第十一話 トラブルメーカー
遅くなりました。
ようやく改訂作業が済み入稿いたしましたので更新です。
帰国したバルドたちを待ち受けていたのはマウリシア王国をあげての祝典であった。
テレサは養子とはいえ歴とした国王の娘であり、その彼女がサンファン王国の王太子と婚約したのである。
まして王室としては第一王女のレイチェルの婚約が王太子であったアブレーゴの死去によって頓挫していたため、必要以上に祝福を盛り上げる必要があるのであった。
「テレサ姫万歳!」
「マウリシア王国万歳!」
「ウェルキン陛下万歳!」
降ってわいたようなこのシンデレラストーリーに民衆は沸きに沸いた。
もとより民衆というものはこの手の立身出世物語というものが大好きである。
テレサは歴とした貴族であって平民ではないが、ブラッドフォード家は戦争で武勲を立てて貴族に列せられた騎士の家系であることも大きかった。
今は平民であっても、遠い将来には一国の王妃に成り上がることもある。
その事実に他人事でありながら王国の庶民は熱狂したのであった。
だがそうした空気を苦々しく思う者もまた存在する。
特に国王の構造改革で利権を失ったり、職域に平民が進出してきて将来に不安を覚えている貴族たちがその中心であった。
「全く嘆かわしい。子爵ごときの娘を差し出すとは、マウリシア王国の軽重を問われようぞ!」
「あの娘は男装を好む鬼子だというではないか。そんな娘ではかえってサファン王国との間に禍いを生むのではないか?」
「王太子の相手に相応しい娘はほかにいくらでもいたであろう。そもそもなぜレイチェル殿下ではいけないのだ?」
彼らは貴族のなかでも一段低く見られがちな辺境の武官貴族から王太子妃が出たということに衝撃を受けてさえいた。
王族や公爵家ならばまだ話はわかる。
それがよりにもよって、剣を振るうのがとりえの武官貴族の小娘が彼らの頭越しに王族となることに自分に残された権威までもが侵される予感がしたのである。
「――――このままでよいと思うか?」
「しっ!滅多なことを言うものではないぞ。あの国王(お方)はよい耳を持っているので有名なのだ」
「ふん!このなかに裏切り者などおらぬ!」
「―――――権力とは常に相対的なものだ。現在我々は相対的に地位が低下しているかもしれぬ。しかし忘れたか?かの戦役で王宮は宮廷も軍部も制御することは出来なかったのだ。あの戦役さえなければ今も十大貴族に頭もあがらぬ有様であったろうよ!」
男の発言はまさに不平貴族たちの正鵠を射ていたと言ってよい。
わずか十年ほど前まで、彼ら貴族は権利の維持に汲々としていたわけではなかった。
むしろ貴族の支持なしには国王も宰相も政策も作戦も実現出来ず、度重なる妥協を強いられてきたのである。
あの戦役さえなかりせば――――もっとも戦役で貴族たちが犠牲になったのは彼らの勝手な思惑と暴走によるものであったのだが――――そう考える甘美さを誰も止めることなど出来なかった。
「この十年を王宮は自らの権力拡張に費やしてきた。忌々しい平民の成り上がりがそれを後押ししている。今や我々は王宮の顔色を窺い生き残るために逼塞を強いられてきた」
集まった貴族のリーダー格らしい、ヘイスティングス伯爵ヘンドリックは拳を握りしめて言い募る。
「すでに幾人もの同士が粛清されてきた。このまま傍観を続けては我々の正当な権利は失われ、抵抗すれば理由をつけ我らもまた粛清される日が来るだろう。かつての栄光を取り戻すために我々は今こそ行動をすべきなのだ!」
「―――――だが下手をすれば何かをする前に粛清されてしまうぞ?」
先ごろの司法省や財務省の官僚貴族が見せしめのために粛清された記憶はいまだ新しいものであった。
それが国王からの警告であるということを当然彼らは理解している。
真っ向から対立するにはあまりに分が悪すぎた。
「もちろんまともにはやらん。今は条件が悪すぎる。しかしいつまでも機会を待つつもりはない。―――――戦役が我々の力を削いだのならば、国王の力を削ぐことも出来るとは思わないか?」
ヘンドリックの言葉は、自分たちの力で状況を打破できない没落貴族にとって非常に魅力的に思われた。
相対的に国王の力が減少すれば再び貴族の力が上昇する。
それはごく単純な天びんであるかのように彼らは考えているが、天びんに乗せられるものは決して国王と貴族だけではない。
この世のすべてが――――マウリシア王国とハウレリア王国もまた、天びんの両端に乗せられているのだという事実がヘンドリックの言葉からは抜けているということに気づくものはいなかった。
その近視眼的な思考こそが彼らの没落に繋がったことを学習するには、彼らはプライドが高すぎたのである。
「――――全く、テレサ嬢を養子にしてくれと言われてたときは何事が起ったかと思ったぞ」
「面目次第もございません」
明らかに横紙破りを通したという自覚があるだけにバルドは額に汗を滲ませて平身低頭するしかなかった。
どこの世界に国王に養子縁組を申し込む伯爵家の息子がいるだろう。
ことが無事治まったからいいようなものの、失敗していれば首が飛んでもおかしくない話だけに、今更ながらバルドは背筋が寒くなる思いにとらわれるのだった。
「まあ、結果としては最上だったがな。俺としてはサンファン王国に恩を売れればそれでよかったんだが、まさか王太子に嫁まで見つけてくるとはなあ…………」
呆れたかのように肩を竦めてウェルキンは豪快に笑った。
ウェルキンはレイチェルの婚約を反故にされた穴埋めに、せいぜいサンファン王国の心象をよくしておきたいと考えて送り出しただけだった。
もっともバルドのことだから何かしら新たな繋がりを得てくるだろうとは考えていた。
本人は絶対に認めないだろうが(それに関しては心から気の毒に思う)バルドには勝手にトラブルのほうから歩み寄ってくるトラブルメーカーの気質がある。
世が世ならば英雄の相という奴だ。
それにしてもあまつさえ王位継承争いに介入し、次期王位継承者に多大な恩を売りつけ、しかも幼馴染を妃として縁を取り持ってしまうなど誰が予想できよう。
これで両国はウェルキンが想定していた以上に親密な同盟国となった。
ウェルキンが目に入れても痛くないほど可愛がっている王女を国外に出すこともなく、父であるマティスも泣いて喜ぶ良縁である。
さらに驚くべきことはバルドが新たに就任した軍務卿と個人的な親交を結んでいるという事実だ。
特に海軍関係と今後連携を強めたいマウリシア王国にとってこれは無視できない功績である。
基本的に陸軍国であるマウリシア王国としては、対トリストヴィー公国戦略においてサンファン王国海軍はなくてはならぬ存在だ。
さらに国内経済の発展を支える上で海路の開拓は必ず必要になる問題であった。
「――――期待以上の成果だ、バルド男爵。まあ、いろいろと問題はあるがあえてそれは問うまい。余計なことをつつくと藪蛇になりかねんからな」
バルドからサンファン王国海軍にもたらされた羅針盤などの新技術――――それはバルド本人の秘匿技術であるからこそ即決での提供が可能であったものである。
これが王国軍の管轄するものであれば、さすがにバルドは自重しただろう。
せっかくそうして勝ちえた信頼を横取りするのは無粋であり、またバルド以外の者が新軍務卿ホセの信頼を得られるともウェルキンは思わなかった。
バルド自身にはまだまだ多くの秘密があるが、今彼やその周辺を敵に回すことは危険であるとウェルキンは長年の勘から承知していた。
――――同じころ故郷で息子の帰りを待つマゴットがくしゃみをしたかどうかはさだかではない。
「――――と、いうわけで、だ」
パンと両手を打ってウェルキンは玉座にどっかりと背中を押し付けふてぶてしく嗤った。
その笑顔はまるでいじり甲斐のあるおもちゃを手に入れた子供のように残酷で容赦のないもので、宰相のハロルドはバルドのために幸多かれと祈るしかなかった。
(もっとも悪いことばかりではないのですけれど…………)
とハロルドは思う。
良くも悪くもバルドはあまりに目立ちすぎた。
テレサの美談の影で、いったい誰がサンファン王国で暗躍したのか知る人は知っている。
本人にその気がなくとも、たとえ大半が成り行きに任せたものだったとしても、結果から言えば彼の成し遂げた偉業はどの国の一流外交官でも及ぶものではない。
さらにサバラン商会という独自の流通網を持ち海外とのパイプを繋いだ彼は、万が一王国に仇なす気であればおそるべき敵となる可能性がある。
いつの世も出る杭は打たれるの言葉通り、今後バルドの存在を危険であると認識し排除に乗り出す勢力が現れるのは確実であった。
王国の将来をしょって立つ有為の才をウェルキンもハロルドも見捨てる心算はない、が宮廷政治という名の陰謀劇に慣れないバルドを一度王都から遠ざけておくことは必要な処置であるように思われたのである。
「今回の功績を賞して卿を子爵に陞爵する。並びに――――」
これは賭けだ。
分が悪いとは思わないが国家指導者としてはいささか問題のある賭けであるとウェルキンは思う。
しかし勝負どころとしては悪くはない。
残された時間はそれほど多くはないし、対症療法では将来に禍根を残す。
さあ、コールだ。
「――――卿を現在王国直轄領であるアントリムの領主に任命する。謹んでこれを拝命せよ」
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