(3人)こんばんは。
さぁ「鑑定団」始まりました。
はい。
いやいや暑い。
直前まで今…。
今おそば食べ終わったとこです。
混んでたんですよ道路が。
工事ばっかりしてもう。
12月ますますですよ。
でもあの…車誘導してる人ね。
わかってるんですよこの人が何にも悪くないのは。
頭ではわかってるんですけどはよしてもう!ってなって…。
ていう顔してまうんですよね。
組長の愛称でおなじみ
小学6年生のときニュース映画で力道山の勇姿を目にし感激。
自己流のトレーニングを始めたそうです
社内に
40人の部員の先頭に立ち激しい練習を重ねました。
当然食欲も旺盛で人の5倍は食べたため給料のほとんどは食費に消えてしまいました。
23歳のときトレーニングに通っていたジムでスカウトされ
するとすでに体が出来上がっていたためわずか9日後にデビュー。
藤波辰巳選手と対戦しました
おい!と言われるだけで何を求められているのか瞬時に理解したためとてもかわいがられなんと10年間も仕え続けたそうです。
またプロレスの神様と呼ばれたカール・ゴッチにも師事し関節技を完璧にマスターするとじわじわと人気が広まり関節技の鬼と言われるまでになりました。
しかし
2年後の新日VSUWF頂上決戦では師匠の猪木さんと対戦。
残念ながら敗れたものの歴史に残る名勝負を繰り広げました
以来組長と呼ばれるようになり数々のスター選手を育て上げました
しかしその風貌に似合わずイラスト盆栽浪曲など多彩な趣味をお持ちでなかでも20年ほど前から始めた陶芸はプロ顔負けの腕前です
胃を半分切除したものの不屈の精神で見事復活。
今でも現役バリバリです
依頼人の登場です。
東京都からお越しのどうぞこちらのほうへ。
お願いします。
いやぁ組長は僕バラエティーでも一緒でしたからね。
今日もまた飲んでましたね。
あれウイスキーでしょ?ウーロン茶です。
ウイスキーのビンでウイスキーやのにウーロン茶って言い張るんです。
昔から。
ダメ!胃ガン…ねえ。
はい。
強烈な抗ガン剤を飲んでますけど医者がびっくりした。
お前の肝臓なんて肝臓なんだ!?今のところ生きてますので。
大丈夫ですか。
たぶん大丈夫だと思います。
いやぁすごい鉄人ですよもう。
すごいですよ。
ね!さぁそれではお宝拝見しましょう。
あら。
これ何でしょう?大樋焼の茶碗なんですけどね。
大樋焼?はい。
これはどこで手に入れられたんですか?15年くらい前なんですけど…仕事で来いということでね。
この局が主催するイベントだったんですよ。
ギャラ3万円だって…。
あら。
バカ野郎!なんで3万で行かなきゃいけないんだ。
まぁとにかく酒飲もうって酒飲みに行ったんですよ。
酒飲んでるうちに…わかった気に入った。
もうギャラいらねえからまだ間に合うか?間に合います!よし!って着替えて行ったんです。
でしばらくして持ってきてくれたのがこれなんです。
せめてお礼でみたいな。
このときはもう組長は陶芸とかされてたんですか?趣味で始めてた?もうやってました。
じゃあそれも知っててたぶん持ってこられたんでしょうね。
見たときどうでした?ちょっと小ぶりだけど見ててなんか飽きないんですよ。
ぐい飲みにちょうどいいかな。
いやぐい飲みちゃうでしょ!さぁご本人の評価額ですが組長おいくらくらいでしょう?75万!大きく出ました75万!わかりました。
まいりましょう。
それではオープンザプライス!1万5,000円!?がっかりだよな。
だいぶ…だいぶ期待してましたね実は。
これは江戸時代から焼き継がれている楽焼の大樋焼ではないんです。
大正14年に創設された大樋長阿弥窯というものなんです。
箱の蓋にも「長阿弥造」とちゃんと明記してございますね。
だいたい作品は稽古用の楽茶碗。
それから記念品的な調度品。
そういうもので特徴としては非常に堅牢なんです。
使いやすいの。
ですからかえってこれはお使いになって毎日お茶を召し上がるともうちょっとしっとりとしたいい肌になると思います。
大切になさってください。
ギャラもらっときゃよかったね。
半分だもん。
そうですねまさか…。
3万いらねえって言うからですよ。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
番組のほうも最後まで楽しんでいってください。
早速ご自宅にお伺いしました。
次なる依頼人は主婦の…
夫の豊さんとは結婚して40年。
しかしその出会いは一風変わっており…
それをたまたま豊さんが見ており…
するとしばらくしてテレビ局から電話があり…
その際豊さんはだから初対面のとき
しかしその後とんとん拍子に話が進みなんと
今もとても仲がよく何をするのも二人一緒。
豊さんの30年来の趣味である骨董店めぐりにも必ずついていくそうです
しかし甘い顔をしているとどんどん増え続けるため…
それは20年ほど前から豊さんがこつこつ集めてきたもの。
しかし…
主人が集めたものが
(2人)鑑定よろしくお願いいたします。
依頼人の登場です。
東京都からお越しのどうぞ。
よろしくお願いします。
どうぞどうぞ。
どうぞこちらに。
すごいですねテレビ番組でってね。
なんていう番組名?う〜ん…『結婚への扉』です。
『結婚への扉』すごいストレートな番組ですね。
番組に出るときからよし結婚相手見つけようっていうのは?そんなに焦ってなかったんですよ。
6歳下の妹がですね私が出ていかないと自分がいかれないということで勝手に応募してしまったんです。
でもそれで3か月で番組をきっかけにってことですもんね?どこで結婚してもいいかなと思ったんですか?どうやら理由はないようですね。
さぁそれではご主人の集めたお宝拝見したいと思います。
はぁ〜これは何でしょう?大津絵といいます。
大津絵。
はい江戸時代に滋賀県の大津付近でお土産の品として売られていた絵なんですね。
じゃあ有名な画家の方が描かれたみたいなことではないんですね。
じゃなくてですね…。
同じ方が描いてるわけでもないですね?じゃないですよ。
それぞれなんでしょうか?それは仏画ですね。
真ん中は座頭。
そして…。
鬼ですね。
それは鬼。
私は果たして本当に高いものなのかしらと…。
おいくらくらいで買ってるっていうのはもう奥さんはご存じなんですか?70万くらい。
え?これ?はい。
3枚でですよ。
ちょっとやめとこうよとはならないんですか?いや私言わなかったです。
言いなさいそういうときは。
誰なんですか。
言いなさいそういうときは。
味はものすごく感じるんですよ。
独特のちょっと似てません?組長描く絵に?なんとなく…。
失礼します。
あっちょっと田中さんパクらないでくださいよこれ。
組長イラストも好きですからね。
はい。
もうちょっとうまいよ俺。
大津絵とは江戸時代の初め頃から近江国大津追分付近で土産物として売られていた粗末な絵のことを言う
その門前町の一部が邪魔になり追分付近に移住させられた絵仏師が旅人相手に仏画を売ったのが始まりとされる。
この地は東海道と伏見街道が交わる交通の要所で人々の行き来が多くしかもその価格がせいぜい2文と極めて安かったことからたちまち人気を博したのであった。
当然その作りは雑で安物の鳥の子紙に粗末な泥絵具で描き色はせいぜい数色のみ。
仏の顔は版木で押し光背は型紙を置いて色を塗る合羽刷り。
更に表装は簡素な描表装だが庶民が日々拝むにはこれで十分だったのであろう。
しかしその後元禄年間になるとさまざまな世俗画も描かれるようになった。
浮世絵風の人物画にはじまり…。
更にはその頃広く普及しつつあった儒教思想に基づいた風刺画などで例えば念仏を唱えて歩くこの鬼は…
大名行列の先頭に立つ…
よく見るとその筆致はおおらかで奔放そのもの。
絵の具がはみ出しても一切お構いなし。
そもそも技巧を駆使することによりいい絵に仕上げようとする野心そのものがまったくない。
これらは仏画と異なりまくりの状態で売られ人々は壁屏風襖にそのまま貼って楽しんだのであった。
しかし明治維新後西洋文明が一気に流入し人々の生活様式が大きく変化すると大津絵の人気は徐々に低下しついには完全にすたれてしまった。
この大津絵に再び注目が集まるようになったのは大正時代の末民藝運動を提唱した
高く評価したことによる。
柳は無名の人物が求めに応じて繰り返し描き安価で売った絵の中に高邁な芸術を標榜する職業画家がともすると失ってしまう人間の無垢な喜びを見たのであった
改めて依頼品を見てみよう。
大津絵3幅である
大津絵の中でも人気の画題…
そして垂れ下がったふんどしに気づかず犬にくわえられ困惑する座頭の図。
これには心の目を開くべしとの教えが込められている。
粗末に扱われたのかいずれもやや傷んでいるが…
さぁそれではご本人の評価額ですけどもおいくらくらいでしょう?100万円でお願いします。
うん全部で100万ということで?はい。
いきましょうそれではいきます。
オープンザプライス!240万!!すご〜い。
え?すごい。
3点とも江戸時代の大津絵で間違いありません。
『青面金剛』。
これがいちばん初期の大津絵です。
もともとは描表装なんですね。
中身だけ切ってまた新たに表装されてますね。
これがもし一枚ものであればその倍くらいはすると思います。
真ん中『座頭』。
これは仏画の時代よりも少し代が下がります。
ちょうど真ん中のへんに紙が接いでありますね。
必ず紙を2枚接いだものに描かれています。
図柄としては非常に少ない部類に入ります。
いちばん右の『鬼の念仏』ですけども中期から少し下がった時代の作品です。
その当時から非常に人気があって大津絵のお店の看板にも掲げられていたというふうに言われています。
大津絵っていうのは贋作がないのかという話になると実はこれあるんですね。
昭和に入ってからですねほとんど。
紙自体にお茶とかいろんなもので古色をつけて折っていくわけですね古く見せるために。
ですから折り目がこうわりに均等にずっと入ってたりするようなもんは…。
細かいとこ見なあかんねんな…。
わりに贋作が多いですね。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
お宝列島日本縦断…
今回の舞台は…
その歴史は古く市内には4世紀から7世紀にかけてのさまざまな古墳が点在する
663年白村江の戦いで日本・百済連合軍が唐・新羅連合軍に敗れた後国防のために築いたと考えられている。
一方こちらは
実業家増田博氏が自らのコレクションを広く一般に公開すべく2005年に開館したもので主に明治時代以降の日本画が展示されている。
いずれも歴史に残る傑作ばかりでこれには本日の鑑定士中島と安河内も感嘆しきり
折しもこの日は
地元の特産品が販売されておりその目玉がこの
植物性プランクトンが豊富な海で育つため粒が大きく味も絶品である。
会場は
早速行ってみよう!
(2人)出張なんでも鑑定団IN行橋!
まずは12月になると自宅をライトアップしているどのくらいの期間ライトアップするんですか?1か月。
1か月。
お正月手前まで?そうですね。
夜になると…
うわっきれい!
(拍手)夢の国だ。
ねぇ。
結構かかるんでしょあれ?
年老いた母を元気づけたいと思い10年前から始めた
お母さんおいくつになられるんですか?うわっお元気ですね〜!電気代よりも材料費?材料費のほうが高いです。
ねぇ。
毎年多くなるので。
お宝は
45年前中華料理店を開店した際祖父からお祝いとしていただいたもの。
入手経緯は聞いていないがもともと祖父はこの皿をとても大事にしており…
戦時中に防空壕の中にこれを?はいはい。
私が3歳のときで…。
飛んどったでしょといっても僕はちょっとわからないんですけど。
本人評価額はこれくらいはするはずと150万円。
実は昔は宴会場に飾っていたがあるとき骨董に詳しいお客さんに名品だと教えられ慌ててしまい込んでしまった。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
これはすごい!
肥前有田の名工十一代今泉今右衛門の作品に間違いございませんね。
今右衛門の隠し銘というのが裏に刻んでございます。
木綿針を使って小さく目立たないように書いてるんですね。
これは有名な作品で数枚あると言われてるんですよ。
1枚は英国国王ジョージ6世の戴冠式に大正天皇のお后であられた貞明皇太后が使いに持たした。
そしてもう1枚はここに出てきた…。
(拍手)桐の花を散らして地文に亀甲文。
これの原型になってるのは今から300年も前の元禄時代のものなんです。
実に端正なすばらしい作品なんですよ。
将来重要文化財になってもいいくらいの位置にあります。
大切になさってください。
続いては梅干し作りが得意な私だいたい米作ってるんですよ。
やっぱり米作ってね12〜13年前から作り始めたんですよ。
とてもよくできたのでぜひ味わっていただきたいと思っていたのだが今日は緊張のあまり持ってくるのをすっかり忘れてしまった
お宝は…
若い頃通っていた理髪店に飾られていたもの。
いつも褒めていると40年ほど前その店が閉店することになった際店主が…
私がいちばん褒めたなかに入ったんですね。
お客さんのなかで。
タダでいただくのは申し訳ないと思い一度は断ったがぜひにと言ってくれたので…
その後は長年棚に置きっ放しにしていたが最近ふと気になり落款を本物と比較したところ…
聞いてますよずっと聞いてます。
ずっと聞いてますよ。
10年前にね私が博多に行ったんですよ。
その方はこの絵にそっくりの美人だったので一緒に写真を撮ってもらった。
その際名刺を渡されこれを持っているといつか必ずいいことがありますよと言われた。
そのいいことこそ今回この番組に出演できたことに違いないので不思議な縁を感じている。
本人評価額は自信満々の150万円。
今日はその舞妓さんの名刺をお守り代わりとして財布にそっとしのばせてきた。
ぜひいいこと2連発といきたい。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
あっちゃ〜!
5,000円…。
印刷でございます。
この落款は60歳代後半くらいの落款なんですけれども深水の「深」の左側のさんずいが1本の続いた棒のようになっている。
おそらく縮小版にしてると思います。
そして皆さんが楽しめるようにということで作ったんだと思います。
梅干しがあったらねちょっと1万円くらいになってたかも…。
でも掛けて楽しむのにはよろしいかと思いますので。
どういうことなんですかこれは?実はですね今年の3月まで大学病院で医師をしてました。
ちょっと親父が先代の社長なんですけども親父がおととしですけど亡くなってその後継ぎで。
週のスケジュールはどんな感じなんですか?
お宝は
植木鉢の受け皿として用いるもの。
4か月ほど前のこと近所ののみの市に行ったところ…
ちょうど台風の日だったんですけどもね行ったらこれがポツンと置いてあったんですね。
この鮮やかな色合いに惹かれ値段を確認すると…
ちょっと高いなと思ってそしたらちょうど台風だったのでもう店じまいしたかったんですねご主人がですね。
それでいくらになるの?って聞いたら…。
とても安かったがその後詳しく調べたところ大名品ではないかと思うようになった。
というのも…
ここにミミズがはったような文様があるんですね。
これですね?はい。
これがちょっと特徴的らしいです。
自信のほどは?そうですね。
本人評価額はとりあえず本物と信じ500万円。
のみの市でたったの3万円で買っただけに本音を言うと本物の可能性は5%よりもずっと低いかもしれない。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
ダウンするも大健闘!
60万円!中国明王朝の鈞窯ですね。
澱青釉という釉薬をかけて更にその上を酸化銅を…それで強い還元炎焼成をしますとこういうふうに赤く発色をするんですね。
そしてこの見込みの色がいいですね。
湖をのぞくような幻想的な青さね。
こういうところがこの器の特徴だと思います。
大切になさってください。
ありがとうございます。
うわっすごい。
続いては人形作りが趣味の何体くらい作られてるんですか?今まで。
去年の11月からウサギの人形を作り始めて母の法事に合わせてこれを作りました。
5か月かけて作り上げた
優しそうなお母さんだったんでしょうね。
はい。
お宝はその片づけにいったお宅っていうのはどういったお宅だったんですか?
しかしこの屏風よく見ると右隻はとてもきれいだが左隻はボロボロ。
なぜこんなことになっているかというと…
15年くらい前に襖の張り替えをしたんです家の。
そのときに屏風があったねと…。
なんで片っ方だけ直そうと思ったんですか?
その際いくらくらいかかるのか確認せずに頼んでしまい…
できましたって持ってきていくらですか?って言ったらいりませんって言えないんで払いました。
しかしその後はずっと畳んだまま。
実は最近インターネットで作者のことを調べたところ守信は偉大な絵師探幽のこととわかりびっくり。
そのとたん…
怖くてあとはもう閉じました。
何にも調べてないです。
何にも開かない。
怖くて。
本人評価額はごくごく控えめの90万円
もし本物なら当然左隻の表装も直すつもりでいるがどうも嫌な予感がしてならない。
笑い者にならなければいいのだが…。
果たしてどうなるのか?
父が知人の家の片づけを手伝った際そのお礼としていただいたもの。
その後襖の張り替えのついでに右隻だけ表装を直した。
もし本物なら左隻の表装も直すつもりでいるがどうも嫌な予感がしてならない。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
やっぱり!
え〜っ!まったく狩野探幽ではないですね。
面影もないっていう…。
でもよく直されました。
木枠がたいへんしっかりしたものを使ってるなと…。
木枠を褒めていただいて。
先生も褒めるところがなくなってきてる…。
本物であれば1,000万円はするということなので使ってください。
続いては午前中だけゴルフ場で働いているバンカーをならしたりですねそれから芝を刈ったり。
午後は?午後はゴルフしたり。
自分で作業したあとの自分でプレーは距離がやっぱり多少違いますからね。
お宝は…
三十数年前妻の実家が引っ越しすることになり家の中を整理した際出てきたもの。
高さが40センチもあり初めてこれを目にしたときは…
そこで義父に聞いたところ戦前祖父が知人から借金を申し込まれた際カタとして受け取ったとのこと。
全体にとても細かな文様が施されており更に…
そのため江戸時代島津家の御用窯で焼かれたものではないかと推測している。
というわけで本人評価額は期待を込めて500万円
借金のカタというとそのほとんどはガラクタのようだがこれは島津家の家紋が入っているので絶対名品のはず。
果たして結果は!?
こちらジャカジャン!
う〜ん残念
明治時代以降に作られた香炉なんです。
裏に「薩摩壽官」そして赤い角印を書いた。
これはどういうことかっていいますと薩摩焼の名工十三代沈壽官の銘を入れたんですよ。
十三代沈壽官はまず丸に十の字入れません。
そしてその下の赤い字で書いたハンコのようなものが読めませんね。
へたに偽物としてしまったのが残念です。
しかし全体はなかなかよくできております。
これからも床の間で楽しまれたらよろしいかと思います。
最後はどういったお仕事なんでしょうか?ダムとかトンネルとか道路とかもうインフラを一生懸命やってる。
そのいちばん最初のベースですね。
どこをルートを通してダムを造るかとか道路を通すとか。
今のダムがあるのもおかげってことですもんね。
ありがとうございますなんか。
いえいえ…。
お宝は…
江戸時代の初めから代々長州藩の御典医を務めてきたご先祖が遺したもの
私は二十五代目で…。
作者の羽様西崖は同じく長州で幕末から明治にかけて活躍した絵師と聞いている。
細部に至るまで克明に描かれているため自分が思うに…
なるほど目の前で見てもう描いているという。
そこで現在の航空写真と比較してみたところなんと火口に突き出た虎岩と呼ばれる岩までそっくりに描かれていた。
そのため資料としてもとても貴重ではないかと期待している。
というわけで本人評価額は堂々の200万円。
ろくな装備もなかった江戸時代に富士山の山頂に登るのはかなり大変だったはず。
それだけでも頭が下がる思いがするが…。
果たして結果は!?
こちらジャカジャン!
よかった!
たいへん立派なものだと思います。
右上に讃がございまして…。
もしこれがいちばん最初に富士の峰頭を描いたものであれば400万でもよろしいと思うんですけれどもこれに先立って例えば小泉壇山が頭頂部を描いておりますね。
そういうふうに先例があると一番っていう評価ができないというところが400万にならないところなんですね。
でもたいへん忠実に描いているというところはすばらしいと思いますしお正月に掛けるにはまさにぴったりの。
家を造ったときにこれが掛かる床の間があるというのもすばらしいと思います。
ほんとに大事に保存なさってください。
出張鑑定IN行橋はこれにて無事閉幕
次なる依頼人は数々の骨董に囲まれ至福のときを過ごしている…
意外なことに骨董収集を始めたのはほんの十数年前定年退職してからだそうです
以来次から次へと買い込んでしまい気がつけばその数100点あまり。
しかしここ数年はぴたりとやめてしまいました。
なぜなら…
こちらがその怖い奥様…
もういいかげんバカみたいなことはやめなさい言うて。
いちばん高い金額で買った絵なんです。
手に入れたのは…。
なじみの骨董商が訪ねてきていい絵が入ったので買いませんか?と勧められたためとりあえずそのサインを見たところ…
そこで早速貯金をおろしに行き現金で支払ったそうです。
その金額は?
どうやら相当高かったようです
すごく値打ちがあるものと思っておりますので鑑定のほどよろしくお願いいたします。
果たしてその画家とは?スタジオで拝見しましょう
依頼人の登場です。
愛媛県からお越しのどうぞ。
お願いしますどうぞこちらのほうへ。
いやぁ骨董にはまってしまいましたか。
奥さん…もうカンカンですよ。
カンカン。
ちょっと1組目の方とは違いますよ事情が。
いやあそれでは今日はこのお宝にかかってますね。
ちょっと拝見しましょう。
これ誰の作品ですか?どこに惹かれたんですか?波とか船とかきれいに描いてるじゃないですか。
描いてます描いてます。
もう一目ぼれなんですよ。
一目ぼれ!だいぶ高かったですか?だいぶ高いですね。
いくらで買ったか教えてもらっていいですか?小さい声で言わないかん…。
ちっちゃい声で…。
マジですか!いくらなの?200万!言うたら…。
ダメですよ。
偽物かなとかちょっと思わなかったんですか?勉強してないんだけど本物と信じましたね。
裏にも書いてありますから。
なるほど絵の裏側に。
ええ藤島武二作と。
でも偽物でも書きまっせ。
書くんですか?書くんですか…。
その方とは今も交流はあるんですか?もうないですね。
あかん!ない?ないですよ。
これがないもん。
骨董屋さんはまだあるわけですね。
あります。
今日もし鑑定で偽物やったらちょっと文句言いにいける。
文句言ったってしかたないじゃないですか。
えぇ?だって…。
俺が一緒に…。
あかんあかんややこしなる!行かんでええもうややこしなる!
若き日の…
東京美術学校在学中いずれもその画家の薫陶を受けのちに歴史に残る傑作を描いた。
画家の名は藤島武二。
日本近代洋画の巨匠である
幼い頃から画家を目指すも生活が苦しく中学教師のかたわら細々と制作を続けていた。
その藤島に手を差し伸べたのが同郷の黒田清輝である。
藤島は黒田の推薦により創設されたばかりの
しかしこの頃は黒田をはじめとする外光派の影響からなかなか抜け出せず暗中模索が続いた。
画風が一変したのは明治浪漫主義と出会ったことによる。
それは森鴎外島崎藤村らが提唱。
封建社会から脱却し人間性の解放をうたう文学運動で藤島は浪漫主義を象徴する雑誌『明星』の表紙絵を担当することにより新たな境地へと進んだのであった。
この頃描いたのが
はるか遠い過去への憧憬を忍ばせたこの作品により藤島の名は一躍不動のものとなった。
ヨーロッパへの留学を命じられたのは39歳のとき。
黒田門下の助教授の中ではいちばん遅かったがこれは藤島の才能に対する黒田の嫉妬が原因とも言われている。
しかし後塵を拝したことがかえって幸いし藤島は当時フランスで流行しつつあった新たな芸術運動すなわちフォーヴィスムやキュビスムを直接肌で感じることができた。
イタリア滞在中に描いた『黒扇』は藤島の代表作である。
純白の衣に身を包んだ花売り娘は画家の華麗な筆さばきに驚いたのかじっと一点を見つめている。
実はこの絵は長らく行方不明になっていたがあるとき弟子の小堀四郎が藤島のアトリエの階段裏から発見。
するとおおいに喜んだ藤島は新制作派協会展に出品したのち散逸を恐れ石橋正二郎に売却。
しかしあの絵がないと寂しくて寝られないと3日で買い戻したとの逸話が残されている。
また60歳を過ぎてからはそれまで苦手だった風景画にも挑戦。
これは1928年皇室の御学問所に飾る油絵の制作を依頼されたことがきっかけであった。
その際日の出を主題に選んだ藤島は以来日本国内のみならず台湾中国果てはモンゴルの奥地にまで足を運び10年後ようやくこの『旭日照六合』を完成させたのであった
改めて依頼品を見てみよう。
藤島武二の油絵で12号のキャンバスに荒波にもまれる難破船が描かれている。
サインからすると1904年藤島38歳の作か。
額の裏には東京美術学校で藤島に師事した洋画家有島生馬の極め書きがあるが…
いかがですか?俺は本物だと思う。
組長は本物やと思う?偽物を描くならもっと派手に描く。
こういう暗い色はない。
こういう暗い色で偽物描かないと?いやいや本物です。
暗いからね。
緊張しますね。
さあご本人の評価額ですけどもいくらにしましょう?1,000万以上ですね。
1,000万で!オープンザプライス!あぁ!なに?5,000円。
絵は非常にまじめな絵です。
難破船という主題でしっかり描けてますよね。
70〜80年前に描かれた絵だと思いますね。
「T.FUJISHIMA1904」と書いてますけれども海の絵を見て藤島武二のイメージだということで誰かが意図的に作ったものではないかな。
「有島生馬鑑」とありましたけれども有島生馬もすでに有名でしたのでいかにもありえるんじゃないかなという誰かが作為的に作ったと思います。
風景画特に海の絵なんですけれどもこういったドラマ性といいますか物語はないんですね彼の絵には。
色も濁った彩色はやりませんね。
この絵とはまったく実は対極にある風景画です。
本物ならこの大きさで2,000万以上します。
数百万で流通するものではないですね。
でもねお父さん自分がいいと思ったらいいんだよ。
な?そうそう。
俺なんか1万5,000円…。
ただの酔っ払いみたいなってる。
残念でございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
組長いかがでした?今日。
僕のギャラが1万5,000円。
ショックでした。
やっぱそうですね。
また来週ですさようなら。
2015/03/01(日) 12:54〜14:00
テレビ大阪1
開運!なんでも鑑定団[再]【妻に内緒で貯金200万を古い絵に…偽物なら大目玉!?】[字]
定年退職後、骨董にのめり込み、妻に内緒で大金をはたいて買った藤島武二の油絵▽江戸時代、旅人相手にわずか2文で売られていた土産物に驚きの鑑定結果が!一体なぜ?
詳細情報
番組内容1
<妻に内緒で大金をはたいて買った藤島武二の油絵。果して本物か?>
定年退職後、骨董にのめり込み、次から次へと購入してきた依頼人。しかし、妻に怒られたためここ数年はピタリとやめてしまった。お宝は、10年程前、馴染みの骨董商から「いい絵が入ったので買いませんか?」と勧められた藤島武二の油絵。
番組内容2
一目で気に入ったため、妻に内緒で貯金を下ろし、大金をはたいて購入した。現在、その骨董商とは全く連絡をとっていないが、とても良い買い物だったと大満足している。果して本物か?
出演者
【司会】石坂浩二、今田耕司
【進行アシスタント】吉田真由子
【ゲスト】藤原喜明
【出張リポーター】原口あきまさ
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな
【鑑定士軍団】
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)
永井龍之介(「永井画廊」代表取締役)
田中大(「思文閣」代表取締役)
ホームページ
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バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
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