2015年02月21日
■[日々] 森見登美彦氏、見本を受け取る。
「ついに見本ができました!」
担当編集者の小袖山さんから歓喜に満ちた連絡があった。
翌日、森見登美彦氏は『有頂天家族 二代目の帰朝』の見本を受け取った。
第一部の刊行から七年半、つまり構想七年半(嘘)、編集者の方々・アニメ関係者の方々・舞台関係者の方々・そして読者の方々、あらゆる人たちの期待を不本意ながら裏切り続け、掴んで然るべきビジネスチャンスをことごとく逸して、延期に延期を重ねて幾星霜、もはやあの失われた砂漠の都的なハムナプトラと成り果てたかと絶望したこともある小説が、本当に一冊の本になってこの世に降り立ったのである。
登美彦氏は愛すべき本をひとしきり撫でた。
「ううむ、じつにかわゆいやつ」
なんとなくふわふわと、毛深い感じがしたという。
登美彦氏はここに至るまで支えてくれた大勢の方々、担当の小袖山さんに感謝するほかなかった。
登美彦氏は出来上がったばかりの本を意気揚々と掲げて廊下に立ち、
「妻よ、ついに完成したぞ。これをご覧!」
と威張ったのである。
妻はクイックルワイパーを用いて森見邸をぴかぴかにする作業に精を出していたが、興奮する登美彦氏の声を聞いて、ぱたぱたと駆けつけてきた。夫の手にある『有頂天家族 二代目の帰朝』を見ると、妻は両腕を広げて「嗚呼!」と叫んだ。
「これはまた、なんとステキな・・・」
「ステキであろう」
妻は単行本を受け取って、撫でさすりながら言った。
「まさに第一部といっしょにならべてくれと言わんばかりの頼もしさ・・・」
「ここだけの話だが、第一部の単行本もちょっぴり増刷されたらしい」
「そういえば私、以前に郷里の街で聞いたことがあります。『第一部と第二部をならべるのは紳士淑女の嗜みである』と――」
「それは素晴らしい発言!」
「おほめにあずかり恐縮です」
そういうわけで登美彦氏は第一部と第二部をならべて飾った。
「とても良い感じ」と妻は言った。
ちなみに『聖なる怠け者の冒険』から引き続き、『有頂天家族 二代目の帰朝』の中にも、「森見新聞」なるものが挟みこまれている。今となっては時空のズレも甚だしい「十周年企画」の一環である。この呪われた十周年は、十周年記念作品最後の一作『夜行』が刊行されるまで終わらない。いつ頃終わるのか確約はできないが、「きちんと終わらせることだけは確約できる」という。
言うまでもなく、各作品についている「応募券」は今もなお有効である。
なお、『有頂天家族』と『有頂天家族 二代目の帰朝』の間に起こった出来事は「冬の女神と毛玉たち」という短編になっている。
「狸と天狗たちは節分を如何に過ごしたか」というお話。