開運!なんでも鑑定団【老舗の味噌蔵から出た謎の妖怪画】 2015.03.03


こんばんはさぁ「鑑定団」始まりました。
最近は一人でいろいろ行動することに慣れてきましたよ。
映画館も一人で行ってます最近。
一人で映画とか観れたら楽やなと思いましたね。
後輩連れて3人で行ったりとかしたらほんまにこの映画をこいつ観たいんかなとか思っちゃうんで。
やっぱり先輩が奢るから何観たい?って言うても何でもいいですって。
で一緒に行った映画が僕はおもんなかったとするじゃないですか。
いまいちやったなあの映画って言っていまいちでしたねって言われたらそれはそれで腹立つんですよ。
小学2年生から野球を始めるとメキメキと上達し名門津久見高校に入学。
3年生のとき…
すると150キロ近い速球を武器に次々と三振を奪い本格派右腕として活躍。
1993年の日本シリーズでは2勝をあげ見事チームを
しかしその後は度重なるケガに泣かされ成績は低迷。
その際野村監督のアドバイスでシュートを覚え打たせて取るピッチングに変えたところ見事よみがえり1998年には17勝をあげ最多勝利投手に輝くとともに沢村賞も受賞しました。
巨人戦にめっぽう強くついたあだ名は巨人キラー
メジャーのレッドソックスからオファーがあったものの…
との思いから国内に残留。
しかし中日ドラゴンズに移籍した1年目春のキャンプで肩を痛めその後は…
その年就任したばかりの落合監督がなんと川崎投手を先発に指名するという奇策を採用。
ファンはもちろんのこと野球関係者にとっても驚きの采配で復活を印象づけるには格好の大舞台でしたが残念ながらかつての球威はなく2回持たず5失点で降板しました。
この年の10月惜しまれつつ引退
その後はスポーツ番組の解説者やブルペンコーチを歴任。
更なる活躍が期待されています
昔のヤクルトとかそうなんですけどねかなり酷な…。
依頼人の登場です。
東京都からお越しのどうぞこちらのほうへ。
やっぱり我々はヤクルトのイメージですもんね川崎さんは。
そのイメージがやっぱり強いでしょうね。
強いですけども。
でもやっぱりメジャー行くより巨人倒したかったっていう。
そうですね。
それもやっぱり星野さんのひと言で巨人だけには勝ってくれって言われて。
星野さんほんと巨人嫌いなんですね。
いや嫌いじゃないと思いますよ…。
それでは拝見しましょうこちらです。
あら。
鞍です。
鞍ですよね。
僕が現役のときに幸騎手に対談っていうのがありましてそこで知り合ってG1をとったら俺のグローブと交換してくれっていうことを前から話をしてたんですよ。
これがまた3冠とった鞍なんですよ。
これ馬は何ていう馬やったんですか?これはスティルインラブっていう。
スティルインラブ。
これなんかサインとかしてもらってるんですか?サインはしてます。
これどこにサインあるんですか?サインはここに…広げて。
すごいですよね。
ほんとだ。
あぁ。
あっほんまや「3冠達成」。
そのグローブっていうのはなんかいわくがあるやつですか?いやいやまったくないです。
G1優勝と普通のグローブ?そう…。
日本一になったときのグラブとかそれやったらわかりますけど。
こんなんに乗ってんねや。
普通革だけみたいなイメージでしたけどね。
うんそうですね。
こんなちょっとヤンキーの自転車みたいな。
番組で乗ったんですけど競馬馬めちゃくちゃ怖いですね。
乗馬の馬と全然違います。
さぁご本人の評価額ですがおいくらくらいでしょうね?これは30万円。
30万?はい。
それではまいりましょうオープンザプライス。
それくらいはね。
ええ。
あら50万!
(拍手)たいへんすばらしいお宝だと思います。
スティルインラブは史上2頭目の3冠牝馬。
現在までに4頭しか誕生していない偉大な記録です。
2003年の牝馬3冠路線は幸騎手騎乗のスティルインラブと武豊騎手騎乗のアドマイヤグルーヴこの2頭のライバル対決これは今でもファンにとっては語り草になってます。
スティルインラブとコンビを組んだ幸英明騎手は今でこそ関西のトップジョッキーのお一人ですけれどもその当時はまだデビュー10年目の中堅騎手でした。
その幸騎手にはじめてG1タイトルをプレゼントしたのがこのスティルインラブだったわけです。
鞍は既製品ではなくてオーダーメード品です。
この鞍自体お値段は恐らく5万円くらいのものだと思います。
鐙鐙革騎座についてるムートンカバー幸騎手直筆の3冠達成の文字と日付とサイン。
お宝としては完璧な状態で残ってると。
どうですか?僕のなかではもっと高いですよ価値は。
自分のなかではね。
30万いうといて50やのにまだ不満なんかな…。
気持のなかでの価値ですもんねなるほど。
番組のほうも最後まで楽しんでいってください。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
続いては…
明治から昭和初期にかけて製糸業で栄えたこの町は古い蔵や商家などが今も軒を連ね昔ながらの風情を残しています。
その一角に佇む塩屋醸造にお伺いしました。
幕末の頃から味噌醤油を製造販売してきた老舗です。
広い敷地内には…
中では今年最初の味噌の仕込みが行われていました。
次なる依頼人は大豆の蒸し加減を確かめているこの方塩屋11代目…
昔ながらの味を守るため大豆には特にこだわりがあり同じく長野県安曇野産のものだけを使っているそうです。
蒸した大豆はその後細かく砕いて米麹と塩を加えこの大きな木桶でおよそ10か月間じっくりと熟成させます
これからも頑張ってください
自宅の蔵を改修するため中に置かれていた品々を整理していたときのこと。
戸棚の中から古い紙に包まれた今回のお宝を発見。
いったい何だろうと思い開けてみると…
その後詳しく調べたところどうやらそれは5代前のご先祖吉之助さんが手に入れたものらしく
ご鑑定よろしくお願いいたします。
依頼人の登場です。
長野県からお越しのお願いします。
よろしくお願いします。
いやぁもう大変ですねでもね。
古なったからじゃあ造り替えようかっていうわけにいかないんですもんねその菌が。
そうですね。
10年前に私後を継いだんですけどずっと工事をしてます。
常に直してますはい。
お宝拝見しましょうこちらです。
えっ?何ですか?これ。
ほんまや妖怪や。
今流行ってますからね妖怪。
さすがにウォッチはない時代ですね…。
これなんであったんですか?まったく引き継ぎがなかったんですね。
お恥ずかしい話なんですけど親子でいろんな商売やってるとどうしても仲悪くなりますよね?いや知らないですよ。
その事情は私は知らないです。
ほとんど会話がなかったんですね。
ほとんど会話がない?えらい赤裸々に言いますね全部。
お恥ずかしい話なんですけど。
言うたら老舗ですし自分の意見もなかなか言えなかったり。
そういったことですねはい。
あんまりそういうコミュニケーションみたいなの全然?まったくなかったですね。
ですから古いものも含めて一切何も言わずにあの世へ逝っちゃいましたのでちょっと私も何のことかさっぱりわからずにですね。
今回でもこれ鑑定してすごい高価なものやったらどうしますか?新しく改装した蔵で飾ってみようかなと思ってます。
妖怪が見守る味噌みたいなね。
今やったら売れそうでっせ新商品。
古刹岩松院本堂の天井画…
かの葛飾北斎が88歳のときに描いた傑作である
そしてこの絵を北斎に依頼した人物こそ誰あろう…
生家は穀物塩酒造業を手広く商う豪商であった。
そのため幼い頃から何不自由なく育ち…
幕末三筆の一人貫名海屋に書を岸駒岸岱親子に絵を梁川星巌に詩を佐藤一斎に陽明学を学び当代一流の人々の薫陶を受けた。
更に藤田東湖佐久間象山横井小楠と親しく交わるうちしだいに尊王攘夷思想に傾倒するようになった。
父の他界により家督を継いだのは1840年35歳のとき。
この頃高井家は更に栄え100名を超える使用人を抱えていた。
しかし鴻山は家業を弟に任せ相変わらず詩作や絵に没頭。
そのため日本各地から鴻山を慕い訪ねてくる文人が引きも切らず鴻山もまたこれを手厚くもてなした。
北斎もその一人で1842年から6年の間に四度も鴻山のもとを訪れ鴻山の依頼によりさまざまな大作を残したのであった
その鴻山が晩年好んで描いたのが妖怪画である。
しかしそこにはドロドロした不気味さはまったくなくむしろ世俗を超越した山水画の如き清らかさが感じられる。
鴻山にとって妖怪は決して忌むべき存在ではなかった。
それは鴻山が自らの来し方を顧みて志半ばで逝った師知人友人たちそして短命に終わった愛娘を追慕し彼らと言葉を交わすような思いで描いたからであった
改めて依頼品を見てみよう。
高井鴻山の妖怪画である。
その筆運びは実に見事でおそらく一気呵成に描いたものであろう。
上の賛には「形をなさず真っ暗ななか物にとりついてもののけとなる。
雨は窓に打ちつけ風は戸を動かす。
すべて形のないものから姿を現したものだ」とある
さぁご本人の評価額ですがおいくらくらいでしょうか?これに合わせて桐箱を実は特注で作ってしまいまして…。
えっ鑑定前に?鑑定前に作ってしまいました。
鑑定してからでいいじゃないですか桐箱…。
ですからせめて100万は欲しいかなと思ってます。
わかりました。
さぁそれではまいりましょう。
オープンザプライス!あっ200万!
(拍手)やはり…。
鴻山といえばこういった妖怪の絵というのが非常に有名なんですけども色鮮やかなものと墨画のものですね。
そういったものに分かれます。
彩色のものというのは比較的若い年代のときに細密に描かれています。
晩年になってくるとこういった墨画になって非常に表現があいまいになって混沌としていくんですけどもこの作品自体も最晩年近い作品だというふうに思います。
妖怪を描いていますけどもまったく暗さがないんですね。
非常にユーモアがたっぷりあってうまいと思います。
違う作品の詩のなかで私の妖怪の絵は狩野派とか土佐派にも影響は受けたくないっていうふうに書いている作品があるんですね。
確かに絵を見ると誰のまねもしていない。
鴻山独自の描き方妖怪であるということがいえると思いますね。
これだけ大きいものというのはあまり見たことがないですね。
ですから非常に珍しいことだと思います。
秋くらいに妖怪味噌が発売…。
いいですかね?えぇ頑張ります。
ぜひ頑張ってください。
大事にしてください。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
お宝列島日本縦断
今回の舞台は霊峰白山のふもとに広がる…
その歴史は古くこれまで
その一つ秋常山1号墳は全長140mの前方後円墳で北陸最大級の規模を誇る。
ここからは国内最古の文字が刻まれた須恵器が出土しており文字の地方への普及過程を解明する有力な手がかりとして高く評価されている。
江戸時代後期再興九谷の窯が次々と開かれると九谷庄三などの名工を輩出。
明治時代は九谷焼の輸出で大いに栄えた。
その技法は連綿と受け継がれており現在では
100年もの間続いてきた九谷茶碗まつりはゴールデンウィークの風物詩で格安の品を求め全国から20万人もの人々が訪れる。
一方九谷焼資料館では江戸時代から現代に至るまでの九谷焼の名品を時代別に展示しておりその魅力を間近で味わうことができる。
色絵古九谷の鉢の前に佇みその美しさに感嘆しきりなのは本日の鑑定士…
早速いってみよう!
(2人)出張!なんでも鑑定団IN能美!!
(拍手)
まずは骨董を飾るために蔵を建ててしまったどんな蔵を建てはったんですか?
古い蔵の持ち主を三十数年かけて口説き落とし8年前自宅に移築したところ思いのほか費用がかかってしまった
いくらやったんですか?なんぼやったんですか?
しかし中に入るとまるで美術館のようで我ながらとても気に入っている
お宝は…
20年ほど前なじみの骨董商から購入したもの
いくらやったんですか?
人物の表情がすばらしいと思うが大勢いるので…
本人評価額は買ったときと同じく100万円。
実はこの花瓶は特に大事にしており割れるのが怖くて蔵に飾ったことは一度もない。
果たして結果は?
ジャカジャン!
大幅アップ!
清水美山という人は九谷庄三のもとで働いている画工ですね。
秀石という人に手ほどきを受ける。
めきめき腕を上げるんです。
これは京都の祭礼の図でしょう。
この人物はおそらく75人いると思います。
全部様子が違う。
極密ですね。
それからこの裏のこの絵がいいね。
桃太郎の絵ですよね。
その桃太郎の顔の初々しさ。
美山の功績というものは盛金といって金が高く盛ってあるような描き方。
それを開発するんですね。
地元の名品大切にしてください。
蔵のほうに展示されてみんなに見てもらいましょう。
あっそれは違うんですね。
わかりました。
続いては老舗旅館の女将創業何年くらいの?ほ〜!女将は何代目?
1,500坪の野趣あふれる日本庭園とそれを見下ろす展望露天風呂が大人気とのこと
鑑定団割引っていうのはきくんでしょうか?あ〜そうですね…。
そんな簡単に言わんほうがいいですよ。
お宝は…
十数年前近所の骨董商に旅館にぴったりのものがあると勧められ大女将が購入したもの。
値段は100万円だったと記憶している
私は横で見ていただけなんですけど…。
大女将が買っているのを見てました。
その後20万円かけて表装を直し現在は毎年正月にだけロビーに飾っている
じゃあお客さん来られたら
本人評価額は購入額に表装代を足して120万円。
もしもこれが偽物なら老舗旅館の名折れになってしまうのでそれだけはなんとか避けたいが。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
う〜ん残念
がっかりです。
江戸末期くらいに狩野派をたしなんだ方が描かれたんだと思うんですね。
探幽の描く人物の顔ってやっぱり品格があるんですよね。
真ん中の寿老人の顔なんか見ますと優雅さとかいうのがまったくない。
それから絹が見るからにかたいんです。
やはり300年たった絹っていうのはもっと柔らかみが感じられる。
ただ絵自体に傷みというのはないですしお正月に飾って大事になさっていただきたいと…。
続いては10年前から古いおもちゃを集め始めたもともとお好きだったんですかおもちゃは。
自分が遊んだ時代のときのもの。
その時代って何ですか?そうそうそうですよ。
特にゴジラが大好きで同じものをついつい何個も買ってしまう
家族の方何も言いません?
お宝は…
ちっちゃ。
去年インターネットオークションで古いおもちゃを探していた際発見。
日本で最初のブリキのロボットと書かれていたため急に欲しくなり落札してしまった
いくらで?5万円…5万3,000円…。
5万3,000円。
昭和20年代に作られたらしいが今でもちゃんと動く
動いた動いた。
動きましたね。
5万3,000円が歩いてきてますよ。
本人評価額は買ったときと同じく5万3,000円。
こんな小さなものに5万3,000円も使ってしまった。
目の前で妻が見ているので内心ひやひやしているが…。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
よかった!
やった!1948年から1955年の間にかけて作られた日本製のロボットなんです。
今から30年以上前は日本初世界初のぜんまい仕掛けのロボットとそう言われていたんです。
そうしたらリリパットロボットっていうのが出てきてこれより古いんじゃないかなということなんです。
この時代のものは「OCCUPIEDJAPAN」。
刻印が入っているのが普通なんです。
それがこれは「JAPAN」しか入ってないんです。
おもちゃ工場のご主人が「OCCUPIED」という言葉をとにかく入れるのが嫌だとかたくなに入れなかったわけです。
それでこれは前期中期後期と3パターンあるんです。
それは中期のやつなんです。
いちばん大きな違いは左手が曲がってるか曲がってないかなんです。
箱がないのが残念ですけどね。
箱があると10万円以上します。
続いては民謡が得意な民謡が得意なんですよね。
じゃあその民謡を披露していただけませんでしょうか?「松に竹梅彩り添えて」「さかへつがれるさかへつがれる九谷焼」
お宝はこちら
これはどういったお宝でしょうか?ということは?
40年ほど前京都を旅行した際手に入れたもの
誰と行かれたんですか?違うんですか。
たまたま通りかかった骨董店の陳列窓に飾られていたこの鉢にひと目ぼれ。
そこで夫の顔色をうかがうと
旦那さんがねはいはい。
店内に入り実際に手に取るとますます気に入ってしまった。
すると夫が
でいくらやったん?うわ!えっうわってなったでしょう?値段聞いて。
誰?誰…。
40年前にちょっと京都旅行いくので60万持ってんのおかしいですよ。
本人評価額は84万円。
そのわけは
年齢かいな!
夫はごく普通のサラリーマンだったのでかなりの出費だったはず。
もしも偽物ならいずれ天国で土下座して謝らなければならないが
40年ほど前亡き夫と京都を旅行した際骨董店でひと目ぼれ。
夫に頼み込み60万円で買ってもらった。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
これはすごい
びっくり!これ珍しいですね。
仁阿弥道八の最も得意とした彫塑的な作品を桐の葉っぱでもって作ったんですね。
桐の葉っぱを粘土の板の上にペタッと押してそしてそのとおりにヘラで切り取って葉脈がきれいに出ておりますね。
半分を銹絵いわゆる鉄釉にして半分をちょっと青みがかった白濁釉にしてそして全体に金の泥を散らしてある。
裏にね法螺貝の判子が押してある。
薩摩の島津公が法螺貝をくださる。
それでそれを記念して判子にしたんですよね。
大切になさってください。
どうもありがとうございます。
続いては日中パークゴルフと囲碁を楽しんでいる今おいくつですか?は〜お元気ですね。
ちなみに好きな食べ物は何ですか?あのべつに回転言わんでいいです。
パークゴルフは腕前のほうはどんなものなんですか?年のわりにいいと思うよ。
昼間は囲碁して夜はどうしますの?いやごめんなさい何がそんなにおかしいんです?
お宝はこちら
誰の作品でしょうか?はい。
製薬会社を営んでいた祖父が遺したもの。
大の骨董好きで膨大なコレクションを持っていた。
15歳の頃掛軸の虫干しを手伝っていると祖父がこの掛軸を指差し
祖父亡きあと自分が受け継いだが表装が傷んでいたので
すると見違えるほどきれいになり改めて鉄斎にほれ込んでしまった
遠くから見るとね何とも言えんですね。
近くで見てみたらちょっと近くで見たらどう思う?鉄斎だね!
本人評価額は堂々の500万円
500万ですよ!おっ!いやわかってたでしょう!
遠くからでも近くからでもよく見えるということは名画の証拠。
絶対本物間違いなし。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
あちゃ〜
鉄斎ではございませんでした。
鉄斎という人はやはり自分の精神の発露としての1つの絵ができる。
そういう重々しさを感じるんですけれども奥行感重量感がやはり絵にはない。
一見力強く見えるんですけれどもただ書きなぐっているといった表現になっていると思います。
漢詩が書いてあるんですけれども。
「道があっても行けないのだったら酒でも飲んでいるほうがいい」と。
「口があっても言うことができないんなら眠っているほうがましだ」。
というふうな意味合いのようですけれども絵を見るとそれに関連した部分というのが見当たらないですね。
悔しいです…。
最後は10年前脱サラしそば屋を始めた古いものが好きで全国を回ってましてそのなかで
こちらがそのそば屋手打ちそばはもちろん自信があるがメニューにはスイーツもありこのそば茶プリンが大人気とのこと。
早速試食させていただいた
あっ!うわうまい!ほんまにそばの香りがもう…ほのかですね。
ええ口当たり!
お宝は…
アニメ放送のスポンサーだったサンヨーの懸賞品
十数年前に骨董屋さんで数千円で手に入れたと思います。
どんどん増えてしまい…
今何点くらいあるんですか?えっ1,000点もあるんですか!?はい。
どこに置いてるんですか?専用の部屋もあるんですが一部子供部屋に…子供に了解とって置かさせてもらってます。
それは迷惑やわ。
本人評価額はこのくらいはするはずと10万円。
あまりの数の多さに家族から大ひんしゅくを買っているのでここでなんとかいいところを見せたいのだが…。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
ダウンするも大健闘
状態はすごくいいです。
1965年にテレビで放映されたわけです。
それですごく人気があるということで翌年三洋電機がですねポータブル蓄音機それを5,000円で当時販売したんです。
それを買うと引換券みたいのがあってそれを送って運がいいとこれが当たるものなんです。
これが特等なんですよ実は。
ただしこれプラスチックなので割れたりだとかだとかねちょっと傷がついたりするものが多いんですけどもう完璧ですね。
出張鑑定IN能美はこれにて無事閉幕
続いては埼玉県深谷市から。
こちらの中島建設にお伺いしました。
次なる依頼人は社長の…
するといきなり…
視線の先には竹とんぼが。
実は不思議な動きをするそうで…
昼休みを利用して遊んでいるところです。
ということは…
名前のとおりおもしろいですよ。
もう一度お願いします
帰ってきました。
おもしろいでしょ?
作り始めたのは…
モンゴルの友人から日本のおもちゃが欲しいと言われたことがきっかけでした
もの作りが好きだったものですから手作りで竹とんぼを作って送ったところ大好評だったんです。
それで楽しくなっちゃいまして試行錯誤を重ねているうちにたまたまみたいな感じのときがありまして。
どうやら羽根の重さのバランスが重要だということがわかり手に持った感覚だけを頼りに作り続けること数か月…
勢いそのままに展覧会を開くと偶然映画関係者の目にとまり…
その映画がこちら
じゃあご苦労さん。
なんとセリフあり!
母ちゃんコンニャク届いた。
そして登場人物の手に確かにブーメラン竹とんぼが…
すごいですね。
ところで…
四十数年前に
しかしそのときは丁重にお断りし以来家宝としてとても大事にしてきたのですが…
実はですね先ほどのブーメラン竹とんぼなんですがそれがですね100万以上かかるということでもしこれが高ければですねその費用に充てようと思ってます。
鑑定よろしくお願いいたします。
いったいどんなものなのか?
依頼人の登場です。
埼玉県からお越しのお願いします。
どうぞこちらのほうへ。
すごいですねきっかけが。
モンゴルで作ってくれって。
「サイタマノラッパー」に出てるんですね。
そうですねはい。
ねぇ有名な映画。
監督が見つけたんですか?たまたまそんなら。
そうですねはい。
へぇ。
これ使おうかってなったんですか?はい。
何がきっかけかわかんないですね。
わかんないですね。
ちょっと持ってきてるんですか?持ってきました。
こんなちっちゃいもんなんや。
ちょっとブーメランやってくださいよ。
やってみますか。
じゃあよし。
(歓声)あ〜戻ってきた。
あららら!すげえ。
すごい。
わぁ!もう今日はこのまま帰ってもらいたいくらいですけども…。
じゃあこちら。
あっわぁすごい!呂宋壺という…。
呂宋壺?大河ドラマで『黄金の日日』という…。
お〜知ってますわ。
ちっちゃいとき見た。
それのときに出てくる壺にすごく似てるというので。
じゃあ『黄金の日日』の時代の壺っていうことですか?秀吉とか。
だといいんですけど。
誰かに見せました?この壺は。
『黄金の日日』のときに新聞記者の方がこれもしかしたら呂宋壺か!?という…。
「!?」のやつですね。
そうですはい。
新聞とか載ったら見せてくれとかならなかったんですか?来ましたいっぱい来ました。
いっぱい来るでしょ。
何かお宝との思い出ありますか?床の間にあったんですけどテストが悪いとですね答案用紙をそこに隠したりとか。
ゴミ箱で使ってたりとかですね。
なるほど。
ゴロンとなってこうやったり。
よく割れなかったなと思いますけどね。
一緒にこうやって転がったりしてたんですか?はいやってましたちっちゃい頃。
すげえ遊び相手ですね。
はいそうですね。
鎌倉時代臨済宗の祖栄西が中国から持ち帰った抹茶。
当初は二日酔いを治す薬とされていたが徐々に和歌や連歌を催す会所で喫される嗜好品となった。
その際産地から取り寄せた茶葉の保存に用いられたのが茶壺である。
当時は絵でも茶器でもすべて中国からもたらされる唐物がもてはやされており当然茶壺も例外ではなかった。
しかしこれらはもともと香辛料などを運ぶための雑器で芸術性は皆無であった。
ところが室町時代になり村田珠光が侘び茶を創始し華やかな茶の湯が廃れると狭く質素な空間茶室が深い意味合いを持つようになりそこに茶壺をさりげなく飾り素朴な味わいを楽しむようになったのであった。
更にこの茶壺の価値を画期的に変えたのがかの織田信長で信長は上洛すると足利将軍家伝来の茶道具の蒐集に血道を上げそれらを恩賞として用いたほか家臣が勝手に茶の湯を行うことを禁ずるいわゆる御茶湯御政道を行った。
これにより茶道具の名器は一国一城に値するまでになったのであった。
なかでも茶壺は城の公式行事の場大書院で最も格式高い床飾りとして用いられたため大名たちにとって垂涎の的となったのであった。
この流行は信長のあとをうけた豊臣秀吉により更に拍車がかけられた。
呂宋壺はこの頃日本にもたらされた茶壺でこのルソンとは現在のフィリピンを指すがこれもまたもともとは中国で作られたものであった。
伝承によると和泉国堺の商人納屋助左衛門は16世紀の末一攫千金を夢見てルソンに渡った際とある港町で日用品として使われていた壺が日本で珍重されている茶壺によく似ていることに気づきすぐさま二束三文の安値で大量に購入し帰国。
ほどなく秀吉に謁見が許された際数々の交易品とともに恭しく50個の壺を披露すると秀吉は大いに喜び高値をつけて大名たちに買い取らせたため助左衛門は一夜にして巨万の富を得たというのである。
その額は現在の価値に換算するとおよそ12億円に上ると言われている。
真偽のほどは定かではないがこの逸話により他の茶人たちもこぞって買い求めたため呂宋壺は類まれな名器として後世まで語り継がれることとなったのである。
改めて依頼品を見てみよう。
呂宋壺である。
高さはおよそ30センチで口の周りには耳が4つ。
たっぷりとした黒い飴釉に覆われたその姿は実に素朴で味わい深い
ではご本人の評価額はおいくらでしょう?300万!300万!夢を見たいと思います。
夢を…。
ためましたね今。
いきますか300万で。
まいりますオープンザプライス!さぁこい特許!あ〜!!これか!びっくりしました。
崩れ落ちましたね。
そしてすぐ立ち上がりましたね。
今から300年くらい前の17世紀から18世紀にかけて中国の南方沿岸地方で焼かれたこうちの壺なんです。
これはおそらく当時ね中国の紹興酒とか食品を入れて船積みをして東南アジアあるいは日本に向けて輸出した交易用の壺なんですよ。
呂宋の壺っていうのは豊臣秀吉が亡くなる慶長初期までを古渡といってその頃のものはもっと薬が薄くて景色があって形がいいんです。
で大名道具として一国一城に換えられたわけですね。
ところが江戸時代に入って茶壺の鑑賞の風潮っていうものは廃れてしまう。
いいものは蔵に入れられてしまってそれから交易用に入ってくる壺はすべて古渡も新しいものも呂宋の壺と一括して呼ぶようになってしまう。
そこに間違いが出て講談やなんかでこけ猿の壺なんていう話まで生まれて全部それ江戸時代に入ってきた雑の壺なんですね。
ただ言えることはね気取りのないおもしろさがあるんですよ。
鑑賞するにはよろしいかと思います。
3万…でも手付けくらいにはなんかその…。
もういいんです。
いいんですか?特許取らずに。
何もかも諦めそうになってるじゃないですか。
ダメっすよ!はいわかりました。
大丈夫っすよ。
とりあえずこれでまた一攫千金狙いましょう!狙います!ありがとうございました。
ありがとうございました!ありがとうございました。
また来週です。
川崎さんありがとうございました。
2015/03/03(火) 20:54〜21:54
テレビ大阪1
開運!なんでも鑑定団【老舗の味噌蔵から出た謎の妖怪画】[字]

幕末創業の老舗醸造元の蔵から出て来た奇々怪々なお宝とは?自ら考案した“ブーメラン竹とんぼ”の特許申請費用の為、家に伝わるお宝を手放すことを決意。果たして結果は?

詳細情報
番組内容
<大河ドラマにも出て来た!桃山期の名品とは?>
お宝は、50年程前に祖父が手に入れた「呂宋の壺」。40年程前、当時の大河ドラマで良く似た物が登場し、更に新聞にも取り上げられた為、家中大騒ぎ。以来家宝として大切にしてきた。
番組内容2
依頼人は建設会社を営む傍ら、7年前に考案した世界初の“ブーメラン竹とんぼ”の製作に熱中しており、その特許申請費用捻出の為にお宝を手放すことを決意したのだが…
果たして夢は叶うのか!?
出演者
【司会】石坂浩二・今田耕司
【ゲスト】川崎憲次郎
【進行アシスタント】吉田真由子
【出張リポーター】石田靖
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな
【鑑定士軍団】
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)永井龍之介(「永井画廊」代表取締役)
田中大(「思文閣」代表取締役)
森雄一(「馬小屋」店主)
ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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