This blog concept is a "tryna totally different Hip Hop blog from others."

コンセプトは"他のHip Hopブログとは全く異なるものにする"

アメリカ合衆国の抱える社会問題や、リリックの細かい解読、ラッパー達の経歴、そして管理人が頻繁に聴いている曲を紹介する不定期更新US Mainstream Hip Hop中心のブログです。

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2015/02/04

ブログ総閲覧数が40万PVを突破したという事で

2月4日でブログの総アクセス数が40万を突破しました。これからもMore Than Noiseをよろしくお願いします。さて、今回の◯◯万PVを突破〜記事では、(旧ブログ名を含めた)More Than Noiseの始まりを紹介していこうと思います。始まり: なぜこのブログをやろうと思ったか。このブログは2012年の6月から更新をスタートさせました。過去の記事: "ブログ総閲覧数が10万PVを突破したという事で" に「私がHip Hopが好き というありきたりな事から始めたもの」と書きましたが、もう少し細かく書こうと思います。「なんで管理人はこんな面倒くさいことやってるの?」に答えるのがこの記事の最終目標です。

事の始まりは私が中学生だった時。当時周りで流行っていたのはJ-Popでしたが、中学2〜3年時に突如としてEminemフィーバーが起こりました。そう、8 Mile公開がその原因です。その辺りから周りが"洋楽"なんて言葉を使う様になりました。休憩時間、クラスのCDコンポからはUsherやThe Black Eyed Peasが流れていました。私にとって未知の音楽が流行っている最中、隣のクラスの知人が"My Best"なんていう洋楽が8曲ほど入ったMDを貸してくれました。それがHip Hopとの出会いです。1番始めに聴いたHip HopはJay-ZのDirt Off Your Shoulderでした。



友だちのMDにはUsherのYeahも入っていました。そこでLil JonとLudacrisという2人のラッパー(前者に関してはラッパーと言っていいかは曖昧な点がありますが...)を知る事になります。当然何を歌っているのかは分かりませんでしたが、何よりもビートに衝撃を受けたのを覚えています。"Hip Hop"という単語を知ったのもこの時。何より、「よく分からないけど格好いい」という感想を持ちました。

Eminemも聴きましたが、それは周りが「Eminem格好良いよね」と言っていたからで、自分から聴く事はまだありませんでした。それでも、J-Pop熱が下がっていた私は徐々にHip Hopという"音楽ジャンル"を聴いていく事になります。最寄り駅のCDショップで様々なCDを漁りました。誰が格好いいとかは分かりませんでしたが、Lil WayneのTha Carterは今でも聴く、私の宝物です。Mannie Freshの奏でるビートが本当に好きでした。featuring ◯◯ の ◯◯ をインターネットで調べる日々がここから始まります。私がハマったのは当時全盛期を迎えていたDrity South。逆を言えば、他の地域(East CoastやWest Coast)のHip Hopを聴こうとはしませんでした。それを加速させたのが高校時代です。

私はあまり高校に馴染めませんでした。中学の時とまた違う環境。そしてこういうもので判断したくはないのですが、偏差値もかなり低い学校でした。当然、私もですが、"それなりの学力"の人が集まる訳です。入学時に交流会の様なものがあって、一部の生徒が俗に言われるB系なんて服装をしていました。私は彼らを「怖いな」と思う反面、そことなく期待感を持って眺めていました。理由はシンプル: 「Hip Hop好きの友だちが出来るかもしれない!」

かなり内気な私ですが、なんとか頑張って数名に声を掛けました。「◯◯くんHip Hop好きなの?俺も好きなんだよ!」なんて感じで。そう、私は彼らを外見で判断していました。故に、私がよくブログで書く「Hip Hopのファッションをしているからと言って、Hip Hopに詳しい、または好き は合致しない」が産まれた訳です。回りくどい書き方をしますが、彼らは"Eminem止まり"でした。Eminem止まり と書くと彼を好きなリスナー又は信者から反感を喰らいそうですが、私が書くそれは"Eminem以外のHip Hopを聴かない人"の意味です。

当時の私もB系ファッションをしていました。しかし体が細く、周りのB系軍団やなんちゃって不良達からは冷たい視線、そして時としてわざと肩をぶつけられたりしていました。「何だよ糞が。おめぇーらHip Hop聴かねぇのかよ」なんて思い始める様になり、1人で学校から直帰→部屋に引き蘢って当時アメリカで爆発的に流行っていたSNSサイト MySpaceで様々なラッパーを聴き漁る毎日。その時間が何よりの楽しみでした。そして、いつからかラップの中身に興味を持ち始めました。「よくfuckって言ってるけどなんだろう?bitchって何だ?なんでラッパーはここで笑ってるんだ?」なんて事を考える様になりました。もちろんそんな事学校では教えてくれませんし、周りと馴染めていないのだから話せる環境もなかった: 自分で調べるしかなかったのです。その辺りから、輸入版よりも値段が高い対話が付いている日本版のアルバムを買うようになりました。が、唯一問題があって、頻繁に全ての曲の和訳が付いていなかったのです。"〜の関係で対話は載せておりません"など、「おいおい俺はこの曲が知りたかったのに」なんて思う事が多々ありました。

高校2年生の時、学校のプログラムの一環でオーストラリアに研修という名の"お遊び"に行きました。そこで初めて英語で会話するチャンスをもらいましたが、大体は同じ高校の人達と一緒に行動しなければいけなかった為にそんなに話す事は出来なかった。それでも、ホームステイ先では積極的に話そうと頑張りました。しかし、いくら学校で文法云々を学んだからと言ってそれが通用するかと言ったら、当然しないのです。それを身を持って痛感したのがそのプログラムでした。当時オーストラリではB系ファッションの事を一括りに"ギャングスタ"と呼んでいたそうで、私もよく「Gangsta〜笑」なんて馬鹿にされていたのは、今となっては良い思い出です。

高3生になる前の春休み、父親とNew York Cityに行きました。何となくではありましたが、"Hip HopはNew Yorkで誕生した"というのはいつからか知っていました。そして、ある女性の方のHarlem Tourに参加したのです。彼女は今でもそのツアーをやっているそうで、頻繁にTwitterでアメリカ関連の社会的なツイートをしています。もちろん今でもNew York City在住の方です。そんな彼女と一緒にHarlemに縁があるHip Hop関連の場所だったり、Harlemの美味しいレストランを紹介して頂きました。そして私は彼女に1つの疑問をぶつけました。「当然黒人の人達はラップの中身を理解しているのでしょうか?」それに彼女は「もちろん。彼らはずっとこの音楽を聴いているのですから」と答えました。私はショックでした。「なんで俺は知らないんだ」というショックが。彼女のツアーが終わり、Harlemを父親とフラフラしている時に知らない男性から「nice jacket!」と言われました。もちろん「良いジャケット着てるね」になります。それに私は「Thank you!」としか言えませんでした。もっと色々な事を聞きたかったのに、「あなたの好きなラッパーは誰?」って質問したかったのに、一応英語の授業だけはちゃんと受けているつもりだったのに、オーストラリア研修にも行ったのに、なぜ喋れないんだ....ファーストフード店でHip Hopファッションをしていた黒人の若者達がスピーカー越しにあれこれと話していました。そういうのを理解出来たらどんなに楽しいか....

それから本格的に英語を勉強するようになりました。教材はもちろんHip Hopのリリックです。とにかく知らない単語を片っ端から調べ、しらみつぶしにそれらを単語ノートにまとめました。そのノートは今でも見返す時があります。Harlemのとあるお店においてあったフリーペーパーにも手を付け、徐々に「そんな事書いてあるのかこれには!」と楽しみが増えて行きました。当然学校では孤立していましたが、別にそれでもいいといつからか思う様になりました。肩をぶつけられたり、「あいつ細いクセにB系」なんて後ろ指を指されていたのも知っていましたが、Hip Hopだけがあればいいと考えていました。「どうせお前達は何も分かっちゃいない。お前らもそういう格好してるけど、俺はちゃんとそれを理解しようとしてる」と、勝手に優越感に浸っていました。今となってはかなり"痛い"、そして"無知な"高校時代です。

高校3年になり、進路を決めなくてはいけない時期: とにかく英語に関心があった私は留学を考えていました。まぁ、別の言い方をすれば他の教科はそんなに出来なかったし、勉強もしていませんでした。そう、"逃げ"です。始め両親は留学に関しては肯定も否定もしませんでしたが、私がHip Hop好き、また英語をコツコツと勉強していたのは知っていたので徐々に理解を示してくれました。留学する前にTOEFL、簡単に言えば非ネイティブスピーカー用の英語テスト を受けましたが、何度受けても結果は平均以下。最後に受けたのでやっと平均に到達し、なんとか無事(?)にアメリカの短大に入学する事が決定しました。


YA(留学前)


まずアメリカのSeattleで約3ヶ月間のホームステイを経験し、その後Pennsylvania州のとある短大に入学しました。Seattleは大都会ですが、次の短大が何も周りにない、よく私がブログ内で使う"糞田舎"でした。日本人は私を含めて3人、みんな授業も学年も違うので滅多に話す事はありません。寮で色んな人と英語で一生懸命に会話をする様に心掛けました。そんな短大で2人の黒人と出会う事になります。

まず1人目が男性、彼は現在もPennsylvania州でラッパーとして活躍(?)しています。学校の催し物でラップを披露した事もあります。そんな彼は私の服装に興味があったそうで(理由はEvisu Jeansを履いていたから というのは後で知りました)、「その服どこで買ったんだ?」などを毎日聞いてきました。あっちが質問してんだから俺も質問していいよな?なんてノリで「なぁ、俺のiPodに入ってるHip Hopの曲チェックしてくれよ!6000曲全部!」とドヤ顔で言い放ちました。意外にも彼はそれに喰い付きiPodを漁り始めます。そして、「YAこれ聴くのか?じゃあ◯◯も知ってるか?」なんて事を連発で質問されましたが、「いや、それは知らない」としか答える事が出来ませんでした。人生で初めて黒人とHip Hop関連の話をしたのがこれで、「何だよお前らどんだけ聴いてるんだよ」と惨めな思いをする結果に終わります。高校時代、周りのB系野郎達を差し置き「俺が1番聴いてる」と思ってアメリカに来たはいいが、「やはり"本場"は違うのか」と実感しました。

2人目は女性です。アジア人が珍しい訳ではないと思いますが、日本人と話したのは初めてだったそうです。彼女には英語のスラングをたくさん教えてもらいました。そんな彼女に「ねぇ、このラッパーなんて言ってるの?」と質問をしました。その曲がBun B:Swang On Em feat. Lupe Fiasco です。


そんな彼女からは「これはギャングの事を歌っているんだよ」と教えられましたが、これは自分で色々と分かる様になってから知った事実として、この曲でギャングの事はあまりラップされていないのです。「なんだ、そんなもんだったのか」という安堵感と、「Harlemの日本人女性はみんな理解していると言ってたぞ。おかしいだろ?」と考えた事もあります。

YA(Parisにて)


実はこの辺りからファッションに興味を持つ様になり、Paris Fashion Week (パリコレ)や日本のストリートスナップサイトなどをチェックする様になりました。故に私の自己紹介記事の好きなブランド項目には俗に言われる"ハイブランド"が名を連ねています。短大はバスを乗り継ぎ2時間半ほどでNYCに行ける位置にありました。NYCでたくさんの人と出会いました。大体は日本人のファッション関係者: その内の1人は今NYCで最も人気があるファッションスナップサイトの管理人だったりします。前に記事にした事がありますが、アメリカ人の服装は良く言えば"ラフ"で、悪く言えば"適当/パジャマ"が大体です。短大にいた生徒達の大半もパジャマ、もしくはアバクロを着ていました。NYC在住の日本人は皆魅力的でした。頻繁に「YAくんもNYCに住めばいいのに。楽しいよ!」と声を掛けてくれました。そんな事を言われた夜には短大がある田舎町へバスで戻らなくてはいけなかった。NYCからPennsylvania州に戻る時、必ず摩天楼を目にします。その景色を見ながら「いつか俺も」なんて考えていました。それと同時にファッションブログを開始しました。メインはNew York Cityのストリートスナップでしたが、行く頻度は決して多くない。人間は贅沢なもので、日本に住んでいる方からすれば「1、2ヶ月に1度NYCに行けるのかよ」なんて思われるかもしれませんが、私は"中途半端な"位置にいたのでどんどんNYC熱が帯びて行きました。「毎日でも行きたい。住んでみたい」という気持ちが強かった。ストリートスナップを撮る頻度は少なく、「何か他の企画を作らなくては」と考える様になりました。そこで始めたのがファッション関係者にインタビュー というテーマでしたが、別にコネもなくNYCに行こうにもなかなか行けずにブログ熱はどんどんと減少。そして、NYCに行く頻度も下がって行きました。このブログは40万アクセスを突破しましたが、そのファッションブログは合計で2、3万アクセス行ったかどうか曖昧な所。NYCに初めて行った時のワクワク感は消え、「糞、なんでNYCにいねぇんだよ」と自分への怒り、そして何よりNYCを嫌いになり始めていたのです。 そして、そのファッションブログは閉鎖しました。もうURL自体消えているのですが、「NYCに行けない憤りが〜」なんて事を書いて終わったのは覚えています。それまで行っていたファッションパーティーやイベントにも行かなくなり、NYC在住の日本人ともどんどん疎遠になりました。「俺はこんな糞田舎で何をやってるんだろう」と、彼らと距離を取る様になっていったのです。それから無我夢中で勉強しました。先ほど書きましたが、私は短大に入ったので成績を上げてある程度の大学に行かなくてはいけなかったのです。

Hip Hopも普通に聴いていましたが、高校時の情熱を持ってというか、一生懸命に色々と調べる事はありませんでした。そして、次の大学で私の恩人と出会う事になります。

YA (4年生大学編入後)


短大からNew York州のとある4年生大学に編入しました。そこで1人の黒人男性と出会う事になります。彼は日本語を勉強していて、私が日本人だと知ると「色々と日本語を教えて欲しい」と言ってきました。その代わりにという事で、私は彼から英語のスラングを習う関係になりました。そんな彼が私の家に着た時、たまたまHip Hopのリリックの話へ。隣でLil Wayneを聴いていた彼が途中途中で「今のすげぇな!」と発狂する場面が多々ありました。でも私は何をラップしているのか全然分かりません。

彼「YA今のラップ聴いたか?今の◯◯と△△で掛けてるんだぜ。こういうのをdouble entendreって言うんだ。」

YA「はい?」

なんて会話を永遠としていました。彼は曲が流れている間発狂しっ放し。私はそれを羨ましく思いながらじーっと眺める。そんな時間が過ぎて行きました。そんな時彼が「Rap Geniusってサイト知ってるか?それならYAも理解出来るかもしれないぜ」と教えてくれました。それが私と"リリック解読"の出会いです。もうそのサイトの事は過去に何度か触れているので詳しくは書きませんが、私にとってかなりの衝撃でした。それから自分でラップの中身をどんどんと調べる様になります。高校時代の単語だけを調べるのではなく、文と文の繋がりや展開の仕方をチェックしました。彼とも「このラップすげぇな!まさかラッパーがこんな事言ってるとは思いもしなかった!頭いいんだな!」なんて話す様になりました。そして2012年の6月を迎えます。

始めはラッパー紹介などがメインでしたが、何かの拍子でRap Genius的なものが出来ればと考えていました。というのも、世の中にはたくさんのHip Hopブログがあります。しかし多くのそれを謳うブログは「今日の新譜紹介!」などでYou Tubeから曲を貼付けるだけのものでした。同じ事をしてもただのパクリであり、何の面白味もないと考えていました。「そういうものは既存のブログがやっているのだから、俺はやる必要がない。彼らにそういうものは任せればよい。」その中で浮かんだアイディアが"リリック解読"です。

Hip Hopのリリックは中高で習った英語では難解なものばかりです。さらに、和訳だけを読むと辻褄が合わない部分がたくさんあります。「なぜこれとこれが繋がるのか?」はじっくりと各ラインを読まなければ理解出来ないと、私は黒人との会話、そして何よりもRap Geniusを通して痛感してきました。事実、(既にリリック解読記事を始めた後ですが)過去にTwitterでKendrick LamarのControlの和訳が話題になった時、あるフォロワーさんから「和訳を読んでもよく分からなくて」と言われた事があります。「和訳だけじゃなくて中身をちゃんと理解しろ!」なんて言いません。そんな事書こうものなら再び過去のバッシング"リリック至上主義"なんて事を言われかねません。和訳は和訳として楽しみ、その中で更に気になったものを私のブログで解説しているに過ぎません。ただのオススメです。どうか誤解しないでください。

大学でHip Hop/Rapを学問として普通に勉強出来る授業を取った事もこのブログにかなり影響されています。故に面倒くさい事にまで首を突っ込みます。アメリカの社会問題とHip Hopは切っても切れない関係です。

最近応援メールが増えました。「これほど詳しく紹介しているサイトはない」や「たまたまラッパーの名前を検索してたら出て来ました。これからも頑張ってください」などなど。過去にファッションブログで爆死した私としては本当にありがたい事です。

ファッションは実際に袖を通したり繊維をチェックしたり、実際に見て触ったりなど、ハイブランドを買うとなるとお金も嵩みます。でも音楽は聴く事が出来ます。最近ではSoundcloudなどで音源をチェック出来ます。その中に"現場"なんて言葉も出て来ますが、改めて聞きたいです:

現場でHip Hopに携わっている方々は1人でコソコソとこんな長ったらしい記事を書く私をどう見ていますか?こんなブログでは、Hip Hop/Rap好きと言えないのでしょうか?

私は主にUS Mainstream Hip Hopを紹介していますが、それは中高時に聴いていたものが影響しています。今これを書きながら思っているのですが、私は心のどこかで高校時代のB系軍団を見返そうとしているのかもしれません。それこそ、「お前らより俺の方が知ってる」なんて見せつけたいのかも。毎度書いている事ですが、このブログを通して、過去の私の様に"周りにHip Hopを共有出来る友だちがいない"人達を救済したいと思います。もちろん、まずは自分、そしてHip Hopの為です。ファッションブログを消去した後にHip Hopを通してかけがえのない友だちが出来ました。そして幾度となく「そうだったのか!」と喜びました。ブログの読者さん方とクラブで踊ったり酔っぱらったりする事も出来ました。Hip Hopで単語を学び、気付けばアメリカで毎晩課題に追われていました。自分の人生を変えた、そして楽しませてくれているこの"文化"への恩返しです。そして、それを陰で支えてくれた両親にも感謝を。

結局この記事もとても長くなってしまいました。Hip Hopは本当に面倒くさい事がたくさんあると思います — 今これを書いている自分自身がそうである様に。でも、知る事で色々な想像が膨らんだり、また別の事を知ろうとする好奇心が、私には湧いて来ます。故にリリック解読や小ネタ記事であまり他のブログでは取り上げていないものを紹介している訳です。このブログのコンセプト、"他のHip Hopブログとは全く異なるものにする"にはそんな考えが含まれています。ファッションブログはあやふやの内に終わりました。このブログをそんな気持ちで終わらせるつもりはありません。途中途中で話が行ったり来たり、支離滅裂な部分がある事をお許しください。ではこの辺で。


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