民主主義を踏みにじる蛮行である。ロシアの政治と社会について強く危惧せざるを得ない。

 この国の代表的な野党指導者ネムツォフ元第1副首相が、政治の中心地であるクレムリンの間近で何者かに射殺された。

 2日後には、プーチン大統領の進めるウクライナ政策に反対するデモ行進が行われるはずだった。事件の背後関係はまだ不明だが、ネムツォフ氏はデモの主導的な呼びかけ人だった。

 暴力によって言論・政治活動の封じ込めを狙った暗殺の色彩が濃厚である。

 ソ連崩壊後のロシアでは、政権に批判的だった数多くの政治家やジャーナリスト、人権活動家らが不可解な死を遂げた。

 2006年、チェチェン戦争をきびしく批判した女性ジャーナリストが射殺された。国家機関による破壊工作の暴露を図った元情報将校が、放射性物質のポロニウムで中毒死した。こうした事件は記憶に生々しい。

 ほとんどの事件で誰が殺害を指示したかなどの事実が解明されることはなかった。真相は闇の中にとどまり、政治がらみの暴力が社会にはびこった。

 2000年以来、一貫して国家の最高権力者の地位にあり、法秩序と治安を指導する立場にあったのはプーチン氏である。その責任はきわめて重い。

 資源に依存するロシアの経済はいま、石油価格の低迷と、ウクライナ危機がらみの米欧による経済制裁で不振を極める。

 しかし、政権は国営メディアを総動員して世論操作を続けてきた。米欧だけでなく、国内の反対勢力も敵に仕立てて国民の愛国心をかき立て、求心力の維持を図ってきた。

 その結果、不寛容の空気が国内社会で強まったことが、野党指導者の暗殺という異常な事態を生み出したといえる。

 ネムツォフ氏は30代そこそこで改革派勢力の指導者となり、四半世紀にわたってロシアに民主主義と公正な市場経済を根付かせる運動の先頭に立ってきた。最近は、ウクライナ危機にロシアが軍事的に関与することで深まる孤立の害を訴え、解決を強く求めていた。

 その主張の方向性は正しい。プーチン氏が政策見直しと野党との対話に動かない限り、今の窮状からロシアが抜け出すことは難しい。政治暴力の闇を根絶することもできないだろう。

 国際社会はウクライナ情勢に注意が向くあまり、ロシア国内の問題から目を離してはなるまい。人権と民主主義の原則なしにロシアの未来はないと、プーチン氏に釘を刺すべきだ。