香月啓佑氏 写真一覧
次の創作が止められてしまう可能がある
ー権利強化による、「二次創作」への影響を懸念する声もあります。香月:昨年、漫画「ハイスコアガール」が他社のキャラを無断使用したとするSNKプレイモアの告訴を受け、大阪府警が発行元のスクウェア・エニックスの家宅捜索を行いました。著作権侵害を認めないスクウェア・エニックス側は逆にSNKプレイモアを相手取って民事訴訟を起こしています。本件では「二次創作」文化への影響や表現の萎縮を懸念する法学者たちによる声明も出ています。創作に関する問題に警察が家宅捜索という形でコミットしてきたことに、僕も正直驚いたし、不安です。著作物の丸々コピーを違法にやりとりしていたというなら警察が捜査するのも理解できなくはありませんが、表現に関する問題に介入してきたというのは正直やり過ぎです。このように著作権の問題は表現の自由と隣合わせの問題でもあるんです。
文化の発展にともなって、作品が完全なるゼロから生まれる可能性というのはだんだんと少なくなってきていると感じます。音楽にしろ、なんらかの既存のアイデアや手法に乗っかっていることの方が多いわけですよね。それは広義のリミックスだし、リミックスから新たな作品が生まれてきているわけです。テクノロジーのことを考えるとわかりやすいかもしれません。新たなテクノロジーは特許という形で20年間は保護されますが、その保護が切れたあとは自由にリミックスしていいんです。最近3Dプリンターがかなり安く手に入るようになりましたが、それには3Dプリンターをめぐるコア技術の特許が切れたことが大きな影響を与えています。創作の分野においても、二次創作の萎縮によって、新たな創作が止められてしまう可能があります。
そもそもインターネットというのは、基本的に情報をコピーすることで成り立っている技術なんですよね。例えば僕らはウェブサイトを「見に行っている」というように感じていますが、実際はそのウェブサイトのデータをスマートフォンなりパソコンにダウンロードして表示させているわけです。そしてダウンロードしているということはコピーしているということですよね。コピーすることで情報の流れを実現するインターネットと、コピーを制限することを定めた著作権法。この二つの相性がいいわけないですよね。現状の著作権法はインターネットを想定していない時代に作られ、インターネットの出現後もいろいろな条文を継ぎはぎして無理やり生かされています。
例えば著作権法について話し合う政府の審議会ではつい最近まで「DropboxやGoogleドライブのようなクラウドストレージに自分の買ったCDをmp3に変換したデータを保存することは法律違反かどうか」という議論をやっていました。また一部の権利者の人たちは「複製機能」全体に課金をしようという提案をしています。提案の文章をそのまま読めばスマートフォンもUSBメモリも、OSもプログラミング言語も課金対象になるんです。もちろん僕たちはその提案に大反対をしていますが、インターネットと複製という議論は残念ながらまだまだこんなレベルなんです。
そのようなインターネットを想定していない現行の著作権に、劇薬のような非親告罪化を入れてしまうと、思わぬ問題が起きる可能性があるんです。違法ダウンロードの刑事罰化も、DVDのリッピング禁止のような不毛な取り締まりも、著作権侵害が親告罪であるという前提でゴリ押しされたんです。
重要な「フェア・ユース」の考え方
ー非親告罪化にあたっては、米国で導入されている「フェア・ユース」が有効という声もあります。すでに著作権侵害が非親告罪となっている米国では、そんなにトラブルは起こっていないんだから、日本でも大丈夫なんじゃないか、という意見を見かけることがあります。しかしそれは米国の著作権法には「フェア・ユース」という考え方が入っているからです。フェアとは公正とか正当って意味ですよね。フェア・ユースとはつまり「公正な著作物の利用は許諾をもらわなくてもOKにしようよ」という考え方です。著作権法が非常に厳しいように見えて、言論の自由や新たな創作を支えるしくみもちゃんと入っているんです。ただしフェア・ユースも万能ではありません。もちろん丸々コピーはダメですし、コピーする理由が教育や批評、報道など、正当である必要もあります。あとは元々の作品の市場を荒らすようなものもNGとされます。フェア・ユースは米国だけではありません。お隣の韓国や台湾、英国やシンガポールにもあります。中国でも現在導入に向けた議論が進んでいるようです。EUにも似た考え方はありますし、フランスにはパロディーを認める条項もあります。
日本にもこのようなフェア・ユース条項を導入しようという動きがあったのですが、実際にはかなり限定的な導入に終わってしまいました。
ただ米国型フェア・ユースを日本に導入したとして、そうなれば日本の現状の二次創作文化が全て救われるかといえば、残念ながらそうではないという専門家の声もあります。例えば同人誌即売会での同人誌のやりとりは販売ではなく「頒布」という言葉が用いられますが、お金のやりとりがあることは間違いありません。それを非営利とみなすかどうかは議論があるところですが、もし営利目的とされた場合はフェア・ユースとは認められないでしょう。
つまりフェア・ユースのような、一般的な著作物の利用条項を入れたとしても、非親告罪化による重しはズシンと乗っかかったままになるのです。だから非親告罪化なんかそもそも入れないほうがいい。
日本は世界に向けて先進的な「知的財産立国」を目指すと言っています。ただ知的財産というのは利用されてこそ価値が出るもの。利用されない知的財産なんて意味がない。著作物を利用させるところに新たなビジネスのうま味もあるはずなのに、著作権法で著作物の利用をどんどん厳しく制限する。現に家電メーカーの団体やインターネット企業などからも、柔軟な規定がないとビジネスができない、という声も根強くあるんです。米国は自分たちのビジネスのために、米国の著作権法基準を世界に広げようとしています。TPPだってその一環です。ただ著作物の利用を促進するようなフェア・ユース条項も輸出しようとはしません。このままでは本当にやられっぱなしになる可能性があるんです。
何を話し合っているかがわからないことが問題
ー今後の展開について、どう見ていますか?香月:ここまで「TPPで著作権侵害が非親告罪になると危ない!」という話をしてきましたが、実はそれって完全に”仮定”の話なんです。それはなぜかというと、TPPの協議というのは全部非公開だからです。つまり何を話し合っているのか完全秘密で、何もわからない。政府が公式に認めている論点は「著作権保護期間」「医薬品のデータ保護期間」「地理的表示」の三つだけです。この3つも相当に大変な議論なんですけれども、著作権侵害の非親告罪化は議論されているかどうかも謎なんです。ただし僕らはウィキリークスのリーク情報などをもとに、報道の様子や独自の取材を通して、非親告罪化も議論されていると判断しています。
ここ最近の貿易に関する条約(通商条約)の協議は秘密協議で行っているケースが多いんです。例えば一昨年話題になったACTA(偽造品の取引の防止に関する協定)がいい例ですよね。過去に議論の内容を公開すると業界団体や市民団体などから横やりが入って、議論がまとまらず、政府が満足するアウトプットができなかったという苦い経験から、政府関係者限定で議論を静かにやりたいということなのでしょう。
TPP政府対策本部は定期的に業界団体に対して説明会を開催しており、僕らもそれに呼ばれて出席しています。また交渉のたびにマスコミに対してブリーフィングを行っており、その内容はウェブサイトで一部公開されています。ただ知的財産分野については「センシティブで何を議論しているかも話せない」というのが担当者のコメントなんです。
TPPはこの3月にも妥結するのでは、と言われていましたが、どうも米国の政治事情で4月までずれ込みそうだという報道もあります。妥結したといっても、日本としてTPPに乗るかどうかというのは国会で審議されます。ただしTPPはパッケージ、オール・オア・ナッシングなんです。「知的財産分野だけは乗りません」ということはできない。これはどの分野も同じです。 テレビなどの報道を見ていると、TPP=お肉、お米や自動車、つまり関税の問題だと捉えられがちですが、物品以外の非関税障壁もなくしていきましょうというのがTPPなんです。例えばビジネスマンが投資先の国に滞在するときの決まりとか、海外のサイトでmp3データを買ったときの関税はどうなるのかとか、国を超えて個人情報をやりとりするときの決まりなども議論に含まれているようです。
誰もが真剣に交渉について情報公開を求め、議論する必要があります。条文が確定し「TPPに乗りますか? 降りますか?」という2択を迫られた状態で議論をスタートしても、それはもう遅いんです。
今のうちにTPPの知的財産条項に対して声を上げるために、僕も所属する「TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム」(thinkTPPIP)では緊急声明を発表し、賛同していただける団体や個人を募集しています。ぜひみなさんと一緒に声を上げていきたいと考えていますので、ぜひ協力をいただけるとうれしいです。
関連リンク
・TPP政府対策本部 - 内閣官房・TPP知財条項への緊急声明案の公開と、ご意見・賛同の呼びかけ - TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム(thinkTPPIP)
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