人生デザイン U−29「デザイン事務所 カメラマン兼営業」 2015.02.23


東日本大震災をきっかけに地元に戻り働き始めた若者がいる。
(シャッター音)1年前デザイン会社のカメラマンとしてスカウトされた。
戻って来た若者に地元の人たちは期待を寄せている。
特産品ののぼりや看板パッケージなどこの1年で200件以上を手がけた。
震災が彼の人生デザインを変えた。
地元での仕事を通して自分の居場所を模索する日々を追った。
ご存じ「あまちゃん」で一躍脚光を浴びた町。
岩手県久慈市。
人口は3万7,000人。
震災からまもなく4年目を迎える。
今回の主人公大沢航平さんの職場はこの町にある。
(大沢)あっもしもし。
私ですね久慈の栄町の方でですねデザインの事務所をやっておりましてデザイン事務所グリステンと申します。
大沢さんはカメラマン。
小さな会社なので営業も任されている。
社長の古舘豪紀さん。
3年間仙台でデザイナーとして働き独立してこの会社を立ち上げた。
(古舘)ウチで結婚式するとこんな感じでウェルカムボード作れますよみたいなそういう感じのまあこんな感じな事ができますっていう紹介をして…実は2人は久慈市の隣野田村出身の…社員2人の小さな会社。
営業ノルマはひとつきに新規訪問50件。
目標は高いね〜。
(取材者)おなか弱いの?ハハハ…。
大沢さん今日は久慈市内で飛び込みの営業。
まずは美容室。
なかなか入れない。
大沢さん知らない人と話す営業はちょっと苦手。
3分ほどで出てきた。
どう?手応えは?続いて化粧品の販売店。
頑張って!すいません突然。
はい。
はい。
ふ〜ん。
あ〜。
そうですね。
ハハハ…。
(女性)価格も?ハハハ…。
う〜ん。
うん分かりました。
声が小さいぞ。
でも地元の話題で懐に飛び込めた。
地元の人たちの応援があるから苦手な営業も続けていけるんだね。
大沢さんは久慈市の高校を卒業後盛岡にある岩手大学に進学した。
しかし勉強を続ける事に疑問を感じ3年で中退。
そのまま盛岡に残りイタリアンレストランで働いた。
接客にやりがいを感じ始めていた頃起こった東日本大震災。
海が目の前にあった実家は津波で流された。
かわいがってくれた祖父もなくした。
う〜ん…。
何だろうな…。
震災から2年半がたった頃大沢さんは被災地の写真を撮ろうと思い立った。
地元をはじめ沿岸部の被災地を南下し福島県南相馬市まで訪ね歩いた。
どんどん…同級生の社長古舘さん。
大沢さんと一緒に仕事をしたいと思ったきっかけがこの写真だった。
ふるさとの記憶を残したいという大沢さんの思い。
共感した古舘さん。
地元での二人三脚の仕事が始まった。
(一同)乾杯!地元に戻った事で同級生たちと飲む機会も増えた。
地元に根づいている友人は大沢さんたちの会社の事が気になるようだ。
え〜!あっ…めっちゃ似てる。
まあ経営者でしょ。
…って思ったりするところもあるかな。
うん。
津波で家を失った大沢さんの家族。
県の補助でアパートを借り生活している。
大沢さんの部屋はないためリビングで寝泊まりする。
両親と妹家族で生活するのは10年ぶり。
家に帰れば温かいご飯が待っている。
だから…
(笑い声)うれしそうな両親。
でも大沢さんなんだか落ち着かない感じだね。
大沢さんの収入は月16万円。
その3分の1以上は家賃と光熱費。
家族と暮らしているのに家賃って?実は大沢さん完全に地元に戻った訳ではない。
学生時代から10年暮らす盛岡。
アパートはそのままにしている。
帰りを待っていたのは小さな同居人。
この1年盛岡と地元行ったり来たりの生活を続けてきた。
驚かせちゃったかな。
ごめんごめん。
震災がなければ地元に帰るつもりはなかった大沢さん。
生まれ育ったふるさとに複雑な感情を持つようになった。
なんか…。
あれなんか…こんばんは。
この日向かったのは野田村の花屋さん。
頼まれていたのは花の包み紙のデザイン。
更に新たな仕事の話も進んでいる。
「きれいな花のアレンジが載ったカタログを作りたい」という依頼だった。
きっかけは地元の新聞に使われた町の復興イベントの写真。
写真が縁で1か月ぶりに大沢さんに撮影の仕事が入った。
撮影は1週間後に決まった。
大沢さん仕事に打ち込んでいる時は迷いも忘れられるそうだ。
大沢さんの一週間スケジュール。
水曜と週末は2時間半かけて盛岡へ。
半分は久慈で家族と生活。
そんな大沢さんの家に新しい動きがあった。
3月から野田村に再建する家の工事が始まる。
ねえお父さん。
う〜んそうだねえ。
(笑い声)
(笑い声)まあそれは寂しい。
お母さんも。
家族は震災から新しい一歩を踏み出している。
自分の居場所はどこなんだろう。
ごめんお待たせ。
あっいえいえ。
プライベートで頼れる兄貴分の廣内鉄也さん。
野田村役場で働く廣内さんは25歳の時盛岡から地元に戻ってきた。
廣内さんに自分の悩みを打ち明けた。
…っていう部分がありますのでどうしても。
うん。
ハハハ…。
そうだと思いますよ。
…常々に。
いい写真撮ってくれる人がいていいデザインにしてくれる人がいて…っていう部分のメリットがすごい出てくると思うけどね。
そうですね。
そこは…。
野田村の花屋さんで撮影の日がやってきた。
あっおはようございま〜す。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
この日は花束やアレンジメントなど6種類を撮影。
花の撮影は光の当たり具合が重要。
照明機材をまだ買いそろえていない大沢さん。
自然の光を利用する事にした。
うん。
なんかこんな感じで。
あ〜あ〜。
震災からまもなく4年。
色とりどりの花が人々の暮らしを明るく彩ってくれるよう願って。
順調に進んでいく撮影。
半分撮り終わったところで予想していなかった事態が。
外からの光を利用していた事が裏目に出たようだ。
そうですね〜ちょっと…。
影が消えるのを待ってみる事30分。
大沢さん場所を変える事にした。
照明は花屋さんが貸してくれたライトで代用。
更に花屋さんは進んで撮影の助手も買って出てくれた。
ここら辺で…
(笑い声)休憩も取らずぶっ続けで4時間の撮影。
花屋さんが初めて作るカタログ。
満足のいく写真が撮れた。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
ハハハハハ!すいません。
ううん。
全然。
いや〜。
お疲れ。
うっす。
300枚撮影した中から厳選した大沢さんの写真。
1枚1枚に写し出された花の表情がより引き立つように古舘さんがデザインし仕上げていく。
お〜。
そして…楽しみに待ってました。
はい。
じゃあすいません。
出来上がりを確認してもらう緊張の瞬間。
じゃまずは…。
おおっ!お〜っ!ハハハ…。
(笑い声)
(笑い声)このデザインでOKが出た。
野田村の海岸。
小さい頃よく遊んだ今もお気に入りの場所だ。
好きな写真の仕事を通して大沢さんは地元との関わり方が見えてきたようだ。
2015/02/23(月) 19:25〜19:50
NHKEテレ1大阪
人生デザイン U−29「デザイン事務所 カメラマン兼営業」[字]

東日本大震災の被災地・岩手県久慈市で、デザイン事務所のカメラマン兼営業として働く大沢航平さん、29歳。撮影の仕事を通し、自分の居場所を模索する日々を追う。

詳細情報
番組内容
東日本大震災の被災地・岩手県久慈市で、デザイン事務所のカメラマン兼営業として働く大沢航平さん、29歳。1年前、幼なじみが立ち上げた会社にスカウトされ地元に戻ってきた。地元からの期待も高まっているが、大沢さんは完全に地元に定住したわけではない。生まれ育った故郷に恩返しをしたい思いの一方で、地元に落ち着いてしまうことに違和感を感じている。地元の花屋での撮影の仕事を通し自分の居場所を模索する日々を追う。
出演者
【出演】カメラマン兼営業…大沢航平,【語り】Mummy−D

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

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サンプリングレート : 48kHz

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