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戦艦武蔵の船体発見か ネットに投稿
3月3日 19時00分

戦艦武蔵の船体発見か ネットに投稿
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フィリピンのレイテ島近くのシブヤン海で、昭和19年10月に撃沈された戦艦「武蔵」の船体の一部とされる写真がインターネット上に投稿され、専門家らの関心を集めています。
写真を公表したのは、アメリカのIT企業マイクロソフトの共同創業者で資産家のポール・アレン氏で、自身のツイッターに「1944年に太平洋戦争で沈んだ戦艦『武蔵』がシブヤン海の深海1キロのところで見つかった」と投稿しました。
シブヤン海はフィリピン諸島のほぼ中央に位置していて、ツイッターに投稿された2枚の写真のうち1枚目の写真には、軍艦の船首部分が写っていて、「菊の紋章が入った船首と巨大ないかり」とコメントされています。
また、2枚目の写真にはバルブのようなものが写っており「日本のものであることを示す最初の証拠だ」とコメントがつけられ、バルブの中心部には、「開」や「弁」などという漢字が確認できます。
海上自衛隊のOBなどで作る公益財団法人「水交会」によりますと、「レイテ島に向かう途中に撃沈された『武蔵』の船体が確認されたという話は聞いたことがない」ということで、専門家らの関心を集めています。
ポール・アレン氏は世界有数の資産家として幅広い分野で慈善活動を行うとともに、大型ヨットを所有して、海底調査などをしているということです。

「大和」と共に世界最大級の軍艦

旧日本海軍の戦艦「武蔵」は、全長が263メートルと、同型艦の「大和」と共に当時としては世界最大級の軍艦でした。
戦後、当時の防衛庁の研究機関が編さんした「戦史叢書」などによりますと、武蔵は、昭和19年10月、フィリピンのレイテ島に上陸を始めたアメリカ軍に反撃するため、連合艦隊の主力としてブルネイからレイテ湾に向かいました。
しかし、レイテ湾の北西にあるシブヤン海で魚雷などを受けて沈没し、およそ2400人の乗員のうち、1000人余りが死亡しました。
レイテ沖の海戦で、日本海軍の連合艦隊は多くの戦艦や空母を失い、壊滅的な打撃を受けました。

「武蔵でほぼ間違いない」

広島県呉市にある「大和ミュージアム」の館長で、旧日本海軍の歴史を研究している戸高一成さんは「写真の中央に写っているのは、菊の紋章の台座とみられ、その下にある船を係留するための鎖やロープを通す穴の形状などから、大和型の戦艦である武蔵の艦首と考えてほぼ間違いないと思う。武蔵の探索は、戦後、何度も試みられてきたが、1000メートルの深さに沈んだとみられることから、見つけるのは難しいと考えていたので、知らせを聞いて非常に驚いた。船体の引き上げは難しいと思うが、発見が事実とするなら、戦後70年の節目に、私たちが戦争を振り返るまたとないきっかけとなるのではないか」と話しています。

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