▼ホールディングの厳格化は世界の流れ
JFAが認定する『プロフェッショナルレフェリー(PR)』制度。昨年までは10人の主審と4人の副審が契約しており、2015年1月からは、15人目のPRとして山本雄大主審が仲間入りした。
高校卒業後は自衛隊へ入隊。その後、サッカーのレフェリーを志すようになると、脱退してレフェリーカレッジへ。老人介護施設でリハビリテーションの仕事をしながらステップアップし、2009年にJ2主審、2010年には当時最年少でJ1主審に昇格。そして2011年には国際主審に登録と、トントン拍子で出世した、日本審判界の若手ホープだ。
しかし、まだ31歳と若い彼に、当該シーズンの判定基準を示すことになるゼロックススーパーカップの笛を託すとは。その決断には驚かされた。
近年のJリーグで、レフェリングの面から特に注視されている2つの要素がある。
ひとつは、ホールディング。手を使って相手の体を抑えるファールだ。
ブラジルワールドカップの開幕戦(ブラジル対クロアチア)では、西村雄一主審がホールディングによるPKを取り、それが世紀の誤審として世界中に広まった。
しかし、その後、西村氏本人の話として明らかになったのは、ホールディングはプッシングとは違い、力の強さの如何にかかわらず、手をかけた行為そのものがファールとして判定されること。そして、その方向性を、大会前にFIFAと確認していたことだった。
正直に言えば、僕も誤審というか、西村主審がフレッジの演技にだまされ、ナイーブすぎるPKを取ってしまったと感じた。不見識を恥じるばかりだ。
そして直近のアジアカップを思い返すと、やはりホールディングを厳しく取り締まる方向性は確認されており、ホールディングでイエローカードを受けた今野泰幸と清武弘嗣には2000ドル(約24万円)の罰金まで課せられた。(罰金という対応の是非は、テーマが外れるのでここでは触れない)
そんなわけで世界的にホールディングへの厳格な対応が進むなか、Jリーグはどうか? 残念ながら、ホールディング大国と言わざるを得ない。
26日には今季レフェリングの基準を説明するため、審判部がメディアに対する説明会を行い、僕も出席したが、そこでもホールディングに関しては「Jリーグで横行している」と明言されていた。
たしかに、海外リーグとJリーグの両方を見ていると、総じてJリーグはホールディングが目立つ。球際のコンタクトは海外リーグが激しいのだが、しかし、手を使うファールはJリーグのほうが多い。これは矛盾ではない。守備に失敗しても手を使って相手を抑えれば、何とかなる習慣が身についてしまい、球際のコンタクトが下手になっているのではないか。要因のひとつとして充分に考えられる。これはちょっと、いや、ちょっとどころじゃなく、まずいだろう。
失敗を何としてでも取り返そうとする責任感を、全否定するつもりはないが、その気持ちはすべて、いかにボールを奪うか。抜かせないか。抜かれたら誰かがカバーし、自分はすばやく再カバーに戻る。そうしたディフェンスの向上に使い果たすべきだ。
前半11分に関根貴大が受けたイエローカードにはじまり、柏木陽介や森脇良太もホールディングの傾向が強い。その視点で言えば、ゼロックスの山本主審は、ホールディングを厳しく取るという基準を示した。その点は評価したい。
▼遠藤のファールは間接フリーキックだった
ホールディングのほか、もうひとつ示されたのは、危険なタックルへの判定基準だ。
「足がボールに行ったか、行っていないか」で判定のすべてを語る人があまりにも多く、テレビの解説者までもが、そう語る場面が散見される。しかし、判定基準はそれだけではない。
2014年の鹿島対FC東京では、ボールに向かった青木剛のスライディングタックルが、一発レッドカードで退場処分になった。ボールには行っているのだが、足の裏を向け、なおかつあまりにも深いタックルは、ボールだけでなくFC東京のエドゥーの足首にも向かった。
その場面をリプレイで見たとき、2008年にアーセナルのエドゥアルドが危険なタックルを浴び、足の骨が露出するほどの大ケガを負ったときのことを思い出した。全治9カ月で現役続行すら危ぶまれたが、現在はブラジルのフラメンゴでプレーしている。当時、ヴェンゲル監督は相手の選手に対し、「二度とフットボールをする資格はない」と激しい怒りをぶつけたことが強く印象に残っている。昨年に青木が受けたレッドカードは、極めて正しい判定だった。
そして今回の問題となるのは、後半44分の遠藤保仁によるスライディングタックルだ。
山本主審はフリーキック再開時に手を上げているので、これは間接フリーキック。直接ゴールに入っても、ゴールとは認められないものだ。オフサイドのほか、足を高く上げるなどの危険な方法によるプレーに対して取られる。
遠藤のスライディングタックルは、足の裏を向け、さらに両足を伸ばしたもの。タックルに勢いはないが、足の裏を向けたタックルが危険であるのは言うまでもなく、また、もしも両足で相手の足を挟んでホールドする形になった場合、これも大ケガにつながる可能性が高い。
思い返すと、現役時代の名波浩さんのスライディングタックルも、両足を出す形が多かった。あれも今の基準で判定すれば、やっぱり反則になる。今回の日テレの解説でも、足がボールに行ったか行っていないかばかりを話していたが、レフェリングが時代と共に移り変わっていることに、ファンと解説者が乗り遅れている感は否めない。
もちろん、遠藤のタックルが直接接触していれば、直接フリーキックにイエローカードが加えられる可能性はあるし、そのタックルが深ければ、昨シーズンの青木のように一発退場もある。だが、今回のタックルはそこまでの接触がなかったため、危険な方法によるプレーとして、間接フリーキックが取られた。
細かいことはともかく、「ボールに行ったか行ってないか」が判定基準のすべてではない、という認識だけは持っておくべきだろう。
もちろん、これらはシーズン前に各プロフェッショナルレフェリーがクラブを回り、選手や監督に説明を済ませている事項だ。
▼選手と審判の信頼関係
さて。そんなわけでいろいろ書かせて頂いたが、残念なことに、この文章の説得力をすべてぶち壊すことになるのが、後半40分。偽オフサイドの判定シーンだった。
これは誰がどう見ても、誤審。当然ながら、遠藤がクリアしたボールで浦和がオフサイドを取られるわけがない。この場面は見極めに失敗した。
副審はそれが見えていなかったのか、フラッグを上げたが、山本主審のほうで遠藤がクリアしたことを視認できていれば、笛を吹かず、流すことができる。しかし、結果的には副審と主審のふたつの目を合わせても、クリアした選手を見極めることはできず、誤ったオフサイドが取られてしまった。付け加えれば、ガンバの選手たちがオフサイドアピールで手を上げたことも、多少影響したかもしれない。
そして後半45分。岩下敬輔が足で触ったボールを、GK東口順昭がキャッチした場面でバックパスの反則が取られなかったケース。こっちは微妙だ。
"意図的な"パスであれば、当然、浦和に間接フリーキックが与えられる場面だが、あの密集地帯では、本当に微妙。仮に反則を認めていれば、山本主審はガンバ側に取り囲まれたに違いない。
同じようなバックパス判定で揉める場面は、プレミアリーグなどでも時折見かけるので、別段珍しいものではない。それがここまでナイーブに反応されてしまうのは、選手と山本主審との間に、信頼関係が生まれなかったことが原因だろう。
最近はプレミアリーグやセリエAでも審判のレベルが低いとしょっちゅう言われているし、今節もサンダーランドのウェズ・ブラウンが、人違いで退場になったと騒がれた。「うちのリーグは審判の質が低い!」と、おそらく世界中のファンがそう思っている。
サッカーの審判は、人間が行うルールだ。ビデオ判定も認められてはいない。それはつまり、100パーセント正確に判定するのは不可能ということ。ミスは必ず起こる。
そこで何が肝になるのかといえば、審判と選手の信頼関係だ。
正確な判定をしてもらいたいと思っている選手が、一方では、審判をだまそうとして偽のマイボールアピールをする。これでは道理に合わない。審判自身が能力を認めさせることも大事だが、選手の側にも改善すべき点はある。
あるベテランのプロフェッショナルレフェリーは、こんなことを言っていた。同じチームの試合で笛を吹くのは、どんなに多くても年間で2回。そうすると選手と審判が、お互いの顔を知り、理解し合うには10年くらいかかってしまう。しかし、逆にその頃には、ずっと顔を知っていた若い選手がチームの中心になっていて、その選手と意識が通じれば、試合のコントロールがすごく楽になると。今回のゼロックスでいえば浦和の阿部、ガンバの遠藤がそれにあたるだろう。
今回は若い山本主審が見極めの判定ミスを犯してしまったが、若いレフェリーも若い選手と同様、時間をかけて育てなければならない。日本のサッカーを案じる身として、切にそう思う。議論しながら、じっくり見守りましょう。
清水英斗(しみず・ひでと)
1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。雑誌『ストライカーDX』、ウェブサイト『Goal.com』の編集長を経て、現在はフリーランスとして活動。著書には「サッカー日本代表をディープに観戦する25のキーワード」「だれでもわかる居酒屋サッカー論 日本代表戦の観戦力が上がる本」「あなたのサッカー「観戦力」がグンと高まる本」「サッカー守備ディフェンス&ゴールキーパー練習メニュー100 (池田書店のスポーツ練習メニューシリーズ)」「セットプレー戦術120」「ストライカー練習メニュー100」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。スカパー!に新規でご加入され、同時にJリーグ対象セットをご契約された方は、加入翌月までの視聴料が無料になるキャンペーンを実施中!