次回も未来塾お楽しみに。
東北発☆未来塾!
(テーマ音楽)岩手県釜石市鵜住居に住む看護師の…津波で行方不明になった医師夫婦を捜し続けました。
佐々さんが勤めていたのは鵜住居の駅のすぐそばにあった渥美医院です。
高校を卒業してから40年以上住み込みの看護師として働いてきました。
あの日地震が起こったのは午後の診察が始まってちょうど患者が途絶えた時でした。
佐々さんは揺れが収まると院長の渥美進さんと妻の久子さん先輩看護師の4人で一緒に避難を始めます。
院長の渥美さんは体調を崩していて歩くのに助けが必要でした。
外に出ると既に津波は近くまで押し寄せていました。
避難する途中救急隊員から山に逃げる事を勧められ4人は懸命に走ります。
しかし山の麓までたどりつくとそこには急斜面が立ちはだかりました。
佐々さんは流される途中で意識が戻り山の斜面にあった大きな木につかまる事ができました。
1時間後救助されます。
しかし渥美さん夫婦と先輩看護師は行方不明になってしまいました。
3日後佐々さんは3人を捜し始めます。
8キロ離れた釜石の避難先から一日も休まず鵜住居に通いがれきの中を捜して回ります。
3月下旬先輩看護師は遺体安置所で見つかりました。
渥美さん夫婦は行方不明のままです。
その後も佐々さんは渥美さん夫婦を捜し続けますが見つかりませんでした。
10か月後連絡が入ります。
釜石市内の寺に安置されていた遺骨が歯の照合により渥美久子さんである事が判明したのです。
佐々さんは遺族と一緒に遺骨を引き取りに行きました。
東日本大震災をきっかけに地元に戻り2015/03/02(月) 23:20〜23:25
NHKEテレ1大阪
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「岩手県釜石市 佐々光代さん」[字]
40年以上、住み込みの看護師として働いてきた佐々さん。院長夫妻と先輩の看護師の4人で避難しようと山をめざして懸命に走った。しかし途中で津波に流されてしまった。
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した方々の「あの日」の証言。岩手県釜石市鵜住居で40年以上、住み込みの看護師として働いてきた佐々さん。揺れが収まると院長夫妻と先輩の看護師の4人で避難を始めた。山をめざして懸命に走った。しかし、途中で津波に流されてしまった。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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サンプリングレート : 48kHz
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