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●日蓮正宗宗規第14条第4項「次期法主の候補者を学頭と称する。」
「発表しなさい」と記載されていなくても、宗規には次期法主と選定されれば「学頭」と称されると記載されています。
しかし、阿部信雄氏は内付(自己申告)されてから15カ月の間、「学頭」と称されたことがありません。
○「称される」ではなく「称する」ですよ?
「称されたことがありません」と言われましても「候補者を学頭と称する」という規定ですから、なんとも。
●では言い換えましょう。宗規には次期法主と選定されれば「学頭」と称すると記載されています。
しかし、日達上人及び日蓮正宗では昭和53年4月15日以降も阿部信雄氏を「学頭」と称していません。
○文章の読解力の問題ですね。「次期法主の候補者を学頭と称する。」
貴方は、「学頭」と呼ばれたことがありません。と言いたのでは?
それに対して明確にお答えしてもいいのですが、それでは貴方の為になりませんから、
思考してもう一度出直してください。
○日号も与えられてますから貴方の際限無き妄執はアウトじゃないでしょうか。
●仏性@法華講員さんの論でいくと、「日号を授与された僧侶=次期法主」のようですが、
日号は得度後に時の法主から授与されるもので、日蓮正宗内では多くの僧侶が日号を授与されていると思います。
但し日号を名乗れるのは能化(権僧上)以上で、
仏性@法華講員さんが力強く主張した「法主の素養の無い当時の能化(早瀬日慈氏、鎌倉日桜氏、小原日悦氏)」の方々もそうですね。
なので、日号を授与したからと言って、それが即次期法主と言う事ではありません。
さらに、阿部信雄氏は自己申告で登座する際、時の法主からあらかじめ授与されていた「日慈」の日号を捨て、自らに「日顕」の日号を授与しました。
○付嘱のあと日号を与えられた、日達上人の明確な意志表示ではないのですか?
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