第五十六話 反攻作戦
ご報告:活動報告にも記載させて頂いておりますが、本来この60部に該当する55話が消失しております。私の手落ちでバックアップを取っていなかったため、近日中にあらすじを、そして出来るだけ早めに再度書こうと思っております。ご迷惑をお掛け致します。2015.2,27
~3行でわかる55話あらすじ~
予備隊はムトス部隊長の指揮の元で統率者率いる魔獣の群れと対峙する。
上空からのロックイーグルの奇襲によって混乱する予備隊。
態勢を立て直すべく一旦方円の陣で魔獣の攻勢に耐え反撃の機会を待つ。
「ルビー、どうするの?」
「大輝、どうするんだ?」
「アルドさん、どうします?」
「いや、オレに聞くなよ!?」
グラート王子率いる予備隊が布陣した場所から東へ500メートル程に位置する大樹の枝の上で奇妙なやり取りをする一団がいた。まるで伝言ゲームのような会話をするのは順にリル、ルビー、大輝、アルドであった。
「アルドに振ったのは間違いですよ?」
「アルドは脳筋だからな。」
「アルドさんの扱いはそれで統一されてるんだ・・・」
「お前らなぁ・・・」
緊張感のない会話をしているが、視線は予備隊の布陣している地点に固定されたままだ。なぜならそこに統率者が現れているからだ。
「で、真面目な話、このまま見学でいいんですか?」
リルの言葉通り、司令部への伝令役を務めているCランクパーティー『疾風迅雷』の5人以外の遊撃隊のメンバーは全員3つの木に分かれて観戦者となっていた。もちろんこれは隊長であるルビーと副隊長であるリル、参謀である大輝の決定だった。そしてルビーの元には各パーティーのリーダー6人が集まっている。
「プレーリーレオが3頭か・・・たぶんあのオスが統率者ですよね?」
大輝が確認を取るがほぼ間違いないと思っている。ライオンの世界ではオスが群れのボスだからだ。
「それで間違いないだろうね。問題は3頭もBランクがいるってことと、フォレストベアーが10頭、ロックアイベックスが200にロックイーグルが30・・・はっきり言って遊撃隊だけじゃ手に余る。というより全滅しちまうよ。」
ルビーが両手を上げてお手上げのポーズを取る。全員が同じ意見なのだろう、皆頷いていた。そんな中アルドが意見する。
「今なら予備隊にDランクとCランクを任せて遊撃隊でプレーリーレオを討てるんじゃないか?このメンツなら1頭当たり2パーティーをぶつければなんとかなると思うんだが。」
確かにアルドの言う通り、それなら勝算はあるだろう。だが役職者の3人は首を横に振る。
「アルドさん、あのアリスとか言う王子の側付が協力すると思いますか?」
「あの上から目線の女も気に食わないが、王都から来た予備隊の奴らのあたしたちを見る目も気に入らないね。そんな信用できない連中に背中は任せたくないね。」
「それだけじゃありません。グラート王子たちの目的は統率者を討って功績を上げる事です。つまり、遊撃隊が統率者を討つことに協力してくれるとは思えないんですよ。」
リル、ルビー、大輝の言葉を聞いて納得するも別のパーティーリーダーからも意見が出る。
「予備隊の精鋭がプレーリーレオを、オレたち遊撃隊がフォレストベアーを、残りの騎士たちがロックアイベックスを討つという形で提案してみては?」
相手の戦力が強大であるのだからこちらも共闘すべきであるというもっともな意見であるが、これも3人の役職者に否定される。
「確かにムトス部隊長と隊長クラスが挑めば倒せる可能性はありますが、私はこれまでの騎士団の対応が許せませんので共闘には賛成しかねます。」
「信用出来ない連中には背中を預ける気はないね。」
「互いに不信感を抱いている以上、共闘しても連携が取れないばかりか混乱するだけになると思います。」
リルは対策会議から参加しているために騎士団の非協力的対応を目の前で見ており、王都から来た部隊に対しても拒否反応を見せていた。ルビーも同じである。そして大輝も否定的に見ていたのだった。
「という訳で、『疾風迅雷』が魔道具と援軍を連れてくるまでは待機だ。今のうちにあの群れの戦い方をよく観察しておいてくれよ。」
ルビーが決定を下したすぐ後に突撃が始まり、統率者率いる魔獣の群れが見事な連携と奇襲で予備隊を削って行くのを見る事になった。
大輝は自分がこの世界の住人となっていることを実感していた。
ロックイーグルに奇襲を許し、ロックアイベックスの角とフォレストベアーの腕によって吹き飛ばされる騎士たちの姿を見ても助けに行こうとしない自分を見てそう感じていたのだ。
(まあ、確かに『未来視』で人が苦しんでいる姿や死ぬ場面は何度も見て来たし、実際に自分が襲われたことも1度や2度じゃない。でもここまで心が痛まないとは自分でビックリだな。この調子だと自分で人を斬ってもそれほど呵責に苛まれることもないかもしれないな・・・)
日本に比べて圧倒的に死が身近にあるアメイジア。侑斗たちのような一般的な高校生であれば違った感情を抱いたであろうが、生憎と大輝は一般人の枠からは大きく外れており、改めて自分が特異な人間であることを認めざるを得なかった。
「ムトス部隊長が反撃に出るようですね。」
リルの言葉に我に返った大輝が戦場を確認すると、方円の陣の中に動きが見て取れた。円を描いて防御に徹する重装歩兵たちの中で騎士たちがいくつかの隊に再編成されているのが見え、なんらかの手段で事態を打開しようとしていることがわかる。
「グラート王子を逃がそうとするわけではないようですね。」
大輝も部隊の動きを見てリルに同意するが、その行動には疑問を持った。
(確かに個人の武が大きくモノを言う世界だけど、この場合は王子を無事に戦線離脱させるべきじゃないのか?)
方円の中心にいるのは一国の王子なのだ。しかも、ハンザ王国の生命線であるマデイラ王国との同盟の結晶ともいえる血筋に当たる人物だ。魔獣相手に分の悪い賭けをしてよいはずがない。
(勝算があるのかな?あまりそうは見えないけど・・・)
大輝が考え込む中、樹上でも同様の会話が繰り広げられていた。
「ムトス部隊長が統率者を狙うみたいね。」
「精鋭で一点突破して大将首を取るつもりか。」
「でも、それって追い詰められた時に取る手段じゃね?」
「最大戦力が王子の側を離れて大丈夫なのか?」
「この状況でいいわけないだろ。」
「王子が危なくなっても見学でいいんだな?」
「王子を危機から救ったら報奨金たんまりもらえそうだけど・・・」
「あたしらは冒険者で作戦行動中さ。優先順位を間違えるんじゃないよ!」
ルビーの言う通り現在優先しなければいけないのは勝手な行動を取っているグラート王子救出ではなく統率者を始めとする魔獣の殲滅である。ここで無理を承知で王子を救出して遊撃隊が戦場を離脱してしまえば高ランク魔獣たちが再び司令部のある高台やノルトの街を襲ってしまう。それを許してはいけないのだ。
「応援が到着すれば参戦するし、あたしたちが殲滅できる程度まで予備隊が魔獣の群れを削っても参戦だが、それ以外の場合は待機だよ。あたしたちは王国騎士団じゃなくて依頼行動中の冒険者だってことを忘れないでよね。」
冒険者にとってなによりも大切なのは依頼遂行。それを各パーティーのリーダーに念押しするルビーとそれに同意する者たちが頷く中、ムトスの反攻作戦が開始された。
方円の陣を維持する予備隊に対して、プレーリーレオ率いる魔獣の群れは断続的な攻撃を行っていた。相変わらずプレーリーレオ3頭は最後方で見ているだけだったが、ロックアイベックスは時折重装歩兵の構える大盾へと突進を行い、それに合わせて上空からロックイーグルが牽制を加えていた。フォレストベアーは大盾の崩れるタイミングを狙っているのか大きな動きは見せていない。
「突進を何度も受け止めたために重装歩兵の大盾が変形を始めています。長くは保ちません!」
「慌てるな!次にロックアイベックスが下がった時に勝負を掛ける。騎兵に合図を送る準備をしておけ!」
一撃離脱を繰り返すロックアイベックスを忌々し気に睨みながらムトスが大声を上げて反攻の準備を促す。
冷静に考えれば、王子を守るべき重装歩兵の大盾が大きく損耗しているというならば撤退すべきである。ムトスを始めとした精鋭が出撃して盾となるべき重装歩兵の装備が心許ないということは王子が危機に陥るということだ。しかしムトスは攻撃に特化した武人であり己の名誉のためにも統率者しか目に入っていなかった。そして行動に出る時が来た。ロックアイベックスが再突進の助走を取る為に退いて行ったのだ。
「騎兵に合図を送れ!」
あらかじめ騎士団内で決められていた鏑矢が3本放たれる。3本がそれぞれ異なる音響を発し、騎兵たちに何をするべきかを伝える。3本の音響の意味は「横撃」「混乱」「囮」であった。それを2回繰り返したところで騎兵からも1本の鏑矢が放たれる。「了解」の合図だった。
「突撃させろ!」
完全にロックアイベックスが下がり終えたところでムトスが号令を下して「突入」の意を持つ鏑矢が放たれる。そして方円の陣から300メートル程離れた位置から騎兵200騎が雪崩込んで来る。
「騎兵とロックアイベックスが接触する直前に支援射撃だ!」
方円の中から弓術士と魔法士がロックアイベックスに向かって弓矢と魔法を撃ち込む。一瞬の注意を引くことに成功し、そこに騎兵が馬上槍を手に突っ込んでいく姿を確認したムトスはフォレストベアーを受け持つ隊長6人と騎士40人へと目を向ける。
「勝負を急ぐ必要はない。ただし、統率者とこの陣には近づけさせるな!」
「「「 了解であります! 」」」
ムトスが選抜したメンバーだけあって、Cランク魔獣を相手をするにもかかわらず怖気づいた者などいなかった。全員が力強く返事をしたのを見て戦場へと視線を戻す。そして号令を下した。
「大盾開門!目標フォレストベアー!行けぃ!」
ムトスの命令に従って固く閉じていた大盾の壁がさっと開き、10頭のフォレストベアーに向かって選抜隊が放たれる。まるで弓が放たれたかのように一直線にそれぞれの担当するフォレストベアーに突撃する選抜隊を見送ったムトスは近くまで来ていたグラート王子とアーガス、アリスの兄妹に方円の陣を構築している部下たちの指揮を頼む。
「グラート王子、私はこれから統率者を討ちに出ます。魔獣の群れの規模が大きい為、隊長たちも全員出撃しておりますので、この部隊の指揮をお任せいたします。」
ムトスの言うことは無茶苦茶であった。形式上はグラート王子が予備隊を率いていることになっているが、王子自身が戦場で部隊の指揮を執ったことなどない。アーガスとアリスにしても同様だ。それをいきなり危機的状況で隊長が出払った600人強の部隊を預けるなど本来はありえない。しかし、戦場の空気に中てられたためか承知してしまうグラート王子。
「わかった。ムトスが必ずや統率者を討ってくれると信じている。」
「「 ムトス部隊長。ご武運を。」」
騎士団式の礼を取ったムトスが踵を返して共にプレーリーレオへと挑む4人の隊長の元へと戻って行く。そして10頭のフォレストベアーの注意がこちらに向いていない事を確かめたムトスが静かに出撃する。
ムトスは溢れ出る闘志を必死に隠しながら4人の隊長と共に乱戦となっている王子と統率者の中間地点の戦場を迂回して行く。横目に見ると10頭のフォレストベアーはなんとか選抜隊が抑えているが、ロックアイベックスを攪乱しに行った騎兵は苦戦しているのがわかった。ムトスの意図としては、騎兵の機動力を活かした横撃からの一撃離脱を繰り返して欲しかったのだが、鏑矢での指示が曖昧だったため、「囮」の意味を取り違えたようだった。騎兵たちは折角の機動力を活かすのではなく、ロックアイベックスの群れの中で停止して乱戦を行っている。
「まずいな・・・これでは騎兵が蹴散らされるのも時間の問題。そうなればフォレストベアーを抑えている選抜隊や重装歩兵に標的が移ってしまう。」
ムトスの悪い予想は当たる。機動力の削がれた騎兵はロックアイベックスの格好の餌食だった。騎兵たちの持つ馬上槍は馬の突進力と組み合わせてこそ効果を発揮するものだ。立ち止って振るっても岩石並の強度を誇るロックアイベックスの表皮は貫けず次々と穂先が欠けていく。逆にロックアイベックスの角によって馬が狙われ、馬と共に地に伏す騎兵たちの数が増えていた。
「最早気配を殺している余裕はない。全員身体強化を掛けて一気にプレーリーレオまで駆けるぞ!」
10分と経たずに騎兵が全滅するだろうとムトスが作戦を変える。そして一気に加速して悠然と戦場を眺めているプレーリーレオへと駆け出していった。
「部隊長!左からロックアイベックスが5頭程接近してきます!」
あと50メートルでプレーリーレオに到達するというタイミングで隊長の1人から声が上がった。
「っち。あと少しなのに・・・。挟撃されるわけにはいかない。短時間で仕留める。出来るだけ音を立てずに仕留めろ!」
Bランク魔獣であるプレーリーレオとの戦闘中に他の魔獣に襲われては勝ち目はないため、即座に意識を5頭のロックアイベックスを倒すことに切り替えたムトスたち。他のロックアイベックスを引き寄せないためにも速やかにかつ静かに仕留めることに集中する。
「1人1頭だ。」
1対1ならムトスと4人の隊長たちにとってロックアイベックスは脅威ではない。ロックアイベックスが角を振り上げたタイミングで弱点である首を一刀の元に切り伏せる事すら可能だ。それだけの身体能力と剣技、そして名剣といえる武器を持っている。
「ふんっ!」
声を上げる訳にはいかないが、思わず首を切り落とす時に息が漏れる。わずか30秒で5頭のロックアイベックスを屠ったムトスたちはすぐにプレーリーレオの元へと向かおうとする。
「ん?」
視線を標的であるプレーリーレオへ向けたムトスが怪訝な声を漏らす。続いて4人の隊長たちも疑いを持つ。先ほどまで統率者であるオスのプレーリーレオの横に侍っていたメス2頭の姿が見えないのだ。ムトスの脳内に警鐘が鳴る。ライオンは夜間に獲物を狩る事が多いが、昼間にも狩りをすることがある。その場合、草丈が長い茂みに身を隠して獲物に忍び寄って一気に喉笛に噛みつくのだ。ちょうどムトスたちが隠密行動でプレーリーレオに近づく為に選んで通って来たこの場所のような。
「散開しろ!」
前線指揮官の勘がこの場にいることは危険だと告げていた。だからこそ周囲に気取られるの承知で大声を上げたのだが一瞬遅かった。
「「 っぎゃ! 」」
ムトスの背後から2人分の悲鳴がほぼ同時に聞こえた。ムトスが振り返った時には2人の隊長が喉を食い破られており、メスのプレーリーレオ2頭がムトスに向けて倒したばかりの隊長の身体を首の力だけで投げて来た。
「くそがっ!」
可愛がってきた部下を投げつけられて怒りの声を上げるムトスだが、2頭は彼を無視して残り2人の隊長へと飛びかかって行く。ムトスは受け止めてやりたい気持ちを押し殺して投げられた遺体を跳ね除け、2頭のプレーリーレオに狙われた2人の隊長を援護しに行く。1対1では隊長たちに勝ち目はないのだ。
「うっ!」
ムトスが援護に入る前に1人の隊長が利き腕を噛み千切られて剣を失う。実質2対2の戦いになってしまったことでムトスたちに勝機はなかった。例え奇跡が起こって2頭のメスを退けたとしても統率者であるオスのプレーリーレオを仕留める事は出来ないだろう。
「統率者に剣を突きつけることさえ出来ないのか・・・」
ムトスが無念さを滲ませる。
こうして予備隊の反攻作戦は失敗に終わった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。