パリ白熱教室・選 第1回「“21世紀の資本論”〜格差はこうして生まれる〜」 2015.03.02


芸術文化の都として知られる…20世紀を代表する思想が生まれ時代を切り開く人材を排出してきました。
そしてパリには世界各地からさまざまな分野の学問を学びに留学生たちが集まってきます。
そんなパリの一角に2006年に創立された新しい学校があります。
新時代のエコノミストを養成するため国と民間企業が資金を出し合って運営している新しいタイプの高等教育機関です。
創立僅か8年で数々の名門大学と肩を並べ経済学部の国際ランキングで7位に浮上しました。
その創立に関わり初代校長を務めたのが気鋭の経済学者トマ・ピケティ教授です。
ピケティ教授は研究仲間たちと15年以上の歳月を費やし300年にわたる世界各国の税務記録を収集してきました。
これらの膨大なデータを基にピケティ教授は所得と富の格差や資本主義の法則を明らかにしようとしたのです。
「アメリカでは所得の最上位層1%が国全体の総所得の3/3を占有している」。
ピケティ教授のこのリポートが「ウォール街抗議運動」の理論的な支えとなりました。
ピケティ教授の研究の集大成「21世紀の資本」はアメリカで50万部を超えるベストセラーを記録。
今世界15か国以上で翻訳され経済学の本としては異例の反響を呼んでいます。
世界各国に招かれ多忙なピケティ教授。
その合間を縫って学生たちに講義を行っています。
富が富を生み格差が格差を生む現代の資本主義。
不平等の問題にピケティ教授が切り込みます。
経済の事はよく分からないと済ませてしまうのは安易すぎます。
自分の意見を持つべきだし経済の問題を他人任せにしてはいけないのです。
日本は国際的な視点からすると極めて興味深いケースです。
所得や富の分配の問題は日本で将来もっと深刻になるでしょう。
将来のために自分の考えを深め多少の時間を費やしてもこの講義に耳を傾けてもらう価値はあると思います。

(拍手)皆さん集まってくれてありがとう。
「21世紀の資本」は所得と富の分配に関する問題を扱った本だけど今日はその中で私が考えた事得た結論について講義したいと思う。
そもそも私がこの本を書いた動機だが所得と富の分配は経済学や政治経済学の極めて重要なテーマだ。
マルサスやリカードそしてマルクスといった19世紀の著名な経済学者は誰もがこの問題を最も重視してきた。
でも彼らの時代にはこれを論じるためのデータが十分ではなかった。
経済学者たちが所得の不平等についてのデータを集め始めるのは20世紀に入ってからで初めてアメリカの国民所得統計を活用したのはサイモン・クズネッツというアメリカの経済学者だ。
彼は第一次世界大戦以来の国民所得の時系列データを収集して不平等の歴史的推移を整合性のとれた方法で計測した初めての経済学者だった。
アメリカには1913年に所得税制が創設されそれ以来の納税申告の記録が保管されていた。
この記録からクズネッツは1913年から50年代までの時期に所得不平等が縮小している事を発見した。
「クズネッツ曲線」とは…このクズネッツ曲線にはいくつもの問題がある。
まずクズネッツの本を読めばクズネッツ自身がアメリカのこの時期の不平等の縮小を必然的なものと考えていなかった事が分かる。
1950年代60年代という冷戦のさなかだったし人々は資本主義のハッピーエンドを信じたかった。
彼らは戦後独立した貧しい途上国に向かって「共産主義ではなく資本主義の道を進めば経済成長と平等を実現する経済が訪れる」そう言いたかった。
私にはトニー・アトキンソンエマニュエル・サエズなど多くの研究仲間がいる。
彼らと行った研究プロジェクトはクズネッツの作業をより大規模にしたものだ。
かつての研究者が行った調査の延長にすぎない事を理解しておく事は重要だ。
私たちの研究が可能になったのは情報技術が発展し大規模なデータ収集が容易になったからでもある。
クズネッツの時代はみんな手作業だったからね。
今は簡単に膨大なデータを集めて集計できる。
10年前や20年前の研究と比べても私たちは格段に有利な状況にある。
こうした研究が最近まで行われなかった理由はテーマ自体が経済学者にとっては歴史的すぎ歴史学者にとっては経済的すぎたという事だ。
分野の垣根が邪魔して誰もデータを集めようとしなかった。
研究プロジェクトの作業を通して言いたいのは所得と富の分配の研究は単に経済学の問題に限定されないという事だ。
それは歴史の発展や制度の変化社会政策の問題であり文化的な問題でもある。
人々の不平等に対する考えを政策論議だけではなく文学の領域でも論じたのはそのためだ。
金銭の問題が人々の暮らしに与える影響を文学ほど強く表現するものはないと私は考えていた。
実際私がずっと思い悩んできた問題の一つは文学から得たものだ。
その一つはバルザックの小説で彼の小説には金持ちになろうとする人がたくさん出てくる。
「ゴリオ爺さん」という作品を知っているよね?そこでは有名なヴォートランとラスティニャックの会話というのがある。
舞台は1820年のパリだが2014年のパリや東京に置き換えてもいい。
ラスティニャックは有望な法律家志望の学生だ。
彼の友人で皮肉屋のヴォートランはラスティニャックに金持ちになってそれなりの暮らしをしたいなら勉強して弁護士になっても無駄。
いい暮らしを望むなら金持ちの女を見つけて結婚する事だと教える。
ヴォートランはラスティニャックに若い女性を紹介する。
その女性はさして美しくもなく利口でもないが彼女には資産があり結婚すればラスティニャックは法律家になっても望めないほどの豊かな生活を得る事ができるとね。
私はこの皮肉屋の意見が19世紀社会の現実を表したものかどうか分からなかった。
借金まみれだったバルザック自身の金に対する妄想ではないのか。
もし当時の世相を反映していたならその通念はどう変化したのか。
労働所得つまり働いて稼ぐ所得と相続する富のどちらが重要か。
現代はかつてのように世襲財産が労働所得よりも尊ばれる社会に戻りつつあるのか。
19世紀と同じようなものになるのか。
19世紀と20世紀の中間のようなものなのか。
20世紀には2つの大戦のショックで世襲の財産は激減し1950年代から60年代にごく僅かとなった。
現在それがかつての状況に戻りつつあるのではないか。
これが私の抱いた問いであり文学から得られたものだった。
どうぞ。
「21世紀の資本」というタイトルはマルクスの「資本論」を意識して付けられたのではないかと思いますが先生の研究はマルクスの思想とつながっているのでしょうか?とても広い意味でつながってるね。
一つは分配の研究その長期的な発展を経済学の中心に据え直そうという意味で「21世紀の資本」はマルクスとリンクしている。
しかしマルクスの本とかなり異なる内容だ。
私の本を読んでくれたかどうか分からないけどマルクスの「資本論」よりはよっぽど読みやすいんじゃないかと思うよ。
マルクスが本を書いた当時はデータがほとんどなかったからとても理論的だし概念的だ。
21世紀は情報技術とビッグデータの時代だから資本と不平等の研究を現代の視点で捉えたかった。
私が用いるデータについて補足すると先進国だけでなく途上国のデータも網羅しようと考えた。
赤字で示した国は既にデータベースにある国で青はデータ収集が始まったばかりの国だ。
例えばアメリカは不平等著しい国で近年ますますその度合いが高まっている。
これは近年起きた運動の背景にもなったね。
君たちの中で「ウォール街を占拠せよ」という運動を聞いた事のある人はいる?説明できる人はいるかな?どうぞ。
ウォール街の最もリッチなトップ1%の人々から残りの99%のあまり裕福ではない人たちがお金を取り戻そうという運動です。
なぜそれがウォール街で起きたのかな?政府が金融機関にお金をつぎ込んだからではないですか?政府が何十億ドルという巨額のお金を使ってウォール街の金融機関を再生させたからではないでしょうか。
そのとおり!政府が銀行業界救済のために巨額の公的資金をつぎ込んだ。
そこで一般市民は不満を抱いた。
金融業界にいる上位1%の人々の報酬は金融危機が起こる前もすごく高かったからなおさらだった。
金融危機は金融の規制緩和と巨額のボーナス支払いの結果起きたにもかかわらずごく一部の人々が依然としてパイの大部分の分け前にありついている。
不祥事を起こした当の金融業界の救済に国民の税金を充てるという事はその連中の所得を下支えするという事になるわけだし国民の怒りはおさまらない。
この運動はブリュッセルでもなくパリでもなく東京でもなくアメリカのウォール街で起きた。
つまり社会のトップ1%への所得集中が特に大きいアメリカが震源地となったのが重要なポイントだ。
アメリカのグラフを見ると上位の所得シェアが増加している事が分かるよね。
これと同じように他の国を見た場合ヨーロッパや日本の上位所得層のシェアはそれほど上がっていない。
つまりアメリカは群を抜いて上位の所得上昇が顕著だ。
このグラフは上位10%の所得シェアだがそのうちの最も大きい部分を上位1%の人々が得ている。
その下の残り9%の人々の所得上昇はそれほどでもない。
だから上位10%シェアの大部分は最上位1%が占めていると言える。
所得の規模で言うと上位10%というのは年収10万ドル以上。
上位1%とは年収40万ドル以上だ。
中には年収100万ドルや200万ドルの人もいてそういう人たちがこの層の所得シェアを押し上げている。
年収10万から40万ドルというとアメリカの大学で経済学を教える教授の年収レベルで結構いい額だよね。
ところが彼らの所得シェアはそれほど大きくはない。
年収40万ドル以上あるいは100万ドル以上稼ぐ者たちがいる。
上には上がいるという事。
そういうものだ。
不平等の低下というものは自然に起きたわけでは決してない。
それは大恐慌と第二次世界大戦という特殊な状況から起きた現象だ。
そしてしばらくその状態は続く。
しかしその後不平等は再び上昇する。
では皆さんに質問だ。
アメリカの最上位1%が国の総所得のどの程度を占めているか分かる人いる?惜しいな。
上位1%は現在アメリカ総所得の約25%を占めている。
1970年代は上位1%のシェアは約7%だったから今は15から20%増加している。
では労働の対価として得る所得でなく資産のシェアだが上位10%の資産の占有率つまり資産シェアはどれくらいか分かるかな?誰か分かる?上位10%の資産シェアつまり資産の占有率は歴史的には最大で90%だった。
今のアメリカでおよそ70%ほどだ。
資産所有の不平等は所得の不平等よりはるかに大きい事が分かる。
所得上位10%のシェアはこの期間1/3から1/2まで上昇したが資産は60%から90%にまで上昇した。
富の分配が最も平等なスウェーデンでさえ現在60%だ。
「ベル・エポック」つまり19世紀末から第一次世界大戦前の華やかな時代のフランスやイギリススウェーデンではそれは90%もあった。
今の状況がかつてと違うのは特にアメリカなどでは金融機関の役員報酬のように上位層の労働所得の割合がかつてより大きくその所得が積み重なって資産の格差が生まれている事だ。
私は所得階層を便宜的に3つに分けている。
上位10%下位50%その間の40%の中間層だ。
一応の区分だがこれによって歴史的な比較ができる。
この区分で社会階層を考察する事が目的だ。
所得階層を3つに分けるという手法がなければ2007年と1928年とを比較する事は難しい。
ベル・エポックの頃とフランス革命以前のアンシャン・レジームのヨーロッパといった異なる時代や国を比較するのにこの区分は役に立つ。
当時フランスでは全人口に対する貴族の割合はどれくらいだと思う?人口の1から1.5%だ。
割合としては少ない。
しかし1%でも社会を構成するには十分だった。
たとえ1%と言っても今人口3億人のアメリカでは300万人にも相当する。
とても大きなグループだ。
この300万人が所得や富の多くを手にしている。
しかしフランス革命以前のアンシャン・レジームの1%はそれ以上の富を所有していた。
今のアメリカの高水準の不平等はヨーロッパ19世紀の世襲型の社会に逆戻りしつつあるかのようだ。
アメリカの格差拡大の要因に大企業や金融機関などの役員や重役報酬の驚くべき上昇がある。
つまり労働所得が高いレベルで不平等化している。
こうなる理由として技能や教育の格差が挙げられる。
アメリカにはいい大学がたくさんあり所得上位層はそうした大学に容易にアクセスできるが大多数の人々特に下位50%の人々は高卒がやっとで大卒と言ってもハーバードのような立派なところではないという事情は確かにあるだろう。
教育や技能を得る機会の不平等はアメリカ全体の変化の大きな部分を説明できるかもしれない。
労働所得の低下はよくグローバリゼーションのせいにされるが中国が世界市場に参入してアメリカの非熟練労働者の賃金が下がったという説明に説得力はない。
グローバリゼーションはアメリカ固有の現象ではなく世界中で起きている事だからね。
アメリカの格差拡大は日本やヨーロッパ諸国と比べても突出している。
だから少し違った説明が必要だ。
国によっては熟練労働の供給が需要に追いつかない。
本来アメリカではもっと熟練労働の供給が求められている。
不平等を緩和するためには教育と職業訓練が必要だ。
少数のエリートだけでなくどんな階層も等しく教育を受ける事ができる包括的な制度が必要だ。
これは私が歴史の研究を通じて得た重要な結論だ。
さて所得格差も重要だがそれと並んで資産の格差も重要なテーマだ。
資産所有の格差は所得の格差よりも大きいと説明したが100年前と比べて現在の大きな特徴はかなりの資産を持った中間層が存在する事だ。
かつては所得上位10%だけで社会全体の資産の90%を占め中間層40%と下位50%はそれぞれ5%ずつ保有するというありさまで中間層も貧困だった。
中間層が存在する余地はなく持つ者と持たざる者の差は歴然だった。
現在はかなり違う。
資産の蓄積は極めて大規模で上位10%はヨーロッパでは約60%の資産アメリカでは70%の資産を占め中間層は20から30%の資産を保有する。
下位50%は相変わらずほとんど何も持っていない。
銀行口座に1,000ユーロ持つ人もいれば預金ゼロの人もいる。
借金つまりマイナス資産の人もいる。
10万ユーロのアパートを所有する人もいれば10万ユーロの借金を抱える人もいる。
下位50%にとっては資産と言われてもピンとこない。
手元にあるのは1〜2か月分あるいはせいぜい給料の半年分で貯蓄もほとんどない。
下位50%と上位10%の間を占める中間層40%はかつて本当に貧しかったが今は国の総資産の20から30%を保有している。
この中間層は自分の家やアパート更には生命保険などかなりの金融資産を持っている。
中間層の台頭は大きな変化だったが私が特に注目するのは中間層は拡大しつつあるのかそれとも縮小しているのかという事だ。
アメリカではこの数十年間中間層の資産のシェアが縮小する傾向が見られる。
上位10%のシェアが60%から70%へと拡大した事で中間層のシェアが30%から20%へと減ったからだ。
100年前のヨーロッパの水準にはまだ遠いが長期的にはどんな方向に向かうのか。
それが問題だ。
この問題に答えるためには総資産そのものの変化と資産分配の不平等の変化その両方を区別して考える必要がある。
もう一つ大事なグラフがある。
さっきのものと少し似ていてU字型をしているが不平等の指数ではなく総資産の割合を示したものだ。
これは私が「資本所得比率」と呼ぶものでドイツフランスイギリスの3か国のものだ。
資本所得比率とは何かというとそれは資産総額が国民所得の何年分に相当するかという比率だ。
その比率が6という事は平均資産が平均所得の6年分だという事だ。
現在の資本所得比率はおおまかに言うとこの水準だ。
例えば1人当たり国民所得の平均が3万ないし3万5,000ユーロだとすれば1人当たりの平均資産額は約20万ユーロだ。
この数字は大きいと思うかもしれないが19世紀は更に大きく700%に及ぶ。
資本所得比率という言葉だが私は「資本」と「資産」という言葉を同じ意味で用いている。
それには民間の個人が保有するあらゆる資産が含まれるし政府の資産も含まれる。
不動産法人資産金融資産債務全ての負債も含まれる。
現在資産の総額は極めて高い水準にある。
18世紀や19世紀は世襲社会で実は国内総生産あるいは国民所得に対する資産総額の割合が極めて高かった。
それは文学の世界にも表れていてバルザックやプルーストジェーン・オースティンなどの小説の中では頻繁に資産相続の問題が出てくる。
それは小説家が資産の話に熱くなりやすいわけではなく社会全体が資産や相続をめぐって動いていたという事だ。
第一次世界大戦と大恐慌そして第二次大戦を経て資産価値は大幅に減少した。
特に資産の破壊がひどかったのはドイツと日本だ。
イギリスは空爆の影響は大きかったが戦争による資産破壊は限定的だ。
フランスはイギリスより打撃を受けたがそれでも資産破壊はさほどでもなかった。
資産破壊とは物理的な破壊だけを意味しない。
戦争中は民間投資が制限されたため民間貯蓄の大部分が戦費に向けられた。
イギリスフランスドイツ日本いずれの国も家計貯蓄が戦時公債の購入に向かい戦費として消費され残った資産も戦争で破壊された。
ヨーロッパでも日本でも資産が損なわれた。
戦争末期公債発行残高は急増したがインフレで物価が急上昇したため公債は紙切れ同然となった。
ドイツとフランスでは1945年に政府の債務がGDPの200%まで膨らんだが1950年には10%まで減少。
ドイツとフランスが債務を返済したからではなくインフレで債務が実質的に縮小したのだ。
この2つの国が金融危機にあえぐ南ヨーロッパの国々に債務の返済を迫っているのは皮肉と言うしかないがインフレで債務を帳消しにするのは当時としてはやむをえない選択をしたわけだ。
いずれにせよ民間の資産を大幅に減少させた一方で財政赤字は解消した。
資本所得比率の大幅な上昇は不動産市場や株価市場での資産価格の高騰更には貯蓄と資産貯蓄の増加など複合的な理由で起きたものだ。
資産所得比率が上昇するプロセスを理解するために単純な経済法則を私が考えたのでそれをご紹介しよう。
その単純な法則というのはまず資産の所得に対する比率すなわち資本所得比率を「β」とする。
その動きは先ほど見たグラフにあったとおりだ。
法則は2つあって一つはこの資本所得比率の「β」が利潤シェア「α」つまり国民所得に占める資本収益の割合と関連するというものだ。
例えばβが600%つまり国民所得の6年分を資産として持っていて資本収益率「r」が年に5%だとする。
そうすると利潤シェアαは?そう30%だ。
私はこれを「資本主義の第一の基本法則」と呼んでいる。
これは極めて重要な法則でαとβとrの3つが関連している。
実際にはαとβとrは複雑な要素が入る。
つまりテクノロジーの水準や労働者の雇用環境制度や政策個人の貯蓄量などで決まる。
次は資本主義の第2番目の基本法則だ。
資本所得比率βは貯蓄率「s」が高くなるにつれて上昇するというものだ。
驚くような事ではない。
2倍貯蓄すれば資産も2倍になるよとそれだけの事だ。
でもこれには経済がどれだけの割合で成長するかという事も関わってくる。
経済の成長率「g」は人口増加率と生産性の増加率という2つの要因で決まる。
長期のスパンで経済成長率を見るととても低い数字だった。
確かに戦後のヨーロッパや日本の成長率は大変高く日本など5%どころではない高い成長率を見せた。
今日でも中国は5%以上だ。
こうした高い成長率は戦争からの復興や途上国が先進国にキャッチアップする時期に起こる特殊な現象だ。
産業革命の時代から現在までの経済成長率の毎年の平均は僅か1.6%だ。
こんな小さい数字だとフランスであろうとどこであろうとハッピーな生活は望めない。
残念ながら私たちがなじんできた5%という成長率は歴史的に見れば極めて特殊な時期の例外的な成長率だ。
過去300年の世界経済の成長率の毎年の平均は1.6%だ。
人口がその間に0.8%の増加率で増えたから1人当りの平均成長率は0.8%だ。
あとの0.8%は生産性の改善でもたらされたものだ。
18世紀から現在まで僅か0.8%の成長率が300年続く間人口は6億から70億に増加した。
今後はどうか。
今70億の人口が300年後700億になるだろうか?そんな事はないだろうし環境面から見ても好ましくなさそうだ。
もしもクリーンな技術が開発されて環境に負荷のない経済成長が実現しても700億人になる事はないだろう。
既に日本やヨーロッパのいくつかの国では少子化による人口減少が起きている。
長期の生産性の増加率は0.8%だと説明したがこれは今後も続くと考えられる。
それには新たなエネルギー源が必要だ。
それでも経済成長率は0.8%からせいぜい2%ほどでかつてのような5%には及ばないだろう。
こんなに成長率が低いと資本所得比率βが上昇するという問題が出てくる。
この資本主義の法則で貯蓄率が維持されたとすると成長率がゼロに近づくにつれて資本所得比率βは無限に上昇する事が分かる。
成長率がゼロというのは極端だがそのような場合に貯蓄を毎年続けそれが投資されれば資産は無限に蓄積される。
もちろんそれはどこかで止まるだろうけどね。
資本所得比率βの上昇それ自体が悪いわけではない。
資産が破壊されて資本所得比率が小さかった1950年代を懐かしく思う必要もない。
もし資産が平等に分配されてみんながちゃんとした年金資産や不動産あるいは企業の株などを等しく保有しているような社会であれば全く問題はない。
資本所得比率βの上昇は自然な事だしみんなが均等に資産を持つというのは悪い事ではないからね。
問題は資産の分配が不平等だという事だ。
例えば老後の年金資産でもその保有額には大きな格差がある。
資産を多く持つ中間層を説明したが下位50%は事実上資産がなく正確に言えばたった5%だ。
上位10%は労働所得のシェアよりも資産のシェアが高い。
私は1970年生まれだから70年代世代にシンパシーがあるが80年代や90年代の世代はなおさらで若い世代になるほど相続が重要になってくる。
逆に50年代60年代生まれの世代はあまり相続するものがなかったと言える。
相続すべきものが戦争で破壊されていたからだ。
しかし経済成長率が高かったので自分たちで稼いで資産を蓄積する事ができた。
でも70年代以降の世代は相続する資産がなければ自分で稼ぐ所得だけでパリや東京で家を買うなど到底できないだろう。
厳しい住宅事情はみんなも承知していると思うがよほど稼ぎが良くないと家を買う事は難しい。
今は家族の資産が重要な時代に舞い戻りつつある。
資本所得比率βの上昇が起こると不平等は更に拡大する。
資産所有の不平等を規定する要因は何か。
もう一つの公式が重要な役割を果たす。
長期にわたる資産所有の不平等を規定する重要な要因は資本収益率「r」と経済成長率「g」のギャップだ。
資本収益率と経済成長率の差このギャップの問題を説明しよう。
これは長期の資本収益率と成長率についてのおよその推計だ。
このグラフのとおり人類の歴史の大半を通じて「r」が「g」より大きい事は重要だから覚えておいてほしい。
これは伝統的な世襲社会の基盤でもあり過去の社会が経験してきた事でもある。
およその資本収益率が4から5%という社会だ。
ジェーン・オースティンやバルザックを読んだ人なら分かると思うが資本収益だけで年間1,000ポンドを得るためには収益率を5%とすると2万ポンドの資産が必要だ。
この事はその資産が土地であれ不動産であれ金融資産であれ当時の読者にとっては小説でいちいち説明されなくても分かる当たり前の事だった。
2万ポンドが年間1,000ポンドの稼ぎになるという共通認識がある意味で社会基盤になっていた。
バルザックやオースティンが「r」が「g」より大きいと説明したわけではないよ。
けれども彼らには分りきっていた事だ。
「g」はゼロに近い。
だから経済は世代が変わってもあまり変わらない。
そこへ持ってきて資本収益率が4から5%だ。
そうなると資産の所有者はその資産で裕福な暮らしを送りながらさまざまな活動を行う余裕を持てるんだ。
重要な結論はいわゆる技術革新は一般に考えられているほど社会構造を変化させなかったという事だ。
確かに経済成長率は上昇し資本収益率とのギャップは縮まったがそれは一時的なもので人口増加と戦後の復興がギャップを縮めた要因だった。
19世紀の成長率を見るとこの時代にたくさんのイノベーションが起こった。
ベル・エポックの時代自動車や電気などが発明された。
ラジオの発明も今日のフェイスブックと同じくらい画期的だった。
…にもかかわらず成長率は1.5%だ。
資本収益率とのギャップは産業革命以前の頃とほぼ同じだった。
現代の技術革新によっても上位層への富の集中が変わらなかった理由の一つが「r」が「g」より大きい事にあると私は考えている。
重要な事は20世紀の人口増加が経済成長率の半分以上を生み出したという事だ。
だが国連などの推計によれば人口は減少傾向にある。
20世紀とは状況が異なり人口増加率は減っていくからだ。
長期的なスパンで見ると資本収益率は人口増加率ほど変動は大きくなく格差は維持されると予想している。
しかし資産ごとに大きな変動が予想されるがおおまかな推計にすぎない。
締めくくりにあるデータを見てもらおう。
金融市場の規制緩和は不平等を拡大する要因だ。
私たちは一定の資本収益率を想定しているが実際資本の市場はそんな単純なものではなく収益率には幅がある。
極端な例がこのアメリカの大学の基金の運用実績だ。
ハーバードイエールプリンストンといった大きな基金を持つ大学と小さな規模の大学を比較したものだ。
基金のマネージメント料を差し引いた収益率だがおよその資本収益率は6%から10%までとさまざまだ。
しかし君たちが銀行に10万ユーロ預金してもそんな高い収益率は得られない。
経済学の教科書的なモデルによれば資本市場が完全に機能していればみんな等しく同じように収益が得られるはずだ。
君たちが銀行に10万ユーロ貯金すればそれがすぐに地球の裏側に回って中国に投資され資本に応じた収益が得られるだろう。
これはあくまで経済理論の上での話だけどね。
現実の世界はそのようには動いていない。
現実はどうかというと10万ユーロを銀行に持っていってもインフレで目減りし金利は1%とかせいぜい3%だ。
それと比べてこの人たちの収益率はとても高い。
なぜこうなるのか。
彼らが投資するのは複雑な金融デリバティブ商品デリバティブプライベートエクイティーだ。
それに資金の運用には規模の効果もつきものだ。
ハーバードの基金は300億ドルから400億ドルでそのうち0.3%つまり1億ドルもの大金を毎年管理費につぎ込んでいる。
1億ドルあれば資産運用にたけたマネージャーも雇える。
おかげで収益率が6%から10%になるなら安いものだ。
我がパリ経済学校には基金自体が1億ドルもないのでもちろんそんな大金を資産の管理のために払う事はできない。
君たちが10万ユーロ持っていて親戚か誰かに投資のアドバイスを仰いだところで大してうまくいかないだろう。
金融市場の規制緩和は金融収益の格差を拡大したと思うし今日の資産格差を生み出した理由の一つだと私は思っている。
こうした動きを規制するにはどうしたらいいのか。
私は将来のために結論を導き出したが何よりも大事なのはあくまで過去の分析にあるという事だ。
過去を振り返ればそれぞれの国がそれぞれの解決策で資産不平等の規制に取り組む事ができるそう考えた。
それは富裕層の所得と資産に対する累進的な課税制度だ。
そのためには所得と資産の情報公開が必要になる。
税率は状況に合わせて調整すればいい。
理想的な解決策は国際協調を強め国境を越えた金融資産の取り引きの情報を集める事だ。
これはある程度始まっている。
スイス銀行の秘密を開示させタックスヘイブンへの資本の逃避を防ぐ試みも始まった。
どの程度の段階まで進むかは分からないけどね。
強調しておきたいのは課税の歴史は驚くべき事実に満ちているという事だ。
このグラフは「所得税の歴史」とも言える最高税率の推移を表したものだ。
所得が最も高い層の最高税率で最上位の富裕層に適用されたものだ。
時代によって大きな変動があった事がうかがえる。
100年前の1914年には所得税はなかったかあっても税率はごく僅かだった。
その後世界大戦を経てアメリカとイギリスの上位所得層への税率は80から90%に上がったのだ。
しかし1980年代のレーガノミクスで税率は大幅に引き下げられたけどね。
税制の歴史はまさに紆余曲折の連続でその当時の人々の不平等に対する認識に大きく左右されるんだ。
近年のウォール街での運動のように世界大戦当時のアメリカでも経済的格差への強い抵抗運動があったために累進性の強い所得税や相続税が導入された。
相続についても極めて高い税率が適用された事が分かる。
アメリカとイギリスはフランスとドイツ以上だよね。
ドイツの1946年から1948年にかけての最高税率に注目してみよう。
この時期が所得税を含めドイツの税率が一番高かった時期だ。
ドイツの税制は1946年から1948年に連合軍の占領時にアメリカが作ったものだ。
戦後唯一累進性が強化されたのがこの時期でそれは他でもなくアメリカによって導入されたものだ。
何もアメリカがドイツに罰を与えたかったわけではない。
当時のアメリカの見解では民主化政策の一環だった。
彼らが信じる民主制度を導入し所得上位層への富の集中を防ぐ税制としたわけだ。
若い君たちは奇妙に感じるかもしれないがこれは歴史的事実だ。
将来別の解決策もありうるし課税よりも強行な手段を講じてさまざまな国で富の再分配が議論されるだろう。
将来何が起きようと所得と富不平等と課税への取り組みの歴史についての認識を持つ事が大切だ。
講義を聞いてくれてありがとう。
何か質問はあるかな?どうぞ。
「21世紀の資本」というのであればアフリカなど貧しい国々の問題も見なければならないと思いますが21世紀はアフリカの世紀です。
資本は確かに少ないですが不平等の問題は深刻です。
最も裕福な人たちが資本の大半を所有していると思います。
全くそのとおりだね。
私たちは今まさに世界最高所得データベースにより多くの国を取り込もうとしている。
幸いこの本を出してから多くの国の政府が納税記録などのデータをこれまで以上に見せてくれるようになった。
韓国や台湾も今では入手可能だ。
ブラジル政府もデータの開示に前向きだ。
メキシコにもおとといまでいたが近々納税記録を見る事ができそうだ。
このようにデータの開示を広げていく事が私たちのプロジェクトの目的の一つだ。
データは不平等を計るのに不可欠だ。
ブラジルの例を見よう。
これは家計調査のデータに基づくもので家計調査は自主申告だ。
こちらは納税記録のデータで最近開示されたものだ。
納税記録で見ると不平等のレベルが上昇している事が分かる。
そして中国の場合だが中国は所得税制がありながら所得税の統計がない世界でも唯一の国かもしれない。
途上国は先進国にもまして不平等の問題が深刻だから情報開示が重要だ。
腐敗と戦おうにもたまに何人かの有力者を捕まえるだけでは解決にならない。
不平等の問題は先進国にもまして途上国で重要なので将来的にはできるだけ多くの途上国や新興国に我々の研究を拡張していきたいと思っている。
どうぞ。
先生の本に対するコメントや書評がたくさん書かれていますよね。
それを集めると先生の本よりも分厚くなりそうですが他の経済学者や研究者との議論で何か興味深い意見はありましたか?いろんな国を回って意見交換などをした経験から興味深い事をたくさん学べたね。
中国やブラジルそれから最近ではメキシコやトルコなどそれぞれ不平等の問題に取り組んでいて新たに知るところがたくさんあったよ。
ラテンアメリカの国々を訪れて面白いと思ったのはその国の人たちの反応だ。
エリート層の人たちは相続税や資産に対する累進課税制度を導入するなどとんでもないと反発する。
ブラジルの相続税は僅か4%だ。
彼らは私にこう言った。
「4%以上になれば経済成長などなくなる」とね。
でもそれは全く逆の話だ。
貧困層は高い電気料金の上に高い消費税まで払い重税をかけられている。
その一方で親から億単位の資産を相続する者には4%しか課税しない。
本来逆であるべきなのに彼らは「お前の言う事はユートピアだ」と私を批判する。
アメリカドイツイギリスなど多くの先進国では相続税は最高税率で40%というのが普通だ。
特に左翼的な政権だからというわけではない。
キャメロンだってメルケルだって相続税を4%にしろとは言わないだろう。
残念ながら時間だ。
たくさんの質問ありがとう。
(拍手)2015/03/02(月) 01:10〜02:05
NHKEテレ1大阪
パリ白熱教室・選 第1回「“21世紀の資本論”〜格差はこうして生まれる〜」[二][字]

現代が抱える富と所得格差の問題に真っ向から切り込んだ大著「21世紀の資本」でいま世界的注目を浴びるトマ・ピケティ教授。パリ経済学校で行われた人気講義を独占収録。

詳細情報
番組内容
富が富を生み、格差が格差を生む現代の資本主義。たとえばアメリカで、わずか1パーセントの富裕層が国の富の4分の1を握るようになったのはなぜなのか。現代が抱える富と所得の不平等の問題に真っ向から取り組み、世界で一躍脚光を浴びる経済学者、トマ・ピケティ教授。その著書「21世紀の資本」は世界15か国で出版され、異例のベストセラーになっている。パリ経済学校で行われたエスプリ満載の人気講義を全6回で伝える。
出演者
【出演】パリ経済学校教授…トマ・ピケティ

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
趣味/教育 – その他

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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英語
サンプリングレート : 48kHz

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