浜田祥太郎
2015年2月21日23時07分
蔵書が並ぶリビングを、図書室として開放する人がいる。奈良県大和高田市の高橋正夫さん(73)。長年連れ添った妻、春枝(はるえ)さんはひときわ読書を愛し、2年前に世を去った。残された2千冊余をいかしたい。連れ合いの名をとり、その空間を「はるえ文庫」と名づけている。
4畳半ほどのリビングは壁一面が本棚だ。昨年5月から貸し出し中で、「歴史」「紀行」「動物」といったジャンル別にぎっしり。高橋さんの妻、春枝さんが集めた蔵書だ。
春枝さんは鳥取県倉吉市出身。中学を卒業後、滋賀県の紡績会社に勤めた。頑張り屋で勉強家。定時制高校にも通った。「職場の寮でいつも本を読んでいた。好奇心が旺盛で、わからないことがあると本を買って調べていた」と、職場の後輩の西田静子さん(69)が振り返る。
45年ほど前。高橋さんは同じ職場の春枝さんと出会う。食事に誘った。地下街の炉端焼き屋などで語り合う。「さっぱりした性格。男性を立ててくれそう」と心を奪われた。
高橋さんは結婚のあいさつにと訪れた際に義母に言われた言葉が忘れられない。「春枝に本を買い出すと給料がなくなりますよ」。実家の倉庫には本が詰まった段ボール箱が20箱以上並んでいた。
息子2人を授かり、約30年前に家を建て、大阪府内から現在の地に移った。建てる際、春枝さんの蔵書を収納できるようにとしつらえたのがリビングの本棚だ。
高度成長期、懸命に働いた高橋さん。「仕事人間」で家族旅行に行った記憶はない。でも、「本を買ってきて」と春枝さんに頼まれて拒んだことはない。付き合いがあっても、本だけは忘れずに持ち帰った。「春ちゃんは仕事もできた。続けたかっただろうが、専業主婦にしちゃった。だから孝行を欠かせなかった」。本は増え続けた。花の本も好きで、庭には四季折々の花が咲いた。
春枝さんが水頭症を患ったのは11年前だ。「退職したら、2人で色々な所を散歩しよう」。そんな願いを温めていた。脳梗塞(こうそく)や腎臓がんを併発し、寝たきりになった。高橋さんは付きっきりで介護。だが目が悪くなった春枝さんは、本を読めなくなった。使われなくなった本棚には白いカーテンをかけ、ほこりがかぶらないようにした。2013年夏の朝、75歳で息を引き取った。
先が見通せなくなった高橋さんは、残された蔵書を図書館に寄付しようかとも思ったが、春枝さんが大切にしていた本を手放せない……。そんな時、オフィスや店の一画をいかして私設図書室とする「まちライブラリー」の活動を知り、昨年5月に「はるえ文庫」を設けた。
笑顔の遺影が隣の和室から本棚を見守る。でも、実は利用者はまだ数えるほどだ。高橋さんは利用者の到来を心待ちしている。もうすぐ春。近くの大中公園は桜の名所。車いすを押して花見をしたことを思い出す。「花を見た帰りにでも足を運んでもらえたら。お役に立てば、さぞやうれしいだろうと思うので」。はるえ文庫は不定休。来訪前に「ご連絡をいただけたら」と高橋さん(奈良県大和高田市昭和町3の30、電話0745・52・1949)。(浜田祥太郎)
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〈まちライブラリー〉 一般の人が持つ本を集める図書室で、森記念財団(東京都港区)で文化事業に取り組む礒井純充(いそいよしみつ)さん(56)が提唱。2011年に大阪市内のビルの一室で始まった。オフィスや店の一画などに開設し、メッセージや感想を書き込むカードをつけ、貸す人と借りる人の交流につなげる狙いもある。全国に約150カ所あるが自宅を開放するタイプは数例という。
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