最近幸せを感じた事はありますか?日本人の幸福度は先進国で最下位。
幸福度が年々下がっているというデータもあります。
ところが今ネットの世界で乗ると幸せになれるというタクシーが話題となっています。
「毎日頑張ろうと思う」。
「充実した時間でした」。
「パワーをいただきました!」。
乗った人がみんな幸せになれるってどうしたらそんな事ができるのでしょうか。
もしかしたら私たちが見逃している幸せになるヒントがそこにあるのかもしれません。
私たちはその一台を探す事にしました。
「幸せのタクシー」。
東京都内を走るタクシーはおよそ5万台。
でも「幸せのタクシー」で分かっているのは東京のどこかを走っているという事だけ。
まず私たちは実際に乗ったという人を探してどんなタクシーなのか聞いてみる事にしました。
ブログに「あんな楽しいタクシーは初めて」と書いている人がいました。
(取材者)こんにちは。
(2人)こんにちは。
栗林将也さん・弘美さん夫婦です。
乗ったのは自宅の近くでした。
どっちか定かじゃなくて…。
(取材者)どっちから来たんですか?
(将也)今ちょうど来るんですけどこんな感じで…タクシーが。
(取材者)あぁ〜。
時間は夜7時。
友人との待ち合わせ場所に行くため呼び止めました。
至って普通のタクシーにしか見えませんでしたが乗り込むと…。
カセットテープが山のようにあってしかもラジカセが車に積んであってタクシーの中に。
でラジカセでかけてくれるっていうとってもスペシャルな。
運転手さんに年齢を聞かれ30代と答えるとたくさんのカセットテープから一本を選びカセットデッキに。
(「サンキュ.」)・「何も聞かずにつきあってくれてサンキュ」流れてきたのはDREAMSCOMETRUEの「サンキュ.」。
愛し合っていたカップルが相手に感謝の気持ちを表す歌詞。
ちょうどこの時栗林さんたちは結婚して2週間でした。
・「笑っちゃったじゃない」・「…来てくれて良かった」2人にとって思いがけないプレゼントになりました。
・「何も言わずにつきあってくれてサンキュ」
(弘美)気持ちのいい空間にいたっていう…夢の中っていうか。
朝起きて「あ〜昨日気持ちいい夢見たな」みたいな感じの記憶が残ってますね。
音楽をきっかけに運転手さんとの会話が弾みました。
栗林さんたちは結婚した時のエピソードや仕事の事などたくさんの話を聞いてもらいました。
車内で栗林さんたちが見つけた運転手さんのファイルです。
そこには世界中の「ありがとう」の言葉。
外国の人にその国の言葉で感謝の気持ちを伝えるためのものでした。
(将也)おもてなしだねおもてなしですよこれはね日本人の。
心がこもっていたりとかなんかこう「仕事」っていうくくりじゃないっていうかなんかこう…自然なんですけどすごい伝わってくるものがある。
なんかこうあったかい感じっていうか。
幸せな時間はタクシーを降りたあとにも続いていました。
手作りのアクセサリーを販売して生計を立てている栗林さん夫婦。
収入は不安定で当時このまま続けていくべきか悩んでいました。
「幸せのタクシー」に乗って好きな事を仕事にできる幸せを改めて感じたといいます。
ありがとう。
ありがとう。
タクシーに乗った時にすごく好きで楽しんでるっていうところがすごい伝わってきたので私たちもやっぱりやりたい事をやって好きな事を仕事にしてそれでいいんだっていう。
すごくシンプルな答えなんですけどなんかそれは…常に思うようになりましたね。
2人の話を聞いて「幸せのタクシー」に会いたい気持ちがますます強くなりました。
(弘美)これがその写真なんです。
タクシーを降りた時に撮ったという写真です。
「幸せのタクシー」が写っていました。
「川口タクシー」という文字。
車体の番号から渋谷の個人タクシー組合に所属している事が分かりました。
川口さんが所属している渋谷の組合を訪ねました。
(取材者)すいませんNHKの者なんですけど…川口さんは個人情報を一切公開せず予約も受け付けていないという事でした。
どうしても「幸せのタクシー」に会いたい。
私たちは他のタクシーに聞いてみる事にしました。
有力な情報は見つかりません。
(取材者)ネット上で「タクシー乗ったら幸せになる」っていうのうわさになってるんですけど…。
聞き込みを重ねていると「川口さんは知らないけれど探すのを手伝いたい」という運転手さんに出会いました。
タクシー歴25年の…
(本城)「幸運のタクシー」って呼ばれるという事は…。
自分でもほんと乗ってみたいですねそのタクシーに。
(取材者)すいません失礼します。
はい。
早速タクシーが集まっている場所に連れていってもらいました。
この辺りもタクシーが結構止まって待機しているんですけど。
走りだして40分。
本城さんが見つけた運転手さん。
なんと25年前に川口さんと同じ野球チームにいたそうです。
(取材者)知ってらっしゃいました?分かりました。
居場所が分かりました。
今の時間は洗車してるって言ってました。
車。
(取材者)ただいま?今の時間?今行けば洗車をしてるって。
(取材者)あっそうなんですか。
じゃあ行きますか。
99%いるだろうと言ってましたよ。
(取材者)マジっすか。
川口さんがよく利用しているという渋谷区内のLPガススタンドに向かいました。
ここですね。
あっあそこ個人タクシーが2台ぐらい止まってるからあの中にいるかもしれないですね。
(取材者)あっこんにちは。
すいませんあの〜今…
(取材者)川口さんタクシーご存じないですか?
(取材者)そうですそうです。
2年前このスタンドはガスの販売を中止。
今は洗車の設備があるだけです。
2年前から川口さんは姿を現していない事が分かりました。
捜索に協力してくれた本城さん。
「幸せのタクシー」に会ってみたい理由を私たちに打ち明けてくれました。
2年前に亡くなった妻由美子さん。
2人は19年前に結婚。
子供には恵まれませんでしたがいつもそばで支えてくれました。
脳出血による突然の死でした。
2年半もずっと独りでいるとやっぱりすごいさみしさとかむなしさとかがあるんですよ。
まあ「むなしい」っていうのが正しいのかな。
いつも満たされてないっていうか…。
なんか自分のこれから先どうすればいいのかなっていうヒントでももらえれば幸せかなと。
どうもありがとうございました。
(取材者)ありがとうございます。
本城さんは引き続き「幸せのタクシー」を探すのに協力すると約束してくれました。
その後も私たちは「幸せのタクシー」に乗ったという人たちの取材を進めました。
すると川口さんからかけられた言葉をきっかけに自分の幸せをつかんだという人を見つけました。
6年前川口さんのタクシーに乗った…川口さんという方はその世界でのプロなんだろうな。
それは道案内のプロなのではなくて人生の道案内みたいな事もして頂いたのかもしれないですね。
うまく言うと。
うまくまとめちゃうと。
終電を逃した熊澤さんは偶然通りかかった川口さんのタクシーを呼び止めました。
乗るとすぐに流れてきたのは大好きな曲でした。
・「いくつもの日々を越えて」気分が良くなった熊澤さんは自分の仕事の事を話しました。
当時人材会社で大学生の就職を支援する仕事に就いていました。
それまでは職を転々としていた熊澤さん。
初めて自分の天職と思える仕事に出会えたうれしさを川口さんに聞いてもらいました。
(熊澤)気が付いたらどんどん勇気が湧いてくるみたいな感じのコミュニケーションだったと思いますね。
「きっとこのあともあなたは自分の道を進んでいけばいいよ」というふうに応援して下さったので。
熊澤さんは川口さんがこの道一筋50年という話を聞き就職活動をする大学生に向けたメッセージを下さいと頼みました。
当時リーマンショックの影響で大学生の就職は厳しい状況でした。
川口さんは「不況なんていつでもありますよ。
タクシー一筋で長年私も色々みました。
ただ与えられた仕事を天命だと信じて一心不乱にやることじゃないですかね」と答えてくれました。
学生に向けたメッセージがその1年後自分へのメッセージとしてよみがえる事になりました。
リーマンショックのあおりで各企業が新卒の採用を減らす中熊澤さんは会社から配置転換を求められます。
自分が天職と感じた大学生の就職を支援する仕事を諦めてもいいのか迷っていました。
その時思い出したのが川口さんの言葉でした。
「与えられた仕事を天命だと信じて一心不乱にやること」。
「うわ〜そうか!」と。
その時に言われてたのってそんな言葉だったんだなというのを咀嚼するっていうか思い悩みますね。
受け止め直すというか。
「天命と信じて進みなさい」という事は必ずいい方向に物事は進むから歯を食いしばりながらなのかもしれないけどもそのまま進みなさいと言って頂いてる感じですね。
熊澤さんは大学生の就職を支援するのが自分の天命だと考え自ら会社を立ち上げました。
今では首都圏の16の大学で面接のテクニックや履歴書の書き方などを教えています。
(熊澤)出会いに乾杯ですかね。
乾杯!
(一同)乾杯!お久しぶりです。
(熊澤)どうも!どうしたの今日。
熊澤さんのもとには就職したあとも教え子たちが度々訪ねてきます。
松田と申します。
よろしくお願いします。
頂戴します。
立派に社会人になりました。
それ俺が言うんだよ!
(笑い声)
(熊澤)へえ〜でも頑張ってるみたいだもんね。
あの時すごいおじぎの練習とか挨拶の練習とかしたじゃないですか。
それが多分今の社会人生活でも生きてると思ってて。
(笑い声)就職した教え子たちの頑張っている姿が熊澤さんの大きな励みになっています。
応援し合う感覚とかが幸せですね。
「頑張っていきましょう」ってお互い言える事がとっても幸せです。
年齢問わず。
はいありがとうございました。
幸せは人と人の間で生まれるものなんですね。
(熊澤)ありがとうございました。
(一同)ありがとうございました!「幸せのタクシー」を見つける事で幸せになるきっかけをつかみたいと考えている本城孝さんです。
本城さんは「幸せのタクシー」の事を知ってから少しずつ仕事のしかたに変化が現れています。
これまで以上にお客に対する感謝の言葉を大切にするようになりました。
はいすみませんありがとうございました。
亡くなった妻への感謝の気持ちも改めて強く感じています。
由美ちゃんお父さん帰ってきました。
今日も一日無事仕事何事もなく終えました。
引き出しの中に入ってたんですけど。
深夜の業務が多い本城さんのために由美子さんは野菜中心のメニューで支えてくれていました。
由美子さんは死の間際まで本城さんのために2か月先のメニューを書き残していました。
その時はそんなに感謝の気持ちはそんなには…今となってみたらほんとよくこんな事までこんなに先の事まで考えててくれてたんだなと思って。
約2か月先までメニュー考えてくれてますからね。
ほんとありがたいですねなんか。
幸せになる手がかりを見つけたと感じていた本城さん。
その思いを揺るがす出来事が起きました。
岡山の実家に住む81歳の母親幸江さんが骨折して入院したのです。
幸江さんは以前から本城さんに岡山に戻って代々続く農業を継いでほしいと伝えていました。
去年夫を亡くし更に今回の骨折。
その思いを強くしています。
本城さんも年々弱っていく母親が気になっていました。
そりゃそうじゃ。
「どうしようかなどうしようかな」…。
乗れば幸せになるという「幸せのタクシー」。
探し始めてから3か月がたっても依然見つかっていませんでした。
(取材者)そうですそうです。
(取材者)来てないですか…。
捜索は行き詰まりました。
私たちはもう一度以前川口さんが来ていたLPガススタンドだった場所を訪ねました。
(取材者)こんばんは。
こんばんは。
(取材者)また来てしまいました。
見つかりました?
(取材者)見つからないんですそれが。
見つからないの?
(取材者)はい。
この運転手さんは川口さんの消息を仲間に聞いてくれていました。
たまたま…川口さんは練馬区の団地に住んでいるという情報。
これが決め手となりました。
説得の末川口さんと会う約束を取り付けました。
私たちが探し求めた「幸せのタクシー」。
(取材者)すいませんよろしくお願いします。
この道50年のベテランドライバーです。
いきなりあれですよお客さん。
ダッシュボードにはたくさんのカセットテープ。
その数なんと60本。
演歌からポップスラップまであらゆるジャンルがそろっているといいます。
これは全部自分で手作りですか?手作りですよ。
全て手書き…手作りなんですよ。
失礼ですがお客さん1900何年代の生まれですか?86年です。
86年というと私の手のうちにあるのはオアシスガンズ・アンド・ローゼスエリック・クラプトンジャミロクワイニルヴァーナ。
Jポップ。
ドリカムB’z宇多田TUBE安室。
はあ〜!じゃあオアシス。
おっそう。
ちょっと待ってね。
今切り替えるからね。
かけてくれたのはディレクターの大好きな曲でした。
車内でリラックスして頂かなきゃと思うような関係があるんですよ。
最初からね。
世界の「ありがとう」の言葉が書かれたファイル。
79か国の「ありがとう」を全て暗記しているといいます。
79か国語でですね「ありがとう」が即答できます。
どうして川口さんは乗った人たちを幸せな気持ちにする事ができるのでしょうか?その原点は2つ違いの弟勝美さんの死でした。
長崎で生まれ育った2人。
小学生の頃原爆で町は焼け野原になりました。
2人は雑草やイモの茎などを分け合って食べ生き延びました。
仕事を求めて東京オリンピックの年に上京。
勝美さんは飲食店の従業員。
川口さんはタクシーの運転手として励まし合いながら生きてきました。
ところが東京に出てきて10年後。
勝美さんは仕事の無理がたたり肝硬変で亡くなってしまいます。
支え合って生きてきた弟の突然の死。
「ありがとう」と伝える事のできなかった後悔だけが残りました。
「お世話になった」とか「ありがとう」だとかは伝えなかったですね。
伝えられなかったですね。
死に際になってねお礼をね…かっこよくお礼しようったってね絶対できないんだぞっていう思いは私にそっからあれしましたね…芽生えたっていうかね。
感謝の言葉は感じたその時に伝えないとあしたはもう伝える事ができないかもしれない。
そう思い知った川口さん。
それ以来タクシーに乗ってくれたお客に感謝の思いを誠意を持って伝えるようにしてきました。
するとお客からも感謝の思いを受け取るようになりました。
「川口さんのタクシーに乗れて幸せに思います」。
「川口さんは元気な人。
どうもありがとう。
お元気で」。
川口さんの宝物です。
東京に残ってタクシーの仕事を続けるか岡山に帰って農業を継ぐか悩んでいる本城さん。
私たちが「川口さんを見つけた」と伝えたところ「是非会って話をさせてほしい」と頼まれました。
川口さんも快く了承してくれました。
川口さんすいません。
ちょっと乗らせて下さい。
どうも。
どうもこんにちは。
すいません。
武三支部の本城なんですけど。
本城さんとおっしゃるのね。
私渋谷支部の川口といいます。
本城さんは今の自分の悩みを伝えました。
東京でこの好きな個人タクシーを続けていった方がいい…いってもいいのか。
それともやっぱりおふくろ独り…年取ったから帰って後を継いだ方がいいのかというその答えが分からないんですよ自分。
いくら悩んでも。
母親はね息子は恋人みたいなもんなのよ。
いつも赤ちゃんですし。
アハハハ!そんな感じなんですよ。
「仕事しなくてもいいから帰ってきてくれ」って。
「何とかなるから」って。
そりゃ心強いですよ。
帰りたくないっていう正直な気持ちもありましてちょっとでも好きなタクシーを続けていたいなという気持ちも自分の中にはあったからやっぱり…。
話を一とおり聞くと川口さんは音楽を流し始めました。
懐かしいですね。
懐かしいでしょ?本城さんが岡山にいた高校生の頃のヒットソングでした。
お客さんがほんと涙ながらに聴いてますよ。
「22才の別れ」ですね風の。
ハハハハ…。
そう。
イントロで分かりますね。
でもこの曲すっごい好きだったんですよ。
このころはやんちゃでいいかっこしてたんでしょ?ハハハハ!かっこつける事ばっかり考えてましたよ。
勉強もしないでねもう。
お顔にそう書いてますよ。
アハハハハ!泣けるでしょ?「卒業写真」じゃないですか。
川口さんは本城さんに「もう一度自分の周りを見つめ直してみては」と語りかけました。
いや〜でもあれですよ…ぜいたくですか?本城さん。
自分をもっと大事にしないと。
そうですね。
大事に…。
大事にしてないでしょおたくは。
自分を大事にしてねそれでやっぱりそれだけ周囲におたくはいい人がいっぱいいるみたいだからいろんな話を聞く事もいいかもしれないよ。
ありがとうございました。
元気出してよ。
元気出します。
ありがとうございました。
どうもありがとうございました。
自分は随分今日まで恵まれた環境で生きてきたんだなと。
だから自分が自由に自分勝手にやってこれたのもやっぱり周りの人たちがいたからだなって改めて川口さんと会って思いましたね。
川口さんと会った翌日本城さんは亡くなった妻が使っていた介護用ベッドを解体していました。
退院した岡山の母親が家で使えるように送る事にしたのです。
本城さんはある決意を固めていました。
5年後のオリンピックまで東京でタクシーの仕事をしてそのあとは岡山の実家に帰る事にしたのです。
本城さんはお客から感想をもらうノートをタクシーの車内に置く事にしました。
感謝の言葉が集まり始めています。
「幸せのタクシー」を探して分かった事。
それは「幸せは私たちのすぐそばにある」という事です。
2015/03/03(火) 00:40〜01:25
NHK総合1・神戸
地方発 ドキュメンタリー「幸せのタクシーを探して」[字]
いま、インターネット上で話題になっている「幸せのタクシー」。運転手のスペシャルな接客で、乗客は幸せをつかんでいくという。タクシーを探しながら、幸せとは何か考える
詳細情報
番組内容
「パワーをもらった」「毎日頑張ろうと思うようになった」など、乗って励まされたという乗客の投稿が相次ぐ「幸せのタクシー」。なぜ、そのタクシーは、乗客を幸せに導くのか。タクシーの取材を進めると、運転手は予約を一切受け付けていないことが分かった。番組では、なぜ幸せになったのか乗車した人を取材すると共に、人生の意味を見失ったあるタクシー運転手と、「幸せのタクシー」探しに。幸せとは何か、なぞのタクシーに迫る
出演者
【語り】原田知世
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
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