新世代が解く!ニッポンのジレンマ「資本主義のジレンマ大研究」 2015.03.01


1月末。
久しぶりの雪に見舞われた東京に一人のフランス人が現れた。
(取材者)Yourfirststay?Yes,firststayinJapan.Verybeautifulwithsnow.トマ・ピケティ。
世界中でベストセラーとなっている「21世紀の資本」の著者。
反骨の経済学者の初来日に日本のメディアが沸き立った。
次々と取材に応じるピケティとようやく対面。
Toocoldforyou?寒いですよね。
局内で対談。
…のはずが過密スケジュールのため移動時間を利用しての撮影に。
ピケティをきっかけに今宵のテーマは…今年元日の「ジレンマスペシャル」でも…。
その市場原理だけに任せといた時にそこにやっぱ限界があります。
資本主義はいいか悪いかとか終わったか終わってないかって…。
実際にはいろんなバージョンがあるんですよね。
放送後に寄せられた多くのメッセージ。
その反響は日本の資本主義の在り方に集中した。
今宵資本主義というモンスターの正体を問い直すべく集った3人。
安田洋祐。
ミクロ経済学の旗手がピケティの可能性を理論的に読み解く。
崔真淑。
日々経済データと格闘するエコノミストが語る日本資本主義への処方箋とは?萱野稔人。
資本主義というシステムの本質を考える哲学者の提言は?リスクを取るか安定を取るか。
努力と相続勝つのはどっちか。
「資本主義のジレンマ大研究」。
いざ開幕!「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」。
今回のテーマはずばり「資本主義のジレンマ大研究」という事です。
ピケティに絡めて何かやりたかっただけでしょ?いやいや…。
でもまあ確かにピケティさんが非常に話題になりましたからそういう意味では資本主義が改めて注目されているのかなと…。
でもこれオンエアの頃にはピケティブーム終わってるんじゃないですか?だからそれをまた再検証しようじゃないかという意味も込めましてやりたいなと思いますけれども。
前回の「ニッポンの大転換2015」という元日の番組に対してですね…。
お正月に放送したんですがSNSでの反響であったり葉書の投書まで。
葉書!叱咤激励たくさん声を頂いておりますがこちらペンネーム「一般視聴者」様からですね。
いかがですか?安田さん。
このお葉書を受けて。
こういった不安であったり漠然とした不満みたいなのを抱えてる視聴者の方多いと思うんですよ。
ただちょっと気を付けなきゃいけないのは本当に資本主義が原因なのかって事ですよね。
何らかの形で不安を抱える人って世の中にたくさんいるんですが単に資本主義をスケープゴートにするんじゃ駄目なので本質を見ていきたいなと。
(萱野)不安という点でいうと私大学で教えてて学生の不安って相当ありますね。
それは漠然とした将来の不安ですよ。
まず近いところでいけばちゃんと就職できるかどうか。
それから…まあ私女子大だから結婚できるかどうかという不安を感じる学生も多いですよね。
あとはメインストリームからこぼれ落ちる事に対してものすごい恐怖感がありますよね。
これね自分が学生だった頃とはかなり違うなと思いますよ。
この…学生の気分というか。
私は89年大学入学したんですけれどもそんな不安全くなかったですからね。
家の家電が良くなったりとか車の車種が良くなったりというのを体験してるんですよ。
そうなると自分もそのまま波に乗って親よりは豊かになるんだろうなと。
適当にやってたってそういうふうになるんだろうなという安心感がどっかあったんですよね。
だからほんとにフラフラ生活してたなと思うんですけれども今の学生全然違いますからね。
(崔)一つ聞いて思ったのは不安といってもやっぱり常に不安はどういう時代でもあると思うんですけども不安以上にリスクを取ってそれだけのリターンが得れるというそうした希望が見えないとなかなか難しいと思うんですよね。
だから不安と希望のこのバランスがすごくできてないところが問題なのかなと思ったり。
(萱野)私が見てる学生の不安はもうちょっと違うところなんですよ。
要するに…何て言うんですかね例えば就職できないかもしれないという事に関して言えばパイがあまりに少なくて今。
これまで我々が当たり前のように享受していたパイ…「雇用」っていうパイですよねこの場合はね。
雇用ってパイがあまりに少なくてそこに安定的な雇用っていうものにありつくために求められるものが多すぎる。
それをほんとに自分はクリアーできるのか。
こんな不安なんですよね。
ただ世界で見た場合…例えばGDPっていう単位で見てみるとパイってすごい広がってるじゃないですか。
日本は縮小する傾向にあるけれどそうすると海外に出たらいろんなもっとチャンスが得れるっていうそういう思考を持った学生さんはいらっしゃらないんですか?
(安田)僕自身は大学院海外にいて5年間過ごしましたけど…まあ萱野さんもねパリ行かれてますよね。
だけど結構やっぱそこハードル高いような印象あって僕らが学部生だった時よりもそういった海外志向は一部の学生強まってるのかもしれないんですけど「日本の場合は小さくなってるからじゃあ外出てけ」っていうのは結構多くの人にとっては難しい選択肢じゃないかと思いますね。
楽観主義だったですよ私も。
完全に。
大学出て私なんか無目的にフリーターをやってて思いつきで留学しましたからね。
何とかなんなくてもまあいっか。
とりあえず行ってみようと思えたのは駄目でも日本に帰ってきたら何かあるだろうっていうような安心感があったからですよね。
だからリスクを取るためにはその背景にねやっぱりこう…「セーフティーネット」って言うとちょっと平板な言葉ですけれどももうちょっと社会に対する信頼っていうんですかそういうものがないとなかなかリスクも取れないんじゃないかなと。
(安田)昔はその資本主義に乗っかっていって日本だと高度経済成長もあって右肩上がりに伸びていきました。
そうするといろんな理由で不安っていうのはあまり直面せずに済んでるわけですよね。
ある種資本主義が成長によって不安を感じさせないでいてくれてたんだけど成長が止まってますよね今。
止まると不安を和らげてくれてるって約束だったのにもう和らげてくれないじゃないかというので逆に不満がそこに出てくるっていう…。
世界を覆うシステム資本主義。
失われた20年のトンネルを抜け果たして日本経済は再び飛翔できるのか問われている現在。
限られたパイの奪い合いにさいなまれるのではなく今だからこそ資本主義のジレンマを考える。
冒頭に話しましたけどなぜこのテーマを持ってきたかというのはやっぱりピケティさんだと思うんですよね。
うん。
ピケティさんって何がすごいんですか?
(安田)多分このあと本の中身にも入っていくと思うんですけれどメインのメッセージとしてはやっぱり「資本主義が長期的に格差を拡大してきたんじゃないか」って事をデータとまあ…あまり深掘りはされてないですが理論的な背景と併せて紹介した。
それが格差デモとかで…そもそも富や所得の格差に関して非常に敏感な政治的な運動まで発展してるアメリカでワーッと取り上げられた。
(萱野)歴史家のフェルナン・ブローデルという人がいるんですけどもこの人なんかは資本主義の歴史を500年600年のスパンで分析をするというそういう学問のスタイルを切り開いた人なんです。
その人はフランスの歴史学者なんですけれどもピケティもそういう歴史の長いスパンの中でこういうふうに世界は動いてるんだって事を示したって事が人々の関心を引き付けた要因じゃないかなと。
(安田)やっぱりいわゆる経済学者と言われる研究肌の人ってのはあまり大きいビジョンに基づいた…それこそ長い歴史だったり資本主義とは何ぞやとか将来どうなってくかってそういう大局的な観点から論文を書いたりはもう少なくとも最近はあまりそういうケースはないんですよ。
もうちょっと取り組みやすい小さい問題に対して確固たる結果を地道にあげてくというのが主流でこういったタイプの壮大な研究書学術書は少なかったというのは確かにあると思います。
あともう一個はピケティの本というのは一応新しい成果が本の中に盛り込まれてるんですね。
ふだんの少なくとも経済学における研究はどうなってるかっていうと新しい事は全部論文に書きます。
一般向けの本は何も新しい事は基本的には書いてないケースが多いんですね。
だけどピケティは論文に書かれてない事も含めて本で研究成果を出した。
これ結構珍しい事なんですよ。
(崔)本で研究成果を出してしかもそれは微分積分ではなくて簡単な式や簡単なデータで分かるようにしてたのがすごく意味はあると思ってるんですがただ私は資本市場をふだん見ていて経済学だけじゃなくてファイナンスも学ぶ身からするとこれは「あれっ?」と思う事があったんですね。
一つはさっき「リスクリターン」のお話をさせてもらったんですけどもrがgよりgよりもrが大きいというのはすごいこれあたりまえなんじゃないかなと思って…。
このままもうrとかgでしゃべります?ピケティといえばもはやおなじみのこの不等式。
「r」は資本の収益率。
「g」は経済成長率。
ピケティが過去数百年の膨大なデータから実証したのは不動産などのストックが生む収益率は労働による賃金の伸びよりも常に大きかったという事。
「努力は相続に勝てない」とも読み取れるのだが…。
ただそれは一つ当たり前なのかなと思ったのはrというのは例えば株もそうですけど土地とかバブル崩壊によって突然値下がりするであるとかすごく変動するわけです。
その分リスクが大きいって事なんですね。
だからリスクが大きいからこそ取るからこそrが高くなるというのは当たり前なのかな。
リスクが大きいから資産のが大きくてgの方の給料とかは別にリスク取ってないから少なくてもしょうがないんじゃないかなっていう…。
式だけからするとそうなんじゃないかっていう。
(安田)今ねリスクにまで踏み込んで話して下さいましたけどリスクなくても割と標準的な経済成長の理論モデルはあるんです。
そういった理論から照らし合わせると別にrがgよりも大きいって事は全くおかしくも何ともないというような結論はみんな言ってる話ではあるんですよ。
これ別にピケティオリジナルの考えではないんですね。
重要なのは実際にデータを見てそのrとかgがどれぐらいの水準なのかをきちんと調べるかっていうと理論上はこうだと言えてもそれをきちんと調べた人は少なくとも100年200年にわたり20か国のデータを丹念に調べた人はいないわけですよ。
あと興味深いのはrとgの差の部分ですよね。
rがgより基本的に大きかったとしても差が拡大していくとやっぱり富は集中しやすくなるしそれがちっちゃくなっていくと逆に格差ってのが薄まっていく。
どっちなのかはデータを見ないと分かんないところがあってそこまで踏み込んで発掘作業から一連の流れをやったってのは大きい貢献ですよね。
これねいろいろ難しい話あると思うんですけど私が分かりやすいんじゃないかなと思う例は例えば今給料ってあんまり上がんないわけじゃないですか。
今年の給料と去年の給料比べてもほとんど変わってない。
これ給料の成長率はほぼゼロですよね。
だけど例えば私の知り合いなんかでもね投資信託で運用してる人4%ぐらい今利回りあるわけですよ。
rの方ですね。
(萱野)ええ。
投資信託で資産があって。
例えば3億円ぐらい金融資産がお金があったりするとまあ一番苦労せずにそれを運用する方法としては投資信託に預けるじゃないですか。
そうするといろんなところで投資をしてくれて運用してくれて出てくると。
そうすると4%ぐらい今…3%4%ぐらいはもらえるんですよ。
だから3億ある人は年に900万円それだけで入ってくるんですよね。
(崔)ただそれが毎年続くか分かんないですよね。
それはそうなんですけどでも「rとg」っていうのはそういう話なんですよ。
(崔)勝率が高いんですよねrに投資した方が。
専門家の間ではピケティってどう評価されてるんですか?実証パートデータを発掘したって事に関しては大絶賛されてますね。
みんながこれはすごいと。
ピケティ自身がまさにそういった事を言っていて自分が発掘したデータっていうのは今まで経済学者も手を出さなかったし歴史学者も手を出さなかった中間地点にあったって。
経済学者からするとあまりにも泥臭い一次資料にあたって…。
要は財務省とかに行って紙の資料を発掘してきてそれを打ち込んで…。
しかも重要なのはそこで手に入る資料ってごくごく一部なんですよ。
全世帯の例えば0.01%とかの一部の富裕層の租税データっていうの落ちてますと。
そこから社会全体の富のバラつきってどれぐらいかっていうのを統計的な手法で推計するんですよ。
非常に泥臭い作業なんですよ。
とりあえずエビデンスを持ってきてその上でエビデンスとある種首尾一貫してるような仮説を唱えるっていうようなスタイルなんですよね。
それはね結構経済学が長いことある意味忘れてきてしまった研究スタイルかもしれない。
そこのね…ひょっとすると大きい転換をピケティさんはやってのけてるのかもしれないですね。
そこはねちょっと…まあ何て言うんですか格差の話とは違いますけどちょっとずれますけどすごい大事なポイントだと思いますね。
要するに経済学が今まであまりに市場の中だけでモデル作って完結してきたんじゃないかと。
そうするとほんとはもっと市場の外とね…さっき「国家は資本主義の市場にどこまで介入していいんですか?」という質問ありましたけど市場が外と結んでるところのもっと広い関係まで見て物事考えなきゃいけないんじゃないかなと多くの人が感じてたところに経済学者はなかなかそれ応えられてこなかったんじゃないかという問題はありますよね。
現代の経済学に大きなインパクトを与えたピケティ。
その議論のバトンをつないでいく。
現代における資本主義のジレンマというのは何だと…?特にねピケティの議論に引き付けて言えばそれこそ給料は上がらないけど資産を持ってる人たちは毎年毎年資産は増やせてるって事ですよね。
今後は…私はほんとこれね真面目に思うんですけど株式市場にアクセスできる人はず〜っと資産を増やして裕福なままでいられるんですよ。
それにアクセスできない人たちはどんどん貧困化していく。
こういう時代が起こりうるんじゃないかなと。
ピケティさんは歴史的にはず〜っとそういうふうだったと。
たまたま我々が高度成長期と言ってるような戦後の何十年かだけは例外だった。
そうじゃなかったんだと。
でも資本主義全体としてはどうしてもそうなりますよと。
資産を持ってる人の方が有利にお金もうけできてますよと。
特に今給料上がらないってのが問題だと思うんですけれども給料が上がらなくてももうけてる人はもうけてるわけですよ。
日本はほとんど例えば経済成長してなくても成長してる分野はあるわけです。
ゲームの分野だったりあるいはロボットの分野でも医療の分野でもいいですけどそういうところに投資できますよね資産を持ってる人たちは。
でも働いてる人たちは運送業で働いてたらずっと運送業やんなきゃいけないしそこで何とか稼ぐって事をしなきゃいけないし。
衰退産業の中にいる人たちはそっからなかなか出られないし。
だからそこはもうず〜っと給料上がらないわけですけども資産持ってる人たちはこれをこっちで運用してもいいしあっちで運用してもいいって形になるからもうかってるところだけにいけるんですよね。
だから今後はねこの違いが明らかになっていくというかもっと明白になっていくという傾向が強くなるんじゃないかなと。
それは何が問題なんですか?「何が問題」っていうのは原因って事ですか?それとも…。
今「rとgが開いてく」って話ですよね。
それでジレンマっていうのはどの点がジレンマなんですか?ジレンマはだから結局…。
給料をもらってる働いてる人たちっていうのは例えばね車を造るでもいいし何でもいいですよまあお米作るでもいいですけども人々が必要だからといってものをつくってるわけですよね。
ものをつくってる。
だからこれは例えば…ゲームでものすごいアプリケーションを開発してバッともうけるっていう形でもいいですけれどもとにかく人々の欲望を満たしてるわけですよ。
こういうのが欲しいなと思ってるものを提供してお金持ちになってる。
あるいは提供できなくてあんまり売れなくてお金稼げないでもいいですけどとにかく人々のニーズを満たしてるという意味ではまっとうな経済というかねあの…。
まあ欲求があってそれを満たす人がいてという中で経済活動が営まれてるんですけど投資に関しては別に人々のニーズと関係なく「ここもうかるからここにしよう」あるいは「こことここでうまく為替を売り抜ければもうけられる」とか。
そういう形で必ずしも人々の欲求を満たしたり生活の質を向上させる事にあんまり関係なくてもお金もうけできてしまうという事で人の役に立って働いてる人たちは貧困なままでだけどいろんな今の金融市場のいろんなテクノロジーの中でもうける所に集中的にもうけてもうからなそうになるとすぐパッと資金を引いちゃったりするような人たちだけがどんどんもうかってくというのは社会の福利厚生の著しい低下じゃないかなと思いますね。
(崔)先ほどお話の中に「投資」って言葉があったんですけどただその投資ってあくまでもうけて…みんなにそれを還元しないからこそまた問題だと思うんですけど投資って私2つあると思って。
短期とやっぱり長期の…例えば短期でいったらFXやった売り抜けたもうかった株でデイトレしてもうかったって人もいると思うんですけど長期っていうのはやっぱりみんなが出資する事によってその会社が大きくなって雇用が増えて世の中が成長するって意味ではすごく重要だと思うんですね。
で日本の何が問題かといえば一橋大学の伊藤邦雄教授が「伊藤レポート」というものを経済産業省に書かれたんですけどその中にもあるんですけど日本の投資は短期すぎる。
短期志向になりすぎてて株であるとか何か投資を買ってもすぐに売り抜けてしまう。
保有率がその保有してる期間が海外に比べてすごく短いという事ですとかそして経営に関しても…経営も一つの投資だと思うんですけども経営も短期目線でしか経営をしていない人がすごく増えてるって事が言われてるんですね。
だから何が問題かって投資でもうけるって事を私は悪くないと思ってて。
じゃなくて短期目線の人があまりにも増えすぎてる。
個人主義になりすぎてるって事が実は一番問題なんじゃないかなそれが今のジレンマにもつながるのかなとも…。
そんなに日本の期間って短いんですか?海外と比べて。
ちょっとデータがあるんですけど…。
これは伊藤邦雄さんっていう一橋の先生が書かれてたんですけどもこういうデータがあるんですね。
あっ飛んじゃった。
すいません。
「主要市場の平均株式保有年数」というので…すごく難しそうな感じにも見えると思うんですけどこの中の「TokyoSE」っていうこの赤い線がやはり主要先進国の中でもかなり低い所になっている。
やっぱりすぐ手放してしまう。
何でなんですか?多分それは日本全体が…。
日本の株式市場って一番誰が売買してるかって海外の投資家が売買してるんですけども海外の投資家もそうですし日本の投資家も日本に希望がなかなか持てないからこそ長期で保有するのは危険。
じゃあすぐに売り抜けて短期売買で回して利ざやを取ろうっていう方向にいきすぎちゃってるのかなと…。
ちなみにね青井さんは例えば飲食店を経営するとしたら…NHKを例えば解雇されてね。
はい解雇されて…。
(萱野)あしたから自営業やんなきゃいけないといった時に何屋さんやりたいですか?カフェー。
(笑い声)
(萱野)カフェーですか。
はい。
何ですか?
(萱野)いいですよカフェーね。
おしゃれなカフェーねやろうとしますけどまあ退職金あんまりもらえなかったと。
で開業資金足りない。
その時に例えば古市さんが「貸しますよ」という形で貸す。
実際に青井さんがカフェーやったらものすごい当たったと。
ヤバいすごい人が来て大人気になった。
そうなるとお金貸してくれた投資した人に返すわけじゃないですか。
こういうのは健全な投資なんですよ。
うんうんお金の流れとして…。
(萱野)人のためになってるんです。
「健全」と「健全じゃない」の境目はどこにあるんですか?この場合は客がいっぱい来るという事のビジネスを手助けしたって事ですよね。
だけどそれはこれまでに一般的に言われてる「投資」ですよ。
そうじゃなくて何のビジネスをやっているか関係ないと。
でもとにかくもう金融市場というのが出来上がってるから今ちょっとここが値上がりしてるから投資してちょっとまた下がりかけたらまたすぐ売り抜けちゃおうとか。
これはもう誰かのビジネスを助けるとかそういう事とは関係なく金融市場が動いてそこでお金もうけしようって動きがどんどん出てきてそれが広がってきたと。
結果的にそれで助かってる人もいるんじゃないですか?お金が手に入りやすくなって。
(崔)もちろん株式市場で短期売買される事の意味はあってそれっていうのはいつでも資金調達ができる…「流動性」っていうんですけどそういう流れがあるというのはいい事だと思うんですが今の何が問題かってその流動性の…「セカンダリーマーケット」っていうんですけどいわゆる普通の株式市場そちらにばかり目が行きすぎてて短期売買になりすぎててそうしたほんとに人のために役立つ投資というのは少し落ちてしまってるっていう印象があるんじゃないかなと…。
(安田)え〜とね僕は要はあれですねどういった目的でお金が貸し出されてるかとかはあまり区別したくない立場の人間でそういった意味ではさっきの「短期か長期か」っていうのもあんまり本質的ではないと思ってるんですね実は。
じゃ何が問題かっていうと結局萱野さんがもうちょっと前におっしゃってた話で要はそれだけもうかる投資機会があった時にみんなが等しくそこにアクセスできるんであればそれはフェアーだと思うんですよ。
問題は既にある程度資産があって要は富を蓄積してる人はアクセスできるんだけどそうじゃない人がアクセスできないっていう非対称性が入った時に問題になると。
典型的にこれピケティも言ってますけど例えば自分がたくさん資産を持っていれば高いお金を払って優秀なファンドマネージャーを雇う事ができて投資リターンを上げる事はできるかもしれない。
仮にリターンで見てそんなに得できなかったとしても要は生活に余裕があればある程度の金額を資産投資に回す事ができて今年はリスクがあるんで損するかもしれないけど長い目で見れば得できるそういったチャンネルがある人とない人の間で差が広がりすぎちゃう。
でrとgが開きすぎると何が問題なんでしたっけ?いわゆる格差だと思うんですけど格差って何が問題なんですか?
(萱野)格差が何が問題か?つまりrとgが開きすぎた事が問題だと言ってる。
でも実際何がどう問題になるんですか?例えば議論として20世紀を通じて人々の生活水準は上がったわけじゃないですか。
確かに格差は広がったかもしれないけれども平均寿命は上がったしより健康に暮らせる人も増えたし。
私こういうふうに思いますね格差が広がる事がなぜ問題…この場合ね資産を持つ人たちがどんどん富んでいくと。
実際にものをつくっていったり生産する人たちが富まなくなっていく。
そこに新しいイノベーションしようとか生産性向上しようとかいいものつくろうっていうようなそういったモチベーションも含めて動きが減ってくわけですよね。
どんどんつくったものがこちらの人たちに吸い上げられていってしまうという形になりますからそうなると社会全体で貧困化してくんですよ。
本来我々を豊かにするはずの…例えばトイレもね昔のトイレじゃなくてシャワー付きのトイレにしましょうとかどんどん私たちにとって快適なものになってく。
それによって付加価値が付いてくというような事が起こりにくくなって。
本来だったらお金持ってる資産家の人たちもそれを享受してるはずのいろんな社会のイノベーションが起こりにくくなって社会全体が豊かにならなくなってく。
(安田)ちょうどですね今年の1月に…。
まあ毎年1月に全米経済学会って世界で一番大きい学会が開かれるんですね。
そこで当然これだけ話題になっている本なのでピケティに関するセッションもありました。
ピケティ自身も発表してるんですけどそのセッションのトップバッターがハーバードのグレゴリー・マンキューさんっていう世界で一番売れてる教科書を書いてる著者なんですよ。
マクロ経済とか経済成長理論の親玉みたいな人が発表してタイトルからして刺激的なんですけど「Yes」…rがgより大きいのはそうだと。
で「sowhat?」って言ってるんですよね。
「だからどうした?」っていう。
中身としていうとさっき崔さんが説明されたようにrっていうのはgよりも別に大きくなると。
それは今までの経済論と比べても何の矛盾でもないしrとgの差が開いてくっていう十分な理由もないと。
rとgに開きがあったとしても長期的には資本の所得に対する量というのも収れんしていくしもしも…こっから先が僕面白いと思ったんですけどももしも仮に何らかの税制によって現状に介入したとしましょう。
例えば分かりやすいのはほんとに資産課税をしますと。
そうするとrだけ今までリターンがあった分のリターンが減りますよね。
税金持ってかれちゃうんで。
で何が起こるかっていうと当然資本への投資の量が減るんじゃないか。
生産設備への投資の量が減るんじゃないか。
そうすると富める者…富裕層と一般の人の所得のギャップ割合で見たらギャップは確かに縮まるって事理論上も出てくるけど実は一般の持たない人たちの消費水準要は所得水準ってのも下がるって事を言ってるんですよね。
なので相対的なギャップを縮めるんだったらこういった資産課税っていうのは有効なんだけれどももしも持たない者の絶対的な水準を上げるんだったら依然として資産課税なんてやんない方がいいって事をある程度きちんと説明してるんですよね。
それが結構悩ましいところで…。
資本主義が内に秘めるという格差拡大の原理。
そもそも格差は何が問題なのか?ピケティは言う…。
古市が日本の大問題をピケティに投げかける。
ピケティが提案するのは個人の純資産への課税だ。
例えば100万ユーロ未満の資産には課税しないが100万〜500万ユーロまでには1%それ以上には2%というふうに資産に応じて累進的に課税するアイデア。
「自由な経済活動の障害だ」「実現性の低い夢物語」といった批判もあるがピケティの真意とは?若い世代への投資がその国の利益になる。
ピケティの主張はシンプルで未来志向だ。
ピケティさんのお話…。
ピケティなんか暑苦しいですよね。
いやいや…。
日本の世代間格差をすごい問題視していて。
ピケティが心配してたのはやっぱりこのrとgの話で上の世代ほど資産を持ってるわけじゃないですか。
若い人はあまり持っていない。
だから持っていない者がそこに参入するのがすごい難しいと。
そこで何が起こっちゃうかというと資産を持っている親に生まれた子持っていない親に生まれた子で格差がどんどん広がってしまう。
(安田)格差が広がるのとあとはピケティ自身そこまで強調はしてなかったかもしれないですけど広い意味での階級の固定化みたいなものをすごい嫌ってるなっていうの感じましたね。
だから世代であったりとか何か属性ごとにマクロで見て格差があるのはある程度しかたない部分はあるかもしれないんだけれどもその中での移動ができないと。
親がお金持ちとか高い教育水準がある子供っていうのが同じような恩恵を被れる一方でそうじゃない家庭は駄目…。
そういった形の固定化が進むとよろしくないんじゃないかというのが彼の本もそうですしインタビューとかを見てると感じます。
(崔)「金持ち三代続かず」だけではなく「貧乏三代続かず」の社会目指さなきゃいけないかとは思うんですけど。
(萱野)その先にやっぱりあるのは今の経済の活動を担ってる人たちにちゃんとお金が回るようにしましょうという事なんですよね。
それでみんなが豊かになりますよと。
資産を持ってる人たちだけがどんどん資産を膨らませてたら結局豊かさっていうのは先細りしていきますよっていうそういう事だと思うんですよね。
世代間で特に若手とシニア層でこれだけ格差が…という時に恐らく格差を埋めてくための政治的なアプローチを考えるとあんまり世代間格差とか対立を強調しても…要は何か法律を変える時に圧倒的にシニア層の有権者数が多いんで変わっていかない…。
そういった観点からも資産課税って有効なツールになる気がするんです。
どういう事かというとシニア層でも資産持ってない人いるわけです。
お年寄りってのは一番世代間格差が激しいんですよ。
(古市萱野)世代内格差。
(安田)あっ…世代内格差が激しくて富める者ってのは要は人生の上がりなんでものすごいため込んできてる人がいる一方でほとんどたまってない人もいるわけですよ。
結局若者がシニア層を支えるのにも無理がきてるんでそうするとシニア層の中で世代内である程度支え合ってもらうしかない。
資産だけが唯一今まで富を積み重ねてきたシニア層から世代内も含めて再分配に持ってこれるチャンネルなんですよね。
そういった形で資産課税をするっていうと単に資産をあまり持っていない若手世代だけではなくてシニア層の中でも「持たない者持てない者」の人たちが賛成してくれる可能性があるじゃないですか。
だから間接的に世代間格差を埋めるための有効なアプローチをピケティさんはかなり言ってるんじゃないか…。
世界に繁栄と混乱をもたらしてきたとも言える資本主義という怪物。
格差そして不安を生み出すそのメカニズムにいかにして修正の手を加えられるのか…。
資本主義というシステムの本性に迫っていく。
資本主義ってものの形が変わってるなぁと思っていて。
例えばえ〜っと…何だろう資本主義って経済成長と密接な議論じゃないですか。
でも経済成長率を見ると最近あんまり成長してないですよね。
それでも経済成長をしてない頃の資本主義ってものをこれまでの資本主義と同じ資本主義として呼んでいいのかって議論もあると思うんですけどそこはどうですかね?成長率今ほとんどゼロに近いところに張り付いてますよね。
長期金利もそれに連動しますから大体国債の金利を見るとその国の成長率が分かるっていうような感じなんですけれどもそれもかなりゼロに近いところに張り付いてると。
これでもう結局ね成長率がないっていう事でもうかんないわけだから資本主義終わるんじゃないかというような議論もあって。
私の周りってそういうふうに考える方多くて私もそういう方とよく一緒に仕事するんですけど私自身は資本主義が終わるとは思ってないんですよ。
一番の理由は何かっていうと歴史を見た時に成長しない資本主義が過去に200〜300年あった事なんですよね。
一番の根拠は。
要するに資本主義というのは15〜16世紀に始まりました。
でも実際に1人当たりGDPが拡大してくのは19世紀入ってから。
要は15〜16世紀から19世紀の初めぐらいまでは経済はほとんど成長してないんですよ。
でも地主だとか資本家は稼ぐ事ができてるんですよ。
そこで格差が広がってくというのがピケティさんの話なんですけれども。
だから歴史を見ると成長しない資本主義がもともとあって19世紀以降成長する資本主義に変わってその成長が今頭打ちになりつつありますよというのが今の時代。
だから成長しない資本主義が今後続いてく可能性が非常に高い。
成長しない資本主義というのは要は給料が上がらない資本主義ですよ。
だけど投資家というか資産家はうまくこうもうかりそうなところだけ投資できるから古い言葉で言えば資本家はもうける事ができる。
だから資本主義は回ってくんです。
でも資本主義って「安く仕入れて高く売る」が基本ですよね。
うん。
つまり中心と周辺があって初めに豊かになった国がより貧しい国からある種搾取をしてどんどんその中心ってものを増幅させていった。
でもフロンティアってものがどんどん消えてきてる気もするんです。
フロンティアがなくなってしまっても資本主義って続くんですかね?完全になくなってどこに投資してももうからないって話になったらそこになったら初めて資本主義がなくなるかもしれないという議論になるんですけれど技術革新っていう最大のフロンティアをつくってくれる要因がなくなる事はちょっと考えにくいですよね。
技術革新って我々すぐAppleのiPhoneとかねああいうものを考えるけど例えばねこの20年間日本を見てみると衛生陶器要はトイレですよ。
トイレの技術革新すごいわけですよ。
水の量を減らすとかねシャワーもちょっとずつやわらかい水の当たりにするとかねドア開けた瞬間に便座があったかくなるとか。
ものすごい技術革新して付加価値が付いてるとかこういうのも要するに我々のちょっとだけでも豊かになろうというような動きも全部技術革新でそこに利潤が生まれてくっていう運動をもたらしますからちょっとフロンティアがなくなるって考えにくいんですね。
昔のフロンティアは単純でしたよ。
搾取してたわけだから。
要は植民地つくって安い原料を運んでバッとつくって売っちゃう無理やり買わせるみたいな形でやってたんでそういうところで利潤をつくるフロンティアを形成してたわけなんですけれど今はそれはなかなかうまくいかないじゃないですか。
だからそれが内部の…何て言うのかな技術革新の方にフロンティアが移ってった。
(安田)ちょっとフロンティアの話と資本主義の存続性っていうのはあんまりごっちゃにしない方が僕はいいと思うんですよ。
フロンティアがあるとある種期待されるリターンよりも高い超過的なリターンが手に入ると。
手っとり早くもうかるところがあれば当然このrの部分とかgがそれに引っ張られて上がっていきますよね。
要はそれがなくなっても年々消費するわけですよ。
資本を積み重ねても結局買うものがないんだったら資本の蓄積がそこで止まるんですよ。
止まるけど毎年フローで消費するんでそれを誰か作んなきゃいけないわけですよね。
で作ったものを効率的に分配するのにどういうシステムが優れてるかっていったら資本主義なんですよ。
すぐ足りなくなれば価格が上がってそれを作る人が出てくると。
そういった形で社会に無駄なくものを生み出してそれを分配していくシステムとして資本主義に代わるようなものはない。
だから超過利潤がね得にくくなってピケティさんも言ってますけれども今後gがあんまり伸びなくなるだろうと。
その事自体と人々にものを届けるシステムとしての経済ってものをちょっと分けて考える必要があるとは思いますね。
今の話ってすごい面白いと思ったんですけどそうなると資本主義の古典的な定義ってあるじゃないですか。
要するに資本の自己増殖。
要は私が1,000万円…1億持ってましたよと。
これを投資して1億1,000万になりましたよ。
10%のリターンがありましたよ。
これが結局は増えた。
資本の自己増殖ですよね。
これがあるからみんな投資をして経済活動すると。
それでそれが経済全体を回す事によっていろんなものが行き渡ってく。
これが資本主義だっていう定義をずっとしてきたわけですよ。
でもそれとそういったものがなくても資本主義がもし回るとするのであれば資本主義の定義自体をもっと別のものに変えなきゃいけないって話になるような気もするんですね。
まあそうですね。
ただ資本が資本を生み出してる時に当然資本の一定の割合減価償却してるんでなくなった分は補填してまた資本が資本を生み出さなきゃいけないんですね。
要は減価償却分を超えてネットで資本が増えてく必然性があるかっていうとそれは安定成長に入った段階で止まるんですよね。
もう基本的な考え方で経済成長理論ってピケティが一部では否定してますけれどもでも彼の本なんか読むと援用してる考え方で言うとある程度のところまでで資本蓄積が止まると。
もうちょっと正確に言うと資本と所得の比率っていうのは一定のところ定常状態で収まる。
そうなってくると資本が資本を生み出す自己増殖のメカニズムって必ずしも働かないってのはどうも現代の経済学の共通認識ですね。
そういった状況で資本がどういう形で増えていくかっていうとさっき萱野さんがおっしゃった技術進歩なんですよ。
技術進歩が例えばGDP換算で年に1%上げるだけの技術進歩があると長い目で見ると1%成長に落ち着いていくんですよね。
そこの技術進歩がどこから来るかっていうと結構ブラックボックスなんですよ。
どういうふうにやれば技術進歩が促進できるかっていうのは諸説あってよく分からない。
だけど今のところは少なくともこの100年200年でいうと技術進歩は枯渇した事はないんですよね。
今後そこが枯渇すると本格的に成長は止まってしまうかもしれない。
それはよく分からないです。
今後どうなるかは。
崔さん何か…。
私は先ほど安田先生がおっしゃったとおりだけどイノベーションって意味で私は日本は一番潜在力はある国だと思っていて日本って先進国の中でも課題超先進国でもあるじゃないですか。
ただ一方で「Forbes」が発表していた世界のブランドランキングっていうところで日本のイノベーション力であるとか課題先進国としてどう解決するかっていう能力が評価されて世界の中でスイスを抜いてナンバーワンになったっていうデータがあるんです。
そういったところを考えると今の資本主義の形は変わるだろう。
だけどイノベーション力も日本というのは更に飛躍するんじゃないかなっていうのは私の意見かなと。
日本って今特に現役世代の労働力人口が減ってるからなかなかGDP膨らまないんですけどもここの労働力人口の中だけで1人当たり労働者で見ると生産性ってヨーロッパよりアメリカよりも高かったりするんですよね。
どうしても人口減少って全体の絶対数が減るって事になるからこれを超えるのは難しいし更に現役の世代が減るとともに高齢者が増えてそこの部分を養わなきゃいけないって話になるからなかなかそういう条件でパイを大きくするって難しいけれども一人一人の労働者の生産性ってずっとバブルが崩壊して以降も上がってるんですよ。
侮れないですよね。
お金の側面資本もそうですがお金の面から経済見るってのともう一個労働であったりとかもうちょっとリアルな側面から見ていく。
往々にしてお金の方というのは複雑なんですよ。
で僕がよく言うのはリアルの方を見ると見通しが良くなる事があると。
例えばちょうど冒頭で自分の親と比べてどうかって話ありましたけども一切1人当たりのGDPが成長しない世界がどういうものかっていうと親と同じふうに働いて同じものしか得られないっていうのがほんとに成長しない世界です。
どれぐらいそれが今の感覚からすると異常かっていうと当然親が働いてた20年30年前と比べて技術は進歩してるわけですよね。
先人の知恵の上にのっかって生産性上がってるはずなんだけどその影響が全くないと。
全くない中同じ量だけ働くと全く同じ賃金であれ生産アウトプットが出てくると。
20〜30年あれば進歩するんですよ普通に考えたら。
その分がちょっとでもあれば1人当たりのGDPって増えてくはずなんですよね。
要は1人当たりで見て成長しなくていいとか脱成長だっていう事をね言ってる人ってのはその部分が全く起こんないって事を前提にしていてかなり極端な事言ってるんですよ。
(萱野)そこね議論整理すべきだとほんと思うんですよね。
要するに日本が今なかなか成長しないと。
全体のGDPは増えてない。
そもそも財政出動によってずっと500兆円のGDPを維持してるようなところがある。
これが成長しなくなった社会なんだっていうふうに見なす人っていうのも結構いるわけですよ。
でもこれね単に労働者が減って人口比当たりの労働者の数が減ってるから全体としては成長してないっていうだけの話であって。
だからこれによってもう資本主義は成長しない時代に入ったんだっていうのはちょっと飛躍した議論になってる。
単純な高齢化が大きな原因って事ですか?そうですね。
単純に人口全体の中での労働者の割合は減ったんだって事だよね。
要するに経済成長がないとか経済成長もうしなくてもいいっていう議論は必然的に今後の人口動態考えたら現役世代が貧困化するって事もたらすんですよ。
経済成長しないまま養う人たちの数だけ増えてくわけですからこれはねもし高齢者がそういう主張するんだったらちょっとね無責任だなと思いますよね。
ああ…うんうん。
ええ。
(安田)あとは面白いのはピケティが強調している重要なポイントはパイが大きくならないって事はgがちっちゃい。
極端な話ゼロなわけですよ。
でrが仮にそんなに変わんなかったとするとrとgの差ってのは大きくなっちゃうわけですよね。
格差が広がりやすくなってしまうと。
結局成長をある程度もたらしてパイを増やすって事が分配の問題格差を解消する上でも有効なんだって事をかなり分かりやすい形でピケティ自身が言っていると。
だから要は分配の重要性は成長してようがしてまいが変わんないんだけれどもより再分配を円滑にやるために政治的なものも含めて円滑にやるためにはやっぱり成長はできるんだったらした方がいいというのは大前提だと思う。
成長ってどうやったらできるんですか?それが分かれば苦労はないんですよ。
(笑い声)
(萱野)ただねやっぱり現に日本経済は労働者1人当たりで見れば成長してるんですよ。
決して成長止まった社会ではないからそこは成長がほんとに難しいって悩む必要もないと思うんですね。
自由な競争で成長しつつ同時にいかに公平な分配を実現するか?資本主義にそれは可能なのか?ここで1通のメッセージをご紹介。
「ジレンマ」のお正月のスタジオにもお越し下さったという常連のタナカさんです。
「資本主義の功罪を今一度この議論で明確にして資本主義からこぼれた人をどのようにケアしていくかが大事だと思う」。
…いうようなメッセージが来ておりますが皆さんこのメールをご覧になっていかがですか?まずじゃあ「功」の方からいってみましょうか「功」。
「罪」はねちょっと置いといてね。
要するに資本主義を資本の自己増殖っていう点でね定義しないで別の部分で定義しましょうっていう話あったじゃないですか。
今なかなか資本が増えていかないって事を考えると。
そうするとね一番基本なんてやっぱ私有権なんですよ。
「私的所有権」人々に私的所有権を認めてそれが一番のとにかく根本原理ですよ。
これは好きに使っていいですよと。
でこれをね例えば土地があってこれを私的所有あなたのものですよと。
青井さんのものですよと。
青井さんがカフェーやろうがねそこでキャンプしようが…。
カフェーバカにされました。
またバカにされましたよ。
(萱野)いやいやバカにしてないですよ。
あるいはそこで放牧しようが何したっていいわけですよ。
それで経済活動営んで下さいよ。
であらゆる経済活動というのはその私的所有権を元にした交換であったり生産活動であったり自分の体自身も私的所有権の下での労働力って形で全てそれでやっていきましょうという事なんですよね。
それでどんなものでもお金もうけの道具に使えるんだったら資本として活用できますよって事なんですよ。
でこれの…資本主義のオルタナティブ何かって考えたらひと言で言えば私有制の否定になるんですよやっぱり。
共産主義とか社会主義とかが目指したもの。
公有制ですよね。
でこういう私有制を剥奪できるものは強制権力しかないですからねこれは。
そうなるとやっぱり権力の下で経済を運営する方がいいのか人々の自由の下で経済を運営する方がいいのかという話にならざるをえない。
これもう理論的な話なんでいろんなへ理屈つけたってこの2つしかないんですよ。
そうなると資本主義の功罪の「功」って事考えたら人々の自由を増大させたっていう事がもうとにかく一番の「功」ですよ。
今ここで話してる資本主義って大体いつぐらいに始まった資本主義なんですか?例えばさっき安田さんが「人とお金の分配」って事を一個の定義じゃないけど説明に挙げてて…。
でもそれって結構昔から起こってるような気もするんですがどうなんですかね?そういう感覚でいうと僕自身はあんまり資本主義と市場を中心とした経済のシステム区別してふだんは議論してないんですよね。
だから資本にターゲットを当てて資本が資本を生み出すという面を強調する人もいればいやまあ市場を通じた資源配分の仕組みが資本主義の基本なんだっていうふうに考えてそっちを重視するかっていう違いだとは思うんですけど。
というかねあんまりね何とか主義とか何とかのシステムはどうかっていうのにちょっと言い方悪くなりますがあんまり関心はないんです。
今の話はね私こういうふうに思うんですよ。
私は市場経済と資本主義って明らかに違うと思うんですよ。
というのもね市場経済っていうのは資本主義が出来る前からずっとあったんですよ。
でさっき冒頭で名前挙げたフェルナン・ブローデルって人がものすごく強調してる事なんですけど市場主義は全く資本主義とは別物なんだ…。
あ逆ですね。
資本主義は市場主義とは全く別物なんだと。
要はここには信用取引の発達がなければ駄目なんだというふうに言うんですよね。
だから資本というのは投資しなければ資本になりませんから単にものを貨幣なり交換して自由にものをやり取りするだけでは資本主義にならないんですよね。
将来に向かって…。
将来に向かって例えば投資をする。
それこそ昔の大航海時代だったら遠隔地貿易のためにリスクがあると。
海賊はいるわ沈没するかもしれない。
でもそれでも香辛料たくさんアジアや中南米から持ってきたらものすごい利益になるからみんなで投資しましょうと。
それが資本主義?それが資本主義の始まりですよね。
その資本をやり取りする信用が整備されていくという過程が資本主義が形成されてくプロセスですよね。
自由にはリスクがあり当然不安もある。
経済学の巨人たちはこの資本主義のジレンマとどう向き合おうとしてきたのか?ご存じ「神の見えざる手」を世に知らしめた経済学の父アダム・スミス。
「自由な競争が富を生む」と説きつつも同時にスミスが重きを置いたのは社会の倫理。
人間の利己心と倫理。
そのバランスの難しさを既に見抜いていたのだ。
またシュンペーターは経済的な成功がむしろ企業家のイノベーションへの意欲を失わせるという資本主義の逆説を指摘していた。
いずれも巨人たちは資本主義という怪物の功のみならず罪を語り継いできたのだが…。
「罪」といえばねマルクス主義の議論でこういう事言われてたんですよ。
絶対的困窮化貧窮化っていう言葉。
要するにどういう事かっていうと資本主義が生まれてから生まれた事によって労働者はより資本主義が始まる前より貧乏になったんだと。
だから資本主義は打倒しなきゃいけないんだという議論なんですよね。
でもこれは実際正しいかどうかっていうのはかなりクエスチョンマークがついてます。
要するに資本主義が生まれた事によって全体の生産性が上がって格差は確かに広がったかもしれないけれども底上げもやっぱり成されたんじゃないですかと。
平均寿命が延びたっていうのが一番その証拠ですよね。
それまで平均寿命例えば40年だったのが60年になるって事は60年分の食料が1人当たり与えられなければ平均寿命延びませんからね。
それは生産性が上がったって事の一番の証左になるんですよ。
昔の資本主義批判のために使われた絶対的貧窮化論困窮化論というのは間違ってんじゃないかなと思いますよね。
だから「罪」はありましたけどそれは改善されうる「罪」だなって私も思いますよね。
でも何で20世紀にもなってでもずっと資本主義じゃなくて共産主義とか社会主義って事憧れる人がずっといたわけじゃないですか。
シュンペーターなんかも戦後ですか…戦後になっても多分資本主義が終わっていつか社会主義になるみたいな事言っていたじゃないですか晩年ですか。
大きな理由はソ連の成功というかあったと思うんですよ。
どういう事かってソ連の成功って何かって言ったらああいう形で国家が経済統制した方が生産力が上がった時期が一時期あったって事なんですよね。
何て言うのかな権力者と資本家が合体した方がむしろうまく経済を組織できるんだっていう事がモデルとして示されたから多くの国特に新興国第三世界ですよね。
アメリカなんかに対抗するにはこっちの方がいいだろうという形でなびいたってのはありますよね。
あとはやっぱりとりわけ20世紀だと大恐慌ですか。
アメリカでも失業率が25%とかいって株価も大きく下がってその資本主義経済が大打撃を被ってる時期に不況知らずで右肩上がりみたいなイメージが強烈だったのでそこで一定の人々を引き付けた面は強いと思いますよね。
で実際に共産主義諸国の中身を見た時にどれぐらい例えば貧富の格差があるとかどれぐらい欲しいものが実は手元に届いてなかったとかどれだけの数の人が定期的に飢きんで亡くなってるかそういった負の情報って全く西側諸国に入ってきてなかったので共産主義に引かれるというのは当時の時代背景を考えればそこまで不思議じゃないとは思いますけどね。
(崔)安田先生の話を聞いて思ったのは「そうした資本主義は終わる」であるとかそして共産主義が出てきたっていうその時の何でどういう状況の経済環境で出てきたかを考えないと議論は見誤ってしまうのかなと思って。
時は1929年。
20世紀の資本主義が直面した最大の危機。
それは第1次大戦後の世界大恐慌。
失業と貧困の嵐。
世界経済はクラッシュ寸前だった。
そこへ登場した救世主がケインズだった。
彼は大不況という資本主義の病に対して次々とカンフル剤を繰り出した。
政府が市場に介入し需要や雇用を生み出す事で経済の流れは見事回復。
人々の不安を収めたのだ。
それはその時代にあっては適切な処方箋だったのだが…。
ケインズの考え方っていうのはこれまたちょっとマニアックな論点になりますけれども学者の中研究者の世界ではもうかなり早くから見限られてるんですね。
1970年代ぐらいからもうケインズのアイデアで論文を書いてもあんまり注目されないっていうか。
(崔)政治家の方はケインズな感じですよね。
そこでギャップが広がってしまったっていうのがあって。
要はケインズの理論っていうのは「目からうろこ」だと思ってマクロ経済学の見方を激変させたんだけど実はいろいろと細かいあらは出てくるんですよ。
でそれだけではなくて現実の世界でスタグフレーションってのが起きちゃうんですよね。
それまでは要は低成長あるいは高失業率っていうものと物価上昇率っていうのは負の相関がありますと。
物価上昇率が高いインフレの時は景気も良くなる。
物価上昇率が低い時ってのは景気が悪いと。
だからトレードオフの関係にありますよって言ってたんだけれども1970年代80年代に入ってアメリカでインフレ率も高ければ低成長失業率も高いみたいな事が起きちゃって典型的なケインズの処方箋だとどっちか選べるはずだったのにおかしいじゃないかと。
そこで急に出てきたのが対抗軸にある当時は「マネタリズム」とか呼ばれましたけどちょっと違う考え方ですよね。
学界の中心はそっちに移ってってあんまりケインズは見向きはされなくなっていったと。
じゃいつケインズが大復活を遂げるかっていうと「リーマンショック」ですよね。
リーマンショックが起きてケインズ以後主流的な考え方だったマクロ経済学に問題があったんじゃないかと。
実は素朴なケインズの理論の方がはるかに役に立つって事をそれこそノーベル賞とったクルーグマンとかスティグリッツとかも言い始めてだからそこでまだ要はアカデミアの中学者の中でも何がいいのかっていうのがことマクロ経済学に関してはよく分かってないような状況なんですよね。
こと金融危機以降…世界金融危機以降の話で言えばむしろケインズ主義ってもうむしろ根づいたというか不可欠なものになってだからこそ新しさもなくなったっていう気もするんですよ。
どういう事かっていうと例えば日本で言えば今政府が財政支出をバーンと借金を作ってやらないとGDP縮小しちゃうんですよ。
名目のGDPが。
実質はもちろん上昇してるかもしれませんけども名目で言えば政府がバーンと借金をして借金っていうかどっかからどっかっていうか将来から金を借りて持ってくるんだけれども今ないお金を持ってきて無理やり需要を作らないと消費させないとGDPが縮小しちゃう。
もし政府が財政出動をして需要を作らなければGDPがどんどんどんどん縮小してしまって恐らく我々は全く近代では見た事もないような縮小経済の中で問題を解決しなきゃいけなくなるから大変なんですよ。
要は今財政出動があるから何とか維持されてる資本主義がという段階だと思うんですよね。
なるほど。
ただエコノミストとして日々いろんな国の経済…短期的なデータでしかないんですけど実はケインズ型でなくても維持できてるのかなって思ってる国があって例えばドイツっていう国がありますけど主要先進国って基本的に赤字国債を発行して借金をしていないと国が回らない状況だけどドイツというのは今年から均衡財政…。
歳入と歳出が均衡して赤字国債を発行しなくてよかった。
かついろんな背景があるという事はあるとは思うんですけどヨーロッパの中でも相対的にやはり経済的に豊かだし経済成長率も低いといっても何とか維持してる。
そういう事を考えるとケインズ型ってのはもちろん必須の条件でもあるかもしれないけれどもそこから卒業しようとしてる国もあるのかな。
やっぱり資本主義の形がガラッと変わるところでもあるのかなと。
時代とともに変わってきた資本主義。
その未来の形は?あえてピケティに変化球を投げてみた。
ピケティの伝家の宝刀「資本課税」。
どうやらその背景にはもっと大きな社会の枠組みへの問題提起がありそうだ。
21世紀の資本主義。
それは社会の富の分かち合い方を根本から問い直そうとする試みなのだろうか。
今日は資本主義っていうすごいマクロな話をしてきたんですがでも冒頭にあった手紙不安の話から始まりましたよね。
実際不安っていうのは統計見ても上がってて「不安を感じますか?」っていう国がやってる統計見てみると90年代初頭は大体55%ぐらいだったのが今68%ぐらいまで上がってるんですね。
2割ぐらい不安を感じてるって人が増えている。
だから世の中がこの20年間で平均寿命がガクッと下がったとかすごい日本が荒廃したとかじゃないんだけれどもただ不安を感じている人は増えているという不安の広がりっていうのは今ある問題ですよね。
そういう意味ではね今日の冒頭から不安とリスクどう解消していくのかっていうのも話したいんですが。
そうですね不安を解消するためにじゃあどういう資本主義の形を模索していくべきかっていう事だと思うんですよね。
今日の我々これから話すべき議論っていうのは。
不安というのは資本主義と絡めて言うとこういう事なんですよね。
安定した雇用という縮小するパイに乗れるか乗れないかというのが不安の根本だからこれを解消するには2つしかないんですよ方法は。
1つはパイを増やすっていう事ですよね。
雇用を増やす?雇用を増やすっていう事ですね。
安定的な雇用を増やすか…。
要するにこれはどう成長させるのかって話ですよね。
もう1つはたとえこのパイが増えなくて安定的な雇用からこぼれ落ちたとしても惨めな思いをしなくても済むような社会をつくるか。
どっちかなんですよね。
僕は第3の方向性を提案したいんですけど。
今の安定的な雇用に関する不安で言うともう1つの解決策と言っていいのか分かんないですけど安定した雇用なんてのは幻想だと理解させるって事ですね。
要は働き方が…。
(萱野)それは不安に耐えろって事ですか。
要は安定的な雇用があると思っているからこそ自分は安定的な雇用っていうある種ゴールにたどりつけなかった。
ゴールにたどりつけるかどうか不安になるんですよね。
でも雇用はちょっとずつ流動化してますしこの先どんどん流動化していくと思うんです。
そうするとそもそも安定的な雇用なんてものがなくなってくかもしれない。
なくなってしまえば多分そこは不安にならないと思うんですよね。
結構雰囲気って大きいなと思ってて実際今の60代とか見てみても勤め始めた会社にずっと定年までいる人って実は3割ぐらいって言われてて男性でも3割ぐらい女性なんか途中で仕事やめちゃう人が多かったからほとんどいないわけですよね。
決してそれはマジョリティーでもなかったのにさも安定雇用ってものが日本のマジョリティーで誰にでも手に入るものっていうふうにある種幻想があった。
だからその幻想に皆が踊らされて不安になってる人も確かに多いのかなって気はします。
ただ安定ってやっぱり魅力的でやっぱり終身雇用っていうのもありえないっていうのもうすうす分かってる人はすごく多いと思うんですけどやっぱり「安定はないよ」っていうのは男性的っていうかやっぱり女性として見てみるとすごく安定は欲しいんですよ。
なぜかというと私はまだ子供はいないんですけど子供を育てるであるとか長期間身動きがとれないっていうステージが知ってる人からするとやはり安定したお金が入ってくる仕組みであるとか何かしら環境が変わらない仕組みってものを求める人はいると思うんですよ。
だから終身雇用はもうないよって知らせる事も重要なんですけどやったらやった分だけちゃんと入るよ。
努力しなさい。
努力したら見返りがあるんだよっていう例えば正規と非正規の人が同じ仕事をしてるのに全然給料が違うじゃなくてやったらそれだけちゃんともらえるんだっていうそういう仕組みを作る事が重要だと思うんですよね。
でも安定雇用って「安定」と「雇用」がくっつく必要はなくて別に安定が雇用以外でもたらされてもいいわけですよね。
(安田)その観点から僕も解決策に関して一応「何とかの資本主義」っていうキャッチコピーを考えろって仰せつかってるので考えてきたんですけど。
何かあるんですか?「ゆるい資本主義」というのを考えて。
どういう事かというとさっきの雇用の流動化もそうなんですが何か特定の組織企業に入ってそこで定年まで勤め上げるというタイプの安定ではなくて仮にその会社が倒産するとか仮に転職してもよそで引き続き働ける。
要は何て言うんですかね脱固定化で流れていくんだけれども別に人生設計上リスクにならない安定性は失わないみたいな形に社会がどんどん変わっていくべきだと思ってるんですね。
それはいろいろ理由はあるんですけど1つにはこれから数少ない成長分野って言われてるのがITとハイテク産業なんですよ。
成功してる企業を見ると非常に人材流動的なんですよね。
なので戦後高度経済成長を経て当たり前になってきたかのように思われてた終身雇用とか年功序列型の日本の組織では勝てないような土俵でどんどん世界全体で見るとパイが生み出されている。
そっちにシフトしてかないとやはり日本も1人当たりのパイもなかなか伸びないってのはあると思うんですよ。
それは1個目の理由でもう1個じゃあそれ「ゆるい資本主義」って言った時に具体的な方策として例えば僕企業レベルでできる事で何があるかっていうとフルタイム出勤をしないで在宅勤務とかの割合を増やすっていうのは1つ大きい前進になるんじゃないかと思うんですね。
みんながみんな例えば今はやりの言葉で言うと「コミュ力」コミュニケーション能力があって組織でのデスクワークに向いてるかというとそんな事ないわけですよね。
あとは女性の場合で言うと出産育児の時に一定期間フルタイム出勤できない時期は必ずやって来るわけですよ。
そういった働き方に多様性がない固い組織の場合一旦そこからこぼれていってしまう人は必然的に出てくるけれども戻れないわけですよ。
でもゆるい会社であれば常に一定の割合の人ってのは在宅勤務してるし要は今までのフルタイムとは違った働き方をしてる人を抱えてる組織はそういった流動性に対して強いんですよ。
すごく全ての企業家の人に提案したい事があって日本は副業OKにすれば大部分の問題解決できるんじゃないかなと思っていて例えば終身雇用が崩れるんだからその一つの会社でもう面倒見切れないわけじゃないですか。
今の働き方って0オア1でその職をなくしたら次になかなかいけない。
だから副業って言い方はちょっとおかしいんですけどいろんな会社といろんな会社を複合的に働くような仕組みを作っとくと1つの何か仕事がなくなったとしてもフリーランス的な働き方じゃないんですけどもそれをサラリーマンの方であるとか雇用されてる方もできたらすごく「ゆるい資本主義」っていうのが更に加速するんじゃないかなと思うんですよね。
(萱野)なるほど。
あの…副業OKにしようとかゆるく一つのとこにしがみつかなくても他に安定的なものがいろいろあればいいんだっていうのは私ほんとに賛成なんですけど結構ね実態を見ると多くの人は一つの雇用に終身雇用でへばりついて安定したいんですよ。
(崔)それははい…。
こういう議論になるとどうしても強い労働者というかそういうのを想定した議論がそれによって未来を描くというような事になりやすいんですがやっぱりね実態はそこにはあんまりなくて寄らば大樹の陰じゃないですけどもみんなね大企業で安定した雇用が欲しかったりとか。
いいですよねそれは。
欲しいですよね。
「そんなの幻想だ」って言うのは簡単ですけれどもう〜ん…そういうニーズがじゃあなくなるかというと私はなかなかなくならないと思うんですよね。
ただ大企業はやっぱり変わろうとしてるからトヨタの例じゃないんですけど賃金のスライドのしかたを大幅に変えるであるとか。
(萱野)それはすごい大事ですよね。
だからそのあたりから企業主体で変わろうとしてそしてそれが私たちであるとか雇用される人たちにも浸透するっていうのは…。
(萱野)やっぱりね若い人たちの不満の一つが働かないのにたくさん給料もらってる40代50代の年長世代がいっぱいいるという事なんですよね。
その世代は古い給与体系のままずっときてて途中で例えば2000年代の前半ぐらいに給与体系がガラッと変わってそこから新しく入った人たちは全然賃金上がらないと。
何であの人たち仕事もしなくてえばってるだけですぐ飲み会ばっか誘ってきて飲み会行けば説教と自慢話になっちゃうみたいな。
そういう状態がやっぱ不満なんですよ。
それも言ってみれば分配がうまくいってないわけですよね。
会社の給与っていうリソースがなかなかうまくいってないからそういうところはどんどん変えていくべきだとは思うんです。
ただ私イノベーションの源泉って人々の能力に必ずしもあるとは思ってないんですよね。
そうじゃなくてチームワークだったりするんですよ。
ほんとに例えば会社の中で成果主義を徹底すると実はイノベーションが起きにくいっていうような指摘もあってですね。
何でかっていうと成果主義だから教え合わなくなるんですよね。
そういう弊害もあってやっぱり安定的なメンバーシップってそうバカにできないかなって…。
(安田)そこすごい重要なポイントでチーム内でお互い助け合うインセンティブをどういうふうに生み出すかって非常に重要なポイントなんです。
一方で先ほどの流動性「ゆるい」って話で言うと一番世界でIT分野ハイテク産業をけん引してるのは恐らくアメリカ西海岸のシリコンバレーだと思うんですけどあそこものすごい転職率が高いんですよね。
見てると日本の要は自動車産業とかとはかなり本質的にビジネスモデルが違っていて莫大な資本と一定の労働を投下して期待されるアウトプットがひょいひょい出てくる世界じゃないんですよね。
ある程度賢い人が集まっていろんなアイデアを出し合ってそれがたまたまうまくいくと爆発的にヒットする。
でも大部分失敗するんですよ。
失敗した時にどれだけ…要は組む相手をかえるとか部署をかえるとかアイデアをかえる場合によっては企業をかえるって形で次をトライするか。
できるだけ短い期間で新しいチームを作ってそのチームで協力するかってのは非常に重要なんですよね。
それで言うと終身雇用型のシステムは雇う人の顔はかわらないのでそこでの組み合わせをかえるっていっても限界があるんですよね。
企業の中の人間だけのノウハウアイデアだけで新しいヒットするようなアプリを生み出すとかイノベーションを生み出すのはかなりもう限界が来てるからこそ流動性を高めなきゃいけないって僕はかなり主張するんですけど。
ゆるさが生み出すしたたかさもある。
競争から共創へ。
逆転の発想に勝機はあるのか。
個人が安定を確保しつつ自由に生きるためには。
「ゆるい資本主義」ともう一つ兼ね合わせるといいかなと思ってる資本主義があって私は「総株主資本主義」っていってるんですけど何かというと株式市場ってものって私は投資してないわよっていう人すごく多いと思うんですけどでも実は投資してるんですよね。
なぜかというと年金ってものを使って私たち1億人みんな株主なんですよね。
年金に預けたお金って株式市場で運用されてるから。
ただ何が問題かといえばここでも何度も言われている格差。
やっぱり世代間でもらうその株式市場から得たリターンも全然配分がされていないって事なんですよね。
だから年金だけではなくて確定拠出年金であるとかもっと…。
株式市場にアクセスする理由っていうのは民間主体の分配機能なわけですよね。
だから民間主体の分配機能にもっとアクセスするための仕組みが必要だ。
「総株主資本主義」によって民間主体の分配を加速させるって事が重要かなと。
(萱野)私も1つね提案あるんですけどピケティがインタビューの中でも公有制と私有制の中間みたいな新しいものを発明しなきゃいけないという事を。
資本主義と言ってみれば社会主義と中間みたいなものというふうに普通には考えられるんですけど私なりに解釈すると私有制に基づいた何て言うんですかね共同運用みたいな。
共同管理というか共同経営というような形。
要するに労働者協同組合による企業形態を認めていきましょうと。
要するに先ほどのねメンバーシップを割と流動的にしてどんどんフレッシュなものにしようっていうような事にもつながってくるとは思うしあと「一億総株主」ですか…。
(崔)「一億総株主資本主義」。
…ともつながると思うんですがどっかからの株主がいるわけじゃなくて自分たち自身が株主になる事によって事業を共同運用していきましょうっていうような形態。
これ実は中南米だとかヨーロッパでも南欧の方イタリアだとかスペインなんかでは非常に広く定着してるんですけども日本はまだ法律がなくてですね法律の根拠がなくていろんな試みはあるんですけどなかなか広がってない。
今の3人の話聞いてて思ったんですけどここにいる3人はピケティほどは民主主義を信頼していない。
だから民主主義ってよりもつまり政府を使って何かするってよりももっと民間でできる事をしちゃおうってアイデアが多かったと思うんですね。
(萱野)私は1点だけピケティにちょっとこう異論をぶつけたいなと思うのは民主主義ですよねやっぱりね。
結局ね今の日本の世代間格差って事を考えたら民主主義の結果そうなってるわけですよ。
要するに多数派で投票量も高いという事でそういった世代間格差が生まれてると。
これまで民主主義っていうのはパイが拡大する時代にうまくいった制度だったんですよ。
要は1票を投票したりとかその1票を投票できるから議会にいろんな団体を使ってね圧力かけられるってのは実際には何をやってるかって予算のぶんどり合いなんですよ。
この予算を今だったら90兆円とか95兆円ぐらいある予算をこっちによこせあっちによこせという事をやってるわけですよね。
でも今今後はパイが拡大した方がいいと思いますけどもするかどうか分からない時代に民主主義に対して過度の期待をかけるっていうのはみんなの意見を聞きましょうって事で若い人もそんなに言うんだったらこっちにも予算付けますからとでも財源がないのにそういう事やってたらもっと更に将来世代につけを回すとかそういった事が出てきますからむしろ今はそこにあんまり期待しすぎるよりは全体最適をするような議論の場をどうつくるか。
(萱野)そういうふうに思いますよね。
どんどん次の世代の人口が増えていくっていう時は当然人口割合で見るとシニア世代はちっちゃくなっていくので未来志向型の政策が選ばれやすいですよね。
日本はそうなってないのでどうしたって既得権益を守る方に何をしてなくても普通に民主主義やって公平に選挙すればそっちにいきやすいってもう前提条件なんですよね。
だからこそ民主主義だけに任せておくと要は未来がどんどんなくなっていってしまうかもしれない。
その際に個別の僕ら自身でできる事は当然やっていくべきだしあとは例えばね若手代表の論客である古市君を国会に送り込む。
何でもいいんですけどやっぱり今の前提条件今のルールの中でできる政治的なアクションを考えていかないといけないなっていうのはすごい感じますね。
ちょっと余談ですけどピケティさん今後やりたい研究の中で経済学と政治学を融合した政治の経済学みたいな事をかなりライフワークとしてやりたいとおっしゃっていて実は経済学の中でも結構注目されている分野なんですよね。
だから分野横断的な単に経済の話政治の話だけじゃなくてそれが絡んだ時にどうなっていくか。
特に日本なんて非常に面白い課題山積み先進国なんで日本の知見を生かして何か解決策でもそうですし新しいブレークスルーを学界からも出していけたらいいなと個人的には…。
ピケティさんは経済知識の民主化って事を言ってましたけど安田さんって何か「これしたい」とかあるんですか?民主化…う〜ん?というか世の中にこれを問いたいとかもしくは自分の学問のフィールドでこれやりたいとか。
やっぱりこういうピケティさんのそれまでの考え方をガラッと変えるような大きいビッグピクチャーでのものがボンって出るとやっぱりその分野でちまちまやってた身としては影響は受けますね。
(萱野)なるほど。
ピケティ世代とか言われる可能性ある。
ビッグピクチャーを描けるような研究にちょっと憧れるところはありますよね。
どうせ人生一度きりなんで同じだけ研究時間費やすなら少しはやっぱり今までみたいにミクロ男子じゃなくて今日マクロ女子もいらっしゃってマクロの世界は興味あります。
(崔)すみませんもう一つ。
それを聞いてたら私実はすごいやりたいビジネスというかやりたい事があったんで一つ提案させて下さいマクロ女子として。
ソーシャルインパクトボンドを日本に普及させたいと思っていて社会問題を解決する事によってそれがリターンになってそれはじゃあその社会問題をどんだけ解決したかを計量的に測定してそれを金銭にする。
その金銭を国が払うっていう仕組みのボンド債権なんです。
いろんな形があるんですけどそれが出来たら多分財政だってもっと効率的に運用されるし日本の無駄になっている資源も効率的に動くと思うんですね。
そうした新しい金融商品を生み出していきたいなって。
社会の課題の解決を目的とするソーシャルインパクトボンドが今世界で注目を集めている。
課題解決を市場システムに委ねようという試み。
官民の垣根を越えた新たな投資市場の可能性は大きい。
ふ〜ん。
あるんですか?今そういうのは。
今あります。
イギリスとアメリカでは既に出来ていてアメリカではゴールドマン・サックスが主体になってニューヨーク市の刑務所に入ってるその再犯率を抑えたらそれを測定して実際に結果が出たらゴールドマン・サックスが投資した先ができたらそれはリターンとしてニューヨーク市がお金を払いますってそういう仕組みなんですよね。
そうやっていろんなお金を回していく事が…。
社会的な意義あるものがもっと金銭価値として試算されてそして資本市場…金融商品が出来たらいいなっていう。
これもね一つのイノベーションですけど今後はものをつくるとかこれまでサービスをつくるとかが経済の富を生み出す一つのやり方だったんですけど今後は課題を解決するって事が富を生み出す要素になってくる事は確実ですからそれこそ先進国はどこも例えば出生率の低下だとかそれこそ犯罪率の問題だとかいろんな問題に直面してますからこの流れは避けられませんよね。
だからそういう点での未来を志向するって事は明るい話で我々議論できると思いますね今後ね。
(安田)逆説的ですけど日本にチャンスがあるわけですね。
課題にいち早く取り組まざるをえない立場なので。
認知症の高齢者をどうやってケアするかって事をビジネスモデルにすれば今後アジアはどんどん高齢化していきますからそのビジネスモデルは輸出できるわけですよ。
実際に輸出してる企業いくつもありますからね。
そういう事を我々もっとね明るい話もたまにはねしたいなとは思いますよね。
さあ今日は資本主義について古市さん話してきましたけど。
いやぁピケティやっぱりこれ飾っとくだけじゃ駄目な本ですね。
おしゃれの一環としてじゃ駄目です。
おしゃれの一環として本棚に飾るだけで満足しないでちゃんとね読んだ方が…。
そうですね。
だから今日の話聞いてやっぱり経済学の話とか資本主義の話とかどうしてもマクロですごい遠すぎて自分には関係ないなと思う事も意外とちゃんとこういうふうにかみ砕いてもらえればね分かる事も多くて…。
ちゃんとピケティの本読もうと思いました。
確かに今日は一人のフランスの経済学者の本をきっかけにこの資本主義という事を話しましたけれども全国各地にこれを見てる方がいっぱいいらっしゃるわけで。
絶対これさ16万部売れたっていうけど読まれてない15万部ぐらいはあるわけでしょ。
(笑い声)そんな事ないと思いますけど…。
ちょっと読んでみたいなってきっかけとしてはすごくやっぱり…。
(安田)本棚に飾っとくだけでもいいんですよ。
(崔)意識するって事がね。
(安田)意識するっていう。
でも今日ほんとにSNSだったり番組でやってるFacebookだったりメールだったりご意見頂いてここで紹介する事で実際にどう思ってるのかなってのが知る事ができて進める事ができたのでまた今日の放送を見たり今後何をやってほしいというのがあったら是非送って頂きたいなと。
手紙とか欲しいですよねお葉書ねいまどきね。
こういったお葉書もお待ちしておりますので是非この番組をよくするためにご協力頂ければと思います。
という事で今日は「資本主義のジレンマ大研究」。
皆さん長時間ありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。
一人のフランス人が突きつけた問い。
それは資本主義と民主主義のジレンマでもあった。
一たび動き始めたら止まらない市場という巨大な怪物。
だからこそ僕らは議論し続ける。
不安を希望にピンチをチャンスに読み替えて。
数字の世界に言葉という武器で。

(砲声)2015/03/01(日) 00:00〜01:30
NHKEテレ1大阪
新世代が解く!ニッポンのジレンマ「資本主義のジレンマ大研究」[字]

今世界的な話題となっているピケティ現象。ベストセラー「21世紀の資本」の著者へのMC古市の単独インタビューを交え、ニッポンの資本主義について徹底討論する!

詳細情報
番組内容
今世界的な話題となっているのがピケティ現象。ベストセラー「21世紀の資本」を著し、統計から「努力は相続に勝てない」という若者にはショッキングな主張を導き出した。来日したピロティにMC古市が単独インタビュー。地球上の開発のフロンティアも「消費」し尽くそうという時代に広がる資本主義への懐疑。ニッポンにも当てはまるのか?この国の資本主義はどこへ行く?寄せられた元日SPの反響をまじえながら議論を深める。
出演者
【出演】哲学者…萱野稔人,マクロエコノミスト…崔真淑,経済学者…安田洋祐,経済学者…トマ・ピケティ,【司会】社会学者…古市憲寿,青井実,【語り】竹本英史

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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