都心を離れた場所にオフィスを構え、本社と遠隔コミュニケーションしながら働く――近年、そんな「サテライトオフィス」と呼ばれる取り組みが注目されている。中でも有名なのが、名刺管理サービスを手掛けるSansanの取り組みだ。同社は2007年設立のベンチャー企業でありながら、2010年10月に徳島県神山町にセカンドオフィスを設置。そのチャレンジで大きな注目を集めてきた。
ネットベンチャーとしては“異例”のサテライトオフィス設置から4年3カ月たった今、同社はビジネス面でどのような成果を得たのか。また、サテライトオフィスで働く従業員の思いとは――実際に神山の地をおとずれて聞いてみた。
山間部に広がる棚田、ときおり響く小鳥のさえずり……。徳島県の市街地からクルマを1時間ほど走らせたこの場所に、新進気鋭のネットベンチャーのオフィスがある。名刺管理サービス「Sansan」「Eight」を手掛けるSansanのサテライトオフィス、その名も「Sansan神山ラボ」だ。
築70年の古民家の門をくぐると、Webサービス開発に必要なノートPCやディスプレイなどが置かれた“オフィス”がお出迎え。2010年にオープンしたこの場所には現在2人のエンジニアが常駐し、東京本社のチームと連携しながらアプリ開発を行っているという。
「とにかく、東京でストレスをため込みながら働くのがいやで」――神山ラボに常駐しているエンジニアの1人、辰濱健一さんはこう話す。
辰濱さんは徳島県生まれ。大学卒業後に徳島市内のソフトウェア開発会社に就職した後、数社を経てSansan神山ラボの現地採用に応募して入社した。地方就職にこだわり続けている理由は「毎日のように満員電車に乗るのが耐えられないから」という。
「Sansanに就職後、4カ月だけ東京本社に出社することになったんですが、電車が込むのがとにかくいやで。朝の勤務開始に間に合うように、電車がすいているタイミングで乗ろうとすると、8時、7時半、7時、6時半……と出社がどんどん早くなってしまって。自転車で通勤しようにも駐輪場の数が足りないし、こんな環境で働くのは無理だと思いました」(辰濱さん)
そんな辰濱さんは今、徳島県内の自宅から神山ラボまでクルマで30分ほどかけて通勤している。「誰にも気を使う必要がないし、“通勤時間で疲れる”ということがなくなりました」とほっとした表情で話す。
「今の仕事環境は、満員電車に乗って東京で働いていた時よりはるかにいいです。通勤でストレスをためる必要がないし、オフィスについてからも周りの騒音などに惑わされず仕事に集中できる。東京にいた時はすぐに疲れてしまっていましたが、今では朝から晩まで仕事したとしても『まだできるぞ』と思うくらいです」
そんな辰濱さんたちの働き方を支えているのが、Web会議システムをはじめとするコラボレーション環境だ。リモートワークというと“個人プレー”のような印象を抱きがちだが、Sansanの神山ラボはそうではない。辰濱さんたちは、毎朝9時半には必ず東京本社のチームと合同の「朝会」に参加し、それ以外の時間も常に東京オフィスとやり取りしながら働いているという。
朝会をはじめとするWeb会議にはSkypeを使っているほか、複数のメンバーで会議する際には、参加者1人1人の顔を映し出せるWeb会議ツール「appear.in」を使う。また、チャットツールの「Slack」や社内SNSの「Yammer」も活用。常に複数拠点のメンバーが音声/チャットでやりとりできるようになっている。「(東京オフィスとは)日常会話レベルでつながれるようになっています」と辰濱さんは言う。
さらに驚きなのは、辰濱さんは東京にいるメンバーも含めた開発チームのリーダーだということだ。辰濱さんが担当している海外向けアプリの開発メンバーは、辰濱さんと新人エンジニアの2人。辰濱さんはコラボレーションツールを活用し、600キロ離れた場所から新人教育も行っているという。
「東京にいる部下と一緒に仕事するため、Skypeでリモート環境でソースコードをレビューしたり、Yammerで日報を見てつっこみを入れたり……。こうした仕事のスタイルに特に不便は感じませんね。もっとも、部下を叱るときにSkype越しに大声を出すと東京オフィスに響き渡ってしまうので、おとなしめに指摘するようにはしていますが(笑)」
仕事はできるだけ家に持ち帰らないのが辰濱さんのポリシー。定時(午後6時)で仕事が終わっていなければ神山ラボで残業し、午後8時ごろには帰宅するのが日常だ。「ここはなんといっても“民家”なので、シャワーもあればキッチンもあるし、仮眠したいときには布団もある。仕事をする環境としては最高ですよ」
「なにより助かっているのが、地方で働いているからといって“社内で差別されない”ということ。東京で働いている人と同様にちゃんと昇給だってする。こちらは一軒家を借りても家賃は数万円程度なので、貯金もできるしありがたいばかりです」(辰濱さん)
「よく勘違いされがちなのですが、当社がサテライトオフィスを置いているのは“ワークライフバランス”のためではありません」――こう話すのは、SansanでCWO(チーフ・ワークスタイル・オフィサー)を務める角川(つのかわ)素久さんだ。
Sansanの神山ラボ開設を決めたのは、創業者でもある寺田親弘社長。米シリコンバレーでの勤務経験がある寺田社長は、おおらかな西海岸の土地でストレスをためずに働く数々のスタートアップ企業を見て「東京のオフィスにとじこもって働いていても勝てるわけがない」と考え、サテライトオフィスの設置を決めたという。
角川CWOによれば、Sansanが4年間にわたってサテライトオフィスを設置している最大の目的は「社員の生産性を高めること」。神山ラボは常駐スタッフ以外の社員も「合宿」や「長期滞在」といった形で使えるようになっているが、いずれの場合も通常以上の業務成果を出すことを求めている。
こうした方針が奏功し、神山ラボで働く社員の業務効率は高いという。「神山ラボにいる社員は純粋に“成果”だけで評価される。同じオフィスにいるとなんとなく机に向かっているだけで『仕事をしている感じ』が出てしまうが、神山ラボにはそれがない。このことがプレッシャーとなり、サテライトオフィスで働く社員1人1人の生産性向上につながっているのでは」(角川CWO)
同社ではサテライトオフィスを活用した生産性向上を目的に、これまで多くの“実験”を行ってきた。「開設して間もないころは、法務や広報、マーケティング担当者など、さまざまな職種の社員に神山ラボで働いてもらいました」と角川CWOは振り返る。
こうして試行錯誤を重ねた結果、個人ワーク中心の職種であれば東京オフィスにいる時と同じように働けることが分かったという。一方、一時は“オンライン営業”のチームを神山ラボに常駐させたこともあったものの、3カ月ほどたった時点で本社に呼び戻す結果となっている。
「(営業部員のリモートワークも)最初のうちはうまくいっていたが、だんだん成果が落ちてきてしまって……結果としては営業スタッフを神山ラボに常駐させたのは失敗でしたね。営業のような職種は互いに顔を見合わせて切磋琢磨しながら働くことが重要なので、リモート環境に常駐するのは向いていない。リモートワークに『向いている職種』『向いていない職種』はあると思います」
「ただ、営業スタッフにとっても短い期間であれば“転地効果”で集中力が高まるため、一時的な滞在ならば効果はある」と角川CWO。今でもオンライン営業のチームをはじめ、職種を問わずに神山ラボで合宿や長期滞在を行って成果を出しているという。
Sansanは神山ラボで得られた経験をもとに、新しい働き方への取り組みも始めている。その1つが、2014年に京都府内のシェアオフィスに設置した新サテライトオフィス「Sansan京都ラボ」だ。
「どうしても採用したい優秀なエンジニアがいて、彼が京都でしか働きたくないと言うので……。『それなら京都にオフィスを作ろう』ということで、実質的に“彼のため”にサテライトオフィスを作ることに決めました」――角川CWOはそうあっさり話す。
Sansanでは神山ラボや京都ラボのほかにも、長野県や新潟県などで働いているエンジニアやデザイナーもいる。彼らに共通しているのがSkypeなどのITツールで常に東京本社とつながり、密にコミュニケーションを取りながらリモートワークに取り組んでいることだ。東京オフィスで働いている社員にも、サテライトオフィスでの長期滞在や在宅ワークを条件付きで認めている。
サテライトオフィス設置から4年たった今、「リモート環境で働くことが社員の生産性を落とすことはない」と角川CWOは断言する。「社員にも言っていますが『自由』と『成果』は表裏一体。自由な働き方をしたいなら、その分の成果を出してもらうようにしています。そんな積み重ねを通じ、スタートアップ企業ならではの勢いをずっと持ち続けていきたいですね」
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