証券取引等監視委員会が会社社長男性への課徴金納付命令を出すよう金融庁に勧告する方針を固めたとの報道が名誉毀損に当たるとして、男性が共同通信、毎日新聞、産経新聞の3社に計1650万円の損害賠償と謝罪広告を求めた訴訟で、東京地方裁判所(近藤昌昭裁判長)は2月25日、共同通信に66万円、毎日と産経にそれぞれ55万円の賠償を命じる判決を言い渡した。「方針を固めた」と報道した後、証券取引等監視委員会(以下「監視委」)がほぼ同じ勧告が出したが、東京地裁は報道された時点では監視委が「勧告する方針を固めた」とはいえないと判断した。3社とも判決を不服として東京高裁に控訴した(既報あり=【旧GoHoo注意報】「ファンド代表に偽計で課徴金」 虚報として提訴)。
問題となったのは、①共同通信が2013年9月16日配信した「ファンド代表に勧告へ 課徴金数十億円、監視委 海外在住で立件難航」、②毎日新聞2013年9月17日付朝刊「ファンド代表に課徴金の命令を 監視委勧告へ」、③産経新聞2013年9月17日付朝刊「ファンド代表に課徴金 偽計適用、金融庁に勧告へ 監視委」。毎日新聞は共同通信の配信記事をほぼそのまま掲載し、産経新聞は独自の取材を踏まえて記事を作成、掲載した。
いずれも、監視委が金融商取引法違反(偽計)の疑いで会社社長男性に対し数十億円の課徴金納付命令を出すよう金融庁に勧告する方針を固めたと報道。監視委はそれから約1か月半後の11月1日に約41億円の課徴金納付命令を出すよう金融庁に勧告した。現在も審判手続き中で、金融庁から正式な納付命令は発せられていない。
原告は、①〜③の各記事が金商法違反(偽計)を客観的な事実として報じたものだと主張していたが、東京地裁はその主張を認めず、あくまで勧告された容疑の内容や監視委の判断内容を報じたものと指摘した。そのうえで、報道された時点で監視委が「勧告する方針を固めた」という点が真実だといえるかどうかを検討。共同の記者が監視委幹部への取材で「課徴金の方針はほぼ決まった」との回答を得ていたが、取材対象者の回答内容から金融庁との調査や調査等の途中だったことがうかがえ、内部的に決定していたとはいえないと判断した。産経は、事前の独自取材や共同の記事から真実と信じる相当の理由があったと主張していたが、東京地裁は、共同の記事を裏付けるだけの十分な取材が行われていなかったとしてその主張も認めなかった。
約1か月半後にほぼ同じ課徴金の勧告がなされたことから、賠償額は3社あわせて176万円、請求額の約10分の1程度にとどまり、謝罪広告請求も棄却された。
金融庁の「課徴金制度」ページより一部抜粋
証券取引等監視委員会が課徴金納付命令を金融庁に勧告する「方針を固めた」と事前に報道し、約1か月半後にほぼ同じ勧告がなされたという事案で、東京地裁は、報道の時点で「方針を固めた」事実は認められないと判断した。名誉毀損の裁判では、結果的に報道内容が現実化したかどうかではなく、報道の時点で真実であるかどうか(あるいは、真実と信じる相当の理由があるかどうか)が問題となる。今回の裁判では、どのような場合に「方針を固めた」と言えるのかをめぐり、裁判所の判断とメディアの主張のギャップが露になった。日本のメディアは、正式決定・発表前にいち早く「方針を固めた」と報じる記事を日常的に生産しており、業界内ではスクープの一種として評価されている。この裁判はまさに「方針を固めた」報道のあり方が問われており、裁判所の判断枠組みが今後の報道に影響を与える可能性がある。
「方針を固めた」という報道の意味合いについて、メディア側は「正式な決定」ではなく「方針がほぼ決まった」事実を報じているにすぎないと主張。裁判所は「最終的な決定ではない意味合いが含まれている」とメディアの主張に理解を示しながらも、「監視委が間違いなく本件勧告を行うもの」「内部においては勧告を行うことを確定したこと」を意味すると指摘した。裁判所は、メディアの「ほぼ決まった」より一歩先の段階と捉えているようにもみえる。
共同通信は、報道前に監視委幹部を繰り返し取材し、「課徴金の方針はほぼ決まった」との回答を得たと主張し、裁判所もこの事実を採用した。しかし、裁判所はむしろ、報道直後の9月18日に監視委の担当者が原告の代理人と面談し、10月上旬に代理人に質問状を送り、回答を待っていたことに着目し、報道時点では勧告を行うための調査の途中だったと指摘。つまり、報道時点で資料収集や調査が完了していなかったことが「方針を固めた」と認定しなかった最大の理由だった。
共同は、監視委幹部から9月中に勧告するとの見通し(「9月には正式発表できるはず」「月内にはやるだろう」といった発言)を聞いていたことも主張していたが、裁判所は反論を聞くプロセスが報道前に決まっていたことがうかがわれると指摘した。ただ、判決は、代理人に反論の機会を与えることがいつ決まったのか、本当に方針を最終決定するために設けたのかを明確に認定したわけではない。こうした点が高裁でどのように判断されるのか注目される。その結果しだいで、いずれ発表される内容をいち早く不完全な情報のまま「方針を固めた」と報じるハードルとリスクが、そうした報道への期待や価値を確実に上回ることになるのかもしれない。(楊井 人文/日本報道検証機構代表・弁護士)
- (初稿:2015年3月3日 07:14)