金子みすゞの詩(便宜に番号を付けた)
1 障子
お部屋の障子は、ビルディング。
しろいきれいな石づくり、
空まで届く十二階、
お部屋のかずは、四十八。
一つの部屋に蝿がゐて、
あとのお部屋はみんな空《から》。
四十七|間《ま》の部屋部屋へ、
誰がはいつてくるのやら。
ひとつひらいたあの窓を、
どんな子供がのぞくやら。
――窓はいつだか、すねたとき、
指でわたしがあけた窓。
ひとり日永にながめてりや、
そこからみえる青空が、
ちらりと影になりました。
2 お魚《さかな》
海《うみ》の魚《さかな》はかはいさう。
お米《こめ》は人《ひと》につくられる、
牛《うし》は牧場《まきば》で飼《か》はれてる、
鯉《こひ》もお池《いけ》で麩《ふ》を貰《もら》ふ。
けれども海《うみ》のお魚《さかな》は
なんにも世話《せわ》にならないし
いたづら一《ひと》つしないのに
かうして私《わたし》に食《わたした》べられる。
ほんとに魚《さかな》はかはいさう。
3 雲
私は雲に
なりたいな。
ふわりふわりと
青空の
果《はて》から果を
みんなみて、
夜はお月さんと
鬼ごつこ。
それも飽きたら
雨になり
雷さんを
供につれ、
おうちの池へ
とびおりる。
4 芝居小屋《しばゐごや》
むしろで拵《こさ》へた
芝居小屋《しばゐごや》、
芝居《しばゐ》はきのふ
終《を》へました。
のぼりのたつてた
あたりでは、
仔牛《こうし》が草《くさ》を
たべてゐる。
むしろで拵《こさ》へた
芝居小屋《しばゐごや》、
夕日《ゆふひ》は海《うみ》へ
沈《しづ》みます。
むしろの小屋《こや》の
尾根《やね》の上《うへ》、
かもめが赤《あか》く
そまつてる。
5 八百屋《やほや》のお鳩《はと》
おや鳩《はと》子ばと
お鳩《はと》が三|羽《ば》
八百屋《やほや》の軒《のき》で
クックと啼《な》いた。
茄子《なす》はむらさき
キャベツはみどり
いちごの赤も
つやつやぬれて。
なあにを買《か》はうぞ
しィろいお鳩《はと》
八百屋《やほや》の軒《のき》で
クックと啼《な》いた。
6 空《そら》のあちら
空《そら》のあちらに何《なに》がある
入道雲《にふだうぐも》もしらないし
お日《ひ》さまさへ、知《し》らぬこと
空《そら》のあちらにあるものは
山《やま》と、海《うみ》とが話《はな》したり
人《ひと》がからすに代《な》りかはる
不思議《ふしぎ》な、魔法《まはふ》の世界《せかい》です
7 樂隊
活動寫眞の樂隊が、
だんだん近くなつてくる。
そつとみ返りや、母さんは、
あつちをむいてお裁縫《しごと》よ。
活動寫県の樂隊は、
ちやうど、表へ來てゐるに、
「ごめんなさい」をいひましよか、
だまつて、かけて出てみよか。
活動寫眞の樂隊は、
だんだん遠く消えてゆく。
8 打出《うちで》の小槌《こづち》
打出《うちで》の小槌《こづち》を貰《もら》つたら
私《わたし》は何《なに》を出《だ》しませう。
羊羹《やうかん》、カステラ、甘納豆《あまなつとう》
姉《ねえ》さんとおんなじ腕時計《うでどけい》、
まだまだそれより眞白《まつしろ》な
唄《うた》の上手《じやうず》な鸚鵡《あうむ》を出《だ》して、
赤《あか》い帽子《しやつぽ》の小人《こびと》を出《だ》して
毎日《まいにち》踊《をどり》を見《み》ませうか。
いいえ、それよりお話《はなし》の
一|寸法師《すんばふし》がしたやうに
背丈《せたけ》を出《だ》して一ぺんに
大人《おとな》になれたらうれしいな。
9 雛まつり
雛のお節句来たけれど、
私はなんにも持たないの。
となりの雛はうつくしい、
けれどもあれはひとのもの。
私はちひさなお人形と、
ふたりでお菱《ひし》をたべませう。
10 こぶとり
――おはなしのうたの一――
正直|爺《ぢい》さんこぶがなく、
なんだか寂しくなりました。
意地悪爺さんこぶがふえ、
毎日わいわい泣いてます。
正直爺さんお見舞だ、
わたしのこぶがついたとは、
やれやれ、ほんとにお氣の毒、
も一度、一しよにまゐりましよ。
山から出て來た二人づれ、
正直爺さんこぶ一つ、
意地悪爺さんこぶ一つ、
二人でにこにこ笑ってた。
11 かぐやひめ
――おはなしのうたの二――
竹のなかから
うまれた姫は、
月の世界へ
かへって行つた。
月の世界へ
かへつた姫は、
月のよるよる
下見て泣いた。
もとのお家が
こひしゆて泣いた、
ばかな人たち
かはいそで泣いた。
姫はよるよる
變はらず泣いた、
下の世界は
ずんずん變はつた。
爺さん婆さん
なくなってしまうた、
ばかな人たちや
忘れてしまうた。
12 一寸法師
――おはなしのうたの三――
一寸法師でなくなった
一寸法師のお公卿《くげ》さま、
お馬に乘つて、行列で
うまれ故郷へおかへりだ。
父さん、母さん、にこにこと、
一寸法師のおむかへに、
ちひさなお駕籠《かご》を仕立てましよ、
駕籠舁《かごか》きやすばやい野ねずみだ、
えつさ、えつさと出てみれば、
おや、おや、大したお行列、
どなた樣ぢやとよく見れば、
一寸法師でなくなつた
一寸法師のお公卿《くげ》さま。
13 海のお宮
――おはなしのうたの四――
海のお宮は琅?《らうかん》づくり、
月夜のやうな青《あアを》いお宮、
青いお宮で乙姫さんは、
けふも一|日《にち》、海みてゐます。
いつか、いつかと、海みてゐます。
いつまで見ても、
浦島さんは、
陸《をか》へかへつた
浦島さんは――
海のおくにの靜かな晝を、
うごくは紅《あか》い海くさばかり、
うすむらさきのその影ばかり。
百年たつても、乙姫さんは
いつか、いつかと、海みてゐます。
14 雀のおやど
――おはなしのうたの五――
雀のお宿に春が來て、
お屋根の草も伸びました。
舌を切られた子雀は、
ものの言へない子雀は、
たもと重ねて、うつむいて、
ほろりほろりと泣いてます。
父さん雀はかはいそで、
お花見振袖|購《か》ひました。
母さん雀もかはいそで、
お花見お團子《だんご》こさへます。
それでも、やつぱり子雀は、
ほろりほろりと泣いてます。
15 月日貝
西のお空は
あかね色、
あかいお日さま
海のなか。
東のお空
眞珠《しんじゆ》いろ、
まるい、黄色い
お月さま。
日ぐれに落ちた
お日さまと、
夜あけに沈む
お月さま、
逢《あ》うたは深い
海の底。
ある日
漁夫《れふし》にひろはれた、
赤とうす黄の
月日貝。
16 まつりの頃
山車《くるま》の小屋が建《た》ちました、
濱にも、氷屋できました。
お背戸の桃があかくなり、
蓮田の蛙《かへろ》もうれしさう。
試驗もきのふですみました、
うすいリボンも購《か》ひました。
もうお祭がくるばかり、
もうお祭がくるばかり。
17 雀のかあさん
子供が
子雀
つかまへた。
その子の
かあさん
笑つてた。
雀の
かあさん
それみてた。
お屋根で
鳴かずに
それ見てた。
18 月と雲
空の野原の
まん中で
ぱつたり出あつた
月と雲。
雲はいそぎで
よけられぬ、
月もいそぎで
とまられぬ。
ちよいとごめんと
雲のうへ、
すましてすたこら
お月さん。
あたま蹈まれた
雲たちも
平氣のへいざで
えつさつさ。
19 泣きむし
「泣きむし、毛蟲
つまんで捨てろ。」
どつかで誰かいふやうな。
そつとあたりをみまはせば、
青い櫻の葉のかげに、
毛蟲がひとつ居たばかり。
廻旋塔《くわいせんたふ》のかげをさす、
運動場《うんどうぢやう》のひろいこと。
遠い校舍のオルガンの
音もしづかにひびき出す。
いまさらうちへははいれない
さくらの葉つぱをむしつてる。
20 小さなうたがひ
あたしひとりが
叱られた。
女のくせにつて
しかられた。
兄さんばつかし
ほんの子で、
あたしはどつかの
親なし子。
ほんのおうちは
どこか知ら。
21 にはとり
お年《とし》をとつた、にはとりは
荒《あ》れた畑《はたけ》に立《た》つて居《ゐ》る
わかれたひよこは、どうしたか
畑《はたけ》に立つて、思《おも》つてる
草のしげつた、畑《はたけ》には
葱《ねぎ》の坊主《ばうず》が三四|本《ほん》
よごれて、白《しろ》いにはとりは
荒《あ》れた畑《はたけ》に立つてゐる
22 夕顔
お空の星が
夕顔に、
さびしかないの、と
ききました。
お乳のいろの
夕顔は、
さびしかないわ、と
いひました。
お空の星は
それつきり、
すましてキラキラ
ひかります。
さびしくなつた
夕顔は、
だんだん下を
むきました。
23 箱のお家
箱のお家が出來ました。
もう、石鹸《せつけん》の箱でもないし、
お菓子箱でもありません。
それは私のお家《うち》です。
表に白い石の門、
裏にはきれいな花畠、
お部屋はみんなで十一|間《ま》
とてもきれいなお家です。
そして私はそこに住む、
小《ち》さいかはいいお孃さま。
きれいなお家がこはされて
かさねた箱になつたとき、
私は、古びた、かたむいた、
お部屋の柱を拭《ふ》いてます。
24 栗
栗、栗、
いつ落ちる。
ひとつほしいが、
もぎたいが、
落ちないうちに
もがれたら、
栗の親木は
怒るだろ。
栗、栗、
落ちとくれ。
おとなしいよ、
待つてるよ。
25 さかむけ
なめても、吸つても、まだ痛む
紅《べに》さし指のさかむけよ。
おもひ出す、
おもひ出す、
いつだかねえやにきいたこと。
「指にさかむけできる子は、
親のいふこときかぬ子よ。」
おとつひ、すねて泣いたつけ、
きのふも、お使ひしなかつた。
母さんにあやまりや、
なほらうか。
26 お祭すぎ
お祭すぎの
笛《ふえ》の音、
鉦《かね》や太鼓と
はなれては、
なんだかさみしい
笛の音、
紺の夜ぞらに
ひびきます。
紺の夜ぞらの
天の川、
このごろ白く
なりました。
27 げんげ畑
ちらほら花も
咲いてゐる、
げんげ畑が
犂《す》かれます。
やさしい瞳《め》をした
黒牛に
曳かれて犂《すき》が
うごくとき、
花も葉つぱも
つぎつぎに、
黒い、重たい
土の下。
空ぢや雲雀《ひばり》が
ないてるに、
げんげ畑は
犂《す》かれます。
28 瀬戸《せと》の雨《あめ》
ふつたり、やんだり、小《こ》ぬか雨、
行つたり、來《き》たり、わたし舟《ぶね》。
瀬戸《せと》で出會《であ》つた、潮同志《しほどうし》、
「あなたは向《むか》うへゆきますか
わたしはこつち、さやうなら」
なかはくるくる、渦《うづ》を巻《ま》く。
行《い》つたり、來《き》たり、渡《わた》し舟《ぶね》、
ふつたり、止《や》んだり、小《こ》ぬか雨《あめ》。
29 内海外海
内海さらさら
外海どうど、
内海砂原
外海石原、
内海こみどり
外海藍いろ、
内海いぢわる
外海おこりんぼ、
内海女の子
外海男の子。
瀬戸《せと》ぢやけんくわの
渦が巻く。
30 海のこども
海のこどもみィつけた、
大きな岩の上に。
になの子供みィつけた、
海のこどものなかに。
海のこどもかはいいな、
になのこどもかはいいな。
〔以上、1〜30、美しい町 空のあちら〕
31 麥藁《むぎわら》編《あ》む子の唄
私の編んでる麥藁は、
どんなお帽子になるか知ら。
紺青《こんじやう》いろに染められて、
あかいリボンを附けられて、
遠い都のかざりまど、
明るい電燈《でんき》に照《て》らされて、
やがてかはいいおかつぱの、
孃《ぢよつ》ちやんのおつむにかぶられる……。
私もついてゆきたいな。
32 もくせい
もくせいのにほひが
庭いつぱい。
表の風が、
御門のとこで、
はいろか、やめよか、
相談してた。
33 睫毛《まつげ》の虹
ふいても、ふいても
湧いてくる、
涙のなかで
おもふこと。
――あたしはきつと、
もらひ兒よ――
まつげのはしの
うつくしい、
虹を見い見い
おもふこと。
――けふのお八つは、
なにか知ら――
34 洋燈《らんぷ》
田舍のまつりに
來てみたが、
みじかい秋の
日が暮れて、
神輿《みこし》の聲の
遠いころ、
洋燈《らんぷ》のくらさ
たよりなさ……。
みつめてゐれば
どこやらで、
ひそひそ蟲が
ないてゐる。
35 どんぐり
どんぐり山で
どんぐりひろて、
お帽子にいれて、
前かけにいれて、
お山を降《お》りりや、
お帽子が邪魔《じやま》よ、
辷ればこはい、
どんぐり捨てて
お帽子をかぶる。
お山を出たら
野は花ざかり、
お花を摘《つ》めば、
前かけ邪魔よ、
とうとうどんぐり
みんな捨てる。
36 はつ秋
凉しい夕風ふいて來た。
田舍にゐればいまごろは、
海の夕やけ、遠くみて、
黒牛ひいてかへるころ、
水色お空をなきながら、
千羽がらすもかへるころ。
畠の茄子は刈られたか、
稻のお花も咲くころか。
さびしい、さびしい、この町よ、
家と、ほこりと、空ばかり。
37 こほろぎ
こほろぎの
脚が片つぽ
もげました。
追つかけた
たまは叱つて
やつたけど、
しらじらと
秋の日ざしは
こともなく、
こほろぎの
脚は片つぽ
もげてます。
38 なまけ時計
柱時計のいふことにや、
けふは日曜、菊日和《きくびより》、
旦那さんの役所も休みなら、
坊ちやん、孃《ぢよつ》ちやん、みンな休み。
あたしばかりがチック、タク、
かせぐばかしでつまらない、
ひとつ、畫寢と出かけよか。
なまけ時計はみつかつて、
きりきり、ねぢをねぢられて、
ごめん、ごめんと鳴り出した。
39 砂《すな》の王國《わうこく》
私《わたし》はいま
砂のお國《くに》の王樣《わうさま》です。
お山《やま》と、谷《たに》と、野原《のはら》と、川《かは》を
思《おも》ふ通《とほ》りに變《か》へてゆきます。
お伽噺《とぎばなし》の王樣《わうさま》だつて
自分《じぶん》のお國《くに》のお山《やま》や川《かは》を、
こんなに變《か》へはしないでせう。
私《わたし》はいま
ほんとにえらい王樣《わうさま》です。
40 目のないお馬
ぶりきのお馬《んま》は
目なし馬。
ぶりきの騎兵《きへい》は急ごにも、
お馬《んま》目なしで路みえぬ。
ぶりきの騎兵にたたかれて、
めくらめつぽに駈け出して、
蕎麥《そば》の林を駈《か》けぬけて、
紅い犬蓼《いぬたで》とびこえて、
一本|複《えのき》にぶつかつて、
ぶりきのお馬《んま》は泣き出した、
ぶりきの騎兵も泣き出した。
41 草原
露の草原
はだしでゆけば、
足があをあを染まるよな。
草のにほひもうつるよな。
草になるまで
あるいてゆけば、
私のおかほほうつくしい、
お花になつて、咲くだらう。
42 晝の花火
線香花火を
買つた日に、
夜があんまり
待ちどほで、
納屋《なや》にかくれて
たきました。
すすき、から松、
ちやかちやかと、
花火はもえて
いつたけど、
私はさみしく
なりました。
43 山いくつ
町のうしろはひくい山、
山のむかうに村ひとつ、
村のあちらは高い山、
それから先は知らないの。
お山をいくつ、越えたなら、
いつかの夢のなつかしい、
黄金《きん》のお城がみえるでせう。
44 光る髪
沈む、沈むよ、
濱に出てみれば、
赤い大きな
夕日の毬が。
光る、光るよ、
金いろの絲が、
入り日みてゐる
光《みつ》ちやんの髪が。
かがろ、かがろよ、
眞赤《まつか》な毬を、
金の小絲で
麻の葉にかがろ。
45 七夕の笹
みちを忘れた子雀が、
濱でみつけた小笹籔。
五色《ごしき》きれいな短册《たんざく》は、
籔のまつりか、うれしいな。
かさこそもぐつた籔のなか、
すやすやねんね、そのうちに、
お宿は海へながれます。
海にしづかな日が暮れりや、
きのふのままの天の川。
やがてしらじら夜があけて、
海の最中《まなか》で眼をさます、
かはい子雀、かなしかろ。
46 紋附《もんつ》き
しづかな、秋《あき》のくれがたが
きれいな紋《もん》つき、着《き》てました。
白《しろ》い御紋《ごもん》は、お月《つき》さま
藍《あゐ》をぼかした、水《みづ》いろの
裾《すそ》の模樣《もやう》は、紺《こん》の山《やま》
海《うみ》はきらきら、銀砂子《ぎんまなご》。
紺《こん》のお山《やま》にちらちらと
散《ち》つた灯《あか》りは、刺繍《ぬひ》でせう。
どこへお嫁《よめ》にいくのやら
しづかな秋《あき》のくれがたが
きれいな紋《もん》つき着《き》てました。
47 噴水《ふんすゐ》の亀《かめ》
お宮《みや》の池《いけ》の噴水《ふんすゐ》は
水《みづ》を噴《ふ》かなくなりました。
水《みづ》を噴《ふ》かない亀《かめ》の子《こ》は
空《そら》をみあげてさびしさう。
濁《にご》つた池《いけ》の水《みづ》の上《うへ》
落葉《おちば》がそつと散《ち》りました。
48 行軍將棊
行軍將棊《かうぐんしやうぎ》の騎兵さん、
敵のとりこになりました。
とりこになつた騎兵さん、
お掌《てゝ》の陣《ぢん》をぬけようと、
あまりあせつて落つこちた。
わあい、わあい、大へんぢや、
助けておくれよ、燒け死ぬる。
たまげて小蝿《こばへ》がのぞいたら、
火のない火鉢のまん中で
騎兵いとしや、灰だらけ。
49 鬼味噌
鬼味噌《おにみそ》、泣き味噌、
内べんけい、
表へ出るたび
泣いてもどる。
鬼味噌、泣き味噌、
をかしいな、
うちでは妹《いもと》を
いぢめてる。
鬼味噌、泣き味噌、
誰《たれ》があそぶ、
鬼と、みそつちよと
二人あそぶ。
50 美《うつく》しい町《まち》
ふと思《おも》ひ出《だ》す、あの町《まち》の、
川《かは》のほとりの、赤《かか》い屋根《やね》、
さうして、青《あを》い大川《おほかほ》の、
水《みづ》の上《うへ》には、白《しろ》い帆《ほ》が、
しづかに、しづかに動《うご》いてた。
さうして、川岸《かし》の草《くさ》の上《うへ》、
若《わか》い、繪描《ゑか》きの小父《をぢ》さんが、
ぼんやり、水《みづ》をみつめてた。
さうして、私《わたし》は何《なに》してた。
思《おも》ひ出《だ》せぬとおもつたら、
それは、たれかに借《か》りてゐた、
御本《ごほん》の挿繪《さしゑ》でありました。
〔以上、31〜50、美しい町 砂の王國〕
51 魔法の杖
おもちや屋さん、
おひるねよ。
春の日永のお堀ばた。
ここの柳の葉かげから、
私が杖を一つ振りや、
店のおもちやはみな活きて、
ゴムのお鳩は、とび立つし、
張子《はりこ》の虎はうなり出す……。
おもちや屋さん、
さうしたら、
どんなお顔をするか知ら。
52 一軒屋の時計
お日さま、お空のまんなかだ、
のろまの時計がおくれたよ、
ちよつくら、お日さんに合はせましよ。
田舍の一軒屋のお時計は、
いちんち欠伸《あくび》とゐねむりだ。
53 博多人形
こほろぎが
ないてゐる、
夜ふけの街《まち》の
芥箱《ごみばこ》に。
ひとつ明るい
かざり窓、
青い灯に、
博多人形《はかたにんぎよ》の
泣きぼくろ。
こほろぎが
ないてゐる、
街の夜ふけの
芥箱に。
54 忙しい空
今夜はお空がいそがしい、
雲がどんどと駈けてゆく。
半かけお月さんとぶつかつて、
それでも知らずに駈けてゆく。
子雲がうろうろ、邪魔つけだ、
あとから大雲、おつかける。
半かけお月さんも雲のなか、
すりぬけ、すりぬけ、駈けてゆく。
今夜はお空がいそがしい、
ほんとに、ほんとに、忙しい。
55 秋日和
お天氣、お天氣、
川辺の梢で、
もずきち高啼くく。
乾いた、乾いた、
刈田の刈稻、
榎の掛稻。
續くよ、續くよ、
むかうの街道《かいど》を
稻積んだ車が。
お天氣、お天氣、
啼け啼けもずきち、
底なしお空で。
56 燈籠ながし
昨夜《ゆふべ》流した
燈籠は、
ゆれて流れて
どこへ行た。
西へ、西へと
かぎりなく、
海とお空の
さかひまで。
ああ、けふの、
西のおそらの
あかいこと。
57 郵便局の椿
あかい椿が咲いてゐた、
郵便局がなつかしい。
いつもすがって雲を見た、
黒い御門がなつかしい。
ちひさな白い前かけに、
赤い椿をひろつては、
郵便さんに笑はれた、
いつかのあの日がなつかしい。
あかい椿は伐《き》られたし、
黒い御門もこはされて、
ペンキの匂ふあたらしい、
郵便局がたちました。
58 手帳《てちやう》
靜《しづ》かな朝《あさ》の砂濱《すなはま》で
小《ちひ》さな手帳《てちやう》をひろつた
緋繻子《ひじゆす》の表紙《へうし》、金《きん》の文字《もじ》
あけてみたれどまだ白《しろ》い
たれが落《おと》して行《い》つたやら
波《なみ》にきいても波《なみ》ざんざ
渚《なぎさ》に足《あし》のあともない
きつと今朝《けさ》がた飛《と》んでゐた
南《みなみ》へかへるつばくろが
旅《たび》の日記《につき》をつけるとて
買《か》うて落《おと》したものでせう。
59 四月
新しい御本、
新しい鞄に。
新しい葉つぱ、
新しい技に。
新しいお日さま、
新しい空に。
新しい四月、
うれしい四月。
60 つばな
つゥばな、つばな、
白《しイろ》い、白《しイろ》いつばな。
夕日の土手で、
つばなを拔けば、
ぬいちやいやいや、
かぶりをふるよ。
つゥばな、つばな、
白《しイろ》い、白《しイろ》いつばな。
日ぐれの風に、
飛ばそよ、飛ばそ、
日ぐれの空の、
白《しイろ》い雲になァれ。
61 色紙《いろがみ》
けふはさびしい曇《くも》り空《ぞら》
あんまり淋《さび》しいくもり空《ぞら》。
暗《くら》いはとばにあそんでる
白《しろ》いお鳩《はと》の小《ちひ》さな足《あし》に
赤《あか》やみどりの色紙《いろがみ》を
長《なが》くつないでやりませう
そして一しよに飛《と》ばせたら
どんなにお空《そら》がきれいでせう。
62 夜なかの風
夜なかの風はいたづら風よ
ひとり通ればさびしいな。
ねむの葉つぱをゆすぶろか、
ねむの葉つぱはゆすぶられ、
お舟に乘つた夢をみる。
草の葉つぱをゆすぶろか、
草の葉つぱはゆすぶられ、
ぶらんこしてる夢をみる。
夜なかの風はつまらなさうに
ひとりで空をすぎてゆく。
63 畫の電燈《でんき》
子供のゐない
子供部屋、
ぽつつり電燈《でんき》は
さびしかろ。
外には冴《さ》えた
球《たま》のおと、
お窓に明るい
日のひかり。
しづかに蝿が
とまつてる、
晝の電燈《でんき》は
さびしかろ。
64 忘れた唄
野茨のはなの咲いてゐる、
この草山にけふも來て、
忘れた唄をおもひます。
夢より遠い、なつかしい、
ねんねの唄をおもひます。
ああ、あの唄をうたうたら、
この草山の扉《と》があいて、
とほいあの日のかあさまを、
うつつに、ここに、みられましよ。
けふも、さみしく草にゐて、
けふも海みておもひます。
「船はしろがね、櫓《ろ》は黄金《こがね》」
ああ、そのあとの、そのさきの、
おもひ出せないねんね唄。
65 空の色
海は、海は、なぜ青い。
それはお空が映《うつ》るから。
空のくもつてゐるときは、
海もくもつてみえるもの。
夕燒、夕燒、なぜあかい。
それは夕日があかいから。
だけどお晝のお日さまは、
青かないのに、なぜ青い。
空は、空は、なぜ青い。
66 木
お花が散つて
實が熟《う》れて、
その實が落ちて
葉が落ちて、
それから芽が出て
花が咲く。
さうして何べん
まはつたら、
この木は御用が
すむか知ら。
67 樂隊《がくたい》
とうからここですねてるに
誰《だあれ》もさがしてくれないの。
なぜだか知《し》らない、すねてるに
誰《だあれ》も見《み》つけてくれないの。
活動寫眞《くわつどうしやしん》の樂隊《がくたい》の
とほくなるのを聽《き》いてたら
なんだか泣《な》きたくなつちやつた。
68 海の鳥
きのふもけふもこの岸へ、
かはるがはるにくる波よ。
いま來た波は、あの波は、
どこの國から來たのだろ。
いま退《ひ》く波は、あの波は、
どんな岸までゆくのだろ。
波に浮んだ海の鳥、
おまへはきつと知つてゐよ。
もしも教へてくれるなら、
こんどの祭に招《よ》んであぎよ。
69 トランプの女王
お祭すぎの
夜あそびに、
ふいとなくした
女王さま。
いつか忘れて
日がたつて、
秋の日和の
お掃除に、
床《ゆか》の下から
出は出たが、
泥にまみれて
おちぶれて、
髪さへ白い
おばあさま。
70 漁夫の小父さん
漁夫《れふし》の小父《をぢ》さん、その舟に、
私をのせて下さいな。
ほらほら、向うにみえてゐる、
きれいな雲がむくむくと、
海から湧いてるところまで、
私と行つて下さいな。
ひとつきりしきやないけれど、
私のお人形あげませう、
それから、金魚もあげませう。
漁夫の小父さん、その舟に、
私をのせて下さいな。
71 おとむらひの日《ひ》
お花《はな》や旗《はた》でかざられた
よそのとむらひ見《み》るたびに
うちにもあればいいのにと
こなひだまでは思《おも》つてた。
だけども、けふはつまらない
人《ひと》は多《おほ》ぜいゐるけれど
たれも對手《あひて》にならないし
都《みやこ》から來《き》た叔母《をば》さまは
だまつて涙《なみだ》をためてるし
たれも叱《しか》りはしないけど
なんだか私《わたし》は怖《こは》かつた。
お店《みせ》で小《ちひ》さくなつてたら
家《うち》から雲《くも》が湧《わ》くやうに
長《なが》い行列《ぎやうれつ》出《で》て《い》行つた。
あとは、なほさらさびしいな。
ほんとにけふは、つまらない。
〔以上、51〜71、美しい町 おとむらひの日〕
72 大漁《たいれふ》
朝燒小燒《あさやけこやけ》だ
大漁《たいれふ》だ
大羽鰛《おほばいわし》の
大漁《たいれふ》だ。
濱《はま》は祭《まつ》りの
やうだけど
海《うみ》のなかでは
何萬《なんまん》の
鰛《いわし》のとむらひ
するだらう。
73 お正月と月
お月さん、
なぜやせる。
かど松の
松の葉のよに
なぜ細る、
お正月くるに。
74 秋のおたより
山から町へのお便りは、
「柿の實、栗の實、熟《う》れ候、
ひよどり、鶉《つぐみ》、啼き候、
お山はまつりになり候。」
町から山へのおたよりは、
「燕がみんな、去《い》に候、
柳の葉つぱが散り候、
さむく、さみしく、なり候。」
75 かくれんぼ
かくれりやすぐに
みつかつて、
鬼になつたら
城取られ、
いついつまでも
城取られ、
いつまで
鬼の
かくれんぼ。
日ぐれはお家《うち》が
なつかしい。
76 峠
夕風
さらさら
高きび畑、
白い
お月さん
峠を越《こ》える。
峠
とぼとぼ
疲《つか》れたお馬、
のぼり
のぼれど
高きびばかり。
77 晝の月
しやぼん玉みたいな
お月さま、
風吹きや、消えそな
お月さま。
いまごろ
どつかのお國では、
砂漠《さばく》をわたる
旅びとが、
暗い、暗いと
いつてましよ。
白いおひるの
お月さま、
なぜなぜ
行つてあげないの。
78 私のお里
母さまお里は
山こえて、
桃の花さく
桃の村。
ねえやのお里は
海越えて、
かもめの群れる
はなれ島。
私のお里は
知らないの、
どこかにあるよな
氣がするの。
79 かるた
お炬燵《こた》の上に、
お蜜柑《みかん》積んで、
お祖母樣《ばあさま》、眼鏡《めがね》、
キラ、キラ、キラリよ。
疊のうへにや、
かるたが散つて、
ちひちやいお頭《つむ》、
ひい、ふう、みいつよ。
硝子《がらす》のそとは、
しづかな暗夜、
ときどき霞が、
パラ、パラ、パラリよ。
80 町の馬
山のお馬は
酒屋のかどに、
町のお馬は
魚屋のまへに。
山のお馬は
いそいそかへる、
積荷おろして
山へとかへる。
町のお馬は
かなしい馬よ、
おさかな積んで
遠い遠い町へ
叱られ、叱られ、
曳《ひ》いてく馬よ。
81 月のお舟
空いつぱいのうろこ雲
お空の海は大波だ。
佐渡《さど》から戻る千松の
銀のお舟がみえがくれ。
黄金《こがね》の櫓《ろ》さへ流されて
いつ、ふるさとへ着かうやら。
みえて、かくれて、荒海の
果から果へ、舟はゆく。
82 おはなし
ひろいきれいな草野原《くさのはら》
銀《ぎん》にひかるは、湖水《こすゐ》です。
湖水《こすゐ》の岸《きし》の御殿《ごてん》には
小《ちひ》さな小《ちひ》さな女王《ぢよわう》さま。
(それは魔法《まはふ》のみづうみで
小《ちひ》さくなつた私《わたし》です。)
うしろに並《なら》ぶお侍女《こしもと》
(それはやつぱり湖《みづうみ》で
小《ちひ》さくなつたお友達《ともだち》。)
まへの御家來《ごけらい》ひげ男《をとこ》
(それは私《わたし》の先生《せんせい》よ。)
黄金《きん》の時計《とけい》がいま鳴《な》つて
小《ちひ》さな女王《ぢよわう》は花《はな》びらで
お花《はな》の蜜《みつ》をめしあがる。
こんなお話《はなし》したけれど
大人《おとな》は笑《わら》つてしまひます。
なんだか私《わたし》はさびしいな。
83 ころんだ所
いつか使ひのかへりみち
ここでころんで泣きました。
あの日みてゐた小母さんが
いまもお店にゐるやうす。
桃太郎さん、桃太郎さん、
ちよいとお貸しな、かくれみの。
84 夢賣り
年のはじめに
夢賣りは、
よい初夢を
賣りにくる。
たからの船に
山のやう、
よい初夢を
積んでくる。
そしてやさしい
夢賣りは、
夢の買へない
うら町の、
さびしい子等の
ところへも、
だまつて夢を
おいてゆく。
85 浮《う》き島《しま》
私《わたし》は島《しま》が欲《ほ》しいのよ。
波《なみ》のまにまにゆれ動《うご》く
それは小《ちひ》さな浮《う》き島《しま》よ。
島《しま》はいつでも花《はな》ざかり
小《ちひ》さなお家《うち》も花《はな》の屋根《やね》。
みどりの海《うみ》に影《かげ》さして
ゆらゆらゆれて流《なが》れるの。
海《うみ》のけしきも見飽《みあ》きたら
海《うみ》へざんぶり飛《と》びこんで
私《わたし》の島《しま》をくぐつては
かくれんぼして遊《あそ》ばれる。
そんな小島《こじま》が欲《ほ》しいの。
86 大きな文字
お寺のいてふの
大筆で
誰か、大文字
かかないか。
東のお空
いつぱいに、
「コドモノクニ」と
書かないか。
いまに出てくる
お月さん、
びつくり、しゃつくり
させないか。
87 おはじき
空いつぱいのお星さま、
きれいな、きれいな、おはじきよ。
ぱらり、とおはじき、撒《ま》きました、
どれから、取つてゆきましよか。
あの星
はじいて
かう當てて、
あれから
あの星
かう取つて。
取つても取つても、なくならぬ、
空のおはじき、お星さま。
88 木の葉のボート
木の葉のボートに乘つてゆく、
黒い小蟻は探檢家《たんけんか》。
青いボートではるばると、
海のあなたへ出かけます。
海のあなたのはなれ島、
砂糖のお山、蜜の川、
さうして怖い鳥もゐず
蟻の地獄もないとこを。
青いボートでただひとり、
これから尋ねに出かけます。
89 松かさ
磯の小松の
松かさは、
海のあなたの
こひしさに、
落ちて小舟に
のりました。
乘りは乘つたが
その舟は、
沖で一夜《ひとよ》さ
さかな採《と》り、
もとの濱へと
つきました。
90 天人
ひとり日暮れの草山で、
夕やけ雲をみてゐれば、
いつか參つた寺のなか、
暗い欄間《らんま》の彩雲《あやぐも》に、
笛を吹いてた天人の、
やさしい眉をおもひ出す。
きつと、私の母さんも
あんなきれいな雲のうへ、
うすい衣《べゞ》着て舞ひながら、
いま、笛吹いてゐるのだろ。
夕やけ雲をみてゐれば、
なんだか笛の音がする、
かすかに遠い音がする。
91 喧嘩《けんくわ》のあと
ひとりになつた
一人《ひとり》になつた。
むしろの上《うへ》はさみしいな。
私《わたし》は知《し》らない
あの子《こ》が先《さき》よ。
だけどもだけども、さみしいな。
お人形《にんぎやう》さんも
ひとりになつた。
お人形《にんぎやう》抱《だ》いても、さみしいな。
あんずの花《はな》が
ほろほろほろり。
むしろの上《うへ》はさみしいな。
92 子供の時計
こんな時計《とけい》はないか知《し》ら
三|里《り》さきから字《じ》がよめる
お城《しろ》のやうな大時計《おほどけい》
時計《とけい》のなかのお部屋《へや》では
みんなで針《はり》をまはしたり
大《おほ》きな振子《ふりこ》にのつかつて
遠《とほ》くの遠《とほ》くを眺《なが》めたり
そして、みんながうたふとき
朝《あさ》はお日《ひ》さま眼《め》をさまし
日《ひ》ぐれは星《ほし》が出《で》るならば
どんなに私《わたし》はうれしかろ
93 話のお國
話のお國の
王樣は、
お供にはぐれて
日がくれて、
話のおくにの
森のなか。
お炬燵《こた》にあたつて
きいてても、
なんだかつめたい
雪の夜。
お供のゐない
王さまは、
どんなに寒かろ、
さみしかろ。
94 つつじ
小山《をやま》のうへに
ひとりゐて
赤《あか》いつつじの
蜜《みつ》を吸《す》ふ
どこまで青《あを》い
春《はる》のそら
私《わたし》は小《ちひ》さな
蟻《あり》かしら
甘《あま》いつつじの
蜜《みつ》を吸《す》ふ
私《わたし》は黒《くろ》い
蟻《あり》か知《し》ら
95 親なし鴨
お月さん
凍《こほ》る、
枯れ葉にや
あられ、
あられ
降つては
雲間の
月よ。
お月さん
凍る、
お池も
こほるに、
親なし
子鴨、
どうして
ねるぞ。
96 硝子
思《おも》ひ出《だ》すのは雪《ゆき》の日《ひ》に
落《お》ちて碎《くだ》けた窓硝子《まどがらす》
あとで、あとでと思《おも》つてて
ひろはなかつた窓《まど》がらす
びつこの犬《いぬ》をみるたびに
もしやあの日《ひ》の窓下《まどした》を
とほりやせぬかと思《おも》つては
忘《わす》れられない、雪《ゆき》の日《ひ》の
雪《ゆき》にひかつた窓《まど》がらす
97 石《いし》ころ
きのふは子供《こども》を
ころばせて
けふほお馬《うま》を
つまづかす。
あしたは誰《たれ》が
とほるやら。
田舍《ゐなか》のみちの
石《いし》ころは
赤《あか》い夕日《ゆふひ》に
けろりかん。
98 とんび
とんびとろとろ
輪を描《か》いた。
あの輪のまん中
さがしたか。
海なら鰛《いわし》が十萬よ、
陸《をか》ならねずみが一ぴきよ。
とんびとろとろ
輪を描いた。
その輪のまん中
みあげたら、
ぽつかり、まひるの
お月さま。
99 月の出
だまつて
だまつて
ほうら、出ますよ。
お山の
ふちが
ぼうつと明るよ。
お空の
底と
海の底とに、
なにか
光りが
溶《と》けてゐますよ。
100 桑の實
青い桑の葉
たべてゐて、
かひこは白く
なりました。
赤い桑の實
たべながら、
私はくろく
日にやける。
101 王樣のお馬
王樣のお馬は木のお馬、
お供の馬は、土の馬。
だけど、おもちやのお國では、
王樣のお馬は金の馬、
お供の馬は銀の馬。
雨のふる日のふる疊、
それもおもちやのお國では、
空も青空、あを草の、
なかをお鈴がちりしやらと、
金のお鈴がちりしやらと。
102 お乳の川
なくな、仔犬よ、
日がくれる。
暮れりや
母さんゐなくとも、
紺の夜ぞらに
ほんのりと
お乳の川が
みえよもの。
103 幻燈
あれはいつかの
夢か知ら。
夜ふけてうつす
幻燈の、
淡く、ふしぎな、
なつかしい、
うす青いろの
繪のなかに、
ふとみえて、
ふと消えた、
誰かによく似た、
やさしい瞳《め》。
あれは、あの夜の
夢か知ら。
104 お堀のそば
お堀のそばで逢うたけど、
知らぬかほして水みてた。
きのふ、けんくわはしたけれど、
けふはなんだかなつかしい。
につと笑つてみたけれど、
知らぬ顔して水みてた。
笑つた顔はやめられず、
つッと、なみだも、止《と》められず、
私はたつたとかけ出した、
小石が縞になるほどに。
105 赤いお舟
一本松
一本立つて
海みてる、
私もひとりで
海みてる。
海はまつ青、
雲は白、
赤いお舟は
まだみえぬ。
赤いお舟の
父さまは、
いつかの夢の
父さまは、
一本松
一本松
いつだろか。
106 お葬ひごつこ
お葬《とむた》ひごつこ、
お葬ひごつこ。
堅ちやん、あんたはお旗持ち、
まあちやん、あんたはお坊さま、
あたしはきれいな花もつて、
ほら、チンチンの、なあも、なも。
そしてみんなで叱られた、
ずゐぶん、ずゐぶん、叱られた。
お葬ひごつこ、
お葬ひごつこ、
それでしまひになつちやつた。
〔以上、72〜106、美しい町 大漁〕
107 神輿《みこし》
赤《あか》い提灯《ちやうちん》まだ灯《ひ》がつかぬ、
秋《あき》のまつりの日《ひ》ぐれがた。
遊《あそ》びつかれてお家《うち》へ戻《もど》りや、
お父《とう》さんはお客《きやく》さま、
お母《かあ》さんはいそがしい。
ふつとさびしい日《ひ》ぐれがた、
うらの通《とほ》りを嵐《あらし》のやうに、
神輿《みこし》のゆくのをききました。
108 電報くばり
赤い自轉車、ゆくみちは、
右もひだりも麥ばたけ。
赤い自轉車、乘つてるは、
電報くばりの黒い服。
しづかな村のどの家へ、
どんな知らせがゆくのやら、
麥のあひだの街道《かいだう》を
赤い自轉車いそざます。
109 瞳
みんなのお瞳《めゝ》
魔法の壷よ。
からたち垣根も
街道も、
お馬車も、馬も
馬方も、
蕎麥の畠も
桐の木も、
とほい、みどりの
あの山も、
まだも、お空の
雲さへも、
小さくなつて
みンなはいる。
黒いお瞳《めゝ》は
魔法の壷よ。
110 花《はな》びらの波《なみ》
お家《うち》の軒《のき》にも花《はな》が散《ち》る。
丘《をか》のうへでも花《はな》が散《ち》る。
日本中《につぽんぢう》に花《はな》が散《ち》る。
日本中《につぽんぢう》に散《ち》る花《はな》を
あつめて海《うみ》へ浮《うか》べましよ。
そして靜《しづ》かなくれ方《がた》に、
赤《あか》いお船《ふね》でぎいちらこ
色《いろ》とりどりの花《はな》びらの
お花《はな》の波《なみ》にゆすられて
とほい沖《おき》までまゐりましよ。
111 野燒とわらび
お山のお山のわらびの子、
とろりとろりと夢みてた。
赤い翼《つばさ》の大鳥の、
お空を翔《か》ける夢みてた。
お山のお山のわらびの子、
夢からさめて伸びしてた。
かはいいこぶし、ちよいと出して、
春のあけがた、伸びしてた。
112 轉校生
よそから來た子は
かはいい子、
どうすりや、おつれに
なれよかな。
おひるやすみに
みてゐたら、
その子は櫻に
もたれてた。
よそから來た子は
よそ言葉、
どんな言葉で
はなそかな。
かへりの路で
ふと見たら、
その子はお連れが
出來てゐた。
113 不思議な港
ふるい港の大時計、
六時をうへにかかつてた。
ふたつの針はやすみなく、
なぜか左へまはつてた。
朽《く》ちてこはれたさんばしに、
まつ紅《か》な花がただひとつ、
ひるの光にゆらいでた。
黒い、しづかな水のうへ、
お山のやうに、だァまつて、
むかしの船がかかつてた。
そんな港のあるとこは、
どこのお國か、いつごろか。
誰にきいても知りやしない、
それは私の夢だもの。
114 粉雪
こんこん
こん粉雪《こなゆき》
あんまり白い、
こんこ松に
たまつて、
みどりに染まれ。
115 私のかひこ
小さい箱の家にゐる、
これは私のかひこです。
かはいいけれど、人形は、
ものも言はない、うごかない。
かひこは、かはいい音立てて、
青い桑の葉たべてます。
やがて七つの繭《まゆ》になり、
七すぢ絲がとれたなら、
小人の姫の着るやうな、
虹色おべべも織れませう。
仲よく桑をたべてゐる、
これは私のかひこです。
116 くれがた
兄さん
口笛
ふき出した。
わたしは
袂を
かんでゐた。
兄さん
口笛
すぐやめた。
表に
こつそり
夜が來た。
117 お家のないお魚
小鳥は枝に巣をかける、
兎は山の穴に棲《す》む。
牛は牛小舍《うしごや》、藁の床、
蝸牛《でゝむし》やいつでも背負《しよ》つてゐる。
みんなお家をもつものよ、
夜はお家でねるものよ。
けれど、魚はなにがある、
穴をほる手も持たないし、
丈夫な殻《から》も持たないし、
人もお小舍をたてもせぬ。
お家をもたぬお魚は、
潮《しほ》の鳴る夜も、凍る夜も、
夜つぴて泳いでゐるのだろ。
118 機織り
朝からきつとん
機を織る、
山のむすめの
おもふこと。
この織る布が
知らぬまに、
都のひとの
着るやうな、
友禅《いうぜん》もやうに、
變はらぬか。
けれどもきつとん
織るたびに、
縞のもめんが
長くなる。
119 箱庭《はこには》
私《わたし》のこさへた箱庭《はこには》を
誰《たあれ》も見《み》てはくれないの。
お空《そら》は青《あを》いに母《かあ》さんは
いつもお店《みせ》でせはしさう。
祭《まつ》りはすんだにかあさんは
いつまであんなに忙《いそが》しい。
蝉《せみ》のなく聲《こえ》ききながら
私《わたし》はお庭《には》をこはします。
120 濱の石
濱辺の石は玉のやう、
みんなまるくてすべつこい。
濱辺の石は飛《と》び魚か、
投げればさつと波を切る。
濱辺の石は唄うたひ、
波といちにち唄つてる。
ひとつびとつの濱の石、
みんなかはいい石だけど、
濱辺の石は偉《えら》い石、
皆《みんな》して海をかかへてる。
121 日の光
おてんと樣のお使ひが
揃つて空をたちました。
みちで出逢つたみなみ風、
(何しに、どこへ。)とききました。
一人は答へていひました。
(この「明るさ」を地に撒くの、
みんながお仕事できるやう。)
一人はさもさも嬉しさう。
(私はお花を咲かせるの、
世界をたのしくするために。)
一人はやさしく、おとなしく、
(私は清いたましひの、
のぼる反り橋かけるのよ。)
殘つた一人はさみしさう。
(私は「影」をつくるため、
やつぱり一しよにまゐります。)
122 大人のおもちや
大人《おとな》は大きな鍬《くは》もつて、
畠へ土をほりにゆく。
大人は大きな舟こいで、
沖へお魚|採《と》りにゆく。
さうして大人の大將は、
ほんとの兵隊もつてゐる。
私のちひさな兵隊は、
ものも言はない、動かない。
私のお舟はすぐ覆《かや》る、
私のシヤベルはもう折れた。
おもへばさびしい、つまらない、
大人のおもちやを持ちたいな。
123 蝉のおべべ
母さま、
裏の木のかげに、
蝉のおべべが
ありました。
蝉も暑くて
脱《ぬ》いだのよ、
脱《ぬ》いで、忘れて
行つたのよ。
晩になつたら
さむかろに、
どこへ届《とゞ》けて
やりましよか。
124 花屋の爺さん
花屋の爺さん
花賣りに、
お花は町でみな賣れた。
花屋の爺さん
さびしいな、
育てたお花がみな賣れた。
花屋の爺さん
日が暮れりや、
ぽつつり一人で小舍のなか。
花屋の爺さん
夢にみる、
賣つたお花のしやはせを。
125 悪太郎の唄
泣き泣き
にげた
よわむし
毛蟲。
おいら
知らない、
いつつけろよ、
うちで。
あの子の
母《かゝ》さん
かはりに
怒る。
おいら
母《かゝ》さん
まま母《かゝ》さん。
126 草山《くさやま》
草山《くさやま》の草《くさ》の中《なか》からきいてると
いろんなたのしい聲《こゑ》がする。
「けふで七日《なぬか》も雨《あめ》ふらぬ
のどがかわいた水《みづ》欲《ほ》しい。」
それはお山《やま》の黒《くろ》い土《つち》。
「空《そら》にきれいな雲《くも》がある
お手々《てゝ》ひろげて掴《つか》まうか。」
それはちひさな蕨《わらび》の子《こ》。
「お日《ひ》さん呼《よ》ぶからのぞかうか。」
「私《わたし》もわたしも、ついてゆく。」
ぐみの芽《め》、芝《しば》の芽《め》、茅萱《ちがや》の葉《は》
いろんなはしやいだ聲《こゑ》がする。
春《はる》の草山《くさやま》にぎやかだ。
127 お魚の春
わかいもづくの芽がもえて、
水もみどりになつてきた。
空のお國も春だろな、
のぞきに行つたらまぶしいよ。
飛び魚小父さん、その空を、
きらつとひかつて飛んでたよ。
わかい芽が出た藻のかげで、
ぼくらも鬼ごとはじめよよ。
128 ながい夢
けふも、きのふも、みんな夢、
去年、一昨年《おとゝし》、みんな夢。
ひよいとおめめがさめたなら、
かはい、二つの赤ちやんで、
おつ母《か》ちやんのお乳をさがしてる。
もしもさうなら、さうしたら、
それこそ、どんなにうれしかろ。
ながいこの夢、おぼえてて、
こんどこそ、いい子になりたいな。
129 手品師の掌
桃からうまれる桃太郎さん、
瓜からうまれる瓜姫さん。
卵からうまれる鷄さん、
種からうまれる木のこども。
山からうまれるお日いさま、
海からうまれる雲の峯。
白いお鳩は手品師の、
お掌《てゝ》のなかからうまれてた。
私も、どこぞの手品師の、
お掌のなかからうまれたか。
130 まつりの太鼓
青葉に若葉、
若葉のかげを、
赤いかつこ履《は》いて、
かつこ、かつこ、かつこよ。
あさぎのお空、
お空のなかで、
ほら、鳴る、太鼓、
とろんこ、とろんこ、とろんこよ。
白《しイろ》い街道《かいど》、
競馬《けいば》の馬は、
よそゆきお衣《べゞ》で、
かつぽ、かつぽ、かつぽよ。
131 祭《まつり》のあくる日《ひ》
きのふ、神輿《みこし》の賑《にぎは》ひに
つい浮《う》かされて殘《のこ》つたが
昨夜《ゆふべ》は遠《とば》いお囃子《はやし》に
芝居《しばる》の夢《ゆめ》をみてゐたが
覺《さ》めて母《かあ》さん呼《よ》んだとき
みんなに、みんなで笑《わら》はれて
そつと出《で》てみた裏山《うらやま》の
おいてけぼりのお月《つき》さま
132 隣村の祭
垣のなかから見てゐると、
いろんな色がすぎてゆく。
みんな東をさしてゆく、
影もぞろぞろついてゆく、
白い埃《ほこり》も舞つてゆく。
西へ行つたは、空つぽの、
ふるい荷馬車がひとつきり。
ぢつとしてるは、生垣《いけがき》の、
しろい木槿《むくげ》と、私きり。
おまつりなんか、つまらない、
私はゆきたかないけれど、
けふは、あんまりよい日和。
お目々つぶれば足音が、
みんな東へすぎてゆく。
133 春の朝
雀がなくな、
いい日和だな、
うつとり、うつとり
ねむいな。
上の瞼《まぶた》はあかうか、
下の瞼はまァだよ、
うつとり、うつとり
ねむいな。
134 雨あがり
一ばんさきにみつけたは、
ちひさなはこべの花でした。
「あれあれ、あすこにお日いさま。」
雲のかげからお日いさま、
ちよいと、目ばかり出してます。
どの木も、どの木も、枝ならし、
どの葉も、どの葉も、うれしげに。
「おおお、お日さま、お久しう、
ずゐぶんみんなは待ちました。」
雲のかげからお日いさま、
いたづらさうに、笑つてる。
135 雲の色
夕やけ
きえた
雲のいろ、
けんくわ
してきて
ひとりゐて、
みてゐりや、
つッと
泣けてくる。
136 おねんねお舟
島から來た舟、おつかれか、
入り江の波はやさしいに、
ゆつたり、ゆつたり、おねんねよ。
おさかな積《つ》んで、はるばると、
ひろい荒海こえて來た、
小さい舟よ、おねんねよ。
島の人たちもどるときや、
重いお米を買つてくる、
青い菜《な》つぱを買つてくる。
島から來た舟、それまでは、
やさしい波にゆすられて、
ゆつたり、ゆつたり、おねんねよ。
137 隣の子供
そら豆むきむき
きいてゐりや、
となりの子供が
しかられる。
のぞいてみようか、
悪かろか、
そら豆にぎつて
出てみたが、
そら豆にぎつて
またもどる。
どんなおいたを
したんだろ、
となりの子供は
しかられる。
138 切り石
石屋に切られた
切り石は、
飛んで街道《かいど》の
水たまり。
學校もどりの
左側、
はだしの子供よ、
氣をつけな。
切り石や切られて
おこつてる。
139 魚の嫁入り
さかなの姫さまお嫁入り、
むかうの島までお嫁入り。
島までつづいたお行列、
ぎんぎら、ぎんぎら、銀かざり。
島の上にはお月さま、
提灯ともしておむかへよ。
さてもみごとなお行列、
海のおもてをねつてゆく。
140 ばあやのお話
ばあやはあれきり話さない、
あのおはなしは、好きだのに。
「もうきいたよ」といつたとき、
ずゐぶんさびしい顔してた。
ばあやの瞳《め》には、草山の、
野茨のはなが映《うつ》つてた。
あのおはなしがなつかしい、
もしも話してくれるなら、
五度も、十度も、おとなしく、
だまつて聞いてゐようもの。
141 螢のころ
ほたるのころに
なりました。
新しい
麥わらで、
小さな螢籠
編みましよか、
編み編み小徑《こみち》を
行きましよか。
青いつゆくさ、
露のみち、
はだしで蹈み蹈み
ゆきましよか。
142 口眞似
――父さんのない子の唄――
「お父ちやん、
をしへてよう。」
あの子は甘えて
いつてゐた。
別れてもどる
裏みちで、
「お父ちやん。」
そつと口眞似
してみたら、
なんだか誰かに
はづかしい。
生垣《いけがき》の
しろい木槿《むくげ》が
笑ふやう。
143 花の名まへ
御本のなかにや、たくさんの、
花の名まへがあるけれど、
私はその花知らないの。
町でみるのは、人、くるま、
海《うみ》には舟と波ばかり。
いつも港はさみしいの。
花屋のかごに、をりをりは、
きれいな花をみるけれど、
私はその名を知らないの。
母さんにきいても、母さんも、
町にゐるから、知らないの。
いつも私はさみしいの。
寢《ね》かせばねむる、人形も、
御本も、まりも、みなすてて、
いま、いま、私は、行きたいの。
ひろい田舍の野を駈けて、
いろんな花の名を知つて、
みんなお友だちになれるなら。
144 田舍《ゐなか》の繪《ゑ》
私《わたし》は田舍《ゐなか》の繪《ゑ》をみます、
さびしい時《とき》は繪《ゑ》のなかの
白《しろ》い小《こ》みちをまゐります。
向《むか》うに見えるは水車小舍《すゐしやごや》
見《み》えないけれどあの中にや
やさしい番人《ばんにん》のお爺《ぢい》さん。
小舍《こや》の小《こ》かげにやぐみの木《き》に
赤《あか》いぐみの實《み》うれてませう。
こつちにみえる山蔭《やまかげ》にや
ちひさな村《むら》があるのです。
田舍《ゐなか》の繪《ゑ》にある小《こ》みちには
たれもゐません靜《しづ》かです。
表《おもて》にや、せはしい人《ひと》、くるま
それでも繪《ゑ》のなか靜《しづ》かです
いつでも、しづかな日和《ひより》です。
〔以上、107〜144、美しい町 大人のおもちや〕
145 お菓子買ひ
母さんに言はない
お菓子買ひ、
菓子屋のかどを
いくたびも、
行つて、戻つて、
また行つて。
都ことばの
小母さまに、
一つ貰うた
しろい錢《ぜゞ》、
握《にき》つて、握つて
汗が出る。
146 魚賣りの小母さんに
魚賣りさん、
あつち向いてね、
いま、あたし、
花を挿《さ》すのよ、
さくらの花を。
だつて小母さん、あなたの髪にや、
花かんざLも
星のよなピンも、
なんにもないもの、さびしいもの。
ほうら、小母さん、
あなたの髪に、
あのお芝居のお姫さまの、
かんざしよりかきれいな花が、
山のさくらが咲きました。
魚賣りさん、
こつち向いてね、
いま、あたし、
花を挿《さ》したの、
さくらの花を。
147 れんげ
ひィらいた
つゥぼんだ、
お寺の池で
れんげの花が。
ひィらいた
つゥぼんだ、
お寺の庭で
手つないだ子供。
ひィらいた
つゥぽんだ、
お寺のそとで
お家が、町が。
148 燕の母さん
ついと出ちや
くるつとまはつて
すぐもどる。
つういと
すこうし行つちや
また戻る。
つういつうい、
横町《よこちよ》へ行つて
またもどる。
出てみても、
出てみても、
氣にかかる、
おるすの
赤ちやん
氣にかかる。
149 木の實と子供
こぼれた木の實はひろはれる、
紺屋《こうや》のまま子にひろはれる。
紺屋のまま子は叱られる、
日暮《ひぐ》れてもどつて叱られる。
ひろはれた木の實はすてられる、
紺屋のお背戸にすてられる。
すてられた木の實は芽がのびる、
紺屋のまま子の知らぬまに。
150 手品師
私はきのふ、決《き》めたのよ、
いまに大きくなつたなら、
上手な手品師になることを。
きのふ見て來た手品師は、
みるまに薔薇の花咲かせ、
ばらをお鳩に變へてゐた。
151 田舍《ゐなか》
私《わたし》は見《み》たくてたまらない、
小《ちひ》さい蜜柑《みかん》が蜜柑《みかん》の木に
金色《きんいろ》に熟《う》れてゐるところを。
また無花果《いちゞく》がまだ子供で
木に囓《かじ》りついてゐるところを。
さうして麥《むぎ》の穗《ほ》に風《かぜ》が吹《ふ》き
雲雀《ひばり》が唄《うた》をうたふところを。
私《わたし》は行《ゆ》きたくてたまらない、
雲雀《ひばり》がうたふのは春《はる》だらうけれど、
蜜柑《みかん》の木《き》にはいつ頃《ころ》に
どんなお花《はな》が咲《さ》くだらう。
繪《ゑ》にしか見《み》ない
田舍《ゐなか》には、
繪《ゑ》にないことが
たくさんたくさん
あるだらうな。
152 しあはせ
桃いろお衣《べゞ》のしあはせが、
ひとりしくしく泣いてゐた。
夜更けて雨戸をたたいても、
誰も知らない、さびしさに、
のぞけば、暗い灯《ひ》のかげに、
やつれた母さん、病氣の子。
かなしく次のかどに立ち、
またそのさきの戸をたたき、
町中まはつてみたけれど、
誰もいれてはくれないと、
月の夜ふけの裏町で、
ひとりしくしく泣いてゐた。
153 私と王女
とほいお國の王女さま、
私によう似た王女さま、
眞紅《まつか》な薔薇を折らうとて、
刺《とげ》にさされて死にました。
父王《ちゝわう》さまのおなげきに、
忠義|一途《いちづ》の御家來は、
白いお馬でかぽかぽと、
ある日、お城をたちました。
私のことは、知りもせず、
かはい王女に似た子をと、
尋《たづ》ねさがして、いつまでも、
白いお馬でかぽかぽと。
山のむかうの、青ぞらを、
けふもお馬は、かぽかぽと。
154 曲馬の小屋
樂隊の音にうかうかと、
小屋のまへまで來は來たが、
灯《あかり》がちらちら、御飯どき、
母さんお家で待《ま》つてゐよう。
テントの隙《すき》にちらと見た、
弟に似たよな曲馬の子、
なぜか戀しい、なつかしい。
町の子供はいそいそと、
母さんに連れられて、はいつてく。
柵《さく》にすがつてしみじみと、
母さんおもへど、かへられぬ。
155 御殿の櫻
御殿の庭の八重ざくら、
花が咲かなくなりました。
御殿のわかい殿さまは、
町へおふれを出しました。
青葉ばかりの木の下で、
劍術《けんじゆつ》つかひがいひました。
「咲かなきや切つてしまふぞ。」と。
町の踊《をど》り子はいひました。
「私の踊りみせたなら、
笑つてすぐに咲きませう。」
手品《てづま》つかひはいひました。
「牡丹《ぼたん》、芍薬《しやくやく》、芥子《けし》の花、
みんな此の枝へ咲かせましよ。」
そこで櫻がいひました。
「私の春は去《い》にました、
みんな忘れたそのころに、
私の春がまた來ます。
そのときこそは、咲きませう、
わたしの花に咲きませう。」
156 お祖母樣《ばあさま》と淨瑠璃《じやうるり》
縫ひものしながらお祖母《ばあ》さまは、
いつもおはなし、きかせました。
おつる、千松、中將姫……、
みんなかなしい話ばかり。
お話しながらお祖母《ばあ》さまは、
ときどき淨瑠璃《じやうるり》をきかせました。
おもひ出しても胸がいたむ、
それはかなしい調子《てうし》でした。
中將姫をおもふせいか、
そのことはみんなみんな、
雪の夜のやうにおもはれます。
それももう遠いむかし、
うたの言葉はわすれました。
ただ、せつない、ひびきばかり、
ああ、いまも、水のやうに、
かなしくしづかに泌《し》みてきます。
さらさらと、さらさらと、
ふる雪の音《おと》さへも……。
157 帆
港に着いた舟の帆は、
みんな古びて黒いのに、
はるかの沖をゆく舟は、
光りかがやく白い帆ばかり。
はるかの沖の、あの舟は、
いつも、港へつかないで、
海とお空のさかひめばかり、
はるかに遠く行くんだよ。
かがやきながら、行くんだよ。
158 蚊帳《かや》
蚊帳《かや》のなかの私《わたし》たち
網《あみ》にかかつたお魚《さかな》だ。
青《あを》い月夜《つきよ》の青《あを》い海《うみ》
波《なみ》にゆらゆら青《あを》い網《あみ》。
なんにも知《し》らずねてる間《ま》に
暇《ひま》なお星《ほし》が曳《ひ》きにくる。
夜《よる》の夜《よ》なかに目《め》がさめりや
雲《くも》の砂地《すなぢ》にねてゐよう。
159 雨のあと
日かげの葉つぱは
泣きむしだ、
ほろりほろりと
泣いてゐる。
日向《ひなた》の葉つぱは
笑ひ出す、
なみだの痕が
もう乾《かわ》く。
日かげの葉つぱの
泣きむしに、
たれか、ハンカチ
貸してやれ。
160 海へ
祖父《ぢい》さも海へ、
父《とゝ》さも海へ、
兄《あに》さも海へ、
みんなみんな海へ。
海のむかうは
よいところだよ、
みんな行つたきり
歸りやあしない。
おいらも早く
大人になつて、
やつぱり海へ
ゆくんだよ。
161 空の鯉
お池の鯉よ、なぜ跳ねる。
あの青空を泳いでる、
大きな鯉になりたいか。
大きな鯉は、今日ばかり、
明日はおろして、しまはれる。
はかない事をのぞむより、
跳ねて、あがつて、ふりかへれ。
おまへの池の水底に、
あれはお空のうろこ雲。
おまへも雲の上をゆく、
空の鯉だよ、知らないか。
162 青い空
なんにもない空
青い空、
波のない日の
海のやう。
あのまん中へ
とび込んで、
ずんずん泳いで
ゆきたいな。
ひとすぢ立てる
白い泡《あわ》、
そのまま雲に
なるだらう。
163 楊とつばめ
無事でゐたかと
川やなぎ、
若いつばめに
いひました。
ふたり啼《な》いてた
その枝よ、
ひとりは旅で
死にました。
若いつばめは
もの言はず、
ついと水《み》の面《も》を
ゆきました。
164 海とかもめ
海は青いとおもつてた、
かもめは白いと思つてた。
だのに、今見る、この海も、
かもめの翅《はね》も、ねずみ色。
みな知つてるとおもつてた、
だけどもそれはうそでした。
空は青いと知つてます、
雪は白いと知つてます。
みんな見てます、知つてます、
けれどもそれもうそか知ら。
165 さよなら
降《お》りる子は海に、
乘る子は山に。
船はさんばしに、
さんばしは船に。
鐘《かね》の音《ね》は鐘に、
けむりは町に。
町は晝間に、
夕日は空に。
私もしましよ、
さよならしましよ。
けふの私に
さよならしましよ。
166 夕立征伐
たらひの舟に積むものは、
光るサーベル、杉鐵砲。
お八つに貨つたビスケット。
さあさ、船出のお支度だ、
艦長《かんちやう》さんの乘込みだ。
みちで金魚がきいたなら、
私はゐばつてどなるのだ。
「私のこさへた箱庭を、
たたいて、こはして、行つちやつた、
いまの夕立、征伐に。」
167 見えないもの
ねんねした間になにがある。
うすももいろの花びらが、
お床の上に降り積り、
お目々さませば、ふと消える。
誰もみたものないけれど、
誰がうそだといひませう。
まばたきするまに何がある。
白い天馬が翅のべて、
白羽の矢よりもまだ早く、
青いお空をすぎてゆく。
誰もみたものないけれど、
誰がうそだといへませう。
168 御本と海
ほかのどの子が持つてゐよ、
いろんな御本、このやうに。
ほかのどの子が知つてゐよ、
支那や印度のおはなしを。
みんな御本をよまない子、
なにも知らない漁夫《れふし》の子。
みんなはみんなで海へゆく、
私は私で本を讀む、
大人がおひるねしてるころ。
みんなはいまごろ、あの海で、
波に乘つたり、もぐつたり、
人魚のやうに、あそぶだろ。
人魚のくにの、おはなしを、
御本のなかで、みてゐたら、
海へゆきたくなつちやつた。
急に、行きたくなつちやつた。
169 花火
あがる、あがる、花火、
花火はなにに、
やなぎと毬《まり》に。
消える、消える、花火、
消えてはなにに、
見えない國の花に。
170 駈けつこ
駈けつこをするたびに、
きつとちらりと目にうかぶ、
濃いむらさきの旗の色。
よその學校《がくこ》の運動場、
よその子供とならんでて、
わくわくしてて、走つてて、
ころんだときに、ちらと見た、
うちの學校の旗の色。
駈けつこをするたびに、
きつとちらりと目にうかぶ。
171 かんざし
誰も知らない、
あのかんざLに、
千代紙着せて
あそんだことを。
母さまはお湯《ぶう》だつたし、
兄さんはお使ひだつたし……。
誰が見てゐた、
あのかんざしを、
そつとかくして
しまつたことを。
お日さまは沈んでたし、
お月さまはまだだつたし……。
誰がみつけよ、
あのかんざしの、
花のおくびが
もげてることを。
晝間も暗い隅つこだし、
金銀草は茂つてゐるし……。
誰も知らない
誰も知らない。
172 きのふの山車《だし》
祭《まつり》のあくる日《ひ》ひるねごろ
みんながお晝寢《ひるね》あちこちに
さびしくかどに立つてたら
きのふの山車《だし》がゆきました
花《はな》も人形《にんぎやう》もこはされて
車《くるま》ばかしがごろごろと
乾《かわ》いた路《みち》をゆきました
ひとりさびしく見送《おく》れば
きのふの山車《だし》も曳《ひ》く人《ひと》も
埃《はこり》のなかになりました
〔以上、145〜172、美しい町 きのふの山車〕
173 繭《まゆ》と墓《はか》
蠶《かひこ》は繭《まゆ》に
はいります、
きうくつさうな
あの繭《まゆ》に。
けれど蠶《かひこ》は
うれしかろ、
蝶々《てふ/\》になつて
飛《と》べるのよ。
人《ひと》はお墓《はか》へ
はいります、
暗《くら》いさみしい
あの墓《はか》へ。
そしていい子《こ》は
翅《はね》が生《は》え、
天使《てんし》になつて
飛《と》べるのよ。
174 明るい方へ
明るい方へ
明るい方へ。
一つの葉でも
陽《ひ》の洩《も》るとこへ。
籔かげの草は。
明るい方へ
明るい方へ。
翅は焦《こ》げよと
灯《ひ》のあるとこへ。
夜飛ぶ蟲は。
明るい方へ
明るい方へ。
一分もひろく
日の射《さ》すとこへ。
都會《まち》に住む子等は。
175 行商隊《カラバン》
ひろいひろい砂漠《さばく》だ。
くろいくろいかげを、
うつして續《つづ》いて行くのは、
行商隊《カラバン》だ、行商隊《カラバン》だ。
――駱駝《らくだ》のむれはみな黒い、
さうして脚《あし》が六つある。
あついあつい砂漠だ。
しんと照るまひるだ。
百里南は大海、
百里北には椰子《やし》の木。
――その榔子《やし》の木に咲く花は、
はまなでしこの色してる。
山も谷も砂だ。
はても知れない砂漠だ。
しづかに黒くゆくのは、
行商隊《カラバン》だ、行商隊《カラバン》だ。
――あついまひるの砂濱の
黒い小蟻の行列だ。
176 空の大川
空《そら》の川原《かはら》は
石ころばかり、
ころりころりと
石ころばかり。
青い川すぢ
しづしづゆくは、
ほそい白帆の
三日月さまよ。
夢とながれる
ながれのなかに、
星もうかぶよ
笹舟のやうに。
177 蜂と神さま
蜂はお花のなかに、
お花はお庭のなかに、
お庭は土塀《どべい》のなかに、
土塀は町のなかに、
町は日本のなかに、
日本は世界のなかに、
世界は神さまのなかに。
さうして、さうして、神さまは、
小ちやな蜂のなかに。
178 女の子
女の子つて
ものは、
木のぼりしない
ものなのよ。
竹馬乘つたら
おてんばで、
打《ぶ》ち獨樂《ごま》するのほ
お馬鹿なの。
私はこいだけ
知つてるの、
だつて一ペんづつ
叱られたから。
179 お月さまの唄
「あとさま、なァんぼ。」
「あとさま、なァんぼ。」
ばあやは教へてくれました、
ちやうどこのよな夕月に。
「十三、九《こオこの》つ。」
「十三、九《こオこの》つ。」
いまは、弟《おとと》に教へます、
おなじお背戸で手々ひいて。
「まだ年や、わァかいな。」
「まだ年や、わァかいな。」
私はこのごろ唄はない、
お月さまみても、忘れてた。
「あとさま、なァんぼ。」
「あとさま、なァんぼ。」
みえぬばあやが手々ひいて、
おもひ出させてくれるよな。
180 夜ふけの空
人と、草木のねむるとき、
空はほんとにいそがしい。
星のひかりはひとつづつ、
きれいな夢を背《せな》に負ひ、
みんなのお床へとどけよと、
ちらちらお空をとび交ふし、
露姫さまは明けぬまに、
町の露台《ろだい》のお花にも、
お山のおくの下葉にも、
殘らず露をくばらうと、
銀のお馬車をいそがせる。
花と、子供のねむるとき、
空はほんとにいそがしい。
181 芝草
名は芝草といふけれど、
その名をよんだことはない。
それはほんとにつまらない、
みじかいくせに、そこら中、
みちの上まではみ出して、
力いつぱいりきんでも、
とても拔けない、つよい草。
げんげは紅《あか》い花が咲く、
すみれは葉までやさしいよ。
かんざし草はかんざしに、
京びななんかは笛になる。
けれどももしか原つぱが、
そんな草たちばかしなら、
あそびつかれたわたし等《ら》は、
どこへ腰かけ、どこへ寢よう。
青い、丈夫な、やはらかな、
たのしいねどこよ、芝草よ。
182 人なし島
人なし島に流された、
私はあはれなロビンソン。
ひとりぼつちで、砂に居て、
はるかの沖をながめます。
沖は青くて、くすぼつて、
お船に似てる雲もない。
けふもさみしく、あきらめて、
私の岩窟《いはや》へかへりましよ。
(おや、誰か知ら、出て來ます、
水着、着た子が三五人。)
百枚飛ばして、ロビンソン、
めでたくお國へ着きました。
(父さんお晝寢さめたころ、
お八つの西瓜《すゐくわ》の冷えたころ)
うれしい、うれしい、ロビンソン、
さあさ、お家へいそぎましよ。
183 朝顔の蔓
垣がひくうて
朝顔は、
どこへすがろと
さがしてる。
西もひがしも
みんなみて、
さがしあぐねて
かんがへる。
それでも
お日さまこひしうて、
けふも一寸
また伸びる。
伸びろ、朝顔、
まつすぐに、
納屋のひさしが
もう近い。
184 麥のくろんぼ
麥のくろんぼぬきませう、
金の穗波をかきわけて。
麥のくろんぼぬかなけりや、
ほかの穗麥にうつるから。
麥のくろんぼ燒きませう、
小徑《こみち》づたひに濱へ出て。
麥になれないくろんぼよ、
せめてけむりは空たかく。
185 入船出船《いりふねでふね》
入船《いりふね》三|艘《さう》、
何《なに》積《つ》んではいつた。
三《み》つ星《ぼし》、三つ、
三|角帆《かくほ》にかァくれた。
出船《でふね》が三|艘《さう》、
何《なに》積《つ》んで出《で》たぞ。
紅《あか》い灯《ひ》がつゥぎつぎ
黒《くろ》い帆《ほ》にかァくれた。
186 ぬかるみ
この裏まちの
ぬかるみに、
青いお空が
ありました。
とほく、とほく、
うつくしく、
澄んだお空が
ありました。
この裏まちの
ぬかるみは、
深いお空で
ありました。
187 お使ひ
お月さま、
私は使ひにまゐります。
よその孃《ぢよつ》ちやんのいいおべべ、
しつかり胸に抱きしめて。
お月さま、
あなたも行つてくださるの、
私の駈けてゆくとこへ。
お月さま、
いたづらつ子に逢はなけりや、
いつも私はうれしいの。
おかあさんのおしごとを、
よそへ届けにゆくことは。
それに、それに、
お月さま、
私はほんとにうれしいの。
あなたがまあるくなるころに、
私も春着ができるから。
188 去年《きよねん》のけふ
――大震記念日に――
去年《きよねん》のけふは今《いま》ごろは、
私《わたし》は積木《つみき》をしてました。
積木《つみき》の城《しろ》はがらがらと、
見《み》るまに崩《くづ》れて散《ち》りました。
去年《きよねん》のけふの、夕方《ゆふがた》は、
芝生《しばふ》のうへに居《を》りました。
黒《くろ》い火事雲《くわじぐも》こはいけど、
母《かあ》さんお瞳《めゝ》がありました。
去年《きよねん》のけふが暮《く》れてから、
せんのお家《うち》は燒《や》けました。
あの日《ひ》届《とゞ》いた洋服《やうふく》も、
積木《つみき》の城《しろ》も燒《や》けました。
去年《きよねん》のけふの夜《よる》更《ふ》けて、
火《ひ》の色《いろ》映《うつ》る雲《くも》の間《ま》に、
しろい月《つき》かげ見《み》たときも、
母《かあ》さん抱《だ》いてて呉《く》れました。
お衣《べゞ》もみんなあたらしい、
お家《うち》もとうに建《た》つたけど、
あの日《ひ》の母《かあ》さんかへらない。
今年《ことし》はさびしくなりました。
189 お菓子
いたづらに一つかくした
弟のお菓子。
たべるもんかと思つてて、
たべてしまつた、
一つのお菓子。
母さんが二つッていつたら、
どうしよう。
おいてみて
とつてみてまたおいてみて、
それでも弟が來ないから、
たべてしまつた、
二つめのお菓子。
にがいお菓子、
かなしいお菓子。
190 私の丘
私の丘よ、さやうなら。
茅花《つばな》もぬいた、草笛を、
青い空みて吹きもした、
私の丘の青草よ、
みんな元氣で伸びとくれ。
私ひとりはゐなくても、
みなはまた來てあすぼうし、
ひとりはぐれたよわむしは、
ちやうど私のしたやうに、
わたしの丘と呼《よ》びもせう。
けれど、私にやいつまでも、
「私の丘」よ、さやうなら。
191 花火
粉雪の晩に、
枯れ柳のかげを、
傘さして通る。
夏の夜にあげた、
柳のかげの
花火をふつと思ふ。
雪ん中へあげる、
花火がほしいな、
花火がほしいな。
粉雪の晩に、
枯れ柳のかげを、
傘さして通りや、
遠い日にあげた、
花火の匂ひ、
なつかしくにほふ。
192 キネマの街
あをいキネマの
月が出て
キネマの街《まち》に
なりました。
屋根に
黒猫
居やせぬか。
こはい
マドロス
來やせぬか。
キネマがへりに
月が出て
見知らぬ街《まち》に
なりました。
193 小さな朝顔
あれは
いつかの
秋の日よ。
お馬車で通つた村はづれ、
草屋が一けん、竹の垣。
竹の垣根に空いろの、
小さな朝顔咲いてゐた。
――空をみてゐる瞳《め》のやうに。
あれは
いつかの
晴れた日よ。
194 薔薇の根
はじめて咲いた薔薇《ばら》は
紅《あか》い大きな薔薇だ。
土のなかで根が思ふ
「うれしいな、
うれしいな。」
二年めにや、三つ、
紅い大きな薔薇だ。
土のなかで根がおもふ
「また咲いた、
また咲いた。」
三年めにや、七つ、
紅い大きな薔薇だ。
土のなかで根がおもふ
「はじめのは
なぜ咲かぬ。」
195 秋
電燈《でんき》が各自《てんで》に
ひかつてて、
各自《てんで》にかげを
こさへてて、
町はきれいな
縞になる。
縞の明るい所には、
浴衣《ゆかた》の人が
三五人。
縞の小暗い所には、
秋がこつそり
かくれてる。
196 舟のお家
お父さんに
お母さん、
それから私と、
兄さんと。
舟のお家はたのしいな。
荷役《にやく》がすんで、日がくれて、
となりの舟の帆柱に、
宵の明星のかかるころ、
あかいたき火に、父さんの、
おはなしきいて、ねんねして。
あけの明星のしらむころ、
朝風小風に帆をあげて、
港を出ればひろい海、
靄《もや》がはれれば、島がみえ、
波が光れば、魚が飛ぶ。
おひるすぎから風が出て、
波はむくむくたちあがる、
とほいはるかな海の果、
金の入日がしづむとき、
海は花よりうつくしい。
汐で炊《かし》いだ飯《まゝ》たべて、
舟いつぱいに陽《ひ》をうけて、
帆にいつぱいの風うけて、
ひろい大海旅をする、
舟のお家はうれしいな。
197 海の人形
大きな眞珠のお手まりや、
貝のかずかず、枝珊瑚、
人魚のむすめは飽きました。
陸《をか》の子供のもつといふ、
黒《くろ》いおめめの人形が、
ほしい、ほしいと泣きました。
母さん人魚はいとしさに、
人形抱いた兒《こ》の船を、
沈めてそれを奪《と》りました。
むすめは人形みるたびに、
とほいお國がこひしくて、
とうとう海を捨てました。
海の人形はやはらかな、
藻《も》のゆりかごで、すやすやと、
いまも、お夢をみてゐます。
陸《をか》の人魚は、ふるさとを、
こひし、こひしと磯でなく、
磯のちどりになりました。
198 かりうど
ぼくは小さなかりうどだ、
ぼくは鐵砲《てつぽ》の名人だ。
鐵砲《てつぽ》は小さな杉鐵砲、
彈丸《たま》は枝ごと提《さ》げてゐる。
みどりの鉄砲《てつぱう》、肩にかけ、
山みち、小みちをすたこらさ。
ぼくはやさしいかりうどだ、
ほかのかりうど行くさきに、
すばやくぬけて、烏たちに、
みどりの彈丸《たま》を射《う》つてやる。
みどりの彈丸《たま》は痛かない、
鳥はびつくり、飛《と》ぶばかり。
鳥はそのときや、怒るだろ、
でも、でも、ぼくはうれしいよ。
ぼくはちひさなかりうどだ、
ぼくは鐵砲《てつぽ》の名人だ。
みどりの鐵砲《てつぱう》、肩にかけ、
山みち、小みちをすたこらさ。
199 土《つち》
こッつん こッつん
打《ぶ》たれる土《つち》は
よい畠《はたけ》になつて
よい麥《むぎ》生《う》むよ。
朝《あさ》から晩《ばん》まで
踏《ふ》まれる土《つち》は
よい路《みち》になつて
車《くるま》を通《とほ》すよ。
打《ぶ》たれぬ土《つち》は
踏《ふ》まれぬ土《つち》は
要《い》らない土《つち》か。
いえいえそれは
名《な》のない草《くさ》の
お宿《やど》をするよ。
200 闇夜の星
闇夜に迷子《まひご》の
星ひとつ。
あの子は
女の子でせうか。
私のやうに
ひとりばつちの、
あの子は
女の子でせうか。
201 おてんとさんの唄
日本の旗は、
おてんとさんの旗よ。
日本のこども、
おてんとさんのこども。
こどもはうたは、
おてんとさんの唄を。
さくらの下で、
かすみの底で。
日本のくにに、
こぼれる唄は、
お舟に積んで、
世界中へくばろ。
こぼれるほどうたほ、
おてんとさんの唄を。
さくらのかげで、
おてんとさんの下で。
202 海の色
朝はぎんぎら銀の海、
銀はみんなを黒くする。
ランチの色も、帆の色も、
銀の破《や》れめもみな黒い。
晝はゆらゆら青い海、
青はみんなをあるままに。
うかぶ藁くづ、竹のきれ、
バナナの皮も、あるままに。
夜はしづかな黒い海、
黒はみんなをおひかくす。
船はゐるやら、ゐないやら、
赤い灯《ともし》のかげばかり。
203 ひろいお空《そら》
私《わたし》はいつか出《で》てみたい、
ひろいひろいお空《そら》の下《した》へ。
町《まち》でみるのは長《なが》い空《そら》、
天《あま》の川《かは》さへ屋根《やね》から屋根《やね》へ。
いつか一度《ど》は出《で》てみたい、
その川下《かはしも》の川下《かはしも》の、
海《うみ》へ出《で》てゆくところまで、
みんな一目《ひとめ》にみえる所《とこ》へ。
204 七夕のころ
風が吹き吹き笹籔の
笹のささやきききました。
伸びても伸びてもまだ遠い、
夜の星ぞら、天の川、
いつになつたら、届かうか。
風がふきふき大海の
波のなげきをききました。
もう七夕もすんだのか、
お空の川もうすれるか。
さつき通つた旅びとは、
五色のきれいな短册《たんざく》の
さめてさみしい、笹の枝。
205 港の夜
曇つた晩だ。
ちひさい星がふるへふるへ
ひとつ。
さァむい晩だ。
船の灯りが映《うつ》つてゆれて
ふたつ。
さみしい晩だ。
海のお瞳《めゝ》があをく光つて
みつつ。
206 ビラまき自動車
ビラ撒《ま》き自動車やつて來た、
ちやんちやか樂除のせて來た。
ビラを拾はう、赤いビラ、
もつと拾はう、黄《きい》のビラ、
ビラ撒き自動車やつて來た。
ビラ撒き自動車、ついてゆこ。
町をはなれりや、降るビラは、
野原へ散つてげんげ草、
畠へおちて、菜の花に。
春のくるまだ、ついてゆこ。
207 水すまし
一つ水の輪、一つ消え、
三つまはれどみな消える。
水にななつの輪を描《か》けば、
魔法《まはふ》は泡と消えよもの。
お池のぬしに囚《とら》はれの
いまの姿は、水すまし。
きのふもげふも、青い水、
雲は消えずに映《うつ》るけど、
一つ、二つ、と水の輪は、
一つあとから消えてゆく。
208 杉と杉菜
一本杉はうたふ。
あの山のむかうの
大きな海のなかに、
蝶々のやうな、
白帆を三つ、みたよ。
一本杉はうたふ。
あの山のむかうの
大きな町のなかで、
青銅《からかね》の豚が、
水を噴《ふ》くのをみたよ。
一本杉の下で
杉菜がうたふ。
私もいつか、
あんなに伸びて、
遠くの遠くをみようよ。
209 駒鳥の都
林のなかの駒鳥さん、
林は葉ずれの音ばかり。
都けんぶついかがです、
夜は灯《あか》りが花のやう、
活動寫眞もみられます。
都から來たお孃さん、
私の都はいかがです。
數へきれない木のお家、
夜はお屋が花のやう、
落葉のダンスもみられます。
210 夜《よる》
夜《よる》は、お山《やま》や森《もり》の木《き》や、
巣《す》にゐる島《とり》や、草《くさ》の葉《は》や、
赤《あか》いかはいい花《はな》にまで、
黒《くろ》いおねまき着《き》せるけど、
私《わたし》にだけは、できないの。
私《わたし》のおねまき白《しろ》いのよ、
そして母《かあ》さんが着《き》せるのよ。
211 風
空の山羊《やぎ》追ひ
眼にみえぬ。
山羊は追はれて
ゆふぐれの、
曠野《ひろの》のはてを
群れてゆく。
空の山羊追ひ
眼にみえぬ。
山羊が夕日に
染まるころ、
とほくで笛を
ならしてる。
〔以上、173〜211、空のかあさま 空のかあさま〕
212 白百合島
私ひとりが知つてゐる、
遠くの遠くのはなれ島。
いつも私は學校の
ボプラのかげで、地圖を描《か》く。
掃《は》かれりや消える島だけど、
描《か》くたびかはる地圖だけど、
いつも湖水《こすゐ》がまんなかに、
いつも御殿がその岸に。
雪より白い、かぐはしい、
御殿のなかにすむひとは、
うすいみどりの裾ながく、
金のかむりのおひめさま。
島は白百合、花ざかり、
空まで白い百合の香に、
船は寄《よ》つても斷崖《きりぎし》の
手にも取られぬ花ばかり。
青いポプラの葉のかげで、
いつも私は地圖を描く。
飽かずに、飽かずに、いくたびも、
「しらゆり島」の地圖をかく。
213 畠の雨
大根《だいこ》ばたけの春の雨、
青い葉つぱの上にきて、
小さなこゑで笑ふ雨。
大根ばたけの晝の雨、
あかい砂地の土にきて、
だまつてさみしくもぐる雨。
214 海の果
雲の湧《わ》くのはあすこいら、
虹の根もともあすこいら。
いつかお舟でゆきたいな、
海の果《はて》までゆきたいな。
あまり遠くて、日が暮れて、
なにも見えなくなつたつて、
あかいなつめをもぐやうに、
きれいな星が手で採《と》れる、
海の果までゆきたいな。
215 電燈《でんき》のかげ
遠足の日の汽車のなか、
誰かはうたつて居りました。
先生《せんせ》は笑つて居りました。
硝子《がらす》のそとの夕空に、
ふつとみたのは、ちろちろと、
花火のやうな、消えさうな、
電燈《でんき》のかげでありました。
みつめてゐれば、その下に、
母さんのお顔がありました。
山からかへりの汽車のなか、
誰かはうたつて居りました。
216 明るい家
さくら草咲く丘のうへ、
それは、明るいお家です。
朝から晩までお部屋には、
はいりきれない、日のひかり。
ピンクの壁にかかつたは、
虹と天使の繪がひとつ。
おもちや屋ほどの、おもちや棚、
おもちやの數も知つてます。
いつごろからか、どうしてか、
私はみんな知つてます。
それは私の家だから、
それは私の家だから。
217 時計の顔
旅あきうどのかうもりが、
みじかい影をつれてゆく、
白いまぶしいひるの路。
ふつとみかへりや誰か知ら、
ぢつとみてます、
白い顔。
お目々つぶつてまた開いて、
よく見りや
時計の顔でした。
おるす番ゆゑ、さみしくて、
ぢつとみつめてゐたけれど、
それきり時計の顔でした。
218 ゆびきり
牧場の果にしづしづと、
赤いお日さま沈みます。
柵《さく》にもたれて影ふたつ、
ひとりは町の子、紅《あか》リボン、
ひとりは貧しい牧場の子。
「あしたはきつと、みつけてね、
七つ葉のあるクローバを。」
「そしたら、ぼくに持つて來て、
そんなきれいな噴水《ふきあげ》を。」
「えええ、きつとよ、ゆびきりよ。」
ふたりは指をくみました。
牧場のはての草がくれ、
あかいお日さま、ひとりごと。
「草にかくれて、このままで、
あすは出ないでおきたいな。」
219 はだし
土がくろくて、濡れてゐて、
はだしの足がきれいだな。
名まへも知らぬねえさんが、
鼻緒はすげてくれたけど。
220 土と草
母さん知らぬ
草の子を、
なん千萬の
草の子を、
土はひとりで
育てます。
草があをあを
茂つたら、
土はかくれて
しまふのに。
221 薔薇の町
みどりの小徑《こみち》、露のみち、
小みちの果は、薔薇の家。
風吹きやゆれる薔薇の家、
ゆれてはかをる薔薇の家。
薔薇の小人はお窓から、
ちひさな、金の翅みせて、
おとなりさんと話してた。
とんとと扉《どあ》をたたいたら、
窓も小人もみな消えて、
風にゆれてる花ばかり。
薔薇いろのあけがたに、
たづねていつた薔薇の町。
その日
わたしは蟻でした。
222 もくせいの灯
お部屋にあかい灯《ひ》がつくと、
硝子《がらす》のそとの、もくせいの、
しげみのなかにも灯がつくの、
ここのとおんなじ灯がつくの。
夜更けてみんながねねしたら、
葉つぱはあの灯をなかにして、
みんなで笑つて話すのよ、
みんなでお唄もうたふのよ。
ちやうど、かうしてわたしらが、
ごはんのあとでするやうに。
窓かけしめよ、やすみましよ、
みんなが起きてゐるうちは、
葉つぱはお話できぬから。
223 夕顔
蝉もなかない
くれがたに、
ひとつ、ひとつ、
ただひとつ、
キリリ、キリリと
ねぢをとく、
みどりのつぼみ
ただひとつ。
おお、神さまはいま
このなかに。
224 襖《ふすま》の繪
ここはねむりの森なのよ、
わるい仙女に呪《のろ》はれて、
みんなねむつた森なのよ。
赤い帽子のきつつきは、
檜《ひのき》にとまつて、目をあいて、
つつつきかけて、ねむつてる。
咲いた櫻の木のそばにや、
羽をひろげて、とびかけて、
二羽のめじろがねむつてる。
花もねむつて散りもせず、
風もねむつてゆれもせぬ、
ここはねむりの森なのよ、
ながいねむりの森なのよ。
225 お日さん、雨さん
ほこりのついた
芝草を
雨さん洗つて
くれました。
洗つてぬれた
芝草を
お日さんほして
くれました。
かうして私が
ねころんで
空をみるのに
よいやうに。
226 雀と芥子
小ちやい雀が
死んだのに、
芥子《けし》は眞紅《まつか》に咲いてゐる。
知らないのです
知らせずに、
こつそりそばを通りましよ。
もしもお花が
きいたなら、
すぐにしぼんでしまふから。
227 雲
お山に誰を
みつけたろ、
雲はお山へ
はいつたよ。
お山にや誰も
ゐなかつた、
雲は山から
出てきたよ。
つまらなさうに
夕ぞらを、
雲はひとりで
飛んでたよ。
228 お坊さま
小さい波が来てかへる、
入江の岸のみちでした。
私のお手々ひいてたは、
知らない旅のお坊さま。
なぜか、このごろおもふこと、
「お父さまではないか知ら。」
けれども遠いむかしです、
とてもかへらぬむかしです。
ざわざわ、蟹《かに》が這《は》つてゐた、
入江の岸のみちでした。
私のおかほみてゐたは、
たんぽぽ色のお月さま。
229 浦の神輿
荒れるよ、波、波、人の波、
お神輿《みこし》小舟は覆《かや》れそぢや。
やつさァやつさ、やつさァやつさ。
みるまに波、波、人の波、
となり町《まち》までさつと退《ひ》く。
やつさァやつさ、やつさァやつさ。
あとには波、波、磯の波、
いつものやうに、すぐそこに。
じやんぶり、じやんぶり、じやんぶりこ。
230 暦と時計
暦があるから
暦を忘れて
暦をながめちや、
四月だといふよ。
暦がなくても
暦を知つてて
りこうな花は
四月にさくよ。
時計があるから
時間をわすれて
時計をながめちや、
四時だといふよ。
時計はなくても
時間を知つてて
りこうな鷄《とり》は
四時には啼くよ。
231 折紙あそび
あかい、四角な、色紙よ、
これで手品《てづま》をつかひましよ。
私の十《とを》のゆびさきで、
まづ生れます、虚無僧《こむそう》が。
みるまに化《な》ります、鯛の尾に、
ほらほら、ぴちぴちはねてます。
鯛もうかべば帆かけ舟、
舟は帆かけてどこへゆく。
その帆おろせば二艘舟、
世界のはてまで二艘づれ。
またもかはれば風ぐるま、
ふつと吹きましよ、まはしましよ。
まだも變はつてお狐さん、
コンコン、こんどはなんに化きよ。
そこで化けます、紙きれに、
もとの四角な色紙に。
なんてふしぎな紙でせう、
なんて上手な手品《てづま》でせう。
232 空屋敷の石
空屋敷《あきやしき》の石が
なくなつたよ。
とりもち搗《つ》くのに
よかつたに、なあ。
石はお馬車に
乘つてつたよ。
空屋敷の草は
さびしさうだ、なあ。
233 金魚
月はいきするたびごとに
あのやはらかな、なつかしい
月のひかりを吐くのです。
花はいきするたびごとに
あのきよらかな、かぐはしい
花のにほひをはくのです。
金魚はいきするたびごとに
あのお噺の継子《まゝこ》のやうに
きれいな賓玉《たま》をはくのです。
234 仔牛《べえこ》
ひい、ふう、みい、よ、踏切《ふみきり》で、
みんなして貨車《くわしや》をかずへてた。
いつ、むう、ななつ、八《やつ》つ目《め》の、
貨車《くわしや》に仔牛《べえこ》が乘《の》つてゐた。
賣《う》られてどこへ行くんだろ、
仔牛《べえこ》ばかしで乘《の》つてゐた。
夕風《ゆふかぜ》冷《つめ》たい踏切《ふみきり》で、
みんなして貨車《くわしや》を見《み》おくつた。
晩《ばん》にやどうして寢《ね》るんだろ、
母《かあ》さん牛《うし》はゐなかつた。
どこへ仔牛《べえこ》は行《い》くんだろ、
ほんとにどこへ行くんだろ。
235 忘れもの
田舍の驛《えき》の待合室《まちあひ》に、
しづかに夜は更けました。
いつのお汽車を待つのやら。
ふるい人形は、ただひとり。
しまひの汽車におどろいた、
蟲もひそひそ鳴くころに、
箒をもつたおぢいさん、
ぢつとみつめてをりました。
ふるい人形のかあさんは、
いく山さきを行くのやら。
とほく、こだまがひびきます。
田舍の驛《えき》は夜ふけて、
しづかに蟲が、ないてます。
236 巡禮
菜種の花の咲いたころ、
濱街道で行きあつた、
巡禮の子はなぜ來ない。
私はわるいことしたの、
あのとき、お金は持つてたの、
あねさま三つも買へるほど。
そのあねさまも買はないで、
思ひ出しては待つてるに、
秋のひよりの街道《かいど》には、
やんまとんぼのかげばかり。
〔以上、212〜236、空のかあさま 土のばあや〕
237 二つの小箱
紅絹《もみ》だの、繻子《しゆす》だの、甲斐絹《かひき》だの、
きれいな小裂《こぎれ》が箱いつぱい。
黒だの、白だの、みどりだの、
なんきん玉が箱一ばい。
それはみいんな私のよ。
いつか、ちひさい兄さんが、
船長さんになつたとき、
二つの小箱たのむのよ。
それはみいんな私のよ。
船は波路をなん千里、
小人の島へ交易《かうえき》に。
そしてかへりにや甲板に、
島の寶《たから》が山のやう。
それはみいんな私のよ。
私は明るい縁側《えんがは》に、
ずらりときれを並べるの。
それからさらさら音立てて、
なんきん玉をかずへるの。
それはみいんな私のよ。
238 夢と現《うつゝ》
夢がほんとでほんとが夢なら、
よからうな。
夢ぢやなんにも決《き》まつてないから、
よからうな。
ひるまの次は、夜だつてことも、
私が王女でないつてことも、
お月さんは手では採《と》れないつてことも、
百合《ゆり》の裡《なか》へははいれないつてことも、
時計の針は右へゆくつてことも、
死んだ人たちやゐないつてことも。
ほんとになんにも決《き》まつてないから、
よからうな。
ときどきほんとを夢にみたなら、
よからうな。
239 老楓
年とつた庭の楓に
十一月のお日さまは
ときが來たよ、といひました。
年とつた庭の楓は
うつうつと晝寢してゐて
色づくことを忘れました。
新建ちのお倉の屋根が高いから
十一月のお日さまは
ちらとのぞいたきりでした。
年とつた庭の楓の
青い葉は青いまんまで
しづかに散つてゆきました。
240 星とたんぽぽ
青いお空の底ふかく、
海の小石のそのやうに、
夜がくるまで沈んでる、
晝のお星は眼にみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。
散つてすがれたたんぽぽの、
瓦のすきに、だァまつて、
春のくるまでかくれてる、
つよいその根は眼にみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。
241 花のたましひ
散つたお花のたましひは、
み佛さまの花ぞのに、
ひとつ殘らずうまれるの。
だつて、お花はやさしくて、
おてんとさまが呼ぶときに、
ぱつとひらいて、ほほゑんで、
蝶々にあまい蜜をやり、
人にや匂ひをみなくれて、
風がおいでとよぶときに、
やはりすなほについてゆき、
なきがらさへも、ままごとの
御飯になつてくれるから。
242 朝と夜
朝はどこからやつてくる。
東の山からちよいとのぞき、
みるまに空を駈けぬけて、
しつかに町へと降りてくる。
木かげ、床下、そんなとこ、
朝日が出るまでのぞきやせぬ。
夜はどこからやつてくる。
床の下から、木かげから、
むくりむくりと起きて來て、
ぬつと大きく軒に立つ。
夕日は沈んでしまつても、
雲の端《はし》へはとどきやせぬ。
243 麥の芽
お百姓《ひやくしよ》、畠に麥まいた。
毎晩、夜霜が降りたけど、
毎朝、朝日が消してつて、
畠はやつぱり黒かつた。
ある夜、夜なかに誰か來た、
杖を三べん振つてゐた。
「こどもよ、こども、出ておいで。」
あけの明星と、お百姓と、
一しよに麥の芽みィつけた。
そこにもここにもみィつけた。
244 虹と飛行機
町の人ははじめて
虹を見た、
飛行機見に出て
虹をみた。
しぐれの空から
飛行機は、
虹の輪のなかへと
急いでる。
わかつた、
わかつた、
飛行機は、
町の人に
この虹
みせようと、
虹から
つかひに
來たんだよ。
245 二つの草
ちひさい種は仲よしで、
いつも約束してました。
「ふたりはきつと一しよだよ、
ひろい世界へ出るときは。」
けれどひとりはのぞいても、
ほかのひとりは影もなく。
あとのひとりが出たときは、
さきのひとりは伸びすぎた。
せいたかのっぽのつばめぐさ、
秋の風ふきやさやさやと、
右に左に、ふりむいて、
もとの友だちさがしてる。
ちひさく咲いた足もとの、
おみこし草を知りもせず。
246 木
小鳥は
小枝のてつぺんに、
子供は
木かげの鞦韆《ぶらんこ》に、
小ちやな葉つぱは
芽のなかに。
あの木は、
あの木は、
うれしかろ。
247 次からつぎへ
月夜に影踏みしてゐると、
「もうおやすみ」と呼びにくる。
(もつとあそぶといいのになあ。)
けれどかへつてねてゐると、
いろんな夢がみられるよ。
そしていい夢みてゐると、
「さあ學校」とおこされる。
(學校がなければいいのになあ。)
けれど學校へ出てみると、
おつれがあるから、おもしろい。
みなで城取りしてゐると、
お鐘が教場へおしこめる。
(お鐘がなければいいのになあ。)
けれどお話きいてると、
それはやっぱりおもしろい。
ほかの子供もさうか知ら、
私のやうに、さうか知ら。
248 月と泥棒
十三人の泥棒が、
北の山から降りて來た。
町を荒らしてやらうとて、
黒い行列つゥくつた。
たつた一人のお月さま、
東の山からあァがつた。
町を飾《かざ》つてやらうとて、
銀のヴェールを投げかけた。
黒い行列ァ銀になる、
銀の行列ァぞろぞろと、
銀のまちなかゆきぬける。
十三人の泥棒は、
お山のみちも忘れたし、
泥棒《どろぼ》のみちも忘れたし、
南のはてで、氣がつけば、
山はしらじら、どこやらで、
コケッコの、バカッコと鷄《とり》がなく。
249 淡雪
雪がふる、
雪がふる。
落ちては消えて
どろどろな、
ぬかるみになりに
雪がふる。
兄から、姉から、
おととにいもと、
あとから、あとから
雪がふる。
おもしろさうに
舞ひながら、
ぬかるみになりに
雪がふる。
250 學校へゆくみち
學校へゆくみち、ながいから、
いつもお話、かんがへる。
みちで誰かに逢はなけりや、
學校へつくまでかんがへる。
だけど誰かと出逢つたら、
朝の挨拶《あいさつ》せにやならぬ。
すると私はおもひ出す、
お天氣のこと、霜のこと、
田圃《たんぼ》がさびしくなつたこと。
だから、私はゆくみちで、
ほかの誰にも逢はないで、
そのおはなしのすまぬうち、
御門をくぐる方がいい。
251 茶棚
茶棚の上には
ブリキ鑵《くわん》、
お伽ばなしの
銀の壷。
時計が三つ
打つたなら、
なかから出るもの
ビスケット。
茶棚のなかには
お菓子鉢、
きのふはカステラ
あつたけど、
お菓子が湧《わ》かない
ものならば、
いまではきつと
からつぽだ。
252 鳥の巣
小鳥、小鳥、
なんで巣をつくる。
藁《わら》で、藁で、つくる。
小鳥、小鳥、
そりや、お前にや似合はんぞ。
そんならなんでつくる。
お羽のいろの青いとと、
お瞳《めゝ》のいろの黒いとと、
お嘴《くち》のいろの赤いとと、
三つ、三いろの絹糸で、
編んで、編んで、つくれ。
253 露《つゆ》
誰《だれ》にもいはずにおきませう。
朝《あさ》のお庭《には》のすみつこで、
花《はな》がほろりと泣《な》いたこと。
もしも噂《うはさ》がひろがつて
蜂《はち》のお耳《みゝ》へはいつたら、
わるいことでもしたやうに、
蜜《みつ》をかへしに行《ゆ》くでせう。
254 柱卷き
柱卷きしいしいかへらうよ。
學校の御門をくゥるくる、
木がありやその木をくゥるくる、
としやくのまはりをくゥるくる、
皆《みんな》手をつないでくゥるくる。
この路や、なんにもないみちだ、
一年生の子がゐるよ、
あの子のまはりをくゥるくる。
「柱《はァしら》卷《ま》きやどうかいな。」
「柱《はァしら》卷《ま》きやどうかいな。」
255 水と風と子供
天と地を
くゥるくゥる
まはるは誰ぢや。
それは水。
世界中を
くゥるくゥる
まはるは誰ぢや。
それは風。
柿の木を
くゥるくゥる
まはるは誰ぢや。
それはその實の欲しい子ぢや。
256 雲のこども
風の子供のゐるとこに、
波の子供はあそびます。
波の大人のゐるとこにや、
風も大人がゐるのです。
だのに、お空を旅してる、
雲のこどもはかはいさう。
大人の風につれられて、
いきをきらしてついてゆく。
257 空つぽ
あかい手箱にいつぱいの、
きれいなきれを着《き》せてみる、
私の人形は、空つぽよ。
からつぼだから、いつまでも、
顔もよごれず、手ももげず、
世界で一ぽんきれいなの。
からつぼだからその上に、
はなしも出來りやききもして、
世界で一ばんりこうなの。
紅《あか》い鹿《か》の子や、友禅《いうぜん》や、
飽かずに、飽かずに、着せかへる、
私の人形は、からつぽよ。
258 蓄音器
大人はきつとおもつてゐるよ、
子供はものをかんがへないと。
だから、私が私の舟で、
やつとみつけたちひさな島の、
お城の門をくぐつたとこで、
大人はいきなり蓄音器をかける。
私はそれを、きかないやうに、
話のあとをつづけるけれど、
唄はこつそりはいつて來ては、
島もお城もぬすんでしまふ。
259 山茶花
居ない居ない
ばあ!
誰あやす。
風ふくおせどの
山茶花《さゞんくわ》は。
居ない居ない
ばあ!
いつまでも、
泣き出しさうな
空あやす。
260 あるとき
お家《うち》のみえる角へ來て、
おもひ出したの、あのことを。
私はもつと、ながいこと、
すねてゐなけりやいけないの。
だつて、かあさんはいつたのよ、
「晩までさうしておいで」つて。
だのに、みんなが呼びにきて、
わすれて飛んで出ちやつたの。
なんだかきまりが悪いけど、
でもいいわ、
ほんとはきげんのいいはうが、
きつと、母さんは好《す》きだから。
261 お花だつたら
もしも私がお花なら、
とてもいい子になれるだろ。
ものが言へなきや、あるけなきや、
なんでおいたをするものか。
だけど、誰かがやつて來て、
いやな花だといつたなら、
すぐに怒つてしぼむだろ。
もしもお花になつたつて、
やつぱしいい子にやなれまいな、
お花のやうにはなれまいな。
262 舟乘と星
舟乘は星をみた、
星はいつてた、
「おいでよ、おいで。」
波はずゐぶん高かつた。
舟乘の眼はかがやいた。
風もおそれず、波もみず、
星へへさきを向けてゐた。
舟乘は岸へついてた、
知らぬまに。
「星か、星か、」とおもつてた。
星はやつぱり遠かつた。
舟乘をにがしたと、
波はなほさら怒つてた。
263 失くなつたもの
夏の渚でなくなつた、
おもちやの舟は、あの舟は、
おもちやの島へかへつたの。
月のひかりのふるなかを、
なんきん玉の渚まで。
いつか、ゆびきりしたけれど、
あれきり逢はぬ豊ちやんは、
そらのおくにへかへつたの。
蓮華のはなのふるなかを、
天童たちにまもられて。
そして、ゆふべの、トランプの、
おひげのこはい王さまは、
トランプのお國へかへつたの。
ちらちら雪のふるなかを、
おくにの兵士にまもられて。
失《な》くなつたものはみんなみんな、
もとのお家へかへるのよ。
264 夜散る花
朝のひかりに
散る花は、
雀もとびくら
してくれよ。
日ぐれの風に
散る花は、
鐘がうたつて
くれるだろ。
夜散る花は
誰とあそぶ、
夜散る花は
誰とあそぶ。
265 北風の唄
中ぞらの凩のおと、
ふと止んだとき
おもふこと――
中ぞらで風がいふ。
きけ、きけ、唄を
私の唄を、
氷の原に
すむ鳥の唄、
雲のひろ野を
ゆく橇《そり》の鈴、
みんな私は
もつて來た――
誰も答へず、ききもせず。
中空で風はふと、
さびしくなつた――
266 月のひかり
一
月のひかりはお屋根から、
明るい街《まち》をのぞきます。
なにも知らない人たちは、
ひるまのやうに、たのしげに、
明るい街《まち》をあるきます。
月のひかりはそれを見て、
そつとためいきついてから、
誰も貰はぬ、たくさんの、
影を瓦にすててます。
それも知らない人たちは、
あかりの川のまちすぢを、
魚《さかな》のやうに、とほります。
ひと足ごとに、濃《こ》く、うすく、
伸びてはちぢむ、氣まぐれな、
電燈《でんき》のかげを曳きながら。
二
月のひかりはみつけます、
暗いさみしい裏町を。
いそいでさつと飛び込んで、
そこのまづしいみなし兒が、
おどろいて眼をあげたとき、
その眼のなかへもはいります。
ちつとも痛くないやうに、
そして、そこらの破《あば》ら屋が、
銀の、御殿にみえるよに。
子供はやがてねむつても、
月のひかりは夜あけまで、
しづかにそこに佇《た》つてます。
こはれ荷ぐるま、やぶれ傘《かさ》、
一本はえた草にまで、
かはらぬ影をやりながら。
〔以上、237〜266、空のかあさま 花のたましひ〕
267 雨の日
色紙を野原いつぱい
撒《ま》きませう。
枯野を春に
變《か》へませう。
色紙をちよきんちよきんと
剪《き》りました。
あした日和《ひより》に
なつたら、と。
色紙を日ぐれに誰か
棄《す》てました。
わすれて銀杏《ぎんなん》
してるまに。
268 元日
みんなで双六《すごろく》しませうと、
みんなの御用のすむときを、
待つてゐるまはさみしいな。
遠い遠い原つぱで
男の子たちの聲がする。
大戸|卸《おろ》して屏風《びやうぶ》をたてて、
暗い暗いうちのなか、
お山のやうにさみしいな。
凍《い》てた表にからころと
さむい足駄の音がする。
昨日《きのふ》は夜を待ちくたびれて、
今朝も跳ね跳ねお着物《べゞ》を着たが、
お正月とはさみしいものよ。
姉さん學校へいつちやつて
母さん御用がまだすまぬ。
269 わらひ
それはきれいな蓄薇いろで、
芥子つぶよりかちひさくて、
こぼれて土に落ちたとき、
ぱつと花火がはじけるやうに、
おはきな花がひらくのよ。
もしも泪《なみだ》がこぼれるやうに、
こんな笑ひがこぼれたら、
どんなに、どんなに、きれいでせう。
270 春のお機
トン、トン、トンカラリンと
佐保姫さまは
むかしお機を織りました。
麥をみどりに、
菜種を黄《きい》に、
げんげを紅《あか》く、
かすみを白く、
五つ色いと
四《よ》つまでつかひ、
殘つたものは
青いとばかり。
トン、トン、トンカラリンと
佐保ひめさまは
それでお空を織りました。
271 夢から夢を
一寸法師はどこにゐる。
一寸法師は身がかるい、
夢から夢を飛んで渡る。
そして晝間はどこにゐる。
晝も夢みる子供等の、
夢から夢を飛んで渡る。
夢のないときや、どこにゐる。
夢のないときや、わからない、
夢のないときや、ないゆゑに。
272 あらしの夜
吠える風
たける波。
その岸で
燈台守のひとりごと。
このなかに
この底に、
いまも眞珠はあるか知ら。
風の渦《うづ》
雲の渦。
その上で
青いお星のひとりごと。
このなかに
この底に、
よべのつぼみは咲くか知ら。
273 金魚のお墓
暗い、さみしい、土のなか、
金魚はなにをみつめてる。
夏のお池の藻の花と、
揺《ゆ》れる光のまぼろしを。
靜かな、静かな、土のなか、
金魚はなにをきいてゐる。
そつと落葉の上をゆく、
夜のしぐれのあしおとを。
冷たい、冷たい、土のなか、
金魚はなにをおもつてる。
金魚屋の荷のなかにゐた、
むかしの、むかしの、友だちを。
274 灰
花咲爺さん、灰おくれ、
笊《ざる》にのこつた灰おくれ、
私はいいことするんだよ。
さくら、もくれん、梨、すもも、
そんなものへは撒きやしない、
どうせ春には咲くんだよ。
一度もあかい花咲かぬ、
つまらなさうな、森の木に、
灰のありたけ撒くんだよ。
もしもみごとに咲いたなら、
どんなにその木はうれしかろ、
どんなに私もうれしかろ。
275 犬
うちのだりあの咲いた日に
酒屋のクロは死にました。
おもてであそぶわたしらを、
いつでも、おこるをばさんが、
おろおろ泣いて居りました。
その日、學校《がくこ》でそのことを
おもしろさうに、話してて、
ふつとさみしくなりました。
276 草の名
人の知つてる草の名は、
私はちつとも知らないの。
人の知らない草の名を、
私はいくつも知つてるの。
それは私がつけたのよ、
好きな草には好きな名を。
人の知つてる草の名も、
どうせ誰かがつけたのよ。
ほんとの名まへを知つてるは、
空のお日さまばかりなの。
だから私はよんでるの、
私ばかりでよんでるの。
277 獨樂《こま》の實《み》
赤《あか》くて小《ち》さい獨樂《こま》の實《み》よ
あまくて澁《しぶ》いこまの實《み》よ。
お掌《てゝ》の上《うへ》でこまの實《み》を
ひとつ廻《まは》しちやひとつ食《た》べ
みんななくなりやまた探《さが》す。
ひとりだけれど、草山《くさやま》に
赤《あか》いその實《み》はかず知《し》れず
茨《いばら》のかげにのぞいてて、
ひとりだけれど、草山《くさやま》で
獨樂《こま》を廻《まは》せば日《ひ》も闌《た》ける。
278 しけだま
夕燒のなかに、
しけだまが赤いよ。
しけだまの下では、
仔牛《べえこ》があそぶよ。
もういつからか、
あがつたきりだよ。
誰もうはさも、
しなくなつたよ。
夕燒のそらに、
しけだまは赤いよ。
いつか來る、
いつか來る時化《しけ》を知らすよ。
279 げんげの葉《は》の唄《うた》
花《はな》は摘《つ》まれて
どこへゆく
ここには青《あを》い空《そら》があり
うたふ雲雀《ひばり》があるけれど
あのたのしげな旅《たび》びとの
風《かぜ》のゆくてが
おもはれる
花《はな》のつけ根《ね》をさぐつてる
あの愛《あい》らしい手《て》のなかに
私《わたし》を摘《つ》む手《て》は
ないか知《し》ら
280 羽蒲團
あつたかさうな羽蒲團《はねぶとん》、
誰にやろ、
表でねむる犬にやろ。
「私よりか」と犬がいふ。
「うらのお山の一つ松、
ひとりで風を受けてます。」
「私よりか」と松がいふ。
「野原でねむる枯れ草は、
霜のおべべを着てゐます。」
「私よりか」と草がいふ。
「お池にねむる鴨の子は、
氷の蒲團しいてます。」
「私よりか」と鴨がいふ。
「雪のお藏のお星さま、
よつぴてふるへてゐられます。」
あつたかさうな、羽蒲團、
誰にやろ、
やつぱし私が着てねよよ。
281 星のかず
十《とを》しきやない
指で、
お星の
かずを、
かずへて
ゐるよ。
きのふも
けふも。
十しきやない
指で、
お星の
かずを、
かずへて
ゆかう。
いついつ
までも。
282 夜の雪
ぼたん雪、こ雪、
雪ふる街《まち》を、
盲人《めくら》がひとり、
子供がひとり。
明るい窓で
ピアノはうたふ。
盲人《めくら》はきくよ、
杖をとめて。
牡丹雪はかかる、
その手のうへに。
子供はみるよ
明るい窓を。
牡丹雪はかざる、
おかつぱの髪を。
ピアノはうたふ
こころをこめて、
ふたりのために、
春の日の唄を。
牡丹雪、こ雪、
ひらひら舞ふよ、
二人のうへに
あたたかく、うつくしく。
283 たもと
袂《たもと》のゆかたは
うれしいな
よそ行《ゆ》き見《み》たいな氣《き》がするよ。
夕顔《ゆふがほ》の
花《はな》の明《あか》るい背戸《せど》へ出《で》て
そつと踊《をど》りの眞似《まね》をする。
とん、と、叩《たゝ》いて、手《て》を入《い》れて
誰《たれ》か來《き》たか、と、ちよいと見《み》る。
藍《あゐ》の匂《にほひ》の新《あたら》しい
ゆかたの袂《たもと》は
うれしいな。
284 さびしいとき
私がさびしいときに、
よその人は知らないの。
私がさびしいときに、
お友だちは笑ふの。
私がさびしいときに、
お母さんはやさしいの。
私がさびしいときに、
佛さまはさびしいの。
285 杉《すぎ》の木《き》
「母《かあ》さま私《わたし》は何《なに》になる。」
「いまに大《おほ》きくなるんです。」
杉《すぎ》のこどもは想《おも》ひます
(大《おほ》きくなつたらさうしたら
峠《たうげ》のみちの百合《ゆり》のよな
大《おほ》きな花《はな》も咲《さ》かせよし
ふもとの藪《やぶ》のうぐひすの
やさしい唄《うた》もおぼえよし……。)
「母《かあ》さま、大《おほ》きくなりました
そして私《わたし》は何《なん》になる。」
杉《すぎ》の親木《おやき》はもうゐない
山《やま》が答《こた》へていひました
「母《かあ》さんみたいな杉《すぎ》の木《き》に。」
286 金のお好きな王さま
金《きん》のお好きな王さまの
御殿は金になりました。
王樣のお手が觸《さは》るとき、
薔薇ものこらず金でした。
王樣のお手が抱くときに、
おひめさまさへ、金でした。
王樣のお手のとどくとこ、
世界はみんな金でした。
けれども、けれども、
そのときに、
空はやつぱり青でした。
287 椅子《いす》の上
岩の上、
まはりは海よ、
潮はみちる。
おおい、おおい、
沖の帆かげ。
呼んでも、なほ、
とほく、とほく。
日はくれる、
空はたかい、
潮はみちる……。
(もういいよ、ごはんだよ。)
あ、かあさんだ。
椅子《いす》の岩から
ゐせいよく、
お部屋の海に
とびおりる。
288 報恩講
「お番」の晩は雪のころ、
雪はなくても暗のころ。
くらい夜みちをお寺へつけば、
とても大きな蝋燭《らふそく》と、
とても大きなお火鉢で、
明るい、明るい、あたたかい。
大人はしつとりお話で、
子供は騷いぢや叱られる。
だけど、明るくにぎやかで、
友だちやみんなよつてゐて、
なにかしないぢやゐられない。
更けてお家へかへつても、
なにかうれしい、ねられない。
「お番」の晩は夜なかでも、
からころ足駄の音がする。
289 蓮と鷄
泥のなかから
蓮が咲く。
それをするのは
蓮ぢやない。
卵のなかから
鷄《とり》が出る。
それをするのは
鷄ぢやない。
それに私は
氣がついた。
それも私の
せいぢやない。
290 巡禮と花
お通りよ、
お通りよ。
巡禮の子はゆきません。
花屋の店です、
春の日の。
お通りよ、
お通りよ。
巡禮の子は名も知らぬ、
西洋花をみてゐます。
唄もうたはず、
息つめて。
291 夕ぐれ
「夕燒小燒」
うたひやめ、
ふつとだまつた私たち。
誰もかへろといはないが。
お家の灯がおもはれる、
おかずの匂ひもおもはれる。
「かへろがなくからかァへろ。」
たれかひとこと言つたなら
みんなばらばらかへるのよ、
けれどももつと大聲で
さわいでみたい氣もするし、
草山、小山、日のくれは、
なぜかさみしい風がふく。
292 ざくろ
下から子供が
「ざくろさん、
熟《う》れたら私に
くださいな。」
上からからすが
「あほかいな。
おさきへ私が
いただこよ。」
あかいざくろは
だんまりで、
下へ、下へと、
たれさがる。
293 さざえのお家
海の夜あけだ、砂のみち、
トントン、「ちちやでございます、
海豚《いるか》のお乳をおきましよか。」
海のまひるだ、海松並木《みるなみき》、
「号外、号外」、チンチリチン、
「鯨《くじら》が鰤網《ぶりあみ》にかけられた。」
海の夜ふけだ、岩のかげ、
トントン、「急ぎぢや、はよ開けた、
電報、電報、」ひつそりこ。
お風邪か、お留守か、お寢坊か、
さざえのお家は戸があかぬ。
明けても、暮れても、ひつそりこ。
294 寒のあめ
しぼしぼ雨に
日《ひ》ぐれの雨に、
まだ灯のつかぬ、
街燈がぬれて。
きのふの凧は
きのふのままに、
梢にたかく、
やぶれてぬれて。
重たい傘を
お肩にかけて、
おくすり提げて、
私はかへる。
しぼしぼ雨に
日ぐれの雨に、
蜜柑の皮は、
ふまれて、ぬれて。
295 轍と子供
轍《わだち》は轢《ひ》くよ、
すみれの花を、
石を轢くやうに。
田舍のみちで。
子供はひろふ、
ちひさな石を、
花を摘《つ》むやうに。
都のまちで。
296 日永
山から
山を
雲のかげは。
枝から
枝へ
春の鳥は。
空から
空を
その子の瞳《めゝ》は。
空より
そとを
日なかの夢は。
〔以上、267〜296、空のかあさま 獨樂の實〕
297 象
おほきな象にのりたいな、
印度のくにへゆきたいな。
それがあんまり遠いなら、
せめてちひさくなりたいな。
おもちやの象に乘りたいな。
菜の花ばたけ、麥ばたけ、
どんなに深い森だらう。
そこで狩り出すけだものは、
象より大きなむぐらもち。
暮れりや雲雀《ひばり》に宿借りて、
七日七夜を森のなか。
えものの山を曳きながら、
深い森から出たときに、
げんげ並木の中みちは、
そこから仰ぐ大空は、
どんなにどんなにきれいだろ。
298 四つ辻
誰か
知らないお客さま、
おうちのみちをきかないか。
すねてお家をぬけたゆゑ、
秋の夕ぐれ、四つ辻に。
はらりはらりと散る柳、
ちろりちろりとつく灯《ともし》。
たれか
知らない旅のひと、
お家のみちをきかないか。
299 光の籠
私はいまね、小鳥なの。
夏の木のかげ、光の籠《かご》に、
みえない誰かに飼《か》はれてて、
知つてゐるだけ唄うたふ、
私はかはいい小鳥なの。
光の籠はやぶれるの、
ぱつと翅《はね》さへひろげたら。
だけど私は、おとなしく、
籠に飼はれて唄つてる、
心やさしい小鳥なの。
300 草原の夜
ひるまは牛がそこにゐて、
青草たべてゐたところ。
夜《よる》ふけて、
月のひかりがあるいてる。
月のひかりのさはるとき、
草はすつすとまた伸びる。
あしたも御馳走してやろと。
ひるま子供がそこにゐて、
お花をつんでゐたところ。
夜ふけて、
天使がひとりあるいてる。
天使の足のふむところ、
かはりの花がまたひらく、
あしたも子供に見せようと。
301 山の枇杷《びは》
山の枇杷《びは》、
知らない人が枝にゐて、
峠をのぼるわたしらに
枝ごと投げてくれました。
黄いろく熟《う》れた
枇杷の實を――
山の枇杷、
いまは葉ばかり、誰もゐず、
峠のみちのあき風に
吹かれて私はくだります。
ひとつの影の
ながいこと――
302 石と種
石ころは
街道《かいど》の土にうもれてた。
菜の種は
畠の土にうもれてた。
街道《かいど》に
畠に
雨がふり、
街道に
畠に
日が照つた。
畠の土から、芽が出たら、
お百姓《ひやくしよ》さんがよろこんだ。
街道《かいど》に石がのぞいたら、
乞食《こじき》の子供がつまづいた。
303 おひる休み
「城取りするもな みな來いよ。」
「ため鬼するもな みな來いよ。」
あの組や、いれてはくれまいし、
あの組や、あの子が大將だし。
知らぬかほして、片かげで、
地面《ぢべた》に汽車を描《か》いてゐる。
あの組や、わかれてはじめたな、
あそこは、鬼きめしてゐるな。
なにか、びくびくしてゐたが、
みんなはじめてしまつたら、
騷ぎのなかに、裏山の
蝉のなくのがきこえるよ。
304 さくらの木
もしも、母さんが叱らなきや、
咲いたさくらのあの枝へ、
ちよいとのぼつてみたいのよ。
一番目の枝までのぼつたら、
町がかすみのなかにみえ、
お伽のくにのやうでせう。
三番目の枝に腰かけて、
お花のなかにつつまれりや、
私がお花の姫さまで、
ふしぎな灰でもふりまいて、
咲かせたやうな、氣がしませう。
もしも誰かがみつけなきや、
ちょいとのぼつてみたいのよ。
305 さよなら
母さま、母さま、待つててね、
とても私はいそがしい。
うまやの馬に、鷄小屋《とりごや》の、
鷄《とり》と小ちやなひよつこに、
みんなさよならしてくるの。
きのふの木樵《きこり》に逢へるなら、
ちよいと山へもゆきたいな。
母さま、母さま、待つててね、
まだ忘れてたことがある。
町へかへればみられない、
みちのつゆくさ、蓼《たで》のはな、
あの花、この花、顔をみて、
ようくおぼえておきませう。
母さま、母さま、待つててね。
306 學校
舟でくる子もありました、
峠を越《こ》す子もありました。
うしろは山で蝉の聲、
まへはつつみで葦の風。
田圃《たんぼ》を越えて海がみえ、
眞帆も片帆もゆきました。
赤い瓦に、雪が消え、
青いお空に桃が咲き、
新入生のくるころは、
鳰《にほ》も、かへろも啼《な》きました。
黒いつつみを背《せな》におひ、
あかい苺《いちご》ももぎました。
赤い瓦の學校よ、
水にうつつた、あの屋根よ、
水にうつつた、影のよに、
いまはこころにあるばかり。
307 となりの杏
花はのこらず見えました、
雨も、月夜も、ありました。
散ればちらちら垣越えて
風呂のなかにも浮きました。
葉かげに小《ち》さい實のころは
みんな忘れて居りました。
熟《う》れてまつかになるころは
いつかくるかと待ちました。
そして私のもらうたは
あんず二つでありました。
308 振子《ふりこ》
時計《とけい》の窓《まど》をのぞいてる
止《とま》つたふり子《こ》はさびしさう。
窓《まど》のそとには、街《まち》がみえ
子供《こども》が縄《なわ》とびしてゐるに、
だれかみつけてくれないか
鞦韆《ぶらんこ》押《お》してくれないか。
窓《まど》の硝子《がらす》をのぞいてる
錆《さ》びたふり子《こ》は、さびしさう。
309 みえないお城
野がり山がり日がくれて、
みえない家來を供につれ、
みえないお城へかへります。
野ではみえない羊飼《ひつじかひ》、
とほくでみえない笛吹いて、
みえない羊を呼んでます。
森のむかうにや黄金色《きんいろ》の、
みえないお城の窓あかり、
ちろりちろりと光ります。
私はちひさい王子さま、
みえないお馬にのつてゆきや、
みえないお鈴がひびきます。
310 いろはかるた
ふときく聲は、
子供の聲は、
「はなより團子《だんご》、はの字だよ。」
小雨、ぬか雨、ふるなかを、
兄さんむかへにゆくみちよ。
みかへりや、雨戸がしまつてて、
それでも灯《あかり》はこぼれてた。
「いいかい、おつぎは……。」
あるき出す、
向うのむかうが
暗いこと。
311 花と鳥
花と鳥、
あそんでた、
繪本のなかで。
花と鳥、
ならんでた、
おとむらひのまへに。
たあれと
あそぶ。
花屋の花は。
たあれと
あそぶ。
鳥屋の鳥は。
312 山ざくら
さくら、さくら、山ざくら、
私は髪に挿《さ》しました。
山ひめさまになりました。
さくら、さくら、山ざくら、
その木の下に立ちました。
山ひめさまは立ちました。
さくら、さくら、山ざくら、
舞つておみせ、といひました。
山ひめさまがいひました。
さくら、さくら、山ざくら、
ひらりしやらりと舞ひました。
山ひめさまにみせました。
さくら、さくら、山ざくら、
髪から、みんな散りました。
駈け駈けかへる山みちで。
313 雀の墓
雀の墓をたてようと、
「スズメノハカ」と書いたれば、
風が吹いたと笑はれて、
だまつて袂へいれました。
雨があがつて、出てみたら、
どこへ雀を埋《う》めたやら、
しろいはこべの花ばかり。
「スズメノハカ」は、建《た》てもせず、
「スズメノハカ」は、棄《す》てもせず。
314 赤土山
赤土山の赤土は、
賣られて町へゆきました。
赤土山の赤松は、
足のしたから崩《くづ》れてて、
かたむきながら、泣きながら、
お馬車のあとを見送つた。
ぎらぎら青い空のした、
しづかに白いみちの上。
町へ賣られた赤土の、
お馬車は遠くなりました。
315 仙人
花をたべてた仙人は、
天へのぼつてゆきました。
そこでお噺すみました。
私は花をたべました。
緋桃の花は苦《にが》かつた。
そこでげんげをたべました。
お花ばかりをたべてたら、
いつかお空へゆけませう。
そこでも一つたべました。
けれどそろそろ日がくれて、
お家の灯《あか》りがついたから、
そこで御飯をたべました。
316 ピンポン
二階《にかい》の窓《まど》のすり硝子《がらす》
ピンポンしてる
かげ法師《ばふし》
港《みなと》のまちの春《はる》のよひ
月《つき》はおかさをさしてゐた。
ほんのりとしやぼんの香《にほひ》
母《かあ》さまとお湯《ゆ》のかへりで
からころと
とほりすぎてもお窓《まど》から
ピンポンしてる
音《おと》がする。
317 仲なほり
げんげのあぜみち、春がすみ、
むかうにあの子が立つてゐた。
あの子はげんげを持つてゐた、
私も、げんげを摘《つ》んでゐた。
あの子が笑ふ、と、氣がつけば、
私も知らずに笑つてた。
げんげのあぜみち、春がすみ、
ピイチク雲雀《ひばり》が啼いてゐた。
318 海の花園
――澤江の海にて――
入江の底の花園は、
舟のうへから見られます。
とぶは光の白い蝶、
ゆれるはみどりのとけい草。
ぼたんに似てる、むらさきの、
くらげの花はかず知れず、
こんなきれいな花ぞのは、
陸《をか》のうへにはありません。
だけどもそれは、つまらない、
濱の濱茶《はまちや》の花なのよ。
はるかの沖のその底の、
丘や、谷間や、川べりや、
それから、海の王さまの、
御城の庭にさく花は、
陸《をか》の花しきや知らぬ子にや、
おもふことさへできません。
319 ぶらんこ
電信柱の鐡《かね》の枝、
電信工夫ののぼる枝。
私はぶらんこかけました。
だつて、ここらにや木はないし、
家《うち》はせまくて叱られる。
そこで私はかけました。
一つゆすればぶつかつた、
電信柱にぶつかつた。
そこでぶらんこときました。
縄を大事に手に巻いて、
私は駈けてゆきました。
縄とび出來る、裏まちへ。
320 にぎやかなお葬ひ
明るい、明るい、春の日です。
とても見事なおとむらひです。
なん百といふ花輪の花は、
明るい明るい空の下で、
みんなみんな嬉《うれ》しさうです。
朱《しゆ》ぬりの車にのせられてゐる、
鳩たちの黒い翅も、
みんなみんな光つてゐます。
あ、小さな男の子がひとり、
花輪のなかをくぐりぬけます、
私もぬけてみたくなります。
ちやうどあの、祭の晩に、
神輿《みこし》の下をくぐるやうに。
たかいたかい旗のそばに、
うすいうすい雲が浮いて、
ほんとにのどかな春の日です。
321 つばめ
つういと燕がとんだので、
つられてみたよ、夕空を。
そしてお空にみつけたよ、
くちべにほどの、夕やけを。
そしてそれから思つたよ、
町へつばめが來たことを。
322 お佛壇《ぶつだん》
お背戸《せど》でもいだ橙も、
町のみやげの花菓子も、
佛さまのをあげなけりや、
私たちにはとれないの。
だけど、やさしい佛さま、
ぢきにみんなに下さるの。
だから私はていねいに、
兩手かさねていただくの。
家《うち》にやお庭はないけれど、
お佛壇にはいつだって、
きれいな花が咲いてるの。
それでうち中あかるいの。
そしてやさしい佛さま、
それも私にくださるの。
だけどこぼれた花びらを、
蹈《ふ》んだりしてはいけないの。
朝と晩とにおばあさま、
いつもお燈明《あかり》あげるのよ。
なかはすつかり黄金《きん》だから、
御殿のやうに、かがやくの。
朝と晩とに忘れずに、
私もお禮をあげるのよ。
そしてそのとき思ふのよ、
いちんち忘れてゐたことを。
忘れてゐても、佛さま、
いつもみてゐてくださるの。
だから、私はさういふの、
「ありがと、ありがと、佛さま。」
黄金《きん》の御殿のやうだけど、
これは、ちひさな御門なの。
いつも私がいい子なら、
いつか通つてゆけるのよ。
323 このみち
このみちのさきには、
大きな森があらうよ。
ひとりぼつちの榎《えのき》よ、
このみちをゆかうよ。
このみちのさきには、
大きな海があらうよ。
蓮池《はすいけ》のかへろよ、
このみちをゆかうよ。
このみちのさきには、
大きな都があらうよ。
さびしさうな案山子《かかし》よ、
このみちを行かうよ。
このみちのさきには、
なにかなにかあらうよ。
みんなでみんなで行かうよ、
このみちをゆかうよ。
324 竹とんぼ
キリリ、キリリ、竹とんぼ、
あがれ、あがれ、竹とんぼ。
二階の屋根よりまだ高く、
一本杉よりまだ高く、
かつらぎ山よりまだ高く。
私のけづつた竹とんぼ、
私のかはりに飛びあがれ。
キリリ、キリリ、竹とんぼ、
あがれ、あがれ、竹とんぼ。
お山の煙《けむ》よりまだ高く、
ひばりの唄よりまだ高く、
かすんだお空をつき拔けろ。
けれどもきつと忘れずに、
ここの小みちへ下りてこい。
325 誰がほんとを
誰がほんとをいふでせう、
私のことを、わたしに。
よその小母さんはほめたけど、
なんだかすこうし笑つてた。
誰がほんとをいふでせう、
花にきいたら首ふつた。
それもそのはず、花たちは、
みんな、あんなにきれいだもの。
誰がほんとをいふでせう、
小鳥にきいたら逃げちやつた。
きつといけないことなのよ、
だから、言はずに飛んだのよ。
誰がほんとをいふでせう、
かあさんにきくのは、をかしいし、
(私は、かはいい、いい子なの、
それとも、をかしなおかほなの。)
誰がほんとをいふでせう、
わたしのことをわたしに。
326 積つた雪
上の雪
さむかろな。
つめたい月がさしてゐて。
下の雪
重かろな。
何百人ものせてゐて。
中の雪
さみしかろな。
空も地面《ぢべた》もみえないで。
〔以上、297〜326、空のかあさま いろはかるた〕
327 空いろの花
青いお空の色してる、
小さい花よ、よくお聽《き》き。
むかし、ここらに黒い瞳《め》の、
かはいい女の子があつて、
さつき私のしてたよに、
いつもお空をみてゐたの。
一|日《にち》青ぞら映《うつ》るので、
お瞳《めゝ》はいつか、空いろの、
小さな花になつちやつて、
いまもお空をみてゐるの。
花よ、わたしのお噺が、
もしもちがつてゐないなら、
おまへはえらい博士《はかせ》より、
ほんとの空を知つてゐよ。
いつも私が空をみて、
たくさん、たくさん、考へて、
ひとつもほんとは知らぬこと、
みんなみてゐよ、知つてゐよ。
えらいお花はだァまつて、
ぢつとお空をみつめてる。
空に染《そ》まつた青い瞳《め》で、
いまも、飽きずにみつめてる。
328 もういいの
――もういいの。
――まあだだよ。
枇杷の木の下と、
牡丹のかげで、
かくれん坊の子供。
――もういいの。
――まあだだよ。
枇杷の木の枝と、
青い實のなかで、
小鳥と、枇杷と。
――もういいの。
――まあだだよ。
お空のそとと、
黒い土のなかで、
夏と、春と。
329 げんげ
雲雀《ひばり》聽き聽き摘《つ》んでたら、
にぎり切れなくなりました。
持つてかへればしをれます、
しをれりや、誰かが捨てませう。
きのふのやうに、芥箱《ごみばこ》へ。
私はかへるみちみちで、
花のないとこみつけては、
はらり、はらりと、撒《ま》きました。
――春のつかひのするやうに。
330 ふうせん
ふうせん持《も》つた子が
そばにゐて、
私《わたし》が持《も》つてるやうでした。
ぴい、とどこぞで
笛《ふえ》がなる、
まつりのあとの裏《うら》どほり、
あかいふうせん、
晝《ひる》の月《つき》、
春《はる》のお空《そら》にありました。
ふうせん持《も》つた子《こ》が
行つちやつて、
すこしさみしくなりました。
331 ちんがらこ
ちんが、ちんが、ちんがらこ。
切れた草履《ざうり》を手に提《さ》げて、
麥の中みちちんがらこ。
飛ぶとき遠くの川瀬がみえた、
あつちのあぜの、豆の花みえた。
麥も飛ぶたび飛ぶやうな。
みちの縁《ふち》にはげんげ草、
菜種もこぼれて咲いてゐる。
右に花|摘《つ》み、左に花|摘《つ》み、
切れた片《かた》しが邪魔《じやま》になる。
切れた草履が要るものか、
ぽんとはうつて、ちんがらこ。
ちんが、ちんが、ちんがらこ。
332 紙ふうせん
一つ、ついては、手をたたく、
紙ふうせんののぼる空。
絹の旗雲、羽の雲、
柳のやうな、枝の雲。
「さんさん笹山」その唄の
猿もさんさん、笹山で、
お手々たたいて春の日を、
みなでたのしくあすぼうし、
ひとりあそびもお日和は、
ひとりあそびも春の日は。
333 金米糖の夢
金米糖《こんぺいたう》は
夢みてた。
春の田舍《ゐなか》の
お菓子屋の
硝子《がらす》のびんで
夢みてた。
硝子《がらす》の舟で
海越えて
海のあなたの
大ぞらの
お星になつた
夢みてた。
334 電信柱
耳もとでおしやべり雀の聲がして、
電信柱は眼がさめた。
野菜《やさい》ぐるまの絶えたころ、
工夫がコツコツやつて來た。
おひるすぎから風が出た、
子供がお耳をおつつけた。
絲を切られたふうせんは、
鼻をかすめて飛んでつた。
夕燒小燒で日がくれた、
あたまの近くへ星が出た。
足もとで救世軍《きうせいぐん》がうたふので、
電信柱はねむなつた。
335 いい眼
山のむかうの鳩の眼を、
ねらつて鐵砲《てつぽ》が射《う》てるよな、
いい眼が私にあつたなら、
町のかあさんのそばにゐて、
田舍の、林の、木の枝の、
小鳥の巣かけもみな見える。
沖の、小島の、片かげの、
岩の鮑《あはび》もみなみえる。
空の、夕燒の、雲のうへ、
天使のすがたもよくみえる。
そんないい眼があつたなら、
いつも、母さんのそばにゐて、
いろんなことをみようもの。
336 聲
空のあかるい
日のくれは、
いつも遠くで
聲がする。
かごめかなんか
してるよな。
それとも
波の音のよな。
やつぱり
子供の聲のよな。
なにかひもじい
日のくれは、
いつもとほくで
聲がする。
337 お孃さん
道を教へた旅びとは、
とうにみえなくなつたのに、
私はとぼんとしてゐたよ。
いつも私のかんがへる、
あのおはなしのお國では、
お姫さまともよばれても、
あたしは貧乏な田舍の子。
「お孃さん、ありがたう。」
そつとあたりをみまはして、
なにかふしぎな氣がするよ。
338 みそはぎ
ながれの岸のみそはぎは、
誰も知らない花でした。
ながれの水ははるばると、
とほくの海へゆきました。
大きな、大きな、大海で、
小さな、小さな、一しづく、
誰も、知らないみそはぎを、
いつもおもつて居りました。
それは、さみしいみそはぎの、
花からこぼれた露でした。
339 輪まはし
あの町ぬけて
この町ぬけて
輪まはし がァらがら。
一つ人力《じんりき》
二つ荷車
おひこして がァらがら。
三つ目をぬけば
もう町はづれ、
町の外へ がァらがら。
田圃のみちは
お空へつづく、
空の上まで がァらがら。
日が暮れかかりや
夕やけのなかへ
はうり出して、かァへろ。
海から出た星が、
その輪をかぶつて、
天文臺《てんもんだい》の博士、
びつくり、しやつくり、目をまはす。
「大發見ぢや、たいへんぢや、
土星が二つにふえちやつた。」
340 空と海
春の空はひかる、
絹のよにひかる、
なんでなんでひかる。
なかのお星が
透《す》くからよ。
春の海はひかる、
貝のよにひかる、
なんでなんでひかる。
なかに眞珠が
あるからよ。
341 いいこと
古い土塀《どべい》が
くづれてて、
墓のあたまの
みえるとこ。
道の右には
山かげに、
はじめて海の
みえるとこ。
いつかいいこと
したところ、
通るたんびに
うれしいよ。
342 晝と夜
晝のあとは
夜よ、
夜のあとは
晝よ。
どこに居《ゐ》たら
見えよ。
長い長い
縄が、
その端《はし》と
端《はし》が。
343 葉つぱの赤ちやん
「ねんねなさい」は
月の役。
そつと光りを着せかけて、
だまつてうたふねんね唄。
「起《お》つきなさい」は
風の役。
東の空のしらむころ、
ゆすつておめめさまさせる。
晝のお守りは
小鳥たち。
みんなで唄をうたつたり、
枝にかくれて、また出たり。
ちひさな
葉つぱの赤ちやんは、
おつぱいのんでねんねして、
ねんねした間にふとります。
344 一番星
ひばりが空で
一番星みィつけた。
船頭《せんど》の子が海で
一番星みィつけた。
支那の子が支那で
一番星みィつけた。
たァれが長者に
なァる。
知つてゐるものは
一番星ばかり。
345 あの子
――あの子を誰が奪《と》りました。
――あの子は私が呼びました。
――あの子はどこへゆきました。
――私のくにへゆきました。
――あの子はいけない子でしたに。
――あの子はいけない子だけれど、
あの子のかあさま、そこにゐて、
あまり待つから、おもふから。
346 佛さまのお國
おなじところへゆくのなら、
み佛さまはたれよりか、
わたくしたちがお好きなの。
あんないい子の花たちや、
みんなにいい唄きかせてて、
鐵砲で射《う》たれる鳥たちと、
おなじところへゆくのなら。
ちがふところへゆくのなら、
わたくしたちの行くとこは、
一ばんひくいとこなのよ。
一ばんひくいとこだつて、
私たちには行けないの。
それは支那より遠いから、
それは、星より高いから。
347 ガラスふき
お窓にのぼつてガラスふき。
ふきふき見れば、教室の、
机の上に草が生え、
誰かはだしで取つてゐる。
草取る上の黒板《こくばん》に、
誰か墨汁《すみじる》ぬつてゐる。
ぬつたばかりの黒板にや、
花のさかりの山ざくら。
土手のむかうを守《もり》つ子が、
花をみいみい行きすぎる。
うつつた影を知らないで、
みてゐる私を知らないで。
348 桃
一、二ィ、三、
飛びついた。
ゆつさゆつさゆれる
桃の枝。
枝は下って來は來たが、
右もひだりも手があかぬ。
一、二ィ、三、
飛び下りた。
ぴんとかへつた
桃の枝。
あの桃、あの挑、たァかいな、
あの桃、あの桃、大きいな。
349 御本
さびしいときは、父さんの、
お留守《るす》の部屋で、本棚の、
御本の背《せな》の金文字を、
ぢつと眺めて立つてるの。
ときにや、こつそり背のびして、
重たい御本をぬき出して、
人形のやうに、抱《だ》つこして、
明るいお縁《えん》へ出てゆくの。
なかは横文字ばかしなの、
カナはひとつもないけれど、
もやうみたいで、きれいなの。
それに、ふしぎな香がするの。
お指なめなめ、つぎつぎに、
しろい、頁《ペイジ》をくりながら、
そこにかかれたお噺《はなし》を、
つぎからつぎへとこさへるの。
若葉のかげの文字《もじ》にさす、
五月のお縁《えん》で父さんの、
大きな御本よむことが、
私ほんとに好きなのよ。
350 まり
まりを尋《たづ》ねて町の子は
知らぬ町までゆきました。
塀《へい》の上からふと飛んだ、
それはしやぼん玉、消えました。
まりを尋ねて町の子は
田舍《ゐなか》の一軒屋へゆきました。
一軒屋のお背戸《せど》でみつけたが、
それはあぢさゐ、散りました。
まりを尋《たづ》ねて町の子は
青い空までゆきました。
白いやなぎの雲かげに、
まりはかくれてをりました。
〔以上、327〜350、空のかあさま 空いろの花〕
351 雀
ときどき私はおもふのよ。
雀《すゞめ》に御馳走《ごちそう》してやつて、
みんな馴《な》らして名をつけて、
肩やお掌《てゝ》にとまらせて、
よそへあそびに行くことを。
けれどもぢきに忘れるの。
だつて、遊びはたくさんで、
雀のことなんか忘れるの。
思ひ出すのは夜だもの、
雀のゐない夜だもの。
いつも私のおもふこと、
もしか雀が知つてたら、
待《ま》ちぼけばつかししてるでしよ。
わたし、ほんとにわるい子よ。
352 つくる
小鳥は
藁《わら》で
その巣《す》をつくる。
その藁《わら》
その藁
たあれがつくる。
石屋《いしや》は
石で
お墓をつくる。
その石
その石
たあれがつくる。
わたしは
砂で
箱庭《はこには》つくる。
その砂
その砂
たあれがつくる。
353 世界中《せかいぢゆう》の王樣《わうさま》
世界中の王樣をよせて、
「お天氣ですよ。」と云つてあげよう。
王樣の御殿《ごてん》はひろいから、
どの王樣も知らないだらう。
こんなお空を知らないだらう。
世界中の王樣をよせて
そのまた王樣になつたのよりか、
もつと、ずつと、うれしいだらう。
354 時のお爺さん
タッ、タッ、といそいで駈《か》けてゆく、
忙《せは》しい「時」のお爺さん。
私の持つてるものならば、
なんでもあなたにあげませう。
穴のある石、縞《しま》の石、
あをいラムネの玉いつつ。
ふるい不思議な芝居給《しばゐゑ》も、
銀の芒のかんざしも。
タッ、タッ、と休まず駈けてゆく、
巨《おほ》きな「時」のお爺さん。
もしも、あなたがお祭を、
いますぐ持つて來てくれるなら。
355 人形の木
いつだか埋《う》めた種からは、
ちひさい桃《もゝ》の木|生《は》えました。
たつた一つの人形だけど、
お庭のすみに埋《う》めませう。
さみしくつてもがまんして、
ちひさい二葉《ふたば》を待ちませう。
ちひさいその芽《め》をそだてたら、
三年さきで花が咲き、
秋にやかはいい人形が生《な》つて、
町ぢゆうの子供にひとつづつ、
木からもいではわけてやる、
人形の木が生《は》えるから。
356 ねがひ
夜が更《ふ》けるなあ、
ねむたいなあ。
いいや、いいや、ねてしまはう。
夜《よる》の夜《よ》なかに、この部屋《へや》へ、
赤い帽子《しやつぽ》でひよいと出て、
こつそり算術やつておく、
悧巧《りかう》な小びとが一人やそこら、
きつとどこぞにゐるだろよ。
357 橙畑《だいだいばたけ》
橙畑の橙の木は、
みんな伐《き》られた、その根も掘《ほ》られた、
ただの畑になるつて話だ。
なにをつくるか知らないけれど
茄子《なすび》にやぶらんこ掛《か》けられまいし
(てんと蟲ならできようけれど)
豆で木登りできるものか。
(ヂャックの豆なら知らないけれど。)
橙畑の橙の木は、
青い實のままみんな伐られた。
あそぶ處がまた一つ《へ》減つたよ。
358 魚市場
瀬戸に
渦《うづ》まく
夕潮
とほく
とどろく
夕暗
市のひけた
市場に、
海からかげが
のぞくよ。
子供は、子供は、
どこにと、
何か、何か、
のぞくよ。
秋刀魚《さんま》の色した
夕ぞら、
烏《からす》が啼《な》かずに
わたるよ。
359 みえない星
空のおくには何がある。
空のおくには星がある。
星のおくには何がある。
星のおくにも星がある。
眼には見えない星がある。
みえない星はなんの星。
お供の多い王樣の、
ひとりの好きなたましひと、
みんなに見られた踊《をど》り子の、
かくれてゐたいたましひと。
360 トランプのお家
トランプの札でお家《うち》を
つくりませう。
お室《へや》はみんな裏むきで、
床《ゆか》のもやうがうつくしく、
ダイヤの一が電燈《でんき》です。
お庭にやスペード、クラブの木、
ハートの花もちらちらと。
トランプの札のお家にや
誰が棲《す》む。
四人の王と四人の女王のそのなかで、
きらはれもののスペードの、
王と女王を棲《す》ませませう。
トランプの札のお家を
こはしませう。
ボンボン時計が五つ鳴り、
ねえやが箒《はうき》を持つて來た。
361 夏
「夏」は夜更《よふか》し
朝寢ばう。
夜は私がねたあとも、
ねないでゐるが、朝早く、
私が朝顔起こすときや、
まだまだ「夏」は起きて來ぬ。
すずしい、すずしい、
そよ風だ。
362 夏越《なごし》まつり
ぽつかりと
ふうせん、
瓦斯《カス》の灯《ひ》が映《うつ》るよ。
影燈籠《かげどうろう》の
人どほり、
氷屋《こほりや》の聲が泌《し》みるよ。
しらじらと
天の川、
夏越祭《なごしまつり》の夜更けよ。
辻を曲れば
ふうせん、
星ぞらに暗いよ。
363 雨の五穀祭《ごこくまつり》
ざんざの雨に流された、
五穀まつりの夜更けて、
いまはちらほら星が出た。
誰もとほらぬ、ぬかるみに、
消えた提灯《ちやうちん》映《うつ》つてる。
遠い通りを自動車で、
わつと囃《はや》して通るのが、
空ゆくやうに、きィこえた。
ひとつ、ふたつ、みィつ、
お空に星がふゥえた。
どこかの軒の提灯が、
またひとつ、消《きィ》えた。
364 夏の宵
暮れても明るい
空のいろ、
星がハモニカ
吹いてゐる。
暮れても街《まち》には
立つ埃《ほこり》、
空馬車からから
踊《をど》つてる。
暮れても明るい
土のいろ、
線香花火《せんこはなび》が
もえ盡《つ》きて。
あかい火だまが
ほろと散る。
365 ひよどり越
ひよどり越《ごえ》の
さかおとし、
蟻の大軍
攻めくだる。
めざす平家は
梨《なし》の芯《しん》、
わたしの捨てた
梨の芯。
峠《たうげ》の茶屋の
ひるさがり、
ふるは松葉と
蝉しぐれ。
蟻の大軍
いさましく、
梨のお城を
とりまいた。
366 唖蝉《おふしぜみ》
おしやべり蝉は歌うたふ、
朝から晩まで歌うたふ、
誰が見てても歌うたふ、
いつもおんなじ歌うたふ。
唖《おふし》の蝉は歌を書く、
だまつて葉つぱに歌を書く、
誰も見ぬとき歌を書く、
誰もうたはぬ歌を書く。
(秋が來たなら地に落ちて、
朽《く》ちる葉つぱと知らぬやら。)
367 山の子の夢
山のおくの
湯の町の、
宿のむすめの
見る夢は、
うつくしい
海の夢。
まろく
かさなる
朱《しゆ》の波に、
金と
銀との
むら千鳥。
さめておもへば
さみしいな、
それは手筥《てばこ》の
舞扇《まひあふぎ》。
368 ちひさなお里
芥子人形《けしにんぎやう》、
芥子人形《けしにんぎやう》。
おまへのお里へ行きたいな。
おまへのお里の藁屋根は、
わたしの掌《て》にでものるのだろ。
それでもげんげも咲くのだろ、
おまへも摘《つ》んでゐたのだろ。
げんげつみつみ日が暮れりや、
ちひさな月も出るのだろ。
芥子人形《けしにんぎやう》、芥子人形《けしにんぎやう》。
おまへのお里の春の日は、
わたしでさへも、なつかしい。
巨《おほ》きな室《へや》がさむいとき、
巨《おほ》きな猫がこはいとき、
どんなにおまへにや戀《こひ》しかろ。
369 象の鼻
むうく、むうく
山の上、
巨《おほ》きな象が白い。
むうく、むうく
空に、
象の鼻が伸《の》びる。
――水いろ空に、
失《な》くした牙《きば》が
しィろくはそく。
むうく、むうく
鼻が、
伸びても伸びても遠い。
とどかぬ
ままに、
灰いろに暮れて、
――しづかな空に、
とれない牙《きば》は、
いよいよしろく。
370 文字燒《もじや》き
文字燒《もじや》きの燒けるにほひよ、
雨がふる、
こんこんこまかな雨がふる。
駄菓子屋《だぐわしや》の奥の暗さよ、
ぽつちりと、
あかい煙草《たばこ》の火がみえる。
五六人そこらの辻で、
くちぐちに、
さよならしてる聲がする。
文字燒きの燒けるにほひよ、
雨がふる、
こんこんこまかな雨がふる。
371 海を歩《ある》く母さま
母さま、いやよ、
そこ、海なのよ。
ほら、ここ、港、
この椅子《いす》、お舟、
これから出るの。
お舟に乘つてよ。
あら、あら、だァめ、
海んなか歩いちや、
あつぷあつぷしてよ。
母さま、ほんと、
笑つてないで、
はよ、はよ、乘つてよ。
とうとう行つちやつた。
でも、でも、いいの、
うちの母さま、えらいの、
海、あるけるの。
えェらいな、
えェらいな。
372 舟の唄
わたしは若い舟だつた。
あの賑やかな舟《ふな》おろし、
五色の旗にかざられて、
はじめて海にのぞむとき、
限《かぎ》り知られぬ波たちは、
みんな一度にひれ伏した。
わたしは強い舟だつた。
嵐も波も渦潮《うづしほ》も、
荒れれば勇む舟だつた。
銀の魚《さかな》を山と積《つ》み、
しらしら明けに戻るときや、
勝つた戰士《せんし》のやうだつた。
わたしも今は年老《お》いて、
瀬戸ののどかな渡し舟。
岸の藁屋の向日葵《ひまはり》の、
まはるあひだをうつうつと、
眠りながらもなつかしい、
むかしの夢をくりかへす。
373 蝉しぐれ
お汽車の窓の
蝉しぐれ。
ひとりの旅の
夕ぐれに、
眼《まなこ》とぢれば
眼のなかに、
金とみどりの
百合が咲き、
眼《まなこ》ひらけば
窓のそと、
名知らぬ山は
夕燒けで、
すぎて
また來る
蝉しぐれ。
374 お月さんとねえや
私があるくとお月さんも歩く、
いいお月さん。
毎晩忘れずに
お空へくるなら
もつともつといいお月さん。
私が笑ふとねえやも笑ふ、
いいねえや。
いつでも御用《ごよう》がなくて
あそんでくれるなら
もつともつといいねえや。
375 帆
ちよいと
渚《なぎさ》の貝《かひ》がら見た間に、
あの帆はどつかへ
行つてしまつた。
こんなふうに
行つてしまつた、
誰かがあつた――
何かがあつた――
〔以上、351〜375、さみしい王女 世界中の王様〕
376 さみしい王女
つよい王子にすくはれて、
城へかへつた、おひめさま。
城はむかしの城だけど、
薔薇《ばら》もかはらず咲くけれど、
なぜかさみしいおひめさま、
けふもお空を眺めてた。
(魔法《まはふ》つかひはこはいけど、
あのはてしないあを空を、
白くかがやく翅《はね》のべて、
はるかに遠く旅してた、
小鳥のころがなつかしい。)
街《まち》の上には花が飛び、
城に宴《うたげ》はまだつづく。
それもさみしいおひめさま、
ひとり日暮《ひぐれ》の花園で、
眞紅《まつか》な薔薇《ばら》は見も向かず、
お空ばかりを眺めてた。
377 林檎畑
七つの星のそのしたの、
誰も知らない雪國に、
林檎ばたけがありました。
垣もむすぼず、人もゐず、
なかの古樹《ふるき》の大技に、
鐘がかかつてゐるばかり。
ひとつ林檎をもいだ子は、
ひとつお鐘をならします。
ひとつお鐘がひびくとき、
ひとつお花がひらきます。
七つの星のしたを行く、
馬橇《ばそり》の上の旅びとは、
とほいお鐘をききました。
とほいその音をきくときに、
凍《こほ》つたこころはとけました、
みんな泪《なみだ》になりました。
378 はつ秋
白いいかめしい日曜の銀行に、
ころ、ころ、ころ、とこほろぎが鳴き、
白いやうにうすい朝の空を、
すらすらと蜻蛉《とんばう》が飛ぶ。
(秋は今朝《けさ》、
港に着いた。)
白い巨きな日曜の銀行に、
陽《ひ》はかつきりと影をつくり、
白い絲のついた蝉は電線《でんせん》にからまつて、
うすい翅《はね》をふるはせてゐる。
379 踏切《ふみきり》
踏切の小屋は大きな空の下。
小屋のおもてで爺さんは、
けふの新聞よんでゐる。
ながい、ながい、影ばふし、
裾《すそ》に嫁菜《よめな》の花が咲き、
胸のあたりで蟲がなく。
踏切の柵《さく》はしィろい空のなか。
草の葉かげでこほろぎは、
晝の月見てないてゐる。
380 曼珠沙華《ひがんばな》
村のまつりは
夏のころ、
ひるまも花火を
たきました。
秋のまつりは
となり村、
日傘《ひがさ》のつづく
裏みちに、
地面《ぢべた》のしたに
棲《す》むひとが、
線香花火《せんこはなび》を
たきました。
あかい
あかい
曼珠沙華《ひがんばな》。
381 小さい女の子と男の子
赤いビラが散つた、
青いビラが散つた、
春の日の街《まち》に。
小さい女の子が
赤いビラ拾《ひら》うた、
赤いビラ折つて、
石つころに着《き》せて、
ねんねんころりと
子守唄うたうた。
小さい男の子が
青いビラ拾うた、
青いビラ持つて、
お家まで駈《か》けて、
電報、電報と
力一ぱいどなつた。
382 秋は一夜に
秋は一夜にやつてくる。
二百十日に風が吹き、
二百二十日に雨が降り、
あけの夜あけにあがつたら、
その夜にこつそりやつて來る。
舟で港へあがるのか、
翅《はね》でお空を翔《か》けるのか、
地からむくむく湧《わ》き出すか、
それは誰にもわからない、
けれども今朝はもう來てる。
どこにゐるのか、わからない、
けれど、どこかに、もう來てる。
383 落葉のカルタ
山|路《みち》に散つたカルタは
なんの札《ふだ》。
金と赤との落葉《おちば》の札に、
点《むし》くひ流《りう》の筆のあと。
山|路《みち》に散つたカルタは、
誰が讀む。
黒い小鳥が黒い尾《を》はねて、
ちちッ、ちちッ、と啼いてゐる。
山路に散つたカルタは
誰がとる。
むべ山ならぬこの山かぜが、
さつと一度にさらつてく。
384 爪
親指の爪は
平たいお顔。
丈夫さうなお顯。
わたしらの先生。
人差指《ひとさしゆび》の爪は
ゆがんだお顔。
泣きそなお願。
いつかの曲馬の子。
中指の爪は
まあるいお顔。
笑つてるお顔。
まへゐたねえや。
紅さし指の爪は
四角なお顔。
考へてるお顔。
あの、旅の小父さん。
小指の爪は
ほそくて、きれい。
知つてるやうで
誰だか知らぬ。
385 紙鐵砲
紙鐡砲、
ポン、ポン、ポン。
きのふまでなかつたに、
一にちで流行《はや》つたよ。
みんなが篠竹《しのだけ》切つてくる、
みんなが紙玉こしらへる。
紙鐡砲、
ポン、ポン、ポン。
きのふまで暑《あつ》かつたに、
一にちで秋が來た。
みんなが篠竹けづつてる、
みんながお空をみあげてる。
386 お勘定《かんぢやう》
空には雲がいま二つ、
路《みち》には人がいま五人。
ここから學校《がくこ》へゆくまでは、
五百六十七|足《あし》あつて、
電信柱が九本ある。
私の箱のなんきん玉は、
二百三十あつたけど、
七つはころげてなくなつた。
夜のお空のあの星は、
千と三百五十まで、
かぞへたばかし、まだ知らぬ。
私は勘定が大好《だァいす》き。
なんでも、勘定するよ。
387 こはれ帽子《しやつぽ》
てんてん手|毬《まり》、
おててん手から、辷《すべ》つてころげて、
乞食《こじき》の子供にひろはれた。
手まりは欲《ほ》しし、怖《こは》さは怖《こは》し、
睨《にら》みや、睨んではうつてくれて、
行くか、歸るか、あち向きかけて、
麥藁帽子《むぎわらしやつぽ》をすぽりとかぶりや、
すぽり、こはれた、こはれた、帽子《しやつぽ》、
つばがすぽりとくびまで拔けた。
くるり、ふりむき、アハハと笑うた、
私もうつかり、アハハと笑うた。
こはれ帽子《しやつぽ》の、そのゆくみちにや、
とんぼ、千も萬も舞《ま》ひ舞《ま》ひしてた。
388 らくがき
雨の音
ききながら、
?《みつ》める壁の
樂書《らくが》きよ。
いつの日
誰が描《か》いたやら、
私みたいに
拙《まづ》い画《ゑ》。
くすりの香《か》
芬《ぷん》とする、
大きな火鉢に
ひとりゐて、
しみじみと
ながめてる、
お顔だけの
あねさま。
389 萬倍
世界中の王樣の、
御殿をみんなよせたつて、
その萬倍もうつくしい。
――星で飾《かざ》つた夜の空。
世界中の女王樣の、
おべべをみんなよせたつて、
その萬倍もうつくしい。
――水に映《うつ》つた朝の虹。
星でかざつた夜の空、
水にうつつた朝の虹、
みんなよせてもその上に、
その萬倍もうつくしい。
――空のむかうの神さまのお國。
390 ねんねの汽車
ねんねん寢る子は汽車に乘る、
ねんねの駅《えき》を汽車は出る。
汽車の通るは夢のくに、
なんきん玉の地の上の、
赤い線路《せんろ》をひた走り。
月は明るし、雲は紅《べに》、
硝子《がらす》の塔《たふ》のてつぺんに、
ちらりと白い星も出る。
みんなお窓に見て過ぎて、
おめざの駅《えき》へ汽車は着《つ》く。
お夢のくにのお土産《みやげ》は、
誰も持つては歸れない。
お夢のくにへゆくみちは、
ねんねの汽車が知るばかり。
391 子供と潜水夫《もぐり》と月と
子供は野原の花をつむ、
けれども、歸るみちみちで
はらりはらりと撒《ま》きちらす。
お家へかへれば、何もない。
もぐりは海の珊瑚《さんご》採る、
けれど、あがれば舟におき、
からだ一つでまたもぐる。
じぶんのものは、何もない。
月はお空の星ひろふ、
けれど、十五夜すぎたなら、
またもお空へ撒《ま》きちらす。
晦日《みそか》ごろには、何もない。
392 遠い火事
遠い火事、
忘れたやうに、みんなして、
戰ごつこをしてゐたよ。
消えた、消えた、と駈《か》けて來た、
誰かの鼻先、工兵が、
敵の地雷《ぢらい》をつかまへた。
勝負がついて、みちばたで、
みんながせいせいいつてたら、
三番組が引上げた、
らつば吹き吹き通つた。
みんな、だまつて見送つた、
黒くポンプのゆく空にや、
半分かけたお月さん、
とても大きな傘さしてた。
393 うらなひ
夕やけ、
小やけ、
赤い草履《ぞんぞ》
飛ばそ。
赤い草履《ぞんぞ》
裏だ、
も一度
飛ばそ。
表
出るまで、
何べんでも
飛ばそ。
夕やけ、
小やけ、
雲まで
飛ばそ。
394 芒《すゝき》とお日さま
――もうすこし、
――もうすこし。
芒はせい伸《の》びしてゐます。
あまり照《て》られてしほれそな、
白いやさしいひるがほを、
どうにか、蔭《かげ》にしてやろと。
――もうすこし、
――もうすこし。
お日はぐづぐづしてゐます。
まだまだ籠は大きいに、
あれつぽちしかよう刈《か》らぬ、
草刈むすめがかあいそで。
395 みんなを好きに
私は好《す》きになりたいな、
何でもかんでもみいんな。
葱《ねぎ》も、トマトも、おさかなも、
殘らず好きになりたいな。
うちのおかずは、みいんな、
母さまがおつくりなつたもの。
私は好きになりたいな、
誰でもかれでもみいんな。
お醫者《いしや》さんでも、烏《からす》でも、
殘らず好きになりたいな。
世界のものはみィんな、
神さまがおつくりなつたもの。
396 水と影
お空のかげは、
水のなかにいつぱい。
お空のふちに、
木立《こだち》もうつる、
野茨《のばら》もうつる。
水はすなほ、
なんの影も映す。
水のかげは、
木立のしげみにちらちら。
明《あか》るい影よ、
すずしい影よ、
ゆれてる影よ。
水はつつましい、
自分の影は小さい。
397 井戸ばたで
お母さまは、お洗濯、
たらひの中をみてゐたら、
しやぼんの泡《あわ》にたくさんの、
ちひさなお空が光つてて、
ちひさな私がのぞいてる。
こんなに小さくなれるのよ、
こんなにたくさんになれるのよ、
私は魔法《まはふ》つかひなの。
何かいいことして遊《あす》ぼ、
つるべの縄《なは》に蜂がゐる、
私も蜂になつてあすぼ。
ふつと、見えなくなつたつて、
母さま、心配しないでね、
ここの、この空飛ぶだけよ。
こんなに青い、青ぞらが、
わたしの翅《はね》に觸《さは》るのは、
どんなに、どんなに、いい氣持。
つかれりや、そこの石竹《せきちく》の、
花にとまつて蜜《みつ》吸《す》つて、
花のおはなしきいてるの。
ちひさい蜂にならなけりや、
とても聞えぬおはなしを、
日暮まででも、きいてるの。
なんだか蜂になつたやう、
なんだかお空を飛んだやう、
とても嬉しくなりました。
398 大きな手籠
手籠、手籠、
大きな手籠。
廣い野へ出て、この籠に、
いつぱい蓬《よもぎ》を摘《つ》まうとて、
どの子も、どの子も、町の子は。
けれど、どの子も知りやしない、
野にある蓬《よもぎ》はみいんな、
町へと賣りに行くために、
田舍の人が摘《つ》んだのを。
節句《せつく》は來ても、春淺い、
よもぎはほんの、芽ばかりで、
摘《つ》めばしほれてしまふのに、
摘《つ》めばしほれてしまぶのに。
手籠、手籠、
大きな手籠。
どの子も、どの子も、樂しげに。
399 花のお使ひ
白菊《しらぎく》、黄菊《きぎく》、
雪のやうな白い菊。
月のやうな、黄菊。
たあれも、誰《たあれ》も、みてる、
私と、花を。
(菊は、きィれい、
私は菊を持つてる、
だから、私はきィれい。)
叔母《をば》さん家《ち》は遠いけど、
秋で、日和《ひより》で、いいな。
花のお使ひ、いいな。
400 納屋《なや》
納屋《なや》のなかは、うす暗い。
納屋のなかにあるものは、
みんなきのふのものばかり。
あの隅《すみ》のは縁台《えんだ》だ、
夏ぢゆうは、あの上で、
お線香花火《せんこはなび》をたいて居た。
梁《はり》に挿《さ》された、一束の、
黒く煤《すゝ》けたさくらの花は、
祭に軒へさしたのだ。
いちばん奧にみえるのは、
ああ、あれは絲ぐるま、
忘れたほども、とほい日に、
お祖母《ばあ》さまがまはしてた。
いまも、夜なかにや屋根を洩《も》る、
月のひかりをつむぐだろ。
梁《はり》にかくれて、わるものの、
蜘蛛《くも》がいつでもねらつてて、
絲を盗《と》つては息《いき》かけて、
呪《のろ》ひの絲に變《か》へるのを、
晝は眠《ね》てゐて知らないで。
納屋《なや》のなかは、うす暗い。
納屋のなかには、なつかしい、
すぎた日のかずかずが、
蜘蛛《くも》の巣《す》にかがられてゐる。
〔以上、376〜400、さみしい王女 芒とお日さま〕
401 墓たち
墓場のうらに、
垣根ができる。
墓たちは
これからは、
海がみえなくなるんだよ。
こどもの、こどもが、乘つてゐる、
舟の出るのも、かへるのも。
海辺《うみべ》のみちに、
垣根ができる。
僕たちは
これからは、
墓がみえなくなるんだよ。
いつもひいきに、見て通る、
いちばん小さい、丸いのも。
402 叱られる兄さん
兄さんが叱られるので、
さつきから私はここで、
袖無《そでなし》の紅《あか》い小紐《こひも》を、
結んだり、といたりしてる。
それだのに、裏の原では、
さつきから城取《しろと》りしてる、
ときどきは鳶《とび》もないてる。
403 私の髪の
私の髪の光るのは、
いつも母さま、撫《な》でるから。
私のお鼻の低《ひく》いのは、
いつも私が鳴らすから。
私のエプロンの白いのは、
いつも母さま、洗ふから。
私のお色の黒いのは、
私が煎豆《いりまめ》たべるから。
404 硝子と文字
硝子《がらす》は
空《から》つぽのやうに
すきとほつて見える。
けれども
たくさん重なると、
海のやうに青い。
文字《もじ》は
蟻のやうに
黒くて小さい。
けれども
たくさん集まると、
黄金《きん》のお城《しろ》のお噺《はなし》もできる。
405 お月さん
夜あけのお月さん
山のきは。
籠に飼はれた白い鸚鵡《あうむ》、
ねとぼけお眼《めゝ》でひよいと見て、
おうやおや、お連れだ、呼ばうかな。
晝間のお月さん
沼の底。
麥藁|帽子《しやつぽ》の子供が岸で、
釣竿《つりざを》かまへて睨《にら》めてた。
すてきだ、釣《つ》らうか、かかるかな。
日ぐれのお月さん
枝のなか。
くちばし赤い小鳥が一羽、
お眼くりくりみはつてた。
とつても、熟《う》れたぞ、つつこかな。
406 初あられ
あられ
あられ
手に受けて、
春の夜の
お雛《ひな》まつりを
ふとおもふ。
おなじみの隣《となり》の雛は
こんな晩、
暗いお倉の片隅の
ひとりびとりの箱のなか。
ぱら、ぱら、と
きれぎれに
樋《とひ》うつ音を聽《き》いてゐよ。
あられ
あられ
初あられ。
407 冬の星
霜夜の
まちで
お姉《ねえ》さま、
空をみながら
いひました。
――しづかに
さむく
さよならと。
霜夜の
そらの
お星さま、
いちばん青い
お星さま。
――ちやうど
あなたに
いふやうに。
408 白い帽子《ぼうし》
白い帽子、
あつたかい帽子、
惜《を》しい帽子。
でも、もういいの、
失《な》くしたものは、
失くしたものよ。
けれど、帽子よ、
お願《ねが》ひだから、
溝《みそ》やなんぞに落ちないで、
どこぞの、高い木の枝に、
ちよいとしなよくかかつてね、
私みたいに、不器《ぶき》つちよで、
よう巣《す》をかけぬかはいそな烏の、
あつたかい、いい巣になつておやり。
白い帽子、
毛絲の帽子。
409 店の出來事
霞《あられ》がこんころり、
潜戸《くぐりからはいつた。
お客さんが、霰と、
お連《つ》れになつてはいつた。
(こんばんは。)
(はい、いらつしやい。)
歌時計《うたどけい》がちんからり、
お客さんの手で鳴つた。
あられの音にまじつて、
一つとやを歌うた。
(さやうなら。)
(はい、ありがたう。)
歌時計がちんからり、
鳴り鳴り出てつた。
消えるまできいてて、
ふつと氣がつけば、
霰はとうに止《や》んでゐた。
410 大晦日《おほみそか》と元日《ぐわんじつ》
兄さまは掛取《かけと》り、
母さまはお飾《かざ》り、
わたしはお歳暮《せいぼ》。
町ぢゆうに人が急いで、
町ぢゆうにお日があたつて、
町ぢゆうになにか光つて。
うす水いろの空の上、
鳶《とんび》は靜かに輪を描《か》いてた。
兄さまは紋附《もんつ》き、
母さまもよそゆき、
わたしもたもとの。
町ぢゆうに人があそんで、
町ぢゆうに松が立つてて、
町ぢゆうに霰が散つてて。
うす墨《ずみ》いろの空の上、
鳶は大きく輪を描いてた。
411 去年
お舟、みたみた、
お正月、元旦、
旗も立てずに黒い帆あげて、
ここの港を出てゆく舟を。
お舟、あの舟、
乘つてるものは、
けふの初日《はつひ》に追ひ立てられた、
ふるい去年か、去年か、さうか。
お舟、ゆくゆく、
あのゆく先《さき》に、
去年のあがる港があるか、
去年を待つて、たあれか居るか。
去年、みたみた、
お正月、元旦、
黒い帆かけたお舟に乘つて、
西へ西へと逃げてく影を。
412 硝子のなか
おもての雪が見えるので、
ひらひらお花のやうなので、
明《あか》り障子《しやうじ》の繪硝子《ゑがらす》を、
お炬燵《こた》にあたつて見てゐたら、
うらの木小屋《きごや》へ木をとりに、
雪ふるなかを歩いてく、
お祖母《ばあ》さまのうしろかげ、
ちらちら映《うつ》つて、消えました。
413 朝蜘蛛
朝から朝蜘蛛《あさぐも》さがつたし、
朝からなんだかうれしいし、
きつと、今日こそ來るでせう。
お母さまも知らないが、
生きて、遠くに棲《す》んでゐる、
お父さまのおむかへが。
すぐに、私は髪|結《ゆ》うて、
好きな手毬《てまり》のおべべ着て、
赤いお馬車に乘るでせう。
赤いお馬車のゆくみちは、
白い芒のみちでせう、
野菊もちひさく咲いてませう。
旗のたつてる小《ち》さい村、
鐘《かね》の鳴つてる寺のまへ、
しめつた、暗い森のなか。
そして、夕燒消えるころ、
むかうのむかうに城のよな、
大きなお家がみえるでせう。
お父さまは待ちきれず、
門から駈けてくるでせう、
私も馬車から飛ぶでせう。
私は「父さま」と呼ぶでせう、
いやいや、黙《だま》つてゐるでせう、
あんまり、あんまり、嬉しくて。
朝からなんだかうれしいし、
朝から朝蜘蛛《あさぐも》さがつたし、
けふは、何かがあるでせう。
414 私
どこにだつて私がゐるの、
私のほかに、私がゐるの。
通りぢや店の硝子《がらす》のなかに、
うちへ歸れば時計のなかに。
お台所ぢやお盆《ぼん》にゐるし、
雨のふる日は、路《みち》にまでゐるの。
けれどもなぜか、いつ見ても、
お空にや決してゐないのよ。
415 かたばみ
駈けてあがつた
お寺の石段。
おまゐりすませて
降りかけて、
なぜだか、ふつと、
おもひ出す。
石のすきまの
かたばみの
赤いちひさい
葉のことを。
――とほい昔に
みたやうに。
416 まち
通る、通る、
春の日の街《まち》を、
通る、通る、
縦《たて》に通る。
荷馬車、荷ぐるま、
自動車、自轉車。
通る、通る、
白い白い路《みち》を、
通る、通る、
横に通る。
乞食《こじき》の子供と
けむりの影が。
417 貝と月
紺屋《こうや》のかめに
つかつて、
白い絲は紺《こん》になる。
青い海に
つかつて、
白い貝はなぜ白い。
夕やけ空に
そまつて、
白い雲は赤くなる。
紺《こん》の夜ぞらに
うかんで、
白い月はなぜ白い。
418 絹の帆
王樣のお船にかける帆は、
うすく、うすくといひつかる。
うす紫《むらさき》のうす絹《ぎぬ》に、
港のまちが繪《ゑ》と透《す》いて、
とてもきれいな帆は帆だが、
風は、ぴゆうと來て、
穴あけた。
風のみちあけたらやぶるまい、
風のみちあけろといひつかる。
うすむらさきのうすぎぬに、
王樣の御紋《ごもん》のきりぬきで、
とてもきれいな帆は帆だが、
風は、ぴゆうと來て、
行きぬけて、
船は出やせぬ、
一尺も。
419 自動車
すぎてゆく
自動車に、
わたしの影が
うつります。
自動車は
すぎてゆく、
わたしの影は
すぐ消える。
もう遠い
町のはて、
春の日ぐれの
雲の下。
自動車よ、
ああ、いまは、
誰をうつして
ゐるのやら。
420 田舍の町と飛行機
飛行機お空にみえたので、
町ぢゆう表へ出て來たよ。
菓子屋《くわしや》の店にも誰もゐず、
床屋《とこや》の鏡も空つぽで、
みんな揃《そろ》つて口あけて、
春のお空をみてゐたよ。
群《む》れて小鳥のとぶやうに、
ビラがお空を舞つてたよ。
うちの庭にはちらちらと、
櫻になつて散つてたよ。
飛行機お空をすぎたので、
町ぢゆうぽかんとしてゐたよ。
421 桃の花びら
みじかい、みどりの
春の草、
桃がお花をやりました。
枯れてさみしい
竹の垣、
桃がお花をやりました。
しめつて黒い
畑《はた》の土、
桃がお花をやりました。
おてんとさまは
よろこんで、
花のたましひ呼びました。
(草のうへから、
畠から、
ゆらゆらのぼるかげろふよ。)
422 梨の芯
梨の芯はすてるもの、だから
芯《しん》まで食べる子、けちんぼよ。
梨の芯はすてるもの、だけど
そこらへはうる子、ずるい子よ。
梨の芯はすてるもの、だから
芥箱《ごみばこ》へ入れる子、お悧巧よ。
そこらへすてた梨の芯、
蟻がやんやら、ひいてゆく。
「ずるい子ちやん、ありがとよ。」
芥箱へいれた梨の芯、
芥取爺さん、取りに來て、
だまつてごろごろひいてゆく。
423 額《がく》のなか
額《がく》のなかの人通り、
硝子にうつる人通り。
白い浴衣《ゆかた》の小母さんが、
赤い苺を踏んでゆく。
黒いお洋傘《かさ》の藥屋《くすりや》は、
葡萄の房を越えてゆく。
あかい苺が踏むほどに、
紫葡萄《むらさきぶだう》は山ほどに。
額のなかはいいお國、
誰もはいれぬ、いいお國。
額のなかの人どほり、
午《ひる》のまちの人どほり、
ひとりの部屋もたのしいな。
424 橙の花
泣いじやくり
するたびに、
橙の花のにほひがして來ます。
いつからか、
すねてるに、
誰も探しに來てくれず、
壁の穴から
つづいてる、
蟻をみるのも飽きました。
壁のなか、
倉のなか、
誰かの笑ふ聲がして、
思ひ出しては泣いじやくる
そのたびに、
橙の、花のにほひがして來ます。
425 茶碗とお箸
お正月でも
花ざかり、
私の紅繪《べにゑ》のお茶碗は。
四月が來ても
花咲かぬ、
私のみどりのお箸《はし》には。
〔以上、401〜425、さみしい王女 橙の花〕
426 男の子なら
もしも私が男の子なら、
世界の海をお家《うち》にしてる、
あの、海賊《かいぞく》になりたいの。
お船は海の色に塗《ぬ》り、
お空の色の帆《ほ》をかけりや、
どこでも、誰にもみつからぬ。
ひろい大海乘りまほし、
強いお國のお船を見たら、
私、ゐばつてかういふの。
「さあ、潮水《しほみづ》をさしあげませう。」
よわいお國のお船なら、
私、やさしくかういふの。
「みなさん、お國のお噺《はなし》を、
置《お》いて下さい、一つづつ。」
けれども、そんないたづらは、
それこそ暇《ひま》なときのこと、
いちばん大事なお仕事は、
お噺にある寶《たから》をみんな、
「むかし」の國へはこんでしまふ、
わるいお船をみつけることよ。
そしてその船みつけたら、
とても上手《じやうず》に戰つて、
寶《たから》殘らず取りかへし、
かくれ外套《マント》や、魔法《まはふ》の洋燈《ランプ》、
歌をうたふ木、七里靴《しちりぐつ》………。
お船いつぱい積《つ》み込んで、
青い帆いつぱい風うけて、
青い大きな空の下、
青い靜かな海の上、
とほく走つて行きたいの。
もしもほんとに男の子なら、
私、ほんとにゆきたいの。
427 こころ
お母さまは
大人《おとな》で大きいけれど。
お母さまの
おこころはちひさい。
だつて、お母さまはいひました、
ちひさい私でいっぱいだつて。
私は子供で
ちひさいけれど、
ちひさい私の
こころは大きい。
だつて、大きいお母さまで、
まだいつぱいにならないで、
いろんな事をおもふから。
428 お風呂《ふろ》
母さまと一しよにはいるときや、
私、お風呂《ふろ》がきらひなの。
母さまは私をつかまへて
お釜《かま》みたいにみがくから。
だけど一人ではいるときや、
私、お風呂が好きなのよ。
そこでする事、多いけど、
なかで一ばん好《す》きなのは、
ぽかり浮《うか》べた木のきれに、
石鹸《しやぼん》の凾《はこ》や、おしろいの、
かけた小瓶《こびん》を並《なら》べるの。
(それはすてきな御馳走《ごちそう》の、
ならんだ黄金《きん》の卓子《テイブル》で、
私は印度《インド》の王樣《わうさま》で、
白蓮《しらはす》紅蓮《べにはす》咲きみちた、
きれいなお池に浸《つか》つてて、
涼しいお夕飯《ゆふはん》あがるとこ。)
玩具《おもちや》を持つてゆくことは、
いつか母さま、禁《と》めたけど、
時にや隣《となり》の花びらが、
散つてお船になつてくれ、
時にや私の指たちが、
魔法つかつて長くなる。
誰も知つてやしないけど、
私、お風呂が好きなのよ。
429 汽車の窓から
お山であかいは
あれはなに。
あれは櫨《はじ》の木、櫨紅葉《はじもみぢ》、
なにか怖《こは》いな、黒い赤。
お里であかいは
あれはなに。
あれは熟《う》れてる柿《かき》の實《み》よ、
見てもうまそな、黄《き》いな赤。
お空であかいは
あれはなに。
あれはお汽車の燈《ひ》のかげよ、
さみしい赤よ、亡《な》い赤よ。
、
430 けがした指
白い繃帶《はうたい》
してゐたら、
見てもいたうて、
泣きました。
あねさまの帶《おび》借《か》りて、
紅《あか》い鹿《か》の子《こ》でむすんだら
指はかはいい
お人形。
爪にお顔を
描《か》いてたら、
いつか、痛いの
わすれてた。
431 私と小鳥と鈴と
私が兩手をひろげても、
お空はちつとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面《ぢべた》を速《はや》くは走れない。
私がからだをゆすつても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに
たくさんな唄は知らないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがつて、みんないい。
432 黄金《きん》の小鳥
木《こ》の葉《は》が黄金《きん》に變《か》はつた、
私も黄金に變はろ。
とほいお國の王樣の、
使ひが私をおむかへに、
寶玉《たま》でかざつた籠《かご》もつて、
きつと、きつと、きつと、やつて來る。
黄金《きん》の木《こ》の葉《は》は散つた、
散つても黄金《きん》のいろだ。
明日《あした》はきつと、變《か》はろ、
くろい私が黄金《きん》に。
黄金《きん》の木の葉は朽《く》ちた、
黄金《きん》になりや、朽ちる、
黒くて光つてゐような。
433 波
波は子供、
手つないで、笑つて、
そろつて來るよ。
波は消しゴム、
砂の上の文字を、
みんな消してゆくよ。
波は兵士、
沖から寄《よ》せて、一ぺんに、
どどんと鐵砲《てつぱ》うつよ。
波は忘れんぼ、
きれいなきれいな貝がらを、
砂の上においてくよ。
434 落葉
お背戸にや落葉がいつぱいだ、
たあれも知らないそのうちに、
こつそり掃《は》いておきましよか。
ひとりでしようと思つたら、
ひとりで嬉《うれ》しくなつて來た。
さらりと一掃《ひとは》き掃《は》いたとき、
表に樂隊やつて來た。
あとで、あとでと駈け出して、
通《とほ》りの角《かと》までついてつた。
そして、歸つてみた時にや、
誰か、きれいに掃《は》いてゐた、
落葉、のこらずすててゐた。
435 海と山
海からくるもの
なあに。
海からくるもの
夏、風、さかな、
バナナのお籠。
それから、新造《しんぞ》のお舟にのつて、
海からくるもの
住吉《すみよし》まつり。
山からくるもの
なあに。
山からくるもの
冬、雪、小鳥、
炭|積《つ》んだお馬。
それから、ゆづゆづゆづり葉にのつて、
山からくるもの
お正月。
436 女王さま
あたしが女王《ぢよわう》さまならば
國中のお菓子屋《くわしや》呼びあつめ、
お菓子《くわし》の塔《たふ》をつくらせて、
そのてつぺんに椅子《いす》据《す》ゑて、
壁《かべ》をむしつて喰《た》べながら、
いろんなお布令《ふれ》を書《か》きませう。
いちばん先に書《か》くことは、
「私《わたし》の國《くに》に棲《す》むものは
子供《こども》ひとりにお留守居《るすゐ》を
させとくことはなりません。」
そしたら、今日《けふ》の私のやうに
さびしい子供《こども》はゐないでせう。
それから、つぎに書くことは、
「私《わたし》の國《くに》に棲《す》むものは
私《わたし》の毬《まり》より大《おほ》きな毬《まり》を
誰も持つこと出來ません。」
そしたら私《わたし》も大きな毬が
欲《ほ》しくなくなることでせう。
437 柘榴《ざくろ》の葉と蟻《あり》
柘榴《ざくろ》の葉つぱに蟻がゐた。
柘榴の葉つぱは廣かつた、
青くて、日蔭《ひかけ》で、その上に、
葉つぱは靜《しづ》かにしてやつた。
けれども蟻は、うつくしい、
花をしたうて旅に出た。
花までゆくみち遠かつた、
葉つぱはだまつてそれ見てた。
花のふちまで來たときに、
柘榴《ざくろ》の花は散つちやつた、
しめつた黒い庭土《にはつち》に。
葉つぱはだまつてそれ見てた。
子供がその花ひィろつて、
蟻のゐるのも知らないで、
握《にぎ》つて駈けて行つちやつた。
葉つぱはだまつてそれ見てた。
438 あと押《お》し
車のあと押し、
せつせつせ。
どつこい、重《おも》いぞ
上《のぼ》り坂《ざか》、
汗が、ぽつつり、
地にしみる。
車のあと押し、
せつせつせ。
ほらほら速《はや》いぞ
下《くだ》り坂、
みちの小石が、
縞《しま》になる。
車のあと押し、
せつせつせ。
下ばつかりを
みてゆくと、
眞紅《まつか》な薔薇《ばら》が、
みつかつた。
439 生《い》きたかんざし
子守《こもり》ころころ漁師《れふし》の子
もしやもしや髪の毛、これやいいな、
雀《すゞめ》、巣《す》かけよととまつたら、
赤いダリヤが燃《も》えてゐて、
あつつ、あつつと
飛んで逃げた。
日ぐれにやしほれたかんざしは、
髪から拔かれてすてられて、
濱からかへつた母さんに、
髪《かみ》結《ゆ》てもらふ漁師の子。
雀は軒《のき》に
巣をかけた。
440 のぞきからくり
のぞきからくり
のぞく子は、
みんなちひさい子供たち。
去年まで
母さまと、
おまゐりするたび、この前《まへ》を、
よこ目で見い見い
通つてた、
指をくはへて
通つてた。
けふは
ひとりで來てゐるし、
光る銀貨《ぎんくわ》もあるけれど。
のぞきからくり
替《かは》る子は、
またもちひさい子等《こら》ばかり。
441 土曜日曜
土曜は葉つぱ
日曜は花よ。
柱ごよみの
葉《は》ぱをちぎる、
土曜の晩は
たのしいものよ。
お花はぢきに
しぼむものよ。
柱ごよみの
お花をちぎる、
日曜の晩は
さみしいものよ。
442 犬とめじろ
巨《おほ》きな、犬の吠《ほ》えるのは、
大きらひだけれど、
小さい目白《めじろ》のなく聲は、
大|好《す》きなのよ。
わたしの泣くこゑ、
どつちに似《に》てるだろ。
443 人形と子供
(人形)
一、二ィ、三、
孃ちやんがいま瞬《またゝ》きするよ、
この間にすばやく伸《の》びをしよう。
(子供)
あら、あら、あら、
お行儀《ぎやうぎ》のわるいお人形《にんぎよ》ね、
たつた今、すわらせてあげたのに。
444 山の子濱の子
町を見て來た山の子よ、
町には何がありました。
日ぐれの辻の人ごみに、
踏《ふ》まれもせずにぽつちりと、
森の一|軒屋《けんや》の灯《ひ》のやうに、
茱萸《ぐみ》がこぼれて居りました。
町を見て來た濱の子よ、
町には何がありました。
電車どほりの水たまり、
底のきれいな青空に、
さみしい晝《ひる》の星のよに、
鱗《うろこ》がうかんで居りました。
445 大將
僕が大將になつたとき、
横町のいぢめつ子が失敬《しつけい》したら、
空《そら》見《み》て、かつぽ、かつぽ、
お馬を飛《と》ばそ。
僕が大將になつたとき、
田圃《たんぼ》の案山子《かかし》が失敬《しつけい》したら、
ていねいに失敬かへしてやらう。
僕が大將になつた時、
お父さんがやつて來て失敬したら、
僕のお馬に乘つけてあげよう。
446 不思議《ふしぎ》
私は不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀《ぎん》にひかつてゐることが。
私は不思議でたまらない、
青い桑《くは》の葉たべてゐる、
蠶《かひこ》が白くなることが。
私は不思議でたまらない、
たれもいぢらぬ夕顔《ゆふがほ》が、
ひとりでばらりと開《ひら》くのが。
私は不思議でたまらない、
誰にきいても笑つてて、
あたりまへだ、といふことが。
447 打《ぶ》ち獨樂《ごま》
いつかはメンコが流行《はや》つてた、
いつかはパチンコが流行《はや》つてた、
みんな學校で禁《と》められた。
このごろ流行《はや》つた打《ぷ》ち獨樂《ごま》も、
また學校で禁《と》められた。
誰もかくれてみなしてる、
時にや私もしたくなる。
けれど、私は思ひ出す、
歩《ある》くことさへ禁《と》められた、
石や草木のあることを。
448 荷馬車
お馬は
じぶんの影んぼの、
をかしなお耳が踏《ふ》みたくて、
下見ていそいで歩きます。
馬車屋は
空《から》つぽの馬車の上、
おほきなお煙管《きせる》横つちよで、
のどかにお空をみてゐます。
空には
雲がかがやいて、
昨夜《ゆふべ》の火事はうそのやう。
町にも春がぢき來ます。
449 足ぶみ
わらびみたよな雲が出て、
空には春が來ましたよ。
ひとりで青空みてゐたら、
ひとりで足ぶみしましたよ。
ひとりで足ぶみしてゐたら、
ひとりで笑へて來ましたよ。
ひとりで笑つてして居たら、
誰かが笑つて來ましたよ。
からたち垣根が芽をふいて、
小径《こみち》にも春が來ましたよ。
450 お店ごつこ
杏《あんず》のかげの、
三|軒《げん》お店、
店はちがへど
ずらりと出たは、
おんなじ草《くさ》つぱ、
名なしの草つぱ、
名前ないから
なんにでもなるよ。
お菓子屋《くわしや》さんでは
龜《かめ》の子《こ》せんべい、
下駄屋《げたや》さんなら
草履《ざうり》にこつぽり、
魚屋さんなら
小鯛《こだひ》に比良目《ひらめ》よ。
さあさ、店出し、
誰もかもおいでよ、
小石のお錢《ぜゝ》を
うんとこさ持つて。
三|軒《げん》ならんだ
お店のうへに、
杏《あんず》のお花が
ひらひら散るよ。
451 漁夫《れふし》の子の唄
私は海に出るだらう。
いつか大きくなつた日に、
そしてこんなに凪《なぎ》の日に、
濱の小石《こいし》におくられて、
ひとりぼつちで、勇ましく。
私は島に着くだらう。
ひどい暴風《あらし》に流されて、
七日七夜《なぬかななや》の、夜あげがた、
いつも私のおもつてる、
あの、あの、島のあの岸へ。
私は手紙を書くだらう。
ひとりで建《た》てた小屋のなか、
ひとりで採《と》つた赤い實を、
ひとり樂しく食べながら。
とほい日本のみなさま、と。
(さうだ、手紙を持つてゆく、
お鳩《はと》ものせて行かなけりや。)
そして私は待つだらう。
いつも、いぢめてばかりゐた、
町の子たちがみんなして、
私とあそびにやつてくる、
あかいお船の見えるのを。
さうだ、私は待つだらう。
丁度《ちやうど》こんなふうにねころんで、
青いお空と海を見て。
〔以上、426〜451、さみしい王女 空いろの帆〕
452 花津浦《はなづら》
濱で花津浦《はなづら》眺めてて、
「むかし、むかし」と
ききました。
濱で花津浦《はなづら》みる度に、
こころさみしく
おもひ出す。
「むかし、むかし」と
花津浦《はなづら》の
その名の所縁《いはれ》きかされた
郵便局《いうびんきよく》の小父《をぢ》さんは、
どこでどうしてゐるのやら。
あのはなづらの
はな越《こ》えて、
お船はとほく
消えました。
いまも、入日《いりひ》に海は燃《も》え、
いまもお船《ふね》は沖をゆく。
「むかし、むかし」よ
花津浦《はなづら》よ、
みんなむかしになりました。
453 辨天島《べんてんじま》
「あまりかはいい島だから
ここには惜《を》しい島だから、
貰《もら》つてゆくよ、綱《つな》つけて。」
北のお國の舶乘《ふなの》りが、
ある日、笑つていひました。
うそだ、うそだと思つても、
夜が暗《くら》うて、氣になつて、
朝はお胸《むね》もどきどきと、
駈《か》けて濱辺へゆきました。
辨天島は波のうへ、
金のひかりにつつまれて、
もとの緑でありました。
454 王子山《わうじやま》
公園《こうゑん》になるので植ゑられた、
櫻はみんな枯《か》れたけど、
伐《き》られた雜木《ざふき》の切株《きりかぶ》にや、
みんな芽が出た、芽が伸びた。
木《こ》の間《ま》に光る銀の海、
わたしの町はそのなかに、
龍宮《りうぐう》みたいに浮《うか》んでる。
銀の瓦《かはら》と石垣《いしがき》と、
夢のやうにも、霞《かす》んでる。
王子山から町見れば、
わたしは町が好きになる。
干鰛《ほしか》のにほひもここへは來ない、
わかい芽立《めだ》ちの香がするばかり。
455 小松原《こまつばら》
小松原、
松はすくなくなりました。
いつも木挽《こび》きのお爺さん、
巨《おほ》きな材木《ざいもく》ひいてます。
押《お》したり、引いたり、その度に、
白帆《しらほ》が見えたり、かくれたり、
かもめも飛びます、波のうへ、
雲雀《ひばり》も啼《な》きます、空のなか。
海もお空も春だけど、
松と、木挽《こび》きはさみしさう。
ところどころに新しい、
家が建《た》ちます、
小松原、
松はすくなくなりました。
456 極樂寺《ごくらくじ》
極樂寺のさくらは八重ざくら、
八重ざくら、
使ひにゆくとき見て來たよ。
横町《よこちよ》の四《よ》つ角《かど》まがるとき、
まがる時、
よこ目でちらりと見て來たよ。
極樂寺のさくらは土ざくら、
土ざくら、
土の上ばかりに咲いてたよ。
若布結飯《わかめむすび》のお辯當《べんと》で、
お辯當《べんと》で、
さくら見に行つて見てきたよ。
457 波《なみ》の橋立《はしだて》
波の橋立よいところ、
右はみづうみ、もぐつちよがもぐる、
左《ひだり》や外海、白帆が通る、
なかの松原、小松原、
さらりさらりと風が吹く。
海のかもめは
みづうみの
鴨とあそんで
日をくらし、
あをい月出りや
みづうみの、
ぬしは海辺で
貝ひろふ。
波の橋立、よいところ、
右はみづうみ、ちよろろの波よ、
左や外海、どんどの波よ、
なかの石原、小石原、
からりころりと通りやんせ。
458 大泊港《おほとまりみなと》
山の祭のかへりみち、
送つてくれた伯母樣と、
別れて峠を降《お》りるとき、
杉の梢《こずゑ》にちかちかと、
きれいな海が光つてた。
海に帆柱、とまり舟、
岸にちらほら藁《わら》の屋根、
みんなお空にあるやうな、
みんなお夢にあるやうな。
峠くだれば蕎麥畑《そばばたけ》
畑《はたけ》のはてに見えるのは、
あれはやつぱり、大泊《おほとまり》
ふるいさみしい港です。
459 祇園《ぎおん》社
はらはら
松の葉が落ちる、
お宮の秋は
さみしいな。
のぞきの唄《うた》よ
瓦斯《ガス》の灯《ひ》よ、
赤い帶した
肉桂《につけい》よ。
いまは
こはれた氷屋《こほりや》に、
さらさら
秋風ふくばかり。
〔以上、452〜459、さみしい王女 仙崎八景〕
460 雪
誰も知らない野の果《はて》で
青い小鳥が死にました
さむいさむいくれ方に
そのなきがらを埋《う》めよとて
お空は雪を撒《ま》きました
ふかくふかく音もなく
人は知らねど人里の
家もおともにたちました
しろいしろい被衣《かつぎ》着《き》て
やがてほのぼのあくる朝
空はみごとに晴れました
あをくあをくうつくしく
小《ち》さいきれいなたましひの
神さまのお國へゆくみちを
ひろくひろくあけようと
461 栗と柿と繪本
伯父さんとこから栗が來た、
丹波《たんば》のお山の栗が來た。
栗のなかには丹波の山の
松葉が一すぢはいつてた。
叔母さんとこから柿が來た、
豐後《ぶんご》のお里の柿が來た。
柿の蔕《へた》には豊後《ぶんご》の里の
小蟻が一びき這《は》つてゐた。
町の私の家《うち》からは、
きれいな繪本がおくられた。
けれど小包あけたとき、
繪本のほかに、何があろ。
462 向日葵《ひまはり》
おてんとさまの車の輪、
黄金《きん》のきれいな車の輪。
青い空をゆくときは、
黄金《きん》のひびきをたてました。
白い雲をゆくときに、
見たは小さな黒い星。
天でも地でも誰知らぬ、
黒い星を轢《ひ》くまいと、
急に曲つた車の輪。
おてんとさまはほり出され、
眞赤《まつか》になつてお腹立ち、
黄金《きん》のきれいな車の輪、
はるか下界へすてられた、
むかし、むかしにすてられた。
いまも、黄金《こがね》の車の輪、
お日を慕《した》うてまはります。
463 十三夜
今朝《けさ》がた通つた
とほり雨、
霰がまじつて居りました。
きのふから
急につめたい風吹いて、
母さま障子《しやうじ》を貼《は》りました。
いまは雲さへ
見えないで、
つめたく冴《さ》えた十三夜。
このくさむらで
なく蟲が、
きふにすくなくなりました。
464 お祖母樣《ばあさま》の病氣
お祖母さまが御病氣で、
崖には草がのびました。
花咲くころは朝ごとに、
佛《ほとけ》さまに、と剪《き》つてゐた、
薔薇《ばら》の葉つぱは穴だらけ、
松葉ぼたんも枯れました。
となりから來る鷄《にはとり》も、
なにか小くびをかしげます。
晝もひろうて、しんとして、
秋の風が吹いてゐて、
空屋《あきや》みたいになりました。
465 鯨捕《くぢらと》り
海の鳴る夜は
冬の夜は、
栗を燒き燒き
聽《き》きました。
むかし、むかしの鯨捕《くぢらと》り、
ここのこの海、紫津《しづ》が浦《うら》
海は荒海《あらうみ》、時季《とき》は冬、
風に狂《くる》ふは雪の花、
雪と飛び交《か》ふ銛《もり》の縄《なは》。
岩《いは》も礫《こいし》もむらさきの、
常《つね》は水さへむらさきの、
岸さへ朱《あけ》に染《そ》むといふ。
厚《あつ》いどてらの重ね着で、
舟の舳《みよし》に見て立つて、
鯨弱ればたちまちに、
ぱつと脱《ぬ》ぎすて素《す》つ裸《ばだか》、
さかまく波にをどり込む、
むかし、むかしの漁夫《れふし》たち――
きいてる胸も
をどります。
いまは鯨はもう寄《よ》らぬ、
浦は貧乏《びんぼ》になりました。
海は鳴ります。
冬の夜を、
おはなしすむと、
氣がつくと――
466 雪に
海にふる雪は、海になる。
街《まち》にふる雪は、泥《どろ》になる。
山にふる雪は、雪でゐる。
空にまだゐる雪、
どォれがお好き。
467 大きなお風呂
とても大きな
大きなお風呂。
湯槽《ゆぶね》は白砂、
天井は青空、
誰がはいろと
お湯錢は要《い》らぬ。
ここぢや私と西瓜《すゐくわ》の皮が、
そこぢや弟と玩具の亀が、
見えない遠いどこぞのふちにや、
支那の子供も浸《つか》つてゐよし、
くろい印度《インド》の子供も遊ぼ。
世界中つづいた
大きなお風呂、
すてきなお風呂。
468 角《かど》の乾物屋の
――わがもとの家、まことにかくありき――
角《かど》の乾物屋《かんぶつや》の
塩俵、
日ざしがかつきり
もう斜《なゝめ》。
二軒目の空《あき》屋の
空俵、
捨《す》て犬ころころ
もぐれてる。
三軒目の酒屋の
炭俵、
山から來た馬
いま飼葉《かひば》。
四軒目の本屋の
看板《かんばん》の、
かげから私は
ながめてた。
469 唄
お風邪なほつて
表へ出たら
みんな袖無《そでなし》着てました。
みんなで唄ふ
唄きけば
「ほうい、ほうい、ほうれん坊。」
知らぬその唄
ききながら
ふところ手して山見れば、
山は紅葉《もみぢ》になりました。
470 日曜の朝
青い洋服《やうふく》さんは
父さんと、
丸屋根の教會堂《けうくわいだう》へ
ゆきました。
白い前かけさんは
母さんと、
四つ辻《つじ》で朝の新聞
賣つてます。
夏が來ました
青い空。
教會堂の
丸屋根に
きのふ來た燕《つばめ》がとまつて
みてゐます。
471 日曜の午後
この掌《て》のなかにあるものは、
青と白との
十二|竹《たけ》。
竹であそんだみいちやんは、
呼《よ》ばれて使ひにゆきました。
朝から氣にして、今までも、
お復習《さらひ》しない日曜の
あそび疲《つか》れたお八つすぎ。
晴れたお空にあるものは、
お湯屋《ゆや》の煙突《えんとつ》
ひるの月。
472 丘の上で
あたまの上には青い空
足のしたには青い草。
お伽噺の繪でみたは、
きれいなきれいな王女さま。
けれども黄金の冠は、
青い空よりちひさいし、
きれいな黄金のあの靴も
青い草よりかたいだろ。
あたまの上には青い空
足の下には青い草。
丘に立つてる私こそ、
もつとりつぱなおひめさま。
473 守唄《もりうた》
ねんねよねんね、
日のくれがたは、
つんで來たあかいげんげも
おねんねするよ。
ほそいみどりの
おくびをたれて。
ねんねよねんね、
日のくれがたは、
あの丘《をか》の白いお家も
おねんねするよ。
あをい硝子《がらす》の
お眼《めゝ》をとぢて。
ねんねよねんね、
日のくれがたに、
ほつかりとお眼《めゝ》さますは
電燈《でんき》のたまと、
森のほうほう
みみづくばかり。
474 廣告塔
さやうなら、
さやうなら――
汽車のうしろの赤い燈《ひ》は、
はるかの暗に消えました。
あきらめて、
くるり廻《まは》れば
はなやかな、
春のいい夜の街《まち》の空。
廣告塔の赤い燈《ひ》は、
みるまに青くなりました。
475 十二竹《じふにたけ》
二|貫《くわん》借《か》りてる
かんしやくの、
やりばのなさに
投げ出した、
竹のおもての
こみどりを、
ちかりと白く
光らせる、
縁《えん》の日ざしの
うららかさ。
十二竹
かへしそこねて
投げ出して、
すこし泪《なみだ》の
にじむ眼に――
476 小さなお墓
小さなお墓、
まあるいお墓、
おぢいさまのお墓。
百日紅《さるすべり》の花が、
かんざしになつてた。
去年《きよねん》のことよ。
けふ來て見れば、
新しいお墓、
しろじろと立つてる。
せんのお墓、
どこへ行つた、
石屋にやつた。
今年も花は、
百日紅《さるすぺり》の花は、
墓の上に散つてる。
477 鯨法會
鯨法會《くぢらほふゑ》は春のくれ、
海に飛魚《とびうを》採《と》れるころ。
濱のお寺で鳴る鐘が、
ゆれて水面《みのも》をわたるとき、
村の漁夫《れふし》が羽織着て、
濱のお寺へいそぐとき、
沖で鯨《くぢら》の子がひとり、
その鳴る鐘をききながら、
死んだ父さま、母さまを、
こひし、こひしと泣いてます。
海のおもてを、鐘の音は、
海のどこまで、ひびくやら。
478 お朔日《ついたち》
お朔日《ついたち》、お朔日、
とてもきれいな朝の空、
けふから私は單衣《ひとへ》です。
お朔日《ついたち》、お朔日、
お巡査《まはり》さんも白の服、
黒い喪章《もしやう》が目立ちます。
お朔日《ついたち》、お朔日、
晩にや坊さまおいでです、
あとでお菓子《くわし》がさがります。
お朔日《ついたち》、お朔日、
とてもすてきな日和《ひより》です、
けふから町は夏でせう。
479 達磨《だるま》おくり
白勝つた、
白勝つた。
揃つて手をあげ
「ばんざあい」
赤組《あかぐみ》の方見て
「ばんざあい」
だまつてる
赤組よ、
秋のお晝の
日の光り、
土によごれて、ころがつて、
赤いだるまが照られてる。
も一つと
先生が云ふので
「ばんざあい。」
すこし小聲《こごゑ》になりました。
480 くれがた
暗いお山に紅《あか》い窓、
窓のなかにはなにがある。
空《から》つぽになつたゆりかごと、
涙をためた母さまと。
明るい空に金の月、
月の上にはなにがある。
あれはこがねのゆりかごよ、
その赤ちやんがねんねしてる。
481 お風邪
風吹きや匂《にほ》ふ
橙の花よ、
橙畑《だいだいばたけ》の
橙に、
わたしは昨日《きのふ》、
鞦韆《ぶらんこ》かけた。
けふはお風邪《かぜ》よ
お床のなかよ、
さつき來たのは
おひげのお醫者、
にがいお藥
くれるだらうな。
しろじろ
にほふ
橙の花よ。
482 籔蚊《やぶか》の唄
ブーン、ブン、
木蔭《こかげ》にみつけた、乳母車《うばぐるま》、
ねんねの赤ちやん、かはいいな、
ちよいとキスしよ、頬つぺたに。
アーン、アン、
おやおや、赤ちやん泣き出した、
お守どこ行《い》た、花つみか、
飛んでつて告《つ》げましよ、耳のはた。
パーン、パン、
どつこい、あぶない、おお怖《こは》い、
いきなりぶたれた、掌《て》のひらだ、
命《いのち》、ひろうたぞ、やあれ、やれ。
ブーン、ブン、
籔のお家《うち》は暗いけど、
やつぱりお家へかへろかな、
かへつて、母さんとねようかな。
483 をどり人形
をどり人形は、箱の上、
けふもちりから、くるくると。
前にや夜店の瓦斯《ガス》の灯《ひ》に、
欲《ほ》しそな顔が七つ八つ。
くるり廻《まは》れば暗い海、
お船の灯《あかり》がちらちらと。
をどり人形は、越えて來た、
とほい海路をおもひ出し、
眼にはなみだが湧《わ》いてても、
足はやすまず、くるくると。
またもまはれば、瓦斯《ガス》の灯《ひ》に、
更けて浴衣《ゆかた》の子がふたり。
484 知らない小母さん
ひとりで杉垣《すぎがき》
のぞいてゐたら、
知らない小母《をば》さん
垣の外|通《とほ》つた。
小母さんつて呼《よ》んだら
知つてるよに笑つた、
私が笑つたら
もつともつと笑つた。
知らない小母さん、
いい小母さんだな、
花の咲いた柘榴《ざくろ》に
かくれて行つたよ。
485 なぞ
なぞなぞなァに、
たくさんあつて、とれないものなァに。
青い海の青い水、
それはすくへば青かない。
なぞなぞなァに、
なんにもなくつて、とれるものなァに。
夏の晝の小《ち》さい風、
それは、團扇《うちは》ですくへるよ。
〔以上、460〜485、さみしい王女 鯨捕り〕
486 こだまでせうか
「遊《あす》ばう」つていふと
「遊ばう」つていふ。
「馬鹿《ばか》」つていふと
「馬鹿」つていふ。
「もう遊ばない」つていふと
「遊ばない」つていふ。
さうして、あとで
さみしくなつて、
「ごめんね」つていふと
「ごめんね」つていふ。
こだまでせうか、
いいえ、誰でも。
487 數字
二つと三つで五つです、
五つと七つで十二です。
一年生になりたては、
濱の小石を拾《ひろ》つて行つて、
それで算術習ひます。
何萬、何千、何百を、
割《わ》つたり、掛《か》けたり、加《くは》へたり、
そんなお算用《さんによ》する今は、
サンタクロスの小父さんほども、
小石|背負《しよ》はなきやなるまいに。
かろい鉛筆《えんぴつ》一本で、
書ける數字は、嬉しいな。
488 りこうな櫻んぼ
とてもりこうな櫻んぼ、
ある日、葉かげで考へる。
待てよ、私はまだ青い、
行儀《ぎやうぎ》のわるい鳥の子が、
つつきや、ぽんぽが痛くなる、
かくれてるのが親切だ。
そこで、かくれた、葉の裏《うら》だ、
鳥も見ないが、お日さまも、
みつけないから、染《そ》め殘す。
やがて熟《う》れたが、櫻んぼ、
またも葉かげで考へる。
待《ま》てよ、私を育てたは、
この木で、この木を育てたは、
あの年とつたお百姓だ、
鳥にとられちやなるまいぞ。
そこで、お百姓、籠もつて、
取りに來たのに、櫻んぼ、
かくれてたので採《と》り殘す。
やがて子供が二人來た、
そこでまたまた考へる。
待てよ、子供は二人ゐる、
それに私はただ一つ、
けんくわさせてはなるまいぞ、
落ちない事が親切だ。
そこで、落ちたは夜夜中《よるよなか》、
黒い巨《おほ》きな靴が來て、
りこうな櫻んぼを踏《ふ》みつけた。
489 山と空
もしもお山が硝子《がらす》だつたら、
私も東京が見られませうに。
――お汽車で
行つた、
兄さんのやうに。
もしもお空が硝子《がらす》だつたら、
私も神さまが見られませうに。
――天使に
なつた
妹《いもと》のやうに。
490 お寢着《ねまき》
八時打ちます、
お時計が、
おねまき着せます、
おかあさま。
白い、白い、おねまきを、
着て寢《ね》りや、
白い夢ばかり。
お花のついた晝のべべ、
着て寢《ね》りや、
お花になれように。
蝶々《てふ/\》のついた外出着《よそゆき》を
着て寢りや、
蝶々になれように。
だけども母さま
着《き》せるから、
だまつて着《き》ませう
白ねまき。
491 玩具《おもちや》のない子が
玩具《おもらや》のない子が
さみしけりや、
玩具をやつたらなほるでせう。
母さんのない子が
かなしけりや、
母さんをあげたら嬉《うれ》しいでせう。
母さんはやさしく
髪《かみ》を撫《な》で、
玩具は箱から
こぼれてて、
それで私の
さみしいは、
何を貰うたらなほるでせう。
492 波の子守唄
ねんねよ、ねんね、ざんぶりこ、
ざんぶり、ざぶりこ、ねんねしな。
海の底では貝の子が、
藻《も》のゆりかごでねんねした。
ねんねよ、ねんね、ざんぶりこ、
お十五|夜《や》さま、もう高い。
海の渚《なぎさ》ぢや蟹《かに》の子が、
砂のお床でねんねした。
ざんぶり、ざぶりこ、ねんねしな、
あけの明星《みやうじよ》の自《しら》むまで。
493 學校
――人におくる――
氷《こほり》がとけたら
みづうみの
底に學校は
あるでせう。
葦《あし》の葉かげに
映《うつ》つて揺《ゆ》れた
赤い瓦《かはら》よ
白壁よ。
葦は枯れ
學校はあとなく
なつたけど、
氷がとけたら
みづうみに
むかしの影があるでせう。
葦が青めば
その底で
鐘のなる日も來るでせう。
494 早春
飛んで來た
毬《まり》が、
あとから子供。
浮《う》いてゐる
凧《たこ》が、
海から汽笛《きてき》。
飛んで來た
春が、
けふの空 青さ。
浮いてゐる
こころ、
遠い月 白さ。
495 明日
街《まち》で逢《あ》つた
母さんと子供
ちらと聞いたは
「明日《あした》」
街《まち》の果《はて》は
夕燒小燒、
春の近さも
知れる日。
なぜか私も
うれしくなつて
思つて來たは
「明日《あした》」
496 あさがほ
青いあさがほあつち向いて咲いた、
白いあさがほこつち向いて咲いた。
ひとつの蜂が、
ふたつの花に。
ひとつのお日が、
ふたつの花に。
青いあさがほあつち向いてしぼむ、
白いあさがほこつち向いてしぼむ。
それでおしまひ、
はい、さやうなら。
497 しもやけ
しもやけの
すこうしかゆい小春日《こはるび》に、
お背戸の山茶花《さゞんくわ》咲きました。
その花折つて髪にさし、
そしてしもやけ見てゐたら、
ふつと、私がお噺《はなし》の、
継娘《まゝこ》のやうにおもはれて、
淺黄《あさき》に澄《す》んだお空さへ、
なにかさみしくなりました。
498 鶴
お宮の池の
丹頂《たんちやう》の鶴よ。
おまへが見れば、
世界ぢゆうのものは、
何もかも、網《あみ》の目《め》が
ついてゐよう。
あんなに晴れたお空にも、
ちひさな私のお顔にも。
お宮の池の
丹頂の鶴が、
網《あみ》のなかで靜かに
羽《は》をうつときに。
一山《ひとやま》むかうを
お汽車《きしや》が行つた。
499 赤い靴
空はきのふもけふも青い、
路はきのふもけふも白い。
溝《みぞ》のふちにも花が咲いた、
小《ち》さいはこべの花が咲いた。
坊やもべべがかろくなつて、
一足、二足、あるき出した。
一足踏んでは得意《とくい》さうに、
笑ふ、笑ふ、聲を立てて。
買つたばかしの赤い靴で、
坊や、あんよ、春が來たよ。
500 暗夜
暗い廣い原つぱで、
誰か唱歌をうたつてる。
高臺《たかだい》に並んだ窓の灯《ひ》の、
一つを影が暗くする。
とほい巨《おほ》きな都會《まち》の空、
ぼつと砂金《さきん》をぼかしてる。
物干臺《ものほしだい》にひとり居て、
蜜柑《みかん》たべたべ眺めてる。
501 野茨の花
白い花びら
刺《とけ》のなか、
「おうお、痛かろ。」
そよ風が、
駈《か》けてたすけに
行つたらば、
ほろり、ほろりと
散りました。
白い花びら
土の上、
「おうお、寒かろ。」
お日さまが、
そつと、照らして
ぬくめたら、
茶いろになつて
枯れました。
502 宵節句
虫齒《むしば》がいたい
齒がいたい、
しぼしぼ小雨《こさめ》の
宵節句《よひぜつく》。
雪洞《ぼんぼり》の灯《ひ》も
いつか消《き》え
官女《くわんぢよ》も仕丁《しちやう》も
ねむつたろ。
寢ててみえるは
ほの白い
裸人形《はだかにんぎやう》の
足のうら。
むし齒がいたい
齒が痛い、
更けてさみしい
宵節句。
503 木屑《きくづ》ひろひ
朝鮮人《てうせんじん》の子、何つむの、
げんげが咲いたの、よもぎなの。
いやいや、草は枯れてます。
朝鮮人の子、何うたふ、
朝鮮人のお唄なの。
いやいや、日本の童謡《どうえう》です。
朝鮮人の子、たのしげに、
こぼれ木屑《きくづ》をひろひます。
製材|裏《うら》の廣つぱで。
木屑ひろうて、束にして、
頭にのせてかへります。
小さなお小舍《こや》で、母さんと、
とろとろ赤い火を燃《も》して、
父さんの歸りを待つために。
504 やせつぽちの木
森の隅《すみ》つこの木が云うた。
「きれいな小さい駒鳥《こまどり》さん、
わたしの枝でも、おあそびな。」
高慢《かうまん》ちきな駒鳥は、
よその小枝で啼《な》いてゐた。
「あかい實《み》もない、花もない、
やせつぽちさん、お前には、
森の女王は呼べまいよ。」
(誰がきいてた、
誰か知ら、
きいてお空へ告《つ》げに行《い》た。)
高慢《かうまん》ちきな駒鳥が、
日ぐれにまた來てたまげたは、
やせつぽちの木、その梢《こずゑ》、
黄金《きん》の木《こ》の實《み》が光つてた。
(まるい、十五夜お月さま。)
505 かくれんばう
かくれんばう、かあくれた。
太郎も、次郎も、かあくれた。
裏戸にしよんぼり、鬼ばかり。
(日向葵《ひまはり》まはつた、
五分ほどまはつた。)
かくれんばう、何してる。
ひとりはお背戸《せど》の柿の木で、
青い柿の實むしつてる。
ひとりは日ぐれの台所、
お鍋の湯氣《ゆげ》でも眺めてる。
そして鬼さん、何してる。
らつぱの音で飛んで出て、
お馬車へついて行つちやつた。
裏戸に立つは桐の木の
靜かに、たかい、影ばかり。
506 あけがたの花
お宮の太鼓《たいこ》は鳴つたけど、
花のおめめはまだ眠い。
しらしら明けの靄《もや》のなか、
とほくひびいて、近く來て、
だんだん消える轍《わだち》の音を、
花はうつつにきいてゐる。
夢にまじつて、その音は、
とほい、とほい、見知らぬ里へ、
花のこころをのせてゆく。
名なしの草の花たちは、
きのふの埃《ほこり》、今朝《けさ》の露、
のせたまんまで、みちのはた、
うつらうつらと夢みてる。
507 すかんぽ
すかんぽ、すかんぽ
みいつけた。
豆の畑の畦道《あぜみち》に。
遠いお里よ、あのころよ、
とうに忘れた、その味よ。
ここは巨《おほ》きな都會《まち》の裏《うら》、
一山《ひとやま》越えた、段畑《だんばたけ》、
ぽうと鳴るのは汽船《ふね》の笛、
ごうとひびくは、なんの音。
すかんぽ、すかんぽ
?《か》みしめて、
空のはるかを見た時に、
なんの鳥やら、わたり鳥、
群《む》れて、ちひさく行きました。
508 蛙
憎《にく》まれつ子、
憎まれつ子、
いつでも、かつでも、誰からも。
雨が降らなきや、草たちが、
「なんだ、蛙《かへろ》め、なまけて。」 と、
それをおいらが知る事か。
雨が降《ふ》り出しや子供らが、
「あいつ、鳴くから降るんだ。」と、
みんなで石をぶつつける。
それがかなしさ、口をしさ、
今度は降れ、降れ、降れ、となく。
なけばからりと晴れあがり、
馬鹿にしたよな、虹が出る。
509 冬の雨
「母さま、母さま、ちよいと見て、
雪がまじつて降《ふ》つててよ。」
「ああ、降《ふ》るのね。」とお母さま、
お裁縫《しごと》してるお母さま。
――氷雨《ひさめ》の街《まち》をときどき行くは、
みんな似たよな傘《かさ》ばかり。
「母さま、それでも七つ寢《ね》りや、
やつぱり正月《しやうぐわつ》來《く》るでしよか。」
「ああ、來《く》るのよ。」とお母さま、
春着《はるぎ》縫《ぬ》つてるお母さま。
――このぬかるみが河ならいいな、
ひろい海なら、なほいいな。
「母さま、お舟がとほるのよ、
ぎいちら、ぎいちら、櫓《ろ》をおして。」
「まあ、馬鹿《ばか》だね。」とお母さま、
こちら向かないお母さま。
――さみしくあてる、左《ひだり》の頬《ほゝ》に、
つめたいつめたい硝子《ガラス》です。
510 紙《かみ》の星
思ひ出すのは、
病院《びやうゐん》の、
すこし汚《よご》れた白い壁《かべ》。
ながい夏の日、いちにちを、
眺《なが》め暮《くら》した白い壁。
小《ち》さい蜘蛛《くも》の巣《す》、雨のしみ、
そして七つの紙《かみ》の星《ほし》。
星に書かれた七つの字、
メ、リ、ー、ク、リ、ス、マ、七つの字。
去年《きよねん》、その頃、その床《とこ》に、
どんな子供がねかされて、
その夜の雪にさみしげに、
紙のお星を剪《き》つたやら。
忘れられない、
病院の、
壁に煤《すゝ》けた、七つ星。
511 きりぎりすの山登り
きりぎつちょん、山のぼり、
朝からとうから、山のぼり。
ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。
山は朝日だ、野は朝露だ、
とても跳《は》ねるぞ、元氣《げんき》だぞ。
ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。
あの山、てつぺん、秋の空、
つめたく觸《さは》るぞ、この髭《ひげ》に。
ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。
一跳ね、跳ねれば、昨夜《ゆふべ》見た、
お星のとこへも、行かれるぞ。
ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。
お日さま、遠いぞ、さァむいぞ、
あの山、あの山、まだとほい。
ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。
見たよなこの花、白桔梗《しらききやう》、
昨夜《ゆふべ》のお宿だ、おうや、おや。
ヤ、ドッコイ、つかれた、つかれた、ナ。
山は月夜だ、野は夜露、
露でものんで、寢ようかな。
アーア、アーア、あくびだ、ねむたい、ナ。
512 卷末手記《くわんまつしゆき》
――できました、
できました、
かはいい詩集ができました。
我とわが身に訓《をし》ふれど、
心をどらず
さみしさよ。
夏暮れ
秋もはや更《た》けぬ、
針もつひまのわが手わざ、
ただにむなしき心地《こゝち》する。
誰に見せうぞ、
我さへも、心|足《た》らはず
さみしさよ。
(ああ、つひに、
登り得ずして歸り來し、
山のすがたは
雲に消ゆ。)
とにかくに
むなしきわざと知りながら、
秋の灯《ともし》の更《ふ》くるまを、
ただひたむきに
書きて來《こ》し。
明日《あす》よりは、
何を書かうぞ
さみしさよ。
〔以上、486〜512、さみしい王女 波の子守唄〕
(2012年9月17日(月)午後7時54分、入力終了)
(2014年4月18日(金)午後1時30分、修正)