社説:認知症と身体拘束 介護の専門性を高めよ
毎日新聞 2015年03月02日 02時30分
認知症の介護で疲弊する家族は多い。特別養護老人ホームなどの介護施設は受け入れを嫌がる傾向が強く、医療機関が認知症の受け皿になっている例は少なくない。精神科病院だけで5万人以上の認知症の人が入院している。
ベッドから落ちないよう縛る。柵でベッドを囲んで行動を制限する。そうした身体拘束を高齢者に行っていたとして、東京都北区の介護事業所が都から改善勧告を受けた。近くの民間マンション3棟で暮らす高齢者に食事やおむつ交換などの介護サービスを提供しており、130人程度に拘束をしていたという。
「医師の指導で行った」と介護事業所は主張したというが、それが本当であれば、医師の指導の妥当性や経緯についても都は調べるべきだ。
身体拘束は高齢者の心身に深刻な影響を及ぼす虐待行為である。徘徊(はいかい)などによる事故を防ぐためとも言われるが、実際は人手不足や支援技術の乏しさが原因であることが多い。
高齢者が長期間身体拘束をされていると、食欲の低下や脱水症状を起こし、関節が硬くなり筋力が低下して寝たきりになりやすくなるという。精神的にもストレスが高じてさらに「問題行動」がひどくなり、生きる意欲を失っていく人も多い。介護保険施設の運営基準で、緊急やむを得ない場合を除いて身体拘束が禁止されているのはそのためだ。
高齢者虐待防止法は家庭内と介護施設内での虐待が対象で、医療機関は調査の対象になっていない。このため、介護に手のかかるタイプの高齢者が医療機関に集まっているとの指摘が以前からあった。
最近は、厚生労働省が精神科病院への認知症の入院基準を厳しくしたこともあり、民間マンションなどで認知症の人を受け入れ、外部の介護事業所がヘルパーを派遣して生活を支える、というやり方が都市部を中心に増えている。介護施設ではないことからチェックの目が届きにくいとも指摘される。
医師や医療機関が介護事業所の経営に関与する例も少なくない。高齢者は複数の持病がある人が多く、医療と緊密に連携を取ることができれば、家族も安心だろう。だが、医療は患者を治療する機能を担っているのであり、認知症の人の生活を支える介護とは本質的に異なる。介護サービスに医療の感覚を安易に持ち込むと、たとえ悪意はなくても、過剰な治療や管理を招きかねない。
身体拘束せずに認知症のケアを実践し、穏やかな生活を支えている介護現場はいくらでもある。これから都市部を中心に認知症の人が激増していく。今こそ介護の専門性を構築しないといけない。