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銀貨の使い道

 昔々、すなおで綺麗な女の子がいました。

 女の子は産まれた時から真っ白で、髪も肌も目も舌も、色のあるところはひとつもありません。

 神様が色を塗り忘れたのでしょう。

 作りかけの人形のような女の子は、おかあさんにたいそう可愛がられて育ちました。


 でもおかあさん以外の人々は女の子を可愛いとは思わず、「色無し、色無し」とはやしたててばかり。

 おかあさんは女の子に鮮やかな赤や、青の服を作ってあげましたが、

 それがいっそう、女の子の白い身体を目立たせるのです。


 あるとき、女の子は子ども達に雨上がりの地面に転がされ、たくさんたくさん泥を食べさせられました。

 泥まみれのオバケのようになった女の子は、おかあさんに訊きます。

 「おかあさん、泥の色って、何でこんなに苦いの?」

 「それは、お前の舌の色が、とっても甘いからなんだよ」


 あるとき、女の子はおとな達に焼きごてを押し付けられ、たくさんたくさん火傷をつけられました。

 水ぶくれのオバケのようになった女の子は、おかあさんに訊きます。

 「おかあさん、焼きごての色って、何でこんなに熱いの?」

 「それは、お前の肌の色が、とっても冷たいからなんだよ」


 女の子はいろんな色にまみれるたび、自分の白い体の事を知りました。

 女の子の体は甘くて、冷たくて、さらさらしていて、やわらかくて、気持ちの良いものだったのです。


 ある日、女の子はおかあさんから1枚の銀貨を渡され、こう言われました。

 「おかあさんはお前が何より大好きだけれど、この村の人間は誰もお前の事を好きになろうとしない。
  それどころか、あの人達はとうとうお前を殺す事にしたらしいよ」

 「おかあさん、わたしはどうしたらいいの?」

 「お前はね、家の外に出て、ここから遠い遠い、想像も出来ないくらい遠い所へ逃げるんだよ。
  けっして振り向かないで、しあわせになれる場所まで逃げるんだ。

  ほら、さっさとおゆき。おかあさんも、きっといつかお前の所へゆくからね」

 女の子は小さな銀貨を握り締め、言われたとおりに家を出て行きました。


 大きなフォークやたいまつを持ったおとな達が、
 「色無し、色無し」と叫びながらおいかけてきましたが、

 女の子はけっして振り向かずに逃げました。

 夜だったので辺りはまっくらでしたが、大きなお皿のような月が出ていたので、

 女の子の前の道だけは、はっきりと見えます。


 女の子は息をきらし、必死で夜道を走りました。

 泥を食べた野原を過ぎ、焼きごてを押し付けられた馬屋を過ぎ、

 今まで来た事も無いような、何もない所へ出ます。

 女の子は息も絶え絶えに、それでも先へ行こうとしましたが、

 とうとう足がくじけ、走れなくなってしまいました。


 女の子はおとな達の足音が近づいてくるのを聞き、大声で泣き叫びます。

 するとまっくらな道の先で、死んだ犬の頭を刺したカカシが言いました。

 「真っ白なお嬢さん、何がそんなに悲しいんだい?
  足が動かないのは、そんなに悲しい事なのかい?」

 「ええ、悲しいわカカシさん。だってこのままじゃ、わたしは殺されてしまうもの。
  フォークやたいまつを持ったおとな達が、私を探しに来るわ」

 「それじゃ、ぼくが代わりに逃げてやろう。
  君の綺麗な頭をくれれば、おとな達を遠くへ連れてってあげるよ」

 「本当?ありがとう、カカシさん」

 女の子は自分の頭をカカシにやり、代わりに死んだ犬の頭を貰いました。


 「さぁみんな、わたしを殺しにおいで」

 かつんかつんと地面を跳ね、女の子とそっくりの声を出すカカシは、
 おとな達を騙して、道の外へ連れてゆきます。

 暫くしておとな達のものすごい悲鳴が聞こえてきましたが、

 女の子はまた、くじいた足を引きずり、道を歩き始めました。


 長い舌を垂らし、うんうんうめきながら歩いていると、今度は道の先に、

 とても大きな樹が生えていました。

 道いっぱいに広がった根っこは女の子の胴より太く、

 空を隠すほど長い枝には、たくさんの首を吊った人たちがぶらさがっています。

 女の子はおそるおそる、樹に話しかけました。

 「樹さん、樹さん、この人たちは何で首を吊っているの?」

 「それは咎人だからよ、犬の顔をしたお嬢ちゃん。
  咎人は、みんな私の枝に吊るされるの」

 「じゃ、悪い人たちなのね」

 「中には、そうでない人もいるわ。
  偉い人に嫌われたら、悪い人でなくても首を吊らされるのよ」

 女の子は樹の言う事がよく分かりませんでしたが、

 ミノムシのようにぶらぶら揺れる咎人が怖かったので、それ以上は訊きませんでした。

 女の子はたくさんの根っこを乗り越えながら、樹に言いました。

 「わたし、しあわせになれる場所を探しているの。
  けっして振り向かずにそこまで逃げたら、またおかあさんと会えるのよ」

 「そう、でもこの先は崖になっていて、お嬢ちゃんの手じゃとても降りられないわ。
  お嬢ちゃんのかわいい右腕をくれるなら、私の根っこで降ろしてあげる」

 「そうなの?それじゃあ、そうするわ」

 女の子は右腕を樹にやってしまい、代わりに太い根っこをひとつ、貰いました。

 真っ白な手を振る樹と別れ、女の子は根っこを石に引っかけ、

 それをつたって、崖を降りて行きます。


 そうして崖を降りた先に、まだ道が続いていたので、女の子はまた足を引きずり、歩き出しました。


 しばらく平らな土の道を歩いていると、今度は銀色のはさみを持った、ザリガニと出会いました。

 そのザリガニは川にいる小さなものではなく、

 女の子が見たどの人間よりも大きく、強そうなザリガニでした。


 「なんだ、なんだ、そのざまは。
  何でお前は足を引きずり、腐れかけた犬の頭などのっけて、
  しかも腕を無くしているんだ」

 「ザリガニさん、わたしはしあわせになれる場所を探して歩いているの。
  その途中で足をくじいて、走れなくなったのよ」

 「じゃ、何で犬の頭をのっけてるんだ」

 「カカシさんの頭と、こうかんしたからよ」

 「腕が無いのは、どういうわけだ」

 「樹さんの根っこと、こうかんしたからよ」


 ザリガニはああ!と声を上げ、銀色のはさみを女の子に振りかざしました。


 「お前はなんて馬鹿な娘だ!自分の頭や腕をこうかんなどする馬鹿がこの世にいようとは!
  お前はせっかくの身体を引き千切って、夜の獣どもに喰わせているのだ!」

 「だって、そうしないとしあわせになれる場所に行けなかったのだもの…」

 女の子はザリガニがまるで煮え湯に放り込まれたかのように真っ赤になって怒るので、

 肩を抱いて、震えだしてしまいました。

 ザリガニはますますいきりたって、はさみを地面に突き刺します。

 「だいたい、頭や腕をもぎとる事がどういう事か、お前には理解出来ていないのだ。
  それすなわち、死ぬると言う事だ。
  生きて進めぬような道の先に、何故しあわせな場所などがあろうか!!
  お前の進む先には地獄しかない、引き返さねばお前の腹を裂いて、卵を産み付けてやるぞ!」

 「駄目!振り向いたら、おかあさんに会えなくなるの!」

 女の子はザリガニを必死にせっとくしようとしましたが、ザリガニは聞く耳をもちません。

 けっきょく女の子がそこを通り過ぎた時には、体中が引き裂かれ、
 透明な卵をたくさん産み付けられてしまっていました。


 女の子は泣きながら、それでも道を歩き続けます。

 足を引きずった、片腕の無い、傷だらけの、犬頭の女の子。

 ザリガニの卵にまみれた女の子を、道の先から、誰かが呼びつけています。


 近寄ると、そこには大きな金と鉛の門があり、

 その傍で貴族の格好をしたなめくじが、椅子に座ってお茶を飲んでいました。

 なめくじは長いすらっとした足を組み、女の子にぬめぬめとした顔を向けて言います。

 「奇怪な姿に成り果てた少女よ。道はもう終わりだ。あとはこの門の向こうに通じるのみ。
  金の門は神の家に通じ、鉛の門は悪魔の巣に通じる」

 「わたしは、かみさまの家に行かなきゃ。
  おかあさんはしあわせになれる場所に逃げなさいと言ったわ」

 「好きにするがいい」

 なめくじは女の子に金と鉛の鍵を投げ、お茶を飲み続けました。

 女の子は鉛の鍵に見向きもせず、金の鍵を拾い、金の門へと進みます。

 「ああ、やっとおかあさんと会えるわ。わたしはおかあさんさえいれば、何も要らないの」

 女の子が鍵を回すと、門は独りでに開き、まばゆいほどの光を放ちます。

 なめくじは女の子が門の中に消えてから、顔を鉛の鍵へ向け、嘆きました。

 「母は娘のために命を投げ出し、娘は母さえいればと語る。
  朽ち果てた母と、異形と化した娘が神の家で交わる事は永遠にあるまい。
  何故なら神は、汚れたものを愛さぬからだ」

 なめくじの声が、夜の中におたけびのように響きました。



 金の門をくぐった女の子は、たちまち寄って来た真っ白な女たちに囲まれ、

 ザリガニに切り刻まれた服を全て剥ぎ取られてしまいました。

 門の中は白い草花と白い地面が広がり、白い川が流れ、白い太陽が昇っています。

 女の子は鳩の羽が生えた女たちに睨みつけられ、驚いたふうに言いました。

 「天使さん、何でそんなに、怖いかおをしているの?」

 「お前がとても汚いからよ。神を裏切ったからよ。
  何故汚らしい悪魔どもの手を借りた?」

 「かみさまを裏切ってなんか、いないわ。悪魔の手なんか、借りていないわ」

 「カカシに助けられ、首吊りの樹に崖を降ろしてもらっただろう。
  ザリガニの子ども達がお前の腹の中から私達を狙っているから、
  私達は危なくてお前を八つ裂きに出来ないのだ」

 「八つ裂き?何故そんな事を言うの?わたしはひっしにここまで歩いてきたのよ」

 「神はお前に死ねと命じた。
  村人たちに、白い素晴らしい身体のまま殺されろと仰っていたのだ。
  お前がフォークで突き刺され、たいまつで火炙りにされていれば、
  お前は間違いなく神の家に招かれ、天使となっていた。
  全ては試練だったのだ。お前は試練を拒み、歩いてやってきた」

 女の子は泣きそうになりました。

 「そんな事、ひとことも聞いてなかったわ。
  何で死ななきゃいけないの?何でなの?」

 「神の意志だからだ。
  去れ!色のついた者にここを通る資格はない!!」

 女の子は確かに死んだ犬や、ザリガニの色がついていました。


 女の子は金の門から締め出され、また、なめくじのいる場所へ帰ってきました。

 気の毒そうななめくじの前にしゃがみ込んでいると、

 かつんかつんと、何だか懐かしい音が近づいてきます。

 顔を上げた女の子は、最初に出会ったカカシと目が合いました。

 「やぁ、お嬢さん。無事に逃げられたようだね。
  おとな達はもう、追いかけてはこないよ」

 「……カカシさん」

 「さぁ、君の頭を返そう。ぼくの犬の頭ととりかえておくれ」

 女の子は泣きながら、カカシに犬の頭を返しました。

 元の頭を首の上に戻しても、女の子は泣き止みません。

 カカシは不思議そうに、ナメクジに訊きます。

 「ナメクジ君、お嬢さんはなんで悲しいんだい?
  そんなに犬の頭が気に入っていたのかな」

 「この少女は神の家こそがしあわせになれる場所だと思っていたのだ。
  俗悪な金の門を追い出され、泣いているのだ」

 「なんだ、そんな事か」

 呆れたような声を出したカカシに、女の子は少し怒って、彼を睨み上げました。

 「そんな事って、わたし頑張って歩いてきたのよ。
  それなのにしあわせになれる場所を追い出されて、しかもはずみで後ろを振り向いてしまったわ。
  おかあさんと、もう二度と会えないのよ」

 「君のおかあさんなら、首吊りの樹のとこでぶら下がっていたよ」

 目を丸くする女の子に、カカシはくつくつ笑って続けます。

 「お嬢さん、君は手に銀貨を持っているね。
  死んだ人の口や手に、お金を挟む風習があるけれど、あれはこの世界で使うためなんだよ。
  たとえば神の家の川を渡るときに渡し賃が必要だし、
  首吊りの樹に吊るされる咎人は、手や口に銀貨を持っていれば地面に下りられるんだ」

 「じゃあ、おかあさんに会えるの?おかあさんに抱いてもらえるの?」

 「君が引き返しさえすれば。
  ……お嬢さん、幸せになれる場所なんて、本当はいくらでもあるんだよ。
  おかあさんの胸の中が、そうさ。
  首吊りの樹へ【振り向かずに進むんだよ】」

 女の子は手にずっと握っていた銀貨を見つめ、首吊りの樹のほうへ、また、歩き出しました。

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