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日本とフィリピンで語り継ぐ 戦争の記憶3月4日 7時05分
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太平洋戦争末期、フィリピンの首都マニラで旧日本軍とアメリカ軍が激しく戦い、多くの市民を含むおよそ12万人が犠牲になったとされる「マニラ市街戦」。戦闘が終わったのは70年前の3月3日でした。
当時の証言を集め、戦争の悲惨さと平和の尊さを伝えていこうという取り組みが、日本とフィリピン双方で続けられています。
当時の証言を集め、戦争の悲惨さと平和の尊さを伝えていこうという取り組みが、日本とフィリピン双方で続けられています。
マニラで先月、70年前に起きた市街戦の犠牲者を悼む式典が行われました。
1945年2月、日本が占領していたマニラ奪還のためアメリカ軍による攻撃が始まったマニラ市街戦。市の中心部が戦場と化し、1か月もの間、銃撃戦と砲撃にさらされました。
旧日本軍とアメリカ軍でおよそ1万8000人が死亡。そして市民10万人が犠牲になったとされています。
歴史学者のリカルド・ホセ教授は、30年前から戦争の体験者を訪ね歩き、証言を聞き取ってきました。
市民の犠牲が拡大した背景として、ホセ教授は、追い詰められた旧日本軍が、ゲリラ活動やアメリカへの協力を疑うなどして多くの住民を殺害した一方、アメリカ軍も市街地に無差別とも言える砲撃を繰り返したと指摘しています。
戦後70年となることし、ホセ教授は、集めた写真などの展示や講演会を各地で開いていて、「記憶を風化させず、次の世代に悲惨な戦争の実態を伝えることで、過ちが繰り返されないようにしなければならない」と訴えています。
フィリピンでの戦争を語り継ぐ取り組みは日本でも続けられています。
元日本兵の証言を記録しているNPO「ブリッジ・フォー・ピース」では、これまで260人以上の元日本兵から証言を集め、若い人たちに戦争について考えてもらう活動を続けています。
先月、代表の神直子さんは、愛知県に住む93歳の男性のもとを訪れました。
男性は、マニラがあるルソン島に兵たん部隊として送られ、マニラ市街戦の直前にアメリカ軍の猛攻に遭いました。
補給もままならない劣勢のなか、多くの仲間を失い山中に撤退したといいます。
男性は、民家に押し入って食糧などを奪ったことを赤裸々に語り、「戦争とは、ばかげたことだ」と当時を振り返っていました。
先月、このNPOは、フィリピンでも地元の学生を集めて元日本兵の証言の上映会を開きました。
フィリピンの学生たちにとっては初めて聞く日本側からの証言で、元日本兵たちの悔恨のことばに真剣なまなざしで耳を傾けていました。
学生の1人は「日本兵へのイメージが変わりました。両方の視点から歴史を直視し過去を知ることが未来に生かされることになると思う」と話していました。
戦争を遠い過去の記憶にしてはならない。日本とフィリピンで着実に歴史の教訓が紡がれようとしています。
1945年2月、日本が占領していたマニラ奪還のためアメリカ軍による攻撃が始まったマニラ市街戦。市の中心部が戦場と化し、1か月もの間、銃撃戦と砲撃にさらされました。
旧日本軍とアメリカ軍でおよそ1万8000人が死亡。そして市民10万人が犠牲になったとされています。
歴史学者のリカルド・ホセ教授は、30年前から戦争の体験者を訪ね歩き、証言を聞き取ってきました。
市民の犠牲が拡大した背景として、ホセ教授は、追い詰められた旧日本軍が、ゲリラ活動やアメリカへの協力を疑うなどして多くの住民を殺害した一方、アメリカ軍も市街地に無差別とも言える砲撃を繰り返したと指摘しています。
戦後70年となることし、ホセ教授は、集めた写真などの展示や講演会を各地で開いていて、「記憶を風化させず、次の世代に悲惨な戦争の実態を伝えることで、過ちが繰り返されないようにしなければならない」と訴えています。
フィリピンでの戦争を語り継ぐ取り組みは日本でも続けられています。
元日本兵の証言を記録しているNPO「ブリッジ・フォー・ピース」では、これまで260人以上の元日本兵から証言を集め、若い人たちに戦争について考えてもらう活動を続けています。
先月、代表の神直子さんは、愛知県に住む93歳の男性のもとを訪れました。
男性は、マニラがあるルソン島に兵たん部隊として送られ、マニラ市街戦の直前にアメリカ軍の猛攻に遭いました。
補給もままならない劣勢のなか、多くの仲間を失い山中に撤退したといいます。
男性は、民家に押し入って食糧などを奪ったことを赤裸々に語り、「戦争とは、ばかげたことだ」と当時を振り返っていました。
先月、このNPOは、フィリピンでも地元の学生を集めて元日本兵の証言の上映会を開きました。
フィリピンの学生たちにとっては初めて聞く日本側からの証言で、元日本兵たちの悔恨のことばに真剣なまなざしで耳を傾けていました。
学生の1人は「日本兵へのイメージが変わりました。両方の視点から歴史を直視し過去を知ることが未来に生かされることになると思う」と話していました。
戦争を遠い過去の記憶にしてはならない。日本とフィリピンで着実に歴史の教訓が紡がれようとしています。