国。
かつてサトウキビ農場などに黒人奴隷が多く入った地域です。
ヨーロッパ系の人々は全体的に入っていますが特に多いのがこのアルゼンチンですね。
どうしてここにたくさん入ってきたんですか?確かに。
スペインから独立後同じヨーロッパ系の人々の力を借りて国土を開発したいというふうに考えました。
それでヨーロッパからたくさん移民を受け入れた訳です。
とりわけイタリアからの移民がたくさん入ってきました。
イタリアの移民が多く入ってきた?特に多く入っています。
移民にとってもここの気候が祖国とよく似ていたりあるいは宗教的にも比較的抵抗が少なかったんですね。
先生この紫の部分結構多いですけど。
「メスチーソ」って書いてありますね。
ねえ。
何でしょう?ラテンアメリカを理解する時にはこの混じり合ったという事がキーワードになってきます。
メスチーソの所が多いんですね。
特にここ何か気が付きませんか?いろんな色に囲まれてポンって1つだけありますよね。
真ん中にありますね。
そうですね。
これは先住民がたくさんいるボリビアとヨーロッパ系がたくさんいるアルゼンチンの隣ですね。
だからメスチーソが多くなるとそういう事ですか?そういう事ですね。
じゃあムラートはどうなんですか?ムラート?えっちょっと待って下さい。
メスチーソは何でしたっけ?なるほど。
え〜ややこしい。
へぇ〜。
でもいろいろと混じっていくんですね。
ムラートはどの国が多いんですかね?アフリカ系が多い国の隣ですか?はいそのとおりです。
ドミニカ共和国ですね。
理由がある訳ですね。
先生この黄色のブラジルのその他っていうのが気になるんですがこれ何ですか?ブラジルはですね非常にさまざまな人種民族が複雑に混じり合っていてどの人種民族が混じり合ったかよく分からないんですよ。
え〜分かんない…。
実はあの〜日本からもたくさんの人がブラジルに移住している事日奈子さんご存じですか?あれちょっと待って…。
今から100年ほど前日本人のブラジルへの移住が始まりました。
人々は新しい豊かな暮らしを求めて海を渡ったのです。
当初多くの移民はコーヒー農場の契約労働者になりました。
慣れない環境の中で大人も子供も働きづめでその暮らしは想像を超えた過酷なものでした。
移民によって造られた小学校の写真が残っています。
人々は苦しい生活の中でも子供たちへの教育を大切に考えていたのです。
世界トップクラスの航空機メーカーの副社長…倒産しかかった会社を僅か10年余りで巨大企業に成長させた人物として知られています。
両親は移民としてやって来た日本人。
サトシさんはブラジル生まれ。
いわゆる日系2世です。
週末サトシさんの兄弟たちが集まると花が咲くのは両親の話です。
ブラジルの日系人はブラジル人口の僅か1%未満。
その日系人たちが今ブラジルの経済発展を支える大きな存在になっています。
なるほど。
日系の人たちがブラジルの社会の中で頑張ってるんですね。
そうですね。
ちょっとこの写真を見て下さい。
これは大正時代にブラジルに移住した日本人の子孫でブラジル生まれのおばあちゃんとその息子夫婦そしてお孫さんです。
それぞれ見た目が随分違うような感じなんですけど。
そうですよね。
何だかこういろんな国の人が一つの家族になったみたいですね。
そうですね。
このようにブラジルでは同じ家族の中でも人種が異なるのはごく普通の事なんです。
同じ兄弟でも髪や目の色が違ったりします。
なるほど。
そういう事ですね。
しかも…ではどんな新しい文化が作り出されてきたのかブラジルを例に見てみましょう。
ブラジルといえばリオのサンバカーニバルをイメージする人が多いのではないでしょうか。
毎年世界中から観光客が押し寄せます。
今や一大イベントになったこのサンバカーニバルも異文化の融合から生まれたものです。
実はそのルーツはブラジル北東部の街サルバドルにあります。
そもそもカーニバルはヨーロッパで行われていた謝肉祭というカトリック教徒の行事でした。
それをこの地を支配したポルトガル人がブラジルに持ち込んだのです。
一方サルバドルにはサトウキビ畑の労働者としてアフリカから多くの黒人奴隷が連れてこられました。
アフリカの人々はポルトガル人に改宗を強要されながらも自分たちの宗教をひそかに守り続けていました。
神への思いを歌詞に込めて歌い踊ります。
そしてこの音楽やダンスがサンバのルーツなのです。
ヨーロッパの謝肉祭にアフリカ系のサンバが融合して生まれたサルバドルのカーニバル。
仲間への励ましや社会への批判など歌やダンスそろいの衣装に自分たちのメッセージを込めて人々は町じゅうを行進します。
これがリオのサンバカーニバルへと変化を遂げたのです。
ブラジルには黒人奴隷の護身術が融合したカーニバルもあります。
傘を持ち独特なステップで踊るこのダンスのルーツは…農場主の暴力から身を守るため黒人奴隷が編み出した護身術です。
また音楽はアメリカ系のリズムにヨーロッパ系のジャズなどが融合して生まれたといわれています。
これも多民族が混じり合ったブラジルならではの文化です。
今まであんなふうに最初からきらびやかな衣装を着てわ〜ってやってたのかなって思ってたら…。
思ってたよね。
確かに植民地支配を受けていたから生まれたものだとかそれにヨーロッパの音楽が混じってるとか。
ぐわ〜ってね。
びっくりしました。
サンバのようなものはアフリカとヨーロッパの音楽が融合したムラート系の音楽という事ができます。
ムラート系はい。
もちろん先住民とヨーロッパの音楽が融合したメスチーソ系の音楽もあります。
じゃあいろんなものがこうやって融合されてるっていうのはすごい事なんですね。
そうですね。
しかしその一方でこの地域が抱える深刻な問題もあります。
それはかつての植民地経営や奴隷制社会に深く関わる…それを解決する方法っていうのはないんですか?もちろん貧困や格差を改善する努力は行われています。
例えばブラジルでは大学入学定員の一部を経済的人種的な弱者に割り当てる法律が制定されたり子供がいる貧困家庭に予防接種などを条件に現金を支給したりする制度がとられています。
しかしもともと格差が大きいためなかなか解決できないというのが現実です。
なるほど。
難しい問題なんですね。
先生ありがとうございました。
どうもありがとうございました。
日奈ちゃん2回にわたってのラテンアメリカどうでした?1回目はいろんな気候がガッて集まってる。
今回は人種とか音楽とかいろいろワッて集合してるっていうのがもう本当にいろいろさまざまたくさんっていうのがぴったりっていうのが思いました。
ねえ。
しかもそれがバラバラにある訳じゃなくて溶け合って新しいものを生み出してるってのは非常に魅力的な場所ですよね。
日本から遠い国のように感じてましたけど日系人とかね日本人もたくさん行き来してますからすごい関わりが深い国でもありますからね。
関心持って考えていきたいですよね。
それでは次回も世界中のあんな事…。
こんな事…。
(2人)いろいろ知っちゃおう!ラテンアメリカにはもともと先住民の文化が反映していました。
しかし16世紀ごろスペインやポルトガルなどラテン系の人々が豊かな天然資源を求めて植民地支配を始めます。
更にサトウキビなどのプランテーションが作られるとアフリカからたくさんの人々が奴隷として移住させられたのです。
その後奴隷制の廃止とともに今度は労働者としてヨーロッパからたくさん移民が入ってきました。
こうしてさまざまな人種や民族が集まり混じり合ってきたのです。
この混じり合い融合によって新しい文化が生み出されてきたのがラテンアメリカです。
2015/02/27(金) 14:40〜15:00
NHKEテレ1大阪
NHK高校講座 地理「ここに注目!ラテンアメリカ」(2)[字]

人・モノ・情報が地球規模で行き交う現代。国や地域を越え、多様な社会や文化を理解し合うことが不可欠。“世界の今”を読み解く「地理」は、未来を切り開く力となる。

詳細情報
番組内容
それぞれの国や地域ごとに掘り下げて現代世界を考察する。自然環境や民族、文化、産業、経済など、さまざまな視点で学ぼう! 「ここに注目!ラテンアメリカ(2)〜多様な社会〜」(1)人々の移動とラテンアメリカの成り立ち (2)多様な社会の形成 (3)多様な文化の形成
出演者
【講師】立教大学教授…丸山浩明,【出演】中田敦彦,田中日奈子,【語り】安元洋貴

ジャンル :
趣味/教育 – 中学生・高校生
バラエティ – その他
趣味/教育 – 大学生・受験

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