■他者を巻き込み増殖した嘘
真性の嘘(うそ)つきとは、自分自身の嘘に騙(だま)されてしまう人間であるという。
この一年間というもの、一人の不正を発端とする“STAP狂騒曲”に日本中が振り回された。日本を代表する一つの研究機関の信頼性が失墜し、将来を嘱望された一つの研究部門が解体され、検証のために莫大(ばくだい)な予算が空費され、有能な一人の科学者が自殺した。嘘つきへの告発など一言も記されていない本書を素直に読んで、まず浮かぶのはこういうストーリーだ。
須田記者は、この事件を巡る記者会見で、ひときわ鋭い質問をすることで知られた科学記者だった。人間関係のゴシップなどには目もくれず、ひたすら「捏造(ねつぞう)の真相」に迫ろうとするその態度は謙虚かつ公正で、本書に登場するほとんどの科学者以上に科学的に見える。
本書に引用されている理研の竹市雅俊氏の発言は象徴的だ。「須田さんは“真相究明派”ですよね」。そう、この国には真相に関心のない科学者が存在する。不正の真相究明よりもSTAP細胞の検証実験が優先されるという珍妙な事態の背景には、こうした“組織の病理”があった。
結果、嘘が嘘を呼ぶ“嘘の自己組織化”を誰も制止できないまま「世界の三大研究不正」の一つが成立してしまった。2014年12月、理研は検証実験の失敗と不正の存在を公表したが、真の責任の所在はうやむやなままだ。
真理を世に出すためには、少々の嘘は許される。科学者を惑わす悪魔の囁(ささや)きだ。研究者の端くれとして、僕もその囁きを聞いたことがないとは言わない。しかし嘘は、他者を巻き込んで自己増殖する。だからこそ僕は、本書の先にある「真相」を知りたい。それがわからないうちは、軽々しい「自戒」など口にすらできない。
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文芸春秋、1728円=4刷8万部