たかじんのそこまで言って委員会 2015.03.01


最高裁判所。
日本の司法における最高機関であり、再考裁判所での判決が、最終的な司法判断となる。
しかし。
過去には最高裁が上告を棄却し、死刑が確定したあとに、新事実が判明。
再審の開始が決まった袴田事件など、必ずしも最高裁が常に正しい判断をするとは限らない。
そこで以前、当委員会では、最高裁判所の判決を再考する、再考裁判所を開廷。
国民の視点を入れるため導入した裁判員裁判の判決を破棄し、被告の刑を軽減した刑を始め、
父親と子どもの関係は、血縁よりも法律上の親子関係が優先されるとした判決。
外国人は生活保護の対象外とした判決などなど、さまざまな最高裁判決について、再考を試みた。
このとき、出演した元裁判官の井上薫弁護士は、この企画について。
大したもんですよ。
この企画、すばらしいと思って。
そこで今回のそこまで言って委員会は、再び再考裁判所を開廷。
働く女性が妊娠を理由に降格させられるのは、男女雇用機会均等法に反するのか?
沖縄返還を巡る日米間の密約文書の情報開示を求めた原告の上告を、なぜ最高裁は棄却したのか?
東京都の公立校の教員に対する、君が代の起立斉唱の職務命令は、憲法が保障する思想・良心の自由を侵害するものではないのか?
悪質なヤミ金業者とはいえ、借りた金を返さなくて本当にいいのか?
といった、過去の最高裁判決を、再ジャッジ!法律の専門家も加わって、徹底討論します!
本日もおつきあいいただきます、このお三方は、それぞれ出身母体が違うわけです。
裁判所、弁護士、それから検察官。
お三方、ご紹介させていただきましょう、検察の裏も表も知っている、もととうきょうひ…、元東京地検特捜部副部長、若狭勝さん。
ーよろしくお願いいたします。
皆さん、知ってますか?この人、肩書変わりまして、今や、なんと国会議員!
国会議員、まあ、1年生ですね。
やはり司法に対して、国会という一議員が、やっぱり今回、たてをつくという番組なんですか?これ。
そんなの、私に聞かれても困るんですけどね。
でもね、大体、国会議員になるとですね、発言が後ろ向きになるわけです。
次の選挙のことを、急に考え出したりとかして。
それはあらかじめ、ちゃんと言えよということですか。
そういうことで、よろしくお願いします。
そしてそのお隣です。
労働問題のエキスパート、2人の子育てママさん弁護士、萩谷麻衣子さん。
よろしくお願いいたします。
きょう、弁護士のほかに2人いるというので、安心してきたんですけど、ちょっとこの顔ぶれ見ると、たぶん、なんか意見が違いそうで怖いなっていう気がするんですね。
なんかちゃんと人権感覚があるかなと。
すみません。
人権感覚。
そんなこと言うたらね、こっちも。
そして前回、この企画を大絶賛してくださいました、今回も日本の司法界をぶった切っていただきます。
元裁判官、弁護士の井上薫さん。
よろしくお願いします。
改めてご紹介するまでもないと思いますが、井上さんは大変な元裁判官でいらっしゃって、なかなか日本の裁判所って、途中でクビになることはめったにないんですよ。
そのめったないことが起きたということで。
ほっとけ。
さあ、お三方と共に、徹底討論していただきます、本日の委員会の皆さんです。
3か月ぶりのご登場となります、フリーアナウンサーの渡辺真理さん。
渡辺さんは前回お出になって、どうですか、周囲の反響等々は?
本当にものすごい反響を頂きまして、大丈夫?あなたが出てって。
さあ、まいりましょう。
一体、裁判員制度は、なんのために導入したんでしょうか。
開廷!再考裁判所。
まずは。
裁判員裁判の死刑判決、破棄問題。
7年前、東京・秋葉原で7人が殺害された通り魔事件で、殺人などの罪に問われた被告について、先月2日、最高裁判所は、犯行の動機に酌量の余地は見いだせず、死刑を認めざるをえないと、被告側の上告を退ける判決を言い渡した。
一方で、今後、裁判員裁判における死刑判決に影響を与えかねない2つの最高裁判決が下された。
1つ目は千葉大生強盗殺害事件。
2009年10月、千葉県松戸市のマンションに、無職の男が侵入。
当時、千葉大学4年生だった女性から現金5000円などを奪ったうえ、女性を包丁で刺して殺害し、証拠隠滅のため放火。
焼け跡から全裸の女子大生の遺体が発見された。
被告は事件の僅か1か月半前、過去の強盗強かん事件の服役を終えたばかりで、逮捕されるまでの間、女子大生殺害事件のほかにも、8件の強盗強かんなどを繰り返していた。
1審の千葉地裁の裁判員裁判では、被告の反社会的な傾向性は顕著で根深いとして、死刑が相当との判断を示した。
そしてもう1つ。
東京・南青山の男性強盗殺害事件。
2009年11月、東京・南青山のマンションに、無職の男が金目当てで侵入。
室内で昼寝をしていた飲食店経営の74歳男性の首を包丁で刺して殺害した。
裁判員裁判が行われた1審の東京地裁は、この被告が過去に妻子を殺害し、懲役20年の判決を受けた前科があることを重視して、死刑を選択した。
ところが、これら2つの事件の死刑判決は、いずれも2審では破棄され、無期懲役に改められた。
そこで2つの事件の2審の量刑判断の是非を争う上告審が行われたが、先月3日、最高裁が下した判決は、死刑の適用には慎重さと公平性が求められるとして、2審の判断を支持。
これにより、被告2人の無期懲役が確定した。
死刑の量刑判断を巡っては、最高裁が1983年に、被害者数や殺害方法、前科などの9項目の基準、永山基準を示しているが、今回の判決では、裁判員裁判でも過去の裁判例で示された量刑判断を出発点に評議を行うべきだとの判断を、初めて示した。
その上で、千葉大生強盗殺害事件の1審判決については。
計画性が認められず、反社会的な性格傾向を強調し過ぎている。
東京・南青山の男性強盗殺害事件の1審判決については。
犯行経緯の違う前科を過度に重視している。
と指摘しているが。
要するに、殺された被害者が1人であれば、死刑にはならないということなのか。
この判決に対し、被害者遺族は。
最高裁が先例を重視するなら、裁判員の市民感覚など無意味だ。
とコメント。
1審で裁判員を務めた50歳代の主婦は。
最高裁の示した死刑の判断基準のままで、重大犯罪はなくなるのか。
と、疑問を口にしたが。
ここで皆さんに質問です。
2つの強盗殺害事件で、2審の量刑判断を支持した最高裁の判断は、正しいと思いますか?
正しくないという方が優勢ではありますが。
竹田さん、正しくない、市民感覚って何?
今、ちょっとVTRでもありましたけれども、ありましたけれども、裁判員裁判の趣旨というのは、やっぱり、市民感覚を法廷に持ち込むというところにあったはずなんですよね。
ところが市民感覚でもって死刑って確定したものを、最高裁がそれをひっくり返したわけですよ。
その理由がすごいんですよ、裁判長が千葉さんという方なんですが、補足意見でこういうことを言ってるんですね。
過去の裁判例をもとに、相互考慮して、死刑か否か判断するのは、まさに健全な市民感覚が生かされる場面であるということなんですよ、ということは、裁判員が下した市民感覚よりも、最高裁が示した判断のほうが、市民感覚に近いっていって、ひっくり返しちゃうわけですよね。
だとしたら、裁判員裁判なんか、もうやめちゃったほうがいいんじゃないかというね。
もう自己矛盾も甚だしいなと思いました。
ありがとうございます。
結構、井上さんとぶつかることが多かったもんですから。
今までの判例を参考にしてて、そんなもん、同じような事件なら、びたっと合うか分からんけど、絶対おかしいでしょ。
ほんまは2人でも、1人でも、これは死刑やと思ったら、新しい考えで死刑にすべきちゃうの?
全く同じ事件なんかないですからね。
今回の1例目のケースなんかは、出所してきて1か月半の間に9件の連続強盗強かんですよ。
それであげくの果てに殺しちゃったんで、大ニュースになってるんですが、その9件の間が、日本は性犯罪は報道されませんから。
世の中から。
これ、どう思いまんねんな?ああ、おおきに。
今、おっしゃったことはもっともだと思うんですけれども、私は弁護士で弁護人の立場に立つので、やっぱり裁判所という公権力が、抑止的な方向で働く分には、そんなに違和感がないと。
ただ、私、個人的には許せないんですよ。
南青山の事件なんて、私、しょっちゅう、この被害者の飲食店に行っていて、おじさん、よく知っていて、もう本当にうちの旦那なんか、あまりにもしょっちゅう行くんで、赤坂警察署に呼び出されて、事情聴取までされたぐらいで、許せないんですよ。
今言った、千葉大生のほうも、これ、これで、なんか、矯正可能性があるわけ?って、裁判員の方が思うのは、ごもっともだと思います。
だけれども、最高裁が裁判員裁判の結果をひっくり返しては、一般的にいけないかというと、それは正しくないだろうと思います。
私は少なくとも、今回の最高裁の判断は正しくない。
私は検事辞めて、裁判員裁判がやりたくて、検事辞めたぐらいで、裁判員裁判に非常に思い入れが強いんです。
ですけど、やっぱり市民感覚をやっぱり導入するということで、裁判員裁判を入れたわけですから、それに極めて反する最高裁の、今回の判断があるというのは、僕は間違いないと思うんですよね。
ただ、じゃあどうすればいいかっていったら、やはり有罪か無罪かを判断することと、それから死刑かむきかという量刑を判断するのを2つに分けて、いわゆるアメリカの陪審員制度みたいな形で、有罪か無罪かは市民感覚で判断してもらって、あと量刑は死刑か無期かというのは裁判官だけで判断してもらうという方向に、今回の最高裁の判断を踏まえると、いかざるをえないんじゃないかというふうに思うんですよね。
もう一つ、ここでほかの人はたぶん、知らない話を申し上げますと、この9人、裁判員6人と裁判官3人で、9人で議論して、ある1人、裁判員が、私はこれは無罪だというふうに主張してたとしますでしょ、でも多数決を取ると、有罪説になったといった場合には、今度は、無罪を主張していた人であるにもかかわらず、あなたの無罪の意見はこっちに置いといて、死刑か無期かというのを迫られることになるんですよね。
その二重人格を迫られるような、そういうものを裁判員って一般市民の人に課するっていうのは、僕は非常に問題があると思うんですよね。
ただ私が裁判員裁判をやった感覚からすると、あまりに評決の過程が見えなくて、判決を見て、あっ、ここに裁判員の感覚というのは、ここが問題だったのかと思うんですが、もう少し可視化されないと、裁判員って個々の事案しか、やっぱり見えないんですよね。
過去の事案なんて知ることもできないのに、それで有罪・無罪だけじゃなくて、死刑か無期かまで判断するというのは非常にやっぱり負担が大きいので、もう少し可視化してくれないかなと思いますね。
似たような例というのは説明することはないんですか?裁判員で。
裁判官が説明すると思います。
それはもう、1審の裁判官がきちんとこういうものはこうですって説明すると思いますが、その説明過程だとか、どういうふうな評決を取ったのかっていうのは全然見えてこない。
もちろん、守秘義務があるので、それ、しゃべると罰則までありますから、そこをもう少し国民が知れるようにしてほしいと思いますね。
正しくない、ね。
なぜかって言うとですね、裁判員制度導入の大義名分は、やっぱり国民の考え方を刑事裁判に取り入れるというところにありましたね。
特に、今回ね、過去の先例に従ってやりなさいということで、ひっくり返したんですね。
結局、過去の量刑の相場をどうやってじゃあ、決めるかというと、裁判官だけで、だけの時代に出来た相場があって、それに従いなさいということなんですよ。
裁判員を入れたらね、当然、相場も変わってくると思いますよ。
だから、その変わる前の基準を、相も変わらず使って、裁判員もこの相場の範囲内で考えなさいといったら、もうほとんど国民の新しい目を入れた意味はもうなくなっちゃうんですよ。
だけど一つ知りたいのは、さっき萩谷さんも言ってらしたけど、議論したプロセスみたいなものを、私たち国民に開示されてないから、どの時点で、例えばそこにいた3人の裁判官と、その裁判員の人がどういうところでどういうふうにすれ違って、どういう議論が交わされたのか分からないと。
そこは分かんないんだけど、評議の秘密ということで、公開しないので、そこはしかたがないんですけども。
でも変じゃん。
そもそもこれ、初手から言ってる話だけど、要するに討論の過程が分からないって、それ、しゃべると犯罪になるっていうのは、日本の憲法21条の言論の自由の明らかな憲法違反じゃないですか。
これ、法律家の皆さんは、なんでこんな法律、目の前で通っていくのに、認めたんですか?
評議の秘密とか、裁判員のプライバシーの保護とかいう意味で、ある程度のやっぱり保護は必要、保護っていうか、見えない部分は必要だと思うんですけども、見えなさすぎて、もう少し可視化してもらわないと、国民の間で同じような感覚が共有できないと思います。
それに今回、死刑の判決が出てるということは、プロの裁判官3人、素人さんが6人、合わせて9人で評決を取ったときに、9人のうち少なくとも5人は死刑っていう判断を下して、なおかつ1人はプロの裁判官が入ってるはずなんです。
ね?そうですよね?プロの裁判官が1人入ってないと、それは判決出せないんです。
そうすると9人中5人以上、プロの裁判官も含めて、これは死刑だろうって言って出た判決が、簡単に上級審でひっくり返るんじゃ、やっぱり。
そのとおりですよね。
2012年に最高裁は、裁判員裁判の結果というのは、その上級審でも尊重しなきゃいけないという判決を出してるんです。
裁判所はスタンスとしては、もう裁判員裁判の結果は尊重しなさいと最高裁も認めてるんですね。
ただ最高裁とか高等裁判所は、直接その被告人を見ていない。
書面しか見ていない可能性があって。
そうでしょ。
だって1審、2審は事実審をやって、目の前にこんなやつが悪いやつだって、最高裁って、書面しか見ないわけだから。
だから、1審の判決をもっと大事にしないとだめなんですよ。
この怒りはどこへ持っていったらいいんですか?
萩谷さん、判決のね、お宅は正しいって言うたけど、これ、死刑より無期のほうが正確やということなんですか?
無期でもしかたないかなと思います。
それの違いをちょっと教えてほしい。
あのね、青山のほうは、私、無期でもしかたないと思う。
千葉の件はね。
あれは…。
常識、そんなごちゃごちゃ勉強なんかする以前にね、あそこまでやってね、住居侵入やって、強盗殺人やって、それで放火して証拠隠滅しようとして、強かんもなんかいっぱいやってて、これ以上向こうがないぐらい悪いじゃないですか。
私はそう思うよ。
その最高裁は、正確性がないというところを重視したんですよ。
でも、この公判でもこの被告に言ってるんですけれども、千葉大生殺しちゃって、死刑になるから、もう何やっても同じだ見たいなことで、そのあとも凶悪な犯行を繰り返してたんですね。
だからそういうのを見ると、計画性がないことこそ矯正が不可能なんじゃないかなと思うところがあります。
計画性はないにしても、もう住居侵入で強盗やったら、
渡辺さん、どちらともいえない。
現行法で言うと、前例尊重主義と、裁判員、市民感覚を取り入れるっていうのを、どれだけうまく融合していくかという話になると思うんですけど、融合は今回はしていないと思うので、私は正しくないと思います。
ただ、死刑制度ありやなしやという問題で言うと、今回の場合、死刑を無期懲役にしたという意味でいうと、私は死刑制度は、ないほうがいいんじゃないかと思ってる人間なんで、人が人を殺しちゃいけない、だったら国家も人を殺していいのかっていうのが、大原則として、疑問として私はあるんです。
死刑制度っていうものを、日本としてどういうふうにしていくのがいいかなっていうのが。
ただ、最高裁は死刑制度を前提にしたうえで、今回の判断をしているわけで、最高裁自体が死刑制度を問題視してるから、無期に落としたわけではないんです。
分かります、それは分かります。
死刑制度の話をすると、もうなんか、話ぐちゃぐちゃになるので、それは分けてやらないと。
萩谷さんのおっしゃったことがね、すごい大事なポイントがあったなと思って、ちょっと念のため、確認したいんですけれども、裁判員裁判で出た判決は、上級審は尊重しなければいけないと。
という判決はあります。
という判決があったんだと。
1審で裁判員裁判だった場合は、2審は、それをゼロからのスタートではなくて、それを踏まえたうえで、よほど不合理な事情がないかぎりは、覆してはいけませんという判断です。
そういうことをかつては最高裁自身が判断していたにもかかわらず、それをひっくり返すようなことをやってるっていうのは、僕はもしかしたらですよ、僕の直感で言うと、最高裁が自分たちの権威が、このままいくと失われてしまうからこの際、巻き返してやろうということなんじゃないの?そういうことはない?
近いと思うね。
そういうふうに思うけど、どうですか?
だけどね、日本の司法制度というのは。
やっぱり、先例尊重というのは、特に最高裁の権威を高めるんですよね。
一種の自己保存本能だろうと思いますけども。
自己保存本能というのは、つまり、今の話は当たってるっていうこと?
当たってるってこと?
やっぱり要するに、最高裁が自分の権威を守るために、要するにひっくり返してやろうと、巻き返しに出たんだと。
当たってると思うよ。
どうですか?これは。
それは特に最高裁の裁判官はもう、これがせんれいになるというんで、すごい意識してますよ。
だから、自分は法律を制定するような気持ちで、考えて結論出してますよ。
だからそれはやっぱり必然的に最高裁が権威を持つわけですよ。
極端に言うと、法律よりえらいものを、判例といって作るような。
だから簡単にいうと最高裁裁判官っていうのは、私が非常にざっくばらんに言うと、俺こそが全知全能の神だと。
最終判断は、全知全能の神の私が判断するのであって、素人が判断してはならぬと、こういうつもりがあると。
だけど、政治家にはころっと負けるんじゃない。
やっぱりそうだ。
裁判官の問題って。
ずばり、プロの皆さん、お三方、裁判員裁判というのはやっぱり続けるべきですか?もうやめたほうがいいですか?どっちですか?
続けるべき。
続けるべき?
続けるべきだけど、ちょっと変えていくと。
井上さん。
反対。
これはもう、昔から。
そう変節はしませんよ。
なるほど。
分かりました、続いてまいりたいと思います。
借りた金は、どうも返さんでええらしいんです。
開廷!再考裁判所。
続いては。
ヤミ金返済訴訟。
もう支払い期限は、とうに過ぎとるんや。
せめて利子だけでも納めてもらおうか。
そやけど、10万借りただけで、利子が300万て、むちゃくちゃやないですか。
うちはトイチやて、初めから言うてたはずやけどな!
そんな違法な金利、払えませんよ。
指定暴力団山口組旧ごりょう会系のヤミ金融事件で、愛媛県の11人が、違法な高金利で借金の返済を迫られ損害を被ったとして、ヤミ金融グループの元最高責任者におよそ3500万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。
原告は2000年11月から2003年5月、ヤミ金融グループの店舗で金銭を借り入れたが、出資法の上限金利を大幅に上回る、年利数百%から数千%の超高金利で返済をさせられた。
裁判では、原告がヤミ金に返済した金銭を、いくら取り戻すことができるかが争点となり、1審、2審は、ヤミ金融グループへの返済総額から借り入れ額、つまり元本分を差し引いた利息分のみの賠償を命じたが。
2008年6月10日、最高裁が言い渡した判決は。
利息だけではなく、元本分も賠償すべきだというもので、利息だけの賠償を命じた2審の高松高裁判決を破棄。
賠償額を算定させるために、審理を高裁に差し戻した。
最高裁判決は、ヤミ金融グループの収益が、暴力団の違法な活動に使われていたことなどを重視し、反倫理的な貸し手に対しては、返済が不要であることを命じ、悪質なヤミ金融は、借り手に対して返済を請求できないだけでなく、返済された金銭についても、元本を含む全額を賠償すべきだとし、ヤミ金融業者には、借りた金を返さなくてもよいという、司法判断を示すことで、ヤミ金融に大きな打撃を与えるとともに、被害者救済につなげた。
元本も賠償せぇて、そんなむちゃくちゃな。
それやったら、借りたやつの借り得やないか!借りたもんは返すというのは、子どもでも分かる常識やろ。
そこで皆さんに質問です。
ヤミ金融で借りた金は元本も含めて返す必要はない。
この最高裁の判断は正しいと思いますか?
なるほどね。
田嶋さん、元本は返すべき?
ただし、ヤミ金融みたいなもの、抜本的に違法行為として、システム自体をやっぱり、なんとかするほうが先でしょと思う。
でも金は返さなくちゃいけない?
そりゃそうだよ。
借りたんでしょ。
いやいや、そやけどそれ、ヤミ金融でっせ。
でも、借りたんでしょ。
法律であれしてない、やったらあかん商売で借りたんですよ。
でも借りたんだよね。
これ、どういうことかというと、要するに、クリーンハンズの原則と書きましたけども、民法の大原則の一つで、要するに違法なことをしてる人がね、法律の手続きに従って救済されるのはおかしいだろうということで、汚れた手の者は、司法によって救済されないっていう大原則あるんですよ。
だから、これはですね、ここのバランスを取るうえで最高裁は非常に法の番人としては、非常にすばらしいことを示したと思いますね。
私、珍しく田嶋さんと意見が一致したんですけどね。
最初も一緒だったよ。
そうだったかな?
はい。
悪者にも一分のなんかね、とは言いたかないけど、やっぱりこれ、懲罰的な判決なんですよね。
それはそれで目的は分かるんですよ。
だけど、それやったらモラルハザードになりませんか?それはもう、相手が悪かったらいくらでも借りて借りて、踏み倒しゃいいわけでしょ。
それ逆ですよ。
違法なことをやって商売をもうけようとしている人が、法によって救済されるのはおかしいじゃないですか。
法によって救済されるんじゃない、借りた部分だけですよ。
救済ですよ。
つまりね、それを戻さなきゃいけないというわけだから。
それを元本なんて、財産権を主張して、救済されるわけですよ、ヤミ金が。
民法の708条で不法な原因のため給付をした者はその返還を請求するはできないって民法に書いてあるんで、そのとおりの判断なんですよね。
昔のやくざならね、大岡越前がそう言ったらね、あっし、もうこれからやくざ辞めますって、こう言って感激するですけどね。
時代劇だとね。
渡辺真理さん、正しくない。
勢いあまった判決。
正しいっておっしゃる方々もそのとおりだなと思うんですが、でも高裁の判断が妥当じゃないかなっていう市民感覚もあるんですよね。
とりあえず、借りたものは返すっていう、その分だけは、それが救済につながるかっていうか、そうすると高裁、つまり司法の判断で、ヤミ金の息の根を止めるということが、正しいのかなっていう、私は高裁の判断のほうが、自分では納得できたんですけど。
これはですね、お金を貸す側の意思なんです。
この人を助けてあげようと思って出したのと違って、要するに、なんでトイチとか、トサンになるかというと、要するに、弱みにつけ込むわけですよ。
今このお金欲しいだろと。
だったら高金利を出せと、そうやって違法なことをやって、むしり取る意図でもって金を入れたわけですよ。
それが返ってこなくて当然だということですよ。
それはもう借りないという手が先にありますよね。
でもその人は目の前のお金が必要でしょうがないからそこに、これがナイトきょう、首つらなきゃいけないという人じゃないとトイチの金なんか使わないですよ。
しかもね、ちゃんと民法に条文もあるんですよ、708条。
長谷川さん、加藤さんは、お二方共、公序良俗に反するので無効だから返さなくてもいい。
僕は法律よく知りませんけど、もともと違法なことをやっていて、そういうのは法律によって救済されないで、それが普通、公序良俗ということばが法律的なことばか、私知らないけども、常識で、常識で考えて、まあそういうことなんじゃないかということが、私の判断ですけど。
井上さん、若狭さんは正しくないですから。
要するに、元本ぐらいは返せやいうことですか?
そういうことやね。
高い金利、元本を一緒に払ったと。
それを全部返せっていうのが原告さんたちの要求だけど、元本分だけは、借りたものを返したことになるわけだから、それは賠償額から減らしなさいよっていうのが、1審、2審までの判断だと思うんですよ。
それを元本まで返せっていうと、ヤミ金は丸損しちゃうわけですけれどもね。
丸損でいいじゃないですか。
いや、よくないんだよ。
やっぱりね。
ヤミ金丸損するのよくないんですか?
いや、そうじゃなくて。
これは賠償請求の中で、損益相殺っていうところなんですよ。
やっぱり、交通事故でね、賠償金、被害者が請求できる。
だけどこっちから、例えば保険金が入った場合には、その分、控除して残りを請求すべきだっていう、そういうのと同じ理屈なんですよ。
それでね、竹田さん、民法708条の不法原因給付のことを言ったけれども、あれは違うんだな。
なぜかというと、あれは不当利得の条文なんですよ。
今回、不法行為で適用にならないんですよ。
だから、最高裁も適用はしてなくて、その心をちょいと借用してっていうことを書いてあるんですけど。
借用すること自体が、法律に基づいた裁判じゃないんだよ。
その条文の根底にあるのがクリーンハンズの原則じゃないですか。
例えばですね、こういう場合、どうします?例えば違法な、ちょっと聞いて、違法なカジノをしているところがあるとしますが、それで胴元が何百万負けるとしましょうか。
で、警察に駆け込んで、いや、こいつ、違法なゲームしてもうけたんだから、取り返してくれって言ったときに警察が来てね、お前ね、負けたんだからね、そんなこと言うなよなんて司法が介入します?
取り返そうとしてるわけじゃないんだって、控除するんだから。
法律的な原則から言うと、井上先生が言ったとおりで、損害賠償請求としてやっているので、とにかくヤミ金に元本は返さなきゃいけない。
あるいは元本はヤミ金は賠償しなくていいとなると、ヤミ金というのは暴利をむさぼるためにあらゆるあくどい手を使って貸し付ける。
でも、元本だけはとにかく確保できるとなれば、別に損はないじゃないですか。
そうするとそれはもう撲滅には程遠くなる。
だからとにかく、うまい商売じゃないんだぞということを。
撲滅させるための手段として、そういう今回のような判断をするのはよろしくない。
もともと、こんな暴利だったら刑事罰の、当然対象ですから、刑務所入れるっていうほうが先であって、今回のは違うんだよ。
今回のは。
やっぱり、借りたものを返すというのは守らなくちゃ。
そうだよ。
それで罰するんだよ。
ヤミ金をやってるってだけで、法律違反にならないんですか?
なるのよ。
刑務所に入らなきゃいけないのよ。
だからそうするべきなんだよ。
両方進めていいわけですよ。
刑事罰があるから民事は軽くていいということにはならない。
あともう1個言えば、大体そういうときって、元本がいくらかを確定するのは、難しいんですよ。
よくこれ、ヤミ金の常とう手段ですけど、すでに金利を差っ引いたお金を渡して、それで満額の領収書を取るんですよ。
そうすると、裁判所はこれ、全部書面主義ですから、よほどそれ、明確に写真とかレコーダーとか取ってなければ、そんなものなかなか覆せない。
竹田さん詳しいね、借りたことあんの?
借りたことないけど、そういうことを考えたらね、元本を確定するんだって、非常に難しいんですよ。
ちょっと、今、聞こえました?ぼそっと、裏でやってんじゃないのって。
いやいや。
若狭先生は?
私は刑事事件で検事のときに、このヤミ金の事件っていっぱいやってるんですよね。
起訴して決裁して。
ですから、相当追い込んだことは追い込んだんですけれど、少なくとも、ヤミ金ということから考えたら、今回の最高裁の判断も、全く外れてるってわけじゃなくて、政策的な面がすごいあるんで、うなずけるところもあるんですが、ただ、宮家さんの言ってることと同じなんですけど、やっぱりモラルハザードで、借りたものを返さなくていいっていうような意識が、みんなに広まっちゃうことが、僕は非常に恐ろしいという感じなので。
だからね、結局のところ、あいつら、あいつ悪いやつだから、あいつが負ける分には、どんな判決でもいいみたいな、そういうね、発想じゃだめなんですよ。
限度があって、理屈があって、そういうことですよ。
最高裁の判決が出たということは、判例として確定しますから、要するにもう、今後は借りた場合には、元本も返さなくていいっていうことですよね?
そうです。
ということですよね。
皆さん、ヤミ金からばんばん借りて、踏み倒しましょう!これで一気にヤミ金は撃退できますから。
しかし、それで殺されても、命は返ってこないよ。
続いてまいりたいと思いますが、皆さんの職場は、さあ、男女平等ですか?
開廷!再考裁判所。
続いては。
マタニティ・ハラスメント訴訟問題。
マタニティ・ハラスメントとは、妊娠・出産した女性に対する職場での嫌がらせのことだが、あるアンケート調査では、妊娠経験のある女性の4人に1人がマタハラ被害の経験があると回答。
各地の労働局に寄せられたマタハラの相談件数は、2013年度には3000件を超えた。
そうした中、去年10月、最高裁がマタハラについて、初めての判決を下した。
訴えたのは、広島市内の病院に勤務していた理学療法士の女性。
女性は1994年から働き始め、2004年に副主任に昇格を果たした。
その4年後の2008年に妊娠し、本人の希望により、業務負担の軽い部署へ異動した。
ところが、異動先ではすでに主任がおり、ほかに管理職は必要ないと、副主任職を解かれてしまったため、女性は妊娠を理由に不当に降格させられたとして、病院を相手取り、およそ175万円の損害賠償などを求める裁判を起こした。
1審広島地裁、2審広島高裁は、いずれも、役職を外したのは、転換後の業務では、規模などの面から、副主任を置く必要がなかったためだと指摘。
妊娠を理由とした降格とは認められないなどとして、女性の請求を棄却。
これに対し上告審で、女性側は、降格を簡単に許しては女性労働者に萎縮効果を与える。
努力を重ねて得た地位を安易に奪うことは許されないと主張。
病院側は、副主任の免除を伴う異動は、本人の同意を得ており、裁量権の逸脱はないと訴えた。
そして最高裁が下した判決は、女性について、妊娠中の負担の軽い業務への異動などを契機に降格させるのは、原則として違法として、原告敗訴の2審判決を破棄。
一方で、女性の承諾、雇用主側の特段の事情のどちらかがある場合には、例外的に降格は許されるとした。
その上で今回の降格は、女性が自由意思で承諾したとはいえないと指摘。
特段の事情についても、主任に加えて副主任を置くと、業務上の支障が生じるのかどうかが明らかではないと疑問視した。
今回の裁判では、妊娠や出産を理由に女性労働者に不利益な扱いをすることを禁じた、男女雇用機会均等法の9条3項の解釈が争点となったが、最高裁が雇用主側に働く女性への配慮を強く促した判決となった。
最高裁の判決後、原告女性は、働く女性が安心して子を産み、育てながら仕事を続けるために、判決が役立ってほしいという趣旨のコメントを出し、マタハラに苦しむほかの女性たちのことを思いやったが。
そこで皆さんに質問です。
女性が妊娠を契機に降格されるのは、男女雇用機会均等法に反するとした最高裁の判断は、正しいと思いますか?
全員、全員正しい。
全員一致。
あら?もうこれ、全員一致で正しいなら、このねたやめて次いこうと思ったんですが、1人だけ正しくないがいらっしゃいますから。
でもそれにしても、田嶋さんの正しいは、まあ、よく分かりますが、加藤さん、田嶋さんと同じでいいんですか?
いや、それちょっと、じくじたる思いがありますけども。
ただ、ただ私が思うのは、すでに日本の労働人口が減り始めているわけですよ。
私の考え方言うと、じゃあ、外国から100万人単位、1000万人の外国人労働者を入れるのは、反対。
そうすると女性に働いていただく、高齢者に働いていただくのは必須の条件なんですよ。
そうすると、いちいち妊娠したうんぬんで、こういう降格うんぬんって言語道断ですよ。
絶対だめですよ。
これはちゃんと戻ってきて、きちっと前のあれで働いていただくというのは、これ当然のことですよ。
じゃあ、人口が減ってなきゃ、これはOKにしないのね。
いいえ!違います。
竹田さん、画期的な当たり前の判決。
今回ですね、最高裁が出した画期的というのは、条件を出しましたよね。
例えば、今さっきVTRでありましたけれども、女性側の承諾があるかないか、雇用主側の事情があるかないか。
やっぱりこれ、最高裁が判断基準を出すっていうことは、非常に大きな意味があるので、だからこの個別事情を見ないと分からないじゃないですか。
でも、今回の場合は、そういう女性側の承諾というのは、パワハラに近い形で、形だけの承諾だったということもあるので、この件、いろいろと事情を見ても、やっぱりこれはひどいだろうというふうに思いましたのと、そういう条件が出たということは、画期的な判断だなと思います。
なるほど。
桂ざこばさん、けど、ほかの裁判長なら?
これ、ほかの裁判長なら変わるおそれがたぶんにあるんちゃいますの?
1審、2審は違いますからね。
えっ?
1審、2審はこれ、違法じゃないと言ってますからね。
最高裁がひっくり返しおるでしょ、ほんなら1審、2審の裁判長は、何さらすねん!お前!上に対して、むかつかへんのですか?
まあ、そういうことは言わないけどね。
言わないけど、思ってるんですね。
思ってるでしょう。
思ってるんだ。
これ、最高裁と違う判決を下で、下級審で出してたら、その裁判官っていうのは、人事評価上、具合悪いんですか?
まあ、そういう傾向もありますけどね。
えー?
でも裁判官って、独立してるんじゃないんですか?最高裁がなんと言おうと、出すべきものを出せばいいじゃないですか。
建て前はね。
高等裁判所でこれが違法じゃないと、降格は違法じゃないという判断したのは、承諾があったから、ここを重視しているんですよね。
最高裁、さっき、竹田さんがおっしゃってましたけど、最高裁が画期的なのは、その承諾というのは、承諾するのに合理的な理由があるかどうか、形式的な理由、承諾ではなくて、本当に自由意思か、真の承諾かどうかを、きちんと見なきゃいけないというところを示したところだと思うんです。
まあ、私、今回のところで一番いいなと思うのは、承諾の部分で、やっぱりサラリーマンで仕事してると、本当は違うけど、自分の職を失わないためには、嫌々ながら承諾せざるをえないよねっていう局面はいっぱいあるわけですよ。
そこにまで踏み込んで、いや、この場合はちゃんとした承諾じゃないよということを最高裁が言ってくれたっていうのは、僕は女性の立場に立っていて、すごくいいなと思いますね。
もう一つ、根本的な問題は、出産・育児・妊娠において、働く女性の不利益なことをしてはいけないと、つまり出産間近でも私は働いてたいんだという女性の不利益になっちゃいけない。
つまりこんな臨月抱えて走らなきゃなんないとかって。
いや、妊娠した従業員のほうから軽易な業務に変換してほしいという申し出があった場合は、それは変換しなきゃいけないんです。
でもね、女性が、私はやれると、でも、やれそうにないのにやれると女性が言ったとすればさ、それは女性のほうを尊重しなきゃならないの?
会社としては、原則として尊重すると思います。
ということは、雇用者として見れば、そういう女性はあんまり来ないほうがいいなっていうふうに思ってしまわない?
この判決は非常に正しいと思うんですが、ちょっと懸念があるのは、こういう判決が出てしまうと、じゃあ、もう妊娠・出産では、降格・解雇はできないと、だから最初から非正規で、ちゃんとした正規社員を雇わないで、非正規で雇ってしまうという中小企業が多くなってしまわないかなと。
そこがやっぱりそういうふうにならないようにしないといけない。
そういうところもあるんですよね、実際にね。
今、政治の世界でも本当にそのへんのところは、相当議論してるんですよね。
そうですか。
私も女性の権利を、やっぱりもっと強くするというところの担当させていただいてるんです。
そうでしたか。
すばらしい。
ですから、今回の、あっ、ありがとうございます!
こんな所で選挙運動しないでください。
今は、もう世の中はそうなってるんで、むしろ、この判断っていうのは極めてごく当然の判断だと思います。
さあ、しかし、そんな中、たった一人、敢然と正しくないを挙げられた井上さんのご意見を賜ろうと思います。
先ほどね、ビデオにあったような、妊娠を契機に降格するのは法律に反するかというそういう一般論は、別に最高裁が述べる職責はないんですよ。
具体的事件を裁くだけの権限ですよ。
裁判所があるのは。
それでね、下級審が事実認定したところによると、主任がいて、それで、あまり規模も大きくなかったのかな。
それでもう副主任はいらないと、必要ないという職場なんだというふうに認定してるんですよ。
そういう環境だということを恐らく原告本人も、あうんの呼吸で分かったんだろうと思いますけれども、そのもとで同意してるんですよね。
それでなぜ同意かというと、簡単に分かりましたじゃなくてですね、4月1日付で降格すると言ったら、いやー、それじゃまずいと、実際に異動した、職場を異動したその日に、ひとつきぐらい前だったかな?そのときに降格したということにしてくれと言ってるんですよ、女性のほうが。
それね、先生ね。
それが異動のときに下がったならまだしも、あとになって下げられたら、なんか自分にミスがあって、下げられたように周囲に誤解されるからとまで言ってるんですよ。
ですから、降格されたこと自体、異論は述べてないんですよ。
だからこれを同意と言わなかったら、世の中、同意ないと思いますよ。
例えば人事異動でね、おもしろくない場合なんて、世の中サラリーマンなんか、いくらでもあると思うんですよ。
心の心底で、うんと言ってないから、無効だといったら、およそこの世の人事異動なんて、まずできなくなると思いますよ。
日本の普通の使われ方として。
いずれにしても今回の最高裁の判断が確定したわけじゃないんですよね。
一回、高裁に差し戻すんで、高裁においてもう一度、そのへんのところをきちんともう一回認定をして、どういう結論を出すかというのは、まだ確定的なわけではない。
井上裁判官なら、最高裁とは違う判決出してます?
そうだね。
同意があったからということで、終わると思いますね。
そりゃないよ、井上さん。
この最高裁判決を受けて、2月の半ばに厚生労働省が通達を出して、妊娠・出産に近い時期に降格、それから解雇などの不利益な処分をした場合は、原則としてマタニティ・ハラスメントだと認めると、こういうような通達を全国の労働局に出してるんですね。
厚生労働省っていうのは、本当古いんですってね、どうしようもなくね。
通達として出したということは一歩進んだかなと思いますけどもね。
今のやっぱり社会認識としては、妊娠を契機に給料を下げられたり、解雇されたりしたらもうこれは間違いなく会社、勝てないと認識したほうがいい時代だということですよね。
開廷!再考裁判所。
続いては。
君が代不起立訴訟。
日本の国旗である日の丸、国歌である君が代を巡っては、これまでさまざまな動きがあった。
1989年3月、日の丸掲揚と君が代斉唱を義務づける学習指導要領が告示され、1999年2月、日の丸・君が代問題を巡り、広島県の公立高校の校長が自殺し、その年の8月、第1条、国旗は日章旗とする。
第2条、国歌は君が代とすると定めた、国旗国家法が成立。
2003年10月、東京都教育委員会が、教職員に、君が代の起立斉唱などを義務化。
2011年6月、大阪府で公立校教職員に君が代の起立斉唱を義務づける全国初の条例が成立。
そんな中、国歌斉唱時の校長による職務命令が、憲法の保障する思想・良心の自由を侵害するとして、多数の訴訟が起こされ、最高裁は2007年2月、音楽教諭へのピアノ伴奏命令を合憲と初めて判断。
2011年5月には、起立斉唱命令についても、特定の思想を強制するものではないと、合憲判断を示した。
一方で、国旗掲揚や国歌斉唱に反対して、懲戒処分を受ける教職員も増え、日教組が国民的合意がなく、強制は問題と批判するなど、反発も広がっていた。
そして2012年1月16日。
君が代の起立斉唱命令に従わず、東京都教育委員会から懲戒処分を受けた公立校の教員らが、東京都に処分の取り消しと損害賠償を求めた3件の訴訟の上告審判決が、最高裁で言い渡された。
起立斉唱の職務命令は憲法に違反するものではなく、職務命令違反に対し、学校の規律や秩序の保持の見地から重すぎない範囲で懲戒処分することは、基本的に懲戒者の裁量権の範囲に属する事柄といえると、懲戒処分は妥当とする一方、過去数回の不起立のみで停職・減給とするのは、処分による不利益の大きさを考慮すると、重すぎて違法との初の判断を示し、停職1か月の元教員女性と、減給10分の1の元教員女性の処分を取り消した。
都の教育委員会はそれまで、職務命令の違反者を1回目は戒告、2回目、3回目は減給、4回目以降は停職としてきたが、最高裁は、戒告より重い処分には慎重な思慮が必要だと、起立斉唱に従わない教職員への処分は、原則として戒告しか認めない判断をし、例外的に停職が適法とされた原告は、過去に国旗を引き降ろすなどの積極的な妨害を行い、秩序を害する程度が大きいとした。
そこで皆さんに質問です。
君が代不起立訴訟、最高裁の判断は正しいと思いますか?
渡辺真理さん、緑ですね。
妥当かな…。
正しいに近いと思います。
ただ、これも今話すことではないのかもしれないんですけれども、国旗国家法の成立って、するって決まったよなって気がしていて、そこに基づいての判断なので、国旗国歌法がするとしたらどうだったんだろうというのは、もやっとしています。
国のさ、教職員でしょ。
国の学校へ通って、国から給料もらって、教職員になってで、国が定めた法律を守るっていうのは、普通の市民感覚じゃないの?
でも、国の仕事するっていうけど、その前に一人の国民であるわけだから、その一人の国民は憲法が守ってくれるはずなんだから国家公務員だからといってっていうのは、おかしな話。
田嶋さん、それ違うよ。
この中で僕だけだよ、国家公務員やったの、もう辞めたけど。
公務員である以上、法律を守るのは当たり前の話じゃないですか。
どうしてそれができないんだ。
整理しなきゃいけないんですけど、思想・信条の自由がありますから、君が代が嫌いということは自由なわけですよ。
ただ、教員というのは、学習指導要領の中で生徒たちに君が代が歌えるように指導することって、これは書いてあるわけです。
これが職務内容かどうかで議論があって、一応、政府見解によると、伊吹文明さんが文部科学大臣をやっていたときの政府答弁ですけれども、これは義務であると、これ政府見解なんですね。
もしこれ、義務じゃないんだったら、職務違反にならないんですけど、義務だとしたら、それをやんなかったら、職務違反。
要するに私に言わせたら、君が代が嫌なら、教員辞めろと。
だってね、教員というのは、君が代を教えるのが仕事なんだから。
ってことはそれは、1999年に成立しましたけど、その前に教員になってた人は、あっ、国旗国歌法が成立しちゃって、これ、義務だから辞めますって言って、その時点で教員を辞めるってこと?
だって、教育の中身って、時代とともに変わることあるんですよ。
それは仕事だから、それはやらなきゃいけないわけで、それ、いや、自分が先に教員になってたから、教えなきゃいけない内容を、俺は嫌いだから教えないよとはならないですよ。
就職したときだけの法令だけを守らなきゃいけないということではない。
だって、仕事の中身なの。
生徒は歌わなくていいんですよ。
でも教員だけは、歌わなきゃいけない、なぜかといったら、それを見せることが仕事の中身だから。
君が代を指導するという、非常に珍しい職業なんですよ。
要するにバランス、処分とこういとのバランスを考えろって、さっきVでやってたじゃないですか。
僕はあそこが正しいかなと思って。
基本的、このしたの公務員としてののところのご意見見ると、見るとね、それは全くそのとおりなんで、私はそこの部分は、賛成ですよ。
ただ、公務員だからといってちょっと、本当のちょっとしたことで、厳罰っていう。
厳罰じゃないよ。
ちょっとそこに対して、僕、意見があるんですけれども、卒業式って例えば中学校だったら3年、高校3年、小学校なんか6年あるわけですよ。
そして卒業式というのはそれは卒業生たちにとっては、人生の非常に重要な場面なわけですよね。
そこで信頼して慕っていた先生が君が代のときに、そっぽを向いて、こんなことやってですよ、それを見ていた卒業生たちの心情ですよ。
これは、ただ起立したか起立しないかって、そこだけ見たら、それだけでそんな重たいこと言わなくていいじゃないかと言うかもしれないけれども、それはね、大きな影響を与えるんですよ。
だからそれに対しては戒告処分になるわけでしょ。
ー1かいめはかいこくってでてたじゃない。
だから戒告処分するんだから。
甘いですね、戒告は。
それは甘いか。
重いかっていう話だよね。
甘いということなんだ。
僕は甘いと思う。
子どもたちが先生が立ち上がるか、立ち上がらないか、それは…。
田嶋さん、憲法19条、説明してください。
思想・信条の自由ですよ。
それは全く違うわ。
それは全然違う。
どうして?立ち上がる立ち上がらないの問題って。
でもこれは日本固有の問題があるじゃないですか。
70年前の戦争によって、国旗・国歌の下にいろんな思いがある人がいるじゃないですか。
その人たちの考え方。
それは関係ないよ。
それに対して国旗に対して国歌に対してどういう思いを持ってるかっていうと、その思いは自由じゃないですか。
田嶋さん、田嶋さんのおっしゃることは、思想・信条の自由、それそのとおりなんです。
今回の事案では別に思想・信条は何も問うてないんですね。
つまり君が代を指導するんだという教員の職務内容を履行しなかったと、だから、いいんです、教員だってね、日本のこと嫌いであっていいし、君が代を嫌いでもいいんです。
でも職務の内容だから。
だから、そこにね、思想・信条の自由というのを、持ち込むことはおかしいんです。
言わせていただきたいのは、表現の自由とか、思想・信条の自由という方の多くは要するに、君が代が嫌い、日の丸嫌い、日本という国家が嫌い!×××!こいつらは。
専門家の方が、想定とは全く違う正しい、正しくないとなったんですが、恐らく萩谷さんの正しくないは、違う意味の正しくないですね。
私、この中の誰とも、正しくないの方と、誰とも全然理由が違っていて。
どうぞ。
判決のうち、停職処分が不当だとした部分は、正しいと思います。
けれど、戒告処分は相当だとした部分は正しくないと。
それは最高裁でさえ、国歌斉唱を強制する、職務命令するというのは、思想・良心の自由に対する間接的な制約ではあると。
これは最高裁でも認められている。
だから完全に思想・良心の自由には違法しないというわけじゃないんです。
この方々が例えばこの式典を、例えば邪魔した、大声を出して斉唱をやめろとか、国旗をひっぺがしたとか、そういうことであれば、懲戒処分も相当だと思いますが、ただ、座って、何も歌わない、それから邪魔もしない、別に遅れさせたわけでもない、しかもこの式典というのは、教育という直接的な、本質的なものではなくて、学校教育のイベントではあるけれども、教育の根幹に関わることではない。
そんなことないでしょ。
学習指導要領にちゃんと書いてあるんですから。
それは考え方です。
美意識とかさ、徳とかものすごく、一番大事な×××。
憲法できちんと…。
式典こそ本質なんですよ。
保障されている思想・信条の自由は最大限守らなきゃいけないんです。
憲法は、和をもって尊しとなす。
例えば、先生が立たないと、歌わないという子どもたちにとって、違和感を感じますよ。
おかしいね、あの先生と思うかもしれない。
でもその強烈な印象が将来、ああ、あの先生は立たなかったけど、じゃあ、思想・良心の自由ってな
入学式とか卒業式っていうのは、確かに儀式なんですけども、これはやっぱりね、人生の節目でね、大事な意味があるんですよ。
自分はこの学校に入ったな、ここで卒業したなっていう、そういう自覚を持って一定の感銘力が必要なんですよね。
ですから、その中、感銘力を持たせる一環として、国旗国歌を使ってるんだろうと思いますけれども、国旗国歌に対する一定の敬意を表することは、日本国だけじゃなくて、諸外国でも同様だと思いますよ。
当たり前ですよ。
それで、それを職務命令としてやりなさいと言ったら、それがいかんとは、ちょっと言えないと思うんですよね。
そういう先生が…。
でもそれでね、職務命令出して、歌わなくちゃいけないという、その状況は、別に思想・良心の自由に反するとはいえないです。
強制する中身によりますよ。
とんでもない変なことを強制するんだったら、けしからんですけれども、国旗国歌に対する敬意を表するという程度であれば、別に問題ないですよ。
ただね。
戒告以上の処分にすることじゃないと?
だけどね、義務違反はあった以上、懲戒はやむをえないけども、戒告までにとどめるべきだという最高裁の判断は、誠にバランスが取れてて、よろしいなと思うんですよ。
ですから井上にしては、珍しく最高裁、判決にさいせいっていうことですよ。
若狭先生。
私はまあ、検事のときにこういう懲戒処分が正しいかどうかっていうのを判断する仕事をしてたんですが、そのときに、一番大事にしてたのは、要するに、長谷川さんと同じなんですが、比例の原則っていうのがあって、行ったことに対して処分がきちんとバランスを取れてなきゃいけないというのが、原則であるというふうに指導されてたんですよね。
その意味でいくと、皆さん方、正しくないっていう意見を言ってるのは、私はほとんど同じなんですけども、思いとしてはですね。
ただ今回の場合は、少なくても、それによって停職だとかなんとかすると、今度は学校ですから、場がですね、教育の場で要するに、じゃあ、停職になったらあの先生、ずっと来なくなっちゃうとかいうと、子どものいろんなそっちの面で、悪影響が出るというようなこともいろいろ考えると。
いいじゃないですか、君が代歌えないから先生消えたって、いい感じの教育じゃないですか。
長い目で見れば、そういうことになりますけれども、一時的なスパンで見ると。
そうすると子どもたち、ぴしっと歌うようになりますから。
いずれにしてもこれが何十回と、要するにこういうようなことを、指示に従わないということになれば、それは戒告止まりじゃなくて、停職とかね、減給とかいうふうになっていくことは十分ありうるんですが。
でも、この最高裁判決ですと、結局、戒告までしか出せないって、さっきVTRでも言ってましたけど、2回、3回、4回の戒告、はっきり言って、戒告なんて痛くもかゆくもないじゃないですか。
給料が減るわけでもないし。
それをやっぱり重くするのが、バランスじゃないんですかね。
そこは僕も同じで、最初は戒告で、あとは戒告以上やっちゃいけないというのは、それはちょっとなっていう感じはあるんですよ。
ただ、全体として、若狭先生のおっしゃったとおり、バランスが大事。
本件は繰り返しやった、繰り返し不起立を続けた教職が、減給10分の1とか、1か月とかですよ。
それですら最高裁がひっくり返すんだから、2回、3回、4回ぐらいじゃ、戒告しか出せないようになっちゃうわけですよ。
今、最高裁も分裂してるんだ?
分裂というより悩んだんじゃないですかね。
非常にバランスを取ろうとして、あんまりうまく取れなかったような。
反対するやつは、なんか思想をもっとるやろけどね、普通、立って歌うやつは、別になんとも思わんと、私は日本人ですと、それだけのことでうとてるの違うの?そない難しいこと思って、私はね、うとうてるわけやない。
渡辺真理さん、ビクターの犬みたいになってますよ。
なんでこないしたの?
ざこば師匠のお気持ちっていうのもそのとおりストレート、まっすぐだと思いますし、私もたぶん、立って歌うだろうと思うんですね。
でも、他を許容しないってなるといけないから、つまりバランス取れてるよな、妥当だなぁ、苦しんだろうなぁということなんです。
だからほかは。
立たない人は?
つまり、立たない人はだめです、あなたはだめです!というふうに断罪できるかっていうと、そうじゃないですよねって。
それは公務員やから、たたなあかんやないかいな。
だから生徒は立たなくてもいいんですよ。
先生は仕事の中身だからでしょ?
お三方が…。
ただ、怠慢で確かに立たないというのは、私、懲戒してもいいと思うんです。
個人の主義・信条からしんしにきて、それがもう思想・良心に反するんだというところから、立たない、歌わないというのは、私は懲戒にするのは重すぎると。
だって、教員、辞めればいいじゃないですか、嫌なら。
仕事の中身なんだから。
辞めりゃいいんですよ。
竹田さんの言うのも趣旨は分かるんだけど、辞めろっていうのは行き過ぎで、ちょっとね、過ぎたるは及ばざるがごとしなんだよ。
だからね!
だから長谷川さん程度がよろしいと思いますよ。
さあ、続いてまいりたいと思います。
私たちの知る権利がどうあるべきかという話です。
開廷!再考裁判所。
続いては。
沖縄密約情報開示訴訟。
まずは訴訟の背景にある、西山事件について解説しておこう。
1972年、当時、毎日新聞の記者だった西山太吉氏が、沖縄返還に絡む外務省の機密電文を審議官付事務官の女性から入手。
その後、機密電文が西山氏から社会党の横路孝弘議員に渡り、衆院予算委員会で政府・自民党に提示されたが、西山氏は国家公務員法違反の容疑で逮捕される。
毎日新聞は憲法上の知る権利を振りかざして訴訟に臨むも、公判で西山記者と女性事務官の男女の関係が指摘され、事件は外務省の機密漏えい事件から一転、男女スキャンダルに変わり、78年、最高裁で西山氏の有罪が確定した。
ここで言う、沖縄返還を巡る日米間の密約とは、一体、なんだったのか。
問題とされたのは、沖縄返還にあたり米軍用地の原状回復費400万ドルなど、返還協定にはない財政負担を、日本がアメリカに約束したとする文書7点。
同様の内容の文書はアメリカで公開されており、西山氏らが2008年9月、情報公開法に基づき開示請求したが、国が保有していないとして不開示としたため西山氏をはじめとする25人の原告団が、2009年3月に提訴。
折しも、2009年9月、自民党から民主党に政権交代し。
外務省は、当時の岡田克也外務大臣の指示で、4000冊を超える沖縄返還などの関連ファイルを調査。
結果、密約文書は見つからなかったが、有識者らの委員会は広義の密約があったとの報告をまとめ、2010年4月の1審東京地裁判決は、国に情報開示を命じるものだった。
しかし、2011年の2審東京高裁は、文書は破棄された可能性が高いとして、原告側の逆転敗訴とし、原告側が最高裁に上告。
そして、2014年7月14日。
最高裁は原告側の上告を棄却する判決を言い渡した。
判決ではまず、行政側が文書がないという理由で不開示とした決定の取り消し訴訟では、原告側に行政が文書を保有していることを立証する責任があるとの初の判断を示し、その上で、原告側の立証が不十分だと指摘。
密約文書が民主党政権下の調査で見つからなかったことを踏まえ、文書が作成されていたとしても、不開示の決定時に国が保有していたとはいえないと結論づけた。
この最高裁判決を受け、原告の西山太吉氏は、情報を隠すことを正当化する判決だと批判。
支持者からは情報公開の請求者が文書の存在を証明するのは現実的には困難で、仮に国による意図的な文書隠しがあっても、国がないとすれば、それを暴くこともできなくなってしまうとの声も上がっているが。
そこで皆さんに質問です。
沖縄密約情報開示訴訟。
最高裁の判断は正しいと思いますか?
なるほど。
そういう結果ですか。
渡辺真理さん、正しくない、意味が全く分からない。
1審の判決が非常に私は納得できたんですけれども、つまり探して、アメリカでは公開されているわけで、それは別の国の問題とはいっても、つまり探してみてくださいねっていうのが普通で、なんかこう、原告側に対して、立証しなければいけないというような、原告側に無理なことを言ってるなというふうに、私は感じたんです。
最高裁が示したところによると、ちょっと高裁とちょっと変わったところは、高裁の段階では、ないということの立証は国側にあると言ったんですねところが最高裁の判決では、ないということの立証は原告にあるとなったわけですよ。
もちろん、原告はそんなもの、立証できるわけがないので、しかも、ないという主張は国の主張ですから、だったらその証拠はちゃんと、ないことの説明を国が出すべきだと思う。
そんなこと言ったら、やばい、これ、出さなきゃいけないねっていったら、びりびり破っちゃおって、ありませんで済む話になっちゃうので、ないならないでしょうがないですけれども、この判断基準は非常に問題だと思います。
竹田さん、だけどね、訴える場合に、ないはずがないといった場合には、あるという証明をちゃんと出す責任が出てくるわけでしょ。
弁護側に。
そうなんです。
その前の段階がありまして、その文書がかつてあったということは裁判で認定されてるんですよ。
それで出せってなったときに、実はないんですということになっちゃってるわけですね。
もしそうで、あったものがないというのであれば、それは政府側が、実はこいつがこのとき、勘違いしてシュレッターかけちゃったとか、ないと。
分かんないんです、なんかないと。
元外務省員である宮家さんは言いにくいから、外務省記者クラブに長くいた私、一応言いますけど、この手の文書というのは実は存在する。
しかし、それが役所がきちっと存在、保存しているとは限らない。
ましてや、こういうふうに再考の機微に触れるような場合、しかもあっても正直言って、廃棄されてる場合もある。
加藤さん、そもそも彼らの主張は一切認めませんって、どういうことですか?
僕は西山太吉の言っていることは一切認めないっていうことですよ。
なんですか?男女関係を利用して、情報を取ったと?
それが一つ、それと取ってきた特ダネは…と書かなきゃ。
書かずにおいて、よ横路さん。
国会議員に流して質問をさせると。
でしょ、しかもそれを乱数表見たら数字変えてるのは何日何時何分、どこそこの誰それに送りましたというのは、要するに全部これ、書いてあるわけですよ。
消しもしないでこうやれば、全部ばれるわけでしょ。
その女性は大変なことになったわけですよ。
家庭は崩壊して。
逮捕されましたよね。
逮捕もされましたし。
つまり情報源の秘匿ということは
加藤さん、記者として認められないということは分かるんですけど。
この文書があったかないかというと、やっぱり、さっき加藤さんがあったものを廃棄するっていうことは、ままあるわけですよね?
この件でって言ってませんが、あるっていうことですよ。
で、外務省の方は絶対そんなことないとおっしゃってもあると僕は自信持って言います。
そうすると、私たちはそれは知ることがもう一切できないと。
ない、ないです。
専門家の方の意見は2つに割れまして、井上さんと若狭さんは、最高裁のこの判断は正しいんだと、若狭さん。
結論的にはない文書を出せっていうのは難しいんで、結論的には致し方ないと思うんです。
どうですか、それをあるっていうことを、訴えた側が証明しろっていうのは。
立証責任というか、あることを証明しろっていうのは、一般論として、最高裁がいうのは、ちょっとかなりずれているとは思います。
そこなんです、僕が言ってるのは。
だからもう、結論はこれでいいと思うんですけれども、立証責任が原告って、それはなから無理な話で、そもそもないっていう主張は政府から出てるわけで、そこはそうですよね。
そうなんですけど、ただですから、今後の話としては、やっぱり残ってるがい然性が、可能性が高いんであれば、単に持ってません、もうすでにありませんということで、言い逃れができないような、やっぱりシステムを構築していく必要はあると思いますよ。
だったら立証責任は国に課すべきですよね?
その立証責任を国に課すという方法も、一つの方法だと思うし。
この判決は、最高裁、ちょっと問題だと思うのは、外交文書だから秘密裏に破棄される可能性もあるだろうと言ってるんですけれども、そういう文書だからこそ、国民は知りたい、知るべきなんじゃないかと思います。
ただ、これもう今後、特定秘密だといわれれば、もうこんな議論もいらなくなっちゃうのかなというのもあります。
まあ、民主党政権下でかなり頑張って調べたけれども、出てこなかったと、それでまあ、文書の性質からして、秘密裏に、確かに処分されちゃうか、なんかする可能性もあるんで、この件に限っては、最高裁の言うとおりで、しかたがないかな。
歯切れは悪いですよ。
文書が現在でも存在することを、原告が立証しろったって、それはどだいできないんで。
そう一般論として言うのが、非常になんか、難しい。
だから結局、そんなこと言ってしまったら、結局、情報公開法の限界なんだろうね。
こういう法律、なんぼ作ったって、それ以上はね、だから、若狭さん言われたように、また別のシステムを構築するんならいいけど、今のある法律だと、こうなっちゃうんですよというところですね。
最高裁が大きなテーマだったんですけども、皆さん、この間、衆議院選挙のときに、ほら、最高裁の判事って国民投票で首にすることができるじゃないですか。
ね?○つけたりするやつ。
あれ、×つけるんですね。
×つけるの、×つける。
どうですか?皆さんのような法律の専門家って投票に行ったときにこいつはだめだって×つけること、あるんですか?
あれ、分かんないの。
裁判所にいたって分かんなかったもん。
情報ないんだって。
結局ね、分かんない。
きれい事は表に情報出てくるけど、その人間のなんか、よろしくない部分なんて、絶対分かんないから。
でも本当はすごい重要なんですね。
一人一人が、たまにこう、ニュースに出てくる判決を覚えてて、この裁判官、こんなの書くのかって覚えて、投票に行かなきゃいけないんですよね。
そんなこと無理よ。
でも最近、インターネットで打ち込むと、どの裁判官がどういうおかしな判決を出したかのリス
大阪のとある街にある「買い取り屋千鳥」
なんでも苦労している人たちの2015/03/01(日) 13:30〜15:00
読売テレビ1
たかじんのそこまで言って委員会[字]

開廷!「“再考”裁判所」第2弾▽裁判員裁判の意義に異議アリ?▽「妊娠で降格」は違法?マタハラ訴訟▽借金踏み倒しOK?ヤミ金訴訟▽不起立で処分は違法?君が代訴訟

詳細情報
出演者
【司会】
辛坊治郎

津川雅彦
田嶋陽子
桂ざこば
加藤清隆
長谷川幸洋
宮家邦彦
渡辺真理
竹田恒泰 
【ゲスト】
井上薫(弁護士・元裁判官)
若狭勝(弁護士・衆議院議員)
萩谷麻衣子(弁護士)
番組内容
再び開廷!“再考”裁判所
委員会メンバーと弁護士軍団が最高裁の判決を再ジャッジします!!
▽こんなのアリ?裁判員裁判の「死刑」が最高裁で結局「無期懲役」に
▽借金踏み倒しOK?“ヤミ金”返済訴訟
▽「妊娠で降格」は違法?マタハラ裁判
▽懲戒処分重すぎる?「君が代」不起立訴訟ほか
スタジオ観覧募集
毎週金曜日の収録に、100名の観覧者を募集中。希望の方は、住所・氏名・年齢・電話番号を明記、ハガキでご応募下さい。
〒530−8055 
大阪中央郵便局私書箱1050号
「そこまで言って委員会」観覧係
番組ホームページ
http://www.takajin.tv/

ジャンル :
バラエティ – その他

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語ステレオ
サンプリングレート : 48kHz

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