日ごろ、私たちが何気なく使っているエレベータ。そのエレベータが目的の階で数ミリのズレもなくピタリと止まるのを「当たり前」だと思っていませんか? 実はこれ、都内のある中小企業が手掛ける「機械式精密位置決めスイッチ」のおかげなのですが、同社はこの分野で世界シェア7割を占めているといいます。従業員100人程度ながら、世界シェアトップを維持し続ける秘訣とは何か――好評発売中の講談社現代新書『世界に冠たる中小企業』(黒崎誠著)第4章より、以下、その一部を特別公開します。
中小企業の得意分野は、大企業の参入してこないようなニッチ市場とされる。だが、その多くは最初から存在していたものではない。ほとんどは、中小企業が自らの手で新たにつくり上げたものだ。ニッチ市場で中小企業が生き残っているといった甘いものではなく、中小企業が自らの汗と努力によって、ニッチ市場という新しい市場を創出したといっていい。日本の中小企業によるニッチ市場から誕生した製品の中には、世界トップどころか、その製品がなければ世界の経済活動に支障をきたす例も数多くある。
なぜエレベータはピタリと止まるのか
メトロール(東京・立川市)は、工作機械、半導体製造装置などの機械が正確に作動する位置を測定し、制御する「機械式精密位置決めスイッチ」をつくっている。一見、我々の生活とは縁のないように思えるが、たとえば、エレベータが数ミリの狂いもなくピタリと止まるのは、実は同社のスイッチのお陰だ。最近では脳神経外科手術分野の医療機器にも使われ、多くの難病の患者を救済している。この分野で世界シェア70パーセントを有し、オンリーワン企業に近い。従業員は100人をわずかに上回る中小企業にもかかわらず世界トップシェアを維持できる秘密は、モノづくりに命を懸けるといっても過言ではない高度の技術への挑戦と、人事、経理等の管理部門はゼロといった徹底した合理的な経営にあった。
工作機械の代表ともいえる切削工作機械の先端には、金属を削るための刃が付いている。もし刃が正確な位置に取り付けられていなかったら、いくら優秀な工作機械でもその高い性能を発揮できない。また、刃は極めて硬い特殊金属でできているが、それでも何百万回、何千万回と使われればいずれ刃こぼれするし、位置もずれてくる。これに気づかず稼働を続けていれば、機械は故障する。かつては機械の微妙な動き、音の変化などからこの道何十年のベテラン社員が位置のずれや刃こぼれを見つけ出し、経験とカンで調整してきた。
だが、メトロールの開発した「位置決めスイッチ」を使用すれば、製品が不良品になるほど刃こぼれが進むと機械は自動的に停止する。不良品が発生する直前まで位置がずれても機械は止まる。この結果、ベテラン社員が絶えず機械をチェックする必要もなくなって生産ラインの自動化を可能とし、二四時間の稼働と生産性向上につながった。メトロールのスイッチは、300万回以上使っても位置のばらつきが0.0005~0.001ミリ以内にとどまる。刃こぼれもほぼ同じ測定範囲で検知する。価格は機種によって異なるが、数千円から10万円台。位置決めスイッチは、メトロールのような機械的機能を利用するものと、光、電磁波を利用するものの二つのタイプに分かれる。
光、電磁波のスイッチが大量に使用された時代もあり、おもに電気メーカーが製造していた。それらは光や磁力を増幅させて制御する一方、熱に弱いという決定的な弱点を持っていた。工作機械は、高い熱だけでなく電磁波も発生させる。さらに機械によって削られた金属の破片が飛び散り、機械から漏れ出す油も性能に悪影響を与え、精度に狂いが生じる。
ところが、メトロールの機械式スイッチは、光や電磁波を利用しないから熱にも強く、油や削られた金属が飛び散るような過酷な条件下でも、ほぼ精度が変わらない。しかも、価格は光や電磁波のタイプの10分の1程度と極めて安価。リーマンショックで同社も売り上げが半分以下にまで減った。しかし、同社の売り上げの半分以上を占める輸出の回復によって2年後にはリーマンショック前にまで回復させた。2014年度にはリーマンショック前を上回る15億円に達し、同社の持つ国際競争力の強さを見せつけた。中小企業でも世界で圧倒的な技術力を有していれば、未曾有の不況さえ乗り切り安定した経営を続けられる典型例だろう。
著者= 黒崎 誠
講談社現代新書/本体価格800円(税別)
◎内容紹介◎
中小企業が日本経済を支えているのではない。
中小企業こそが日本経済の中核なのだ。
中小企業の再生こそが、
日本経済の復活と地方創生のカギとなる!
グローバル展開の戦略と秘密を大公開!
世界中の美容師や理容師から愛用されている鋏、
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小惑星探査機「はやぶさ」や
東京スカイツリーにも使われているばね、
新幹線の車輪をつくる工作機械、
紙幣印刷機の重要部品など、
中小製造業24社の戦略と技術を明かす。
これが日本の底力だ!
【おもな内容】
第1章 「伝統技術」を活かして世界を統べる
第2章 「専門分野に特化」が成功のカギ
第3章 「超最先端技術」を武器に世界に挑む
第4章 大手が参入できない「ニッチ市場」を制す
第5章 ノウハウを活かした「業態転換」で勝つ
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