弱いインターネットユーザでごめんなさい

先日読んだ、東洋経済オンライン編集長のインタビューに、記事の見出しがいかにページビューを左右するかという話があった。例えば、「アップル」ではダメだが「iPhone」を入れるとページビューが伸びる、という次第である。

なるほど、今は2015年。もはやaタグを手打ちするような人種はいなくなってしまったので、我々はオンラインメディアへのリンクを、あらかじめ付けられた見出しの通りソーシャルメディアなどで目にするのみになってしまった。リンクをクリックするかどうかの判断材料は見出ししかないのだから、見出しがページビューを左右するのも当然である。

広告を収益源とする大半のオンラインメディアにとって、ページビューは戦闘力に等しい。インターネットにはさまざまな広告の種類があるが、インプレッション課金、クリック課金、成果報酬型、記事広告(ネイティブ広告って言うんでしたっけ?)、なんであれ、まずは人を集めて、ページビューを稼がないと始まらない。

ページビューが正義であるとき、クリックがその力となる。バイラルでキュレーションなデジタルメディア2.0がクレバーにマネタイズするには、ビッグデータをディープにマイニングして、ピープルがクリックしまくる記事を作る必要がある。

そう考えれば、オンラインメディアが作るべき記事の基準はただ一つである。オンライメディアは私達が読みたい記事を作るのだ。頭の良い人達が、私達がどういう記事をクリックするかを考えに考えた結果が今のインターネットである。クリックに最適化されマネタイズと直結したインターネットとは、私達の欲望そのものなのだ。

その中身をわざわざ説明する必要はないだろう。釣り記事や炎上記事、煽り記事、デマでも大袈裟でもイタコ訳でもなんでもあり、ちょっと感動する話、隣国の恥ずかしい事件、アイドルの醜聞、オタク論とセックス論、自己責任論、猫と錯視、私達の欲望はそういった記事を求めていて、そうした記事をクリックしまくる。

暖かな日曜の午前をネット有名人がセックスしたとかどうとかという話で潰してしまったとき、仕事の最中うっかり目に入った大手メディアの釣り記事でしっかり釣られてしまったとき、机の上には誰もが認める文学作品が置いてあるのに中身のないまとめ記事を読んで一時間が消えてしまったとき、私は弱いインターネットユーザでごめんなさいと心から懺悔する。オンラインメディアは私のそんなクリックを学習して、さらにクリックしやすい記事を生み出す。

いっそこのリンクがブラクラだったならと思う。しかし今は2015年、誰もブラクラなど貼らない。このクリックをマネタイズすることだけが勝利なのだ。

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