(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。
ええ〜今日のゲストはこの事務所の歴代のグループの中でお笑い芸人か?と思うほど笑わせてくださる「関ジャニ」の一人に出ていただきます。
横山裕さんです。
どうもよろしくお願いします。
お世話になります。
すごいなんかハードル上がってますけど大丈夫ですか?すごい出づらかったですけど。
ほんと?なんか説明が悪かったですかね。
とんでもないです。
頑張って笑かします。
あっほんとに。
よろしくお願いします。
やっぱり笑うなんか訓練とかトレーニングとか…。
全然そんなんしてないです。
そんなんしてないです。
あっでもメンバーにはお笑い芸人いこうか迷ったメンバーもいました。
そうなんですか。
村上っていうヤツなんですけど。
(スタッフ)あははっ!
(ナレーション)今日のゲストは・オイラ伝説の無責任ヒーロー関ジャニはオリコンで18曲連続1位を獲得中。
更に昨年は24時間テレビのメインパーソナリティーを務めるなど今ノリにのっているジャニーズのグループ!メンバーは最年長の横山さんを筆頭に安田さん村上さん丸山さん錦戸さん渋谷さん大倉さん全員が関西出身の七人。
実は「最も苦労しているジャニーズ」といわれています。
ほんとに!?あははっ!今日は逆境から今日の活躍に至るまで横山さんが味わってきたジャニーズの世界をサワコに語ってくれます。
こんなことを伺うのも何なんだけれども意外に年いってるんですよね?こんな顔してるのに。
結構僕若く見られるんですけど僕もう33なんで。
33には見えないでしょう。
まだ17でも通るんじゃない?いやいや通らないですよ。
でも去年高校生の役しましたね。
ああ〜。
確かに。
えっそれであの〜関ジャニのメンバーも皆さん30…。
(横山)まだちょっと…大倉がそうですね最年少で。
すみませんほんとに私ねジャニーズというとこは存じ上げておりますよ事務所は。
「フォーリーブス」っていう人たちが出てその人たちが私と同世代であそこと同じぐらいと思っていただければ。
僕年聞いてびっくりしたんですよ。
どうもすみません。
(横山)おきれいっすよね〜。
うまいっすよね。
(スタッフ)あははっ!うまいって言われます。
(一同)あははっ!なんやねんそれ。
この人ドラマで…。
(横山)錦戸ですね。
ドラマよく出てますよね。
この前まで「ごめんね青春!」っていうクドカンさんの作品で。
でさっき噂に出た村上信五さん。
(横山)そうっすね。
「吉本」に入ろうかと思ってたって。
(横山)いちばん浪花色が強いですね。
あっそうなの?漫画のアニメ雑誌の「マガジン」ってご存じですか?はいはい。
その発音を「
(なまって)マガジン」って言うんですよ。
あははっ!
(スタッフ)あははっ!たぶんなんですけど「たかじん」に引っ張られてると思うんですよ。
たぶんですよ。
(スタッフ)あははっ!まずは記憶に今でも残っている思い出の曲っていう一曲は何になりますか?ええ〜っとMr.Childrenさんの…。
ミスチル?はい。
「Simple」という曲ですね。
「Simple」。
それはいつごろ聴いて?もうまさにジャニーズに入って僕らが東京で合宿所入ってるときですかね。
あっそうか。
関ジャニだけどやっぱり東京の合宿所で鍛えられたんですか?そうですね。
お仕事はやっぱりどうしても東京が多かったので。
親元離れて…。
そうですね。
何日も?もう結構いましたよ。
1年ぐらい。
なんかめちゃくちゃ楽しかったです。
ずっと休み時間のような感じですね。
いいなぁ。
入ればよかった。
いや入ってほしかったですよ。
(スタッフ)あははっ!無理でしょうそれは。
うまいこと言うでしょ?僕。
(一同)あははっ!でその合宿所で…。
ずっと聴いてました。
どうしてそんなに好きだったんですか?ああ〜何なんでしょうね。
そんときはやっぱりミスチルさんがみんな好きで影響を受けてなんかすごいすてきな詞書くなとかやっぱ影響受けましたよね。
うん…めっちゃいいな〜。
なんか陶酔してましたね。
いや〜なんかやっぱ当時のことを思い出したりしますね。
なんかやっぱりその仕事のこととかでもやっぱ迷ったり悩んだりするじゃないですか。
もうそんなことじゃなくてシンプルに考えようやみたいなことに別に自分なりに置き換えたりしてたぶん聴いてたと思う…。
自分に重ねて考えたりして。
ねえでもやっぱジャニーズJr.入ったときに…。
いくつで?10…。
15歳っすね。
入るきっかけはなんだったんですか?僕の同級生がジャニーズだったんすよそもそも。
えっ横山さんが入る前に?
(横山)はい。
でうちのオカンが「あんたのその友達いけんのやったらあんたいけるんちゃうん?」みたいな。
お母さん?オカンが。
うちの子の方がかわいいわって。
もう関西特有のうちの子がっていう。
(スタッフ)あははっ!うちの子のんが…みたいな。
子のんが。
で呼ばれて今に至るみたいな。
えっちょっと待って…。
めっちゃだいぶ間をはしょりましたけど。
(スタッフ)あははっ!オーディションってどんなことするんですか?オーディションはね踊ったりあと社長との面接。
初めなんかジャニーさんなんか誰か分からないじゃないですか。
知らなかったんですね。
1人おじいちゃんみたいな人うろうろしてるな〜って思ってたんですよそんとき会場で。
面接会場でうろうろしてんなって思ったら「僕が世界のジャニーだよ」って言ったのを…。
あははっ!
(横山)覚えてます。
「世界のジャニー」?って思ったんですけど。
自分で言うたでと思って。
(スタッフ)あははっ!
(妻)昔はお肉と揚げ物が大好きな人だったのに…。
(夫)あっ金目か〜。
お魚を選ぶようになったわね。
(ナレーター)そんなニッポンの暮らしに耳を傾けたら新しい家電が見えてきました。
野菜や魚を出し入れしやすい真ん中収納に。
しかも鮮度にこだわる冷蔵庫です。
うまいなぁ。
これからの日々にパナソニック「Jコンセプト」ジャニーズJr.でいるときっていうのはつまり研修生みたいな…。
そうっすね。
ジャニーズJr.やとそうっすよね。
入ってみてどうだったんですか?同世代の男の子たちがいっぱいいるわけでしょ?戸惑いはすごいありましたね初め。
やっぱりその16歳になってみんな高校いきだすじゃないですか。
で僕高校いってなくて建設会社で働いてたんすよ。
なんで?バイトじゃなくて?もう就職しました。
ジャニーズJr.やりながら建設会社に就職してたんですか?
(横山)そうなんすよ。
早く大人になりたいと。
うんそうっすね。
自立したいというか。
でみんなテレビ局とかに学校終わりでそのまま制服でテレビ局入ったりするんですよ。
僕高校いってなくて建設会社入ったんでだから僕テレビ局までニッカーボッカーで通ってたんですよ。
(スタッフ)あははっ!それでなんかスタッフさんにちょっとさすがにまずいと…。
ニッカーボッカーじゃ。
今までのジャニーズのセオリーではそれはないからと。
今までいなかった?誰も。
(横山)今までおれへんしこの事務所はファンの方に夢を与えてると。
あははっ!いいじゃない夢を与えて…。
いきなり現実突きつけられてるみたいで。
建設会社では何やってたんです?そのニッカーボッカーはいて。
いろいろやってましたね。
足場組んだり壁へつったり。
鍛えられました?めっちゃ鍛えられました。
どなられたり。
どなられたりもしましたしあといちばん僕いまだに思うのはそこでお金のありがたみっていうのをすごい学んだなっていうのはありますね。
へえ〜。
1万円稼ぐのにこんな汗水垂らさなあかんねやってめちゃくちゃ感じましたそんとき。
何が労働としていちばんつらかったですか?まず朝早起きすんのしんどいじゃないですか。
早起きするんですか?4時半ぐらいに起きてたんかな。
えっ!まあもう重いもんやってるから体もボロボロでしかも子供やから体もできてないじゃないですか。
で僕よりも何倍もでかい人が足場のもの持ってんのに「俺3枚持ってんのにお前なんで1枚なんじゃ」って言われて「いや体ちゃいますやん」って。
(スタッフ)あははっ!そんときはめっちゃ思ってたんですけどでも悔しいから絶対持ったろっていうふうに思ってて。
3枚。
はい。
でも僕はやっぱ一生懸命頑張ってたんですごい上の人にはめっちゃかわいがられてたんですよ。
でしばらくしたら仕事もちょっと忙しくなってきたんで辞めたくなかったんですけどもやっぱり芸能にも興味がだんだん出てきたんでだからその辞めるって伝えに行ったときも「お前がその芸能界であかんかったらいつでも戻ってこいよ」って言ってくれて。
なんか格好いい男の世界。
そうなんですよ。
だから俺それがあったからすごい安心もありましたしでもここには戻ってきたらあかんっていう思いでもうジャニーズ頑張ろうって。
ジャニーズ頑張ろうと。
そうするとジャニーズJr.の仕事どうだったんですか?ジャニーズJr.黄金時代みたいなのがあったんですよ。
タッキーがすごいジャニーズJr.として出ててそんときにタッキーのおかげでいろんなレギュラー番組があったんですよ。
はあ〜。
僕らそれのおこぼれをガァ〜って食べにいって。
あははっ!タッキーありがとう!って。
僕らそのおかげで番組レギュラーそんときゴールデンでジャニーズJr.やのに2本ぐらい持ってて。
Jr.なのに?もちろんタッキーありきの番組で。
タッキーのバックとして。
そうです。
でもじゃあ露出のチャンスはいっぱいあったんだ。
(横山)あったんですよ。
関西やから少ないチャンスどうにか生かすためにグワ〜って前出ていって。
ええ。
前出ていって。
どうにか爪痕残そうとして。
ただおっきい声出してるだけですよほんまに。
あははっ!誰かが言ってることおっきい声で言ってるだけです。
それで僕らもちょっと勘違いして俺ら人気なってきたんちゃうんと思っていたらタッキーがデビューしたりしてその番組もなんかなくなってあれ?俺ら全然番組残ってないけど!みたいなんで一回…。
レギュラーもなくなって?なくなって。
なんにもなくなって。
何してたんですか?ほんまね何してたって言われたらパチンコしてましたね。
あははっ!
(横山)あははっ!ええ〜…。
ほんまに申し訳ないですけど。
すみません。
これもう言うなって言われてるんですけど。
あははっ!何してたって言われたらパチンコしてたんですよ。
(スタッフ)あははっ!おいくつ?2021ですわ。
それはでもJr.としてはちょっとこう先が見えない感じ?いや焦ってましたよめちゃくちゃ。
もう20超えてんのにやっぱ「ジャニーズJr.」って言われてんのもちょっと恥ずかしかったですしで後輩とかもどんどん出てきてもうあかん終わったわって思いましたけどね。
やめようとは思わなかったんですか?それがね思わなかったんですよ。
なんか変な自信だけあったんですよね。
へえ〜。
俺らのことに気づいてないのは世間が悪いってなんかどっか思ってたんですよ。
(一同)あははっ!
(ナレーター)自分で歩きたい。
自分で食べたい。
年を重ねるとそれが当たり前ではなくなってしまう。
だから私たちはささえ続ける。
よりそうささえるパナソニック。
これからの介護。
これからの暮らし。
パナソニックのエイジフリー。
(でんきやさん)こんにちは〜。
《オーブンレンジってあっためるだけじゃもったいないんで》ご主人せっかくなんで。
《なので私は食材や調味料を持って行って一緒にお料理を作りながら使い方の説明をしてるんです》
(夫)2のほうね。
はいそうですね。
早いですね覚えるの。
(妻)あっジュージュー鳴ってる。
《電化製品買ってそれでなんか幸せな暮らしができればいいなって。
そういうお手伝いをしたいです》レンジが全部やってくれたんで簡単だったです。
簡単でした?あっよかった〜。
で…根拠のない自信を持ちながらでも22になっちゃって。
はい。
でもデビュー前もなんかその…ジャニーさんにチャンスもらったんですけどデビュー前に「松竹座」という小屋でちょっと舞台やってみようって言われてそこでお前らもう人気なくなってきてるって正直もう言われたんですよ。
ここでチャンスつかまんかったらもうシャレならへんぞって。
もうこれラストチャンスやぞみたいな。
でそんときにじゃあやりましょかってやらせてもらったんですけどまあお客さんも入らないんです。
3階建ての小屋なんですけどまあ1階ぐらいしか入ってなかったですね。
ジャニーズなのに?そうなんですよ。
僕も思ったんですよ「ジャニーズ」って名前付いたらお客さん入るんちゃうん?って思ってたんですけど。
あははっ!やっぱお客さんはちゃんと見てますね。
やっぱいいものしかついてこないっていうのはそんとき学びましたし。
それは何?横山さん自身も自分たちにちょっと実力が欠けてるかなみたいな感じはあったんですか?やっぱりちょっと賞味期限が切れてきてるのかなっていう。
あっ中途半端な年になってきたと。
って感じはすごい自分の中で思ったことはありましたね。
やっぱ後輩もどんどん出てきてたし。
ここでやっぱりお客さん入れるためにはどうやらなあかんねやっていうのをメンバーで話し合っていろんなことを話し合いましたそんときに。
ここで頑張んなかったらもう賞味期限おしまいだと言われてどうしたんですか?そんときにいろいろしましたね。
だから3階建てだったんですけどお客さん入るためにとりあえず客席に出ようって。
でもその3階に出たところでお客さんいないんですよ。
あははっ!でも3階に出てくれるから3階にも入ろうよってちょっとでも噂になればええかなって思ったりして。
メンバーで決めたの?それは。
メンバーで決めたと思います。
ほう〜。
あとは?どんな工夫をなさったんですか?それこそコントしたりもしましたね。
そんときでもちょっとうけたんですか?お客さんに。
これがめっちゃうけたんですよ。
うけた?はい。
だから僕らのコンサートいまだにコントとかもたまにやったりするんですけどいろんな歓声が混じってますよねたぶん。
あははっ。
いろんなことしてるんで。
たぶんほかのジャニーズと何が違うっつったらいろんなことやってるっていうのは自信を持って言えますよね。
ちょっとその様子が映像にあるそうなので。
ほんとですか。
拝見しますね。
・君と僕をつないだ線が関ジャニのコンサートその最大の魅力はアイドルらしからぬ演出の数々!衣装から構成まですべてメンバーが考えているんです。
なかでもユニークなのが
(横山)クソ!やってもうた〜〜!!
(村上)いや確かに糞はやってもうたけど。
(場内笑い)へえ〜。
それ自分たちで考えたんですか?「エイトレンジャー」はそうっすねまあ僕がやろうって言いだしたんですけどそれは。
あら!横山リーダー。
そこだけはそうですかね「エイトレンジャーやってみぃへん?」ってメンバーにお願いしてそしたらみんなのってくれて「おもしろそうやん」っつって。
ジャニーズの王道じゃないことやってみようやって。
楽しんでもらえたらいいんちゃうんって。
みんな「新喜劇」とかやっぱり好きやったんで。
やっぱりライブをいいものつくればお客さんが増えてくるし認めてくれる。
周りも「こいつらやるやん」って。
毎年ライブはさせてもらってましたねはい。
でだんだんだんだん小屋もおっきくなっていったり地方にも行けるようなったりってしたんで。
僕ら47都道府県ツアーっていうのもやってるんですよ。
全部まわったの?全部まわりました。
ジャニーズでたぶん誰もやってないですね。
ああそう。
それはたぶん僕らが時間もあったし。
時間もあったし…。
でもそこでお客さんとの距離をグッと縮められましたし自信も持ちましたし。
47都道府県をどれぐらいの期間で…。
4か月ぐらいやったっけなぁ。
それは大変ですね。
ライブ終わってそのままバスで移動してで夜中3〜4時に着いてホテルで仮眠して朝からまたライブみたいな。
ええっ!そういうときにケンカが起こったりなんでこんなことを!とかいう…。
なかったですけどもうみんなしゃべらんようになってましたね。
あははっ!疲れて?疲れて。
そうでしょうね。
僕らでもほんま仲良いんすよ。
やっぱちっちゃいときから一緒なんでなんかその…ノリが変わってないというか。
いまだに雑誌とか女の子写ってたら「どれかわいい?」とか言うヤツいますから。
あははっ!もうそろそろええんちゃう?と思いますけど。
もう30過ぎてんのに。
まだやる?みたいなそのノリ。
あははっ!それはありますけど。
はい。
そういうのはまだありますね。
自分たちで試行錯誤してそのチームの色をつくっていった?そうですね。
まさにそうですね。
私なんか外から見てるとやっぱり曲を選ぶのもユニット作るのもどういう仕事をするのも全部事務所がすごいしっかりしてるからその中の与えられたところで頑張ってんのかと思ってたんですけど。
種類が違うんやと思います。
僕ら割かし…いや全開でほったらかされてましたんで。
ほったらかされてたんですか?いやほんま結構ほったらかされてましたよ。
だから逆に自由にできたっていう部分はすごいあるんですけど。
なるほどね。
はい。
だからテレビ局の方にも当時よく「ジャニーズの割にはNGないよね」って。
あははっ!
(横山)すごい言われてたんで。
あっそうなの?ちょっと話戻しますけども関ジャニがデビューしたときの扱いとかも全然地味だったとか?そうっすね。
デビュー当時の記者会見とかはもうすごかったっすね。
すごかった?はい。
逆にすごかったですあれ。
デビュー発表ってジャニーズってすごい華々しいイメージあるじゃないですか。
そりゃそうでしょ。
「嵐」なんかハワイで。
ハワイで…。
嵐はハワイなんですか。
クルーザー乗ってやってるんですよ。
クルーザーでデビュー記者会見?そうっすよ。
僕らレコード会社の屋上でのぼり持って自分の名前の。
(スタッフスタジオ)あははっ!
(横山・スタジオ)「全開で振れ」って言われて。
(スタッフスタジオ)あははっ!
(横山・スタジオ)「アピールしろ」って。
なんでそんなにちょっと虐げられているというか…。
いや分からないんすよほんまに。
その当時はほんまになんでやねん!って思って俺嫌われてんのか?って思いましたけどでもそれよりもやっぱデビューできた方がうれしかったからこれぐらい我慢しようやっていう感じはありましたね。
謙虚な気持ち。
だから初め僕ら演歌でデビューしてるんで。
あっそうですよね。
僕個人の意見ですけどなんで演歌やねん!って正直思いましたけどでもまあデビューできたらええかっていうのが本心です。
だから売り方もすごい演歌の売り方だったんです。
ジャニーズの売り方じゃなくて。
ええ〜!全国巡業?そういうのもだからレコード店まわって握手まわりしたりして。
りんご箱の上に立って…。
ほんまそういうことしました。
レコード屋の店長と握手してCDここ置いてくださいみたいな。
ほんとに!?ほんまにしました。
そんなことしてたんですか?デビュー当時しました。
俺が思ってるジャニーズとちゃう!と思いましたもん。
あははっ!そうよね〜。
(横山)ですよね?木村君こんなこと絶対してへんやんって。
あははっ!
(スタッフ)あははっ!まあアイドルと呼ぶにはやや…。
そうですね。
でもんん〜…アイドルっていう感覚が僕昔からないんすよね。
なんかジャニーズやと思ってるんすよ自分のこと。
「ジャニーズ」って?うん。
なんかいろんなことをさせてもらっていろんなところで吸収できるなって。
人として大きくなるチャンスをすごい与えてもらってるなっていうか。
そうだね。
たぶん歌手をやりたかったら歌手になったらいいやろうし。
うん。
お芝居好きやったら役者になったらいいやろうしって思うんすけど僕やっぱジャニーズなんでいろんなことやりたいからこの事務所好きなんやなってすごい思うんですよね。
ジャニーズという場であらゆる経験をして格好いい大人になりたいっていうことですか?はい。
お母様は今なんておっしゃってんですか?オカン僕亡くなったんですよ。
えっ?あっ…。
亡くなられたんですか?ごめんなさい…。
全然大丈夫です。
ええ〜っと3〜4年前ですかね。
5年前かな?でも関ジャニの活躍はずっと見守ってらした?そうですね。
僕の活動は見てくれてましたね。
コンサートとかも来てくれてたんで。
なんて?めっちゃ喜んでました。
僕がそんとき初めてソロコンを大阪城ホールでやったんですよ。
一人でやってやっぱ1万何人の方が入っててそれをオカンに見せれたんが僕すごい親孝行やなと思って。
その1週間後ぐらいにオカン亡くなったんかな。
ええっ!?
(横山)そうなんすよ。
だからすごいそれは僕にとって最後の親孝行できたとは思ってるんですけど。
最初のきっかけつくったのもお母様なんだもんね。
もうほんとに感謝してますね。
だから僕弟2人いるんですけど。
2人もいらっしゃる?はい。
だからもうちゃんと一人前になるまで責任取らな…。
ちょっとオカンと約束したんで一人前に絶対するって。
弟2人を?はい。
格好いいじゃない。
(横山)格好いいっすか?ふふっ。
そんな男前だとは夢にも思わなかったです。
じゃあお会いしてよかったです。
あははっ!よかったですじゃあ。
はい。
今度なんか番組で博物館…。
そうなんですよ。
特番なんですけどもまあ大変でした。
あははっ!もう企画内容がどバラエティーすぎて。
僕1つやった企画が薄毛の人の髪の毛を集めて1本の筆を作ろうっていう。
えっ?ふふふっ。
スタッフさんにもちろん言われて「横山君がリーダーシップ取ってやってくれ」って言われて。
なんで?と思ったんすけど。
うん。
だから新橋でこの前「募金」ならぬ「募毛」っていうのをやってきたんですよ。
あははっ!「薄毛の方毛をくれませんか?」って。
やったんですか?やったんですよ。
結構くれましたよでも。
あははっ!
(横山)はい。
ではそろそろもう一曲。
今横山さんを元気にしてくれる一曲はなんですか?ええ〜ケツメイシの「東京」という。
ケツメイシ。
ほう。
車とかで聴いたりするんですけどまあ楽屋とかも…。
最初に出会ったのはどこだったんですか?友達に「東京行ってるんやろ?」とか…やっぱ地元の友達に。
「この曲ええで」ってお勧めされたんすよ。
それからなんかめっちゃ好きですね。
あっ俺東京で頑張らなって思わせてくれる曲ですね。
これは?はい。
んん〜…。
んん〜。
グッときますね。
きますよね。
ねえ特にやっぱり東京で生まれ育ってないと…。
そうですね。
やっぱり東京で頑張るんやって思わせてくれる曲ですよね。
うん…。
東京の人間はどうですか?ちょっと嫌だなとか。
嫌だなは全然ないです。
なんかプロやなっていうか。
なんかやっぱ仕事一生懸命やなって思いますよね。
みんな頑張って働いてるなって。
負けんようにやってるなって。
何をおっしゃいますか関ジャニの横山さんだって頑張ってるじゃない。
そうですか?うんふふふっ。
いやそんなことないですよ。
そんなことないです。
まだまだですもん。
これからこういう歌も作ったら?そうですよね。
やっぱり僕らしか歌えない歌っていうのももちろんね出てきてると思いますから。
こういう歌も歌えるようなグループになりたいですよね。
え!?と思って…。
2015/02/28(土) 07:30〜08:00
MBS毎日放送
サワコの朝[字]【横山裕/関ジャニ∞▽亡き母に捧ぐ…】
ゲスト・横山裕(関ジャニ∞)▽「俺が思ってたジャニーズと違う!」横山裕が振り返る、夢と葛藤の日々。阿川佐和子がゲストの意外な側面や表情を引き出します。
詳細情報
お知らせ
★☆★来週3月4日(水)よる7時〜は★☆★
3時間スペシャル番組『関ジャニ∞博物館』が放送!!
関ジャニ∞が北海道から沖縄まで全国を奔走!
前代未聞“究極の一点モノ”を作る!お楽しみに!!
番組内容
ゲストは関ジャニ∞のメンバー・横山裕さん。昨年デビュー10周年を迎えた関ジャニ∞、その道のりは苦労と努力の連続でした。建設会社に就職という、アイドルとしては異色の経歴も持つ横山さんが、当時の思い出を振り返ります。
ジャニーズJr.時代の焦りや、念願かなってデビューしたもののジャニーズらしからぬ苦労…そんな彼らがトップアイドルに上り詰めるきっかけとなったのは、ある人物の一言だった。ぜひご覧下さい!
出演者
【司会】
阿川佐和子
【ゲスト】
横山裕(関ジャニ∞)
1981年5月9日、大阪府生まれ。
1996年、ジャニーズJr.として活動を始める。
2004年、関西地区限定シングル「浪花いろは節」でCDデビュー。
2007年、ジャニーズ事務所初となる全都道府県ツアーを開催。
2012年、「関ジャニ戦隊∞レンジャー」が映画化。NHK紅白歌合戦に初出場。
2015年、3月4日(水)放送「関ジャニ∞博物館」
制作
【製作】MBS TBS
【制作協力】TBSビジョン
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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