2020年への設計図
(2013.12.5/2013年12月・2014年1月号 特集)
〈設計図を描くための視点 3 「広告が変わる」〉再び作品性が求められる。そのための人材確保も重要に
電通
コミュニケーション・デザイン・センター エグゼクティブ・クリエーティブディレクター CMプランナー
澤本 嘉光 氏
2014年1月に公開される映画「ジャッジ!」は架空の世界最大の広告祭を舞台にした物語だが、その脚本を担当したのが澤本嘉光氏だ。映画はあくまでフィクションだが、実際にも澤本氏は海外広告賞の審査員を長年務めている。そのエピソードを入り口に、広告はどう変わってきて、7年後はどういう方向に変わっていくかを聞いた。
広告賞の評価は作品性から仕組みのアイデア競争へ そして再び作品性の評価へ
──海外の広告賞の審査基準というのは、以前と今では変わってきたのでしょうか。
僕が海外の広告賞の審査員をやり始めたのは90年代ですが、最初の頃は、よその国の審査員と名刺交換するのがすごく嫌だったんです。名刺を交換すると、だいたい「会社は何人?」と聞かれる。「6千人」と答えると、「バカじゃないの」と言われる(笑)。さらに「クリエイターは?」と聞かれ、「600人」と答えると、「多過ぎ! 俺のとこなんか10人だぜ。もっと純粋に広告つくろうよ」みたいなことを毎回言われていたんです(笑)。
──確かに90年代は、クリエイティブ・エージェンシーがもてはやされていましたね。
カンヌライオンズもクリオ賞もそうですが、90年代は単純にその広告、テレビCMが作品として優れているかどうかが評価基準だったんです。いい作品をつくるにはクリエイティブに特化した独立エージェンシーの方がいい。スウェーデンのトラクターなど、クリエイティブ・エージェンシーが目立つ広告表現をして、いろいろな賞を独占していた時期がありました。
ところが2003年頃だったと思いますが、名刺交換をしても否定的な反応がなくなってきただけでなく、「サワモトの会社は、メディアもやってるんだ。いいね」と肯定的に捉えられるようになったんです。最初、 それがなぜかわからなかったのですが、彼らと話していると、表現としてメディアも扱いたいと考えているのがわかりました。純粋にクリエイティブの作品提案だけするより、より強い提案ができると考えていることがわかってきたんですね。
表現のみではなく、メディアの使い方も含めて考えることが広告を届ける上でとても有効に働く、という思考の変化が世界的に起こったということなんです。そうすると、いろいろなメディアを扱える代理店にいることにメリットが大きくなって、表現面では周回遅れだった日本が、見た目ではトップに立つような見え方をしたというか……(笑)。
──2003年以降、作品そのものの質ではなく、仕組みの競争になったということですか。
特にウェブとの連携が目立ちましたが、どのメディアとどう組み合わせるかという仕組みを含めてのクリエイティブ競争になってきた結果、ワールドワイドで成功したあのウェブキャンペーンで使われたテレビCMだから賞をあげようというように、順序が逆になることも多くなったんですね。だから、 そこからしばらくの間、海外の広告賞の作品は、表現のみを取り出してみると停滞した感はあります。
──その傾向は今も続いているのでしょうか。
今年、カンヌに行ってきて思ったのは、仕組みもさることながらCMならCM本体の中身に回帰していることです。仕組みのアイデア競争に飽きてきたのかもしれませんが、どれだけいい作品をつくるかの競争に、また戻ってきたと感じました。
2010年に映像制作の技術面を評価するフィルム・クラフト部門が創設されたのですが、今年のカンヌで言うと、このフィルム・クラフト部門の受賞作品がもう異常にすばらしいんですよ。こうした流れはちょっと遅れて日本にもやってくると思いますね。
テレビCMには広告の目的によって適切な秒数がある
──日本のCMと世界のCMの潮流には違いはあるのでしょうか。
15秒中心も日本のCMの特色ですね。その中に、たまに30秒があって、まれに60秒があるというバランスで日本のCMは成り立っています。ですから、とりあえず15秒で作ることを前提としてCMの制作作業が始まります。
しかし、本来は伝えたい内容によって適切なCM秒数があると思うんですね。15秒CMは、たとえば商品名を連呼して覚えてもらうようなことを目的とする場合は向いていますが、見る人の心に残るようなCMにしたい場合は、15秒で2回流すより、30秒1回にして、その分ストーリーを深くしたものを流したほうが印象に残ります。表現と秒数には密接な関係があります。つまり、秒数の決定自体が、実はクリエイティブの戦術になっている、ということなんです。
──しかし以前は、15秒CM中心でも問題がなかったわけですよね。
情報過多の時代、CMも飛ばされてしまうような時代になったからです。表現と秒数の関係まで考えて中身を強くしていかないと、CMが目的通りに機能することが難しくなっている。だから、そこまでこだわる必要が出てきたんですね。15秒CMを4回流すより、すごく感情移入できる60秒CMをつくって1回流すほうが、ブランド価値の向上に役に立つ場合があるということなんです。
しかも、コンテンツとして価値の高いCMのほうがネットで話題にもなります。ソーシャルメディアで流布しやすいのは、エモーショナルなものだと言われていますが、このエモーショナルなものも15秒で伝えることは不可能です。人間は涙腺が刺激されて涙が出るまでに30秒以上かかると言われています。15秒では人は泣けない。やはり、目的によって適切な秒数ってあると思うんですね。
ウェブの影響力を1万人としたら、マス広告は1億人くらいの違いがある
──最近の広告は、どういう状況にあると思いますか。
今までは広告代理店が扱っているメディアの中で広告が成立していました。だから、そこに何を載せるか、そのデコレートになるクリエイティブが評価の対象だったのです。ところが、今はその外に広告代理店が扱わない領域の無限の対象物があって、そこと広告との壁がどんどん薄くなっている状況だと思います。
広告代理店が扱ってきたメディアというのはマスメディアです。ネット広告も一部は扱っていますが、ネットの仕組みからして、そのすべてを扱うことは不可能です。しかし、広告代理店としては、外と内をつなげて最良のものを広告主に提供していく必要がある。そのとき、どういう形で外と内を繋いでいくかが、今後の課題になると思うんですね。
──“内”というのは、従来のマス広告に携わっていた人たちということですか。
そうです。電通にも最近、吉羽一高君(デジタル・ビジネス局アートディレクター)のような、これまで壁の外の世界でずっと仕事をしてきた人が入ってきていますが、そういう人たちが、今後はもっと増えてくる必要があると思いますね。
なぜなら、従来のマス広告に携わっていた人たちは、どこまでいってもウェブなど新領域を完全にはわからないと思うからです。その一方で、自分が影響を与えられる範囲がウェブ的な新領域の場合1万人だとしたら、マス広告が影響力を与えられるのは1億人くらいの違いがある。マスに伝える広告のやり方に、ネットを当たり前の前提として使える人たちが興味を持ってくれたら、世の中を大きく動かす様々なアイデアが出てくると思うんですね。
映画「ジャッジ!」の目的は若い人たちに広告業界への興味を持ってもらうため
──澤本さんが脚本を書いた映画「ジャッジ!」についてもお聞きしたいのですが。
来年1月の公開に先駆け、アートディレクターの秋山具義さん、えぐちりかさん、佐野研二郎さんの3人にポスターを作ってもらい、ウェブでその人気投票(=ジャッジ)も行われた
広告祭に審査員として参加することになった大手広告代理店の新人広告マン・太田喜一郎(妻夫木聡さん)と、名字の読みが同じため“偽の妻”として太田に同行することになった大田ひかり(北川景子さん)が、自社のCMをグランプリにしなければクビという条件を突きつけられ、奮闘する姿を描いたラブコメディーです。海外の広告祭の審査員をした時に経験してきたCMの賞とりレースでのエピソードを、真実50%、フィクション70%で描いたつもりです。
──映画を作るきっかけは何だったのでしょう。
本音は、若い人たちに広告業界に興味を持ってもらおうということです。僕は今、40代半ばですが、この年代でもクリエイターの仕事をやっていけるのは、広告が複雑になって、単なるアイデアだけでなく、いろいろな事例に通じた熟練の技が重要になってきたのと同時に、時代を根本から変えるようなアイデアを出せる若い人材がいないということにも原因があると思っています。だから、この映画で今の高校生や大学生に広告って面白いと思ってもらって、新しい広告を生み出す力になってほしいんですね。
──今の高校生が就職する頃の広告は、どう変わっていると思いますか。
これまで広告は大きく変化してきたと思いますが、オリンピックが開かれる2020年までということなら、あまり大きくは変わらないと思いますね。テレビは見られなくなったと言われていますが、そろそろこれ以上減らない下限値に達しているような気がします。実際、テレビドラマの「半沢直樹」や日本シリーズの巨人−楽天戦のように、おもしろいコンテンツは見られている。そもそも、朝からテレビで連続ドラマをやって、それが20%の世帯で見られている国なんて日本以外にはない。みんなで同じものを見たい、共有したいという気持ちは持っている。だからこそ、それに応えるコンテンツが作れる人材が大事になってくると思うんです。
Yoshimitsu Sawamoto
1966年長崎県生まれ。東京大学文学部卒業。1990年、電通入社。CMプランナーとしてソフトバンクモバイルの「ホワイト家族 24 予想外な家族」シリーズや、東京ガスの「ガス・パッ・チョ!」などヒットCMを制作し続けている。カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル、アドフェスト、IBA、NYフェスティバルなど海外の広告賞を受賞。数多くの海外の広告賞の審査員も歴任している。
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