ボンネヴィルで暮らすホームレス
その男は、ビーチの近くで暮らしている。ゴミ箱をあさり、空き缶を拾って小銭を稼ぎ、時には民家に忍び込んで勝手に風呂を使う。要するにホームレスなのだが、寝る場所はある。さびて穴だらけになったブルーの「ポンティアック・ボンネヴィル」だ。以前この欄で紹介した映画『ダブリンの時計職人』では、ホームレスが海辺の駐車場に停めた「マツダ626」に寝泊まりしていた。ホームレスが寝床として選ぶクルマには、どこか共通点がある。
雨の朝、後席で寝ていると、警官に起こされて署に来るように命じられる。立ち退きを迫られるのかとおびえたが、そうではなかった。警官は、「彼が釈放される……」と告げる。司法取引により、刑期満了の前に保釈されることになったという。
“彼”というのが誰なのか、まだ明らかにされない。危険を避けるために警察署に隠れるように促されるが、ドワイトと呼ばれたホームレスは従わなかった。クルマに戻り、出発の準備を始める。ポリタンクにためてあったガソリンを入れてバッテリーをつなぐと、一発でエンジンが目覚めた。ただの寝場所に見えたポンティアックは、まだ生きていたのだ。バージニア州の地図を買い込み、彼はクルマを走らせる。
刑務所の出口で待っていると、男が釈放されて出てくる。迎えにきたのは、「マーキュリー・グランドマーキー」のリムジンに乗った家族だ。貧しくてひとりぼっちというドワイトの悲惨な境遇とは対照的に、彼らは裕福で家族の絆は固い。ドワイトはリムジンの後をつけ、出所祝いの会場に忍びこむ。
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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