今回の「世界ナゼそこに?日本人」は街を歩いているといきなり驚きの光景が。
なんと下の歯が全部金歯。
こちらのご婦人も前歯が金。
実はタジキスタンはすぐに持ち出せるようにと…。
そんなタジキスタンは日本からおよそ6,000km離れており東を中国西をウズベキスタン南をアフガニスタン北をキルギスに囲まれた内陸国。
国民の大半がそんなタジキスタンの街なかで他にも珍しいものを発見。
なんと真っ昼間から道端で生ビールらしきものを注ぎ販売している人を発見。
白昼堂々次々とビールを買って飲む人たちが。
と思っていたら…。
なんと未成年の少年まで。
この国では未成年でもビールを飲んでいいんでしょうか?早速ディレクターも飲んでみると…。
実はこれビールではなく水に砂糖を溶かし炭酸で割ったというタジキスタンで大人気のジュース。
みんなこれでのどの渇きを癒やすんだとか。
なんと目の前で7人が一斉にこれでもかという勢いで千切りしていますがこれほど大量のニンジンの千切りいったい何に使うというのでしょうか?この料理を作るため皆さん自分では切らないんですね。
なんと車のトランクにびっしりと実は皆さんは地方から品物を売りに来た方々で高い出店料が払えずしかたなく車のトランクを店代わりにして販売するしかないのだといいます。
というのもタジキスタンは旧ソ連から独立したそんな過酷な一面も持つタジキスタンで早速その日本人を探すため街の人にこのあたりで日本人って見たことありますか?更に聞き込みを続けると…。
教えられた道を歩いて行くと…。
あの日本から来たんですけど…。
と出迎えてくれたのは日本語が流暢な現地のタジキスタン人。
早速玄関で待たせてもらうことに。
すると…。
日本人。
そうです。
お名前は?ちょっと線がついてるんですけど。
すみません大丈夫ですか?大丈夫です。
こちらが聞けば小椋さんかつてバブル時代には会社でという大成功をおさめ大金持ちだった人物。
いくつものフェラーリを乗り回しクルーザーまで持っていたといいます。
しかしある理由からすべてを捨てたった一人で7年前にここタジキスタンへ来ることに。
その大きな理由の1つが実は父親にあるといいます。
そこで週に1度電話しているというお父さんとの会話を覗かせてもらうことに。
そんな父がそれは…。
と今度はそう実はこの親子の間にはひと言では語り尽くせない深い確執が。
欧米の貴族や大富豪たちの社交場として活躍した日本全国のカラーテレビをいち早く世に広め一代で財を成したというかつては小椋さんはそんな父とある日を境に絶縁。
別々の人生を歩み…。
その謎を探るべくこの日小椋さんは朝から実は小椋さんはここタジキスタンで今から従業員と一緒にその場所を見に行くというのです。
その水源を持つオーナーさんと3年前に知り合いその水を5年間自由に使っていいという契約を結び現在水源のオーナーに電話してもここ最近全く連絡が取れなくなったというのです。
これまでもタジキスタンの蜂を日本へ輸出しようとしましたが検疫に引っかかり…。
またあるときは良質の石炭があると聞きつけ石炭輸出のためのパイプを築いたかに見えたのですが…。
なんとせっかく作ったパイプも外資系の大手の会社に出し抜かれ他人のものに。
目のつけどころはいいのですが結果的に悔しい思いをする毎日。
しかしこの水の輸出が当たれば一発逆転。
ようやくこの長かったトンネルから抜け出せる。
小椋さんはそう思って頑張り続ける日々。
がしかし…。
水源まで渡るための橋の上に無数の見慣れないたくさんの旗が。
不安を抱えつつ橋を渡ろうとすると…。
その先にあったはずの小椋さんが契約していた水源は何らかの理由でタジキスタン政府がすべて買い取ってしまったというのです。
いわば悪いこともしていないのに会社に帰ると現在自転車操業状態だという小椋さんの会社。
自らの貯金を切り崩すことでなんとか続けている状態。
今回小椋さんが出した自腹の運転資金はおよそ20万円。
しかもこれは珍しいことではないといいます。
そもそもこの会社…。
その多くはタジキスタンの大学で日本語を学んだものの日本語を活かせる仕事などまったく見つからず路頭に迷っていたところを小椋さんに拾ってもらった現地の貧しい若者たちばかり。
小椋さんの会社の主な仕事はタジキスタンを訪れる観光客へのツアーガイドやタジキスタンへやって来た企業の現地通訳などをしているんですがそこにはそう現在小椋さんは会社設立から7年経った今もなかなか父親の背中は見えてきません。
仕事が終わるのは夕方6時。
最初に取り掛かるのは作るのはまがりなりにも社長のはずの小椋さんですが自分の食事はすべて自炊しているといいます。
これも節約のため。
(スタッフ)どうですか?すべてはなんとか会社を続けこの土地の貧しい若者たちを養っていくためなのです。
別の日。
部下を引き連れて街へと出た小椋さん。
商談にでも行くのか?と思っていたら到着したのは市場でした。
ここに来ればタジキスタンでとれる野菜と果物のほとんどが揃うのだといいます。
なんと続いてはネギを購入。
ネギも2束で40円という安さ。
すると部下にメロンを持たせる小椋さん。
実はこれにはある悲しい理由が。
それはそのせいで小椋さんの両足のじん帯は今も断裂したまま。
そのため重いものは持てず現在も400m以上連続して歩けない体なのだといいます。
買い物を終え自宅に戻った小椋さんはすぐに買ってきた食材を調理。
炒めていたのはナス。
鶏肉とナスを炒めたナスのみぞれ焼きが完成。
更にこちらはなんと日本のそうめん。
遠い異国タジキスタンにまで来ていてもやはり日本の味は忘れられないようです。
しかしこれは1人で食べるにはかなりの量。
と思っていたら…。
なんと小椋さん事務所にいた従業員たちのためにお昼を作っていたのです。
現地の従業員たちはみんな慣れた様子で器用に箸を使い日本のそうめんをツルツルッとすすっていきます。
ちゃんとご飯が食べられているかを心配しこうしてご飯を食べさせてくれる小椋さんに対し従業員は感謝しているのだといいます。
そんな小椋さんに感謝しているのは従業員だけではありませんでした。
従業員ジャホさんの自宅へついていくと…。
そこにいたのは…。
実は娘のマリコちゃんの名前には小椋さんと深いつながりが。
更に小椋さんのひと言がなければこのマリコちゃんは生まれてさえこなかったというのです。
実はもともとしかし国をまたいでの超遠距離恋愛で消極的だったジャホさんにインターネットでのとアドバイス。
そのひと言のおかげで2人はめでたくゴールイン。
今では幸せな家庭を築くことができました。
という夢をいまだ叶えられないまま。
儲けもなく自らは無給で働く日々が続いています。
しかしそもそもいったいなぜ小椋さんは父を越えたいとわざわざ中央アジアの秘境タジキスタンへとやって来ることになったのか?そして長時間歩けない体のきっかけとなったその裏には何かを得るために何かを失った…。
小椋さんね。
お父さんとの関係性。
ちょっとあれないじゃないですか。
ものすごく考えて…。
メチャクチャ考えてくださってますね。
ものすごい考えてんだけど。
(笑い声)あっそうなの?はい。
中央アジアの秘境しかしそもそもいったいなぜ小椋さんは父を越えたいとわざわざタジキスタンへと来ることになったのか?その裏には…。
東京四谷の一等地で2人兄弟の長男として生まれた小椋さん。
そこで母方の祖母が経営していたのが小椋さんは幼い頃から大勢の従業員にそんな彼を実は父佐美男さんは父は当時庶民の新三種の神器といわれた…。
更にその成功をきっかけに原宿でルート5というドライブスルー形式のレストランを開業。
そこはなんと…。
レストランルート5は当時若かりし頃の常連だったといいます。
小椋さんは大学卒業後最初は父のもとで。
その後は若い2人は意気投合しすぐに幸せな人生を歩み始めたかに見えました。
しかしある日小椋さんは父のとんでもない思惑を立ち聞きしてしまったのです。
それは…。
これまで父に言われるがまま小椋さんがその裏に隠されたそれは全て父が相手の会社と関係を築き自分の事業を拡大し利益を得るためのものだったのです。
更に父は父が事業を拡大するための…。
そう疑わずにはいられませんでした。
自分はもう限界でした。
そして今まで一度も逆らったことのなかった父に怒りをぶつけたのです。
この日を境に小椋さんは父の会社を辞め親子の縁を切り父の前から姿を消しました。
そうあの日から小椋さんと父との長い長い確執が始まったのです。
1人になった小椋さんは目の回る忙しさのなか小椋さんを突き動かしていたのは…。
ただその思いだけだったのです。
大きなチャンスを掴んだのは1998年48歳のとき。
長野オリンピックで日本中が盛り上がっていた小椋さんは…。
外装は当時女性にも大人気だった時計メーカースウォッチが担当する異色の車。
すぐにとエコブームの先駆けとして特に女性のハートをがっちりと掴み日本でも大ヒット。
それは父はいつだって誰もが思いつかないものに目をつけゼロからはじめている。
俺は時代のブームにうまくのっているだけ。
そんなとき小椋さんの人生の転機となる出来事が。
それは2007年小椋さんが57歳のとき小椋さんは誘われるがまま興味本位でそのパーティーに出席。
そして会場で待っていたのは…。
突然声をかけてきたのはそして彼は驚くほど流暢な日本語でこう言ってきたのです。
見ず知らずの留学生からのしかもその国はまったくといっていいほど知らないそこは…。
日本とはまったく違う場所。
しかし小椋さんはなんとタジキスタンに会社を作ることを快諾。
そうそれは…。
そしてあのとき声をかけてきた留学生こそ今一緒に働いているジャホさんでした。
こうしてこのあと小椋さんの身に中央アジアの秘境タジキスタン共和国で赤字続きの会社を営み続ける7年前小椋さんが営業のため一度日本へと戻り高速道路を運転していたときのこと雨の中なんと小椋さんの背後に…。
しかも…。
しかし奇跡的にかすり傷で済んだ小椋さん…。
警察を呼び現場検証をしていたまさにそのとき…。
それは信じられないような事故でした。
これはドライブレコーダーに残っていた実際の映像。
なんと雨の中スリップしたトラックが外で事情聴取中の小椋さんめがけて100キロ以上のスピードで飛び込んできたのです。
小椋さんはその衝撃で50m以上も飛ばされ意識不明に。
再び目が覚めたときに見えたのは病院の天井でした。
誰もがそう言いました。
医師からはそう診断されました。
しかし小椋さんはすぐに血の滲むようなリハビリを始めたのです。
なぜなら…。
で悟ったのが必ずタジキスタンに戻らなくては。
その一心で苦しいリハビリに耐えました。
タジキスタンに戻るとそのために現在小椋さんは失敗続きの男の起死回生の一手。
あるモノとはいったい?中央アジアの秘境タジキスタン共和国で赤字続きの会社を営み続ける会社の赤字脱却を目指し小椋さんは今新たな事業に挑もうとしていました。
それが間近に迫る新規オープン。
手持ちの資金も尽きた今まさにこれが過酷で孤独な戦いの始まり。
しかし彼の従業員たちは決してそう思ってはいませんでした。
実はこの日は小椋さん64回目の誕生日。
戦うのは私たちも一緒。
そう思ってきたありがとう。
(拍手)ビックリした。
従業員全員が思うことはただ1つ。
(拍手)父を見返したい。
ただその思いだけでやってきた今ようやく気づいたのです。
今では父とも打ち解けよき相談相手になりました。
父を越えたいとやってきたタジキスタン。
そこで本当に大切な人とのつながりを知った1人の日本人がいました。
(拍手)レストランがVTR中に出てきましたよね。
オープンに向けて準備していましたけれども現在本格的な日本食のレストランを目指しているようですからね。
成功してほしいな。
はい。
市原君がちょっと何かお知らせがあると。
劇場へ足を運びに来てください。
2015/03/02(月) 21:00〜21:54
テレビ大阪1
世界ナゼそこに?日本人「旧ソ連の秘境タジキスタンで赤字続きの会社を営む日本人」[字]
旧ソ連の秘境・タジキスタン。中央アジア屈指の貧国であるこの地でなぜか現地人だけを雇い、赤字続きの会社を営み続ける日本人がいた。一体ナゼそこに?
詳細情報
番組内容
ナゼそんなところに日本人が?世界で活躍する知られざる日本人をご紹介。旧ソ連の秘境・タジキスタン。中央アジア屈指の貧国であるこの地でなぜか現地人だけを雇い、赤字続きの会社を営み続ける日本人がいた。一体ナゼそこに?聞けばその裏には実父との確執に始まる波瀾万丈の人生ドラマが…。
出演者
【MC】
ユースケ・サンタマリア、杉崎美香
【ゲスト】
高橋克実、市原隼人、東貴博、渡部陽一、たかのてるこ
番組概要
◆「世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝」は世界の果てで暮らす、知られざる日本人の活躍に密着!そこから元気や勇気をもらい、日本人としての誇りが持てるドキュメントバラエティ!
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/nazesoko/
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ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
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