京都の町家発の画像サービス『Gyazo』が世界を舞台に「Slack並み」の成長曲線を描ける理由【連載:NEOジェネ!】
2015/02/23公開
『Gyazo』とは
スクリーンショット瞬間共有サービス『Gyazo』
高級絹織物「西陣織」発祥の地であり、歴史を感じさせる町家建築が今も建ち並ぶ京都・西陣地区。およそITとは縁遠そうなこのエリアに、世界を舞台に成長を続けるWebサービスの開発会社がある。画像ストレージサービス『Gyazo』を開発・運営するNOTAがそれだ。
『Gyazo』とは、作成したスクリーンショットに自動でURLを付与することで、瞬時に他者と共有することができる画像ストレージサービス。2011年1月のリリースから約4年で、月間UUは900万人を超えた。
先ごろ、北米発の社内チャットツール『Slack』の急成長ぶりが話題となったが、NOTA代表取締役の洛西一周氏いわく、「『Gyazo』の成長曲線もそれに負けず劣らずの指数関数的な伸びを見せている」という。
また、国内ユーザーはこのうちの15%程度で、北米、ヨーロッパがそれぞれ40%と、圧倒的に海外での利用が多いのも特徴。日本発のWebサービスで世界で通用している例はまだまだ多いとは言えない中、『Gyazo』が世界で急速に支持を広げているのはなぜか。その理由を探るべく、NOTAが居を構える京都リサーチパーク町家スタジオを訪れた。
アイデアの出発点:画像認証を簡素化する「手段」として発明
『Gyazo』は画像認証を提唱する増井氏が個人的に利用するツールとして発明された
『Gyazo』のプロトタイプを発明したのは、日本の携帯電話の予測入力システムの発明や、AppleでiPhoneの日本語入力システムを開発したことなどで知られる増井俊之氏(現・慶應義塾大学環境情報学部教授)。現在はCTOとしてNOTAに籍を置き、『Gyazo』の研究開発に携わっている。
「元々は『Gyazo』のような画像サービスを作りたいと思って作ったわけではない」
『Gyazo』誕生の経緯を尋ねると、増井氏からはそんな言葉が返ってきた。やりかったのは画像認証。『Gyazo』は、その過程を簡素化する「手段」として誕生した。
「Webサービスを利用する際に、自分で設定したパスワードを忘れてしまってログインできないといったことがよくありますよね?『画像認証』は、こうした『パスワード認証』に替わるものとして私が昔から提唱しているものです。自分にしか分からない画像、例えば親しい友人の顔やゆかりの地などをいくつか用意して、それが何であるかをクイズのように問い、正解することで認証が完了します。
ただ、相当数の画像をアルバムから探し出し、切り取り、アップするという作業は非常に手間が掛かる。どうにかしてこの工程をラクチンにできないものか、そうした発想から生まれたのが現在の『Gyazo』のベースとなっている技術です。『Gyazo』を使えば、秘密の問題として使えそうな画像ファイルを開き、その一部を切り出してセーブしてWebにアップロードして……という工程をすべて自動で行うことができます」
技術的には特別なものではないという。まさにアイデアの勝利。増井氏がよく言う「コロンブスの卵指数の高い」発明だった。
「当時はそういうサービスがなかったから作ったということ。もし類似サービスがすでにあったなら、おそらくそれを使っていたでしょうね」
『Gyazo』が世界で支持される一番の理由も、おそらくそこにあると洛西氏が続ける。
「国や人種の違いを超えたツールであることや、きちんとした英語を使ってコピーライティングを行っていることなど、欧米で支持されている要因にはいろいろなことがあると思います。でも、一番大きいのは競合がなかったということ。『Gyazo』は最初からアメリカでナンバーワンのところから始まりました。日本でそこそこ流行っても海外に似たようなサービスがあるとなると、先々苦しくなるのは目に見えていますから」(洛西氏)
「同じようなことを考えていた人はいたかもしれませんし、それを実現する技術もそれほど特別なものではない。ただ、アイデアと技術の両方を持っている人というのが案外少ないということかもしれません。実際、ありそうでまだないものというのが、世の中にはまだまだあると思いますよ」(増井氏)
開発のポイント:日米欧にサーバを分散設置しアップロードを高速化
洛西氏が増井氏から引き継いだ当初、『Gyazo』は赤字続きの「お荷物的」な存在だった
ただし、増井氏が作ったものはあくまで個人利用を目的としたツールであって、ビジネスを視野に入れたものではない。全世界のユーザーに使ってもらえるサービスへと昇華させるのには、また別の跳躍を必要とした。
代表の洛西氏は、学生時代にメモ・スクラップソフトの『紙copi』を開発。事業提携等を経て2007年に渡米し、シリコンバレーでNOTAを立ち上げた。同じころAppleに勤めていた増井氏とは、経産省の未踏ソフトウエア創業事業で薫陶を受けた間柄で、再会後、『Gyazo』を引き継ぐことになった。
「引き継いだ当初はデータベースが動かないなどトラブル続きで、正直、お荷物を預かったという感じでした(笑)。コードもオープンソースだったので、不正アクセスを受けたこともありました。ビジネスにする気はなかったのでそのまま3年くらい放っておいたら、サーバ代などのコストがかさむようになった。嫌がる増井さんを説得して広告を載せて、なんとかトントンにまでは持っていきましたが、人件費を考えると赤字という時代がしばらく続きました」(洛西氏)
NOTAが『Gyazo』を主力サービスと位置づけ、注力し始めたのは実は昨年のこと。ユーザーが多い日米欧の3カ所に分散してサーバを置くことで、画像のアップロード時間短縮に努めるなど、世界規模のサービスとしてスケールできるよう工夫を凝らしている。
現在、フルタイムでコミットする開発陣は7人。増井氏は新機能の研究開発を行っており、残りのメンバーが現行サービスの運営とともに新機能の実装の役割を担う。その中心にいるのが、増井氏と30歳ほど年の離れた現役の京大生、杉本風斗氏だ(現在は休学中)。
「僕らは天から降ってきたものをなんとか形にしなければならないわけですから、それは大変ですよ。そもそも、増井さんから提示される新機能のコンセプト一つとっても、モノを見ただけでは理解できないこともある。増井さんと何時間も議論して、ある時ようやくハッと気付くんです」(杉本氏)
NOTAには『Gyazo GIF』という、従来の『Gyazo』と同じ操作感で動画をキャプチャできるサービスがある。これは元々、『Gyazo』の一ユーザーでしかなかった杉本氏が授業の合間に趣味で作ったものだという。そのうわさを聞きつけた洛西氏からNOTAにスカウトされることになるのだが、そんな才能を持ってしても、増井氏という希有な頭脳から提示される概念を、すんなりと理解することは難しい。
「増井さん一人が使うものとして作られたものを、僕らは世界中の人が使いやすい形にしなくちゃならない。そのとき大切にしているのは、やはりUIデザインです。国内のWebサービスで、操作性まで含めて洗練されたUIを提供できているものは、まだまだ少ない。開発にかける時間や労力の8割は表側に注いでいます」(杉本氏)
人材獲得で競合しないという「地の利」
趣味で『Gyazo GIF』を開発していたことが洛西氏の目に留まり、ジョインすることになった現役京大生の杉本氏
ところで、国内の多くのスタートアップが東京を拠点とする中、京都に腰を据えることにデメリットはないのだろうか。
「もちろん、情報があまり入ってこないとか、VCなどのスタートアップ支援の環境が東京ほど整っていないといった不利はあります。ですが、元々僕らが競合と捉えているのは国内の企業ではない。世界を見据える上ではそれほど大きなデメリットにはならないと考えています」(洛西氏)
洛西氏が「世界」にこだわる理由は、前述した『紙copi』時代の苦い経験にある。同サービスでは『一太郎』を展開するジャストシステムと協業していたのだが、『一太郎』自体がWordとの争いに敗れたことで、『紙copi』の可能性も潰えてしまった経緯があった。
「日本という小さな島の中でだけ作っていても、すごいサービスが海外から来たら、一気にひっくり返されてしまうということを実感しました。そういうところに勝てるサービスでなければ、やる意味がないと思っています」(洛西氏)
一方で、京都を拠点とすることには、採用面においてはメリットもあるという。
「スタートアップがひしめき合う東京では、どうしても優秀な学生の奪い合いになってしまう。その点、幸か不幸か京都では学生が働ける選択肢が限られています。最近では、はてなのインターンを経てウチへ来るというのが定番のようになっているんです」(洛西氏)
休学して社員となった杉本氏をはじめ、現在4人いる学生アルバイトのメンバーも、そのほとんどが「京大マイコンクラブ」の所属。日本最古のコンピュータクラブの一つとされ、多くの優秀なハッカーたちを輩出してきた同クラブとの深いつながりは、東京にはない「地の利」であるといえるだろう。
また、NOTAが入居する町家スタジオというロケーションも、京都ならでは。ミーティングルームはすべて畳敷きの和室。日本庭園に臨む縁側でのプログラミングという独特の環境を求めて、東京の大手IT企業の合宿に使われることもしばしばという。入居する企業同士を隔てるのはふすま1枚のみで、共有スペースではハッカソンのようなイベントも頻繁に開催されるなど、人とアイデアの活発な交流を促す多くの仕掛けが備わっている。
画像だけじゃない。すべての人の「整理」に革命を
『Gyazo』は画像のみならず、すべての「整理」に革命をもたらすべく構想されている
同じストレージサービスの『DropBox』を照準に、NOTAは当面の目標を世界1億人のユーザー獲得に置いている。
「そのための方向性には2つあります。一つは、今の『Gyazo』が持つ良さである、分かりやすさをもっと伝えていく方法。もう一つは、新しい機能がもたらす飛躍です」(洛西氏)
新機能の研究開発を担う増井氏が想定しているのは、現状は画像をアップし、共有する機能に留まっている『Gyazo』に、新たに検索機能をつけること。これにより、『Gyazo』は『Flickr』のような画像管理システムへと発展する。
しかし、増井氏の頭の中では、すでにその先の可能性が構想されてもいるようだ。それは、画像も含めたあらゆるファイルの、まったく新しい管理法だ。
「メールに添付されて届いた資料をそのままにしていたり、文書ファイルをフォルダに入れたものの、どのフォルダだか分からなくなったりして、結局見つからないといった経験がありませんか?これは、現行の階層構造での管理の限界を示しているのです。大きな階層構造というものは、例えば図書館の司書のように管理する人がいて初めて成り立つというのが私の持論。『Gyazo』を発展させれば、そういったファイルを画像に結びつけて探す、まったく新しい管理の方法を提案できると考えています」(増井氏)
シンプルさを一つの売りにする『Gyazo』であるから、機能の拡張は慎重さを必要とするところではある。そこは杉本氏をはじめとする実装部隊の腕の見せ所といえるし、新機能を都度提案するのではなく、例えばタグ付けでの管理も自動で行うことで、「気付いたら新しい機能を使っていた」という状態を演出するアイデアもある。
今は多くの人が不満を抱きつつも当たり前のこととして受け入れている階層構造のファイル管理が、本人も知らない間に別のやり方に置き換わっていた——。そんな「整理」の革命が、近々世界中で起ころうとしているのかもしれない。
取材・文・撮影/鈴木陸夫(編集部)
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