会長を退任した理由
昨年11月をもって在日特権を許さない市民の会(在特会)の会長を退任しました。退任の切っ掛けは2代目会長に就任した八木康弘さんの存在でした。在特会では2年ごとに会長選挙があります。平成18年に結成して以来、4期8年にわたって私が会長を務めましたが、実は2年前に八木さんに「そろそろバトンタッチしてくれないか」と頼んだことがありました。しかしそのときは「誰がやるかよ」とけんもほろろに断られてしまったのです。
私が八木さんの変化に気がついたのは、昨年10月20日に橋下徹大阪市長と会談した日のことです。当日は月曜日だったのですが、彼は600ページもの手づくりの資料を持って、わざわざ大阪まで来たのです。資料は「ヘイトスピーチ」関連のもので、「橋下徹とやり合うんだから必要だろう」と渡してきました。結局、この会談は5分程度で終わってしまったため、資料を使うことはなかったけれども、それでも「自分の意志で600ページもの資料をつくったのだから、在特会の会長としてやりたいこと、主張したいことがあるのではないか」と私は思ったのです。そこで八木さんに「会長をやらないか」と訊きました。そしてそれから少し経った11月2日に「やります」という返答をもらい、私は「退任します」と発表したというわけです。非常にあっさりとしたバトンタッチでした。
退任を発表して以来、周りからはいろいろな反応を頂きましたが、私が何をやろうと私の勝手(笑)。確かに在特会には知名度や功績があります。しかし私にとっては在特会の会長など軽いものです。肩書きを外しても私は私。困ることなんて何もないし、後任がいたから引き継いでもらった。それだけの話です。ただ今になって振り返ってみると、退任が決まってからすぐに体調を崩したものですから、これは天の配剤だったのかもしれません。だからしばらくは体を治すことに専念させていただきます。
今後の在特会の展望は!?
新会長の八木さんは、私とは完全にタイプが違います。彼は在特会の支部、副会長を務め、昨年12月1日から会長に就任しました。約6年ほど一緒に運動をしましたが、彼は在特会の運動に対してはとにかく真面目の一言です。そういった部分を「面白くない」と感じる人はいるかもしれません。ただ私からすると、真面目な八木さんだからこそ、安心して後任が任せられたのです。八木新体制でも、在特会は基本的には私が目指した道を歩んでいくでしょう。しかしアプローチの仕方は変わると思います。私はこういった人間だから、今までは「イケイケどんどん」でやってきました。しかし今後は行政交渉など、地道な運動をやっていくのだと思います。すると新大久保でデモをやっていた頃とは違い、メディアが取り上げなくなるだろうし、在特会の名前を聞く機会は格段に減ってしまうことでしょう。そういった点では難しい岐路に立っているのかもしれません。ただ、仮に私が会長を続けていたとしても、いつかは同じような状況になっていたのだと思います。
10年で国民は変わった!
在特会での8年間の運動を思い起こすと、国民が変わったと感じたのは平成24年です。この年の8月10日に李明博は竹島に不法上陸し、さらに直後の日には、天皇陛下に対して侮辱発言までしました。そしてその後はご存知の通り、翌年3月1日には大統領就任直後の朴槿恵による「1000年反日」発言があり、今日に至るまで韓国の反日は止むことはありません。
こうした韓国側の反日姿勢を受けて「韓国はどうなっているんだ」と、国民感情が一気に変わりました。以前は外で演説をしていても耳を傾けてくれなかった国民が、次第に足を止めてくれるようになったのです。
10年前に「やがて日本に大嫌韓時代がやってくる」と確信していたのは私しかいませんでした。韓国は酷い国だ、関係を断ち切るべきだ、と堂々と言える、そんな時代が来ることを誰も信じていなかった。しかし私はそれを訴え続けました。そしてそれから10年が経ち、ようやく大嫌韓時代が訪れたのです。10年が長かったのか短かったのか、それは私にはわかりません。しかし「ようやくここまで来たか」と実感しています。
こういった国内の動きを「嫌韓ブーム」と称し、やがて消え行くことにしたいと願う勢力もいるようです。しかしこれはブームではなく時代であり、もはや嫌韓は国民のスタンダードな感情になったのです。未だに韓国に親近感を抱いている人なんて、よほどの馬鹿か「情弱」にも程がある人だけでしょう。実際に内閣府が「韓国に親しみを感じるか」と世論調査を実施したところ、昨年は66パーセントもの国民が「親しみを感じない」と回答しました。しかし多くの国民はまだ「韓国が嫌い」といった感情を抱くだけに留まっています。今後はそれをどう行動に移すかが重要です。
日本が抱えている外交問題を動かそうと思ったら、まずは世論を変えなければなりません。そして実際に日本ではこの年で世論が劇的に変わりました。しかしそれだけでは十分ではありません。次は政治を変えなければならないのです。今の代、代の若者は、あと年くらい経てば社会の中核になります。この世代が政治を猛プッシュする存在になってくれたらと期待しています。
今後の活動予定は!?
私の今後の運動についてですが、医者からは「怒るな」と釘を刺されています(笑)。私がマイクを握ったら怒るに決まっているので、しばらくは外での運動は控えたいと思います。しかし「行動する保守運動」の組織化は進めていきます。在特会とは別の保守運動を一つの大きな枠組みとして、政治家を抱え込む。アメリカの「ティーパーティー」を参考にした草の根運動です。そもそもティーパーティーも全米各地で草の根運動という形で始まり、それが徐々に集まって今の形となり、その後は政治家を輩出するに至りました。こういった歴史を振り返ると、行動する保守運動はティーパーティーに近い存在だと思います。しかしその一方で考えなければならないのは、日米の環境の違いです。アメリカでは週末になると、各地で集会を開いています。集会では政治家や市民が参加して、賛成派と反対派に分かれて徹底的に討論を行っているのです。残念ながら日本にはこのような文化はありません。だからティーパーティーのやり方を、そのまま日本に導入することは難しい。そこでどのように日本式にアレンジするか、まだまだ課題は山積みですが、必ず実現させたいと考えています。
(全文はジャパニズム 23で)
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