さて、今年も残り一ヶ月。前記事からの続きです。映画「三人の宇宙刑事2015」企画は旧キャストの活躍をイメージしてもらうために書いたのですが、それで現代の観客にどうアピールするかという点が頭の堅い人には見えてないようで、ひとつ突破口になるアイデアを書きますね。
粗筋にチラッと書いたシャイダー=沢村大の息子を少年主人公にするのです。その名は「沢村翔」(「大」の息子だから「小」→「翔」)。「インディ」におけるショートラウンド(キー・ホイクァン)少年と同じような役割で、現代の子供たちもこの少年の視点で伝説のヒーローたちを目撃する訳です。EDが少年コーラスソング「銀河のはてまで」なのもより筋が通る。
大が命懸けで救った息子はフーマに誘拐前後の記憶を消されていた。断片的な記憶を頼りに父親を探し求め、遺跡周辺で冒険家アニーと出会う。アニーの事は写真などで知っていた翔はすぐに心を開いた。しかしアニーは翔が大の息子とは知らない…みたいな。で、その翔クンをVシネマ「ハリケンジャー10イヤーズアフター」登場の天界(シュリケンジャー)役をやったカンフー少年俳優・橋本仰未クンをイメージキャストすると面白い話になりそうな気がする(2001年生まれなら今中学生?)。
若い女性は新生「ギャル軍団」G1〜G5(ジーワン〜ジーファイブ)として日本のカンフー女優・山本千尋サンや武田梨奈サンらを出せばいいし、ビジュアル的に引きが弱いとはまったく思えないんだけど。子供から老人まで楽しませるように作れば宇宙刑事でも90〜100分くらいの劇場用エンタメ映画に成り得る筈です。元々は「スター・ウォーズ」のアレンジ番組なんですから「映画」に戻せないワケがない。レツ・デン・アニー・ショーの4人で旅をすれば「ドラゴン・キングダム」(つまり西遊記)みたいなニオイも出せます。
Vシネの坂本浩一監督にはアクション指導に専念してもらって、監督は「仮面天使ロゼッタ」の清水厚サンにお願いしたい。実相寺昭雄監督版「宇宙刑事」を見たかったので、弟子である清水サンなら適任だと思う。Vシネマ「漆黒のフレイア」はよく出来ていた。ファンタスティックでエロティックな画を撮れる映像派監督じゃないと「宇宙刑事」の世界にはなりません。
【4日】
ギャル軍団はカンフー女優2人が演じるのなら、リーダー争いで女同士の格闘シーンを入れるとかいくらでも面白くできますよね。
【1月11日】
なんだか時間が過ぎるのがだんだん速くなってて、ちょっと放置してるといつの間にか一ヶ月経ってたりする。昨日届いたトム・ハンクス主演「グリーンマイル」('99)DVDの日本語吹替を軽くチェックするつもりが、3時間以上あるのに一気に観てしまいました。TV放映版より長い筈なのに無駄は一切ないし、画作りも僕の視力でも判別しやすい構図・照明・画質で改めて感動した。
で、アマゾンの「グリマイ」DVDページにはカスタマーレビューが投稿されてなかったので、こういう時は僕の出番だと思って昨夜久々にレビューを書いた。最近はすぐ反映されないシステムなのかな…今朝になって反映され、アマゾンから初感謝メールが届いてました。「グリマイ」は他人への説明が難しい映画なので苦労しましたが、根幹の部分だけ伝えればいいやと短くまとめた。
死刑囚ジョン・コーフィ(故マイケル・クラーク・ダンカン)は本当に幼女レイプ・殺人の犯人なのか? 彼の癒し超能力は神が与えたものなのか、それともたまたま地球に降り立った宇宙人なのか? まさか「神」そのもの? 死刑問題や黒人差別(宗教的神様は信じるのに現実世界に現れた神様は認めない愚かさ)などを観客に問いかけながら、「アイアン・ジャイアント」('99)のような友情物語が描かれる。これは誰もが購入すべき傑作DVDですよ。
【13日】
「グリーンマイル」はタイトルだけだと内容が分かりにくいので、なにか他のタイトルはないかと考えたら「ビッグ・ブラック・バッド・ベイビー」という頭文字「B」連打のを思いついた。デカくて黒くて悪い赤ん坊とはまさに死刑囚コーフィのイメージそのもの。実際は本物の天使・神様でも、キリスト教に洗脳されてる上に黒人差別が当たり前のアメリカ人にはそう見えるだろうという事です。僕が本殿のほうで最近すっと書いてたロリ犯罪や宗教の話が「グリマイ」には凝縮されてる感じ。もう視力問題があるのでDVDなんて買っても観ないかなと思ってスルーしかけたんだけど、偶然再発売のタイミングが重なったのも神がかってる。
現実の幼女殺害事件でも、犯人だけでなく被害児の親に怒りを覚えた人も多いだろう。「グリマイ」でも被害児の親がやけにムカつく態度なんですよ。最初からコーフィをレイプ犯と決め付けて罵り、死刑執行に立ち会う時も暴言を吐きまくってる。自分自身の責任は無視。真相を知ると余計に腹が立ってくる。最初の状況だけだと普通なら証拠不十分で死刑はおかしいんだけど、最近の黒人差別ありきの射殺事件を見ても、昔のアメリカはこうやって強引に黒人を有罪にしてたんだろうなと想像できる。
仮にコーフィがレイプ事件に関わっていなかったとしても、いずれ癒しパワーを見せて社会に存在が知られるようになれば暗殺されたと思う。本物の神様が黒人では都合が悪い連中がいるのです。宗教の馬鹿馬鹿しさはそこにある。コーフィは死刑執行直前に「牧師の祈りはいらない」と言った。本物の神は偽物をちゃんと見抜いてる。露骨に宗教教批判するとエンタメ映画にならないので、さりげなくチクリと暗示するだけ。こういうのは気付く人だけ気付けばいい。アホは一生偽物を拝んで本物を殺してろという痛烈なメッセージ。
トムハンクスはこの後、キリスト教の暗部に踏み込んだ問題作「ダ・ヴィンチ・コード」(2006)に主演する。キリストに子孫がいると都合が悪い連中が子孫を暗殺しようとする話。もはや神を信じてるのかイメージを信じてるのか判らなくなってる宗教家や狂信者の醜さを描いてる。フィクションなんだけど、都合が悪い人間を殺してきたのは事実だろうから観客はあの映画を支持する訳です。
【25日】
年末年始にHDDに録った映画を少しずつ消化し始めた。TVスペシャル「江戸川コナン失踪事件」は画面が暗くて見辛かった。ストーリーもこねくりまわして複雑そうにしてるだけで、内容はどこかで見たようなネタばかり。リピート場面が多くなる話なので作画量はかなり省エネになってる筈。灰原哀が活躍する話が嫌いなので(蘭の入浴シーンがあっても)観終わってすぐ消去した。やはり劇場映画じゃないのには理由があるなという感じでした。
実写映画「妖怪人間ベム」は最初の数分で「ないな」と思ったが、しばらく我慢して20分くらいで脱落。そのまま消去した。ベラ役の杏という女優はロッテのキシリガムCMでぶっきらぼうな感じが嫌いだったけど映画でもやっぱりガサツな演技で、これを最後まで観た人の忍耐力は大したもんです。映像もVシネマみたいな安っぽさだし、OP主題歌カバーも酷かった。
【2月1日】
テレビ愛知で5週連続「ダーティハリー」祭りがスタート。第1作('71)の悪役・サソリ(アンディ・ロビンソン/声…堀勝之祐)の異常性に「時計じかけのオレンジ」('71)の主人公・アレックスと共通したものを感じた。同年製作だけど「ハリー」のほうが後なのかな? イーストウッドがあえて「オレンジ」に似た異常者を出して最後にマグナム44でぶっ殺したのは、「オレンジ」が異常者を矯正しようとした事に対する皮肉なのかも知れない。キューブリック監督の演出は「不良バンザイ」とも誤解させるものだったので、「悪党死すべし」というイーストウッドのストレートさは当時の観客にとってさぞや痛快だっただろう。イスラム国人質事件があったので、人質を取ったサソリがハリーに処刑されるラストは最高に気持ち良かった。
【5日】
「ハリー」シリーズは元がシネスコサイズだから(「5」除く)、昔は4:3スタンダードサイズに左右がカットされて構図めちゃくちゃだったが、今はビスタサイズに左右トリミングされるだけなのでまあまあ見やすい。しかし、TVドラマ「古畑任三郎」の再放送は上下トリミングで強引にビスタ化されてて非常に違和感がある。多分、地デジ化を推進したジジイ(どうせナベ○ネが絡んでる)はスポーツ番組を基準にして考えたのだろう。まあ確かに視聴率50%近く獲るのはサッカーなどだが、「古畑」は今後不完全版が放送され続けるのかと思うと溜息が出る。「コナン」再放送みたいに左右黒帯でそこに告知流せばいいのに。
【8日】
「ダーティハリー2」('73)が放送された。僕はノーカット版は初めてかも。これってぶっちゃけ駄作だと思う。法律をはみ出すハリー・キャラハン刑事の敵が私刑警察集団では仕事人同士の内輪揉めと同じ。観客からするとハリーの個性が沈んでしまって、何が言いたい作品なのか解りにくい。続編としてはハリーの考え方が「法を守れ」に変わってしまってて違和感があるし、「1」のハリーは射撃大会なんぞに参加するタイプじゃないだろうと。上司が悪の元締めだったオチも今では定番すぎて面白くもなんともない。
ノーカット放送はいいんだけど、山田康雄サンによる日本語吹替音声が現存しない部分は別の声優(多田野曜平サン)がモノマネ演技で新録している。通して観ると山田サンの演技が不安定に思えて、偉大な声優の仕事をこういう形で汚して良いものなのかと複雑な気持ちになる。「ルパン」では線画アフレコしない主義を貫いたほど演技にこだわりがあった方なので、洋画アフレコ代表作「ハリー」がツギハギ音声で放送されていると知ったらあの世で怒りまくるんじゃないかな。
映像的完全版にこだわって音声的不完全版になってしまった「燃えよドラゴン/ディレクターズ・カット」のパターンですね。完成度の高いオリジナル版「燃えドラ」('73)はレーザーディスクを最後にディスク化されていない。ブルース・リーだって哲学シーン復活よりモノマネアフレコ排除を望むに違いない。リー監督の香港公開版は別途収録すればいいんですよ。
【11日】
やっと「ルパンvsコナン」ザ・ムービー(2013)の録画を観た。ひどい映画で死ぬほど退屈でした。TVスペシャル「ルパコナ」(2009)は面白かったけど、その続編を劇場版でやるという企画自体がムチャクチャなので、興行的に大ヒットしたとは聞いていてもなかなか観る気になれなかったんです。想像をはるかに下回る中身のない脚本で、コナンもルパンもこういう低レベルな映画に利用されるとイメージダウン確実。正に子供だまし。かといって子供向けに解りやすく作られてる訳でもない。人気キャラたちが何かをやっているように見せかけてるだけの「エヴァ」的ビジネスですね。まともな大人が観るもんじゃない。編集もせずに即削除しました。
【15日】
「ダーティハリー3」('76)が放送された。ハリー刑事が新人女性ムーア刑事とコンビを組み、コメディ要素を強調。音楽もラロ・シフリンではないので、あの独特の異様さがなくなり平均的なエンタメ映画になった。作品のメッセージも「2」より解りやすい。アホ市長の人気獲得政策で殺人課刑事に女性を起用するものの、やはり女性刑事は現場で死ぬ事になる。ハリーの怒りのバズーカ砲はテロリストの人質になった市長をも吹っ飛ばす勢いだったが、なんとか助かった市長にハリーはまったく声をかけないまま去っていく。コイツのアホ政策がムーアを殺したようなものだから当然だ。
イーストウッド映画では宗教、特に牧師への批判が目立つ。「懺悔(ざんげ)をしたいのか?」と言う牧師に対するハリーの「あんたが(懺悔)するんだよ!」に全ての思いが込められてる気がした。ムーア刑事(タイン・デイリー)の日本語吹替を担当したのが戸田恵子サンなので録画保存決定。「あたしのケツよ!」は名台詞。山田康雄サンの凄みのある決め台詞「ダーティーハリーさ」も最高。「ハリー」シリーズの魅力を異常犯罪者への怒りだと考えると「3」は凡作かも知れないし僕も長年そう思ってきたが、政治家・宗教家(=偽善者)への怒りは後のイ−ストウッド映画の定番になっていくもので意外と重要な作品だと今回気付いた。傑作ではないが駄作にあらず。
そう思うと前作「2」はハリーのモノマネ(二番煎じ)ヒーローへの怒りだったのかも知れない。現実社会で「1」のハリーに影響を受けた警官が暴走した可能性もある。「酔拳2」のメッセージが飲酒批判になった経緯と似てますね。影響を与えた側が「マネするな」というメッセージで続編を作るのはやはり論理破綻してると思う。ちなみにアニメ「キューティーハニー」('73)のネーミングは「ダーティハリー」の語感をマネたと思われ、 ハニー役声優・増山江威子サンとハリー役声優・山田康雄サンが後に「ルパン三世」2ndシリーズ('77〜'80)で共演するのは不思議な縁ですね。
【22日】
クリント・イーストウッド監督主演「ダーティハリー4」('83)がノーカット放送されました。原題「サドン・インパクト」は直訳すれば「突然の衝撃」だが、「銃の発射時の反動」の事をそう呼ぶらしい。今回はレイプ被害者ジェニー(ソンドラ・ロック/声…藤田淑子)の復讐物語なので、レイプ犯が発射した精子のお返しとして銃弾が発射されるという意味だと思われます。つまり「当然の報い」であると。
前作までは映像的にあまり工夫がなかったシリーズですが、やはりリドリー・スコット監督のSF刑事物「ブレードランナー」('82)の影響力は大きかったようで、OPの夜景空撮やクライマックスの逆光ハリーなど映像美にこだわった演出が見所。あのハリー刑事が殺人犯ジェニーと恋仲になって犯罪を見逃す展開も、デッカード刑事が逃亡レプリカント・レイチェルと恋仲になって逃亡する「ブレラン」によく似ている。もともと法をはみ出すハリーとして始まったシリーズだから、完結編に相応しいラストとも言える。
次の「5」はファンサービスのオマケエピソードで「ハリー・リターンズ」的なノリの映画ですからね。「4」がシリーズ集大成の決定版で間違いない。ただ、イーストウッドが女優ソンドラ・ロックを愛したほど観客は彼女を好きになれなかったという事です。「4」が大傑作として扱われない原因はそこにある。正に「泣けるぜ…」。
【3月1日】
「ダーティハリー5」('88)が放送されました。本作のみTVサイズにも画角対応するようにスーパー35撮影されているので、今回のビスタサイズ放送でも構図崩れはありませんでした。しかしシリーズ最終作としては明らかに蛇足で、何が言いたいのかよく解らない「本人によるダーティハリーごっこ」になってしまいました。傑作「ロボコップ」('87)の後にこれはキツイ。原題「デッド・プール」(死亡予想)のハリー死亡予想はある意味で当たってる。
ジャッキー・チェン監督主演「ポリス・ストーリー/香港国際警察」('85)に感動したイーストウッドがジャッキー出演を前提に企画した作品と思われますが、結局ジャッキーは出演せず雰囲気が似た東洋系俳優エバン・キムが代わりに出演。吹替声優が石丸博也サンなのは気が利いてる。ハリー刑事がカンフー刑事と組むのは別にいいんだけど、それがストーリーに深く関わってこないので消化不良になる。「5」は正直、ジャッキー版ダーティハリー「プロテクター」('85)にも劣る。
物足りない原因は怒り不足。イーストウッドがジャーナリストやMTV系映画監督や映画オタクに本気で怒っているようには見えないし、ラロ・シフリンの音楽も作品の方向性を掴めなかったようで妙にダサイ(アンソロジーCDで「5」を無視した気持ちも解る)。ハリーの外見も老けすぎて限界を感じた。ハリーとよく似た老刑事が若手にバトンタッチしてデスクワークに就く「ルーキー」('90)こそが真の完結編かも知れません。
大ヒット作「ザ・シークレット・サービス」('93)は「ハリー」第1作の豪華リメイクでもあり(山田サン吹替も主演作ではここまで)、それを超えるヒットを記録した「グラン・トリノ」(2008)はハリー的頑固爺の男気溢れる死に様を描いている。怒れる英雄ハリー・キャラハンの魂は形を変えながら永遠に生き続ける事でしょう。
つづく