そんな中、産業能率大学の小野田先生のご発表が興味深かったので、こちらでご紹介とコメントをしようと思います。(実は、当日ご発表後に質問しようと思っていたのですが、時間が無くなってしまったので。)
小野田先生のご発表、表題は「日本におけるサッカー文化の成熟に向けて―ファンの三階層モデルに基づく事例研究―」とのことで、ブラジルワールドカップを挟んで二回とったアンケートの内容を元に、サッカーのファンをどのように増やすかを検討した内容でした。まずは生活者を三層、コアファン、ライトファン、一般層にわけて、三層それぞれの特徴と違いを観察していらっしゃいます。人数比は5:40:55程度。
当然のごとく、コアファンはよくスタジアムで観戦し、サッカー情報に通じており、W杯前後で代表チームに対する思いも強い層です。(実際には、コアファンの定義の中に、スタジアムでの観戦経験回数や情報量の多さが入っているので、そのようになります。)他方、一般層はスタジアムには行かず、経験も国立競技場程度、また、サッカー観戦で多くのコアファンが感じる「感動」を知らない。応援歌も知らないし、スタジアムのと試合当日の独特な雰囲気も知らない。ところがライトファンはそれらをある程度知っている。では、ある程度知っているライト層よりも、何も知らない一般層の方が、「感動」に触れた際の振れ幅は大きいのでは無いか。そこで小野田先生は、一般層からライトファンを経てコアファンに至る道のりを辿るとした従来型マーケティングよりも、一般層からいきなりコアファンに至る道、ジャンプアップする道を提示なさいました。その際に着目されたのが中村慎太郎氏の著書「サポーターをめぐる冒険」であった。この著書は、ある日スタジアムに足を運んだ、そのときの感動から、一般層からライトファンを飛び越えて一気にコアファンに至った物語のようです。
上のリンク先の記事には、中村慎太郎氏の初スタジアム観戦当日の様子が綴られています。まとめると、次のようになると思います。
- スタジアムの非日常空間感
- 3万人規模の大観衆
- 選手のレベルの高さ
- ブーイングや合唱など、大人数で声を出すこと
- 試合自体は盛り上がらなかった
また、その結果感じた感想もあります:
- 前提知識が相当ないとスタジアムで観戦しても理解できないが、一般層にそれは無理。
- 戦略や組織は難しい、個人のスーパープレーなら楽しみやすい。
- 食べる、飲む、声を出す、歌う
つまり、おそらく小野田先生の主張は、ライトファンは既にサッカー観戦とは何かを知っていて、スタジアムの様子なども知っていて、それでもコアファンにならない人。一方で、一般層はスタジアムに足を運んだことがないため、スタジアムの非日常性やドキドキわくわく感を知らない人。よって、一般層からコアファンへの動線の方が太いのではないか、ということなのだろうと思いました。さらには、その動線がないために、現状のJリーグの低迷があるのではないかと。
確かに、そんな気がします。このご研究はこれからもっと実践的になさるそうですので、今後の面白い進展を期待したいと思います。
一方で、疑問点やギャップもいくつか見えました。(本当はご本人に直接申し上げればいいのですが、小野田先生は確かSFCご出身というネットネイティブな方ですから、このようなオープン化も興味深いのではないかと思いますが、いかがでしょうか。もちろん、第一義には時間が無くてお伺いできなかったからなのですが。)
一番気になったのは、スポーツ観戦嗜好を問うた設問の回答で、サッカーコアファンとライトファンでは他のスポーツの逆転があるのではないか、つまり、サッカーのコアファンは野球やその他のスポーツの観戦経験が少なく、ライトファンの方が大きくなるのでは無いかと思ったのですが、逆です。サッカーコアファンは、ライトファンよりも、そしてもちろん一般層よりも、スポーツ全般の観戦経験が高く出ます。つまり、コアファンはそもそもスポーツ観戦が好きで、そのうちの一つがサッカーであるという結果です。もちろん、人数がコアファン5%に対してライトファン40%ですから、ライトファンの方は多様な人が混ざっていてその結果アンダーに出ているとみることも出来ます。しかし、サッカーコアファンだけを取り出してみたら、実はスポーツ全般についてコアファンだった、とも読めるわけです。
それに対して、一般層はスポーツ観戦をほとんどしません。プロ野球はそれなりに観戦経験があるようですが(テレビ含なので、かなり広い)、その他のスポーツでも20%程度。高校野球やフィギュアスケートなど、誰でも見る程度しかありません。果たして、そういう人は本当にスタジアムに行ってもはまるのか?
もちろんマジョリティなので、そこからわずかの確率でもはまる人が出てくれば、5%であるコアファンには10倍の影響で効きますから、インパクトはありそうです。しかし、マーケティングコストがえらいかかりそう。CVRが1%あるかないかのところにどのようなプロモーションをかけるべきなのか。例えば、一般層を数十人集めてチケットプレゼントキャンペーンをしたとして、その中からコアファンが出現する可能性は非常に小さい。しかも、そうやってばらまいたチケットはおそらく多くが使われず、もしくはコアファンに転売され、コアファンからしてみればその分の座席が少なくなってしまう。ライトファン取り込み策は往々にしてコアファンの反発を招くものです。
また、スタジアム観戦へ結びつけてコアファンにしようという目論見に大きく欠けているものとして、競合の存在があります。スタジアム観戦は何と競合しているのか。それを考えると、実は非常に大きな敵と戦っていることが見えてきます。スタジアム観戦はそこそこの出費もありますが、それ以上に「時間」がかかります。試合が数時間、往復の旅程も合わせると半日程度、もしくはアフターファイブ一杯の時間をそこに落としますが、これは「一般層」には非常に難しい。例えば、仕事が忙しく帰宅が遅い人、子供のいる家庭、接客業の人、他に趣味があってそちらを優先する人、そういった様々な制約を持った人をどのようにサッカーに取り込もうとするのか。
実は、代表戦は盛り上がるのにJリーグは盛り上がらない理由がここにあります。人々は様々な制約があるので、年がら年中サッカー観戦に赴くことはできません。それができるのは一部の恵まれた人達(時間があったり、お金があったり、自由があったり)だけです。しかし代表戦は数年に一度のお祭りで、年に一度程度なら、4年に一度程度なら、と、時間とお金を割くことができます。頻度が少ないために、多くのライト〜一般層が参加できるのですね。だから、ワールドカップやオリンピックで盛り上がるのにJリーグは人が集まらない、というのは視点が間違っています。Jリーグが天井を打っているのは、既にキャパシティが飽和に達しているからだとみた方が良いのではないでしょうか。草の根では少年サッカーチームはたくさんありますし、代表戦の視聴率は非常に高いですし、注目できる人は既に注目しているのですね。
他方、うまくいっているチームとそうでないチームがあることは、うまくいっていないチームにとってまだまだ考える余地があることを示しています。「マネーボール」の例もあることですから、チームにお金がないことはあまり理由にはならないでしょう。サッカー界全体では概ね天井ですが、個々のチームレベルではまだまだ改善できるところがあると思います。その部分に、上述の中村慎太郎氏の著書のような考え方は適用できると思います。
そういえば、今年の春頃に見たニュース記事で面白かったものを思い出しました。
“すべてのジャンルはマニアが潰す”〜「買収後売り上げが激増 プロレス人気再燃を新日オーナー語る」ブシロード木谷高明社長 ニュースポストセブン
ライトファン〜一般層の取り込みには、こういったことも考慮すべきでしょう。スタジアムでは圧倒的多数のコアファンの中に、右も左もわからないライトファン〜一般層が紛れ込みます。いきおい、大音声の声援に囲まれたり、訳もわからず座席に文句を言われたり(立て!、坐れ!、どけろ!など)、みんなが持っている道具(タオルなど)を持っていなくて寂しい思いをしたり。コアファンは当たり前と思っていることがライトファン〜一般層には意外に思えることがたくさんあるようです。つまり、コンテクストの共有が出来ていないところで理不尽さを強要されることで、コアファンに転じる機会を失ってしまう。また、コアファンは自分たちの信じるスタイルが全てと思っているから、異文化が邪魔に見えたり、反目しているように見えてしまって、排除しようとする。それでは、せっかく興味を持ちはじめてくれたライトファン〜一般層を手放してしまいます。
それはスタジアム内だけに限らず、例えばチケット入手の段階でも起りえます。コアファンはどこに行けばどのような種類のチケットを手に入れられるかを熟知しており、最適に行動するのですが、ライトファン〜一般層はそんなことは知りません。そもそも前もってチケットを確保するという行動をしませんから、散歩の途中などに当日スタジアムに出向いて、右往左往させられたあげく売り切れだった、コアファンはどこに並べば買えるかを知っていますが、ライト〜一般層はそもそも有るのか無いのかすら知りません。
さあ、このような現状に対して、どうやって一般層をコアファンにしようとするのか。
そうなると、実は話はマーケティングリサーチを通り過ぎて、オペレーションズリサーチ、もしくはゲーム理論系の話になっているのです。コアファンをなだめつつ、ライトファン〜一般層の取り込みを図る。しかも費用対効果を押さえながら、と、そういう問題に変化しています。今回の小野田先生のご発表はまず問題を明らかにしてくださいましたが、その先にはオペレーションとしての困難が立ちふさがっていることがわかりました、と、私は解釈しました。
このような疑問点等もありつつ、スポーツマーケティングという、非常に複雑ななキャパシティ制約の効く系のマーケティングやマネジメントの話題を提供してくださったことを、小野田先生にはお礼申し上げます。また、小野田先生もおっしゃっていましたが、この課題はJリーグに限らず、最近では上述のブシロード社長のおっしゃるプロレスなどの興行でも同じ課題感があるでしょうし、最近はCD等が売れなくてライブ体験にシフトしつつある音楽系のコンサートでもぴったり当てはまるでしょう。近年までの、物体を所有し物質を消費する志向から、物語と感動を共有し経験を消費する新しい消費のスタイルへのシフトを表現する新しいモデルが作れたら、面白そうですね。