(テーマ音楽)奇想天外な布石。
碁盤中央天元に打ち下ろした棋士呉清源さん。
打ち込み十番碁という実力日本一を懸けた真剣勝負で常に勝ち続け碁の神様といわれました。
呉清源さんは大正3年中国・福建省で生まれ北京で育ちました。
7歳の時父親から囲碁を習うとすぐに天才ぶりを発揮します。
13歳にして北京随一の打ち手となり昭和3年14歳の時に来日しました。
異例の飛びつき三段が認められた呉清源さん。
一人の好敵手と出会います。
破竹の勢いで勝ち進み怪童丸と呼ばれた木谷實四段です。
新時代の囲碁を目指す2人は意気投合。
信州地獄谷温泉で新しい布石の研究を重ねました。
三三星天元と進むまさに定石破りの布石を編み出します。
木谷さんとの共著「新布石法」は出版されるや一大ブームを巻き起こします。
昭和8年江戸時代から続く本因坊家の秀哉名人に新布石で挑みました。
囲碁界の新旧対決と大変な話題となります。
呉清源さんは新布石で名人を追い詰めます。
名人は13回も休みを入れ決着したのは実に3か月後。
名人の2目勝ちでした。
昭和14年呉清源さんは木谷七段と後に鎌倉十番勝負と語り継がれる打ち込み十番碁で雌雄を決する事になります。
4つ勝ち越されると打ち込みといわれ一段格下に扱われる棋士生命を懸けた戦いです。
勝負は呉清源さん優位のうちに進み終盤にもつれました。
木谷七段は長考に次ぐ長考持ち時間がなくなります。
思わぬところから攻め合いとなり勝負は分からなくなります。
その時異変が起きました。
中座した木谷七段は廊下に出るとそこで昏倒してしまいます。
しかし呉清源さんは勝負をやめませんでした。
力尽きて倒れた相手になお挑んだ戦い方に非難が集まりました。
十番碁は呉清源さんが第6局で5勝1敗と打ち込みました。
戦争が激しさを増していくと出征する兵士を呉清源さんは複雑な思いで見送ります。
昭和19年呉清源さんは突如姿を消しました。
戦争の中でいかに生きるべきか新興宗教に救いを求めたのです。
囲碁界への復帰は昭和21年。
相手は関西囲碁界の雄橋本宇太郎八段です。
2年間のブランクは大きく第1戦で惨敗を喫します。
「もはや呉清源は過去の人か」。
第2局も劣勢が続きました。
しかし橋本八段が信じられない悪手を打ちます。
形勢大逆転です。
立ち直った呉清源さんは第8局で6勝2敗と橋本八段を打ち込みました。
華麗な打ち回しが復活。
その後も打ち込み十番碁に懸けついに一度も負ける事はありませんでした。
昭和59年古希を迎えると現役を退きます。
その後は後進の指導や囲碁の国際化に特に力を尽くしました。
囲碁界の革命をもたらした呉清源さん。
平成15年その功績をたたえ新布石発祥の地地獄谷温泉に記念碑が建てられました。
天才棋士呉清源さん。
囲碁を通して世界平和に貢献したいと願い100歳の天寿を全うしました。
2015/02/28(土) 05:40〜05:50
NHK総合1・神戸
NHK映像ファイル あの人に会いたい「呉清源(囲碁棋士)」[字]
「碁の神様」といわれた呉清源。独創的な新布石を生み出し、戦前戦後を通じ「打ち込み十番碁」で、一流棋士をことごとく破った。囲碁一筋に生きた人生が語られる。
詳細情報
番組内容
「碁の神様」といわれた呉清源。独創的な新布石を生み出し、昭和の囲碁界に君臨した天才棋士である。大正3年、中国福建省生まれ。14歳の時、来日。木谷実四段と二人で、伝統の定石を一変させる新布石を編み出す。戦前戦後を通じ「打ち込み十番碁」で名だたる一流棋士をことごとく打ち込み、最強の打ち手と言われた。昭和59年引退し、後進の指導や囲碁の国際化に貢献した。囲碁一筋に生きた人生の神髄が語られる。
出演者
【出演】囲碁棋士…呉清源,【語り】井上あさひ
ジャンル :
趣味/教育 – 囲碁・将棋
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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